桜と士郎   作:周小荒

3 / 28
運命の夜

 

 最近は人通りが少なくなった道を戦利品で膨らんだリュックサックを背に歩いている。

 治安の悪化に伴いライバルが減った恩恵で醤油も値引き品が買えたのはラッキーであった。

 

「通り魔様様だよなあ」

 

 不謹慎な事を口にしながら穂群原学園高等部の校門前を通ると微かに何か音がする。

 何か金属同士を叩き合わせた様な音が校門の内側からするのである。

 

「あれ、工事でもしてるのかな?」

 

 人が居る昼間を避けて夜に工事する事は珍しくもないが、何の工事をしているのか好奇心が働いた。

 校門の外から覗いて見ると想定外の光景が目に飛び込んで来たのである。

 赤い影と青い影が高速で移動して衝突している。衝突する度に2つの影の周囲に火花と金属音が発生している。

 

(これは、聖杯戦争のサーヴァント!)

 

 その場で立ち竦みながらパニックになっていた。

 

(次の聖杯戦争は50年後の筈では?)

 

 士郎が数分のパニックの末に出した結論は取り敢えず見なかった事にする。

 士郎としては自身の安全確保が当面の大事なのである。

 そして、踵を返そうとした途端にサーヴァントが発生させる金属音よりも遥かに大きい金属音を発生させてしまった。

 落ちていた空き缶を蹴飛ばしてしまったのである。更に不幸な事に校門の鉄柵に当たったのである。サーヴァントでなくとも分かる大きさの音である。

 

「あちゃー!」

 

 士郎自身が驚き思わず頭を抱えてしまった。一瞬後には全身青タイツが士郎の前に立っていた。

 全身から血の気が引くのを実感したのである。サーヴァントとは古代の英雄、豪傑である。間違えても士郎が敵う相手ではない。

 士郎の取った行動は中学生としたら平凡であった。

 

「ごめんなさい。悪気は無かったんです。許して下さい!」

 

 両手を合わせて頭を下げるだけである。青タイツの男も士郎の態度に困惑している。

 

「おい。ランサー!」

 

 頭を下げている間に赤いコートの男も立っていた。

 そして、赤いコートの男も困惑している様子に咄嗟に士郎は一か八かの賭けに出た。

 

「本当に撮影の邪魔をする気は無かったんです。特撮が好きで滅多に無い事だったから、本当にごめんなさい!」

 

 ランサーには士郎が何を言っているのか理解が出来なかったがアーチャーには驚きと共に理解が出来た。

 

(どういう事だ。何故、遠坂は高2なのに衛宮士郎が中学生なのだ?)

 

 アーチェリーであるエミヤには目の前の少年が衛宮士郎と一目で判別が出来たのだが少年が衛宮士郎である事は理解が出来なかった。

 

(藤姉も教師として学校に居た、桜の姿も確認している。確かに衛宮士郎の姿は見掛けなかったが)

 

 混乱していたが、取り敢えずは目の前の少年に話を合わせた。

 

「安心するが良い。カメラは回っていない。あれは練習だ!」

 

 士郎は自分が賭けに勝った事を悟った。

 

「そうなんですか!」

 

 ランサーは少年とアーチャーの会話の意味が理解が出来ないが、少なくとも目の前の少年を手に掛ける必要は無くなった事を悟った。

 

「坊主、これからは気をつけろよ」

 

「はい。ご迷惑をお掛けしました!」

 

「ほら、時間も遅い。早く帰る事だ」

 

 アーチャーが帰宅を促すと急いで帰る少年の姿を見送るとランサーが口を開いた。

 

「おい、どうする?」

 

「今夜は止めておこう。戦うにも場所が悪い」

 

「違いねえ」

 

「あの子に感謝するんだな。あの子が居なければ君は最初の脱落サーヴァントになっていた」

 

「抜かせ!」

 

 ランサーは一言だけ残して走り去った。

 

(アーチャー。後を追ってみて)

 

(了解)

 

「ふう。良かった」

 

 凛は溜め息を突くとサーヴァントが戦った後始末に取り掛かったのである。

 

 その頃、帰宅した士郎は玄関の鍵を掛けるとリュックサックの中身を冷蔵庫に入れ終わると座り込んでしまった。

 2体のサーヴァント相手に無事だった事は僥倖の極みであった。

 

(何で聖杯戦争が始まっているんだよ!)

 

 50年後に始まる聖杯戦争が僅か10年後に始まるとは切嗣も想定外であっただろう。

 

(これから、どうする?)

 

 切嗣の話では前回の聖杯は邪悪な意思に汚染されていて、切嗣が破壊した後でも冬木市に甚大な被害を出した。

 今回の聖杯も前回同様に問題が有るのであろうと思われる。

 

(たった10年で復活する事が聖杯が壊れてる証拠だな)

 

 自分1人だけ逃げ出す事は可能だが、冬木市には桜と大河が居る。

 士郎に取っては大事な家族なのだ。危険極まりない冬木市に置いては行けない。

 

(正直に話しても駄目だろうな)

 

 2人共、冬木市に残ると言うのは自明の理である。彼女達が士郎の大事な家族なら、彼女達にも大事な家族が冬木市に居るのだから。

 

(父さん。どうしたら良い?)

