けものフレンズR あるトラのものがたり   作:ナガミヒナゲシ

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 長ァ!


現代編18「いつかのふたり」

_______ザザ・・・ザザ・・・

 

 リャマのレストランを出た私たちは、海をわたる船を求めて旅を続けていた。

 海岸沿いの道をひたすらに歩いていると時間を忘れそうになる。

 視界の半分を埋めつくす海は穏やかにどこまでも開けていて、空に浮かぶ太陽以外に時間の経過を知らせる物はない。

 

 もう数日ぐらい経ったかな。

 ともえ達は最初の頃こそ海を見て瞳を輝かせていたが、今はもう目もくれず、ただひたすらに目的地にたどり着きたいと前ばかりを見るようになっていた。

 ・・・・・・私はというと、真剣そのものの彼女達には悪いが。べつだん焦ることもなく、呑気な気持ちで行脚に臨んでいた。

 包帯も取れたし体調は万全だ。ここのところセルリアンと遭遇することもないし、ただ歩き続けるっていうのも良いもんだ。景色もいいし。

 

 私たちが向かっているのは「ポート・オータル」とかいう、この辺りでは最も知られた港だった。そこで船を所有するフレンズを見つけ、その子に頼んで海に出る予定だ。

 旅の目的地が変わったことで、道のりも当初の予定と大きく変わることになった。

 

 ともえ達は当初、ここホッカイエリアからホンシュウ東端にあるホートクエリアへと渡り、陸続きのセントラルパークへと向かおうとしていた。だが今は、ヒトのフレンズ「かばん」に会うために、ホートクではなくゴコクへと向かっている。

 

 ともえに見せてもらった地図によると、ジャパリパークは大きないくつかの島が楕円形に並んだような様相を呈している。

 ほかのエリアと比べて倍以上にも広大なホンシュウ大陸が、世界の上半分を占めるように東から西にかけてまたがっている。

 大陸のちょうど真ん中のあたりに当初の旅の目的地セントラルパークがあった。セントラルというのは古代の言語で「中央」という意味だそうで、まさに名前通りの位置取りだ。

 

 一方で世界の下半分はいくつかの島の連なりで形成されている。

 ここホッカイは東の海にあり、中ほどにはリウキウやアクシマという島があり、西の海にはオオコノハズクが待つキョウシュウ・・・・・・そして目的地のゴコクがある。

 西の最果てにあるゴコクに向かうには、本当だったら来た道を逆戻りするようにホッカイエリアを横断して、西端の岸に出なければならなかった。

 

 だがそんなことをしてたんじゃ、時間がいくらかかるかわからない。だから私たちは船を利用して、いくつかの港を中継して外洋に出ようとしていた。

 ともえの地図とラモリさんの”ナビゲーション”機能を使って導き出した計画だ。

 問題はポート・オータルにて、外洋に出られるようなちゃんとした船と、それを操ることの出来るフレンズを見つけられるかどうかだけれども・・・・・・まあこればっかりは現地に赴いてみなければ何とも言えないだろう。

 

「ちょっとここいらで休憩しよーぜ。足がだるいし水が飲みてーよ、なんか暑くなってきたし」

「だーめ。もうちょっと頑張ってくださいよ」

 

 ロードランナーがぐずり出し、それをイエイヌがたしなめる。

 暑くなってきたのは確かに同意する。気候が寒冷なところが多いホッカイにおいて、海風が吹き付ける海岸沿いはひときわ肌寒かったはずなのに、今やジリジリと照りつける陽射しが肌を焼き、歩いているだけで汗が滴ってくる。

 

「キコウ クブン ガ アカンタイ カラ アネッタイ ニ ヘンカ・・・・・・」

「な、何だ? ラモリさんは何て言ってるんだ?」

「あのねアムールトラさん、ちょっと歩いただけで暑くなったり寒くなったり、砂漠になったり森になったりするのは、ジャパリパークではよくあることなんだってさ」

 

 ともえの手首に付けられたラモリさんが発する謎の文言を、彼女自身が解説してくれる。

 色んなフレンズが住みよい環境を用意するために、ジャパリパークではしばしばこういう気候変化が起きるんだと。

 なんでも、サンドスターの働きにより、完全に分断された個別の環境っていうのを構築しているためだそうだ。よくわからないけれど。

 

 気候が変われば自然もそれに合わせて変化する。

 そういえば、海岸沿いの景色もだいぶ違ってきているな。

 昨日までは波が打ち付ける岩場とか、崖っぷちから張り出した細い道とかを歩いていたけれど、今いる場所は黄金色に輝く砂浜だ。

 海の色も寒々しい濃紺ではなく、淡いエメラルドグリーンだった。たった一晩で違う土地に迷い込んでしまったような気さえする。

 

「アムールトラさんやイエイヌちゃんは寒い土地に適した生き物で、ロードランナーちゃんは砂漠に適した生き物なんだよ」

「へぇ、寒い土地か」

「・・・・・・ともえさんの言う通り、ロードランナーさんは砂漠の生き物なんだから、ちょっとの喉の渇きぐらい我慢してくださいね」

 

 イエイヌはともえの解説に乗っかる形でロードランナーへのお説教を続けている。なかなか手厳しい・・・・・・

 旅の仲間たちにおいては水と食料の管理はイエイヌが一手に担っており、その分野においては彼女の言うことは絶対だ。

 

 水はともえの「異次元ショルダーバッグ」に十分な量が貯蔵されているけれども、イエイヌなりに使いどころをキッチリ決めているから無駄遣いは許さないと言ったところだろう。

 ・・・・・・まあ、私のせいもあるかもな。

 イエイヌの手料理を食べだしてから体調が良くなったことを彼女に話した。それ以来彼女は私を「飢えさせない」ことに使命感を燃やし始めたんだ。

 何といっても料理には水が必要だからって、今まで以上に水の管理には神経を使うようになったようだ。

 フレンズは水とジャパリまんさえあれば基本的に問題なく生きられるけれど、私はそうも行かないからな・・・・・・

 

 理由はそれだけじゃなくて、旅を続ける以上はジャパリまんをなるべく温存したいという考えもあるようだ。

 食事は出来るだけジャパリまん以外で済ませたいんだと。

 この世界において、ジャパリまんは主食であるだけでなく通貨でもある。何かを他のフレンズから手に入れたい時には、相応のジャパリまんを渡すのがルールだ。

 物を手に入れるだけじゃなく、何かの仕事の対価としてもジャパリまんが必要だ。

 ・・・・・・それこそ、これから船に乗せてもらうことを依頼するフレンズにだって支払わなきゃいけないもんな。

 

「ふーんだ! イエイヌのドケチ! いじわる!」

「わ、わふっ! そんなこと言って!」

 

 ロードランナーが不平を漏らしながら小走りに砂浜を走り出す。向かう先には、団扇みたいな大きな葉を広げる一本の木が生えていた。

 ふくれた表情の彼女が、両手を頭の後ろで組んだまま、木の幹に向かって体を預けるように勢いよく持たれかかった。

_______ポロッ・・・・・・ドスンッ!

 が、その瞬間、フレンズの頭ほどはあろう物体が木の上からこぼれ、ロードランナーの頭上めがけて落ちてきた。

「う、うげーっ!?」

 すんでのところで気づいたロードランナーが驚いて飛びのく。そして青ざめた顔で落下物をしげしげと眺めた。

 

「ちょっとロードランナーちゃん、大丈夫!?」

「な、な、なんで木の上から岩が落ちてくんだよ! ふざけんなー!」

「ヤシモク ヤシカ ココヤシ。ネッタイ ヲ チュウシン ニ ヒロク ブンプ スル・・・・・・」

 

 ラモリさんが目の前の木の解説をしてくれる。例によって難しい言葉はわからないけれど「ヤシ」という種類であることはわかった。

 ロードランナーめがけて落ちてきた物体には、木の幹に類似した葉脈が走っている。どうやら岩ではなく、この木になっていた実のようだ。

「うーん・・・・・・」

 ヤシの木や実を眺めていると、なんだか脳裏がむずがゆくなってくる。何かを思い出しそうな。

 

_______ブスッ

 記憶に従うまま、硬い実の表皮に指で穴を開けてみる。すると穴の中からは白く濁った液体がこぼれ出てきた。やっぱり思った通りだ。

 

「ロードランナー、これを飲んでみろ」

 そう言いながら、先ほどから喉の渇きを訴えている彼女にヤシの実を手渡す。

 ポカンとした表情でそれを眺める彼女だったが、やがて恐る恐る顔を近づけて、実からこぼれ出る汁を啜り始めた。

 

「へー、こいつは果物なのかよ? さっぱりと甘くて・・・・・・なかなかうめーじゃねーか」

「そうだろ。ヤシの実は美味いんだ」

 喉が潤ったことでロードランナーはすっかり上機嫌になっている。

 ヤシの実を人数分入手して、皆で飲みながら移動を再開することになった。

 

「もしかしてアムールトラさんって、寒いところじゃなくて、海沿いの暑いところに住んでたりしたのかな?」

「どうだかな・・・・・・でも海は大好きだ。ずっと見ていられる」

 

 ともえの言う通りなのかもしれないな。波の音も、太陽に照らされてきらめく水面も、すべてが私を心地よくさせる。

 かつての私が、消え去った遠い記憶の彼方で、海を愛おしく思っていたのは確かだろう。

 ヤシの実が美味いとか、そういうどうでもいい事ばっかり思い出すのに、肝心の生い立ちのことは思い出せないんだから空しいものだ。

 

「あ、ごめん」

 ともえが不意に謝ってくる。昔のことを聞いたことに対してだ。

 もちろん悪気はないのだろうけど、最近の私達はその手の話題に対してナイーブになりやすい。

 他ならぬともえが一番そう言う状態だった。けれどもやっぱり関心はあるので、気が付くと話題にしてしまったりするんだよな。

 

 ともえの肩を叩き「気にするな」と励ましてから、気を取り直してポート・オータルを目指すことにした。

「おー? 誰かいるぜ?」

「わふっ、本当ですね。話を聞いてみましょう」

 

_______パシャアンッ

 変わらずに広がる砂浜を歩いていると、一人のフレンズの姿が見えた。

 その子は両手に網を持っていて、それを海に向かって放り投げている。空中でふわっと広がった網が着水すると、彼女はそれを再び手元に手繰り寄せた。

 袋状に閉じた網の中には、びちゃびちゃと水音を立てながら跳ねる無数の生き物がいて・・・・・・

 

「こんちはー! 何してんの?」

「あれー、こんずは」

 もう何度か見た光景だ。旅先でフレンズと出くわすと、決まってロードランナーが元気よく突っこんでいく。

 彼女にちょっと遅れてから自己紹介するのが恒例だ。

 

 私がビーストだったことが誰かに看破されてしまわないかが心配だったけれど、意外とそういうことは起こらないものだった。

 その理由について、ともえがいくつか推測してくれた。

 ビーストだった時の私の目立った特徴といえば、常時狂ったような唸り声を発していたことと、体じゅうから黒い炎を吹き上げていたことだ。

  

 世間のフレンズは、唸り声を聞くか、炎を見るかした途端にビーストの存在に気づき、身を守るために逃げてしまうらしい。

 その二つだけがビーストを表すシンボルとして広く認知されているからだ・・・・・・逆に、それ以外の私の身体的特徴について詳しく知るものは、思ったよりもいないんじゃないかと言うのだ。

