桜と士郎   作:周小荒

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8人目のマスター

 

 衛宮士郎の朝は早い。今朝は昨晩の残りのハマチのアラを使ってアラ炊きを作っている。大根と人参を鍋底に敷き詰めて焦げ防止と火が通り易くする為である。

 それと同時に大根おろしと納豆の準備をする。

 

「アーチャーには大根おろしをお願いします。僕は味噌汁を作りますから」

 

「了解した。大根と人参の皮はどうする?」

 

「後で庭に埋めて肥料にしますから」

 

 同時進行で士郎は塩鮭の切り身も炙っている。

 

「おばよう」

 

 凛が幽鬼さながらの風情で台所に入って来る。

 

「凛。君という人間は!」

 

「分かっているわよ。その為にも牛乳を頂戴」

 

 アーチャーも手慣れたもので冷蔵庫から牛乳を取り出して手渡す。

 

「ありがとう。アーチャー」

 

 受け取った牛乳を某アニメの作戦部長の如く一気飲みする凛の姿を見て士郎は本当に桜の実姉なのか信じられない。

 

(家庭教育の差なのか。なら、ワカメ頭に感謝だな)

 

 本当に姉妹なのか他にもの疑わしい部分が士郎にはあるのだが、賢明にも士郎は口に出さなかった。

 

 朝食の準備が出来た頃に桜も起きてきた。

 

「ごめんね。士郎君」

 

「桜先輩はお客様なんですから、それに昨日はキャスターと遅くまで起きていたんでしょう」

 

「私は大丈夫よ。それよりはキャスターさんの方が心配だわ」

 

「私は大丈夫だと言いたいけど、久しぶりの生身の身体には睡眠不足は堪えるわ」

 

 キャスターも肉体年齢的には若いが十代の桜ほどでは無い様子である。

 

「キャスターさん。私の為にすいません」

 

「別に貴女の責任では無いわ。それより、明日からは私も朝食作りに参加させて頂戴」

 

「はあ。それは助かりますけど」

 

「そんな、不思議そうな顔をする必要は無いわよ。この時代の料理を宗一郎様には差し上げたいですもの」

 

 朝から惚気話をするメディアの態度が堂々としているので、士郎と桜は惚気話をされてる自覚もなかった。

 

「それなら、夕食の後に朝食の仕込みをしますから、その時に簡単な説明からしましょう」

 

「それに、キャスターには洋食を先に覚えてもらった方がいいでしょう。葛木先生は少し痩せ気味ですから」

 

 士郎はメディアと話をして、ある疑問が浮かんでメディアに質問した。

 

「キャスターが生きていた頃の料理とは、どんな料理なの?」

 

「私の国では魚の料理とか乾燥させた果物が多かったわよ。魚料理と言っても塩焼きが多かったわ」

 

「へえ。キャスターの故郷は海が近かったんだ」

 

「そうよ。マグロの塩焼きとかブダイのオリーブ油焼きとかウナギの蒸し焼きとか食べていたわ」

 

「マグロの塩焼きとかウナギの蒸し焼きとか、日本と変わらんね」

 

 士郎の感想は素直で単純であった。その後、士郎と桜は大河と慎二の見舞いを兼ねて買い物に出る事になる。

 用心の為に霊体化したライダーとセイバーを連れて行く。

 

「キャスター。ちょっと話があるのだけど」

 

「何かしら?」

 

 凛は居間の卓袱台にお茶を用意してキャスターに話が長くなる事を言外に告げる。

 

「昨夜、ランサーの動きを探りに新都を回ったのだけどね。ランサーのマスターらしき人物を発見したの」

 

「生きていたの?」

 

「令呪のある左手を奪われて瀕死だったけどね」

 

 魔術師らしく常人では有り得ない生命力を発揮して生き残っていた。

 

「ここには6人のマスターとサーヴァントが居るわ。7人目のマスターは誰が倒したのかしらね」

 

 メディアが事態を整理する。

 

「金ピカのマスターがランサーのマスターから令呪とランサーを奪ったんでしょう」

 

「問題はランサーのマスターから令呪とランサーを奪った8人目のマスターが誰で何処に居るかでしょう」

 

「前回の聖杯戦争の生き残りのマスターなんでしょうけど、前回の聖杯戦争の事を知っている人間が極端に少ないから」

 

 セイバーの証言によれば、前回の聖杯戦争で生き残ったマスターは3人だけである。

 

 

「それで、8人目のマスターを私に探せと貴女は言いたいのね」

 

「生き残ったマスターの身元は既に分かっているわ」

 

「あら、そうなの?」

 

 メディアにしたら、8人目のマスターを探し出す事を依頼されると思っていたので意表を突かれた。

 

「生き残ったのは3人の内、1人は既に故人となっているわ」

 

「問題は残り2人だけど、1人は現在、イギリスの時計塔にいるわ。既に時計塔に確認済みよ」

 

「あら、昨日の今日で早いわね」

 

「そりゃ、土地の提供者なんですも魔術協会も遠坂の機嫌を損ねて聖杯戦争に土地を貸さないと言われたら困るもの」

 

 凛の言い分に思わず笑みが漏れてしまったメディアであった。

 

「それで、残った1人は誰なのかしら?」

 

「今回の聖杯戦争の監視役をしている言峰綺礼神父よ」

 

