なくなってもくれない。
(命題:過去は追い越せない)
東歴×××年。
魔女による世界に甚大な傷跡を刻んだ戦争が終わり、各地で復興の兆しが見え始めた時代。
とある地方の閑散とした小さな町に少女はいた。
エラ・ロードピス。
それが少女の名前であった。
元々はどこかで拾われた戦災孤児であったらしいが、物心ついた時から義母トレメインと二人の姉ゼゾッラとドリゼラとともに暮らしていた。
町と言っても現代においては時代錯誤もいいとこで、その外観はさながらウェスタンの装いであった。
大地は荒れていたが、枯れているわけではなく、井戸も機能していたし、月に何度かは商人の隊が町を訪れることもあり、その外観とは裏腹に困窮を感じたことはなかった。
それはエラがこの町以外の外を知らないからこそ感じられるものであったが、同時に彼女はそこまで外の世界に憧れもしなかった。
そんな古めかしくも懐かしい町並みがぼやけて消えた。
ゼゾッラはエラの一番の姉で、二番目の姉ドリゼラにも慕われているよく出来た人物だった。
魔術に長け、義母トレメインから教わった結界術にも適応し、将来はさぞかし偉大な魔術師になるだろうと町の人たちはまるで我がことのように自慢げであった。
エラとは違い好奇心も高く、二人の妹は暇さえあればゼゾッラの外の世界に対する空想混じりの情景を聞かされていたりもした。
そんな姉であるが、実際のところ結構メンドーな部分があることは家族以外、誰も知らないのだ。たぶん。
例えば、
「町の外ではサングラスっていうのは流行っているらしいのよ!」
そう言っては行商人から購入した分厚い
少し顎を上げ、腕を組んで「フフーン!」と得意気に鼻を鳴らすゼゾッラの姿は愛嬌があり、またサングラスの似合わなさがかえってよく馴染んでいた。
「どう? どう? 似合う?」
「う~ん……」
「似合わない?」
「似合わなくはないけど」
「ないけど?」
どうなんだろうか。
言葉を探してみるも適切な表現が浮かんでこない。
とてもいいと思うは?
具体性に欠けている。
姉さんは流石ね!
具体性に欠けている。
かと言って下手に褒めるとそのまま外に出ていきかねない。
それはまずい。姉の威厳が失墜急降下だ。そうではなくともサングラスがこの町で流行してしまえば住民の皆さんがこぞってサングラスをかけだしてサングラスが名物の町なんて言われてしまいかねない。それは嫌だ。何か嫌だ。住民全員が一様にサングラスかけて生活している光景なんてそれはもう一種のホラーでしかない。
正直に言おう。
「ごめん、やっぱり似合ってないと思う」
「そ、そんなぁ……!」
サングラスを押し上げて残念がる。そんなゼゾッラを見て、エラは小さく笑う。
ゼゾッラもころころと笑うエラに釣られて笑っていた。
短く切り揃えた銀色の髪が揺れる。
エラの
「それで、本当のところはどう?」
「うん、やっぱり似合ってない。これっぽちも」
「そんなぁーーーっ!?」
うるぬがぁー!
悔しそうな表情で天を仰ぎ奇妙に吠えるゼゾッラの、その勢いで揺れる胸部に半目を向けたまま、
「まっっったく似合ってないよ!」
冷たい視線を送りながら言葉の力を強める。
毎日同じ食事なのに、なんであんなに差があるんだろう。
立て鏡の前で何度もポーズを決めて「これなら似合ってそうな感じが」などと呟く姉を見ながら、エラはこの世は理不尽だなと思うのであった。
そんな姉の横顔が遠ざかり、灰に覆われて見えなくなった。
⁎
次女ドリゼラは内向的な性格をしていた。
長女ゼゾッラと比べると太陽と月のようなもので、ゼゾッラがよく家の外に出ている一方で、ドリゼラは一日の殆どは自室に籠っている。
彼女が明確に外に出るのは行商人が町に訪れる時くらいのものだった。
ドリゼラの自室は地下に設けてある。
元々は物置として利用していた無駄に広い空間で、若干持て余していたことに目を付けたのだ。
それは地下室を自室にする為に、大掃除を始めた日。
ある程度の荷物を土魔術を使用して隅へ端へと追いやり、壁を生成し区切ることで空間に部屋を作りだしていた。
その瞬間を見ていたゼゾッラは感嘆し、エラもまたその手際の良さに驚いたものだ。
「普段あんなに動かないドリゼラ姉さんがすごく動いてる!」
「幻覚!? これは幻覚なの!? あのドリゼラがテキパキ働いているなんて!」
「ちょっと……人の働きに対して……第一声が、それはどうなの……」
顔を覆う伸びに伸びた銀の長髪の隙間から片目を覗かせて不服そうにドリゼラが呟く。
ぼそぼそとした声だが、不思議と聞き取れないということはなかった。
ドリゼラの背後では床や壁から生えた土くれの腕が連なり、その手に荷物を掴んではリレーのように次の腕へと渡して荷物を運んでいる。
それらはドリゼラの得意魔術である土腕である。
文字通り大地を素材として腕を生成する魔術で、土腕はその通称であり、素材によっては土以外の腕が生成される。セメント腕とか鉄腕とか。
経験上、拳骨がとてつもなく痛いことをゼゾッラとエラはよぉ~く知っていた。
ただ、それはそれとして、
「でもデザインセンスは皆無ね!」
「そうだねゼゾッラ姉!」
ちょっかいをかける。姉妹間におけるおふざけの野次だ。
「二人とも……」
野次を背に受けていたドリゼラが振り向き、片手で術式陣を軽く叩いた。
ゴァッ!
