ある日の夜の基地。
仕事も終え、睡眠までの時間を自室で過ごしまったりとしていた指揮官。
ニュース番組が流れる深夜近くの時間帯となり、そろそろ寝るかと腰を上げたところで
ガチャン
と音を立てて、指揮官の部屋の電子ロックが外れた。
「はっ?……!!」
第一声は疑問符。開くワケの無いロックが開いたことへの。
だが、指揮官の体はその理由を考える前に、一瞬で硬直した。
その理由は簡単、この時間帯に外部から開くわけの無いロックが開いたからだ。
この時点で、異常事態だ。
この基地のセキュリティを掻い潜ってやってきた侵入者か、それとも鉄血の人形が基地へと近づいると誰かが報告しに来たのか。
なんにせよ、良い予感は微塵もしない。
緩んでいた気を引き締め、ドアへと注目する指揮官。
どんな状況に陥ってもすぐに切り替える。その早さこそ、彼が評価される要素の一つだ。
ーー果たして鬼が出るか蛇が出るか。
身構え、扉を開けた者を待ち構える指揮官。
扉のドアノブは回され、瞬時に扉が開かれる。
そこからは一瞬の出来事だった。
紫苑の光跡が宙に描かれ、アッシュグレーの風が吹き渡り、指揮官の体を風圧で押し倒したのだ。
いや、彼は風圧こそ感じたが、 それが直接的な原因ではなかった。
彼は押し倒された後、物理的な衝撃を肩に感じていた。背面でなく前面に。
それに異様に体が持ち上がらない。
何かに磔にされているみたいに上半身が動かない。
倒れた衝撃と痛みでピントが合ってなかった視界が像を結び始める。
彼の瞳が最初に像を合わせたのは、大きな円に小さな円が隣接したような特徴的な紫苑の瞳。
それだけで、指揮官には相手は誰か判別出来る材料になり得た
「AK-12!?」
指揮官が驚愕混じりに声を張る。
「んふふ♪」
押し倒した人物AK-12は、機嫌がよさそうに鼻を鳴らす。
指揮官の知るAK-12は、自分の興味でAN-94と指揮官を振り回すような人物ではあるが、こんな夜中に部屋に侵入してくるような分別がつかないことはしてこない筈だった。
その答えは、指揮官の視界の視界がクリアになった瞬間にわかった。
AK-12の顔は真っ赤であった。
「ふふ〜ん♪」
ついでに、鼻歌に紛れて漏れる息もアルコールの鼻に付く匂いを発している。
つまるところ、
「……酔ってるのか?」
「さぁ?」
指揮官の質問にはAK-12は疑問形で返す。その時の表情が無駄にいい笑顔なのが、散々振り回すくせに嫌いになれない理由の一つだろう。
「そうか退いてくれ」
「そんなことはどうでもいいの」
そして、自分にとって不利なことはその一言でバッサリと切ってくるのが、この基地のAK-12。
酔っていてもそこは健在らしい
「いや良くないんだが!?」
酔ってることは、まぁどうでもいいとして、押し倒されてる状況は流石にどうでも良くない。
そう言い返そうとしたところで、AK-12が指揮官の顔を覗き込み、ジロジロと観察する。
「な、なんだ!?」
普段から得体の知れないAK-12が飲酒によって更に得体の知れないことになっている。
指揮官にとっては恐ろしさしかなかった。
「ねぇ指揮官」
「な、なんだ…?」
これから自分はどうなってしまうのか。恐る恐るながらも強気な言葉で言い返す指揮官。
身を縮こまらせ、捕食される寸前のような儚いオーラを醸し出しながら、AK-12に怯え混じりの視線を送る。
AK-12はふふっと声を漏らすと、
「ちゅーしましょ?」
「……はっ?」
指揮官が予想だにしなかった言葉を発信したのであった。
「ちゅ、ちゅー?」
「ちゅーよ」
ちゅーとはまた可愛らしい言い回しだ。AK-12は容姿だけで考えれば凛々しさに溢れた戦術人形だ。冷酷なまでの判断能力、高度な演算能力、好奇心に駆られて周り(主に指揮官とAN-94)を振り回す傍迷惑な行動力。その全てを合わせて考えても、彼女の口から出てくる口づけを意味する言葉がちゅーだとは思わなかったのだ。
驚きの単語が出てきたこと、唐突すぎる要求に思考停止していた指揮官。だが、AK-12の瞳を閉じた端正な顔が彼の思考能力を再び現実へと戻させる。
「ん〜」
気が抜けたような緩い声を上げながら唇を接近させるAK-12。肩を抑えたままだと流石にやりづらいようで、今は床に手をついている。
つまりは、指揮官への拘束が緩まった訳で。肩への圧迫感が無くなり、自由になった腕を持ち上げて、指揮官はAK-12の顔を両手で包んで侵攻を防ぐ。彼女の酒気に当てられてしまったのか、緊迫した状況であるのに関わらず、『AK-12 の頬は柔らかくて手触りがいい』と思いながら。
「ふぁにふるほひょのひょ」
何するのよ、と抗議の言葉を挙げたつもりなのだろう。頬を両手で挟んだせいで、唇をわざとらしく突き出したような間抜けな顔付きとなっている。
緊張感の無い、威厳や迫力の無い顔。それでも、薄っすらと目を開き彼女の紫苑の瞳をかすかに覗かせるだけで、指揮官が無意識に唾を飲み込んでしまったのは、彼女の底知れなさを理解しているからだろうか?
