けものフレンズR あるトラのものがたり   作:ナガミヒナゲシ

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現代編14「そうせいしんわ」

「遠い昔、二度にわたる大きな戦争があった。双方ともにヒトが引き起こしたものだ」

 

 メリノヒツジさんが遠い目をしながら語りだす。

 ・・・・・・いったいどれぐらい昔の事なのか想像も付かない。彼女はどれだけ長い時間を生きてきたのだろう? 

 そして、ヒトのことを宿敵とまで言う理由は何だろう?

 

 ヒト・・・・・・ずっと昔にジャパリパークを去ってしまい、一部のフレンズが薄っすらと覚えているだけの謎多き種族。

 わたしは記憶がない。でも多分だけど、ヒトはわたしの元になった存在だと思ってる。

 メリノヒツジさんの言葉に耳が離せない。かつてヒトが行った所業とはいったい?

 

「ひとつ目の戦争は、この世界にジャパリパークが創造される以前のこと。そしてふたつ目は、創造から数十年が経過してから起こったものだ」

 

 最初の戦争は、フレンズとセルリアンがこの星に出現した時にまで遡るという。

 当時は世界中にフレンズがいたんだそうだ。

 今ではこのジャパリパーク以外にフレンズがいることなんて考えられない。

「ジャパリパークから出たらフレンズじゃなくなってしまう」なんて恐ろしい言い伝えが、まことしやかにささやかれてるぐらいだもの。

 

 当時、この星でもっとも繁栄し、他の生物を支配していたのは勿論ヒトだった。

 セルリアンは瞬く間に世界中に増えて、ヒトの暮らしを脅かし始めた。ヒトは生存をかけてセルリアンと戦うことに決めた。

 いっぽうのフレンズはというと、ヒトに近い姿で言葉も話せることから、どう扱うか簡単には決められなかった。

 

 それが原因で、フレンズを友達として迎えようと主張するヒトたちと、支配して思うがままに操ろうとするヒトたちとの間で激しい争いが起きてしまったという。

 アムールトラさんとメリノヒツジさんもこの時に生まれて、自分の意思とは無関係に戦いに巻き込まれていくことになったんだと。

 

 昔のフレンズが、今からは想像もできないぐらい強かったことはすでに聞いている。

 でもそのことがフレンズにとっての不幸だった。

 実はフレンズは、当時セルリアンに対してまともに戦えるほぼ唯一の存在だったらしく、後になってヒトの手でもセルリアンを倒せる武器が発明されるまでは、フレンズはヒトから戦いを強制されていたというんだ。

 好きな所でのんびりと平和に暮らす自由なんて、当時のフレンズには無かったんだと。

 

「ひどいよ、そんな・・・・・・」と思わずわたしが呟くと、メリノヒツジさんは「これが真実だ」と無感情に切って捨てた。

 

「だまって続きを聞け。ここから重要なのだ・・・・・・その戦争で勝利したのは、フレンズ愛護派だった。彼らの首魁たる人物は考えた。どうしたらフレンズが搾取されることなく平和に暮らせるかを・・・・・・そしてそのお方は、何もない海の上に新たな大地を造ることを思いついた。それがジャパリパークだ」

 

 その場にいる誰もが雷に打たれたように硬直する。

 よりにもよって、ジャパリパークがヒトの手で造られたなんて。もともと自然にあるものだとばかり思っていた。

 確かにヒトにはさまざまな道具や文明を発明する賢さがあるけど「大地」を作ってしまうなんて予想できなかった。

 

「ジャパリパークを創造した偉大なるお方・・・・・・その名はカコ・クリュウ。お前たちにとっての神であり、僕が永遠の忠誠を誓う主である」

 

 メリノヒツジさんは胸に手を当てて、主への想いを馳せるように語り始める。

 カコ・クリュウはただのヒトでありながら、フレンズを深く愛し、ジャパリパークという楽園を一代で築き上げたという。

 そして彼女亡き今、傍で仕えていたメリノヒツジさんが彼女の後を継いで園長となったと。

 

「か、かみって何なんだよ!?」とロードランナーちゃんがわめくように尋ねる。

「お前たちの在り方を決める絶対的な存在のことだ」

 

 よくわからない返答に首をかしげるわたし達に、メリノヒツジさんがいくつか具体例を示した。

 誰もが自由を謳歌するジャパリパークにも、いくつかタブーがある。

 

 ジャパリパークから外に出てはならないというのはさっき上がったけど、それ以外にも、他のフレンズを傷つけてはならないというものがある。

 フレンズ同士で争ってはならない。フレンズが他のフレンズを支配してはならない。

 他のフレンズの住処や食べ物を奪ってはならない。

 言うまでもなく、他のフレンズを食べてしまうことだって・・・・・・

 

「そんなの全部当たり前じゃない」

「違うなァ。これがどれほどの偉業かわからんのか? カコ様が遺した意志(オーダー)によって、ジャパリパークは理想郷たりえているのだ」

 

 メリノヒツジさんは言う。

 かつての時代では奪い合いや殺し合いは日常茶飯事だった。

 フレンズが受けた酷い扱いもその中のひとつ。

 今のジャパリパークのような、争いのない牧歌的な世界の方が極めて珍しいと。

 

 その理由とは、カコ・クリュウがそのようにジャパリパークを創造した恩恵なんだという。

 わたし達フレンズは、たとえ彼女のことを知らなくても、無意識のうちに彼女が定めたルールに従うように誘導されているらしい。

 詳しい仕組みはさておき、フレンズがジャパリパークに生まれた時点からそのように決まっているんだという。

 

「じゃ、じゃあてめーは、そのかみに逆らってんじゃあねーのか!? ルールをぜんぶ破ってるじゃねーか!」

「すべてはわけがあってのことだ。ともかくふたつ目の戦争の話を聞け」

 

 ロードランナーちゃんの疑問を軽くあしらい、メリノヒツジさんはまくし立てるように次の歴史を語りだす。

 カコ・クリュウの指揮の下で、ジャパリパークは急速に繁栄していった。

 しかし反対に、それ以外の土地で暮らすヒトたちは衰退の一途を辿っていたという。

 長生きが出来なくなったり、子供が生まれなくなったり、食べ物や生活のためのエネルギーが底をついたりといった問題に見舞われていたのだと。

 その理由についてメリノヒツジさんは「ヒトは自然に見放された」とだけ述べた。

 

 そんな時、とある大きな国が繁栄するジャパリパークに目を付けた。

 土地や食べ物、そして海の上に大地を作り上げる技術を奪おうと戦争を仕掛けてきたのだと。

 ヒトが操る強力な武器と乗り物。そしてセルリアンとの戦いの中で発明された特別な兵器が、雨あられのごとくジャパリパークに襲い来たという。

 

「どうだ? 僕がヒトを宿敵だと言う理由がわかってきたか?」

「・・・・・・そ、その後どうなったの?」

「結果については言うまでもないだろう」

 

 それはそうだった。

 いま現在、フレンズ達はジャパリパークにて平和に暮らしている。

 そしてヒトは地上からいなくなってしまった。

 ・・・・・・つまり、かつてジャパリパークは戦禍にまみれるも戦いに勝ち、現在にまで続く平和を手にしたということなんだろう。

 だけど、強力な武器を手にしたヒトの大軍を相手に、どうやって勝つことが出来たんだろう?

