アーチャーは早朝から朝食作りに孤軍奮闘していた。
夜が明けない内に桜から電話があり慎二が高熱の為に足を滑らせて河原に落ちて両足を骨折したと連絡があった。
「ごめんなさいね。今から病院に行って必要な物を聞かないといけないの」
そして、士郎の方は一晩の内にラインも太くなった様でセイバーの魔力供給に体力を奪われて料理が出来る状態ではなかった。
残る凛は元々が低血圧で朝は苦手なのに、昨晩、遠坂邸から帰ってからアーチャーにラインの繋ぎ方で夜遅くまで説教をされて寝不足なのである。
「ふん。死後も藤姉の為に朝食を作る事になるとは!」
生前に誰かに食事を作って貰った記憶が無いのである。摩耗した為に記憶が見つからない為だと思いたいのである。
「筑前煮、揚げ出し豆腐の餡かけ、だし巻き玉子、納豆に味噌汁。これ位で良かろう」
朝食の準備が出来ると牛乳を片手に凛を起こしに行く。
凛が目覚めると牛乳を差し出して飲ませるとふらつく凛を洗面所まで誘導する。
(私は何の為に冬木の町に召喚されたのだ)
サーヴァントを日本語に訳すと従僕である。その意味ではサーヴァントの仕事として間違いないのだが、色々と考えたくなるアーチャーであった。
「アーチャーには苦労を掛ける。感謝する」
セイバーから感謝されるだけマシだと思う事にした。
「ふん。問題無い。私も元は市井の民の出身だからな。料理等は苦にならん」
アーチャーの指示で配膳の手伝いの終わった頃に士郎と凛が現れた。
「衛宮君。体の調子はどう?」
「なんか。両手両足に重りが有るみたい」
「直ぐに慣れるから安心なさい」
「はあ。昨日の仕返しに牛乳を飲みに来た遠坂先輩にセクハラをしてやるつもりだったのに!」
「それは残念ね。正義は勝つ!」
何処が正義なのかと士郎とサーヴァント2人は思ったが口にはしなかった。
「士郎おはよう!」
玄関から大河の声がする。桜が居ないが何時もの日常が始まった。
「今日は朝から気合いが入っているわね」
朝食を見ての大河の感想だが、味も素晴らしいのであった。
「本当に筑前煮も美味しいわ」
凛の言葉は社交辞令では無い。本当の感想である。
「この様な食文化と作り手には感謝を」
飲食店を荒らし回る昼食を摂っているセイバーもアーチャーの手料理は格別であった。
朝食を済ませると大河は何時もの様に出勤して凛とセイバーが後片付けをする横で士郎が夕食の米の支度をしている。
「じゃあ。行ってきます」
凛と士郎が登校しながら、今晩の予定を相談する。
「先に間桐の家から交渉するべきだと思うけど、遠坂先輩の意見は?」
「私も衛宮君の意見に賛成だわ。もし、間桐さんが家にいたら私か貴方の何方かが間桐さんを引き付けて残る方が臓硯と交渉ね」
「へぇー。桜先輩のお祖父ちゃんは臓硯というのか」
凛は無知な士郎に頭を抱えたい衝動を抑える。
「交渉役は私がするわ。貴方は間桐さんを引き付けて」
ここで終る様な殊勝な性格でないのが凛である。アーチャーに言わせると悪魔の微笑みをして士郎を誂う。
「二人きりになるからと言って、セイバーから学んだ事を間桐さん相手に実践したら駄目よ」
途端に顔を赤くした士郎からの手から逃れると高等部の校門に逃げ込む。
(凛。君という女性は年下の少年にも容赦が無いな)
霊体化したアーチャーが呆れた口調の念波を凛に送るが凛は涼しい顔である。
(仕方ないでしょ。衛宮君たら誂うと可愛いんだから)
凛から可愛いと評された士郎は翌朝こそは仕返しで凛にセクハラをしてやろうと決めていた。
(父さんが女の子に親切にしないと損をすると言っていたけど、親切にしても損をしてるぞ!)