 

 普通に振る舞ってさえいれば、ビーストではなく、ただの”アムールトラのフレンズ”としてしか認識されないはずだと。

 私はともえのその推測を聞いてとても安心した・・・・・・何といっても、私と一緒にいることでともえ達に迷惑をかけてしまうんじゃないかというのが一番の不安だったからだ。

 

「ふんふん、ともえにイエイヌ、ロードランナーにアムールトラね。まんずはあ賑やかなご一行さんだべな」

 

 喋り方に特徴のあるその子は名をミナミオットセイといって、この辺りに住んでいる海獣のフレンズのようだ。

 私たちはポート・オータルのことや船を持っているフレンズがいないかを聞くことにした。

 

「船? わし、持っとんべよ」

「あ、本当じゃねーか」

 

 ちょっと離れた所にミナミオットセイの所有物である小船が横たわっていた。

 彼女は網を手にしたまま船に近づくと、舟床に網の中身をぶちまけた。

 中からは銀色に光る小魚や二枚貝・・・・・・そして見たこともない不気味な生き物がいた。左右一対のハサミと長い数本の足を生やした、ゴツゴツとした体の虫みたいなそれは・・・・・・

 

「げげっ、それってまさかセルリアンかよー!?」

「セルリアン? おめ、なーにはんかくさいことゆっとんの? こりゃカニだべ。知らんのけ?」

 

 なるほど、カニというのか。ぱっと見の無機質さが少しセルリアンっぽいけれど、よく見たら頭の部分につぶらな瞳が二つある。

 単眼のセルリアンとは似ても似つかないだろう。

 海の中には想像しているよりもずっと多様な姿の生き物がいるようだ。

 

「もしかしてそれ、食べるんですか?」とイエイヌがおずおずと聞く。

 するとミナミオットセイは当然とばかりにうなずいた。

 

 生き物を食べるのは一般にこの世界では良くないこととされている。

 ・・・・・・が、昆虫と魚介類はサンドスターの影響を受けないために、古代から姿が変化しない生き物の一群ということで、フレンズとはまったく別物であると考えられている。

 だから食べることが絶対にNGというわけでもないんだと。

 このミナミオットセイのような海暮らしのフレンズの間では、魚介類を獲って食べたり売ったりする文化が少しずつ広がっているようだ。

 そうすればジャパリまんを食べずに貯めて財を築くことも出来るし。

 

「売ってやろか? 魚もカニもでっれえうめえべし」

「・・・・・・わふ、そうですね」

 

 ミナミオットセイから取引を持ち掛けられて、イエイヌがまんざらでもない様子でうなずく。そして私のほうをチラリと見やった。

 いつもながらイエイヌは私を飢えさせないために、ジャパリまん以外の食糧の確保に躍起になっている。

 これから船旅が始まることを考えると、今までのように野菜や果物を手に入れることが難しくなるかもしれない。

 だからちょっと抵抗はあるけれど、魚介類を食べることを検討してもいいんじゃないか・・・・・・と、おそらく彼女はそんなことを考えているんだろう。

 

「ねえねえ、それよりもミナミオットセイさんにお願いがあるんだけどさ」

 

 ともえが話を本筋に引き戻す。

 自分たちは海を渡りたいんだということを。

 ミナミオットセイの持つ数人乗りの小船では、海を渡ることは厳しいと思うが、ポート・オータルまで自分たちを連れて行ってくれないかとお願いしたのだった。

 べつだん難しいお願いではないと思うが、ミナミオットセイからは「したってね・・・・・・」と、何やら歯切れの悪い回答が返ってきた。

 

「もしかして、何か問題があるの?」

「最近、海がまっず荒れてんだ。魔物が出んだべ」

「ま、魔物?」

 

 ミナミオットセイが言うには、最近ここいらの海にて謎の怪現象が相次いでいるんだという。

 フレンズが船を出すと決まって海上に竜巻が起こるらしいのだ。

 どんなに晴天で波風の穏やかな状況であっても、たちまちに暗雲が立ち込め、天にまで達する巨大な渦が発生すると。

 

 あまりにも局地的に頻発する竜巻は、どう考えても自然のものとは考えづらい。竜巻が意思を持って動いているとしか思えないのだと。

 程なくして、その竜巻は誰が言い出すでもなく「海の魔物」と呼ばれるようになった。

 魔物のせいで、今やポート・オータルでは船を出すことが全面的に取り止めになってしまっているという。

 ミナミオットセイも前までは小船を使って沖で漁をしたり、近くの港まで渡しの仕事をしていたりしたらしいが、最近は浜辺で魚を獲ったりすることしか出来てないようだ。

 

「セルリアンか・・・・・・?」

「それもわがんねえんだべ」

 

 話を聞く限りではセルリアンが絡んでいるとしか思えない。

 メリノヒツジ配下の残党が操っているのか、はたまた野生の個体なのかどうかは知らないが、ジャパリパーク中でセルリアンが狂暴化してしまった昨今では、行く先々で私たちに立ちはだかってくると考えていいだろう。

 

 現時点では情報は乏しかった。少なくともミナミオットセイや彼女の仲間内では、セルリアンらしい姿を目撃した者はいないようだ。

 ・・・・・・困ったことになったものだ。ともかく、謎の「魔物」を何とかしない限り、私たちも海に出ることが出来ないことだけは確かだろう。

 

_______ザザ・・・

「おお? ありゃ何だ?」

 ロードランナーが素っ頓狂な声をあげながら海の向こうを指さす。

 水平線の向こうから荒波をかき分けてやってくるそれを見て、その場にいる全員が息を飲むことになった。

 剣のように突き出た首。流線型のスマートな体からは三本の柱が立ち、それにロープで縫いつけられた無数の布が風を受けて、まるで翼のように広がっている・・・・・・その様は優雅であり、それでいて勇壮だ。

 

「はえーったまげた! まんずはあ見ン事な船だべ!」

 ミナミオットセイが感心しながら解説してくれる。

 あれは帆船だと言うのだ。自分が持っているようなちっぽけな小船と違って、あれは正しく広い海を渡るための大型船であると。

 ・・・・・・ということは、そのものずばり、今の私達が求めているような船だ。

 

 誰もが船の雄姿に目を輝かせる中で、ともえが「ちょっと待ってよ」と我に帰った。

 話が矛盾しているじゃないと言うのだ。海の魔物がいるから誰も船を出せないという話だったのに、どうしてあの船は普通に航行しているんだと。

 

「よ、よそもんだからこの辺のことに詳しくねーんじゃねーのか?」

「うんにゃ、そったらことだば、ありえねえべ!」

 

 ロードランナーが発した疑問をミナミオットセイが否定する。

 船乗り達の間では常日頃から、陸暮らしのフレンズ達では想像も付かないほどに密な情報共有が行われているという。

 特に命に関わることだったらなおさらだ。

 だから海の魔物のことはホッカイエリアだけに留まらず、他の土地のあまたの船乗りの耳に入っていてもおかしくないほどの話なんだと。

 

 ・・・・・・だが、だとしたらやっぱりおかしい。

 例の帆船を航行させているフレンズが何者かは知らないが、魔物の噂を知っている様子が見られない。

 いまここで何が起きているかも知らずに、危険地帯の海をずかずかと渡ろうとしている。という図にしか見えないんだ。

 

_______ゴゴゴゴ・・・・・・

 嫌な予感がした頃にはもう遅かった。

 局地的に天候が変わりだした。私達がいる砂浜には変わらず眩い陽射しが降り注いでいるというのに、海の向こうの帆船の周りにだけ、黒々とした不気味な雷雲が立ち込めているんだ。

 

「ひ、ひえーーっ! 魔物だ! 魔物が出たべ!」

(・・・・・・あれが、そうか)

 雲の中心がすり鉢状に凹むと、そこから触手のように細い雲が海面めがけて伸びていく・・・・・・やがてそれが海面に到達すると、海水があっという間に巻き上げられ、見るだに恐ろしい巨大な竜巻と化していった。

 一見すると自然災害そのものだ。フレンズにはどうすることも出来ないスケールの現象にしか見えない。

 

 竜巻の発生によって海が荒れ狂い、うず潮が引き起こされた。

 例の帆船はめちゃくちゃに船体を揺らしながらも、ぎりぎりの所で渦に巻き込まれないように踏ん張って進み続けているように見える。

 ・・・・・・しかしあの状態でいつまで持ちこたえられるだろうか。

 

「みんな」と、ともえ達に呼びかける。

 たがいに視線を交わすと、私達は誰からともなく頷きあった。みんなも私と同じことを考えているみたいだ。だったら善は急げだ。

 

「ミナミオットセイさん、お願いがあるの。この船をわたし達に貸して」

 と、私達を代表してともえが彼女に声をかけた。

 そして旅の目的をかいつまんで打ち明ける。最近のセルリアンの狂暴化には原因があることを、自分たちはそれを何とかするために旅をしているんだと言うことを。

 目の前で命の危険に晒されているフレンズがいるのなら助け出したいんだと。

 

 ミナミオットセイはそれを聞いて、何を馬鹿なことを、と言わんばかりに反対をしてきた。

 竜巻を止める方法なんかないし、下手に近づいたらこっちまで命の危険があると・・・・・・

 まあ頭から尻尾までその通りの正論だと思うけれど、それでも私達は行かなきゃいけないんだ。

 あれが本当に自然の竜巻だったらどうにもならないだろうが、セルリアンの仕業だったとしたら、十分やれることはあるはずだ。

 

「・・・・・・おめ達、本気だべ?」

 何とかお願いを聞いて欲しいとばかりに一心にミナミオットセイを見つめていると、ついに彼女は私達の心中を察したように黙った。

 そして次の瞬間には「わかった! こん船ば持ってけ! 返さんでええべし!」と、思いもよらぬ豪快な返事をかえしてきた。

 あと、ついでにさっき捕まえた魚やカニもタダでくれてやると。

 

「ほ、本当にいいの?」と、ともえも念を押さずにはいられない様子だったが、ミナミオットセイに二言はないようだ。

 代わりの小船は地元の仲間に頼めば手に入るし、それよりも勇気を持ってセルリアンと戦うフレンズを支援する方が大事だと言うのだ。

 ・・・・・・なんとなくだけれども、フレンズにはこういう思い切りの良い気性を持った子が多いような気がする。無茶なお願いをしてみるものだな。

 

「ありがとう!」

「けっぱれー!」

 

 応援してくれるミナミオットセイに皆でお礼を言いながら小船に乗り込む。

 舟床には二本のオールが転がっていたので、とりあえず腕力に優れた私がそれを漕ぐ役目を担うことになった。

 そして私達のなかでは比較的泳ぎが得意なイエイヌが、舳先に括り付けたロープにて船をけん引していくことになった。

 

 二つの力によって必死に船を前に進ませる。

 ・・・・・・が、やはりというか、竜巻が起こっている現場からはかなり遠い。これじゃ帆船を助けるにはとてもじゃないが間に合いそうにない。

 私の力任せなオール捌きも、海獣のそれには及ばないイエイヌの泳ぎも、荒れ狂う波間をかき分けて進むには余りにも心もとない推進力と言う他はなかった。

 

