その日の夕食はイリヤの希望でハマチの刺身と照り焼きになった。
「士郎は凄いわ。あんな大きな魚を綺麗にカットするんだもん」
「慣れると簡単なんだよ。それより、イリヤは箸の扱いが上手だなぁ」
イリヤは外国人にしては器用に箸を使っている。お付きのメイド二人も上手に箸を使っている。
「我が国では生の魚を食べる文化は無いので貴重な体験です」
そう言うセラは西洋人特有の行動でワサビを山盛り刺身に乗せて食べている。
(西洋の人はワサビが好きなのだろうか?)
士郎が疑問に思ったが口にはせずに葛木に声を掛けた。
「葛木先生。食事が終わったらセイバーと一緒にアニメを観てくれませんか?」
「別に構わんが何故だ?」
「セイバーにタイムパラドックスを理解して欲しいのですが、先生に解説役をお願いしたいのです」
「承知した」
「衛宮君は私の部屋で訓練よ」
凛は士郎が投影魔術を使う事を知ったので魔術の基礎を教えるつもりである。
「妹さんは私が引き受けるわ」
メディアが凛に声を掛けた。メディアは桜を生贄にした罪悪感が有るのか桜に対しては親切である。
凛もメディアに対しては魔術の大家である為に信用をしている。
それに、凛自身も間桐の魔術の一部を知っているので同性とは言え肉親では立ち入る事が出来ない領域がある。
「では、妹の事は頼みます」
アーチャーに食事の後片付けを任せると、それぞれが修行なり講義を受ける事になる。
「衛宮君。倉の中の作品は全部処分したからね」
「えっ、そんな勝手な事を!」
士郎の抗議を凛は一蹴する。
「あんな物を魔術協会に見つかれば保護の名目でホルマリン漬けにされるわよ!」
凛の言葉で士郎も顔色を変える。
「魔術とは等価交換を実現する技術よ。欲しい物を有る所から持ってくる術よ。分かる?」
「そういう物なんですか」
凛は魔術を通り超して魔法レベルの技術を持った素人に呆れる。
「予想はしていたけど、そこから教える必要が有るとはね」
凛が士郎の素人丸出しの発言に頭を抱えていた頃、妹はメディアから魔術の関しての知識量のテストをされていた。
テストの方法がペーパーテストなのはマスターの影響であろう。
「貴女が魔術師として教育を受けて無い事が良く分かったわ」
メディアは内心の怒りを隠して溜め息をついた。メディア自身が桜を囮に凛を生贄と考えていた事と別に、間桐臓硯に対しては激しい憎悪を覚える。
間桐臓硯が桜を子供を産ませる胎盤として考えていた事はメディアにも許容が出来た。
メディアの時代と共通する社会認識であった為である。
しかし、体内に寄生して魔力と生命力を搾取するとなると話が違ってくるのである。
メディアの魔術の師であるヘカティアは女性魔術師の守護神でもあった為に、女性に理不尽な行いをする者にメディアは容赦しないのである。
「まずは、自分の健康の事を考えなさい。その後に魔力の使い方を覚えましょう」
女性を理不尽な行為をする者に容赦しない反面で理不尽な扱いをされた女性には優しいのがメディアである。
彼女自身も生前は理不尽な男性の犠牲者だったからである。
「やっぱり、私は魔術師にならないと駄目なんでしょうか?」
桜の質問で、桜が魔術と関係なく平凡で穏やかな人生を望んでいる事が分かった。
「安心なさい。貴女が望む人生を得る為に自身の魔力の使い方を覚えるのよ」
魔術や陰謀とは関係なく、穏やかな人生を送りたいとの思いはメディア自身の思いでもある。
「それに、魔術の世界は等価交換の世界よ。私も貴女に色々と教わりたい事があるの。だから、貴女が別に恩義を感じる必要は無いわ」
「私に教えられる事は無いと思いますよ」
「いいえ。この時代の料理や家事を教えてもらうわよ。今日の坊やみたいにナイフ1本で、あんな巨大な魚を解体するなんて、私からしたら魔術よ!」
桜もメディアの気持ちが理解が出来る。士郎が中学生でありながら、ハマチを捌く光景を見て女性として、色々と焦る気持ちになるのである。
「でも。この時代でも士郎君の料理の腕は普通以上なんですけど」
桜が事実を口にしたが、メディアの意見は桜の想像の斜め上であった。
「宗一郎様の伴侶になるなら、料理が上手なのは当然の事よ。他の男が羨ましがる程度にならなくては!」
どうやら、古今東西で愛に生きる女性の価値観は不変の様である。
(メディアさんみたいな歴史上の女性も考える事は同じなのね)
桜がメディアに親近感を抱いていた頃、葛木はセイバーの相手に頭を抱えたい衝動に襲われていた。
(何故、戦場で実戦を経験している人間がアニメの戦闘シーンに夢中になれる?)