 

「すべてはカコ様のおかげだ。あのお方は、いずれジャパリパークがヒトに襲われる可能性を危惧されていた。そして長い年月をかけて対抗する準備をなさっていた・・・・・・その結果、どんな大軍にも絶対に負けない力を手にされたのだ」

 

 メリノヒツジさんはそう言うと、おもむろに天に向かって指をさした。

 夜明け前の空には今も、彼女が呼び寄せた小型セルリアンの大軍がうごめいている。

「ま、まさか」と、その場にいる全員が青ざめると、彼女はにやりと口元を歪めた。

 

「カコ様はフレンズの神であると同時に、セルリアンの女王でもあるお方だったのだ」

 

 ただのヒトとして生まれたカコ・クリュウは、ある出来事を切っ掛けに、セルリアンの女王の力の片鱗をその身に宿らせることになったという。

 そしてジャパリパークを創造した以後も、時間をかけて少しずつ女王の力を完全に自らの物にしていったのだと。

 戦争が起こった際は、ジャパリパークを守るために、セルリアンを操りヒトの大軍と戦い始めたという。

 

「が、セルリアンの力を持ってしても奴らを蹴散らすことは容易じゃなかった。そしてカコ様はある重大な決断をなさった。

 ・・・・・・そう、それは、ヒトを地球上から絶滅させることだ」

 

「いやあああっ!!」

 絶滅という言葉を聞いた瞬間、イエイヌちゃんが大きな悲鳴を上げた。そして傍にいたわたしに強い力で抱きついてきた。まるで何かから庇おうとしてくれているような動きだ。

 

「クククッ、ただの昔話にそう怯える必要もあるまい。それとも、何かトラウマが掘り起こされたのかな?」

 

 わたしはイエイヌちゃんの背中に手を回しながらもメリノヒツジさんを睨み「どうやって?」と問いかけた。

 セルリアンを操るカコ・クリュウといえど1人のヒトでしかなかったはず。どうして彼女に他のヒト全員を滅ぼすことが出来たのかわからない。

 たしかにメリノヒツジさんという側近や、彼女と行動を共にしたフレンズ愛護派のヒトもいただろうが、それにしたってと思う。

 

「ヒトの世界は決して一枚岩ではなかった。ジャパリパークに戦争を仕掛けた大国に、古くから敵対していた別の大国もあった。カコ様はそれを利用した。その目論見は成功し、ヒト同士による最終戦争が開始された。核兵器の撃ち合いが始まったのだ」

「・・・・・・核?」

「それについて多くは語るまい。わずか数十発でこの星を滅ぼす”天の火(プロメテウス)”を、かつてヒトの文明は所有していたのだ」

 

 後は簡単だったという。

 カコ・クリュウは、同志討ちで疲弊したヒトの世界にセルリアンを送り込み、やがて地上から根絶やしにしたのだと。

 そして彼女に忠誠を誓っていた数少ないフレンズ愛護派のヒトたちが寿命でこの世を去ると、フレンズの楽園ジャパリパークだけが残った。

 セルリアンの女王と化していたカコ・クリュウが人類最後の一人となった。

 

「ひどいよ。ひどすぎるよ・・・・・・同じヒトなのに」

「それだけカコ様はフレンズのことを愛しておられたのだ。そしてフレンズの幸福のためには、敵対種であるヒトを絶滅させるしかないと苦渋の決断を下された」

「そんなの間違ってるです! 我々が知っている”ヒト”は! かばんは、素晴らしいフレンズです! かけがえのない我々の友達です!」

 

 オオコノハズクさん達が猛反論する。

 そうか、2人が知っているヒトのフレンズの名前は「かばん」っていうんだ。確か今は消息がわからないって言っていたけど。

 わたしもいつか会ってみたいと思っているけど、メリノヒツジさんに滅茶苦茶にされている今のジャパリパークで、果たして彼女は無事でいてくれているのかな・・・・・・

 

「否定はしない」

 メリノヒツジさんは冷静な声色でオオコノハズクさん達に答えた。

 静かに語り続ける彼女の赤い瞳に、心なしか悲しみの色が宿り始める。

 

「だがお前たちが言っているのは個人の性質の話でしかない。僕だって善良なヒトのことを知っている・・・・・・彼を思えば、たとえカコ様のご決断といえど、粛清に踏み切ることはつらかったよ」

「な、なんですって? じゃあどうして?」

「問題は種族としての在り方だ。ヒトが作り出した”群れ”・・・・・・ヒトの社会は、他の種族から際限なく搾取を続けることでしか存続できない。だからこそ排除しなければならなかったのだよ」

 

 どんな善人でも多かれ少なかれ、他の生き物を従わせ、自由と命を奪い、それを当たり前と思って生きてきたという。

 だからこそ旧世界において支配者として君臨できた。

 カコ・クリュウはフレンズをその環から救いたかったというのだ。

 

「そしてカコ様はいたずらに他者の命を奪ったわけじゃない。最後には自分がしたことの後始末を付けられた」

 

 ヒトの絶滅後いくらかの時間が経つと、今度はジャパリパーク内で、フレンズとセルリアンの戦いが始まったという。

 フレンズたちはセルリアンを未知の怪物と恐れ、カコ・クリュウはセルリアンの女王としてフレンズと相対することになったと。

 ・・・・・・なんというか、この辺りの歴史から、わたしの知っている今のジャパリパークの姿が固まっているような気がした。

 

「その戦いはすべてカコ様の自作自演だった」

 

 もともとからしてカコ・クリュウが女王であることも、彼女がセルリアンを操っていることについても、メリノヒツジさんを始めごく一部のフレンズにしか知らされていなかったという。

 女王カコ・クリュウの目的は、己の眷属たるセルリアン達の弱体化だった。

 ヒトを滅ぼすために量も質も強大になり過ぎてしまったセルリアンが、このままではジャパリパークのフレンズに危機を及ぼすことが懸念されたからだという。

 