「まあ。今も昔も宗教関係者の腐敗ぶりは変わらないわね」

 

 今度は苦笑をするメディアであった。

 

「それで、どうして坊やには内緒で私にだけ教えてくれたのかしら?」

 

「衛宮君は、まだ子供よ。人間同士の殺し合いを見せたくないのよ」

 

 メディアは凛の心情を理解した。凛は士郎と桜には魔術の世界と無縁の人生を送って欲しいのだろ。

 

「貴女の気持ちは分かるけど、貴女が思っている程、あの坊やは弱くは無いわよ」

 

 この辺りは魔術師というより17歳の少女と波瀾万丈の人生を生き抜いた大人の差であろう。

 

「まあ。良い子には変わらないし善人には違い無いけど、敵対する人間には容赦しない子よ」

 

 メディアの人物鑑定に異議は無い凛だが、全面的に受け入れられる意見でもなかった。

 霊体化して話を聞いていた。アーチャーもメディアの意見には賛成だった。同じ衛宮士郎でも自分とは全くの別人である。

 周囲の人を捨て正義の味方になった自分と周囲の人を守る為に戦う士郎とは似て非なる者であった。

 

「まあ。どちらにしても衛宮君も桜も魔術の世界には合わないわ」

 

 凛の感想に苦笑しながらも同意するメディアとアーチャーであった。

 

 凛から魔術の世界に向いて無いと評された二人は大河と慎二の見舞いが終わると新都の飲食店街を歩いていた。

 

「セイバーさんを置いて来て良いの?」

 

「問題無い。店長が気の毒になるだけだから」

 

 セイバーは焼き肉屋で5キロの肉を食べれば賞金10万円の大食いチャレンジ中である。

 セイバーが店に入った時、店長が死刑宣告を受けた被告人の様な表情見せたのが気の毒に思える士郎であった。

 

「それより、桜先輩と歩くのは久しぶりですね」

 

「そうね。士郎君と街中を歩くのは久しぶりね」

 

 桜と手を繋ぎたいのだが、勇気の出ない士郎である。

 

「ほら、はぐれない様にしないと」

 

 桜が歳上の余裕を見せて士郎の手を握ると士郎の顔が赤くなる。

 

(これくらいで顔を赤くして可愛いなあ)

 

 桜が士郎の反応を堪能していると霊体化していたライダーか報告があった。

 

(サクラ。近くにサーヴァントの気配があります)

 

 報告を受けた桜が一瞬だけ硬直する。

 

「桜先輩。ライダーから何か報告があった?」

 

 士郎が桜の一瞬の反応から、敏感に事態を把握する。

 

「近くにサーヴァントが居るみたいなの?」

 

「なら、このまま街中に居た方が良さそうだね」

 

「そうね」

 

 2人はセイバーが食事中の店に戻る事にした。

 

(もう。桜先輩と2人だけになれたのに)

 

 正解には霊体化したライダーが傍らに居るので2人だけでは無いが士郎にしたらデートに水を差された気分である。

 店に戻るとセイバーが賞金を手に店から出たところであった。

 

「士郎。サーヴァントの気配がします!」

 

「そうか。僕達を尾行しているのか」

 

「士郎君。どうする?」

 

「タクシーで家に帰りますか。流石にタクシーを襲う事は無いでしょう」

 

 タクシーで自宅まで帰り、門をくぐるとランサーが実体化して付いて来た。

 

「冷たいじゃないか。坊主」

 

「停戦の返事でも持って来たのか?」

 

 桜とのデートを邪魔されて機嫌の悪い士郎である。

 

「悪いな。実はマスターが坊主に話があってな。その使い走りで来たのさ」

 

「ほう。日時と場所は?」

 

「明日の正午に中華料理屋「泰山」に招待すると言っている」

 

「それは、ご丁寧に」

 

「坊主よ。自分のマスターながら何を考えているか分からん奴だからな。油断するなよ」

 

「分かった。所で使者の貴方の労をねぎらい。今晩は夕食に招待しますよ」

 

 士郎が言い終えるのと同時にランサーの機嫌が一気に悪くなる。

 

「卑怯者め!」

 

「何回も言うけど、他人の事を言えた義理か!」

 

 ランサーも自分の不利を自覚していて、直ぐに退散する気でいたがタイミングを逃してしまった。

 

「まあ。諦めなさい。貴方も最初から捨て駒にされる事は分かっていた筈でしょう」

 

「ふん。ぬかせ!」

 

 悪態をつくランサーに士郎は意地の悪い笑顔を浮かべると視線はセイバーに向けたまま指示を出す。

 

「セイバー。冷凍庫から犬の肉を出してくれ」

 

 ランサー以外の者は衛宮家の冷凍庫に犬の肉が存在しない事を知っているが、ランサーは知らない為に顔色を服と同じ様に青くする。

 

「外国人には、すき焼き、しゃぶしゃぶが宜しいかな」

 

 士郎の問いに応えたのはランサーではなく、セイバーであった。

 

「士郎。私はしゃぶしゃぶが良いです!」

 

 透かさずに士郎に合わせるのは士郎の影響かセイバー自身の性格なのか不明である。

 どちらにしても見事なコンビネーションであった。

 

「もう、好きにしてくれ!」

 

 この日、夕食として寄せ鍋が食卓に供されるまてランサーは衛宮邸に宿泊する者達の玩具にされるのであった。

 

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