亡き養父に疑問を投げ掛けながらも士郎は中等部の校門を通る。
士郎が校舎に入るのを確認すると中等部の敷地周辺を索敵してから、日課となった飲食店巡りを始めるセイバーであった。
一方、日課とされた飲食店は深刻なダメージを受けていた。
2日間で犠牲になった店舗は6軒になる。料金無料に賞金まで持っていかれては損害も大きいのである。
特にチェーン店では達成に対する赤字を店長が負担させられる場合も多いのである。
「毎日、3軒も梯子されては話にならぬ」
「話題になっても、あの白い奴が話題になるだけで店のメリットにならん」
「既にサクラ疑惑も出ている」
「小娘1人も潰せぬとは情けない!」
嘆く店主達を嘲笑する者がいた。
「お、お前は!」
「香港亭冬木支店の店長!」
「ふん。チェーン店の店長如きが偉そうに」
新都飲食店協会は10年前の大火以来、チェーン店の出店は少なく個人店の店主達はチェーン店の店長達を経営の苦労を知らぬ者として一段低く見る傾向があった。
故に香港亭冬木支店の店長の嘲笑は彼らの神経を逆撫でするのである。
「よほど。自信が有るようだな」
協会長は挑発には乗らずに値踏みする様に問い掛けた。
「自信ではなく確信ですよ。それと余裕ですかな」
挑発に乗らない協会長を更に挑発する。
「大言したからには実践して貰おう」
「他愛ない。では私は仕込みがあるので失礼します」
店主達はセイバーに向ける憎悪の視線を店長が出たドアに向けるのであった。
「宜しいので?他所者に大口を叩かせて!」
「構わん。所詮は勤め人の給料取り。奴が白い悪魔を倒した後にキャンペーンから奴の店を外せば良いだけよ。然すれば3ヶ月もせずに奴は降格なり他店に飛ばされるわ」
聖杯戦争と関係無く陰惨な戦いが新都では起こっていた。
そんな事も知らないセイバーは派手な呼び込みをしている。飲食店を発見した。
「大盛炒飯7皿30分以内に完食の方には料金無料、賞金三万円ですか。」
店の外からは中華鍋が大きく振られて鍋の中の米が宙を舞っているのが見えた。
「なんと、世界は広い。見事な技を持つ者が居るものですね」
セイバーが迷わずに入店すると店内の客がざわめいたのである。
「おい、昨日のステーキハウスの娘じゃないか!」
「その前の日もカレー屋で完食したらしいぞ」
僅か2日間でセイバーは新都のサラリーマン達の間では有名人になっていた。
「大盛炒飯に挑戦したい」
店内に居合わせたサラリーマン達から歓声が挙がる。彼らのは新都での新しい伝説の目撃者になれる事を喜んだ。
「おい。何時もの大盛より多くないか?」
「チャレンジ用だろ」
常連達の指摘は正鵠を射ていた。実は香港亭グループのマニュアルでは炒飯は通常300グラムで大盛は150グラムを足す事に決められていた。
しかし、冬木支店では通常の炒飯は250グラムで大盛では、100グラムを足すだけであった。
今、セイバーの前に出された炒飯は正規のグラム数より更に50グラム多く盛られていた。
「ふむ。日本は本当に豊かな国です。ここまで米料理を昇華させるとは」
セイバーは店側の陰謀に気付かないまま炒飯の味に感嘆するのであった。
一皿目、二皿目と苦も無く平らげて行くセイバーであったが最初に異変に気付いたのはギャラリーのサラリーマン達であった。
「なあ。あの皿、お代わりする度に皿が一回り大きくなっていないか?」
「確かに大きくなっている気がするな」
セイバーが三皿目を完食して四皿目が運ばれた時にギャラリーから抗議の声が出る。
「おい。卑怯だぞ。皿が一回りずつ大きくなっているじゃないか!」
「そうだ。正々堂々と勝負しろ!」
セイバーが片手を上げて怒るサラリーマン達を制止する。
「私は一向に構いません!」
セイバーの言葉にギャラリー達が驚く。
「最初から皿と料理の量が増えていたのは気付いてました。私は店側の厚意と思って感謝していたぐらいです」
流石にセイバーの発言には店側もギャラリー達も驚愕したのである。
そして、セイバーは再び炒飯を口に運ぶのである。
「外人さん。格好いいぞ!」
「こんな店、食い潰してしまえ!」
セイバーはギャラリーの応援を受けて残り時間を5分以上残して7皿の炒飯と7杯の中華スープを完食したのである。
盛り上がるギャラリー達から送られる声援に片手を上げて応えるセイバー。
更にギャラリーが熱狂的な声援をセイバーに送るのである。無駄にカリスマ性を発揮している。
セイバーが声援に応える中で1人の男が敗者とは思えない暗い勝利の笑みを浮かべていた。
セイバーは既に悪辣な罠に嵌まっていたのだ。一回りずつ大きくなり皿や通常より多い炒飯の量等は卑劣で悪辣な罠から注意を逸らす囮であったのだ。
真の罠は付き合わせの中華スープだったのだ。通常より片栗粉を多めに使いトロミがついたスープを飲めば体内で直ぐに吸収されずに胃の中に留まるのである。
更に大量の炒飯が胃の中でスープを吸い、数倍に膨らむのである。
常人なら店を出た所で胃痙攣を起こす罠であった。
しかし、セイバーの腹部を見た瞬間に男の笑みも凍りつくのである。
あれだけの大量の炒飯とスープを食せば物理法則に従い腹部が大きく膨らむ筈である。
男は魔術を知らない一般人であった為にサーヴァントの存在も知らなかった。
サーヴァントが食事をしても全てが魔力に変換されるのであった。
男の目論見は見事に外れたのである。後日、居合わせたギャラリーの数人が本社に抗議の電話を入れた為に男は全ての悪事が露見され処分される事になる。
セイバーは我知らずに社会に蔓延る悪党の1人を武器を用いずに滅ぼす事に成功したのである。