 その目的のために、セルリアンの敵であるフレンズ側の戦力増強が徹底的に行われた。

 それは空想上の存在をフレンズ化することだった。「四神」と呼ばれる常識外れに強力なフレンズを筆頭に、戦いは終始フレンズ優位に進められた。

 最後には追い詰められた女王カコ・クリュウが討ち果たされることになった。

 

「カコ様は自らの意志で、愛するフレンズ達に討たれたのだ。それによりジャパリパークに完全なる平和がもたらされると信じてな」

「・・・・・・わ、我々が調べた歴史と全然ちがうです」

「それはそうだ。そのような伝承が残るように、カコ様が意図的に改竄なさったのだから」

 

 オオコノハズクさん達が言う所によれば、悪いのはセルリアンだけだという単純な対立構造だけだった。

 かつてヒトとフレンズは協力しあい、共にセルリアンの女王を撃退した。

 しかしまともに住めないぐらいに星が汚染されてしまったために、ヒトは星から去りフレンズだけが残されたという伝承だ。

 

 カコ・クリュウが歴史をこのように捻じ曲げた理由は、ヒトという禍根を後世に残さないためだ、とメリノヒツジさんは言った。

 敢えて「ヒトは悪くない」とすることで、のちの時代を生きるフレンズの恐怖を緩和し、ヒトへの関心を失わせる。

 いつかヒトがこの世界に帰ってきてもいいし、帰ってこなくても特に不満はない、とフレンズに思わせるためだったのだと。

 ・・・・・・その目的は達成され、今ではほとんどのフレンズがヒトのことを忘れてしまった。

 

 メリノヒツジさんがカコ・クリュウから受けた命令は「ジャパリパークの平和を保ち、永遠に存続させるように」というものだったらしい。

 そのためにセルリアンを操る力と、ジャパリパークを管理する権限を与えられ、表には姿を見せずに園長として活動してきたのだと。

 

「フレンズだけでなく、セルリアンも守るように仰せつかった」

「・・・・・・セルリアンも?」

「当たり前だろう。彼らもまたカコ様の子供たち。なぜフレンズだけが贔屓されると思うのだ?」

 

 フレンズとセルリアンの双方を守るために、カコ・クリュウが残した意志(オーダー)

 それは両者を適度に弱体化させることだったという。

 かつての時代のままではフレンズもセルリアンも力を持ちすぎていた。どちらかが滅びるまで戦わなくてはならなかった。

 

 だが今の時代のフレンズは、他者と争ってはならないという牧歌的な性質を生まれた時から植えつけられ、それに伴って力も抑えられていった。

 セルリアンもまた同様に本能が抑えられた。

 見かけたフレンズに襲いかかることはあるが、昔のように群れを成すことも、周囲を脅かすほどに強力な進化をすることもなくなった。

 多少の小競り合いが起こる程度のあんばいで、両者が共存できる環境が整えられたんだと。

 

「やっぱりおかしいよ。遺言に従ってジャパリパークの平和を守ってきたあなたが、どうしてそれを自ら壊してるの?」

「ヒトとの戦いの兆しが見えだしたからだ」

「ひ、ヒトは絶滅したって言ったじゃない!」

「・・・・・・この地上にはいなくなった、という意味だ」

 

 メリノヒツジさんはまたも天を見上げた。

 そして「空の向こうに奴らはいる」と呟いた。

 

 この星を覆う大空の遥か上には、宇宙という広大な空間が広がっているという。

 そして少数のヒトの生き残りが、カコ・クリュウがもたらした破壊から逃れるために宇宙に上がったのだと。

 空飛ぶ巨大な船を作り、この星から飛び立っていったのだと。

 

「・・・・・・あの男。あの親不孝者のせいで計画にケチがついた」

「だ、誰? 誰のこと?」

「ふっ。さて、もしかしたら、お前たちの方が良く知っているかもしれんな・・・・・・アニムス。そしてイヌのハイブリッドよ」

 

 わたしとイエイヌちゃんのことを見やりながら、メリノヒツジさんが意味深につぶやく。

 ともかく彼女が「親不孝者」と呼んだその人物は、カコ・クリュウの企みに早くから気付き、少数のヒトとフレンズと共に抵抗をしていたという。

 

 手を尽くした彼らは、すんでのところで空飛ぶ船での逃避行を実行し、宇宙に逃げるという形で人類絶滅を阻止した。人類全体から見ればわずかな数でしかなかったが、それでも少なくないヒトが宇宙に逃れた。

 ・・・・・・禍根を全て無くしたいカコ・クリュウとメリノヒツジさんにしてみれば、それは失敗と呼んで差しつかえない結果だったと。

 

「あの男の影響はジャパリパークにも残っている。お前たちに噛み砕いて説明するのは難しいが・・・・・・今から遠くない昔、とある決定的な異変が起こった」

「い、異変?」

「さっき名前が上がったな。キョウシュウに現れた”かばん”という存在のことだ」

 

 かばんさんのことに話が飛んで、オオコノハズクさん達が改めて目を丸くする。

 メリノヒツジさんが言うには、ヒトのフレンズなどという存在は、本来はこのジャパリパークに現れるはずがないらしいんだ。

 謎の物質サンドスターは絶滅した動物も、空想上の生物すらもフレンズ化させる力があるが、唯一ヒトだけは例外になっている。

 カコ・クリュウがそのようにサンドスターの成分を設定したらしい。

 

「あのような”例外中の例外”がジャパリパークに誕生したことは何かの予兆としか思えん」

「・・・・・・め、メリノヒツジ! まさかお前は、かばんを狙って”4本足”を差し向けたですか? ゴコクに発ったかばんの行方を知っているですか?」

「残念ながらどちらとも”ノー”だ・・・・・・今ではカコ様を起源としていない、僕がコントロール出来ない野生セルリアンもかなり増えている。そういった個体の中でも、あの4本足は見事だったな。パワーだけなら僕の”フォルネウス”を上回っていた」

 

 にわかには信じがたいけど、キョウシュウにて起きた一件にはメリノヒツジさんはまったく関与していないという話だった。彼女をもってしてもかばんさんを追跡することは出来ず、完全に消息がつかめなくなっているらしい。

 

「ヒトのフレンズかばん・・・・・・まったく不気味な奴だ。僕の手から逃れるなど、何か特別な方法でも用いない限りは不可能だ・・・・・・聞いた話では、奴は自分以外のヒトのことを探していたらしいじゃないか? もし奴が宇宙に逃れた仲間のことを知ったとしたら、きっと連絡を取ろうとするだろうな」 