直後、天井から土腕が生えた。太くて硬くて大きいサイズだ。
手のひらに埋め込まれた眼球がゼゾッラとエラの姿を認識すると、瞳の形の逆Uの字に変えて、拳を作った。やはり太くて硬くて大きいサイズだ。
「いい加減……殴る……わよ?」
妙に圧のある小声に、二人は一度お互いを見合わせて、
「「お邪魔しましたぁーーー!!!」」
ほぼ同時に、揃って頭を下げて、階段を駆け上がり地下室から退散するのであった。
「まったく……」
迷惑そうな、しかし満更でもないような嘆息。
背後に連なる土腕に向き直り、仕事を再開しようとして、
「あの~」
声がかかった。
見れば、ゼゾッラが顔半分を覗かせてこちらを見ていた。
悪ふざけとは言え、逃げた直ぐに後に戻ってきてのでバツが悪い。そんな表情をしていた。
「なに……?」
「あの、お手伝いすること、ないかなって」
「ない……」
「そ、即答!?」
「……こともない」
「あった! なになに?」
訊くと、ドリゼラは土腕を使ってアレやコレやソレを指さす。
どれも大型の荷物だ。ゼゾッラも多少の魔術の心得はあるが、筋力強化系の術式を施しても苦労するくらいには重量があることを悟った。
「あの、これ、もしかして……」
「全部……外に出して……不要だから……」
「うぅ~やっぱり~」
さっきの意趣返しとでも言いたげな微笑を浮かべていた。
言葉に対して物理で返してくる。いやらしい!
「大丈夫……あなたでも……四苦八苦して……ようやく……運べる……」
「ぜんぜん大丈夫じゃないんですけどーーーっ!?」
エラの嘆きが地下室に木霊し、それを聞いたゼゾッラが慌てて舞い戻ってきたところを土腕の加減された拳骨でお出迎えされた。
慕っていようがこういう時には容赦がないドリゼラは、そんな二人を見て静かに笑っていた。実にいやらしい。
それでも応急箱を準備しているので、何だかんだで優しい。
「ごめん……なさいね……度が過ぎた……」
謝られたが、元より悪いのはゼゾッラとエラの二人だったので文句の一つも言えないのであった。
覚えているのは、湿布を貼るドリゼラの手が、温かった。
そんな姉の前髪から覗いた優しい顔が遠ざかり、灰の向こうに融けて消えた。
「ところであれ、エラに頼むんじゃなくて土腕で運べたんじゃない?」
「エラ……鍛えて損は……ないのよ……あなた……もっと……鍛えないとね……」
「それはドリゼラ姉さんだよぉ!」
でも地下室に続く階段は木製なので木腕になるし、荷物の中身は詰められた鉄鉱石だったので完全に重量オーバーだった。
試しに持ち上げようとしたドリゼラ姉さんは僅かに持ち上げた隙間に足を挟んで力尽きたたのであった。
ゼゾッラ姉さんは普通に肩に担いだ。
筋力強化系は元々の筋力を引き延ばす程度のものなので、つまりゼゾッラ姉さんはゴリラであることが証明された。それを言ったら怒られた。
「当たり前……」