けものフレンズR あるトラのものがたり   作:ナガミヒナゲシ

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現代編16「しんのえいゆうのふっかつ」

「う、ううっ・・・・・・」

 

 いつの間にか倒れていた私は、頭を振りながら何とか立ち上がった。

 メリノヒツジと戦っていた真っ最中だったのに気を失ってしまうとは不覚だ。

 深紅の魔獣と化した奴に手も足も出ず追い詰められて、ついにビーストに戻りかけみたいな状態になってしまって・・・・・・それからどうなった?

 

「・・・・・・ん? あれ?」

 起き上がるなり、何だかおかしなことになっているのに気付く。

 さっきまでいた場所と全然違う。メリノヒツジがいない。ともえ達もいない。

 自分の体を見てみると、手も足も真っ赤で、ちょっと重たさを感じる綿状の毛が生えていて、まったく別のフレンズの体になっている。これじゃまるで・・・・・・

 

________ドウンッ・・・ドウンッ・・・

 そこは地獄のような場所だった。

 眼下に光と熱を感じながら、私は小高い岩山の上に立って下の様子を見ていた。

 辺り一帯の地面が、炎のように燃える濁流に飲み込まれている。

 ・・・・・・あれはマグマだ、と、誰に教わるでもなく私は理解していた。ずっと向こうの方にある火山から勢いよく噴出している。

 

________ドッガアアアッッ!

 そして、マグマに飲まれた大地の上で、お構いなしに戦い続ける2人のフレンズがいた。

 2人から発せられる闘気がドーム状に広がってマグマを押しのけている。

 凄まじい打撃をぶつけ合う2人のボルテージが無制限に上がっていく。まるで相手の力を増幅して送り返し合っているかのように。

 戦っているうちの1人は、間違いなく私自身だった。

 そしてもう1人は、私より頭一つ分以上も小柄な体格の、炎のような模様の毛皮を身にまとったフレンズ・・・・・・

 

「クズリさん! 負けるなあッッ! がんばれ! アムールトラッッ!」

 私は感極まって叫んだ。まるでそうすることが最初から決まっていたように。

 自分の姿を別人の視点で目撃しているという、どう考えても異常な事態だったが、なぜこんなことになっているのかを私は考えなかった。

 

 ・・・・・・何故ならば、今の私はメリノヒツジなのだから。

 ほどなくして完全にそう思い込んだ。

 意識も、感情も、記憶も、いつの間にか彼女と一体化していた。

 

 ああ、そうさ。何度思い返したことだろう。

 クズリさんとアムールトラ、無敵の野生と最強の養殖・・・・・・宿命のライバル同士の対決。

 それを間近で目撃できたことこそが、長い長い「僕」の人生の中で最高の時だった。

 2人の強さに感動しつつも、自分は決してあの領域にはたどり着けないんだろう、と一抹の寂しさも覚えた。

 

 場面が別のところに移り変わる。

 決戦の地。空中要塞スターオブシャヘル。

 この時フレンズの苦難の歴史が変わった。僕とクズリさんとアムールトラの3人で、長年の宿敵グレン・ヴェスパーを討ち果たすことが出来た。

 

 だが、クズリさんの命も失われることになった。

 グレン・ヴェスパーというコントロールを失ってセルリアンの女王が暴走を始めた。

 地面に降り立ち浸食せんとする女王からアフリカ大陸全土を守るために、クズリさんは致命傷を負った体で、アムールトラと共に最後の賭けに出たんだ。

 そして見事に成し遂げた・・・・・・最期の瞬間まで、己の中の闘志を一片も残さず燃やし尽くした。

 その後彼女は、僕の腕の中で光と化して消えていった。元の動物の姿さえ残らなかった。唯一、左腕に嵌めていた腕輪だけが残った。

 

 あの時のことを思い返すたび、喪失感と未練とで胸が締め付けられる。

 クズリさんが死んでしまった世界で、僕が生きている意味があるのだろうか?

 この世で一番尊敬していた。生きることは戦いだと教えてくれた・・・・・・僕はそんな彼女の糧になりたかった。彼女を生かすための血肉になりたかった。

 それが叶ったのなら、僕にとってどんなに幸せだったろうか。

 

 ・・・・・・ああ、また別の場面だ。

 どうしてこうも矢継ぎ早に、走馬灯のように思い出が蘇ってくるのだろう。

 ジャパリパークの黎明期。ヒトとフレンズとが、創造されたばかりの大地で手を取り合って暮らしていた時代。

 

 降りしきる大雨の中、教会でヒグラシ博士の葬式が行われている。

 僕はカコ様の名代として式に参列していた。

 かつて犯した罪を償うためにフレンズに一生をささげた博士の生きざまは、カコ様にとっても尊敬の対象だった。

 ・・・・・・だがカコ様はあの時すでに、ヒトならざる存在へと変わりつつあった。完全なセルリアンの女王となるために肉体改造を行っていたため、参列することは叶わなかった。

 

 ヒグラシ博士・・・・・・僕を愛し育ててくれたヒト。

 彼とは最後まですれ違っていた気がする。

 カコ様に忠誠を誓った僕には、他のフレンズのように彼と接することは出来なかった。

 もっと彼と時間を過ごせばよかった。もっと彼に恩返しすれば良かった・・・・・・もっと彼に感謝の言葉を告げれば良かった。なんて親不孝者なんだろう。

 

 すべてはもう遅い。冷たく青白くなったヒグラシ博士の棺に花をたむけることしか出来ない。

 色とりどりの献花の中で、彼にどんな色の花を捧げようか迷った。

 赤く染まった今の僕では博士に顔向けできない。昔みたいな白は今の僕とはあまりに程遠くて嘘っぱちな感じがする。赤も白も、どっちもふさわしくないと思った。

 ・・・・・・だから、黒と橙の二輪の花を選んだ。それはクズリさんとアムールトラの色だった。

 