 

 メリノヒツジさんは、かばんさんがヒトをジャパリパークに呼び寄せる可能性を恐れている。

 ヒトの来訪は、それすなわちジャパリパーク侵略の開始であると考えているんだ。共感はできないけれど理屈はわかった。

 

「想像も出来ないような地獄が始まるぞ。ふたたび奴らの手で天の火(プロメテウス)が使われるかもしれん」

 

 と、メリノヒツジさんはまるでその光景を目の当たりにしているような顔で言った。

 かつて自分達の物だった星を取り戻すために、ヒトの凄まじい侵略が始まると。

 わたしには実感が湧かない。ヒトがそんなに悪い種族だなんてどうしても思えない。

 

「ヒトという脅威が迫っているからこそ、僕は大急ぎで準備を整えなければならなかった。わが配下のセルリアン軍団だけでは苦戦は必至だろう。長い時を経て、彼らも退化してしまったからな。

 ・・・・・・が、退化したのは彼らだけじゃない。お前らフレンズもだ」

 

 メリノヒツジさんは断言した。

 自分がこんなことをしている理由は、フレンズ達一人一人にかつての強さを取り戻させるためだと。このジャパリパークを守るために戦う覚悟を決めさせるためだと。

 だから敢えて平和を壊し、戦いこそ日常であるとわからせるためであると。

 

「た、戦う未来しかないの?」

「・・・・・・何だと?」

「宇宙から帰ってくるヒトと仲良くする道はないの?」

 

 突きつけられた事実にめまいを覚えながらも、わたしは必死に訴えた。

 戦う以外の道だってあるはずだと信じたい・・・・・・だがメリノヒツジさんから返ってきたのは「愚かの極みだな」と冷たく切り捨てるような一言だった。 

 

「断言してやる。フレンズとヒトが共存することなど不可能だ。ジャパリパークの存在そのものが、そのことの証明に他ならないということがわからんのか? カコ様がもたらした平和の時代は終わったのだ。戦わなければヒトに全て奪われるだけだ」

 

 この世界の本質は弱肉強食だ、とメリノヒツジさんは言った。

 そしてフレンズの祖である野生動物たちは厳しい生存競争を勝ち抜いて種を繋いできたんだと。

 鋭い爪や牙を持つことだけが強さじゃない。色んなフレンズがいるということは、色々な強さがあるということだと。

 逃げ足が速いことも。賢いことも。他の種族と共生関係を築くことも、生き残るという結果に繋がれば、すべて強さに置き換えられる。

 弱いフレンズなど存在しない。弱い生き方があるだけだ。生きるも死ぬも自分の責任・・・・・・というのが彼女が掲げる思想だった。

 

「今こそフレンズは神のゆりかごから降りる時が来た。自分の足で歩き出す時が来たのだ。脱皮できないヘビは滅びるしかない。その意見をとりかえていくことを妨げられた精神と同様にな・・・・・・肝要なのは”力への意志”である。自分は今よりも成長できると信じて進め。それこそが生きることなのだ!」

 

 難解な言葉を並べ始めたメリノヒツジさんを前に、わたし達は言葉もなく圧倒された。

 その禍々しい顔つきからは確信がみなぎっている。昔話をしていた時と様子が違う・・・・・・これこそが彼女が伝えたかった一番重要なメッセージなんだと感じる。

 

「おや? お前だけ他の奴と顔色が違うようだが?」

「わ、私は・・・・・・!」

「もしかして僕の言葉に共感を示しているのか?」

 

 メリノヒツジさんがおもむろに視線を向けたのはワシミミズクさんだった。

 誰もが恐怖と困惑に打ちひしがれながら身構える中で、彼女だけが雷に打たれたようにぼうっと立ち尽くしている。

 

「なっ!? 助手!?」

「教授・・・・・・私はメリノヒツジの言うことを否定できないです。いかに彼女が悪党だとしても、言うことには理屈が通っているような気がするです」

 

 詰め寄るオオコノハズクさんに対して、ワシミミズクさんは冷静に答えた。

「私は今よりも強くなりたいです。ジャパリパークに危機が迫っているなら、猶更そう思うです」

「助手! あんなひどい奴の肩を持つですか!」

「・・・・・・教授、私は大切なものを失わないための力が欲しいです」

 

 オオコノハズクさんとワシミミズクさんが言い争っている。

 いつでも背中を預け合っているはずの名コンビの間に亀裂が走ってしまっている。

 我を忘れて狼狽えるオオコノハズクさんとは反対に、ワシミミズクさんは落ち着き払った、覚悟を決めたような表情をしていた。

 そして彼女は「ひとつだけ聞かせてほしいです」とメリノヒツジさんに質問を投げかけた。

 

「園長。何故あなたはそんなに昔のことを知っているのですか? ・・・・・・いや違う。なぜ我々はあまりにも知らなさ過ぎるのですか? 今までひたむきに知識を求めてきた我々の努力が、これじゃあまりにも・・・・・・」

「まあそう自分を責めるな。フレンズの体はそういう風に出来ているから仕方がないのだよ」

 

 共感を示したワシミミズクさんに気を良くしたのか、メリノヒツジさんはそれまでよりも上機嫌な様子で質問に答えた。

 フレンズの体の秘密についてだ。

 外部要因によって死なない限り、フレンズの肉体は基本的に不老不死の状態であるという。

 体内のサンドスターが、体細胞を永久に一定の状態に保ち続けるからだ・・・・・・が、そんな中でも唯一の例外があるとメリノヒツジさんは言う。

 

「サンドスターとは再現を繰り返す物質だ。だからこそフレンズは永久の命を得ている。しかしフレンズの肉体において、唯一永久たりえない部分が存在するのだ」

「な、何ですかそれは!」

「記憶だよ」

 

 サンドスターはあくまで、その個体がフレンズ化した時点での情報を再現し続けているに過ぎないんだという。

 そして個体が持つサンドスターが再現できる情報量には限界があると。

 だが生き続ける限り、日々あたらしい記憶が頭の中に蓄積され続ける。

 その莫大な情報量にサンドスターが耐えきれないのだという。

 フレンズが長く生きれば生きるほど、古い記憶から順番に忘れていってしまうらしい。

 

 記憶がないのはわたしにも当てはまる話だ。 

 わたしはイエイヌちゃんが起こしてくれるまでずっと氷の中で眠っていた。

 メリノヒツジさんの話に当てはめると、眠っていた時間が長すぎて、それより前の記憶を全部無くしてしまったのかも知れない。

 