 

 士郎が答え無い迷路に迷い込んでいた頃、凛も既に帰宅して思い悩んでいた。

 遠坂家の当主として聖杯戦争に参加して戦う事に恐れは無い。しかし、罪の無い人達が巻添えにする恐怖は覚悟していた以上である。

 況してや、今日の少年は養子に出された実の妹の想い人である。文化祭の時に友人の美綴綾子がコッソリと教えてくれたのである。

 凛の視線の先には桜が招待した士郎と笑顔で校内を見物する桜がいた。

 

(あの時の桜の笑顔は同じ学校に通っていて初めて見る笑顔だったなあ)

 

 桜の幸せそうな笑顔に刺激された綾子に、どちらが先に彼氏を作るか競争をさせられる事になったのである。

 あの綾子でさえ、羨む程の仲の士郎に万が一の事があった場合、桜の反応は思うと暗澹たる気分になる。

 そこまで思考を進めた時にアーチャーが戻って来た。

 

「成果は?」

 

「面目無い。用心深いマスターらしい。新都まで追い掛けたが新都で撒かれてしまったよ」

 

「仕方ないわ。ランサーの足にアーチャーの貴方が追い付ける筈が無いもの」

 

「凛。我々の戦いは余人には秘匿するのがルールだ。ランサーは見逃したがランサーのマスターが口封じを命令する可能性があるのではないか?」

 

「あっ!」

 

 妹の桜の事を考えていて、魔術師としての思考を忘れていた。

 用心深い魔術師なら十分に考えられる事である。

 

「アーチャー。あの子の家に急ぐわよ」

 

「しかし、凛。ランサーのマスターの判断は魔術師として当然だぞ」

 

「冬木の管理者として、無駄な血を流させる訳には行かないわ。これは管理者の義務よ!」

 

 アーチャーの懸念は当たっていた。士郎が気分を落ち着ける為に居間で茶を飲んでいると窓ガラスに背後から忍び寄るランサーの影が写ったのである。

 士郎は咄嗟に体を倒して槍を避ける。一瞬前まで士郎の心臓があった空間を赤い槍が通過する。

 

「ほう。今のを避けるか」

 

 士郎は無言で倒れたまま転がる様にして卓袱台の下に逃げ込む。

 ランサーも卓袱台の上に立ち卓袱台もろともに士郎を串刺しにする気で槍を逆手に持ち変える。

 その時には既にランサーの背後の方向に卓袱台から転がり出た士郎がランサーを背中から突き飛ばした。

 

「卓袱台に穴を空けるな!」

 

 背後から士郎に突き飛ばされたランサーが卓袱台の下に着地したランサーが振り返ると卓袱台の上から両腕をクロスさせて体当たりを敢行する。

 ランサーの喉元に士郎のフライングクロスチョップが炸裂して、サーヴァントとはいえ、油断していたランサーも流石に倒れる。

 倒れたランサーもサーヴァントである。倒れだけでダメージは皆無であったが、ランサーが起き上がった時には士郎は窓ガラスを突き破り屋外に逃亡していた。

 

「しぶといじゃないか。小僧!」

 

 落ち着きながら感心するランサーは慌てずに士郎の後を追う。

 士郎が土蔵の前まで来た時に突如としてランサーが横に現れて脇腹に蹴りを放つ。

 サーヴァントとの蹴りである。手加減はしているが士郎の体が土蔵の屋根の上まで吹き飛ばす威力があった。

 士郎は土蔵の屋根に叩きつけられて屋根を転がり落ちる。

 全身を打ち付けられて数秒間は息が出来ない。それでも力を絞り出して立ち上がる。

 

「頑張るじゃないか」

 

 百戦錬磨のランサーにしても、ここまで必死に抵抗する人間は記憶に無い。

 だが、士郎も立ち上がるだけで限界だった。バランスを崩して土蔵に扉に倒れてしまう。

 士郎にしては最悪の展開だった。倒れた拍子に土蔵の内に入ってしまった。狭い土蔵の内では袋の鼠である。

 

「褒めてやるよ。良く頑張った方だよ」

 

 ランサーの賞賛されても嬉しくない士郎である。尻餅をつきながらも後退りする。

 

「可哀想だが諦めな」

 

「誰が諦めるか!まだ、桜先輩にも告白してないのに!」

 

 ランサーは桜先輩が誰かは知らなかったが少年の想い人なのは分かった。

 

「せめてもの情けだ。顔は傷付けない様に心臓を一突きで楽にしてやる」

 

 士郎は無駄な抵抗と知りつつも手に触れた物をランサーに投げつける。

 ランサーは士郎の気がすむまで待ち、士郎の手の届く範囲の物を無くなると槍を構えた。

 それでも、士郎は最後まで諦めずにいた。ランサーが心臓を狙うと言うなら片腕を犠牲にしてでも逃げる気でいた。

 ランサーも士郎の考えは読めていた。しかし、士郎が腕を犠牲にしてもランサーの槍は腕もろともに心臓を抉る気でいた。

 両者ともに相手の考えを読んで睨み合いが続いていたが遂にランサーが動き始めた瞬間、土蔵の奥から光が溢れて来た。

 

「7人目か!」

 

 ランサーは溢れる光の中から人影が現れるのを確認した。

 人影はランサーと士郎の間に電光石火の速さで入り強烈な横殴りの一撃でランサーを土蔵の外に叩き出す。

 光が治まった土蔵の中でランサーを叩き出した人影が士郎に向き直った。

 

「サーヴァント、セイバー。召喚に従い参上した」

 

 月光に照らされた人影は青いドレスの上から甲冑を身に纏った金髪白皙の美しい少女であった。

 更にセイバーが士郎に問い掛けた。

 

「問おう。貴方が私のマスターか?」

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。