翌朝、士郎は目を覚ますと既にセイバーの姿は無く士郎は自分が夢をみていたのではと思ってしまった。
「夢なら幸せなんだがなあ」
体には昨夜のセイバーが抱き締めてくれた温もりの感触が残っている。
「よし、今日は気合いを入れて朝ご飯を作るか!」
士郎は着替えると生活戦士となり朝食の準備に取り掛かるのであった。
「おはよう。士郎君!」
「おはようございます。桜先輩!」
今朝は塩鮭とシシャモに玉子焼き。豆腐とネギの味噌汁に納豆に糠漬けの3種盛りである。
卵をボウルに入れて菜箸で切る様に混ぜると出汁と薄口醤油と砂糖に塩を少々を入れる。
泡立てない様に混ぜると仕上げにマヨネーズを入れる。
軽く混ぜてから中火の卵焼き器に少しずつ入れていく。マヨネーズが小さい塊も気にしない。火を通せば溶けて無くなるのである。
巻く度に形を整えながら決して押さえつけない。
士郎が玉子焼きを作る間に桜は味噌汁を作る。鍋に水と一緒にちりめんじゃこを入れて沸騰させる。
沸騰したら賽の目に切った豆腐を入れる。
豆腐に火が通れば刻みネギを入れて味噌を溶く。
仕上げに隠し味としてマーガリンを少し落として掻き混ぜて出来上がりである。
大河も桜も部活動で体を動かす為か良く食べる。
(今日、学校から帰ったら一升炊きの釜を土蔵から出さないと駄目だな)
凛とセイバーとアーチャーの分を考えると5合炊きの釜では間に合いそうにない。
凛とセイバーは別にしてアーチャーは体も大きく同じサーヴァントのセイバーの倍は食べるだろうと考えた士郎を責めらる者は居ないであろう。
世の中には常に例外が存在するのである。
テレビでは新たなガス漏れ事件の発生を伝えている。
「また、ガス漏れ!」
「新都の方は大変ですね」
士郎と桜がガス漏れの会話をしていると、テレビからは通り魔のニュースも飛び込んで来た。
「やだ、若い女性を狙った犯行よ」
大河も流石に不安になったらしい。
「ねえちゃんも気を付けろよ」
「あら、士郎でも心配してくれるの?」
士郎をからかうチャンスと思って食いついて来る。
「そりゃ、心配だよ。ねえちゃんなら逆に通り魔を再起不能にするからね」
「士郎!」
「何だよ?」
思わず士郎に詰め寄った大河だが、士郎には悪気はなく、真剣に大河が通り魔を再起不能にすると信じ込んでいる。
「あのね。私も女の子なんだけどね」
「うん。知っているよ」
長年の頼れる姉を演じた為に士郎は大河を過大評価している様であった。
大河としては複雑である。剣道五段で冬木市では敵無しの腕前なのである。士郎が過大評価するのも無理は無いのだ。
しかし、女性として士郎から「ねえちゃんは俺が守る」くらいは言って欲しいものである。
「桜先輩も気を付けてね。先輩は美人だから危ないよ」
純粋に桜を心配する台詞で微笑ましいのだが、今の大河には堪えるのである。
朝食を摂り終わると大河は失意のまま出勤するのである。
士郎は桜は朝食の後片付けを終えると一緒に登校する。
居間の上にはセイバーの為に五千円とメモが置かれている。
「この国の金子ですね」
メモには登校中に隠密での護衛の依頼と朝食と昼食代として現金を残して行く事が書かれていた。
「士郎の配慮に感謝を」
セイバーもアーチャー程ではないが常人よりも視力は良い。
士郎と桜の2人を遠くから見ていて微笑ましいのである。
士郎は聖杯戦争などの血生臭い争いに関わるべきでは無いと思うセイバーであった。
士郎が校舎に入るのを確認するとセイバーは新都の飲食街に朝食を摂りに行く。
幸い士郎がお勧めの飲食店もメモに書いてあったので無駄な時間を使わずに目当ての店に辿り着いた。
店員の説明によると定食を頼んだ客は御飯が食べ放題というので、一番安い定食を頼んだのである。
聖杯に召喚されて初めての食事である。メニューは納豆と生卵に焼き海苔と漬物と味噌汁である。
店員が納豆と他のメニューと交換を申し出たが店員の配慮に感謝したが納豆を貰う事にした。
結局、納豆で御飯を2杯、生卵で卵かけ御飯にして1杯、焼き海苔で1杯、味噌汁で2杯、最後に漬物を御飯に乗せて茶漬けにして1杯の御飯を食べたのである。
「日本の食事は、とても美味ですね」
6杯もお代わりしたセイバーの言葉に嘘が無い事が分かる。
店主としては料理人としては嬉しいが経営者としては遠慮して欲しい客である。
食欲を満たしたセイバーは衛宮邸に戻り、士郎のメモの指示により、土蔵から一升炊きの釜を探し出す。
土蔵から釜を探し出すと再び士郎の学校に戻り辺りを偵察する。
「敵の姿は無い様ですね。やはり、素人の士郎より、凛の方を警戒しているのでしょうか」
学校周辺に敵の気配が無い事を確認すると既に昼過ぎであった。
「10年で新都の街並みも変わりましたね。やはり、私が消えた後の大火が原因でしょうか」
新都の飲食街を宛も無く歩いていると信じられない看板を発見した。
『超メガ盛カレーを30分以内に完食すれば料金が無料。更に、賞金三千円!』
今朝の定食屋の食事で食の快感に目覚めたセイバーが参加を決意するまで数秒の時間しか必要としなかった。
「超メガ盛りカレーに挑戦させて頂きます!」
この時、店主は背筋に電気が流れるのを感じた。
(このプレッシャーは!)