 それからまた多くの時間が過ぎていった。

 僕はカコ様の忠実なる配下として人類殲滅に加担し、裏切者のハルカ・クリュウや奴の仲間達と幾度も戦った。

 ハルカ達にはまんまと宇宙に逃げられたが、ひとまず地球上からヒトという種は根絶された。

 いまやカコ様の配下だったヒト達もこの世を去って久しい。

 アーサー・ブラック・・・・・・マザーAIの設計者にしてカコ様の長年の腹心であった彼が亡くなってからというもの、僕が実質的に組織のナンバー2となった。

 

 いつだって罪悪感に苛まれていた。

 ヒトが作ってきた優れた文化や歴史を破壊し、多くの罪のない命を奪い続ける所業に、自分の中の何かが死んでいくような感覚を覚えていた。

 それでも僕は一心に進み続けた。

 

 心が折れなかったのは、カコ様が僕の前を進んでくれていたからだ。

 聡明で、高邁で、何よりも強靭なお方だった。

 愛するフレンズ達の楽園を作るために、人類史上・・・・・・いや生物史上最大の罪人になる覚悟を背負っていた。

 

 ・・・・・・だが、そんなあのお方ともお別れする時が来た。

 セントラルエリア中枢に位置するカコ様の宮殿が、フレンズの戦士達に攻め込まれている。

 ヴェスパー大戦時代の水準には及ばないが、なかなかの精鋭が集まっているものだと思う。

 そのなかでも”四神”やキュウビキツネ、イヌガミギョウブなどの空想上の存在を元に作られたフレンズ達は極めて強力だ。生の肉体を持たぬ奴らは、けものプラズムで出来た体を巨大な怪獣のような姿へと変えることが出来る。

 

 奴らを前に、カコ様(クイーン)が使役する軍団(レギオン)が次々となぎ倒されていく。

 僕はというと、自らの手で創造したトンボ型の飛行セルリアンの背に乗って、フレンズ達に攻め込まれるよりも前に宮殿を脱出していた。

 この場で死ぬことを許されなかったからだ。

 

 すべてはカコ様の自作自演だ。

 あの強力極まりない神獣達は、カコ様が「確実に敗北する」という目的を達成するために、みずからの手で生み出した存在なのだ。

 神獣をフレンズ達に味方させ、自分はセルリアンを率いてフレンズ達と戦う。

 セルリアン・クイーンである自分が倒されることで「危機は去った」とフレンズ達に思わせる。

 ・・・・・・それこそがジャパリパークを完全なる楽園とするための最後の仕上げであるとお考えになったのだ。

 

 そして僕はカコ様の後継者に指名された。

 彼女が持つすべての知識と、セルリアンを操り創造する力、マザーAIへのアクセス権、そしてジャパリパークを永遠に守れという命令を賜った。

 クイーンのように表には出ず、誰にも正体を悟られず、物陰からひそかに楽園の安寧を見守り続けていく役目を・・・・・・

 

 はるか上空から、宮殿に火の手がかかり陥落していく様を見下ろす。あの様子では長くはもたないだろう。

 カコ様の盾となって散れたらどれだけ幸せだっただろう。

 僕の人生ではこんなことが何度も繰り返されている。大切な誰かが僕より先に死んでいく。想いだけを僕に託して・・・・・・

 

 託された想いを背負って永久に歩いていくんだ。そうする限り、みんなが僕の中で生きていてくれるから。

 さあ、涙を拭こう。

 行かなければ・・・・・・

 進み続けなければ・・・・・・

 

________おい、なにをしてるんだァ?

 

 野太く恐ろしい声が響く。

 それと同時に目に映るものが色褪せ、音声にノイズがかかり「私」は現実へと引き戻された。

 

「ふざけるなよ、アムールトラァッ!」

 

________グギュウウウッ・・・・・・

 目の前にはメリノヒツジが・・・・・・つい一瞬前まで幻の中で意識を一体化させていた相手がいた。

 現実世界ではさっきまでと変わらず、恐ろしげな深紅の鎧に身を固めながらこちらを追い詰めてきている。

 怒気を吐きながら剛腕に力を込め、鷲掴みにしている私の体を強く締め上げてきた。その握力たるや凄まじい。

 骨がバラバラになって飛び散りそうな痛みに死の予感すら覚える。

 

「僕の心を覗き込めば、失った記憶を補完できるとでも思ったか!? 無駄な足掻きをするなっ!」  

「・・・・・・ぐ、ぐわああっ!!」

「肉を食わせてやるとは言った・・・・・・だが全てをくれてやると言ったつもりはない! 墓場にまで持っていきたい恥の記憶だってあるんだ! それを無理矢理に暴くとは、あまりにも無礼じゃないのか!」

 

________ドスンッ・・・・・・

 怒りが収まらない様子のメリノヒツジだったが、その怒勢とは裏腹に、おもむろに私のことを手放した。

「が、がひゅうっ!」

 地面に落ちた瞬間、押しとどめられていた呼吸が再開してむせ込む。

 咳と一緒に大量に吐血する・・・・・・まずい、どうにもこうにも血を失い過ぎた。動こうにももう体に力が入らない。

 

「なぜまだビースト化しない!? 早く僕を食らって楽になればいいだろうに!」

 

 明らかに冷静さを失ったメリノヒツジが口惜し気に怒鳴り散らしている。

 ひとまず彼女との戦いからは注意を外して、今しがた起こったことを整理してみる。

 ・・・・・・不思議な感覚だった。他者の記憶を読み取るなんて能力が私にあったことに驚いた。

 反応から察するに、メリノヒツジは例にもれず私のこの能力の存在を知っているようだ。

 

 ジャパリパークの成り立ちとは、あのような経緯だったのか。

 セルリアンの女王は、元々カコというただのヒトだった。そしてフレンズを愛するあまりにヒトのことを滅ぼし、フレンズだけの楽園を作ることにした。

 そしてこのメリノヒツジは彼女の側近にして後継者だった。

 

