街にあるカフェから出た指揮官は辟易としていた。
「……はぁ」
それもそのはず、カフェのドアから出ればそこは激しい雨粒が天から降り注ぐ世界。そう、指揮官は雨によって足止めをされていた。
街に赴いたのは、個人からの依頼の打ち合わせの為だ。本来なら交渉役がするべき事なのではあるが、生憎交渉役は大企業相手に仕事を取りに行っていることと、依頼人がお得意様であったので指揮官が直接出向いて、依頼人とのいつもの待ち合わせ場所である街中のカフェへと伺った訳だ。
依頼は単純な護衛の依頼。今居る地区から依頼人の親族がいる地区へと行くために数日間護衛をお願いしたいというものだ。
同じような依頼だからと言って、もちろん手を抜くわけには行かない。条件や状況というものは日に日に変化していくもの。だから、同じような依頼にもその都度指揮官は打ち合わせを行い、対応しているわけだ。
本来ならそこまでする必要はないし、適当な指揮官なら『いつものですね』と簡単に済ませてしまうのだが、この指揮官はそういった丁寧な対応をするのが特徴。効率は確かに悪いが、誠実な対応が顧客からよい評価を貰っているのは想像に難くないだろう。
カフェで打ち合わせを終えて、お得意様は先に離席し、一人カフェに残って依頼内容を纏められるところまで纏めていた指揮官であったが、丁寧に対応していた結果が、目の前の雨で閉ざされた白掛かった景色というわけだ。
「はぁ……」
黒い雨雲に覆われた空、勢いは衰えず増していく雨。
次は別の場所で仕事がある。同じように護衛の打ち合わせではあるが、別の地区にまでタクシーなどで移動する必要がある。時間は少々余裕があるが、雨の中であることを考えると天気による交通状況の変動で余裕が無くなると考えた方がいいだろう。
ならば、ますますここで足止めを食らうわけには行かない。早くタクシーを捕まえられる場所まで移動すべきである。そうは思っても、一歩踏み出せばそこは雨。びしょ濡れでやってきた指揮官を見て、クライアントは何を思うことだろうか。
「はぁ……全く凄い雨だなぁ……」
もう一度息をつき、クライアントに謝罪の電話を入れようかと端末を取り出すためにポケットに手を入れたところで、
「ええ、土砂降りね」
指揮官の隣から、誰も居なかった筈の指揮官の横から、指揮官以外の声が彼のつぶやきに同意した。
「ウォッ!?」
驚きのあまり軽く背を反らせた指揮官は、反射的に隣に目を見やる。
「こんにちは指揮官」
そこには、朝日を浴びて融け始めた雪の様に真っ白な髪を後部で束ね、瞳を閉じて柔和な笑みを浮かべている顔見知り――否、彼の部下である戦術人形、AK-12がいたのだ。
「な、なんでここに居るんだ!?」
指揮官が驚くのも無理は無い。彼女のことを指揮官は護衛として連れてきては居ない。つまり、彼女がここどころか、この街にいる理由すら無いのだ。
「別に。散歩してたらここについただけよ」
何の事も内容に、本当にたまたま出会ったと言うように首をかしげるAK-12。
「どう考えても散歩の距離じゃ無いぞ……」
そんな彼女の返事に思わず顔を引きつらせる指揮官。街から基地までは車で移動することが必要不可欠な距離だ。戦術人形がいくら持久力に優れているからと言っても、散歩なんて言い訳が通じる筈が無い。
「冗談。細かいことは気にしたら駄目よ。無駄なことだから」
が、彼女自身、自分の言い訳が通じない事くらいわかっている。だから、それを彼女らしく無駄なことを切り捨てにかかってくる。
指揮官からすれば、AK-12がどうやって基地から出たのか、どうやってここに来たのかを知る必要があるので、全くもって細かいことでも無駄なことでも無いのだが、それを言ったところで、煙に巻かれることくらいよくわかっていた。
やることが増えたと言わんばかりに、項垂れて息をつく指揮官と、そんな彼の様子を楽しむようにふふん♪と鼻を鳴らすAK-12。