「・・・・・・そ、そういうことでしたか。だから私は、教授といつ出会ったのかさえ思い出せないと」

「どうやらお前以外にも心当たりのある奴がいるようだな」

 

 メリノヒツジさんが視線を投げかけたのはイエイヌちゃんの方だった。

 わたしの隣で頭を抱えながら項垂れている。

「うううっ、忘れたくなんてなかったのに・・・・・・!」

 イエイヌちゃんがわたしを大切にしてくれるのは、かつて彼女が一緒にいたヒトの思い出があるから。でも彼女はそのヒトとの具体的な思い出も、顔や名前すらも覚えてない。

 ・・・・・・イエイヌちゃんにとってそれが常に不安の種だったんだ。

 

「まあ安心したまえよ。よほど前のことでない限りは覚えていられるわけだからな。自分が何者で、どこで何をして生きてきたかは問題なく認識できるわけだ。つまり生活するには支障はない。何もかも忘れて放浪するようなことにはならないのだよ・・・・・・クククッ、普通はなァ?」

 

 メリノヒツジさんの言葉にわたし達は首を傾げた。

 古いことから順番に忘れるという法則に則ればそうなるだろう。そんな当たり前のことをわざわざ強調するように説明するのは何故だろう?

 

「私のことを言っているんですね」

 

 誰もが固まる中、ハツカネズミさんが割って入るように声を上げた。

 考えてみれば彼女だけ、記憶の抜け落ち方が他のフレンズとは異なることに気付く。

 自分が何者かもわからずに彷徨っていた所をオオミミギツネさんたちに拾われた・・・・・・というのが彼女の経緯だ。

 最近の記憶が残っていたならばそんなことにはならないはず。

 

 誰もが驚いてハツカネズミさんへ視線を向ける中「お久しぶりです」と彼女はメリノヒツジさんへと会釈した。

 ふん、とメリノヒツジさんが上機嫌そうに鼻を鳴らす。

 2人の間からは明らかに見知った間柄である空気が感じられる。

 

「ハツカネズミ。そのサイズの合ってない白衣はなんだ? 君が見た目に無頓着なのは知っているが、少しみっともないような気がするよ?」

「あなたと同じですよ、園長」

「・・・・・・ならばお互い身軽になるというのはどうだ?」

 

 メリノヒツジさんが身にまとった黒いローブの襟元に手をかける。投げるように勢いよく脱ぎ捨てられたローブがふわりと地面に落ちる。

 対照的にハツカネズミさんは白衣のボタンを一つずつ外してからそっと足元に置いた。

 

「・・・・・・お、おいっ! こりゃあどういうこった!?」

 

 ロードランナーちゃんが2人の体を交互に見比べながら目を白黒させている。

 露わになったメリノヒツジさんの全身は、その顔面とまったく同じ特徴を持っていた。赤く焼けただれたような肌にびっしりと鱗が張り付いていて、まさしく悪魔を思わせる風貌だ。

 肩や首回り、太ももにはボリュームのある体毛が残っていて、それがかつてヒツジだった頃のわずかな名残に見える。

 

 ハツカネズミさんはというと、手先や膝から下は陶器のような美しい純白だったけれど、胴体や腰回りの大部分がメリノヒツジさんと同様に真っ赤に焼けただれているのが見て取れた。

 今まで白衣によって隠されていたハツカネズミさんの本当の姿は、メリノヒツジさんに匹敵するほどに異様だった。

 

「普通のままではフレンズは忘却の運命から逃げられない。だからこそ体に記憶を刻み続ける必要があったのだ」

 

 2人の体に共通する火傷のような跡・・・・・・それはサンドスターの記憶情報を外科的に体に埋め込んだ結果だという。

 かつてカコ・クリュウが開発した技術で、メリノヒツジさん達はこれを繰り返すことで自身の中に膨大な記憶を蓄えてきたのだと。

 

「ハツカネズミよ、自分が何者かようやく思い出してきたか?」

「・・・・・・私はかつてあなたの側近でした」

 

 観念したようにハツカネズミさんが語りだす。

 彼女もまたメリノヒツジさん同様に、カコ・クリュウに後の世のことを託されたフレンズのうちの一人だったという。

 記憶を体に刻みつける技を使い、長年に渡ってジャパリパークの管理を影で行ってきたんだと。

 

 だがハツカネズミさんはある時期からメリノヒツジさんと袂を分かつことになった。

 ジャパリパークの平和を乱してまでフレンズを鍛えるという、メリノヒツジさんの強行的なやり方に反対したんだ。

 ・・・・・・その結果、ハツカネズミさんは手痛い制裁を受けることになった。

 

「記憶を消去して追放するだけで許してやったというのに、こうしてまた僕の邪魔をしてくるとはな。お前もつくづく進歩がない奴だ」

「園長、ひとつだけ教えてください」

 

 ハツカネズミさんが神妙な顔で尋ねた。

 ジャパリホテルにて、なぜ自分をスカウトするような事を言ってきたのか、と。

 初対面を装ってまでそんなことをする理由がわからないと。

 

「フッ、何のことはない。ただの挨拶だ。かつての側近の近況が知りたかっただけだ。そして確信したよ。凡愚どもに囲まれてすっかり腑抜けてしまったことをな。

 ・・・・・・だから他の奴らと同じように逃げるチャンスを与えてやったものを、お前はことごとく無駄にした。もはや助かる余地はない」

 

 ハツカネズミさんは、全てに納得したようにゆっくりと頷くと「あなたは間違っている」と、静かだが強い意志を滲ませる口調で呟いた。

 

「・・・・・・今の仲間達が教えてくれました。フレンズ達はみんな一生懸命、それぞれの人生を生きています。たとえ力が弱くても、過去の歴史を何も知らなくても・・・・・・それを壊す権利なんて誰にもないんですよ!」

「ハツカネズミよ。その物言いこそが腑抜けた証拠ではないか。過去の痛みを脇に追いやり、綺麗ごとに酔っているだけだろう?」

「過去なんかよりも、今の方がずっと大切です。園長、私はあなたから離れて、ようやくそのことに気付くことができました」

 

 ハツカネズミさんは鼻息荒く会話を打ち切ると、おもむろに片手を突き出すように掲げた。意味深なその動きの意味は誰もわからない。メリノヒツジさんですら首をかしげている。

 

「何の真似だ?」

「私が何の策も持たずにやってくるとお考えでしたか?」

 

 2人の間に不穏な空気が流れたのも束の間、わたし達はとある異変に気が付くことになる。

 上空にうごめく小型セルリアンの群れ・・・・・・その中のとある一部分だ。

 何匹かが群れを外れて、やたらめったら無軌道に荒ぶった飛び方をし始めた。

 彼らはわたし達がメリノヒツジさんに近づかない限りは攻撃してこないはずなのに、いったい何が起こったんだろう?

