社畜は作り物の檻で幸せを願う   作:さくららんらんぼ

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幸せの終わり

──やばい。何がやばいかって?端的に言うなら命の危機。

 

「今回は残念だったわね、マリー。明日は頑張ってね。」

 

ママがそう言って頭を撫でてくれる。嬉しい。けれどママ、明日なんて悠長な事言ってる場合じゃない。

 

ママは気が付いていないと思うけれど、私は原作を知っているから。─このテスト、そしてスコアから導き出される本当の意味を。

 

 

 

…やべぇ。出荷(ころ)される。

 

 

 

満点の半分、150。私は結果が書かれた紙を握りしめながら、昨日寝落ちした自分を呪った。

 

 

 

 

ここに来て、一番頭を悩ませたこと。…それは言わずもがなテストである。

 

ここグレイス=フィールドハウスの子供達は毎日テストを受けるのが決まりだ。一応建前は『学校の変わりに』となっているけれど、その実は食用児の質の向上、そして出荷順を決めるためだけに行われるものだ。

 

毎日行われるそのテストで、スコアが低い者から順に“収穫”されて行く。つまり、死にたくないのなら高いスコアを取り続けるしかないのだ。

 

私はそれに酷く苦戦していた。

元々頭はいい方じゃない。家が貧乏過ぎてろくに学校も通えていなかったから。辛うじて中学は卒業したけれど後はずっと働き詰めだったし。

 

5歳の時に記憶を思い出してからずっと必死に勉強してきたけれどやっぱり上手くいかなかった。何とか半分は取れるもののそれ以上に点が上がらない。

 

せいぜい180が限度の今のスコアでこのまま行けば…10歳になるまでには出荷されてしまうだろうと、予想は付いていた。

 

 

 

 

「ごめんエマ、今日の鬼ごっこはパスで。」

 

すれ違ったエマにそう声をかけると、エマは驚いたようで目を瞬かせた。ここ最近は体力向上のために毎日参加していたから、私が抜けるなんて思わなかったのだろう。

 

「どうしたの?体調悪い?」

 

「ううん、その、テストの点が悪くて…」

 

エマは心当たりがあったのか、そっかぁと納得してくれた。

 

「頑張ってね、マリー!」

 

そう言いながらエマが手を上げる。エマに合わせて手を上げるとぱちん、と掌が合わさった。ハイタッチをしてくれたらしい。

 

エマはハイタッチをすませると「じゃあまた今度ね!」と手を振りながら走っていってしまった。きっと庭へ行っていつも通り鬼ごっこを始めるんだろう。

 

「…エマは凄いなぁ…」

 

思わずそう呟いてしまった。エマは外遊びを好むけれど、勉強をしない日は1日も無い。ノーマンやレイのようにあからさまではないけれど、彼女も努力をする人なのだ。

 

…私も頑張らないと。そう決意をし直して勉強道具を手に図書室へ向かった。

 

 

 

図書室のドアを開ける。どうやらまだ誰もいないらしく図書室は静まりかえっていた。

私は適当な机を見つけると、ママから貰った宿題を上に広げた。宿題はママに無理を言って用意してもらったものだ。

 

まだ時間があるなんて呑気に構えてはいられない。1問でも2問でも出来る問題を─…生き残る確率を増やさないと。

 

 

 

──カリカリと自分が滑らす鉛筆の音が反響する。外からはうっすら皆の歓声が聞こえていた。

多分鬼ごっこが始まったんだろう。今日の鬼はノーマンかな。それともエマかな。またコニーが転んで怪我とかしてないかな。ギルダとドンは揉めてないかな。

 

…あぁ、ダメダメ。集中集中。気合いを込めてぱちんと頬を叩く。痛い。

 

もう一度宿題を広げて、私はもう一回問題と向き合った。

 

 

 

 

『マリー!ほらこっち!こっちから逃げるんだよ!』

 

 

 

そう言えば、初めに鬼ごっこを教わったのはダリアからだった。まだ上手く走れない私の手を引いて一緒に走ってくれたんだ。ダリアは心強かったなぁ。頭も良くて、足も早くて。

 

「っ、いだっ」

 

ごちん。無意識のうちに手を滑らせて頭を打ってしまった。思い切りぶつけたせいか結構痛い。

くそ、また集中出来てなかった。…自業自得だけど。

 

ズキズキ痛む額に手を当ててみる。どうやらたんこぶは出来ていないらしい。セーフだったかとほっと息を吐いた。

 

 

何だか最近、ふとした時にダリアのことを思い出すことが増えた。その度に悲しくなるのに、思い出してしまうのは何でだろう。…私の死期が近いからだろうか。

 

 

ええい、待て待て弱気になるな。私はぶんぶんと頭を振ってネガティブな考えをを追い出そうとした。けれどその度に、ダリアの笑顔が頭によぎる。

 

…ダリアは殺された。多分スコアの成績が落ちたからだ。そう言えば里子に出される何日か前も、ダリアは最近テストの調子が悪いって嘆いていた。

 

ダリア程の女の子でも、呆気なくあっさりと出荷されてしまう。なのに、私なんかが生き残って行けるのかな。

 

 

ノーマンもレイもエマも、もう頭角を表している。この間も3人ともフルスコアを取ってママに褒められていたから、きっとママも期待してる。三人は十二歳まで出荷されない。生き残る。

…けど、私は?フルスコアどころか200すら取れていない私は?