開業して25年。10年前の大火からも店を守り抜いた店主はセイバーを強敵と見破ったのである。
(メガ盛りと違うのだよ。メガ盛りとは)
(見せ貰いましょう。超メガ盛りとやらのボリュームを)
超メガ盛りと名を冠するだけあって、皿はパーティー用のオードブルの皿である。
付け合わせのサラダもラーメン丼に刻みキャベツが山盛りである。
「これは、美味しそうですね」
前回の聖杯戦争では食事らしい食事はなかった。そもそもが食事の必要もなかったのだが、今は魔力補給の為という大義名分があるのだ。誰に遠慮する必要はなかった。
(何だと!付け合わせのサラダを10秒で完食とは!)
勝敗は既に決した。結果としてセイバーは13分45秒という空前絶後の記録を出したのである。
後に新都飲食店協会史に「炎の7日間」と「白い悪魔」と記された伝説の幕開けであった。
この日、セイバーに制覇された飲食店は3件である。賞金総額九千円になる。
「何て平和な国なんでしょう。美味しい食事を無料で食して金子まで貰えるとは」
飽食の国の豊かさに感謝しながらセイバーは士郎の下校時間に合わせて学校に戻る。
下校中の士郎を遠くから尾行する様に護衛して無事に衛宮邸まで帰宅する。
「士郎。学校周辺には敵の気配は有りませんでした」
「ありがとう。セイバー」
「敵は凛に的を絞っていると思われます」
セイバーの意見に士郎も賛成する。
「敵にしても、素人の僕より強敵の遠坂先輩を先に潰したいのが本音かな」
セイバーと士郎と今後の戦略を話ながら土蔵の一升釜を洗い始める。その横で士郎は米を研ぎ始めた。
「米の支度をしたら学校に戻ろう。遠坂先輩と僕が合流する限り、敵も迂闊に手を出せんだろう」
「正しい判断です。士郎。戦力は分散させない方が望ましい」
2人は米の支度をすると学校にトンボ返りをする。
高等部の敷地に入った途端に士郎は急激な体調の悪化を覚えた。背中に悪寒が眩暈がする。
「士郎!」
何処か遠くからセイバーの声が聞こえる。ぼやけているがセイバーが目の前に居るのが見えるのに不思議だなと思いながら士郎は意識を失った。
職員室に美綴綾子が飛び込んで来たのは放課後の職員会議が終わった直後であった。
「藤村先生は?」
「あら。そんなに慌てなくとも、私は逃げないわよ」
綾子の常に無い慌てぶりに弓道道場で事故でも起きたのかと大河も内心は焦りながらも綾子を安心させる為に、いつも様に能天気な返事する。
「それが、先生の弟さんが倒れたそうです。今、間桐さんが弟さんの家に向かってます。先生も早く!」
一瞬だけ、表情を強張らせて姉の顔を見せた大河だったが直ぐに教師の顔に戻す。
「桜ちゃんが向かっているなら、大丈夫よ。逆に2人の邪魔したら恨まれちゃうわよ」
「先生。あの私も弟が居ますから分かりますが、弟さんの為にも帰ってやって下さい」
「でも、士郎は本当の弟でもないから」
綾子の説得にも教師としての態度を崩そうとしない大河に綾子も攻めあぐねたが意外な助け船が出た。
「藤村先生。話は美綴から聞きました。私も藤村先生が帰宅される事が正解と思います。間桐も未成年ですから誰か大人の監護者が必要でしょう。弓道部の方は私が代行しましょう」
倫理の葛木が大河を説得したのである。
「では、お言葉に甘えて葛木先生に後はお任せします」
葛木と綾子の厚意に感謝しながら大河は急いで衛宮邸に向かうのであった。