桜と士郎   作:周小荒

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日常

 

 衛宮士郎が1人暮らしを始めて3年の年月が流れた。

 

「士郎君、起きなさい!」

 

 耳に心地好い声が聞こえてくる。士郎が目を覚ますと士郎に言わせると絶世の美少女が自分の顔を覗き込んでいた。

 

「おはようございます。桜先輩」

 

 朝日を浴びて光り輝く間桐桜は女神の様に士郎には見えた。典型的な惚れた欲目も半分ある。

 

「はい。おはよう」

 

「桜先輩に今日も起こされてしまった」

 

「体調は大丈夫なの?」

 

「心配してくれて有り難う御座います。でも、大丈夫ですよ。最近は寒くなりましたから干物作りに忙しくて」

 

「士郎君が作る干物は美味しいから」

 

 士郎は桜が部屋を出ると急いで着替えて台所に行く。

 台所には既に桜が味噌汁を作っていた。今朝の味噌汁は大根と油揚げである。

 

「士郎。遅いわよ。桜ちゃんに甘えてばかりじゃ駄目よ!」

 

 居間からは姉貴分の藤村大河の声がする。口には出さないが自分の事を心配して日参してくれている。士郎が作る朝食も目当ても含んでいるのだろう。

 

「姉ちゃん。桜先輩が忙しいのに自分で起こす気にはならないの?」

 

「別に私はいいけど、士郎は私より桜ちゃんの方がいいでしょう」

 

「当然じゃん!」

 

「ちょっと、士郎!」

 

 分かっていたが士郎が間髪を入れずに返事するのは、流石に大河も呆れる。

 

(小学生の時までは私に付いて回っていた癖に。桜ちゃんと出会ってから桜ちゃんばっかり)

 

 士郎が中学校に入学すると3年生だった桜と知らぬ間に仲良くなっていた。

 まだ、互いに自分の気持ちを伝えてないのだが端から見れば相思相愛なのは一目瞭然なのである。

 気の毒なのは士郎の存在を知らずに桜に告白して断れた男子である。その数は大河が把握しているだけでも片手では足りぬのである。

 最も気の毒なのは顧問をしている弓道部の主将の美綴綾子の弟である。

 士郎より1学年上で彼も中学入学以来、桜に恋心を抱いているが告白が出来ないまま士郎の登場で失恋が確定している。

 それでも、姉の迎えを口実に桜目当てで放課後に弓道部に寄るのは大河も不憫に思える。

 残念な事に桜自身は姉思いの優しい子としか認識していなのは哀れでもある。

 

 大河の心情を無視して士郎も朝食作りに参加する。今朝の朝食は味噌汁の他に大根の糠漬けに生卵、納豆に大根おろし、昨晩、出汁取りに使ったハゼの焼き干しの甘露煮である。

 

「味噌汁が美味しいなあ。流石、桜先輩!」

 

(あんたは桜ちゃんが作った品なら何でもいいんでしょ)

 

 大河は口に出さずに心の声で突っ込みを入れるが、桜が作った味噌汁を一口飲んで士郎が客観的な事実を口にしている事を認める。

 

「あら、本当に美味しいわ!」

 

「でしょう!」

 

 我が事の様に自慢する士郎であったが当の桜はテレビに釘付けになっている。

 

「昨夜のガス漏れ事故に居合わせた方々は、意識不明の重傷です。これにより、今月に入ってからの冬木市でのガス漏れ事故は5件目となります」

 

「また、新都でガス漏れか。10年前の大火でガス管がガタガタになっているんじゃないの?」

 

「士郎も気を付けるのよ」

 

「家はプロパンだから大丈夫だと思うよ」

 

「私の家もプロパンです」

 

「それなら安心ね。でも、プロパンガスの方が都市ガスよりも火力が強いから気を付けてね」

 

「「はい」」

 

 子供達は仲良く返事をするのであった。その後、朝食が摂り終わると大河は急いで学校に出勤する事になる。

 

「ヤバい。テストの採点が残っていた!」

 

 大河を見送ると後片付けをして桜と士郎は仲良く登校するのである。

 士郎は高等部の近くで桜と別れると1人で中等部に登校する。

 

「おはよう。衛宮!」

 

「おはようございます。美綴先輩」

 

 校門の前で先輩の美綴実典が声を掛けてきた。実典は口調は悪いが優しい先輩である。

 

「衛宮は今朝のニュースを見たか?」

 

「また、ガス漏れでしょう。家はプロパンだから安心ですよ」

 

 二人は話をしながら校舎に向かって行く。

 

「あれは、新都の方だろ。深山町でも昨日の夜に一家惨殺事件があったらしい」

 

「ええっ!」

 

「今朝、ドアの隙間から血が流れてるのに気付いた新聞配達の人が通報したらしい」

 

 実典の顔は真剣である。

 

「衛宮士郎は1人暮らしだから気をつけろよ」

 

「はい。分かりました」

 

「それと別だろうが通り魔も出ているからなあ」

 

「あれは、若い女の人だけでしょう」

 

 通り魔に関しては完全に安心している士郎の全身を一瞥してから、実典は士郎を脅す。

 

「そんな事を言って、油断していると襲われるぞ。衛宮は体も華奢だからな。世の中には男の子でも大丈夫な変態もいるからな!」

 

「ちょっと、怖い事を言わないで下さいよ。それよりは先輩にはお姉さんがいるじゃないですか。そっちの方が心配ですよ」

 

 士郎の反論に実典は溜め息をつくと悲しい顔で士郎に説明を始めた。

 

「あれは、女の部類に入らん。逆に通り魔に同情したくなるぜ。外面と見掛けは良いけど、二重人格の凶暴な生き物なんだぜ」

 

 士郎の顔が青くなるのに気を良くした実典は更にヒートアップしていく。

 

「弓道をしているけど、実は薙刀の方が得意でな。人を平気で切り刻む事を何とも思わない悪魔みたいな奴だからな」

 

 士郎の顔は青く目には涙まで浮かび始めている。

 

(ちょっと、薬が効き過ぎたか?)

