桜と士郎   作:周小荒

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嫉妬

 

 変化は急激であった。セイバーの目の前で士郎が二、三歩よろけると膝から崩れ落ちる様に倒れる。

 セイバーが寸前の所で士郎を抱き上げる。

 

「士郎。どうしたのですか?」

 

「大丈夫よ。安心しなさい。セイバー」

 

 背後から凛の声がする。

 

「凛!」

 

「先ずは衛宮君を家に連れて帰るわよ」

 

 小声でセイバーの耳元で指示を出すと凛はクラスメートに士郎が倒れた事と家に連れ帰る事を弓道部に伝える様に依頼する。

 

「分かった。間桐さんか藤村先生ね」

 

 どうやら、高等部では士郎は有名人の様である。それが、今回の様な場合は話が早くて済む。

 

「じゃあ。頼むわね」

 

 凛はセイバーの背中に士郎を乗せるとセイバーと共に衛宮邸を目指すのである。

 

「凛、士郎の身に何が?」

 

「安心して単なる寝不足よ。それから詳しい事は衛宮の家で」

 

 士郎を自宅に連れ帰った2人は士郎をパジャマに着替えさせると布団に寝かせる。

 

「凛、先程の話の続きを」

 

 居間に移動してセイバーは凛に説明を求める。

 

「衛宮君は昨晩は寝るのが遅かったでしょう」

 

「はい。既に日付けが変わっていました。今朝も早く起きて朝食の準備をしてました」

 

「寝不足で体調が悪い時に学校の結界の邪気に当てられたのよ」

 

「学校に結界ですか?」

 

「そう。学校全体を覆う結界を張ってあるわ。起動すると結界内の人間の魂を溶解して施術者に還元する極悪な結界よ」

 

「何と!」

 

 思わず身を乗り出すセイバーを凛が宥める。

 

「安心しなさい。複数の呪刻を作り同時に動かす必要があるから、今日、明日の話じゃないわよ」

 

 凛の説明を聞いて安心するセイバーであった。

 

「その事もあって、衛宮君に相談するつもりだったけどね」

 

 そこまで会話を進めた時に庭から桜が現れた。

 

「あら、間桐さん」

 

「遠坂先輩。あの士郎君の容態は?」

 

 凛は挨拶も無しに士郎の事を口にする桜に内心は苦笑しながらも安心させる為に優しい表情を作り説明をする。

 

「大丈夫よ。単なる寝不足よ」

 

「そうですか」

 

「しかし、間桐さんも庭から現れるとかビックリしたわ!」

 

「それが、玄関には鍵が掛かっていましたから、もしかしたら病院なのかと思って庭に回ったんです」

 

 凛も長年の独り暮らしで玄関に鍵を掛ける習慣が付いていたのである。

 

「あちゃ、それ私だわ」

 

 凛のうっかり癖の発露である。思わず苦笑してしまう桜であった。

 

「それより、衛宮君の事が心配でしょう。様子を見て来ればいいわ」

 

「では、私は玄関の鍵を解錠してきましょう」

 

 セイバーと桜が居間を出ると凛はアーチャーに指示を出す。

 

(アーチャー聞こえてる?)

 

(聞こえてるぞ。凛)

 

(今の内に家に帰って支度してくれるかしら)

 

(予定より早いのでは?)

 

(仕方ないわ。衛宮君の状態が悪いもの)

 

(了解した)

 

 セイバーが大河を連れて居間に戻って来た。

 

「遠坂さん。今日は本当にありがとう!」

 

 大河は凛の手を握り感謝の念を表す。

 

「いえ、私にも責任が有りますから」

 

「どういう事かしら?」

 

 大河の顔は笑っているが目は笑っていなかった。

 

「私も聞きたいです」

 

 都合の良い事に桜が士郎を同伴で戻って来た。

 

「じゃあ。遠坂先輩から説明して下さい」

 

 士郎が茶を淹れようとするのを桜が制止して代わりに淹れるて全員に配る。

 

「では、話ますね。先ずはセイバーの事ですけど、セイバーのお祖父さんと父は仕事上の付き合いで懇意にして頂いてました。それで、今年は父の10周忌になりますのでお祖父さんの名代として弔問に来て頂いたのです」

 

 遠坂家は冬木市内で随一の資産家である。海外との取引があっても不思議では無い。

 

「それと別にセイバーには目的が有りまして、セイバーの一家が昔、事故に巻き込まれた時に助けて下さった方が冬木にいるので挨拶がしたいとの事なんですけど、その方のファミリーネームがエミヤというのです」

 

 衛宮という苗字は珍しい。冬木市でも一件しか無い。

 

「それで、昨晩、スーパーで偶然に衛宮君と会いまして、セイバーに衛宮君のお父様の遺影を確認して貰ったら同一人物でした」

 

 大河の表情も複雑である。

 

「切嗣さんも海外に行く事が多かったもんね」

 

「はい。仕事の度に切嗣は私達の家を訪問して私を可愛がってくれました」

 

 セイバーが凛の話を補強する。

 

「それで、衛宮君が寝不足になってしまたんです」

 

「それは仕方ないわよ。それなら士郎も今朝、会った時に話してくれたら良かったのに」

 

「ごめん。今朝はニュースの事で忘れてたんだよ。だから、放課後、姉ちゃんに報告するつもりで高等部に寄ったんだよ」

 