_______カッッ!

 半ば祈るような気持ちでのろのろと船を動かし続ける。

 ・・・・・・そんな折、とつじょ眩い青い光が目の前を照らし出した。

 光はともえのショルダーバッグから発せられている。「オーブが!?」と、ともえがバッグを開けて中を覗き込みながら呻いた。 

 そして突然の異変に驚く私達をよそに、小船があり得ない程のスピードで前に進み始めたのだった。

 

 ともえがイエイヌに呼びかけ船上に上がらせる。

 青い光に包まれた船が、まるで大きな魚と化してしまったかのように、私達が何もしなくてもひとりでに動き続けている。

 海底に眠っていたという蒼穹のオーブ。

 それの元になったであろう四神の一角は、やはり海に関係した超能力を持ったフレンズだったのだろうか・・・・・・

 

「やべーぞ! 船が沈められちまう!」

 ロードランナーが指さすその先では、ついに例の帆船が渦潮に巻き込まれて、海面を横すべりになりながら竜巻に吸い寄せられていく様が見えた。

 立ち上る竜巻も、それから必死に逃げようとする帆船も、まだまだ距離は開いているが、段々と差し迫ってくるのがわかる。

 両者ともに砂浜から見るよりもずっと巨大で、言葉を失わされるほどの迫力があった。

 ・・・・・・それに比べて私達は、こんなちっぽけな小船で逃げるところのない大海原に漕ぎだしてきてしまって、今更ながらに無謀なことをしてしまったんだと知る。

 

 今の小船の進む速さだったら、じきに私達も竜巻に肉迫するだろう。だがそれじゃ私達は蹴散らされるだけだ。

 竜巻を引き起こしているのがセルリアンであると仮定して、何とか敵の姿を暴き、攻撃を仕掛けないことには・・・・・・

 

「お、オーブがまた何かやってくれたりとかしねーかなー! へっ、そんな都合良く行くわきゃねーか!」

「それだ・・・・・・!」

「え? アムールトラ、どうする気だよー!?」

 

 ロードランナーの軽口を聞いてひらめいた。

 私の体内にもオーブがある。海に関係した力を持つ蒼穹のオーブとは異なり、私の中の白銀のオーブは風を操る力を持っている。

 あの力を借りられれば・・・・・・巨大なセルリアンを吹き飛ばす程の突風を竜巻にぶつけることが出来れば。

 

(・・・・・・私の声が聞こえるか、ビャッコ)

 

 目を閉じて祈るように呼びかける。

 もちろん返事はない。ビャッコは私に命を分け与えたことで、今はもう口もきけないぐらいに自我が無くなってしまっているのかもしれない。

 それでも何とか頼みたい。もう一度だけ力を貸してはくれないかと。

 

_______ポウッ・・・・・・

 右手の先がジワリと熱を帯びた気がした。

 手のひらを覗き込んで観察してみると、火の粉のような白い光が零れ出ているのが見えた。

 本能でわかる。これはビャッコの力だ。私の願いを聞き届けてくれたんだ。

 ・・・・・・が、かなり弱弱しい。突風を引き起こすにはとてもじゃないが足らない。

 

 だが、待てよ。ビャッコは私に命をくれた。もはや私と彼女のサンドスターは、境い目が曖昧になるほどに混ざりあっているはず。

 であるならば、足りない分は私の力で補うことが出来ないだろうか?

 サンドスターを体内から放出する術ならば私も持っている。白い光ではなく、黒い炎として。

 

「うおおおっっ・・・・・・!!」

 意を決した私は全身に力を込め、空気を振動させるような唸り声を発した。

 私の急な動きを見るや否や、仲間達が驚き青ざめながら見つめてきた。今の私の姿は、かつて正気を失って暴れていた時とまったく重なって見えることだろう。

 

「アムールトラさん、ビーストの力を使うの!?」

「ああ、上手くいけば竜巻をかき消すことが出来るかもしれないんだ・・・・・・!」

 

_______ジャキンッ!

 高まる闘気に呼応するように私の右手が肥大化し、指先から刃物のような鉤爪が飛びだした。

 手の平から立ち上る白と黒の炎が斑状に混ざりあい、燃え盛る巨大な光球を形作っていく。

 今の私はビーストの力を解放しても正気が失われることはない。

 過去の自分自身であるビーストとはすでに和解を果たしているからだ。

 ただただひたすらに、右手に凝縮されていくエネルギーの凄まじさだけが感じられる。

 

「みんな伏せろぉぉ!」

_______ゴオオォォッッ!!

 突き出した右腕に左腕を添えてがっちりと固定すると、手の平のなかで限界まで収束させた光球を打ち放った。

 黒い稲妻を伴った突風が留まることなく放出され、海面を巻き上げながらどんどん前へと進んでいる・・・・・・が、それと同時にとてつもない反動が伝わってくる。

 これじゃ竜巻に命中させる前に私が船から投げ出されてしまいそうだ。

 どんなに踏ん張っても持ちこたえられそうにない。

 

_______ガシィッ!

「頑張ってアムールトラさん!」

「オレ様達で支えるぜ!」

「あ、ありがとう!」

 

 反動を殺しきれないでいる私をともえ達が助けてくれた。

 3人で私を囲みながら腰にしがみついて、飛ばされないように重石になってくれているのだ。

 よし、それならとことんやってやる。と、私は渾身の力を込めてエネルギーを放出し続けた。

 

_______ズッドオオオッ!

 突風がついに竜巻へと突き刺さった。直撃した部分が霧状に弾け飛んでいるのが見える。攻撃が通用しているようだ。

 私は手を動かして風の向きを変え、竜巻を広範囲に削り飛ばそうと試みた。

 あちこち食い破られた竜巻はもはや分解寸前のか細いつむじ風みたいになってしまっている。

 対してこちらが繰り出す風の勢いはなおも留まらず、辺りに立ち込めていた暗雲すらも貫通して、彼方の青空にまで達する巨大な穴を開けている。

 さすがはビャッコの力だ。このまま行けば、正体がなんであれ、竜巻を消滅させることが出来るんじゃないか?

 

 ・・・・・・が、勝利の予感に胸が弾むのもそれまでだった。

_______バッシャアンッ!

「う、うわああっ!」

 最初に耐えられなくなったのは、私達が乗っていた小船だった。

 4人がかりで押さえつけていた突風の反動を受け続けたことでついにバランスを崩し、勢いよく転覆してしまったんだ。

 

「ぶはっ! ごほっ!」

「わふ、アムールトラさん大丈夫ですか?」

 

 ひとかたまりの状態で海に投げ出された私たちは、何とかもつれあった体を解き、各々が水中でバランスを立て直してから浮上した。

 イエイヌが手を引いてくれていることがわかったので私は彼女に身を任せた。

 4人ともほぼおんなじタイミングで海面から顔を出し、裏表が逆になった船のどてっ腹へとしがみついていた。

 

 ・・・・・・海に落ちたって言うのに、みんな意外と冷静なんだな。

 だがそれも頷ける。ジャパリホテルでの一件でもこれによく似たピンチを切り抜けてきたタフな彼女達だもんな。

 

「みんな見て! 竜巻が!」

「・・・・・・す、す、すんげー!」

 

 濡れる体を小船に預けて、這う這うの体のまま、やっと目の前を見上げてみる。

 船を台無しにしてまで放った攻撃に効果はあったのか。

 答え合わせはすぐに出来た。竜巻は跡形もなく消失し、吹き荒れていた風が止んで海が静まり返っている。

 何はともあれこれで危機は去ったのか?

 

_______ヌッ・・・・・・

 安堵しそうになった矢先、こま切れになった黒雲の隙間から何者かが現れた。

 ふわふわと空に浮かぶそれは、到底生き物には見えなかった。

 細長くしなる弓のような形の巨大な柱に、無数のUの字型の欠片が規則正しく張り付いていて、何かの骨組みのような姿をしていた。

_______ヌチャ

 ・・・・・・が、弓型の柱の先端部にあたるような部位が、とつじょとして有機的な動きを見せる。

 水音を立てながら、虚無の単眼をかっ開き、海上で呆気に取られている私たちのことを見下ろしてきたのだ。

 

 海の魔物の正体はやっぱりセルリアンだったんだ。

 雲の中に潜む姿を暴くことは出来たが、倒すことは出来なかった。

 骨のような姿の奴は再び黒雲の間に隠れてしまった。

 そして雲が少しずつ纏まりを取り戻していくのが目に見える・・・・・・

 あれが完全に閉じた時、竜巻は元通りに復活してしまう気がする。そうなったらこっちはひとたまりもない。

 

「みんな、とりあえず船をもとに戻そうよ!」

「ぐううっ! 上がれ! 上がれえっ!」

 ともえの号令に従って、一斉にひっくり返った小船を表に戻そうと力を込めた・・・・・・だが船体はビクともしない。

 地上ならばこれぐらいの木材は簡単に持ち上げられるが、あいにくここは海の上。踏ん張ることが出来なければ、力をまともに発揮することは叶わない。

 

_______ゴボ、ゴボゴボ・・・・・・

 状況はさらに悪い方向に向かっていた。小船がだんだんと垂直に立ち上がり、海に沈もうとしてしまっているのだ。

 バランスを崩した船というのはこうも脆いのか。

 これじゃ帆船を助けるどころか、私達が逃げることさえもかなり危うくなってきてしまった。 

 ・・・・・・どうやらこれがこの船の最後になりそうだ。

 ミナミオットセイは「持ってけ」と言ってくれはしたものの、他人の物を台無しにしてしまうっていうのはかなり罪悪感があるもんだ。

 

 陸地まではかなり遠い。

 水難には慣れっこのともえ達とはいえ、あそこまで泳ぎ切れるだろうか?

 ロードランナーは飛べるけど、私達3人を背負って長距離を飛ぶのはさすがに無理だろうな。

 私は・・・・・・昔は泳げたような気もするが、果たして体が泳ぎを覚えているだろうか。

 

「ヨーソロー♪ 旅は道連れ世は情け、ヨーソロー♪ 一期一会の海の上、出会いと別れは数知れず、ヨーソロー♪」

「・・・・・・な、何だ? 誰か近くにいるのか?」

 

 沈んでいく小舟にしがみついていると、どこからか珍妙な歌が聴こえてきた。

 声の主を見つけようと辺りをきょろきょろと見回していると、素早い黒い影が、目にもとまらぬ速さで私たちの上に舞い降りてくるのがわかった。

 

_______ファサッッ

「きゃ! 何!?」

「うわーっ! 放せー!」

 羽音と共に現れたのは、灰色の翼と真っ白い胴体を持つ鳥のフレンズだった。

 彼女はともえとロードランナーを抱え上げて海面から勢いよく上昇してみせる。

 助けてくれるのかな? と思いきや、直後にロードランナーだけをポイっと投げ捨ててしまった。

 

「な、何すんだよー!」

「ラララ♪ 放せって言われたから~、ルルル♪ それに君は飛べるから大丈夫~」

 またもや着水しそうになったロードランナーが翼を羽ばたかせて急上昇すると、その鳥のフレンズと同じ高さにまで飛んで行って猛然と抗議する。

 しかし彼女は我関せずと言わんばかりに歌いながら受け答えをするのだった。なんだかずいぶんとおかしな子だなぁ。

 