 ・・・・・・だが、出来事の記憶だけじゃない。メリノヒツジが内に秘めた苦悩も、一緒に過ごした者たちへの愛をも断片的にだが理解することが出来た。

 奴が抱える痛みがわかる。もはや敵とは思えない。ビーストの鉤爪もいつの間にか引っ込んでしまっている。

 

「園長、あなたの負けですよ! アムールトラはここまで傷つけられてもなお、あなたの暴力には屈しなかった」

 

 とつぜんに声を張ったのはハツカネズミだ。

 後方で動けないまま私達の間に割って入る。何かを確信したような、メリノヒツジに言って聞かせるような声色だった。

「これ以上傷つけたらアムールトラは死にます。だからあなたはもう彼女に手出しは出来ません。何故ならばあなたはアムールトラとは違って、カコ様にオーダーを刻まれた存在なのだから・・・・・・違いますか!」

 

「・・・・・・ふっ、要らぬことをべらべらと」

 ハツカネズミに対してメリノヒツジはぐうの音も出ない様子だ。

 彼女の指摘が正しいことがこれでわかった。過去の出来事について、彼女はメリノヒツジと同等の知識量を持っていると考えて良いんだろう。

 

「さらにもう一つ言わせてください。あなたの体も限界に来ているのではないですか?」

 

 ハツカネズミはさらに追い打ちをかけるように追求し続けた。

 メリノヒツジの肉体は、さまざまな要因によって限界を迎えつつあるんだという。

 ひとつは記憶を蓄えすぎたこと。記憶を物質化して体に埋め込む術は、繰り返せば繰り返すほど肉体に負担がかかるらしい。

 

 もうひとつはメリノヒツジが使う技の性質だ。

 深紅の鎧を纏ったあの状態は、短時間維持するだけでも多大なスタミナを消耗するという。

 今のメリノヒツジではそれに耐えることが出来ないはずだと・・・・・・だが、奴は進化促進薬という恐ろしい副作用を持つ劇薬を摂取することで無理矢理に変身を遂げた。

 それは奴にとって命がけの所業のはずだと。

 

________ビキッ・・・・・・

 ハツカネズミの推理を後押しするように、メリノヒツジの鎧に異変が現れる。

 奴の深紅の兜から生えている長大な角に亀裂が走り、二本あるうちの一本がまっぷたつに砕けて地面に落ちたのだ。

 他にも様々な部位が細かくひび割れ始めてきている。私のあらゆる攻撃を跳ね返してみせたあの強固な鎧が・・・・・・

 

「園長、早く能力を解除してください! 取り返しのつかないことになりますよ!」

「だまれハツカネズミ! 僕の理想に賛同しなかったお前が今さら指図するな!」

「・・・・・・もうやめようよ、メリノヒツジさん」

 

 ハツカネズミの進言を頑なに聞き入れないメリノヒツジに対して、今度はともえが口を開く。

 緑と赤の瞳に涙を浮かべながら切実に懇願している。

 

「昔に色々あったのは分かったよ! でも全部それに当てはめて考えなくてもいいじゃない・・・・・・どうして未来を信じることが出来ないの? アムールトラさんのことも、いずれやって来るかもしれないヒト達のことも!」

「何も知らぬお前ごときがほざくなッッ! 過去を知るこの僕こそが、未来を正しく見通すことが出来るのだ!」

 

 ともえはどこまでもひたむきに未来を信じている。

 が、そんな彼女の言葉をメリノヒツジは真っ向から否定し、歴史はどうしようもなく繰り返すものであると断じた。

 ・・・・・・2人の思い描いている未来はまったく逆なんだろう。

 

 完全に平行線となった主張を交わしたのち、メリノヒツジはともえから視線を外し、そばにいる私のことすらも見ていないような感じで顔を落とした。

 奴はいったいこれからどうする気なのだろう。

 これ以上私に危害を加えることは出来ず、自身の肉体も限界に近づいているというのなら、もう詰んだと言っていい状況のはずだ。

 

 ・・・・・・が、しばらくの沈黙の後、何かを確信したように動き出した。

 私のことを放り出し、ともえに狙いを定めたように巨体を向かわせた。

 

「良いことを思いついたァ」

「ひっ・・・・・・!?」

 

________ダンッ!

 ともえが不穏な空気を感じて後ずさった時には既に遅かった。

 その巨体に見合わぬすさまじい瞬発力を発揮して、メリノヒツジは一瞬でともえに肉薄してしまっていた。

 深紅の剛腕を振るい、彼女の小さな体を引っ掴んで天高く持ち上げた。

 

「確かに僕はフレンズを殺すことが出来ない。しかしコイツだけは例外だ・・・・・・そうだよな、ハツカネズミよ」

「え、園長、あなたはどこまで・・・・・・!」

「いやああっ! は、離してよっ!」

 

________スッ・・・・・・

 ジタバタと足掻くともえを嘲笑うように、メリノヒツジが彼女の首元に手をかけた。

 巨大な手のひらが彼女の頭部を完全に覆い隠してしまう。

 それを見るなり、この場にいる全員がメリノヒツジの意図を悟ることになった。

 

「・・・・・・ダメっっ! ともえさんには手を出さないで! お願いだから!」

「て、てめー! ともえに何かしやがったらタダじゃおかねーぞ!」

 

 イエイヌが悲痛な声で懇願し、ロードランナーが激怒する。

 しかし2人とも変わらずその場にうずくまったままだ。

 大切な者が危機に遭っていてもなお、彼女たちは指一本動かすことすら出来ない状況なのだ。

 

________ズオオオッ・・・・・・

 私の内側からビーストの衝動が抑えきれない程に吹きあがっている。

 メリノヒツジの卑劣な行為に、そして仲間達の憐れな姿に、肉体が無意識のうちに怒りを爆発させている。

 野生そのものであるように牙を剥き、メリノヒツジに向けて獰猛な唸り声を発している。

 怒りに飲まれたら奴の思う壺だっていうのに、まんまと術中に嵌まってしまっている。

 

