ちょっと不思議なAK-12との日常   作:なぁのいも

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【最終話】AK-12との朝

 暗闇に沈んでいた指揮官の意識が浮上する。

 

 横向きに布団に身を預けている彼の瞼が自然と持ち上がり、眼球に光を取り入れ始める。

 

 時刻は朝。指揮官のルーチン通りなら、朝日が出始めた時間帯。何度も迎えた同じ時間の朝。指揮官の体内時計はすっかりと慣され、アラームをセットしなくても決まった時間に正確に起きられるようになったものだ。

 

 彼の視界は真っ白だが、徐々に慣れることで見慣れたワンルームの光景が露わに、露わに…………ならない。

 

 霧がかった頭脳で、何が起きているのかを考える。目の前はずっと白銀。十数秒も経てば、いい加減外界になれても良いはずなのに。

 

 瞼を人差し指で釣り上げる。より多くの光を取り込み、多くの情報を得るために。それでも、目の前は白銀に覆われていて、

 

「うん……?」

 

 指揮官は小さくうなり声をあげる。

 

 すると、目の前にある白銀が中空を泳ぐように揺れる。カーテンの様に視界を隠していた白銀が宙で解け、今まで隠していた指揮官のローテーブルをチラ見せし、また元の白銀のカーテンに戻る。花の蜜のような甘い香りをまき散らして。

 

 宙に泳ぐ解けた白銀は職人が紡ぐ糸のようで、思わず目を奪われてしまった。

 

 けれど、頭を使うことを止めていなかった指揮官は一つの答えに到達。目の前にある白銀のカーテンは、自分の知らない人工物であると。

 

 少なくとも指揮官の部屋のカーテンは真っ白では無い、太陽の光を遮る黒色。指揮官の部屋にある白いモノは、シャツの類いと食器類と白物家電のみだ。

 

 指揮官は集中するように目を細める。目の前にある白銀のカーテンを睨み付けるように。横向きから仰向けへと体勢を変え、頭の向きを布団と水平から天井と垂直になるように動かす。

 

 視線が完全に天井へと向かう途中で、瞳を閉じみている方も心が穏やかになるような――彼女の本性を知っているとそんな気持ちには冗談でもならないのだが――整った顔立ちの女性。否、戦術人形が彼の顔をのぞき込んでいた。

 

 彼の視界を覆っていた白銀のカーテンは、普段は一纏めにしている彼女の髪が今は何にも縛られずに流されていることから出来たモノだったのだろう。そう、彼女が興味を突き詰める時みたいに何にも縛られずに。

 

「おはよう」

 

 口端を上げ、さも当たり前のように朝の挨拶を贈る彼女。指揮官は、見飽きたと言っても過言ではないくらいに顔を合わせている、優秀な彼の副官。

 

「……おはようAK-12」

 

 同時に彼にとって大きな悩みの種である存在。それが、目の前にいる正規軍も採用しているハイエンドモデル、水玉パジャマ姿のAK-12であった。

 

 AK-12は小首を傾け、「ふふっ」とどこか楽しそうに声を漏す。

 

 目の前にいるのは、よく見知った顔。問題児ではあるが、彼も認めた存在。指揮官は大きく息を吐き出す。目の前にいたのがAK-12でよかった、と。

 

 布団に肘を突き、上体を持ち上げる。そのまま窓から差し込む光を浴びながら、「ふわぁ~」とだらしなく欠伸を吐き、朝の空気を肺に取り入れる。

 

 布団から出ても肌寒さを感じず、肺に入る空気も身体に馴染むような気温。エアコンのモーター音が耳に入るので、指揮官が寝ている間に暖房を着けてくれたのだろう。寒さが肌に染みこみ、細胞から凍えさせる季節。その心遣いはありがたい。

 

 固まった身体の目覚めを促してる指揮官にもう一度笑みを向けた後、AK-12はキッチンへと向かう。予め湯を沸かしておいたケトルを手に持って、ティーポッドに注ぐ。茶葉を湯に馴染ませている間に、食器棚から二人分のティーカップを取り出し、ポッドと共にトレイに載せる。

 

「ご飯はもう出来てるわ」

 

 彼女の言葉に促され、ローテーブルに目を向ける指揮官。

 

 テーブルにはカーシャと呼ばれる粥。東洋の粥とは違い塩味ではなく、砂糖を入れ牛乳でご飯を煮た甘みのある粥。指揮官達のいる土地では、なじみ深い料理だ。

 

