士郎はセイバーの問い掛けに応える事が出来なかった。
切嗣から聖杯戦争やサーヴァントの事を聞いていたが、自分が当事者になるとは思っていなかったのである。
セイバーは無言で士郎の左手に令呪を確認すると宣言する。
「これより我が剣は貴方と共に有り、貴方の運命は私と共にある。ここに契約は完了した」
セイバーは宣言を終えると土蔵を飛び出して行く。
士郎もセイバーの後に土蔵を飛び出して行くと見覚えのある光景があった。
2つの青い影が高速で移動しながら衝突を繰り返していた。そして、衝突する度に火花が散るのである。
「凄い。剣が見えない!」
セイバーがランサーの会心の一撃を剣で受け止めた時に士郎は自分の間違いに気付いた。
「早くて見えないんじゃない。透明な剣か!」
ランサーが距離を取りセイバーと対峙をするとセイバーが挑発した。
「どうしたランサー。止まっていては槍兵の名が泣こう!」
「抜かせ!己が武器を隠すとは卑怯者め!」
ランサーの抗議にセイバーが反応する前に士郎が反応した。
「ちょっと待て!大の大人が武器を持って、無辜の子供を追い回した癖に何を言ってやがる!」
素人の弾劾にランサーも黙るしかなかった。そのランサーの様子を見て驚いたセイバーがランサーに問い掛ける。
「ランサーよ。我がマスターの主張は事実なのか?」
ランサーも事実なだけに返答に窮するのである。
「信じられぬ。英霊と在ろう者が素手の子供を相手に!」
先程まで闘志に燃えた熱いセイバーの視線が氷の様な視線に変わり、ランサーとしては辛いのである。
「その、セイバー。この辺で分けにしないか?」
ランサーの提案は即座に却下された。
「断る。貴方は此処で消えろ!」
セイバーの声は視線同様に冷たい。
「ならば、此方も本気を出すまで!」
ランサーの槍に魔力が満ちていく。それを見てセイバーも身構える。
「我が必殺の槍を喰らえ!」
ランサーが大きく跳躍する。
「ゲイボル、ぐわ!」
ランサーとセイバーは互いに強敵を前にして士郎の存在を完全に忘れていた。
ランサーが必殺技を発動する直前に股間には物干し竿がクリーンヒットしていた。
「よっしゃ!」
見事に作戦が成功した事に士郎はガッツポーズを取る。
空中で予期せぬ打撃を受けたランサーは片膝を着きながら着地をした。槍を離さないのは流石と言うべきであろう。
しかし、この隙を逃すセイバーではなかった。ランサーの着地と同時に一気に間合いを詰めて渾身の一撃を放つ。
ランサーも稀代の英雄である。セイバーの一撃を打ち払った。
だが、それが限界であった。続く二撃目がランサーの首を狙う。
既にランサーにはニ撃目を避ける余裕はなかった。
次の瞬間、セイバーの剣がランサーの首に突き付けられたまま止まる。
しかし、少しでも身動きすればセイバーの剣がランサー胴体から首を切り離すであろう。
ランサーの命はセイバーに握られていた。
「セイバー、なぶる気か!」
「無様だな。素人に足元を掬われるとは」
返答はセイバーからではなかった。声の主は赤い外套に身を包んだ男からだった。
セイバーは無言で二人目のサーヴァントを睨む。ランサーの首を跳ねた隙に二人目のサーヴァントが襲って来る事を危惧したのである。
「なんだ、衛宮君がセイバーの引いたのか」
セイバーの顔が険しくなった。サーヴァントだけではなくマスターも同伴している。
サーヴァントとマスターの二人掛りで攻められたら自分のマスターを守りきる自信が無い。
敵のマスターは、かなりの強者である、素人同然の自分のマスターとは桁違いの強さがセイバーには分かる。
「セイバー。警戒しないでちょうだい。私達は貴方のマスターに危害を加える気は無いわ」
咄嗟に庭の木に隠れた士郎が姿を現す。
「本当だよ。そこの青タイツとは学校で戦っていたから」
士郎が凛の言葉の裏付けをする。
「分かりました。では、ランサーよ。覚悟!」
「殺しては駄目!」
士郎の指示にセイバーもランサーを睨みながらも従う。
「青タイツも遠坂先輩も僕の話を聞いて!」
凛とアーチャーは一瞬だけ視線を交わすと士郎の提案に乗る事を決定する。
ランサーは首を縦に振るしか選択肢が無い。
「分かりました。ランサーよ。私の指呼の間から出るな」
「分かっているよ」
5人は衛宮家の居間に移動した。
ランサーは居間で正座をさせられて、その斜め後ろにセイバーが立ち、正面に凛が座ると両サイドに士郎とアーチャーが座る。
「先に言って置くけど、僕は魔術師では無い。死んだ僕の養父が元魔術師だったんだよ」
「惜しいな。小僧が修行したら優秀な魔術師になれるぜ」
ランサーの誉め言葉に士郎は喜ぶ様子も無い。
「僕は魔術師に興味は無いよ。それよりは重大な問題だよ。冬木市の聖杯は壊れている可能性が大だよ」
アーチャー以外の全員が驚きの声を挙げる。