間抜けながらも恐ろしさを感じさせる彼女の睨みに屈し、指揮官は頬を引き延ばすようにして彼女の顔を抑えることにした。
「オーケーオーケー。この際、どこで酒飲んだかは聞かんがなんで急にそんな事を言ってきたんだ?」
「興味があるからよ」
「好奇心の化け物め!!」
そのまま再び顔を近づけようとするAK-12と顔を背けつつ引き剥がそうとする指揮官。力の強さだけで言えば、戦術人形であるAK-12に部があるが、今は重力の他に力を加えられる要素はない。対して指揮官は下から上へと持ち上げる力を全力で引き出すことが出来る。腕立て伏せでもするようにAK-12は顔を寄せるも、残念ながら今は指揮官に勝てそうにない。
「むむむむ!!」
「んぐぐぐぐ!!!」
そのまま数分間、互いに唸りながら工房を繰り広げていたが、ふとAK-12は顔を寄せようとするのをやめたのだ。
「んっ?」
予想外の行動に驚きながらも警戒は解かない指揮官。AK-12のことなのでこの行動はフェイントであると踏んだからだ。しかし、その予想は外れ、
「嫌……なの?」
彼女の口から出てきたのは普段からは想像ができない弱々しい言葉。
「……」
思わず小さく口を開く指揮官。普段からAK-12を傍に控えさせてる彼にとっても、今の彼女の言葉は予想外だったから。
だって普段のAK-12はどこまでも自信に溢れてて、たまに毒舌で、選ばれし者として確かな実力を持ってそれを奮って、好奇心で自分たちを振り回してーー傍迷惑な所はあるけど、傍にいて面白い存在でーー
そんな彼女から、そんな弱々しい音声が出るとは思わなかったのだ。
「そう……」
何処か寂しげに眉尻を下げる彼女。声色は相変わらず、弱々しく寂しげなまま。そんな声色となったのは、アルコールのせいなよだろうか?
指揮官へと寄せていた腕を立たせ床から手を離す彼女。
ーーああっもう!!
