士郎は朝食の準備と放課後は凛と共に呪刻消却に時間を取られるので夕食の仕込みも同時に行っている。
「出汁は取れたぞ」
「それでは、ハゼは上げて水切りしたら鍋に入れて下さい」
「甘露煮にする気か?」
「はい」
「ならば大根と人参も入れておけ」
「ナイスアイデアですね。では大根と人参も頼みます」
何故かアーチャーも手伝っている。
「おはよ」
「凛。自宅とは違うのだぞ!」
低血圧の凛が幽鬼さながらの風情でパジャマ姿でキッチンに入って来る。
「うわ!」
桜以外の女性には幻想を抱かない士郎も凛の様子を見て流石に引いている。
「今なら遠坂先輩と戦っても勝てる気がする」
アーチャーが慣れた動作で凛に牛乳を手渡すと凛は一気に牛乳を飲み干す。
「凛、飲んだら直ぐに顔を洗って来い」
士郎にはアーチャーがサーヴァントではなく口煩い保護者に見えた。
「その、毎日があんな感じなの?」
「良いか。凛の様な女性は極稀な存在だ。偏見を持つな」
返事しながら士郎は大河を思い出した。自分は凄い確率で稀な女性と縁があるのか、アーチャーの言う事が気休めなのかと思ったがサーヴァントや聖杯戦争に巻き込まれた自分なら前者であろうと思う事にした。
自分には桜が居るのだ。他の女性の事は関係無いのである。
「おはようございます!」
桜が来たのでアーチャーは霊体化する。
「士郎君。昨日の今日よ。ゆっくりしていいのよ」
「昨日はぐっすりと寝ましたから大丈夫ですよ!」
事実、昨夜はかなり深く眠る事が出来たのである。セイバーが居なくなった後が心配になる。
桜も士郎の顔色を観察すると納得したらしく朝食作りに参加する。
「お出汁が多くない?」
「半分は返しにしますから」
「じゃあ、いつもの鍋に分けるわね」
桜が参加する頃に着替えて身支度を済ませた凛と大河も居間に集まって来る。
「藤村先生、間桐さん。おはようございます」
「士郎、桜ちゃんに遠坂さん。おはよう!」
お嬢様然とした凛に士郎も唖然となる。
(女の人って、凄いや)
士郎は内心の心情とは別の事を口にする。
「遠坂先輩。セイバーが道場に居ますから呼んで来て貰えませんか」
「道場ね。分かったわ」
凛がセイバーと戻って来る頃には朝食も出来上がっていた。
「では、全員が揃ったので戴きます!」
少食の凛が給仕役を務める。
(無理してでも食べるべきかしら)
セイバーと士郎は別にして、大河と桜の食欲と体型の因果関係を考える凛であった。
セイバーを残して全員が学校に出掛けるとセイバーも隠れて士郎の護衛を始める。
士郎が校舎に入るのを確認すると学校周辺を前日同様に索敵する。
「やはり、今日も敵の気配は有りませんね」
索敵が終わる頃には昼近くなっていた。
「今日は呪刻を消却する士郎が襲撃されて戦闘になる可能性も有るから、少し多めに昼餉を摂りましょう」
完全な言い訳である。昨日と同様に新都の大食いの看板を探して快進撃を繰り広げる。
手始めにステーキ屋から始まり1日で7軒の店を制覇したのである。
これより、「白い悪魔」の二つ名が完全定着するのである。賞金総額は二万五千円になる。
放課後、士郎はセイバーを高等部の敷地の外に待機させて凛と共に呪刻を消却して回る。
呪刻は校舎の壁や地面だけではなく黒板や体育館のバスケットボールのゴール等にも施されていた。2人が校舎内を歩いていると女性の悲鳴が聞こえてきた。
「遠坂先輩。今のは?」
「何か分からないけど、行くしかないわね」
2人が声のした方向に向かうと凛のクラスメートの三枝由紀香が倒れていた。
「三枝さん!」
士郎は女性相手という事で凛に介抱を任せる。
「保健室まで運びましょうか?」
「保健室では間に合わないわ。魔力の源である生命力を抜かれているわ」