「父さんは前回の聖杯戦争の生き残りなんだ。父さんの証言だと前回の聖杯戦争の賞品の聖杯も壊れていたそうだ。普通は60年周期で現れる。しかし、今回は10年で現れた。壊れてると思うよ」
「確かに、前回から10年で聖杯戦争が始まるのはイレギュラーの事だけど」
凛にしたら父の仇を取る望外のチャンスである。
「だから、父さんは聖杯を破壊したらしい。その結果が10年前の大火に繋がった」
セイバーの顔は険しくなる。10年前に令呪を使われて聖杯を破壊したのだから。
「それでは、聖杯を勝ち取っても無意味ではなのですか?」
セイバーが素人に質問というより、詰問をする。
士郎もセイバーの勢いに困惑しながらも応える。
「無意味というよりは有害だろ。関係無い人間にまで迷惑を掛けているんだから」
ランサーに殺され掛けた士郎ならではの辛辣な返答にセイバーも黙り込む。
「しかし、聖杯戦争は魔術師に取って栄誉な事なのよ」
凛が魔術師としての見解を力説する。
「なら、他人に迷惑にならない場所でやってくれ!」
短い言葉だが前回の聖杯戦争の被害者遺族の士郎の言葉には何者も太刀打ち出来ない重さがあった。
「それで、青タイツにはマスターの所に戻り、聖杯について報告して欲しい。青タイツのマスターも不良品の為に危険な事はしたく無いだろう」
「まあ。アイツが聖杯とかに興味があると思えんが一応は報告するか」
「マスターの所に帰る前に窓ガラスは弁償してくれ」
士郎が生活感に満ち溢れた要求をする。
「セコい奴だな」
口では悪態をつきながらも空中で現代人には読めない文字を描くと割れた窓を指差す。
巻き戻しの映像の様に窓ガラスが修復していく。
「うわぁ。便利だなぁ」
士郎が感心して拍手する。
「小僧。魔術師の基本中の基本だぞ」
ランサーが呆れた様に教える。ランサーの言葉に士郎は凛の方を見て確認する。
「ランサーの言っている事は本当よ」
その様子を見ていたランサーとしては、基本も知らない素人に足元を掬われた自身の不甲斐なさに情けなくなる。
「じゃあな」
ランサーが去ると凛が立ち上がる。
「じゃ、衛宮君は私と一緒に行きましょうか」
「えっ。何処に?」
「教会よ。聖杯戦争は教会で管理しているの」
「はあ。当然と言えば当然だし、罰あたりと言えば罰あたりだよな」
士郎の感想に残ったサーヴァント2人と凛は苦笑するしかなかった。
教会は新都にある為に一行は徒歩で向かう事になった。その際に問題となったのはセイバーである。青いドレスに甲冑姿は不審者と言われても否定が出来ない。
家で留守番と言っても士郎の護衛の為に同行すると譲らないので仕方なく土蔵からポンチョを引っ張り出して着させたのであり。
「黒いポンチョだったら座頭市だな」
士郎の感想に凛は呆れたのだが、セイバーは聖杯の力で調べたらしく凛の斜め上な事を口にした。
「盲目の身で在りながら、あの様に巧みに剣を扱えるとは見事としか言えません」
セイバーらしい真面目な回答であった。
それから、教会の神父である言峰綺礼の為人について凛からのレクチャーを受けている間に奇妙な三人組が教会に到着した。
「私は敷地の外で敵襲がないか警護します」
「分かった。出来るだけ目立つ行為は避けてね」
セイバーを残し凛と士郎、霊体化したアーチャーは教会に入る。
言峰綺礼は士郎から見ても変人としか思えない人物であった。
まだ、中学生である士郎を遠回しに嗾けるのである。士郎にしたら組体操や部活を推奨する腐れ教員と重なるのである。
士郎が通う穂波原学園は私立の学園である。私立の学園とは極稀な例を除き文武両道を謳い運動部の活動に力を入れる物である。
士郎自身は帰宅部であるが運動部の在籍者や顧問が威張り散らすのが癪に障るのである。
綺礼のアジ演説を聞き流しなから士郎は聖杯戦争について懐疑的にならざる得ない。
「改めて聞こう。君は聖杯戦争に参加するのか?」
「参加するけど、それと同時に聖杯戦争の一時中止を要求します」
「ほう。どの様な理由で?」
「前回の聖杯は欠陥品でした。本来なら60年後に始まる聖杯戦争が10年後に始まったのも今回の聖杯に欠陥がある為と考えるのが当たり前でしょう」
「前回の聖杯に欠陥があったかもしれんが今回の聖杯には問題が無い筈だ」
「筈では困ります。欠陥品の聖杯の為に苦労する馬鹿は居ないですよ」
「綺礼。私も衛宮君と同じよ。冬木の管理者として10年前の惨劇を繰り返させる訳にはいかないわ」
「他の参加者も同じだと思いますよ。神父さんでは決められなかったら、教会の上に相談して下さい」
士郎だけなら誤魔化せられたが凛も同意しているとなると誤魔化す事は困難である。
凛に臍を曲げられて聖杯戦争の開催を拒否されたら教会としても困るのである。
聖杯戦争は開戦と同時に休戦となったのである。