「ウウウッッ! こ、この卑怯者っ!」

「そうだ、もっと怒れ! まったく思わぬ切り札があったものだ・・・・・・お前を追い詰めるのに最も有効な手段は、お前の背後にいる弱者を狙うことだァ!」

 

 際限のない怒りとして吹きあがる黒い炎が、あっという間に体中を包み込んでしまう。

 視界が奪われ、しまいには幻を見た。

 炎が一か所に集まり形を成していく・・・・・・それはまるで、私の影そのものとしか思えないような姿をしていた。

 しかし両手には恐ろしい鉤爪がしっかりと生えそろっている。

 

________ウ、ウ、ウ・・・・・・

 

 低い声で唸る怪物の影は、私の内側にいる怨念そのものだと確信した。

 動けないでいる私に一歩一歩近づいてくる・・・・・・こんどこそ奴に消される。体を乗っ取られる。

 今や私の心の中は、メリノヒツジに対する怒りと、ビーストに対する恐怖心とで引き裂かれそうになっている。

 

 このまま怒りに飲まれてメリノヒツジを食らうしかないのか。そして全てを失うしか・・・・・・

 せっかくともえ達に出会えたのに、みんなと一緒にいればまたやり直せると思ったのに、ビーストであったことなんて永久に忘れたいのに、なんでコイツは私のことを解放してくれないんだ。

 

 絶望の中、とある考えがよぎる。

 ビーストからは逃れられない。それが私の運命であるならば、いちかばちか最後の賭けに出てみるしかないのではないか、と・・・・・・

 

 まずはビーストの鉤爪の威力によってメリノヒツジを殺す。

 とうぜん私は奴を食べたくなってしまうだろうが、何とかこれを我慢して、命が尽きるまで上空にいるセルリアンの大群に戦いを挑む。

 ・・・・・・都合よく私の体がそう動いてくれる保証はないが、ともえ達の命を救うには、もうそれしか方法がないんじゃないだろうか?

 

(・・・アウアアッ・・・!)

「な、何だ?」

 覚悟を決めて手を伸ばそうとした私に向かって、ビーストがまるで言葉を発するようなイントネーションで唸ってきた。

 せっかく私が体をくれてやる気になったのに、何やら躊躇している様子がある。

 長い間私から自由と意識を奪っていたくせに一体どういうつもりなんだろう。

 

「さっさと私の体を乗っ取ればいいだろ? このままじゃともえ達が危ないんだよ!」

(・・・ア、アウウッ・・・)

 

 ビーストは口ごもり答えない。

 コイツが口が利けないことは、他ならぬ私が一番良く知っている。

 ・・・・・・思えば私は、ビャッコに口が利けるようにしてもらったからこそ、一時的とはいえコイツから離れられたんだ。

 また言葉を失うのかと思うと、それも実に名残惜しい。もっとともえ達と話してみたかった。

 まあ、言葉どころか命さえじきに失われるんだが。

 

(アムールトラ、聞いてください・・・・・・)

「・・・・・・だ、誰だ!?」

(この子はあなた自身なんですよ。あなたが希望を捨てずに頑張ってくれたからこそ、この子もようやく自我を取り戻しつつあります)

 

 ビーストは何も答えなかったが、代わりにまったく別人の声が聴こえてきた。

 優しく穏やかな女性の声だ。その声の主の姿はどこにも見当たらないが、私とビーストのすぐ近くにいることだけはわかる。

 ・・・・・・そして、その声以外にも、別の何人かの声が聴こえてきた。

 喋り方や声色はどの声もバラバラだったけれど、一様に私に優しく語り掛けてくれているような気がした。

 

(今もそうであるように、あなたは弱き者のために戦う英雄でした)

(てめえはオレのライバルだろうがァ)

(アタシのダチでもあるっス。あきらめんなっスよ)

(・・・・・・おめェは俺の空手を受け継ぐ最後の弟子だ)

(僕にとって君は娘だ。僕と出会ってくれてありがとう)

 

 どの声もひどく懐かしく、愛おしく感じられる。

 聞いているだけで心が揺さぶられるようだ。自分の中の欠落した部分が埋められていくような気がする。

 どういうことなんだろう? 昔のことを何も思いだせないっていうのに。

 

(記憶はなくても想いは残ります。あなたが愛した者たちへの想いは、生きている限り決して無くなりません)

 

 最初に私に語り掛けてきた穏やかな声が、ひと際鮮明に聴こえてくる。

 その声を聞いていると、おぼろげながら自分のするべきことがわかってきたような気がした。

 ・・・・・・上手く行く自信なんてない。いままでずっと目を背けてきたから、また同じ結果になるかもしれない。

 それでも私はもう一度だけビーストのことを信じてみたい。大切な誰かを守るために必死に戦い続けていた、過去の私自身のことを。

 ビーストは私が生きてきた証なんだ・・・・・・

 

「・・・・・・今までごめんね、もういちど、いっしょに行こう」

 

 ついさっきまでとは全く違う心持ちで、ビーストへと手を伸ばす。

 すると彼女もまた同様に、鋭い鉤爪の生えた手のひらをおずおずと伸ばしてきた。

 まったく違う形の手と手が重なり合う。光と影がひとつになっていく。

 漆黒そのものだった彼女に色味が取り戻されていく。

 私とまったく同じ顔が、私に向かって微笑んでくれたような気がした。

 

 どくん、と心臓の拍動を感じるやいなや、傷つき立ち上がることすら出来なかった体に凄まじい力がみなぎってくるのがわかった。

 両方の手から勢いよく鉤爪が飛び出し、爪の先から黒い炎が立ち昇る。

 体の周囲にも同色の霧のようなものがチラついている。

 