 

 士郎の反応を見て後悔を始めた実典は次の瞬間には後悔を通り越して恐怖を感じる事になる。

 

「み~の~り~」

 

 家では聞き慣れた声であるが、学校では聞く事の無い声である。

 実典は油の壊れたロボットの如く首を回すと姉の綾子がいた。

 

「ねえちゃん。何でここに?」

 

「可愛い弟が弁当を忘れていたから届けに来たのよ」

 

「ひぃ!」

 

 綾子の迫力に士郎が思わず悲鳴をあげる。先程から士郎の顔が青くなったのは話の内容ではなく綾子を実典より先に見つけたからである。

 

「あら、君が藤村先生が言っていた。衛宮君ね」

 

「は、はい!」

 

 綾子は急に優しい顔になると士郎を観察する様に見て話掛けてきた。

 

「うちの実典が色々と迷惑を掛けると思うけど、仲良くしてね」

 

「はい。美綴先輩は優しい先輩です。此方こそ宜しくお願いします!」

 

「本当に良い子ね。それから、実典!」

 

「はい!」

 

「家に帰ったら、ゆっくりと話をしましょう」

 

 実典は死刑判決が出た囚人の様な表情であった。

 

「じゃあね!」

 

 綾子が校門を出て行くのを確認すると士郎と実典は、その場に崩れ落ちるのであった。

 

「あんな綺麗なお姉さんが居て、先輩が羨ましいと思っていましたけど、先輩も大変ですね」

 

「俺は衛宮が羨ましいよ」

 

 士郎には実の姉では無いが大河がいる。大河も怖いが、それ以上に怖い女性が存在するとは思わなかった。

 一方、実典は意中の人である桜と仲の良い士郎が羨ましいのである。

 では、士郎と立場が交換が出来るとして交換するのかと問われると躊躇う実典なのである。

 綾子は怖い存在でもあるが、それ以上に弟思いの姉でもある。

 そして、二人は予鈴を聞くと急いで教室に向かうのであった。

 

 士郎が平凡な日常を過ごしていた頃に遠坂凛は非日常の世界の始まりを実感していた。

 何者かが登校直後から凛を監視しているのである。

 

(アーチャー気付いてる?)

 

(うむ。何者かが我々を監視しているな。今のところは殺気が無いが)

 

(何処に居るか分かる?)

 

(残念ながら分からんな。今の時点では手を出す気が無い様だがな)

 

 昼休みに屋上に上がり誘いを掛けるが相手は乗って来ない。

 昼間という事で辺りを警戒しているのだろう。魔術は余人には秘匿するのが鉄則であり、聖杯戦争も然りである。

 

(面白いじゃない。放課後に人の居ない所に誘い出しましょう)

 

(了解した)

 

 凛とアーチャーが念波で簡単に打ち合わせをする。彼らは認めないであろうが似た者同士である。戦う事に迷い無い。

 

 凛とアーチャーが戦いを選択した頃、士郎は日常を満喫していた。放課後になると家に帰り、桜と2人で夕餉の支度をする。最近の治安の悪さの為に大河の帰宅も早く、3人で食事をした後は大河の監督の元で学生らしく勉強会となる。

 

「日本憲法の三原則は国民主権と平和主義と基本的人権の尊重なの。平和主義は有名な憲法第9条に明記されてるわ」

 

「戦争の放棄と戦力は持たないだったよね」

 

「そうよ。士郎。桜ちゃんは漢文の返り点ね」

 

「はい。中学でも習いましたけど、レ点と一、二点がごっちゃになってしまって」

 

「返り点の順序はレ点が優先なの。コツは一、二点のセットを先に見つけておくのよ。その後にセットの中からレ点を見つけて入れ替えるの」

 

「そうなんだ。先に一、二点のセットを作れば分かり易いですね」

 

 大河は優秀な教師である。担当教科の英語以外も丁寧に教えてくれる。勉強会が終わると大河は桜を送って帰宅する。

 

「じゃあ。ねえちゃん。桜先輩を頼むよ」

 

「任せなさい!」

 

「士郎君。お休みなさい」

 

「桜先輩。お休みなさい」

 

 2人が帰ると士郎はリュックサックを片手にスーパーに買い出しに出掛けるのである。

 この時間に行くと肉や魚が半額になっているのである。

 特に最近の冬木市は物騒な事件が多く。半額狙いの客が少なく売れ残りが多いのである。

 

「醤油とトイレットペーパーが無かったな。忘れない様にメモをしないと、それとポイントカードも忘れてないよなあ」

 

 士郎は知らない。聖杯戦争が既に始まっている事を、日が落ちた穂群原学園の高等部ではサーヴァント同士の戦いが始まろうとしている事を、更に自身が聖杯戦争に巻き込まれる事を士郎に残された運命の夜まで残り僅かであった。

 

 

 

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