 まるでマイペースな謎のフレンズの登場に唖然としていると、未だに海上に取り残されている私とイエイヌの真上にまた別のフレンズが下りてくる。

 彼女よりも数回りも大きな漆黒の翼を持つフレンズが、私とイエイヌを包み込みふわりと舞い上がったんだ。

 ・・・・・・この子も鳥? いやそれにしては体の特徴が他の鳥の子と違う。

 頭に小さな羽が生える鳥のフレンズと違って、この子は腰から大きな翼を生やしているもんな。

 

「危ない所を救っていただき、お礼を申し上げますわ」

「・・・・・・き、君は?」

「私はオオコウモリ。彼女はカモメ。これからあなた方を彼女の船に案内して差し上げましてよ」

「ルルル♪ ありがとー、よろしくね~、じゃあいーくよ~♪」

 

 翼を持った二人組は、どうやら例の帆船の乗組員だったようであり、私達が竜巻を退けたことで辛くも危機から逃れることが出来たらしい。

 そのお礼にと、溺れそうになっていた私達のことを船に招待してくれるそうだ。遠目から見ても壮観だった巨船に降り立ってみると、改めてその大きさや堅固な作りに驚かされる。

 これ程の船なら、ちょっとやそっとの風や波には負けずに海を渡れるだろうというのが見ただけでも実感できる。

 

 私達をデッキの上に乗せるなり、カモメは船のちょうど中央あたりまで鼻歌まじりに歩いて行った。四方を柵で囲まれたそのスペースは、広い船上にあっても侵しがたい特別な場所に思える。

 そこには突き出た太い杭があり、車輪のような形のパーツが取り付けられていた。

「・・・・・・帆を上げろ、風を切れ、お前には誰も追いつけない♪」

 歌うカモメが車輪を握りしめた途端、ふざけた態度はそのままに、何やら得体の知れない迫力のような物がにじみ出てくるのがわかった。

 

「後はカモメに任せておけば安全に陸に戻れましてよ。それまで船内でくつろいてください。中にいるフレンズは皆親切ですわよ」

 

 例のオオコウモリがそう言いながらデッキの後方を指さす。

 小高く盛り上がった段になっているその場所には、中に入っていくための扉が見える。

 何人かは知らないがこの子たち以外にもフレンズが乗り込んでいるようだ。

 

 カモメはこの船の船長であり、今から全速力で航行して竜巻を撒こうとしているようだ。

 後ろの空を見やると、やはりというか、私が突風でこじ開けた大穴は完全に塞がり、黒雲が色濃く立ち込めている。

 とどろく雷鳴はまるで敵対心と怒りのあらわれのようだ。

 

「わふっ! あの竜巻の正体はセルリアンなんです! 逃げても追いかけてきますよ!?」

「近頃この海域はヤバいって他の船乗りから聞いてなかったのかよー!」

 

 イエイヌとロードランナーが昂然と反論すると、オオコウモリも困ったように首を振った。

 オオコウモリいわく、カモメはあの言動以上に変わり者のフレンズであるようだ。

 船乗りなら常識である情報収集もろくに行わず、ただただ自分の経験と勘を頼りに船を動かすことを信条としているのだという。

 それが出来るだけの超一流の操船技術もあるらしいが。

 

「けれども、この船ならきっと大丈夫ですわよ。ではまた後で」

 オオコウモリは二人の意見には取り合わず会話を打ち切った。

 どういう訳か根拠のない自信に満ちている。それだけカモメの腕前を信頼しているんだろうか。

 彼女は翼を広げて飛び上がると、帆を巡らせる柱のてっぺん近くにある見張り台へと向かっていった。あそこが持ち場ってわけか。

「・・・・・・あなた、とってもお強いようね」

 その最中、彼女は空中で一度だけこちらを振り返って微笑み、私に向かってそんなことを言い捨てていった。

 

 呆気に取られている私達をよそに船が動き出す。

 帆先はホッカイエリアの陸地へと向いているが、見えるのは切り立った岸壁や山々ばっかりだ。

 船のスピードは中々のもので、みるみるうちに陸地が近くなってくるのがわかる。

 一見して船を泊められるような場所なんて見当たらず、ただ行き止まりが待っているようにしか見えないが・・・・・・あのカモメというフレンズは何をする気なんだろう。

 

 船内に入るようには言われたが、この状況で素直に従う気にはなれない。

 もう一度ビャッコの風を起こしてみようかと一応提案してみたが、やめたほうがいいとみんなに止められた。

 手元が狂えばこの船を破壊しかねないし、そうでなくても反動が強すぎて航行の邪魔になってしまうからだ。

 

 それに、私がビーストの力を解放している姿を他のフレンズに見られたら、余計なトラブルの元にもなりかねないだろう。

 少なくともあのオオコウモリとカモメはその場面を見ているはずだったが、それに対するリアクションが何もないのが気がかりだ。

 遠方に住んでいるフレンズならそもそもビーストのことを知らない可能性もあるけれど・・・・・・

 

_______ビュオオオッッ!

 とにもかくにも私達は状況を静観することにした。

 海上では吹きすさぶ風の勢いが一段と増し、背後を見やると竜巻がふたたび復活を遂げていた。

 竜巻の根っこにあたる黒雲は、周りの他の雲とは明らかに異なり海面スレスレの高さに密集し始めており、みるからに不自然極まりない挙動で帆船を追いかけて来ている。

 もはや正体がセルリアンであることを隠すことすらやめたような有様だった。完全にこの船に目標を定めているんだ・・・・・・奴は何故あんなに船にばかり執着しているんだろう。

 

 ・・・・・・が、今度は船が追いつかれることはなかった。

 むしろ距離が開いている。竜巻がこちらを追いかければ追いかけるほど、船の勢いが明らかに増しているんだ。

 これがこの船の本来の力? それともカモメの腕前がなせる技なのか?

「ヨーソロー♪ 稲妻を引き裂け、ほうき星を追い越せ、海のかなたへまっしぐら~♪」

 船の勢いが増すと共にカモメの歌声にどんどん熱がこもっていくのがわかる。

 どうも彼女はちょっとスピード狂いな所があるみたいだな。

 

 追いつかれないのは良いんだけど、この船、このままじゃ岸壁と正面衝突するんでは?

「うわあーバカぁ! 止まれ! 船を止めやがれ!」とロードランナーが怒鳴り散らすも、ノリノリのカモメが聞いてくれることは勿論ない。

 祈るような気持ちで手近な柵を握りしめ、投げ出されないようにその場にしゃがみ込んだ。

 

_______ドバッシャアアッ!

 今まさに激突すると思った瞬間。

 船は岸壁をすり抜けるようにすんなりと進んでいった。

 そこには船がギリギリ通れるほどの隙間が空いていたんだ。どうやら洞窟か何かのようだ。日の光が遮られて一瞬で薄暗くなる。 

 中はどうやら入り口から想像するよりもずっと広い場所のようだ。

 こんな所にあのスピードで入り込むとは、カモメの操船技術はとてつもないものがあるな・・・・・・

 

「・・・・・・うう、ここはどこなの?」

「ココ ハ カイショクドウ」

 

 ともえがふらふらと立ち上がりながらつぶやくと、彼女の手首にいるラモリさんが明滅しながらそれに答えてくれた。

 海食洞というのは、岸壁が波に打ち付けられたりして削られることで、ごく稀に形成される洞窟なんだと。

 ・・・・・・へえ、こういう場所があったとは。陸の上だけで生きてたら永遠に来る機会がなかっただろうな。

 

 それにしても、なんて美しい景色なんだろう。

 入口や、高い天井の隙間からは陽の光が漏れ出して、それに照らされた海面が青緑色の神秘的な輝きを放っているんだ。

 光が周囲の岩々すらも照らしていて、岩の輪郭が濃いコントラストを作っている。

 

 船がスピードを落としながら、絶景の海食洞の中を悠然と進んでいく。

 輝く水面はガラスのように透き通っていて、水中を泳ぐ魚の群れが船の横を慌てて通り過ぎる姿が見えるほどだった。

「ルーララ♪ 乗り心地はどーだった~?」

 やがてカモメが奥まった所で船を停止させると、満足げに体を揺らしながら私達のほうへ近づいてきた。

 

「・・・・・・も、もしかして、ここで行き止まりなの?」

 あまりの出来事にしばし言葉を失う私達だったが、ともえが一足先に我に返ってカモメに質問を投げかけた。

 カモメは例によって自信満々な態度のまま頷いている。

 ともえの不安がずばり的中したことを私達は思い知らされるのだった。

 

 これじゃ私達は袋小路に追い詰められただけなんじゃないだろうか?

 仮にあれが自然に引き起こされた竜巻だったら、こういった雨風をしのげる場所に逃げ込むのは適切な対処だとは思う。

 ・・・・・・が、相手はセルリアンなんだ。逃げ場のなくなった私達は格好の餌食にされてしまう。

 

「いつまでも歌ってんじゃねー! どーいう了見だ! オレ様たちを殺す気かよー!?」

「ラララ・・・・・・あれ? まさか君怒ってる?」

 

 ロードランナーが、ついに我慢の限界と言った風にカモメにつっかかっていった。

 彼女は見た目の可愛らしさとは裏腹に、喋り方は荒っぽいので怒ると迫力はそれなりにある。

 刺々しく問い詰めるロードランナーを見て、カモメもようやく自分の行いが私達に不興を買っていることに気付いたようであった。

 

「ルルル、えーと、風が、すべては風の導きで・・・・・・」

「あーっ!? 何ワケのわかんねーこと言ってやがんだよー!」

「どうか落ち着いてくださいね。私が説明いたしますわ」

 

 オオコウモリが見張り台からふわりと降りてくる。

 ロードランナーの剣幕に押されて狼狽えるカモメをフォローするつもりのようだ。

 彼女が最初に話し出したのは、そもそもの船が動く仕組みからだった。

 船はフレンズのように好きな方向に動けるワケじゃない。風を帆に受けて進む以上、つねに周囲の風向きに影響を受けるし、進むことの出来ない方向だってあるんだと。

 

「カモメの判断に間違いはありませんでしたわ。竜巻に追いつかれないために、一番風に乗れてスピードの出る方角を選びましたの・・・・・・その結果、逃げ込めそうな場所がこの洞窟しかなかった、ということでしてよ」

「お、お、おおお! さーすがオオコウモリ~♪ わかってる~」

「ちぇっ! なんだか納得いかねーな!」

 

 オオコウモリの助けを受けて、さしものロードランナーも出鼻をくじかれたように引き下がる。

 ・・・・・・まあ、カモメもこうするより他にやりようがなかったことだけは分かった。

 問題はこの後どうするかだ。あの弓みたいな形のセルリアンがこの海食洞に入ってきたら?