 

________ブオオオッ! ドシャアアッ!

 程なくして荒ぶっていた数十匹の個体が群れを成し、下に向かって降り注いできた。

 ・・・・・・わたし達のほうではなくメリノヒツジさんの方へだ。

「むっ、これは!?」

 突然のことに対応できない彼女へと飛び掛かり、その体で周囲ごと覆い隠してしまった。

 セルリアン達が自分の主人たるメリノヒツジさんを攻撃している? いったいどうして? 

 ・・・・・・そう思ったのも束の間、セルリアン達は一斉に勢いよく上昇して空に戻っていった。

 

「み、見ろよー! あれを!」

 ロードランナーちゃんが指をさしたのは、メリノヒツジさんのすぐそばにあった大岩だ。

 あの岩の上には、未だ目覚めることのないアムールトラさんが横たわっていたはずなのに、なぜか忽然と姿を消してしまっている。

 

 アムールトラさんがどこへ移動したかはすぐにわかった。

 彼女は眠ったまま、黒い集合体に抱え上げられるようにして空中を浮遊していた。

 セルリアン達はメリノヒツジさんへ攻撃を仕掛けたわけじゃなかった。彼女の傍にいたアムールトラさんを連れ去ることこそが目的だったのだ。

 

「セルリアンへの行使権限があるフレンズは、あなただけではないことをお忘れですか!」

「バカな、お前1人でどうやってマザーへアクセスしたのだ?」

 

 わたしには理解不能な言葉が飛び交う。

 わかるのは、目の前のセルリアンの異常な挙動がハツカネズミさんの手で引き起こされているらしきことだけだ。

 彼女にこんな力があったとは。でもどうやって・・・・・・?

 

________ポコ、ポコ、ポコ・・・・・

 聞き覚えのある特徴的な足音が後ろから近づいてくる。

 その音を耳にして、彼の出現を察知する。

 わたしにはイエイヌちゃん、ロードランナーちゃんに続く4人目の旅の仲間がいる。神出鬼没で、普段は一緒にいないけれど、肝心な時にいつも助けてくれる心強い存在が・・・・・・。

 

「もちろん私一人ではアクセス出来ません。でも”彼”の力を借りれば可能です」

________ピョンッ

 颯爽と現れたラモリさんが軽やかにジャンプすると、ハツカネズミさんが突き出している腕の上へと降り立った。

 さらに背中から生えている機械仕掛けの尻尾を動かして、先端の手みたいな部分をハツカネズミさんの手と重ね合わせた。

「カンリシャ ノ ログイン ヲ カクニン・・・・・・」

 その瞬間ラモリさんのつぶらな瞳が、サングラス越しに強い緑色の光を放ちはじめた。

 

 ラモリさんとハツカネズミさんに操られたセルリアンたちが、猛スピードでアムールトラさんをこっちまで運んできてくれている。

 セルリアンに阻まれてアムールトラさんに近づけないなら、逆にセルリアンに彼女を連れてきてもらえばいいんだ・・・・・・!

 こんな力を持っていたなんて、いつもながらラモリさんには驚かされる。

 わたしにはとても想像がつかない作戦だったけど、確かにこれなら上手くいきそうだ。

 

「ほう、さすがは我が側近。なかなか面白いことをするじゃないか。だがしょせんは無駄なこと」

________パチンッ

 焦りの色すら見せないメリノヒツジさんが指を鳴らす。

 すると数機のラッキービーストが突然わたし達の近くの草むらから飛び出した。

 

「ら、ラッキーさんがどうしてこんなに!? 一体どこから!?」

「元から我が近くに潜ませていた。大量のセルリアンを操るためには中継器が必要だからな」 

 

 メリノヒツジさんが差し向けた青いボディカラーのラッキービースト達が、ハツカネズミさんの腕の上にいる赤いラモリさんを取り囲むように近づいていく。

 そして彼女たちから少し離れた場所で陣形を取るように足を止めると、無機質な黒い瞳がいっせいに光り始めた。

 

「ガ、ガガ・・・・・・! ボウダイ ナ システムエラー ヲ ケンチ・・・・・・」

 するとラモリさんの体がびくんと震え、瞳から放たれる光が弱まってしまった。

 それに呼応してアムールトラさんを運んでいるセルリアンの集合が解け、彼女を地面に落としてしまいそうになる。

 ・・・・・・が、すんでのところでラモリさんは持ち直し、再び緑色の光を放ちセルリアンを操ってアムールトラさんを持ち上げた。

 なぜだかラモリさんは随分辛そうだ。取り囲む他のラッキービーストから見えない攻撃を受けているみたいな・・・・・・?

 

「それにしても、マザーのコントロールから外れたラッキービーストがいるとはな・・・・・・そんな珍品を所有しているとは、やはりお前たちの背後にはあの男の意志が介在しているのか?」

 

 メリノヒツジさんがブツブツと呟きながら、ゆっくりとした足取りで近づいてくる。

 わたし達にアムールトラさんを奪還されてしまう可能性なんて微塵も恐れていない様子だ。

 セルリアンたちがアムールトラさんを運んでくるにはまだ距離がある。

 もしその前にラモリさんがセルリアンを操れなくなってしまったのなら、わたし達にはもう打つ手がない。

 

「わ、わふ! ラモリさんを助けなきゃ!」

「このラッキービースト達を何とかすりゃあいいのか!?」

「ハツカネズミ達の邪魔はさせないですよ!」

 

 イエイヌちゃん達がいっせいにラッキービースト達に飛び掛かろうとする。

 先ほどメリノヒツジさんの言葉に共感を示したワシミミズクさんも、オオコノハズクさんに続く形で動いた。

 が、ここでまた予想もしなかった事態が起こる。

 

________ガクンッッ・・・・・・!

「きゃああっ!」

「イエイヌちゃん! みんな! どうしたの!?」

「・・・・・・か、体がメチャクチャ重てええ!」

 

 とつじょ、みんなが金縛りにあったように動けなくなってしまったのだ。

 ラッキービースト達に触れることすら出来ずにその場に崩れ落ちてしまった。まるでラモリさんだけでなく、わたし達にも見えない攻撃が仕掛けられているみたいだった。

 

「フレンズがラッキービーストに危害を加えることは出来ない。最初からそういう風に決まっているのだよ」

「そ、そんなっ!」

「まったく鬱陶しい奴らだ。もう少し余韻に浸っていたかったが仕方ない。早くことを済ませるとしよう・・・・・・お前らはそこでおとなしくしているんだな」

 