「ふははははっ! 待ちわびたぞッ・・・・・・!」

「わ、わふっ!! ダメです! アムールトラさんっ!!」

 ゆらりと立ち上がる私の様子を見て、メリノヒツジは勝ち誇ったような、安堵したような声を出し、周りの動けない仲間達からは痛ましい悲鳴が上がった。

 

________パァンッッ! ザキィィッッ!

 鞭を振るうような音を出しながら突進し、一瞬でメリノヒツジと距離を詰める。

 自分でも驚くほどのスピードだ。

 まるで自分以外が静止したようにさえ感じられる。事実、メリノヒツジはあらぬ方向を見ていて、まだ私の接近に気が付いてさえいない。

 

 私は奴に気付かれるよりも前に鉤爪を一閃させ、ともえを拘束している巨腕を切り裂いた。

 こちらの攻撃をまるで寄せ付けなかったメリノヒツジの鎧が、まるで粘土か何かのように容易く破壊された。

 奴が教えてくれた通りだ。ビーストの鉤爪だけが唯一あの鎧を突破することが出来る。

 

 切断されたメリノヒツジの腕が地面に落ちると、ともえが奴の手のひらから解放された。

 ここでようやく私以外のフレンズにも何が起こったかわかったようだった。

 

「あはははっ! もっと来い! もっとだ!」

________ズギャギャギャッッ!!

 ご満悦の笑みを漏らすメリノヒツジめがけて、間髪入れずに爪による連撃を叩き込む。

 当然ながら奴は無抵抗で、これはもう攻撃なんて呼べたものじゃない。まるで奴の分厚い鎧を力づくで引っぺがしているみたいだ。

 

 程なくして、鎧の内側にいたメリノヒツジの本体と対面することになった。血走った歓喜に満ちた瞳と目が合う。

________メキメキメキィッ・・・・・・

 私はメリノヒツジを鎧から無理やり引きずりだすと、馬乗りになって首根っこを押さえつけ、もう片方の手をトドメを食らわせると言わんばかりに振りかぶった。

 

 されるがままの奴の表情は、まるでそのまま眠ってしまうんじゃないかと思うぐらい安らかだ。

 余りにも一方的な蹂躙・・・・・それを傍らで見ているともえ達は真っ青な顔をしており、もはや悲鳴すら上げることが出来ない様子だ。

 

「・・・・・・全盛期の力を取り戻したな。さあ、思うぞんぶん僕を食べてくれ」

「だ、だめだよ・・・・・・だめだよアムールトラさんッ!」

 

________シュウウ・・・・・・

「私は、食べない」

 そう宣言すると同時に、振りかぶった手指に生えていた禍々しい鉤爪を、ゆっくりと時間を巻き戻すように引っ込めた。

 しかしその一方で、メリノヒツジを押さえつけている方の鉤爪はそのままだ。

 黒い炎も、体の片側半分では収まっており、もう半分は変わらず噴き出している。

 その様を見た瞬間、安らかだった奴の表情が一変した。

 

「な、何だと? なぜ話せる? なぜ鉤爪を出したまま正気を保っていられる? まさかお前は、ビーストの力を意のままに制御しているとでもいうのか? ・・・・・・こ、こんな、こんなことは予想していないぞッ!」

 

 想定外の出来事が起きていると知った途端、メリノヒツジが私から逃れようと暴れ出す。

 だがいかに奴とて抜け出すことはもう無理だ。

 いまやビーストの鉤爪は、出すのも引っ込めるのも思うがままだった。

 爪を伸ばすことだって出来る。私は奴を押さえつけている方の鉤爪を伸ばし、奴の上半身を丸ごと握りしめて固定している。 

 ・・・・・・そして私は、やろうと決めていたことをやることにした。

 驚き困惑するメリノヒツジの額の上に、ただの平手である手を置いた。

 

「や、やめろおおっっ! アムールトラァッ! 何をする気だっ!」

「メリノヒツジ・・・・・・私は君と話がしたいんだ」

 

 相手の記憶を読む私の能力。彼女にはこれをもう一度受けてもらう。

 ビーストと一体化したことでわかった。この能力の本質は記憶を読むことじゃない・・・・・・相手と心と心を重ねて、分かり合うことなんだ。

 

(アムールトラ、あなたならそうすると思っていました。私を救ってくれたように、どうかメリノヒツジのことも救ってあげてください。全ての重荷を背負って歩き続けたこの子のことを・・・・・・)

 

 意識がメリノヒツジの中に溶けていくさなか、例の優し気な女性の声が聞こえた。

 この声の主は一体何者なんだろう? 私の中に残っていた記憶の残滓にしては余りに鮮明で、個別の意識があるようにしか思えない。

 ・・・・・・まあ、いいか。かつて私が大事に思っていた存在には違いないんだ。そして今も私のことを生かそうとしてくれている。

 今も昔も、私は1人じゃなかった。ずっと誰かに支えられて生きてきたんだ。

 

(あなたを乗せて空を飛びたかった。それももう叶わない・・・・・・でもどうか、この青空の下で生きてください。本当に、ありがとう)

 

 

 肉体を溶かし、光となって誰かの心の中を飛び回るこの感覚・・・・・・やっぱり身に覚えがある。

 だから何となくわかる。心の形はそれぞれに違っていて、現実ではあり得ないような光景がこの先待ち受けているはずだ。

 

 メリノヒツジの精神世界は、いつ果てるともない広大な砂漠だった。

 凄まじい砂嵐が吹き荒れていて視界を奪われる。

 目を凝らして砂粒を見つめてみると、ひとつひとつの砂粒が、それぞれに異なる記号のような形をしていた。

 ・・・・・・これは文字だ。砂嵐と錯覚してしまうほどに膨大な言葉の粒が、この世界一杯に渦巻いている。

 

 こんな場所でメリノヒツジを見つけ出すことはかなり困難なことのように思えるけど、それでもやらなきゃいけない。

 ・・・・・・理屈じゃないんだ。嫌がられるかもしれないけれど、私は彼女と和解したい。同じ時代に生まれた戦友だから。

 そして彼女の孤独と苦悩を知った。

 食べてしまうこと以外で、彼女を苦しみから救う方法があるんなら、そうしてあげたいんだ。

 

________ズウウンッ・・・・・・

(な、なんだ?)