 指揮官が目を擦りながらテーブルにつくと、AK-12は彼の隣に座る。仲睦まじいカップルがするように、さも当然と言わんばかりに。

 

 AK-12がポッドを手に取り、紅茶を二人のカップに注ぐ。湯気と共に空気に混じる紅茶の香りが、寝起きで鈍い指揮官の鼻腔を擽り、食欲を促す。目の前にある温かな朝食に、重たげだった目蓋が少しずつ持ち上がり、彼の意識が覚醒していく。

 

 見るからに目の前の食事を心待ちにしている彼の態勢。彼の様子にAK-12は「ふふっ」と一つ嬉しそうな声をあげる。

 

「食べましょうか」

「だなぁ」

 

 彼女からの許可に指揮官は間延びした声で応じ、二人はスプーンを手に取る。

 

「いただきます」

「頂きます」

 

 指揮官がカーシャにスプーンを差し込み、一口分を口に含む。

 

 舌はミルクと砂糖の甘味を全体で感じ取り、歯は柔わらかく煮込まれた白米を軽くすり潰す。微かに感じる芳醇な香りはハチミツのそれだろうか?クドさを感じない甘さが、寝起きで重い体にはちょうど良かった。

 

 じっくりと静かに咀嚼して味を確める指揮官を、AK-12は薄らと目蓋を持ち上げ、特徴的な角膜を露わにして見つめる。普段は自信に溢れ、心配の色を滲ませることのない彼女だが、今ばかりは若干の心配を覚えてるようだ。

 

 口に含んだカーシャを指揮官は飲み込み、一言。

 

「美味いな」

 

 その一言を得られたAK-12は、目蓋に瞳を閉じ込めると、口端を持ち上げて笑みを作る。

 

「当然ね。あなたの好みに作ってあるのだから」

 

 当然、と普段の自信溢れる彼女の言葉ではあるが、その言葉の中には安堵の感情が混じっている。そう若干回転が遅い思考回路でも感じ取れるくらいには、指揮官はAK-12の機微はわかっているつもりだ。

 

 ティーカップのハンドルを摘まみ、湯気の立つ水面に息を吹きかけ軽く冷ます。唇を琥珀色の液体に軽くつけ温度を確認。飲める暖かさであると判断した指揮官は紅茶を口に含む。

 

 彼の紅茶には砂糖やミルクなどは入っていない。何も手を加えられていない茶葉本来の味わい。

 

 指揮官の舌を紅茶が浸す。芳醇な香りと渋み、乾いた口内を潤し、温め、寝起きの身体に目覚めを促す。

 

「ふぅ……」

 

 喉を通過した後は、ほどよい暖かさが全身に伝わっていく。指揮官が肩の力を落とし思わず一息ついてしまうのも仕方の無い事だろう。

 

「ふふっ」

 

 たった一口じっくりと味わう指揮官。そんな彼の様子がおかしかったのか、AK-12はスプーンを持った手を口元にあて、声を漏して微笑みかける。

 

 温かい食事と紅茶。目覚めを促す二つの要素によって、指揮官の意識は完全に覚醒する。頭はフル回転を始め、今日のスケジュールに、タスクの割り当て、カリーナに発注する資料、AK-12の興味追及をどうやって躱すかなど、今日一日を無事に過ごすのに必要な情報を整理し始めたところで、一つの疑問が湧いた。

 

 単純なことである。

 

「なぁ」

 

「うん?」

 

 指揮官からの呼びかけに小首を傾げて反応するAK-12。普段は見ることのないかわいらしい仕草。AN-94だったら声を押し殺して感極まるかも知れないが、疑問を解消することを優先している指揮官は気にしないふりをする。

 

 疑問とは本当に単純なこと。

 

「なんで俺の部屋に居るんだ?」

 

 AK-12が何故指揮官の私室にいるか?それも、誰も私室に訪れる筈の無い時間帯である朝に。

 

 グリフィン基地にある電子ロックの全ては、情報戦特化のスペシャルモデルであるAK-12には歯が立たないことはよくわかっている。

 

 なんせ、AK-12は何度も指揮官の部屋に侵入している。仕事から帰ったら、さも当然のように湯上がりのAK-12が出迎えた事なんて、両手の指の数以上にある。

 

 が、彼女が侵入するとしたら、仕事終わり。今まで早朝の時間に侵入してきたことはない。

 

 しかも、モーニングを作って指揮官の目覚めを待ち構えていたという。

 

 食事によって頭の中がはっきりとしてきた指揮官だが、浮かび上がった大量の疑問符によって曇っていく。

 