 抵抗手段を失ったわたし達に種を明かしながら、メリノヒツジさんは悠然と近づいてくる。

 これもカコ・クリュウの意志(オーダー)というものだろうか? わたし達の体にはいったいどれだけの制約が仕込まれているんだろう。

 

「園長ぉぉッ! あなたの思い通りには! ・・・・・・ぐうっ!」 

 必死に抵抗していたハツカネズミさんも、他の子たち同様にその場に崩れ落ちてしまった。

 ラモリさんはというと、やむなくハツカネズミさんの腕から降りたが、それでも彼女と手を取り合ったまま、瞳から光を発しセルリアンたちを操り続けている。

 ・・・・・・が、先ほどとは比べ物にならないぐらい光が弱くなり、今にも消えてしまいそうなほど明滅を繰り返している。

 一匹、また一匹とセルリアンがコントロールから外れ、数匹でやっとアムールトラさんを抱え上げ、のろのろと運んでいるような状態だ。そして・・・・・・

 

________バチィィンッ!

「ら、ラモリさぁああんッ!」

 チャームポイントのように思っていたサングラスが勢いよく宙を舞った。

 赤いボディが横転し、中身の見えた機械の体から何度も火花を散らした後、ラモリさんはピクリとも動かなくなってしまった。

 

________ドサッ

 それと同時にセルリアン達へのコントロールも完全に解けてしまう。

 わたし達にほど近い場所で、霧散したセルリアン達から放り出されるように、アムールトラさんが地面に落とされてしまったのが見える。

 

「と、ともえ、おめーは動けるのか!?」

「えっ・・・・・・」

 おもむろにロードランナーちゃんが後ろから呼びかけてくる。

 仲間達はみんなその場にうずくまり、立ち上がることすら出来なくなってしまっている。

 そんな中で、確かにわたしだけが特に変わったところがない。いったい何故なんだろう?

 

「・・・・・・ラッキービースト達を通じて、マザーからの命令(オーダー)が発せられています。それで私たちは動けないのです」

 

 ハツカネズミさんが難しげな解説をしてくれる。

 かつての記憶を取り戻したということだろうか。

 マザーとは、言うなればラッキービーストの親玉のような存在なんだと。ジャパリパーク中のラッキービーストを操り、引いてはジャパリパークそのものを支配していると。

 

 ・・・・・・そして園長、メリノヒツジさんはマザーに自らの意志を託している。

 だからこの場でアムールトラさんに食べられて死を迎えることになっても、マザーが彼女の命令を実行し続けてくれる。

 アムールトラさんに命を捧げるための準備が完全に済んだ状態なんだと。

 

「ともえさん、申し訳ありません。私がしくじったせいで、あなたのお友達を失うことになってしまいました・・・・・・ですが、恥を承知で頼みがあります。あなただけでも逃げてはくれませんか?」

 

 この状況ではもはやアムールトラさんを助ける手はない。そしてメリノヒツジさんがこちらを逃がしてくれることはないだろう、とハツカネズミさんは言う。

 ならば唯一動けるわたしだけでも逃げろと。

 この場で聞いた話を、他の土地に住むフレンズさん達に聞かせるだけでも無茶をした甲斐があるというのだ。

 

「い、いやだ!」

 

 そんな提案なんて飲めるはずがない。

 仲間を見捨てて逃げるなんて。アムールトラさんをあきらめるなんて・・・・・・

 向こうの様子を見やると、メリノヒツジさんは相も変わらず余裕の表情のままゆっくりとこちらに近づいて来ている。

 地面に寝ころんだアムールトラさんとの距離は、少しばかりだけれどこちらの方が近い・・・・・・

 

(い、行かなきゃ!)

「無茶です! やめてください!」

________ダッ!

 わたしはハツカネズミさんの悲痛な訴えを振り払うようにして走り出した。

 ・・・・・・バカなことをしてるってわかってる。でももうこれしか出来ない。

 

 全力で走れば、メリノヒツジさんよりも先にアムールトラさんの所へ行けるはず。彼女を引きずってここから逃げることが出来たら。

 近づけば近づくほど上空にいるセルリアンに襲われるリスクは上がるけれども、メリノヒツジさんに肉薄するわけじゃない。だから絶対に襲われるって決まったわけじゃない。

 

________ゾクッ

 だけど、そんなわたしの覚悟も早々に打ち砕かれた。

 仲間達とはまた別の要因で、わたしはその場から一歩も動けなくなってしまったんだ。

「・・・・・・」

 近づいてくるメリノヒツジさんの表情はこれまでと変わりない。

 余裕たっぷりで、口元には微笑みさえ浮かべているほどだ・・・・・・でもさっきまでと様子が違う。

 

 彼女はすでに戦闘態勢だ。不用意に近づいたら、一撃で建物を吹き飛ばすような威力の攻撃がこっちに向かって飛んでくるだろう。

 本能でそれがわかってしまって、わたしの全身が恐怖で硬直してしまっている。

 こういうのを確か「ヘビに睨まれたカエル」って言うんだよね・・・・・・。

 

「それが賢明だ」

 メリノヒツジさんがわたしの心を読んだようにほくそ笑む。

 やがて地面に横たわるアムールトラさんの傍に近寄ると、跪いて大事そうに抱き起こし、覗き込むように眠る彼女の顔を近くで眺めた。

 

「さあ、そろそろ目覚めておくれ。新たな神として世界を導いておくれ」

「・・・・・・な、なんで? アムールトラさんが神ってどういうことなの?」

「言葉の通りだ。彼女はカコ様に代わるこの世界の新たな導き手となるのだ・・・・・・さっきも教えてやったろう。神とは我々の在り方を決める絶対的な存在であると」

 

 メリノヒツジさんはさらに続けた。

 完全なビーストと化したアムールトラさんに敵う者はなく、各地で暮らすフレンズたちは恐怖で震えあがるだろうと。

 その絶対的な強さが、やがてフレンズたちの意識を変えていく。

 誰もが「戦わなければ生き残れない」ということを悟り、必死に生き抜こうとするだろうと。

 アムールトラさんはまさしく、弱肉強食というこの世の節理を体現する「新たなる神」に変身するんだと・・・・・・

 

「・・・・・・そんなのアムールトラさんが可哀そうだよ」

「何だと?」

「あなたがそうさせたいってだけで、アムールトラさんの気持ちなんかどこにもないじゃない!」

 