 

 向こうの方で巨大な何かが動いた。

 あれは山だ。とてつもなく大きな山が動いている。辺り一帯を見回せば岩山なんて無数にあるけど、その中でも突出して大きい。

 気になって近づいてみると、それがただの山ではないことにやがて気付く。

 ・・・・・・あれは巨人だ。サイズ感が異常すぎて傍目ではわからないけれど、二本の手足を備えた生物がゆっくりと闊歩している。

 

 巨人の体の表面は、やはり周囲の砂嵐と一緒で、文字が押し固められて出来た物だった。

 そして表面の凹凸が微妙に異なっていて、まるで彫刻のように何かの形を描き出していることに気付いた。

 ・・・・・・驚いたことに、岩肌に彫られていたのは私の姿だった。

 他にもメリノヒツジが人生の中で出会った数多くのフレンズやヒトの姿が彫られている。

 まるで彼女の記憶そのものの結集体であるかのようだった。

 

 私はようやくメリノヒツジの居場所に思い当たった。

 この巨人こそがまさしく彼女の正体だ。膨大な記憶と言葉を背負い続けた結果、天を衝くような岩山のごとき体へと変貌してしまったんだ。

 

 巨人の胸元、ちょうど心臓と呼べるような部位に、あまりにもちっぽけなメリノヒツジ本体の存在を感じる。姿は見えなくても十分に感じ取れる。

 

 一体どうしたら彼女を救うことが出来るだろう。

 ひとつ思い浮かんだのは、巨人の体からメリノヒツジを引きはがすことだ。

 背負い続けた重荷を取り払うことで、気持ちを楽に出来るのかもしれない。

 ・・・・・・しかし、果たしてそれでいいのだろうか? 

 あの巨人だってメリノヒツジの一部には違いないんだ。

 彼女が長い間苦難の道を歩み、大事な者の想いを背負って生きてきた証だ。

 

________ゴゴゴゴ・・・・・・

 

 巨人を前に考えあぐねていると、とある驚くべき異変を目の当たりにすることになった。

 メリノヒツジの精神世界が突然に崩壊を始めたんだ。地平線の向こうにまで広がる砂漠がいっせいに崩れ去り、音を立てて暗黒に飲まれていっている。

 

 私はそれを見て何が起こっているのかを本能で悟った。

 ・・・・・・あの闇の正体は「死」そのものだ。

 あの中に飲まれてしまったが最後、メリノヒツジの命は尽きる。

 

「メリノヒツジっ!」

 もう迷っている時間はない。

 他者の精神世界を自在に飛び回る今の私なら、きっと彼女の命を救えるはず。

 彼女を連れて迫りくる闇から逃れ、明るい所へと向かうことさえ出来れば。

 たとえ彼女の大切な一部分である巨人を失うことになっても。

 

 さっそく巨人の胸元へと飛び込み、文字で出来た肉体を一心にかき分けた。

________ガリッ! ガッ!

 が、見た目通りに途方もない大きさの体を掘り進んでいても、いっこうにメリノヒツジのところへ辿り着く気配はない。

 そうこうしている間にも闇がどんどんと地平線の向こうから迫ってくる。

 

「・・・・・・無駄だよアムールトラ、もう手遅れだ」

 おもむろにメリノヒツジの声が聴こえた。

 未だ巨人の胸の中に埋まって姿さえ見えない彼女が、私を制止するように話しかけてきている。

「周りをよく見てみろ」

 

 メリノヒツジに言われてふと不安になり、広がる精神世界に注意を巡らせてみる。

 そして私は彼女の言った意味をなんとなく察するのだった。

 明るい所を目指せば死の闇から逃れることができる・・・・・・が、しかし、明るい場所など最初からどこにもありはしなかったのだ。

 闇は360度あらゆる方向から迫ってきている。まるで際限なく縮小し続けるガラス玉の内側にいるようだ。

 

 メリノヒツジの精神世界があまねく死の圧力に押し潰されようとしている。

 この技をもってしてもどうすることも出来ないかもしれない・・・・・・そんな絶望めいた考えが脳裏をよぎる。

 彼女はまたも「もう良いんだ」とあきらめを促してくる。

 私は諦念を振り払うように「何が良いもんか」と真っ向から否定し、巨人の胸元を穿ち続け、幾層にも重なる分厚い岩板を取り払い続けた。

 

________ガリィッ 

 そしてついに、最奥にいるメリノヒツジと対面を果たすことになった。

 その姿は現実世界で対峙していた、鱗のような皮膚を持つ恐ろしい容姿のフレンズではなかった。

 記憶の中で一体化していた赤い毛を生やす大柄な姿でもない。

 あどけなささえ感じさせる真っ白くて小柄なヒツジが、丸まって弱弱しくうずくまっていた・・・・・・これが本当のメリノヒツジなんだな。

 

「つかまって。さあ行こう」

「・・・・・・」

 小さな体を抱きしめて飛び立とうと試みる。が、メリノヒツジはその場に根が生えたかのようにピクリとも動かない。

 彼女と巨人とはすでに不可分の存在であり、彼女だけを切り離すことなど不可能だったんだ。

 

「これでわかっただろう。僕はじきに死ぬ。お前が何をしても助けることはできない」

「い、一体どうして!? 君の体に何が起こっているんだ?」

「・・・・・・とっくの昔にガタが来ていた。それだけのことさ」

 

 メリノヒツジの体に限界が来ていることは、すでにハツカネズミが看破していた。

 だが問題はその度合だった。

 ハツカネズミの口ぶりでは、能力を解除して戦いから引き下がれば命は助かるぐらいのニュアンスだったが、その認識は間違っていたんだ。

 