 もちろん、ここが崩れ落ちるのは避けられないだろうとは思う。

 

 が、悪いことばかりでもないだろう。

 あのセルリアンが空に浮いている限り、私達は圧倒的に不利だ。だがこの閉所なら、奴の方も私達に接近せざるを得ないはず・・・・・・

 その時こそ反撃のチャンスだ。”石”を探し出して砕くことさえ出来れば。

 

 拳を握りしめ、間近に迫りつつあるはずの敵の気配に身構える。

 ともえもイエイヌもロードランナーも息を飲んで周囲を警戒している。

 ・・・・・・今のところ静かなもんだ。海食洞の景観を乱すものは何もない。まるであのセルリアンは、私達のことを見失ってどこかに行ってしまったかのようだ。

 そんなはずはないんだけれど。

 

_______ガチャッ・・・・・・

「ひぃ~~! カモメさ~ん! 死ぬかと思ったよ~!」

「ラララ♪ 君たち無事だったか~」

 甲板の後部にあった扉が開き、そこから3人のフレンズが目を白黒させながら飛び出してきた。

 どうやら彼女たちは私達よりも先にこの船に乗っていた「客」のようだ。

 竜巻が現れてからはずっと船の中で身を潜めていたんだろう。

 

 その様を見て、私達は張りつめていた緊張の糸が切れるような気がした。

 少し休憩しよう。事情を知らないフレンズ達を放ったまま戦い始めるのもなんだし、彼女達に経緯を説明しながらこれからのことを考えよう。

 自己紹介も済ませておこう。私達は成り行きでこの船に乗り込んだわけだけれども、今はカモメ達とは一蓮托生の間柄であるわけだし。

 

 彼女達からも話を聞くことにした。

 やはり、この船は「ポート・オータル」を目指しているようだった。

 乗り込んでいる客達はそこで降りてホッカイの地を踏むのが目的なんだと。

 

 フレンズ達はそれぞれに異なった動機でこの船に乗ったようだ。

「キンカジュー」はホッカイに住んでいる友達が心配で会いに行きたいんだという。その友達は雪深い所に住んでいて、本格的に冬になる前に訪ねておきたいんだと。

「キーウィ」は歌が好きなフレンズで、近々ホッカイのとある場所で開かれる鳥のフレンズ達の歌まつりに是非参加したいそうだ。鳥だけど翼のない彼女が海を渡れずに困っていたところを、通りがかったカモメが助けてくれたらしい。

「ヤマバク」はホンシュウ大陸にてリンゴ農家をしていたんだという。だが昨今のセルリアン災害で故郷を追われ、心機一転ホッカイで農業を再開したいらしい。冬になる前に土地を見つけてリンゴの種を撒きたいんだと。

 

 こんな世の中だけれども、みんなそれぞれにやりたい事があって一生懸命旅をしてるんだな。

 こういう子たちを見ていると、何だかこっちも元気づけられるな。

 

 3人ともカモメとは偶然知り合い、お願いして船に乗せてもらったそうだ。

 一年のほとんどを船の上で過ごしているらしいカモメは、渡しとかそういう仕事をしているわけではないらしい。

 船旅を続けるための物資の調達とかで立ち寄った陸地にて、成り行きで知り合ったフレンズを送り届けているに過ぎないんだそうだ。

 

「ラララ♪ 僕は海の果てまで行きた~い♪ ジョナサンと一緒に~♪」

「ジョナサンって誰だい?」

「この船の名前だよ~♪」

 

 お得意の歌い節で旅の目的を明かすカモメ。

 彼女は船に乗ってジャパリパークの外に出ることが目的なんだそうだ。

 フレンズ達の間では常識である「ジャパリパークの外に出てはいけない」という決まり事・・・・・・彼女は黙ってそれに従うことに疑問を感じているんだという。

 

 その理由は彼女が持つ並外れた好奇心にある。

 どうしてジャパリパークから出てはいけないのか? 出たらどうなるのか? 確かめてみたい気持ちが抑えられず、何度もこの「ジョナサン号」に乗って冒険に出たんだという。

 ・・・・・・が、ある一定距離まで進むと、決まって船のコントロールが効かなくなるんだという。まるで船が個別の意識を持っているとしか思えないんだと。

 最後には諦めて引き返すことしか出来なかったそうだ。

 

 カモメは鳥のフレンズだし、船が動かなくても自分の翼で先に進めばいいじゃないかと思うが、船を家族同然に思っている彼女としては、船を降りる選択肢は考えられないんだそうだ。

 ・・・・・・そして彼女は考えた。ジャパリパークから出られないのは、まだジャパリパークでやるべき冒険が残っているからだと。

 

 ジャパリパークをくまなく巡りつくせば、やがて外の世界に出る手だてが見つかると思っているそうだ。

 ・・・・・・つまりカモメにとっては、何かを達成するための手段も目的も、すべてが冒険することに繋がるわけだ。なかなかに個性的な考え方だけど、まっすぐな信念があって好感が持てる。

 

「じつは私もホッカイに用があるんですのよ」

「え? オオコウモリ、君も客だったのか? 飛べるのに?」

「・・・・・・ふふ、色々ありましてね」

 

 オオコウモリの告白は意外だった。傍目から見たら、彼女はカモメの仲間であり船の乗員にしか見えなかったからだ。

 そんなことはなく、彼女はただの旅のフレンズらしい。

 何やら彼女はカモメに恩があるらしい。それで、船に乗せてもらっている間だけ恩返しにカモメのお手伝いをしているんだそうだ。

 

 彼女は遠い昔に離れ離れになった親友を探して旅を続けているんだという。

 そのフレンズの顔も名前も覚えていないけど、自分にとってかけがえのない友であったことだけは覚えているんだと・・・・・・

 

 イエイヌが話を聞きながら切なそうに「くぅん」と鼻を鳴らした。

 自分とまったく同じ身の上のフレンズに出会ったんだから無理もない。

 長生きしている内に記憶が抜け落ちて、大切な誰かのことを思い出せなくなった寂しさは彼女が一番よくわかるだろう。

 

 場が湿っぽくなりそうだったので「ところでさ」と、オオコウモリとカモメに小声で新しい話題を振った。

 ・・・・・・私がビーストの力を解放して竜巻を吹き飛ばした場面のこと。

 あれを見て何も思わなかったのかと遠回しに聞いてみたんだ。

 

 私の問いに対しオオコウモリは「見えていなかった」と言い、カモメは「何か面白い手品に見えた」と答えた。

 ・・・・・・まあ、カモメはそもそもビーストのことを知らないんだろうな。

 それに細かいこと気にしなさそうだから、そんな感想しか浮かばなくても不思議はないだろう。

 だけどオオコウモリが言っているのはどういうことなんだ?

 

「私、目がよく見えませんのよ」

 

 オオコウモリからまた意外な言葉が返ってきた。

 まあ、まったく見えないというワケじゃなく、ものの輪郭や距離感はかろうじて分かるらしいけれども・・・・・・

 そんな体で旅をしたり船に乗ったりするのは大変そうだ。

 

「でも私には目の代わりに耳がありますわ。それで大体のことはわかるんですの」

「ラララ♪ そう! オオコウモリの耳は地獄耳~、風を読む力はこの僕にも負けないのさ~」

「クスクス・・・・・・あんまりな褒め方ですわねカモメ」

 

 いつ頃から特異な体質を身に着けたのかはオオコウモリ自身も覚えていないようだが、彼女の聴力は目の代わりをするのに余りある程に鋭いらしい。

 ・・・・・・たとえば、相手の心臓の音や息遣いを聞いただけで、大体の「フレンズとなり」が把握出来るそうだ。

 

 その特技を使って私達4人のことを寸評してもらった。

 イエイヌの心臓や息遣いは優しく細やかで、いつでも周囲を観察しており、仲間に対して気を配っているのがわかるんだと。

 ロードランナーはエネルギッシュで感情の振れ幅が大きく、さらに背伸びしたがっているような気がするらしい。

 うんうん、大体あたっている。

 そして私に関しては、一見して只者ではない力を秘めていると思ったようだ・・・・・・何だかオオコウモリは、一緒にいるだけで色々と見透かされそうになる子だな。

 

 最後にオオコウモリは、ともえを前にして何やら考え込んでいた。

 彼女の特技をもってしても、ともえの正体に関しては図りかねるものがあるようだ。

 

「あなたまさか、普通のフレンズじゃない?」

「・・・・・・!」

 

 オオコウモリがぽつりと呟いた瞬間、ともえが目を見開いて絶句した。何とも言えない辛そうな表情だ。

 一瞬だけ、彼女の緑と赤の瞳から光が消えうせたように見えた。

 今のともえにとっては最もセンシティブな話題だ。場面が一気に気まずくなる。

 しかしオオコウモリの方も、ともえがショックを受けたことを察したのか、すぐに「ごめんなさい」と自分の発言を詫びた。

 

「ううん、別に気にしないで・・・・・・あ、そうだ!」

 ともえは平気な風を装って微笑み、手首に付けたラモリさんをかざして見た。

「ラモリさん、ハツカネズミさんに繋いでよ。さっき見たセルリアンのことを聞いてみよう!」

 

 ともえは場の空気を変えようとしているんだろうな。

 それに、状況を考えたら適切な行動であるに違いない。私達にはわからないセルリアンの正体も、ハツカネズミならば何か知っているはずだ。

 何といっても彼女は他のフレンズとは訳が違う。

 大昔からの知識をその身体に蓄えた賢者と言うべき存在なんだから。

_______ザザ、ザ・・・・・・

 ラモリさんが明滅し、何秒間か砂嵐みたいな音を発したのち「はい、もしもし!」と血相を変えた様子のハツカネズミの声が聞こえた。

 

「げ、げげっ! おててから違うフレンズの声がする!」

「これは遠くにいる友達の声だよ」

≪・・・・・・ともえさん、皆さん、ご無事でしたか? 私としたことが、皆さんに謝らないといけないことがあります≫

 

 キンカジューらその場に居合わせたフレンズがびっくり仰天する最中、ラモリさんごしに聴こえるハツカネズミの声がつらつらと語り出した。

 彼女が言う謝らなければいけないことと言うのは、これまでハツカネズミの方から連絡を寄越さなかったことだ。

 

 ・・・・・・と言うのもハツカネズミは、ともえからの通信を受けることは出来ても、逆に彼女の方から連絡を取る方法がないんだそうだ。

 送信機と受信機って言うのがあって、ハツカネズミは受信機しか持っていないらしい。

 ラモリさんというたった一体のラッキービーストから部品を取り分けたために、そういう仕様にならざるを得なかったようだ。

 

「ハツカネズミさん達はどう? 安全に旅出来てる?」

≪ええ、今のところは・・・・・・≫

 

 虹の楽園を目指して旅を続けるハツカネズミ達は、今は砂漠地帯を遠くに臨むとある山中で休んでいるそうだ。

 旅の途中で「バッファロー」というフレンズと出会い行動を共にすることになったという。

 その名を聞いてともえ達が安堵するのがわかった。バッファローというのは彼女達とも知り合いらしい。なんでもあのプロングホーンと共に、虹の楽園へフレンズを居住させる活動をしているメンバーの一人のようだ。

 大柄で寡黙であり、一見すると近寄りがたい雰囲気があるが、優しくて腕が立つプロングホーンの右腕的存在だという。

 彼女と会えたんならハツカネズミ達も安心だ・・・・・・と、ともえ達も太鼓判を押した。

 

 そして今度はこちらの現状を話す番になった。

 私達がかなり絶体絶命の状況に陥っていることを知ると、ハツカネズミは≪何てことだ!≫と痛ましい悲鳴を上げた。

「・・・・・・それでね、聞きたいことがあるんだけど」

 

 ともえの口からずばり要点が述べられる。

 例の「海の魔物」について知っているかどうかをだ。

 ハツカネズミの元上司であるメリノヒツジは、セルリアンを操ったり、新しいセルリアンを創造したりしていた。

 海の魔物もそんなセルリアンのうちの一体である可能性がある。

 もしそうならば、どのような性質を持った個体であるかを教えて欲しいんだ。もしそれが分かれば、私達が生き残る確率もずいぶん上がるはず。

 