 感じて当然の指揮官の疑問。

 

「ふふっ」

 

 彼の疑問にAK-12は眉と口を緩め、一段と穏やかな笑みを浮かべ、

 

「これのこと、忘れたの?」

 

 左手の甲を掲げた。

 

 一見すると、AK-12の白魚のような美しい指だけに目が行く。毎日戦地に赴き、武器を握っているというのに、彼女の手の美しさは変わらない。陶芸品のように滑らかで、惚れ惚れしてしまう。

 

 が、一つだけ存在感を示すように光沢を放つ指が。それは、左手の薬指。窓から差し込む朝日を反射し、輝くものが嵌まっていく。

 

 光に焼かれないように瞳を絞って正体を確かめる指揮官。

 

 輝きの正体。それは――指輪だった。

 

「あぁ……」

 

 呆けたような声を出す指揮官。笑みを深くするAK-12。

 

「なるほどな……」

 

 AK-12がここにいる理由を認めたように、うんうんと頷く指揮官。AK-12も同調するようにうんうんと頷く。

 

 納得だろう。彼女が指輪を着けている。それだけで、彼女が朝指揮官の部屋にいる十分な理由になり得る。

 

 指揮官は笑みを浮かべる。AK-12も微笑み返す。

 

「ははっ」

 

「ふふっ」

 

 笑い合う二人。指揮官は唐突に立ち上がり、クローゼットへ向かい開け放つ。

 

 クローゼットの中にあるのは、グリフィン支給の赤と黒を基調とした制服と、微かにある彼の私服。それだけでは無く、片隅には重厚な金庫があり、その上に手のひらサイズのコンパクトな藍色の箱が置かれていた。

 

 金庫はテンキー式の電子ロックでは無く、アナログなダイヤル式。手間のかかるダイヤル式にしたのは、先程語った通り電子ロックはAK-12の支配下にあるからだ。

 

 戦術人形はデジタルな方式には強いが、前世代的なアナログ方式にはめっぽう弱い。その弱点を突く形で、AK-12対策も兼ねてダイヤル式にしたのだ。が、扉が半開きになっていることから、誰かがロックを解いたのは明白。

 

 金庫の中には何が入っていたのか、なんとなく察する事だろう。手のひらサイズのコンパクトな藍色の箱、AK-12が掲げてみせた指輪。

 

 そう、入っていたのは、戦術人形達が指揮官から贈られることを望んでやまない特別な証、『誓約の指輪』。

 

 箱を手に取り、中を開けてみる指揮官。案の定、封入されている筈の指輪は無い。

 

 では、どこにあるのか?わかりきったことだ。AK-12の指に嵌められているのだ。

 

 リングケースを再び金庫の上に置くと、指揮官は笑顔を作る。AK-12も同じように笑みを返す。

 

「ははっ」

「ふふっ」

 

 少しの間、笑声のセッションをした二人。

 

 指揮官はAK-12に笑顔を浮かべたまま、右手を手刀の形にし。

 

 微笑みをうかべたままAK-12の頭へと振り下ろす。

 

 彼女の頭から鈍い音が奏でられた瞬間であった。

 

 

 

「はぁ……全く」

「……上手く行かないモノね」

「当たり前だろ!!」

 

 疲れたと言わんばかりに大きく息をつく指揮官と、悲しげに眉尻を下げるAK-12。

 

 指揮官がAK-12が指輪を見せ着けたときに、彼女が私室にいる理由を理解したのは、簡単。

 

 指揮官はそもそも誰とも誓約していない。

 

 勿論、AK-12ともだ。

 

 更に、AK-12は前科があった。指揮官が指輪を購入し金庫に納めた時、金庫のロックを解除し、勝手に指輪を嵌めたのだ。『よく似合ってるでしょう?』なんて、弾んだ声で指揮官に見せつけながら。

 

 その時も同じように彼女の頭に手刀を食らわせたモノだ。ちなみにその時の金庫がテンキー式の電子ロックだ。金庫に入れとけば安全である、なんてことはこの基地にAK-12がいる限りありえないことをすっかり失念していたのだ。

 

 それ以来、戦闘の報酬や、手伝いの報酬、色んなことにかこつけて指輪を要求してくる様になったのだが、のらりくらりと躱し続けていた。

 

 そこでAK-12は考えた。『指揮官と誓約した後のような生活を演じることが出来れば、指揮官は雰囲気で誤魔化せるのではないか?』と。

 