 言葉が自然と湧いて出てくる。

 怖くて体が動かなかったはずなのに、自分の無力さに対する絶望感よりも強い気持ちに突き動かされて、わたしは気が付くとメリノヒツジさんに怒鳴っていた。

 

 アムールトラさんはビーストじゃない。神様なんかでもない。わたし達と同じフレンズなんだ。このジャパリパークで幸せに暮らせるはずなんだ。 

 彼女が本当は優しさに溢れていることをわたしは知っている。ビーストを克服するために一生懸命頑張っていることも。

 だから・・・・・・これ以上アムールトラさんを苦しめないでほしい。

 

「ふはははっ! あーはっはっはっ!!」

 

 メリノヒツジさんが、わたしの訴えをかき消すようにケタケタ大笑いしはじめた。

 天を仰ぐようにのけぞって笑っていた彼女の顔が、やがてこちらの方へ向き直ってくる。

「クククッ・・・・・・おいおい、どの口が言うんだよ? どの口がァッ?」

 

 さぞかしニヤついているんだろうと思ったが、その表情は予想とは違った。

 射殺すような眼光と、顔中に刻まれた深い皺から作られる憤怒の形相は、見ているだけで震えあがる程に恐ろしい。

 今まで余裕の態度を崩さなかった彼女が、突然に怒りを爆発させているのが見て取れる。

 

「アムールトラを今まで苦しめてきたのは誰だ? フレンズのなりそこないのビーストなどという蔑称で呼んで”のけもの”にしてきたのは誰だ? 一人ぼっちで苦しんでいたアムールトラに歩み寄ろうとしなかったのは誰だ? ああ!? 答えてみろよっ!」

 

 今までとは違う荒っぽい言葉遣いにて問いかけてくるメリノヒツジさん。

 ・・・・・・わたしの胸はズキリと痛んだ。

 問いの答えが脳裏に浮かんだからだ。

 

 ジャパリホテルから避難したフレンズさん達は、みんなを守るために戦ったアムールトラさんをののしり蔑んだ。傷つき寝込んでいる彼女を「追い出せ」とまで言った。

 オオコノハズクさん達は、縄張りで休んでいただけのアムールトラさんを捕まえ、暗くて狭い所に閉じ込めて、それを悪いこととも思わなかった。

 ・・・・・・わたしだって、つい前まで、彼女のことを恐ろしい怪物だとしか思ってなかった。

 

「これでわかったろう。お前らがアムールトラの友を気取る資格などないことが・・・・・・だがまあ僕も鬼じゃない。どうしてもと言うなら、友情を証明するチャンスをやろうか?」

「え・・・・・・?」

「べつに簡単なことさ。誰か一人で良い。僕の代わりにアムールトラに体を捧げろ。こんな醜く老いさらばえた僕よりも、お前たちの肉の方が美味だろうから彼女も喜ぶだろう・・・・・・どうだ? 友達を救うためだと思えば出来るだろ?」

 

 酷いことを言う。メリノヒツジさんはわかってるんだ。

 わたし達にはそんなこと出来るはずがないと。

 暴力こそ振るわないけれど、あらんかぎりの悪辣な言葉によって怒りを発散しているんだ。

「ふははっ! わかったか! お前達の想いなんてその程度なんだよ!」

 わたしや後ろにいる仲間達がぐうの音も出なくなった様を見て溜飲が下がったのか、勝ち誇ったようにダメ押しの宣言を言い放った。

 

「・・・・・・そしてこの僕だけが・・・・・・アムールトラの友であるッ!!」

________ドシュッ

 メリノヒツジさんがアムールトラさんを片手で抱き起こしながら、もう片方の手の平を自分の頭に生えている角に突き刺した。

「さあ、もう君は一人ぼっちじゃないぞ。誰もが君にひれ伏すからな」

 角から手の平を引き抜くと、噴き出した鮮血をアムールトラさんの口元にポタポタと垂らした。自分の血を飲ませているんだ。

 

「善悪において一個の創造者になろうとするものは、まず破壊者でなければならない。そして、一切の価値を粉砕せねばならない!」

 

 歓喜の笑みを浮かべるメリノヒツジさんが、アムールトラさんに血を飲ませながら謎の文言を唱えはじめる。

 言葉の意味なんてわからない。彼女の中だけにある喜びを言い表しているんだろう。

 誰の気持ちも無視して、自分の言葉に酔って、自己中心的な目的だけを遂げようとするメリノヒツジさんは、あんまりに傲慢なんじゃないかって思う。

 でも彼女の行動にはすべて理由がある。経験してきた出来事の中で培われた信念もある。

 ・・・・・・わたしには、そんなもの何もない。だから彼女に反論することも出来ない。自分の無力さが嫌になって、絶望が胸に広がっていく。

 

 何もできずに茫然と眺めていると、やがて異変を目のあたりにすることになる。

 メリノヒツジさんの腕の中で、アムールトラさんが背筋を弓のようにのけぞらせるのを。

 黒い炎がなおさら激しく燃え盛り2人の姿を包み込むのを。

 炎の中でアムールトラさんの両手が一回り以上も大きくなり、元のビーストのかぎ爪が生えだしてくる様を。

 

「創造する者とは、人生の目的を打ち立て、大地に意味と未来をあたえる者である!」

「い、いやあッッ! アムールトラさんっ!」

「・・・・・・」

 

 メリノヒツジさんの満足げな詠唱と、わたしの悲鳴が入り混じる中、ついにアムールトラさんがまぶたを開いた。 

 

 to be continued・・・




_______________Cast________________
 

哺乳綱・ネコ目・ネコ科・ヒョウ属トラ亜種 
「アムールトラ」
哺乳綱・鯨偶蹄目・ウシ科・ヤギ亜科・ヒツジ属
「メリノヒツジ」
哺乳綱・ネコ目・イヌ科・イヌ属 
「イエイヌ」
鳥綱・カッコウ目・カッコウ科・ミチバシリ属 
「英名G・ロードランナー 和名オオミチバシリ」
鳥綱・フクロウ目・フクロウ科・コノハズク属 
「アフリカオオコノハズク」
鳥綱・フクロウ目・フクロウ科・ワシミミズク属 
「ワシミミズク」
哺乳綱・げっ歯目・ネズミ科・ハツカネズミ属 
「ハツカネズミ」 
自立行動型ジャパリパークガイドロボット 
「ラッキービーストR‐TYPE-ゼロワン 通称ラモリ」(機能停止状態)
????????????????????? 
「通称ともえ」

_______________Story inspired by________________

“けものフレンズ”  “けものフレンズ2”
      byけものフレンズプロジェクト

     “けものフレンズR”
      by呪詛兄貴
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