≪お話を聞く限りでは、私の知るセルリアンではないようです・・・・・・そして、園長が作った個体とも思えません≫

 

 しかしどうやらその可能性は否定された。

 メリノヒツジ製のフレンズならば、虫など何らかの生き物の姿を忠実に模倣しているはずだから、というのが理由だ。メリノヒツジは完璧主義者な所があり、彼女のそういう気性が生み出すセルリアンにも表れていたんだと。

 ・・・・・・なるほど。だったら例の海の魔物は全くその特徴には当てはまらない。

 雲の間から垣間見た奴の姿は生き物とは程遠く、何かの部品を思わせる細長い弓型の骨のような姿をしていたもんな。

 

≪そのセルリアンはきっと、野生で進化した個体かと思います。野生のセルリアンは、太古より受け継がれる原始的な本能に基づいて行動しています≫

「原始的な本能ってなに?」

≪まずは捕食すること・・・・・・そして進化するために、他の物を”模倣”することです≫

 

 セルリアンの餌っていうのは個体によって様々だけど、かつてヒトの文明で使われていた「電気」だとかのエネルギーを発する物質であることがほとんどだと言う。

 ともえ達からの又聞きだけれども、かつてオオコノハズク達がキョウシュウで戦った大型セルリアンも光を求めて移動する性質があり、それを利用して倒すことが出来たんだとか。

 光る物っていうのはずばりエネルギーを発する物だ。

 

「あのセルリアンが船ばっかり襲う理由は何なんだろう? ねえねえカモメさん、船って風で動くんだよね?」

「そーだよ~♪」

「・・・・・・じゃあ、セルリアンの食べ物になるような物なんか無いよね」

 

 ともえがカモメに聞きながらさらに頭を捻る。

 海の魔物が船を襲ったところで食事にありつけるわけではない。だとすれば、セルリアンのもう一つの本能である「模倣」が奴の動機になるのではないか、と。

 

≪あり得ない話ではありませんよ≫

 ハツカネズミがさらに答える。

 園長であったメリノヒツジ・・・・・・さらにはその前任者であったジャパリパークの「神」カコ・クリュウが創造したセルリアンは、最初から完成された形状としてデザインされていた。

 それが故に創造者の命令に忠実に従う従順さだけを持ち合わせていたんだと。

 

 それと比べて野生種は、形状が未完成であるために「完璧な形になりたい」という強い本能を持っているのだという。

 どのような成長を遂げるかは全くの未知であり、太古のセルリアンは進化の過程で様々な形状に変異した。

 定まった形を持たない代わりに、あらゆる形状を模倣する力を持っている。

 それがセルリアンという生き物が本来持っている性質であると。

 

「あのセルリアンは・・・・・・あの弓のような形は、未完成の船の形なの?」

「ともえ、何かわかったのか?」

「アムールトラさん、何となくだけど、あのセルリアンのやりたいことが見えてきたよ」

 

 ともえの推理によれば、海の魔物は船を取り込むことで、自分が完璧な船になろうとしているんじゃないかと言うのだ。

 だからこそ、海食洞に逃げ込んだこの船に対して無茶な攻撃をしてくることはないだろうと。洞窟の崩落によって船が海の藻屑になってしまったら、奴の目的も果たせなくなってしまうからだ。

 ・・・・・・だとしたら、次に奴が仕掛けてくるであろう手段は?

 

_______ズズ、ズズズ・・・・・・

 カモメが舵を取っているわけでもないのに、船がひとりでに動き始めていることに気付いた。

 注意深く見ていなければわからない程のゆっくりとした速さで、少しずつ、少しずつ、洞窟の出口へと流されていっているんだ。

 

「お、オオオ♪ これは渦潮だ~! あのセルリアンの仕業か~?」

 

 カモメが語りだす。

 例によって歌っているような喋り方だったが声色には驚きも入り混じっている。

 海上で竜巻が起こったなら、渦潮の発生もまた不可避であるという。

 

 船乗りにとって渦潮はもっとも避けるべき物のひとつらしい。

 ぐるぐると回る潮の流れが、船を渦の中心に向かって引き寄せてしまうからだ。

 ・・・・・・一見して、洞窟に浸された水面は変らず穏やかであり、渦潮が起きているようには見えないが、航海のプロフェッショナルであるカモメの言うことなら間違いはないんだろう。

 

「や、やべーじゃねーか! 逃げねーとよー!」

「ルルル♪ そうは言ってもね~、そうは行かないんだよね~!」

 

 カモメが操るジョナサン号ならば、どんな微細な風をも推力に変えて進むことが出来るという。

 だが風が弱ければ、船も大したスピードが出せないんだと。

 先ほどのジョナサン号が、魔物から逃げ切るほどの凄まじいスピードを発揮していたのは、魔物が竜巻を発生させながら迫ってきたために、その周囲に吹きすさぶ暴風を利用して進むことが出来たかららしい。

 

 そして今、洞窟の中には風と呼べるほどの空気の流れはない。

 ひょっとしたら海の魔物が、同じ失敗を繰り返さないようにと学習しているのかも知れない。

 奴の視点で考えれば、下手に強い勢いの渦潮を巻き起こせば、同時に風も発生して、再び船に逃げられてしまうことを恐れたとしても不思議はない。

 だから魔物はそれを避けるために、ごくごく微細な渦潮で、船を少しずつ引き寄せることにしたんじゃないかと。

 

 それに洞窟の中は袋小路。外に出るより他に道はない。

 ジョナサン号に出来ることは、このまま無抵抗の状態で外に引っ張り出されるか、弱い風を使って低スピードで外に出ていくことだけだ。

 いずれの場合も海の魔物の格好の餌食にされてしまう可能性が高い。

 

 ビャッコの風をジョナサン号の推進力に変えられれば良かったんだけど、あの風はあまりにも加減が出来なさ過ぎる。こんな洞窟の中で使ったらまずい。

 ・・・・・・ともえのバッグの中にある蒼穹のオーブも今はピクリとも反応がない。

 私達の都合に合わせてそう何度も力を貸してくれるわけじゃないんだろうな。

 

 それでも何もしないわけには行かないので、再びカモメに舵を取ってもらうことになった。

 ゆっくりでもいいからまずは洞窟の外に出る。

 そして海の魔物と対峙した時、彼女の持てる限りの技術を使って魔物から逃げ切る。そうする以外に道はないんだろう。

 

_______ブブブブ・・・・・・

 が、カモメが舵を握ろうと歩き出そうとした瞬間、とある異変が起こった。

 洞窟の入り口からこちらにめがけて、無数の黒い影が勢いよく飛び込んできたんだ。

 羽音を立てながら向かってくるそれがセルリアン達だと気付く頃には、もうかなり接近を許してしまっていた。

 フレンズの両手に収まってしまいそうなほどの、かなり小型のセルリアンだ。それでいて移動速度はかなり速い。

 

「来るぞ! 気をつけろ!」

 私は一足先に躍り出て、背後にいるみんなを守るように身構えた。

 仲間達に手は出させない。一匹残らず打ち落としてみせる・・・・・・

 が、小型のセルリアン達は意気込む私をよそに、私にも他のフレンズにも目をくれることなく頭上を素早く通り抜けていった。

 フレンズではなく別の物を狙っていると思わせる動きだ。

 

「・・・・・・ラ、ララ!? まさか!」

 カモメが何かに気付いたように後ろを振り返る。

 彼女の目線の先にあるのは、デッキの中央にある杭に取り付けられた車輪状のパーツだ。彼女はあれを使って船を操っていた。

「や、やめてくれ! 舵を壊されたらジョナサンが動かなくなる!」

 カモメはただただ純粋に大きな悲鳴を上げた。

 いつでも歌っていそうな彼女がどれだけ狼狽えているのかが伝わってくる。

 

 舵を破壊せんと突き進む小型セルリアン達。

 私はというと、奴らの狙いがわからずに応戦することだけしか考えてなかったために、完全に出遅れてしまっていた。

 今から追いかけてももう間に合わない。船を動かすことが出来なくなって私達は詰む・・・・・・

 

_______ヒュウンッ! シュパパパッ!

 だが、目にも止まらぬ動きでセルリアン達に追いつくフレンズがいた。

 オオコウモリだ。音もなく甲板すれすれを滑空して敵に接近すると、こんどは広げた翼を鞭のように振るい、複数のセルリアン達を一瞬で切り裂いていた。

 ・・・・・・その鮮やかな動きを一目見ただけで分かる。彼女がかなりの戦闘力を持っていることを。

 

 だがセルリアンの攻勢は、オオコウモリが数体を仕留めただけでは止まなかった。

 入り口のほうからは次から次へと同型の新手が侵入し、船めがけて襲い掛かってきた。その数は百や二百じゃきかない。かなりの大集団だ。

 

≪き、気を付けてください!≫

 ラモリさんごしにハツカネズミが警戒を促してくる。

 状況から考えて、目の前の小型セルリアンは、洞窟の外にいる海の魔物が作り出したものと考えて間違いないと言うのだ。

 ごく一握りの強大なセルリアンは、自分の子供とも言える小型セルリアンを生み出して使役する力を持っている。

 そのレベルの個体が相手だと、たとえ戦闘慣れしたフレンズが何人いたとしても苦戦は免れないというのだ。

 

 なるほど状況が見えてきた。小型セルリアン達がジョナサン号の舵だけを狙う理由。

 それは船体を壊さずに、ただ動けなくするためなんだ。なるべく無傷のまま船を手に入れられるようにと・・・・・・それが「親」からの言いつけというわけだ。

 

「こちらの生きる目を念入りに潰そうというのね・・・・・・なかなかどうして手ごわい相手だこと」

「ル、ルル? オオコウモリ~?」

「カモメ、早く舵を取ってください。あなたの操舵がなければ始まりませんわ」

「わかったーよ~」

 

 オオコウモリに促されて、カモメが慌てて駆け出し舵を握りしめる。

 危機的な状況で、オオコウモリはやけに落ち着き払っていた。口元に薄っすら笑みさえ浮かべている・・・・・・そんな様からは有無を言わさぬ迫力がにじみ出ている。

 やっぱり只者じゃないな。さっき見せた動きといい、いったい今までどれほどの戦いを潜り抜けてきたんだろう?