項垂れた指揮官で会ったが、彼女の手に傘の柄が握られてるのが目についた。
「って傘を二本持ってるのか!?」
それも二本。本当に散歩の為だったら二本も傘を持っていく必要は無い。そうなるともう一本は――
「もしかして――」
まさに渡りに船、救いの女神、そう言わんばかりに傘に熱い視線を注ぐ指揮官。
そんな指揮官の期待に応えるように、AK-12は口角を持ち上げると。
「ええ」
二本の傘をそれぞれの手に持ち、玉留めを親指で押してバサッと音を立てて傘を開くと、彼女だけ雨の世界へと傘を伴って足を踏み入れ――
「私が二本使うためよ」
相も変わらず穏やかな笑みで言ってのけた。
「じゃあ、さようなら指揮官」
きびすを返し、そのまま彼女は言っていた『散歩』に戻ろうとする。
唖然にとられていた指揮官だが、彼女が背を向けて一歩踏み出そうとしたところで我に返った。
「いやいくらなんでもそれは酷いだろ待って欲しい!!!」
思わず大きな声をあげてAK-12を引き留める指揮官。彼女は小首をかしげて、何か不満が?というかのように指揮官を見つめている。
「それに、二本差してるから隙間から雨がこぼれて濡れてるし!」
そう、彼女は傘を二本使っているせいで中途半端に隙間が出来ている事と、二本同時に使っている関係で傘を傾けているので傘の先が彼女の肩を濡らしていた。
彼の指摘で濡れている事に気づいたのか、それとも知らんぷりしていたのか、彼女は困ったように唸る。
「うーん……。それは困ったわね」
彼女はその場で180度ターンをすると指揮官に再び向き直り、持っていた傘を一本手渡した。
「仕方ないから、この傘はあなたにあげるわ」
「よかった……ありがとう……」
傘さえあれば、びしょ濡れにならずにすむ。なんだかんだで傘を渡してくれたAK-12に感謝しながら指揮官は傘を受け取る。
「って、これ私の私用の傘なんだが!?」
が、指揮官はその傘がグリフィンから支給されたものでは無く、自分が私用に使っているものであると気づく。私用の傘は指揮官の部屋にしかない。つまり、この傘を手に入れる為には、彼の部屋に入る必要があるわけで。
「そんなこと気にするべき事ではないわ」
が、窃盗の疑惑がかかった犯人は、はたまた気にするべき事では無いと切り捨てにかかってくる。
その逃げ切り体制に入られたら勝ち目は無いので、指揮官はこれ以上の追求は諦めることにした。
そんな事を言いながらも、AK-12は自分の傘を閉じている事に気がついた指揮官。
「いやその……なんで傘を閉じてるんだ?」
「……」
AK-12は彼の言葉を無視しながら傘を畳むと、指揮官に抱きついた。
「二本差してたら濡れちゃうんでしょ?だったら一個は無駄よね。それに指揮官の傘の方が大きいから問題ないでしょ?」
確かに指揮官の傘は成人男性用のものなので比較的大きくAK-12が入る分には問題ない。
もしかして、これをやるためにこんな面倒くさい小芝居を?
そう考えるとあきれる気持ちが出てくるが、心の奥底で考えが読めないAK-12と言う人形のことがちょっとわかったようで、彼女の事がなんだからかわいらしくも思えてきた。
指揮官は彼女の肩を抱き寄せて、自分にさらに密着させる。
「はぁ……。ほら、もっと寄ってくれ。濡れるぞ」
指揮官から抱き寄せられたおかげか、それとも自分のことを気遣ってくれた喜びか、AK-12は新雪のような頬を微かに朱に色づかせて、一際強い力で彼に抱きつく。
「ふふっ♪」
そのまま二人は、離れないように、濡れないようにして雨の世界に踏み出す。AK-12を濡らさないように抱き寄せる指揮官と、指揮官に密着してどこか満足げなAK-12のシルエットは豪雨の中に消えていった。
ちょっと愚痴ると、短編集が多くなって管理が面倒くさくなってきました……。うーん……。どうしましょうかね……。