彼女に絆されてしまったのか、指揮官は彼女の頬を包む手の力を強める。まだ、留まれと言わんばかりに。
「なによ?」
珍しく不機嫌なAK-12の声。それは、自分の興味を邪魔されたからか、出来なかったからか、指揮官が答えてくれなかったからか。原因を上げればキリがなさそうなのでここで切り上げる。取り敢えず、AK-12は指揮官の手に込められた意思が伝わったようだ。
「なぁ……」
あのまま放っておけばよかったのに。そうすれば、嵐を無事に乗り越えることができたのに。そう思ってももう遅い。彼は嵐に飛び込むと条件反射で決めてしまったから。
だから、この先のことは決めてない。ここから先も全てが条件反射だ。
「そんなにオレとちゅ、ちゅー、したいのか?」
戸惑うような、少しだけ羞恥を滲ませた声色。
AK-12は品定めでもするかのように薄く瞳を覗かせて、ゆっくりと頷く。
「その……AN-94とかとじゃダメなのか?」
「無理ね」
即答。AK-12を慕うAN-94がこれを聞いたらどんなリアクションをするか、ちょっと興味があるが純粋に哀れみの情も出てきたので、指揮官は心の中で合掌。
「なんで、オレなんだ?」
「こう言うのは、ちゅーしたいって思った時に、すぐに相手として思い浮かべた人とするのがいいって聞いたから」
一体、誰からの入れ知恵なのだろうか。そんなことを言うのは。とは言え、それを詮索している時間は今はない。
「それで、オレか」
「そうよ」
またもや即答。彼女には元々迷いがなかったのだろう。
彼女は答えた。なら、今度は指揮官が答える版だろう。
指揮官は、一つ息を吐く。彼女の好奇心に対する呆れからか、それとも、自分のキモチを整理するためか、それは指揮官にもわからない。
そんな中でも指揮官が何とかわかったのは、彼女と口付けるシーンを想像してみると、小さく口端が持ち上がること。
「……嫌じゃない」
それしか、わからないから、それだけを彼は口に出すと、彼女の顔を抑えてた手の力を抜き、ダランと床へと垂らし力を抜いた。
「ふふっ……」
AK-12と言う美麗な戦術人形の中でどんな感情が渦巻いたのかはわからない。普段だってわからないのに飲酒した状態なら尚更だ。でも、彼女が笑っているのはわかる。何処と無く、否、どこまでも楽しそうに。
「無理しないでいいのよ」
自分という存在に自信があるからこそでる、普段ならよく出している強者としての言葉ではなく、純粋に彼のことを思っての言葉。
彼女に渦巻く感情はわからないが、彼女の言葉に乗っている感情はわかるのは、長い間一緒にいるからだろう。
「……いいさ。無理してない」
指揮官は若干拗ねたように目を逸らして、AK-12の推測を否定する。酔っ払っているとは言え、洞察力は鈍ってない彼女がなんだか恨めしくて。
「そう。なら、遠慮はしない」
AK-12は指揮官の頬に手を添える。アルコールの効果は人形にもでるのだろうか?普段は冷たく感じる彼女の手は、温水に浸ってたかのような温もりを持っていた。
人間、温かさを感じると安らぎを得てしまう。勝手に細まるような仕草を取る瞳が、勝手な体の動き全てが、彼女の前で晒されてしまうと全てが弱みとなりそうで、少しばかり悔しい。
そんな想いは今はねじ伏せて、細まった視界の中で彼女を待つ。彼女の銀糸が指揮官を覆い隠す。まるで彼のことを外界から隔離し独占するかのように。
残り8cm、視界は銀色に埋まる。
残り5cm、彼女の長いまつ毛がくっきりとわかる。
残り3cm、指揮官の中にあった余裕が無くなる。瞳は自然と瞼に押し込まれる。
真っ暗になった世界で。指揮官はただ一つだけ、柔らかな温もりを感じ取った。
♢ ♢ ♢
指揮官が暗闇から解放される。肌を包み込む寒気によって。
ぼんやりと映る視界を指揮官は指で擦って像を合わる。
あの口づけの後、AK-12は電池が切れたように倒れ込んでしまったのだ。彼女が寝息をかいてた事からバッテリー切れでないと判断。単純に緊張の糸が切れてしまっただけだろう。
人形を適当に呼んで彼女を宿舎に送り返しても良かったのだが、夜も遅い事と余計な噂の火種になるのも面倒なので、部屋で寝かしたというわけだ。彼女をベッドに放り投げたところ、わざとかそうでないのかわからないが、彼女に手を掴まれて離してくれなかったので、彼女と同じベッドの中で一夜を過ごして今に至るわけだ。
そのことを思い出し、自分の隣を見やる指揮官。そこに、昨日の闖入者の姿がない。夜中に目が覚めて帰ったのかと思ったが、使ってた布団が無いことにも気がつく。
気だるそうに周囲を見やると、寝室の隅に布団お化けが顕現していた。
ぽりぽりと面倒臭そうに頭を掻きながら近づくと、布団お化けは何やら呪詛を唱えている。
「初めてやるのならもっとちゃんとした状況で」
と、何度も何度も。彼女が何か勘違いしているのか、それとも昨日の口づけの記憶を残しているのかは、指揮官にはわからないし興味はない。
彼に出来ることは、彼女の事を背後から包むように抱きしめ、
「はぁ……」
呆れたように、疲れたように溜息を吐き出し、
「めんどくさいヤツ……」
と、何処か楽しむように表情筋を緩めながら一言をだけだったから。
ミステリアスな面のあるAK-12の更にミステリアスな部分。その部分を垣間見せてくれた礼をするかのように、指揮官はAK-12を抱きしめる力を一層強めるのであった。