 ともかく、この状況でこんな頼もしいフレンズが味方になってくれたことは幸運だ。

 

 こうして総力戦が始まった。

 カモメが操る舵を、迫りくるセルリアンの大群から守り抜くのが他のフレンズの役目だ。

 オオコウモリに比べると、他の3人の客はただの市井暮らしのフレンズに過ぎず、セルリアンと戦った経験もほとんどないようだったが、それでも大事な目的のために命がけで戦う覚悟を見せていた。

 

「えいっ! えいっ!」

_______ブンッ、パカーン!

 ともえがショルダーバッグの留め紐を持って滅茶苦茶に振り回す。

 飛び掛かってくるセルリアンの一体にバッグが当たると、黒い羽虫のような身体が虹色の花火になって弾け飛んだ。

 

「わふっ、ともえさん無茶しないでください!」

「大丈夫だよイエイヌちゃん! このセルリアンだったらギリギリわたしでも戦えるよ!」

 

 ともえのことはひとまず心配しないでも良さそうだ。それにイエイヌなら何があってもともえを守り抜くことだろう。

 今の最優先はジョナサン号の舵を守りぬくことだ。

 セルリアンは一匹一匹は大したことはなかったが、大群をなして色々な方向から絶えず飛んでくる。多勢に無勢の状況でも引くわけにはいかない。

 

 私とオオコウモリはもっとも前面に躍り出て、二人で出来る限り多くのセルリアンを仕留めることに専念した。

 他のフレンズには後ろにいてもらい、私達が打ち漏らした少数だけを倒してもらうんだ。

 戦いが不得手なフレンズ達への負担を減らすためには、このフォーメーションが一番適しているだろうと思われた。

 

「うおおおっ!」

「お、おい、もどれ! 何をやっているんだ!?」

 だがたった一人、フォーメーションを乱して勇み足で突っこもうとするフレンズがいた。

 私がそれに気付いて呼び止めても彼女は止まらなかった。

 

「オレ様だってやれるって所を見せてやらーッッ!」

 ロードランナーは私やオオコウモリよりも前に出て、洞窟の入り口から入り込んで来るセルリアンをなぎ倒し始めた。

 虹色の花火を飛び散らせる傍らで、彼女の瞳がこれまで見たことがないぐらいにメラメラと好戦的な光を放っていることに気付く。

 確かに戦えてはいる。だけどあんなのあまりに危なっかしい。

 

「・・・・・・くっ! オオコウモリ、ここは任せた!」

「よくってよ。あなたも大変ですわね」

 

 ロードランナーは群がるセルリアンを相手に、生傷を追うのも構わずに奮戦を続けている。

 私は彼女を守るために野生開放を行うことにした。

_______パァンッ!

 筋力と五感をフル稼働させ、鞭を振るうような音を出しながら突進し、ロードランナーの近くにいた小型セルリアンをあらかた殲滅した。

 ・・・・・・どうせすぐに新手がやってくるだろうけれど、ロードランナーが下がる猶予ぐらいは作れただろう。 

 

「はあっ、はあっ・・・・・・アムールトラ、やっぱアンタ無茶苦茶つえーんだな」

「ロードランナー! 無茶をしてないで下がれ!」

「足手まといになりたかねーんだよ!」

 

 表情を上気させたままのロードランナーは私の言うことを聞かず、闘志冷めやらぬ様子でファイティングポーズを取り直す。

 ・・・・・・まずいな。どうにもロードランナーは戦いの中でハイになってしまっているみたいだ。

 冷静さを取り戻させることは簡単にはいかないだろう。

 

_______ゴゴゴゴ・・・・・・

 ロードランナーへの説得が出来かねているうちに、やがてジョナサン号は完全に海食洞の外へと出ることになった。

 広がる青空の下で、ジョナサン号の頭上周辺にだけ、黒雲が不自然に固まって浮いている。雲の中からは小型セルリアンの群れが放出され続けている。

 

「あそこにいるんだな・・・・・・」

「手ぐすね引いてこちらを狙っているのが目に見えるようですわ」

「ともかく逃げるーよ~♪」

 

 外に出たらこっちの物と言わんばかりにカモメが舵を切る。

 するとジョナサン号が勢いよくUターンして黒雲から逃れるように進み始めた。

 無数の三角形の帆が風を受けて膨らんでいる。風は洞窟の中では微細なものでしかなかったが、今は辺り一帯に十分な海風が吹いている。

 

 ・・・・・・が、もちろん簡単に逃がしてくれるような相手ではない。むしろジョナサン号が外に出てくるのを今まで待っていたんだ。

 黒雲の中心がまたもすり鉢状に凹み、海に向かってドリルのような空気の渦を突き刺した。

 すると渦は海面を巻き上げながら巨大化し、瞬く間に竜巻と化していった。

 

「に、に、逃げられな~い!♪」

 襲い来る竜巻に対して、ジョナサン号の動きは完全に停止してしまっていた。

 海食洞に逃げ込んだ時と比べると、竜巻と船との距離が近すぎる。だから渦潮にもろに吸い寄せられる形になってしまっているんだと。

 さらには小型セルリアンを引き続き生み出して船へと向かわせて来ている。

 お目当ての船を捕まえるための徹底ぶりは無慈悲と呼べるほどだと思った。

 

 セルリアンを打ち倒しながら、なかば絶望的な気持ちで竜巻を見上げてみる。

 舞い上がった水滴が上へ上へと吸い寄せられて消えていく・・・・・・そうか、このままだとジョナサン号もあの水滴みたいになるんだ。

 竜巻によって持ち上げられ、雲の中にいる海の魔物の糧にされてしまう。私達も船と運命を共にすることになるんだろうな。

 

「アムールトラ! また風を出してくれよー!」

「・・・・・・ああ、私もそれを考えていた」

 

 ロードランナーに頷きながら精神を集中させる。

 己の内側にいるビャッコに語りかけ、ふたたび力を貸してくれるように内心で懇願しようとしたその時・・・・・・とつぜん背後から「お待ちになって」と、オオコウモリが制止してきた。

 

「カモメからあなたが使う不思議な技のことを聞きましたわ・・・・・・でも、それだけでこの状況が何とかなるとは思えませんわね」

「どういうことだ」

 

 オオコウモリの指摘は厳しくも現実的なものだった。

 風で竜巻を吹き飛ばした所で、いまや多少の時間稼ぎにしかならないのではないかと。

 それよりも本体のセルリアンを何とかして叩くことを考えるべきだと言うのだ。

 

 ・・・・・・だが、どうやって攻撃を仕掛けたらいいのかさえもわからない。

 まず本体がどこに隠れているのか暴かないことには始まらないだろう。

 それに、奴が発する竜巻は恐ろしい攻撃であると同時に厄介なバリアだ。それこそビャッコの風でもない限りは、竜巻を貫通して本体に攻撃を届かせることは不可能なように思える。

 

「あ、あのさ!」

 ともえが私達の会話を聞きつけて後ろから割って入った。

 彼女もカモメにほど近い場所で必死に戦い続けている。得物であるショルダーバッグを振り回し続けたことでかなり息が上がっているように見える。

 ・・・・・・あのバッグの中身がどうなっているのかは今は考えないことにしよう。

 

「あのセルリアンを探すのも攻撃するのも、上からしか出来ないんじゃないかな?」

「そ、そうか!」

 

 竜巻を何とかすることばかりに気を取られていたが、海の魔物は雲の中に隠れ潜んでいるんだ。そして雲が竜巻の発生源でもある。

 ともえの作戦はこうだ。

 高く飛んで竜巻よりも高い位置に上昇し、上から雲の様子を探る。そして本体を見つけてから攻撃を仕掛けに行く。雲の中がどうなっているのかはわからないが、竜巻に体当たりするよりはマシなはずだと言うのだ。

 ・・・・・・確かに、出来なくはないかもしれない。こっちには飛べるフレンズだっているんだ。

 

「よっしゃー! オレとアムールトラの二人で行ってくるぜ!」

 ここでロードランナーが意気揚々と名乗りを上げた。

 やはり先ほどから闘志がみなぎり続けている。セルリアンへの攻撃は私に任せるとして、雲の上まで私を運ぶ役目を申し出たんだ。

 

「あなたじゃ無理ですわ」

 

 しかしロードランナーの提案は、オオコウモリによって容赦なく切って捨てられた。

 体格や飛翔力もろもろを考えても、ロードランナーでは力不足であると。

 ・・・・・・だが一番の理由は、今のロードランナーが功を焦っていること。実力以上のことをやって自分を大きく見せようとしていることだと指摘した。

 そういう危うい精神状態の者には大事な局面を任せられないと言うのだ。

 

「この私がアムールトラを雲の上へお連れしますわ」

「け、けどよ、腕の立つ二人が行っちまったら、船の守りが手薄になるじゃねーか!」

「そう思うのでしたら、あなたがここを死守しなさい。それが今あなたのするべきことですわ」

 

 容赦ない指摘を受けてぐぬぬと震えるロードランナー。

 オオコウモリの物腰が丁寧だからよけいにキツく見えるのもある・・・・・・だが、受け止めてほしい。彼女の言っていることはすべて正しい。

 冷静さを取り戻して、自分にできることをやって欲しいんだ。

「・・・・・・ぐっ! わかったよ!」

 ロードランナーはついに折れた。先ほどの昂ぶり具合が影も形もないほどに消沈している。

 

 ともえ達にジョナサン号の防衛を任せて、私とオオコウモリは天空めがけて飛び立った。

 オオコウモリが後ろから抱き着くように私を抱え上げてくれている。

 みるみるうちに海面が遠くになり、ジョナサン号の甲板で戦っている仲間達の顔もわからなくなっていく。

 さすがオオコウモリは大きな翼を持っているだけある。飛ぶ力はあのオオコノハズク達にも引けを取らないだろう。

 

「・・・・・・ロードランナーのことを悪く思わないで欲しい」

「ええ、彼女はいい子ですわ。一緒にいたらさぞ気持ちが明るくなるでしょうね」

 

 二人きりの空にてオオコウモリへと弁解するように呟くと、こちらの気持ちを察したように同意してくれた。

 ああいう仲間と旅が出来てうらやましいとまで言っている。

 その声はなにやら寂しげだ・・・・・・そうか、オオコウモリは一人旅だもんな。私にもその寂しさはわかる。

 

「さあ、そろそろですわね」

 私達はあっという間に黒雲を一望できるほどの高さにまで上昇していた。

 あの中に海の魔物がいる・・・・・・が、しかし上から見ているだけではただの雲。居場所の手がかりなどありはしない。

 が、立ち止まることは許されない。こうしている間にも仲間が危険に晒されているんだから。

 

 やむなくオオコウモリは翼を翻し、くるくると急降下しながら雲の中に突入した。

 視界はほとんど暗黒で何にもわからない。

 そこらじゅうに猛嵐が吹き荒れ、一瞬で全身びちょ濡れになるほどの雨粒に晒される。稲妻がところどころ散発的に輝くのが見える。

 あまりにも幻想的で、それでいて恐ろしい景色だ。

 ここが雲の中だというのか・・・・・・陸のフレンズである私には想像も付かないような世界だ。

 いや、飛べる子だって好きこのんでこんな場所には来ないか。

 

 こんな場所では目で物を探すことは難しい。

 オオコウモリの自慢の耳で探ってもらったほうがいいだろう。そう思って彼女に奴の居場所がわかるか聞いてみた。

「少しお待ちになって・・・・・・なんてことなの」

 すると彼女は何かを考えこむような声色で答えた。

 

「あなたは思っていた通り、いえ、想像よりもはるかに強いんですのね。あれほどのセルリアンを、たったの一撃で・・・・・・」

「? 待ってくれ。何をぶつぶつ言ってるんだ?」

「ごめんなさい。私にも不思議な力があるんですのよ。未来を見る・・・・・・いや、聴く力がね」

 

 そうだったのか。オオコウモリもまた不思議な能力を持ったフレンズだったようだ。

 彼女の能力というのは一種の未来予知らしい。未来の音が聴こえるんだそうだ。そこから現在を逆算して、どうしたら生き残れるかを予測できるらしい。

 最初に出会った時、ジョナサン号が竜巻から逃げ切れると確信していたのもそれが理由だ。

 