 

 

最後まで生き残れる?…十歳になるまでに殺される?

 

 

 

 

「…死ぬのかなぁ…私…」

 

 

「何で死ぬんだよ。大袈裟だな」

 

 

唐突に声が響く。びっくりして顔を上げた。

 

え、待って、うそだ。全然気配なかったじゃん。誰も居なかったじゃん。この時間に人がいるなんて聞いてない。

 

 

「レイ…いつから…」

 

「お前がため息を付いて宿題を広げた辺りだな。」

 

「……最初からじゃん……」

 

 

いつの間にか目の前の席に座っていたレイが、ぺらりと手に持った本のページを捲る。そうだ、レイの存在を忘れてた。レイは最近図書室に入り浸ってたんだった。

 

なんてことだ。つまり私があーだのこーだの悩んでグダグダやってる所も見られてた訳だ。なんてこった。穴があったら入りたい。入らせてください。

 

恥ずかしすぎて顔を上げられない。気まずい沈黙が図書室に落ちる。もうダメだ撤退しようと席を立とうとすると、レイが口を開いた。

 

 

「…んで、どこが分かんねぇの。」

 

「えっ」

 

思わず変な声が出てしまった。レイが早く言えと目線で訴えかけてくる。

 

 

 

「…テスト、悪かったんだろ。少しくらいなら見てやるから。」

 

 

 

レイの後ろに後光が見えた。神様かよ。知ってた。

 

 

「…あ、ありがとう。」

 

 

早くお礼をと口を開いた結果、口元が緩んでしまった。しまった油断してた。慌てて表情筋を戻そうと苦戦していると、レイが頬杖を付いて言う。

 

「…早く出せよ。」

 

むすりとした声音に機嫌を損ねてしまったかと思ったけれど、レイの頬は心無しか色付いているように見えた。

 

…これはもしかして照れ隠しかな。そう思うと微笑ましくて、文句を言う気もなくなってしまった。

 

 

レイは意地悪なところもあるけれど、本当に困っている時は手を貸してくれる。一見兄妹にも無頓智なように見えるけれど、本当は誰よりも気をかけていることを知っている。

 

必要ないものは切り捨てる冷酷さを持ちながら、情を捨てきれないお人好し。

 

そこがレイの良さであって、そして短所なんじゃないかと。私は勝手に思っている。

 

 

 

 

 

 

「へぇー、マリーが鬼ごっこに来なかったのそう言う理由だったんだね。」

 

 

 

 

 

 

 

突然、後ろから声が聞こえた。ぽんと肩に手を置かれ思わず椅子から立ち上がってしまう。

 

恐る恐る振り返る。後ろに立っていたのはにこにこと笑うノーマンだった。…全く気配が無かった。忍者なの?それとも単に私が鈍感なだけ?

 

レイを見ると、驚いたようでぱちぱちと瞬きを繰り返していた。ノーマンには気付いていなかったらしい。

 

「さっきエマにマリーが鬼ごっこに参加しないって聞いてね。何かあったのかな〜って思って、来ちゃった。」

 

びっくりした?とノーマンが聞いてくる。びっくりしたどころか、心臓が止まるかと思った。

 

相変わらず笑みを崩さないノーマンの考えてる事がイマイチ分からない。ノーマンは何だかんだエマといることが多いから、てっきりエマと鬼ごっこしてるかと思った。

 

 

「そう言うことなら一人より二人で教えた方が効率いいよね。ね?レイ」

 

 

ノーマンがレイの肩に腕を回す。レイは辛うじて返事をしていたものの、目が思いっきり死んでいた。さっきのノーマンは心臓に悪いよね。分かる。

 

 

「僕も手伝うよ。何でも聞いて?」

 

 

ノーマンがそう言ってくれたので、ノーマンにも勉強を教えてもらうことになった。ここにはもしかしたら神様しかいないのかもしれない。

 

 

 

自由時間の間中、私は二人につきっきりで勉強を教えて貰った。さすがに自由時間いっぱいは申し訳ないと断ろうとしたけれど、ノーマンに自分の勉強にもなるからと言われてしまうと何も言えなかった。借りを作ってしまった。いつか二人に恩返ししなければ。

 

ノーマンとレイの教え方には無駄がない。分からないと言えば解説と、どうしてそうなるかまで細かく教えてくれる。

 

目から鱗な計算方法とかも教えて貰って、あぁだからこの二人は天才なのかと妙に納得してしまった。多分二人とも恐ろしく頭の回転が早いのだ。常人なら10で済ましてしまうところを100も200もこなしたり、めちゃくちゃ密度の濃い10を発見してしまう人。

 

そんなこんなで自由時間が終わる頃には、私はすっかりどんな問題も解けるようになっていた。

 

 

 