「それで、倒れたなら本末転倒だわ。もう、心配を掛けさせて!」

 

「まあまあ、先生。士郎君も反省してますから」

 

 桜が大河を取り成す。

 

「それで、何ですけど私とセイバーは暫くの間、この家に下宿する事になりました」

 

「なんですって!」

 

「遠坂先輩。どういう事なんですか?」

 

 予想通りに大河と桜が大騒ぎになる。

 

「その、恥ずかしい話ですが、私の家も老朽化しまして、天井が壊れまして季節が季節だけに寒いですから」

 

 大河も桜も昨日の朝から遠坂家の屋根にブルーシートが被せてあるのを目撃している。

 実は凛が英霊の召喚をミスしてアーチャーが落下して作った穴である。

 

「遠坂さんの家も年季の入った石造りの家だからねえ」

 

 大河も桜も納得してしまった。

 

「それに、セイバーには父さんの事を色々と聞きたいから」

 

 士郎の言葉で大河も桜も反対する事が出来なくなってしまった。

 セイバーだけを下宿させるより凛も一緒の方が安心でもある。

 

「話も済んだし、今日は私が挨拶代わりに夕食を作るわ」

 

「あっ、それなら私も手伝います」

 

 凛と桜で大急ぎで夕食を作る事になる。

 

「遠坂先輩。何を作ります?」

 

「時間が無いから簡単な野菜炒めとスープでも作りましょう」

 

 凛が野菜炒めを作り、桜がスープを担当する。

 

「衛宮君もマメねえ。調味料も揃っているじゃないの」

 

「士郎君は将来は料理人志望なんです」

 

「そうなんだ!」

 

 凛の作った野菜炒めは逸品と言えた。家庭では難しいと言える油通しもしていて味付けも絶妙である。

 桜が作ったスープも滋味深い味であった。凛が使った野菜の切れ端を細かく切って具にして出汁は士郎手製のハゼの焼き干しである。最後に中華鍋に残った調味料が加えているので魚特有の臭みも消えている。

 

 食事が済むと大河が実家から車を回して桜と凛を家まで送る。凛を家まで送ると荷物を乗せて再び衛宮邸に戻るのである。

 

「すいません。御手数をお掛けしまして」

 

「いいのよ。最近は物騒だからね。それと士郎の事を宜しくね」

 

 走り去る車を見送りながら凛は士郎に軽い嫉妬をした。

 この10年間、孤独だった自分に比べて、士郎には養父と大河が居た。最近は桜も居る。

 そして、桜にも慎二が居る。慎二も桜と不仲の様に見えているが、慎二は兄馬鹿の一面もある。桜が弓道部なのも妹を心配して目の届く範囲に居させる為である。

 

(凛、どうした?)

 

 アーチャーが霊体化したまま、凛に話掛けた。

 

(何でもない。藤村先生は良い先生だなと思っただけよ)

 

 アーチャーに荷物持ちをさせて家の中に入るとセイバーと士郎は既に入浴を済ませていた。

 

「遠坂先輩も疲れているでしょう。先に風呂に入って下さい。その後に話をしましょう」

 

「分かったわ。部屋は?」

 

「部屋は奥の部屋で使って下さい」

 

「ありがとう。アーチャー、頼むわよ」

 

 凛が入浴中にアーチャーが部屋に荷物を運び込む。呆れた事にベッドに布団まで持ち込んでいる。

 

「魔術にホイホイカプセルとかあるのか?」

 

 士郎が疑念を抱くのも当然である。

 凛が風呂から上がると士郎の体調を考えて手短な会議が始まる。

 

「セイバーから聞いたけど、学校の結界を何とかするのが急務ですね」

 

「問題はサーヴァントが仕掛けた結界よ。人間には破壊は無理よ。呪刻を見つけては消却するしかないのよ」

 

「教会は?」

 

「綺礼の奴、居留守を使っているのよ!」

 

「教会の本部に電話をするしかないのか」

 

「電話して動く頃には結界は完成しているわよ」

 

 何処の業界も組織が大きくなるとお役所仕事になるらしい。

 

「しかし、学校中が呪刻だらけなのも問題だよなあ。呪刻を消すだけでも大変なのに」

 

 士郎のぼやきに凛が反応した。

 

「衛宮君。今、変な事を言ったわね」

 

「変な事?」

 

「学校中が呪刻だらけって、衛宮君には分かるのね?」

 

「逆に遠坂先輩には見えないの?」

 

「呪刻が見えないから問題なのよ。私には神経を研ぎ澄ませないと見えないわ!」

 

 人には向き不向きがあるが、士郎と凛の向き不向きは真反対の様である。

 明日の放課後に2人で呪刻を消却する事にして、その日は就寝する事にした。

 

「衛宮君。私は低血圧なの。悪いけど、明日の朝食は任せるわ」

 

「分かりました。何なら風呂も用意しましょうか?」

 

「それは、流石に甘え過ぎよ」

 

 そして、士郎は前日同様にセイバーと一緒に寝るのである。

 それを知ったアーチャーは悩まざる得ない。

 

(ふむ。この世界の衛宮士郎は私と同姓同名の完全な別人だな)

 

 この世界の衛宮士郎は自分と違い大事な人を大切に出来る様である。

 

(しかし、あんなに甘えん坊ではなかったぞ。あの年頃の自分は!)

 

 屋根の上で自分とは違う自分について困惑するエミヤであった。

 

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