「もうすぐですわ。来るべき時が来る・・・・・・あなたも準備してください。その時になったら、私はあなたから手を放して落としますわよ」

「落としてどうする? 私は君と違って飛べないんだ」

「大丈夫ですわ。飛べなくても、ここに吹き荒れる風があなたを導くはずだから」

 

 なんだか難しいけれど、ともかく彼女は私の未来を読んでいる。海の魔物に勝利している私の姿を予知しているんだ。

 そしてその予知を現実の物にするためのお膳立てを始めているんだという。

 驚くべきことにその方法とは、ある決まった位置で私を落とすことで、魔物の所まで辿り着かせようというぶっつけ本番の力技だった。 

 

「アムールトラ、どうか私のことを信じて。出会ったばかりでなんですが、この私に命を預けて欲しいんですの。私もあなたの勝利を信じています」 

「・・・・・・わかった」

 

 気が付くと直感で私はそう答えていた。

 この気持ちは理屈じゃない。言葉に言い表しがたい予感というか、確信というか。

 それこそ既に同じことを体験しているような気さえするんだ。

 

「オオコウモリ、君と一緒なら勝てる気がする」

「ええ、アムールトラ。あなたと私なら必ず・・・・・・さあ、行きますわよ」

 

 互いに確認しあうように呟くと、オオコウモリは私のお腹に回していた手をほどいた。

_______ビュオオォッ!

 猛風が吹き荒れる雲の中において、支えを失った私の体は真っすぐに落ちることさえも叶わなかった。

 不規則に回転しながら滅茶苦茶な方向に流されて行っているんだ。

 

 もちろん何も見えやしない。目の前に海の魔物がいたって分かりはしないだろうな。

 でも構わない。こういう時どうすれば良いのかを私は知っている・・・・・・集中だ。自分を無にするぐらいに感覚を研ぎ澄ませるんだ。そうすれば見えないものが見えてくる。

 かつての私はきっと、そうやってあらゆる危機を乗り越えてきたはずなんだ。

 

_______ドクンッ

 確信と共に目を閉じると、やがて世界の見え方が決定的に変わっていった。

 時間の流れが凍り付いたようにゆっくりと感じられ、周りの風も雨も意味のない記号のように思えた。そんな虚無の世界でたったひとつだけ、禍々しく蠢く恐ろし気な塊が存在しているのがわかった。

 

 私の体は今、吸い寄せられるようにそいつに近づいていっている。オオコウモリのおかげだ。

 風の流れを読み切って、そういう位置を狙って私を落としたんだ。

 肉迫するその瞬間、意識を現実へと引き戻し眼前にいるそれへと手を伸ばした。

 

「つかまえたぞっ!」

 

 どんぴしゃりだ。いま私は、海上で一度だけ見たあの姿の上に飛び乗っている。

 細長い弓のような身体。そこに張り付いた無数のUの字型の突起物・・・・・・近くで見ると何となくわかる。やはりこいつは未完成の船の形をしているんだ。

 ・・・・・・いわば「船の骨」か。ともえの推測した通りだった。

 この骨に肉が付けば中々の巨大な船になるだろう。

 その体長は頭から尾までフレンズ数十人分ぐらいの長さがある。

 そして細長さばかりが目に行く身体の直径も、実際は私が両手を広げてつかまっても余裕であまるぐらいには太い。

 

≪ミギャアアアアッッ!≫

 

 海の魔物は、とつぜん上から降ってきた私に驚くように咆哮を上げ、身体をしならせて私を振り落とそうとしてきた。

 ワキワキと動く胴体の突起からは奴の焦りが伝わってくるようだ。

 死にたくはないだろう。自分の体を完成させたいんだろう・・・・・・

 だが、だからといってジョナサン号を糧にさせるわけにはいかない。他の船もだ。

 

 フレンズ達はそれぞれの大切な目的のために旅を続けているんだ。邪魔はもうさせない。

 終わりにしよう。私の一番強い技でとどめを刺してやる。

 確か「勁脈打ち」って言うんだったか。メリノヒツジが戦いの中で技名を教えてくれたんだ。

 

_______スゥッ・・・・・・

 魔物の胴体に手の平を置き、再び意識を冷たい虚空の世界へと潜らせていく。

 その中で早鐘のように脈動している「核」の位置を探し当てると、そこに全ての集中力を注ぎ込み、見えざる衝撃を打ち込んだ。

 ・・・・・・その直後、乾いた破裂音と虹色のまばゆい光を放ちながら、ひとつの生命があっという間に消失していった。

 

 しがみついていた魔物の肉体が無くなって、またも私は雲の中を落ちていくことになった。

 程なくして雲が途切れ、遥か眼下には青い海が広がっていた。

_______ガシィ

 落下への恐怖を覚えた刹那、黒い影が勢いよく現れて、翼を羽ばたかせながら落ちていく私を真横からかっさらった。

 

 ・・・・・・さすがはオオコウモリ。タイミングは完璧だな。君が来てくれることを、私は当たり前のように信じていた。それがどうしてかはわからなかったが。

 

「やりましたわね」

「ああ、君のおかげだ」

「・・・・・・おおーーい! 2人ともー!」

 

 下の方ではジョナサン号がゆったりと波に揺られていた。

 みんながデッキの上で私達に手を振っているのが見える。良かった、どうやら無事みたいだ。

 あれほど大量に出現していた小型セルリアンがきれいさっぱり消えている。「親」がいなくなったために存在することが出来なくなったんだろう。

 

「みんな、大丈夫だったか?」

 船の上に降りてみると、やっぱりどのフレンズも多少なりとも負傷してしまっているのがわかった。私とオオコウモリ抜きで奮戦した痕跡がありありと伝わってくる。

 

 中でもロードランナーは全身に青あざを作っていて、イエイヌに膝枕をされながら柱の横でぐったりと横たわっていた・・・・・・頑張ったんだな。誰よりも。

 私とオオコウモリが心配して近寄ると、それに気付いた彼女は誇らしげに微笑んでみせた。

 そしてオオコウモリの方を見ながらだしぬけに「あんがとよ」と言ったのだ。

 

「アンタが叱ってくれて目が覚めたぜー」

「けれども随分と無茶をしたんですのね」

「へっ、多少の無茶ぐらいはするぜ・・・・・・でも、アンタに言われた通り、無理はしないように気を付けるぜ!」

「・・・・・・フフフ、あなたはそのうち大物に化けますわよ」

 

 オオコウモリがやれやれと言った動作をし、周りのみんなも苦笑交じりに噴き出した。

 苦笑はやがて、和やかな安堵の笑い声へと変っていく。

 ・・・・・・ロードランナーが功を焦っていたのは、多分だけど、それだけ旅の仲間のことが大事だからだと思う。

 けれども特別戦いが得意なわけではないから、気持ちだけが先走ってしまったんだろう。

 彼女には熱い心がある。今は未熟だとしても、これからどんどん成長していくはずだ。

 

≪ザザ、ザ、良かった。皆さん、どうやら無事のようですね・・・・・・ザザ≫

 

 ラモリさんごしにハツカネズミが安堵している。

 だがどういうわけか、その音声にはノイズが入り混じっている。

 

「ハツカネズミさんのアドバイスのおかげで助かったよ! ところで何かあったの?」

≪ザザ、ええ、少し砂嵐が強くて。回線が不安定で・・・・・・例の洞窟まで・・・・・・ザザ≫

 

 その後はノイズがますます強くなって、ハツカネズミの声が聞き取れなくなった。

 しばらくすると「ブツリ」と異音が鳴りひびき、彼女との通信が途切れた。

 虹の楽園の入り口は砂漠の中にあるんだったっけ・・・・・・砂嵐が強いということは、もう本格的に砂漠に足を踏み入れたんだな。

 

「切れちゃった・・・・・・ハツカネズミさん達も大変なんだろうな」

「ああ、だが彼女達ならきっと大丈夫だ」

「ル~ルル~♪ 一件落着だーね~♪」

 

 遠くの地で頑張っているハツカネズミ達に思いを馳せていると、その空気をカモメの能天気が歌声が打ち壊した。

 彼女は鼻歌交じりに舵を回転させ、ジョナサン号をゆっくりとUターンさせ始めている。

 いったいどこに行く気だとみんなが尋ねると、例の海食洞に戻ると彼女は答えた。

 

「風が歌ってる~♪ 嵐が来~るよ~♪」

「・・・・・・何だと? 海の魔物は確かに倒したぞ」

「全然関係な~いよ~♪ この嵐は自然のも~の~♪」

 

 ああなるほど、そういうことか。

 カモメの肌感覚によると、今すぐに嵐が直撃するわけではないようだけど、この辺りにはすぐに寄れるような港がないらしい。

 だから雨風をしのげるあの場所で、嵐が通り過ぎるのを待つつもりのようだ。

 セルリアン相手に無茶な操舵をする彼女も、今は慎重そのものだった。

 それぐらい海上で嵐に遭うことを恐れているんだろう。彼女ほどの船乗りの判断なら口をはさむ余地はない。

 

 危機は去った。風を受けながらゆったりと進む船の上で、今しばらく体を休めるとしよう。

 

 to be continued・・・




_______________Cast________________
 
哺乳綱・ネコ目・ネコ科・ヒョウ属トラ亜種 
「アムールトラ」
哺乳綱・ネコ目・イヌ科・イヌ属 
「イエイヌ」
鳥綱・カッコウ目・カッコウ科・ミチバシリ属 
「ロードランナー」
哺乳綱・コウモリ目・オオコウモリ科・オオコウモリ属
「オオコウモリ」
哺乳綱・げっ歯目・ネズミ科・ハツカネズミ属 
「ハツカネズミ」
鳥綱・チドリ目・カモメ科・カモメ属
「カモメ」
食肉目・鰭脚類・アシカ科・ミナミオットセイ属
「ミナミオットセイ」
哺乳綱・食肉目・アライグマ科・キンカジュー属
「キンカジュー」
鳥綱・キーウィ目・キーウィ科・キーウィ属
「キーウィ」
哺乳綱・ウマ目・バク科・バク属
「ヤマバク」 
自立行動型ジャパリパークガイドロボット 
「ラッキービーストR‐TYPE-ゼロワン 通称ラモリ」
????????????????????? 
「通称ともえ」

_______________Enemies date________________

「キール・セルリアン」
全長:47メートル
体重:22.4トン
概要:進化の過程で「船舶」をコピーすることを選択した野生種セルリアン。しかし完全なコピーが出来ておらず、その姿は船舶の屋台骨にあたる「竜骨(キール)」をかたどるだけにとどまっている。
 周囲の天候を操る力を持ち、雲を纏いながら海上を浮遊して、コピーを完全な物にするために航行する船を無差別に襲っていた。
 ある程度の知能があり、骨しかない自分の体が防御力に乏しいことを自覚しているので、フレンズに姿を見られたり近づかれたりすることを恐れている。このことは上空からの竜巻攻撃や、小型の幼体セルリアンを生み出して襲わせるなどの遠距離攻撃に頼っている点にも表れている。
 また美意識も高いようで、船の姿なら何でも良いわけではなく、なるべく大きくて美しい帆船の姿になりたいと考えているようだ。
 
_______________Story inspired by________________

“けものフレンズ”  “けものフレンズ2”
      byけものフレンズプロジェクト

     “けものフレンズR”
      by呪詛兄貴
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