 実際のところ、メリノヒツジは何もしなくても、いつ死んでもおかしくない状態だったようだ。

 進化促進薬でドーピングしなければ「鎧」を生成することさえ出来ない程に肉体が衰えていた。しかし薬を打ったが最後、副作用によって確実に死に至る。

 ・・・・・・それらのことを全て承知の上で戦いに望んだのだと。

 

「アムールトラ、最後に全力でお前と戦いたかった。そして食べられたかった・・・・・・僕にとってそれは人生に残された唯一の希望だった・・・・・・」

「だ、だからって、こんな」

「ふふふっ、だが結局、また独り相撲に終わってしまった・・・・・・長く生きてきたが、僕は所詮こんなものか・・・・・・」

 

 メリノヒツジは自嘲的な笑みを浮かべると、私に向かって手を伸ばした。

 差し出された手を私が固く握りしめると、彼女は満足げにひとつ溜息をついた。

 

「アムールトラ、お前は本当に、どこまでも強いな・・・・・・ビーストを克服し、自分の運命を乗り越えてしまうとはな・・・・・・」

 

 今わの際の彼女がぽつりぽつりと悔恨を残した。

 未来を見通せると言ったのは間違いであったと。そもそもそう思うこと自体傲慢だったと。

 あまりにも多くの過去を背負ってきた自分は、いつの間にかそれだけにとらわれ、未来に広がる可能性を信じることをやめてしまったんだと。

 

「・・・・・・お前を見ていると、僕も未来を信じたくなってきたよ。あのアニムスのようにな。

 僕たちフレンズは過去を乗り越えて、より良い未来を創ることだって出来るのかもしれない。かつてのようにヒトと争い合うのではなく、和解できる可能性だってあるのかもしれない・・・・・・」

 

 迫りくる死の闇はすでに砂漠をあらかた飲み込み、巨人の体内にまで浸食してきている。

 もう間もなく、メリノヒツジのその時がやって来る。

「アムールトラ、頼みがある」

 自分の運命を悟っているのであろう彼女が、最後に真剣な面持ちで私に懇願してきた。

 

「僕の続きを歩いてくれ。この世界の未来を見届けてくれ・・・・・・」

「ああ、わかった。必ず見届ける」

「・・・・・・ああ、やっとだ・・・・・・託されるばかりだった僕が、やっと・・・・・・託せる・・・・・・」

 

 メリノヒツジを抱きしめ、涙ぐみながら最後の一声をかける。

 こうして抱擁を交わしていると、あらためて彼女の記憶と感情が流れ込んでくるようだった。

 出会いと別れ、無限とも思えるほどに続く苦難。打ちのめされるたびに立ち上がった気概。

 彼女が背負ってきた物の重さが、まるで自分の物であるように感じた。

 

「・・・・・・私の中で生き続けてくれ。メリノヒツジ」

「ふ、ふふっ・・・・・・一切は死んでいく・・・・・・一切は再び花開く・・・・・・存在の車輪は・・・・・・永遠に回っている・・・・・・」

 

 やがてメリノヒツジは私の腕の中で、彼女らしい難解な言葉をつぶやいて、眠りに落ちるように目を閉じながら消滅していった。

 巨人ごと彼女が消え去った今、目の前の全てが暗黒と化してしまった。

 その場に存在しているのは、自ら光を放ち続ける私だけだ。

 静寂の中、ひとりぼっちになった私は魂を現実世界へと向かわせた。

 

________スウッ・・・・・・

 

 メリノヒツジの額に重ねた手のひらをゆっくりとどける。

 その動きを契機にするようにして、繋がった心と心が寸断され、私の意識は現実へと帰還を果たしていた。

 

「アムールトラさん!」

「おいっ! アムールトラ! 大丈夫かよー!」

 

 仲間達が私を心配する声を背後に感じながらメリノヒツジを見やる。

 ・・・・・・彼女はすでに旅立っていた。

 じつに安らかな表情で天を見上げている。

 ほどなくして、彼女の全身から虹色の光が立ち昇り始めた。光に包まれる深紅の体が灰色に色褪せてきている。

 すべては精神世界にて既に決着している。現実世界でも肉体が後追いを始めたんだ。

 

「え、ま、まさかそんな!?」

 メリノヒツジのそんな姿を見て、その場にいる誰もが驚きを隠せていない様子だ。

 それもそうだろう。戦いでは終始私を圧倒していた彼女が死ぬことなんて、傍から見ていたともえ達には想像も出来ないはずだ。

 唯一ハツカネズミだけが、事情を察したように深いため息をついている。

 

________ゾブリッ

 メリノヒツジの肉体が完全に消えてしまう前に、私は彼女との約束を叶えることにした。

 彼女はこれからも私の中で生き続けるんだ・・・・・・と、その一心で彼女の喉元に牙を立てる。

「アムールトラさんっ!?」

 ともえ達はびっくりしているが心配はいらない。

 肉を食らうわけじゃない。喉を覆っている体毛だけをむしり取って飲み込むだけだ。

 

 鉄臭いゴワゴワした毛の塊が喉の奥に入っていく。

 やがて喉元を過ぎるころには、メリノヒツジの姿は影も形もなくなっていた。

 そして彼女の所持品だけがその場に残された。

 両腕に付けていた鎖の付いた腕輪がふたつと、それとは別の、同様のデザインの腕輪がひとつ地面に落ちていた・・・・・・ 

 

「み、皆! あれを見るです!」

「セルリアンたちが去っていくです・・・・・・?」

 

 2人のフクロウが指摘する方を見やる。

 そこには数機のラッキービーストの姿があった。草むらから飛び出し、そのまま天高く浮遊を始めていた。

 空を埋めつくしていたセルリアン達も、ラッキービーストの動きに呼応するように、四方八方に離散していってしまった。

 奴らがいなくなったことで、にわかに辺りに陽射しが差し込んでくる。

 