セイバーはアニメに夢中になっていて、タイムパラドックスの事は眼中に無い様子である。
職業柄、人に物を教えたり説明する事には慣れているつもりだったが、セイバーに理解させる事には手を焼きそうである。
「一度、衛宮と相談するべきだな」
聖杯戦争関係者でキャスターのマスターという事を除けば葛木宗一郎が一番の常識人なのかもしれない。
衛宮邸で一番の非常識と思われる士郎は凛からシゴかれていた。
「毎回、魔術回路を一から作るとか無駄をしないでスイッチを頭の中に作るの」
「スイッチ?」
「そう。今の飲ませた宝石は頭の中のスイッチを強制的にオンにするわ。一度、スイッチを作れば、スイッチの入れたり切ったりで魔術が使えるわ」
目の焦点が合わなく頭の中に霧がかかる。
「我慢して頭の中でスイッチをイメージしなさい」
「スイッチをイメージ……」
この時、士郎がイメージしたのは奥歯に加速装置を仕込んだ某サイボーグや両肩のスイッチを押して変身する某ロボットであった。
「今日は無理みたいね。ここまでにしましょう」
凛から解放された士郎は縁側で身体の火照りを鎮める為に月を眺める。
「ふむ。凛も甘いなあ。この程度で貴様を解放するとは」
アーチャーが隣に実体化してきた。
「遠坂先輩は優しいからね」
「だから、凛も甘いと言うのだ。所詮、天才に凡人の悩みは理解が出来ん。凡人には凡人の対応がある」
「成る程ね。やっぱり僕には魔術師の才能は無いか」
「うむ。魔術師としては皆無だな」
士郎との会話をしながらアーチャーは違和感を覚える。自分が眼前の少年の年頃なら反発していた筈であった。
(やはり、この少年と自分は別人なのだな)
「サーヴァントとの戦いなれば衛宮士郎に勝ち目は無い。これが現実だ!」
「葛木先生は例外中の例外なのか!」
「ああ、葛木にしても最初だけだ。二回目は勝てぬ」
「セイントみたいだね」
「そうだ。ならば、せめてイメージしろ!」
「イメージ?」
「そうだ。現実では勝てないなら想像の中で勝てる物を幻想しろ」
「勝てる物を幻想する」
「それぐらいしか、お前には出来ぬ!」
アーチャーは言いたい事を言うと霊体化して士郎を一人にする。
(この世界の衛宮士郎が、どの様に反応するか見物だな)
嘗ての自分とは違う反応を起こす事を期待している事をアーチャーは理解していた。
「勝てる物を幻想ね。成る程」
士郎はアーチャーの助言に考え込むのであった。蟻を倒すのに大型ライフルは使わない。巨象を倒すのに殺虫剤は使わない。
「確かに、正面から勝てぬなら勝てる物を考えるべきだよな」
士郎の呟きを聞いているのは夜空の満月のみであった。
「お嬢様。夜風は身体に毒ですよ」
屋根の上でセラがコートを片手にイリヤを窘める。
「分かったわ。日本よりドイツで観る月の方が綺麗ね」
セラから上着を受け取りながらイリヤが呟く。
「日本は空気が汚れてますから」
「でも、食べ物はドイツより美味しいわ」
「日本はドイツと違い水に恵まれ海に囲まれてますから」
「もっと、色々な物を食べたいなあ」
「出来ますよ。この聖杯戦争が無事に終われば」
「そうね。でも、セラとリズが居ないと楽しくないなあ」
「はい。私達はお嬢様の側に、これからも居ますから安心して下さい」
「そうね。セラとリズがお婆さんになっても、私の側にいて欲しい」
その言葉を聞いたセラはイリヤを抱きしめた。
「ええ、お嬢様が離れろと言っても離れませんから」
イリヤの命は聖杯戦争の終了と共に尽きる命である。
しかし、士郎の出現で状況が変わったのである。小聖杯は出現させずに大聖杯の破壊ないし浄化を行えば、次の聖杯戦争までは六十年の歳月が必要となる。
それは、イリヤの延命にも繋がるのである。そして、聖杯の器としての人生を甘受していたイリヤが自身の延命の為に戦う事を告げたのである。それも自分達と共に生きたと宣言してくれたのである。
「お嬢様。立派ですよ」
「ううん。私は立派じゃないわ。士郎が居なかったら、こんな事を考えもしなかったもの」
「立派な弟様を持たれましたね」
「うん。自慢の弟よ」
警備の為に霊体化して屋根にいた小次郎は二人の会話を聞いて屋根を降りるのであった。
地上に降りた小次郎は実体化すると満月を眺めながら頬笑むのである。
「がむしゃらに剣の道を進んでいたが、剣の道を進む意味を死後に見出だすとはな」
強くなりと剣の道を進んでから士官も固辞して修行に三昧の人生だった。
人生に悔いは無かったが好敵手と呼べる者と立合えなかった事が残念であった。
「全力を出せる者と立ち合えるかと思い、聖杯の召喚に応じたが望外の収穫があったな」