 思い立ったら即実行。そう言わんばかりに、AK-12は夜中に指揮官の部屋に侵入。人形達にとって天敵であるアナログ式ダイアルロックを長い時間掛けてなんとか解除し、太陽が顔を出す前に朝食を作り、彼の寝顔を眺めて待ち構える良妻を演じていたわけだ。

 

 残念ながら、『私達、とっくにそういう関係でしょ?』作戦は見事に失敗し、指輪は再び没収されてしまったのだが。

 

 肩を怒らせ、怒りと呆れを飲み込むように勢いよくカーシャを食べる指揮官と、すっかりと肩を落とし少しずつカーシャを口に含むAK-12。

 

「どうやったら誤魔化せるのかしらね」

「まずはその考えから直せっての」

 

 困ったように息を吐くAK-12と、呆れたように大きく息をつく指揮官。何とも対照的な構図である。

 

 暫し、無言で食を進めていた二人だが、指揮官からまた口を開いた。

 

「なぁ、そんなに誓約したいのか?」

「さぁ、どうかしらね」

「曖昧なのかよ……」

 

 頬に手のひらを寄せ、大きく息をつく指揮官。まだ一日は始まったばかりだというのに、今日の指揮官はため息ばっかりだ。

 

 困ったように眉を寄せる指揮官のことを、薄らと瞼を持ち上げ横目で観察するAK-12。疲れたようにこめかみを掻く彼をみて、また瞼を閉じると。

 

「ふふっ」

 

 何処となくご機嫌な声を漏す。

 

 それが、AK-12の手のひらの上で言いようで気に入らない。

 

 指揮官は彼女に一泡吹かせるため、

 

「あっ……」

 

 唐突に彼女の身体を抱きしめた。

 

 あまりにも突然なことに、情報の処理系統が一瞬おちてしまったらしい。AK-12は手に持っていたスプーンを落とし、スプーンと食器が甲高い音を奏でる。

 

 耳障りな音。今の指揮官にとってそれは勝利のファンファーレのように聞こえて何処か心地よい。

 

 腕の中に収まったAK-12。彼女の顔の温度が上昇しているのが不思議とよくわかる。

 

 嫌がるそぶりを見せない彼女。自由になっていた手を少しの間空中に踊らせていたが、

 

「ん……」

 

 手を置くポジションは彼の背中なのだとわかり、彼の背に手を添えた。

 

 珍しく動転している彼女が、何とも愛らしい。普段は自信に溢れ、指揮官やAN-94を容赦なく振り回してくるくせに、意外な手を打たれると身を委ねるようにするのが何ともかわいらしい。

 

 AK-12に振り回されるようになってから何とも不思議な生活が続いた。

 

 最初は、彼女の興味や無茶ぶりに振り回されてうんざりとしていたが、不思議と今はそんなことを思わなくなっている。

 

 今は興味を突き詰めようとしてる彼女をみて、心の奥底が温まるような感覚を覚える。

 

 彼女は本当に不思議な存在なのだ。

 

 別に指揮官もAK-12も、お互いに面と向かって好意を伝えたことは無い。それなのに、自然と深くわかり合え、身を委ね合うことに安心感を強く覚える。

 

 AK-12のことをどう思っているかと聞かれたら指揮官はこう答えるだろう。

 

 ――あいつは、かけがえのないやつだよ

 

 と。AK-12がいないところで。もっとも、AK-12の事だから、ひっそりと聞いているかも知れないが。

 

 指揮官が、指輪を勝手に嵌め誓約したのだとAK-12が言い張ることを許してない理由は唯一つ。

 

 自分からAK-12へと指輪を渡したいから。自分の意思で、彼女へと。

 

 そんな男心をAK-12は理解してくれる日が来るかは甚だ疑問ではあるが、実現できるまでこのやりとりを続けるまでだろう。

 

 指揮官がAK-12を抱きしめる力を強める。腕の中に彼女がいることを認めるように。

 

「不思議なやつ……」

 

 その言葉を言う彼の語尾には、ひっそりと紛れ込んでいた愛おしさを示すかのように弾んでいる。

 

「ふふっ」

 

 彼の腕の中に収まるAK-12が嬉しそうに声をあげる。

 

 AK-12は指揮官から伝わった愛おしさを返すような、心からの笑みを浮かべていたのだが、彼がその微笑みを真っ正面から見ることが出来るのは、もう少し先の話、かもしれない――




一応、最終話です!
もしかしたら続き書くかも知れませんが、今はここまでで。
応援、ありがとございました!
シチュエーションとかお伝えしてくれると続き書けるかもです!
本当に、本当に、ありがとうございました!!
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