「わふ、体が!?」

 イエイヌたちが弾かれた様に立ち上がり、無事を確認し合うように周囲の仲間達へと視線を配っている。

 ラッキービーストが離れたことで、彼女達を縛っていた拘束も解かれたようだ。

 

 今しがたの出来事についてハツカネズミは、恐らくはメリノヒツジがあらかじめ仕組んでいたことだろうと推理した。

 できるだけ無用な犠牲を出さないために、自分の死と同時にセルリアン達も消え去るようにしたんだと。

「さようなら、園長・・・・・・」

 ハツカネズミが無表情ながらも若干涙ぐんでいるのがわかる。

 かつての上司の死を間近で目撃したんだから無理もない。

 

「・・・・・・私には、メリノヒツジの思想が間違いだったのか、判断が付きかねるです」

「じょ、助手、まだそんなことを言うですか?」

「ごめんなさいです教授。少し1人で考える時間をください」

 

 ワシミミズクはメリノヒツジの言葉について思う所があったらしく、青ざめた表情のまま、一足先にその場から去ってしまった。

 己が相棒から拒絶されたオオコノハズクが、悔しそうに歯嚙みしながらその場にポツンと取り残された。

 

「・・・・・・アムールトラさん、大丈夫?」

「ともえ、お前の方こそ怖かっただろう? 平気か?」

「う、うん。平気だよ」

 

 心配そうに私の顔を覗き込んでくるともえの緑と赤の瞳は、命を落としかけたことへの恐怖ではなく、不安と困惑の色が募っていた。

 無理もない。彼女自身にとっても、理解の追い付かないような出来事が色々と起こったはずなんだから。

 メリノヒツジはともえのことをアニムスと呼んでいた。一体どういう意味なんだろう。

 彼女と精神世界での対話は行ったが、そのことについてはついぞ知る機会がなかったな。

 

 ビーストの鉤爪を引っ込めてから、不安げに微笑むともえの頭を撫でる。

 そして心配をかけないようにと、私も無理に笑ってみせたが、彼女の方からは笑顔が返ってこない。どうやら見透かされてしまっているのかな。

 

「メリノヒツジさん、自分のことを、アムールトラさんの大事な友達だって言ってたよ」

「その通りだ。私とアイツは同じ苦労を分かち合ってきた・・・・・・私よりも、誰よりも苦しんできた奴なんだ」

「もしかして、記憶が戻ったの?」

「メリノヒツジとのことは、大体思い出せたよ・・・・・・」

 

________スッ

 ともえにそう言っている内に、涙が勝手に頬を伝ってきた。

 理屈じゃない喪失感に胸が震えている。自分の半身がもがれたみたいだ。

 膝を付き、足元に落ちていた三つの腕輪を拾い上げると、私はおもむろに草原を歩き出した。

 

 メリノヒツジのお墓を作ってやらなきゃ。

 この三つの腕輪こそが墓標になるはずだ。

 そう思って目指したのは、この草原にたったの一輪だけ咲いている白い花がある場所だ。

 その場に行くだけなら簡単だ。元々ここは私が住処にしていた場所なんだから。

 でも、あの花はまだ咲いているだろうか。

 水をやらないまま時間が経ってしまったし、ひょっとしたら今しがたの戦いの余波で吹き飛ばされてしまったかもしれない。

 

 ・・・・・・そして、やっぱり嫌な予感が当たってしまった。

 咲いていたはずの場所にいっても、花は影も形も見当たらない。とうに枯れて無くなってしまっている。

 

「ねえ! アムールトラさん!」

「ともえ・・・・・・?」

 

 うつむいて落ち込んでいる私に、ともえが背後から声をかけてくる。

 私は皆に声もかけずに花を探し始めたって言うのに、何も言わずに付いてきてくれていたんだ。

 彼女だけじゃない。イエイヌにロードランナー、ハツカネズミにオオコノハズクも近くにいる。めいめいが辺りに散らばって、点在する岩の影とかに顔を覗き込んでいる。

 ・・・・・・まさか、みんなで花を探してくれているのか?

 

「これ見てよ!」

「これは・・・・・・!?」

「わふっ! ここにも!」

「ここにもあるぜ!」

 

 私の知っている位置とはまったく違う所に、同じ品種の新しい花が咲いていた。

 それも一輪だけじゃない。4つ、5つ、それ以上・・・・・・ごくまばらにだが、白い花が群生を始めていたんだ。

 ともえ達がそれを見つけてくれた。何とも言えず嬉しくて胸が熱くなる。

 ・・・・・・命も意志も、失われるばかりじゃない。こうしてちゃんと続いていくんだ。

 

(君の分まで生きるよ。メリノヒツジ)

 3つの腕輪を白い花の傍に置きながら、私は内心で独り言ちた。

 

 to be continued・・・




_______________Cast________________
 
哺乳綱・ネコ目・ネコ科・ヒョウ属トラ亜種 
「アムールトラ」
哺乳綱・鯨偶蹄目・ウシ科・ヤギ亜科・ヒツジ属
「メリノヒツジ」(死亡時年齢:1453歳7か月)
哺乳綱・ネコ目・イヌ科・イヌ属 
「イエイヌ」
鳥綱・カッコウ目・カッコウ科・ミチバシリ属 
「英名G・ロードランナー 和名オオミチバシリ」
鳥綱・フクロウ目・フクロウ科・コノハズク属 
「アフリカオオコノハズク」
鳥綱・フクロウ目・フクロウ科・ワシミミズク属 
「ワシミミズク」
哺乳綱・げっ歯目・ネズミ科・ハツカネズミ属 
「ハツカネズミ」 
????????????????????? 
「通称ともえ」

_______________Story inspired by________________

“けものフレンズ”  “けものフレンズ2”
      byけものフレンズプロジェクト

     “けものフレンズR”
      by呪詛兄貴
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