「レイ、ノーマン、本当にありがとう。助かったよ。」

 

私は自由時間が終わる頃、二人に感謝の意を込めてそう声をかけた。

 

「どういたしまして。マリーの力になれて良かったよ。」

 

ノーマンが微笑みながら言う。あぁ、ノーマンの背後にも後光が見える。ありがたや。

 

「また分からなくなったら言えよ。俺でもノーマンでもどっちでもいいから。」

 

レイもそう声をかけてくれる。心無しか機嫌が良さそうだった。久しぶりに3人で話したし、楽しかったかのかもしれない。

 

 

…もしまた二人に教えてもらえる機会があったなら、今度はエマにも声をかけよう。ドンやギルダを呼んでも良いかもしれない。きっと皆でやればもっと賑やかで楽しくなる。

 

 

「ねぇ、マリー。」

 

ふとノーマンに話しかけられた。部屋に戻りかけた足を止め、振り返る。

 

 

「…僕って脈ありかな?」

 

 

「ばっ…!?」とレイが声を上げた。一瞬言われた意味が分からなかった。

…脈ってアレだよね。手首に指を当てて計るやつ。

 

 

「…生きてる限りあるんじゃない?」

 

 

ブハッとノーマンが吹き出した。どうやらツボに入ったらしく笑い転げている。どこに笑う要素があったんだろう。やっぱり天才はよく分からない。

 

笑いながらノーマンがレイに耳打ちした。レイが体をこわばらせる。何かノーマンがレイに言ったように見えたけれど、私にはよく聞こえなかった。

 

「じゃあマリー、また明日!明日のテスト頑張ってね。」

 

ノーマンが笑いながら去っていく。その姿が図書室から居なくなったところで、レイに肩を掴まれた。

 

 

「…マリー、これから絶っっ対アイツと二人っきりになるなよ。」

 

「え、なんで?」

 

「何でも!」

 

 

レイの形相があまりに必死だったので、私はとりあえず頷いた。

…なんでレイがそんなことを言い出したのかは結局分からなかった。ノーマンに言われた何かのせいかもしれない。

 

 

 

 

 

「それじゃあ、結果を返すわね。まず──」

 

 

どくんどくんと心臓の音が鳴る。私は腕を組んで天へと祈るポーズを取った。

 

勉強会効果か、今日のテストは信じられないほどスラスラと解けた。きっと昨日よりはスコアが上がっている…筈だ。

 

ただ問題は、180を取れても安心出来ないことだ。確か原作ではドンやギルダも200に近いスコアを出していた筈だから。10歳以上は200に近いスコアを出さないと出荷なんてことも十分にありえる。

 

出荷の目安が分からない以上、下手に慢心は出来ないのだ。

 

 

あぁ、神さま仏さま。どうか150ではありませんように。せめて180は取れていますように。まだ死にたくない。まだ生きていたい。

 

お願い神様。どうか、どうか──…

 

 

 

その時ポコンと頭をはたかれた。驚いて頭を抑える。降ってきた先を見上げると、私を叩いたのは呆れ顔のレイだった。

 

 

「…バカ。呼ばれてんぞ。」

 

 

前を向く。エマとノーマンがこちらを向いて笑っている。エマがぶんぶんと手を振って、ノーマンがこっちこっちと手招きをしていた。

 

前に立ったママが満面の笑みで、両手を広げて待っていてくれる。

 

 

「やったわね、マリー!フルスコアよ!」

 

 

ぎゅう、ママが抱きしめてくれた。ノーマンが良かったねと声をかけてくれる。エマがやったー!と抱きついてくれる。レイが頭を撫でてくれる。

 

 

 

…え、フルスコア?フルスコア、取れたの?私が?

 

 

 

「…よ、かっ、た、」

 

 

出した声は意図せず震えた。ひくりと喉が鳴って、遅れて涙が溢れた。

 

三人は笑って、しゃくりあげる私の背中を撫でてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

──どこか私は、心のどこかで現実逃避をしていたのかもしれない。

 

 

ハウスでの時間は、信じられない程に酷く穏やかで、ゆっくりなものだったから。

 

 

ここが本当は『農園』で、ここにいる兄妹達も食べられるために育てられているなんて。とてもじゃないけど信じられなかったから。

 

 

 

──だから、きっと。ここはグレイス=フィールドハウスじゃなくて。約束のネバーランドの世界じゃなくて。

 

 

 

本当はただの、幸せな孤児院なんじゃないかって。

 

 

 

 

 

 

 

「皆聞いて。お話があるの。実はね、」

 

 

 

 

 

 

「──コニーの里親が決まったわ。」

 

 

 

 

 

 

カツン、と持っていたコップを取り落としてしまった。頭からペンキをぶちまけられたように、思考が白に染まる。

 

 

おめでとう、と口々に上がる賞賛の声。盛り上がる輪の中心で、嬉しそうにはにかむ小さな妹。

 

 

 

 

 

その娘が辿る残虐な運命を──知っていながら私は、何も変えられない。

 

 




ノーマンがレイに耳打ちしたのは「マリーって面白いよね」でした。
ノーマンは確信犯。
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