「そんな!」
「まだ、大丈夫よ。今なら間に合う」
凛が由紀香を膝に乗せて応急措置を始める。
「衛宮君。気が散るから、そこのドアを閉めてくれる」
「はい」
凛に指示されたドアに向かって歩き出そうとした士郎の脳裏に、ある疑惑が浮かんだ。
「アーチャー!」
士郎が叫ぶと同時にドアの隙間から見えない何かが凛に目掛けて放たれた。
廊下には激しいが鈍い金属音が鳴り響いた。
「アーチャー、ナイス!」
「良い判断だ!」
アーチャーも士郎に呼ばれて気付いたのが、凛を射殺する為に凛のクラスメートを襲い。凛が応急措置をする事を見越して狙い打ちが出来る場所に由紀香を倒れさせたのである。
「確かに、死にかけた知り合いを見たら冷静な判断は出来ん!」
「アーチャーはここに居て。彼方は囮かもしれん!」
士郎は見えない武器が飛んで来た方向に1人で走り出す。
「アーチャー!」
凛が言外に士郎を追跡する事を命じるがアーチャーは動かない。
「凛。私は君のサーヴァントなのだ」
士郎の身を守るのはセイバーの仕事だとアーチャーは主張する。
アーチャーの主張は正論なので由紀香の応急措置を急ぐ凛であった。
「おや、サーヴァントを呼ばないのですか?」
雑木林の中で士郎は姿を隠したサーヴァントと対峙する。
「ふん。女の子を隠れて襲う様なセコい奴は僕一人で十分だよ」
「私も舐められたものですね。最後のチャンスをあげましょう。今、直ぐにサーヴァントを呼びなさい」
口調は優しいが声には微妙にプライドを傷付けられた怒りを含んでいた。
「ならば、遠慮なく」
士郎は懐から小さな笛を取り出した。
「マグマ大使!」
一声掛けて笛を吹く。
「貴方はふざけているのですか?」
今度は怒りに満ちた声が士郎の行為に抗議したが、本当にセイバーが空から降って来る様に現れたのである。
「ゴア、行くぞ!」
数瞬の沈黙が流れた。多分と言うよりは確実に敵のサーヴァントは呆れた様である。
「貴女、英霊でありながらマスターに犬扱いされて平気なのですか?」
質問というよりは完全な詰問である。
「それが、危険な時は笛を吹いて呼びたいと令呪を使って脅されたのです」
流石にセイバーも思う所がある様で視線を地面に向けて詰問に応えた。
「貴女のマスターもふざけた人ですね」
セイバーも同意したいのだが、流石に士郎の前では憚れた。
「ふん。ふざけて無いさ。三騎士の余裕だよ」
「とことん、人の神経を逆撫でしてくれますね」
士郎の挑発は止まらない。少しでも時間稼ぎをして応急措置を済ました凛とアーチャーとの合流を狙っているのだ。
「ふん。姿を見せないブスに言われたく無いさ!」
「そこまで、私の姿が見たいなら見せてあげましょう」
姿を現したサーヴァントは確かに美女であった。セイバーや凛も美少女だが目の前に現れたサーヴァントは大人の色気と美しさを持った美女である。長く美しい髪に服の上からも分かる豊なバストに細く括れたウエストに丸みを持ったヒップに長い手足。
内心、セイバーと比べて負けたと思いながらも士郎が口にしたのは別の事である。
「そんな、ふざけた格好して言えた義理か!」
士郎も思わず叫んでしまった。それほど、敵のサーヴァントの格好は非常識であった。
「何時の時代の英霊がボディコンの服を着ているんだ!」
「敵のサーヴァントよ。その服については私もマスターと同意見です」
「まさか、バブル時代の英霊とか言わんよな」
バブル時代の英霊ではなく、古来に起源の英霊ならば、聖杯の故障は深刻であると思う。
「私は今回の聖杯戦争でも古い時代の英霊なのですが……」
ライダーは士郎とセイバーの酷評に精神的にKO寸前であった。自身でも気に病んでいたのだ。
聖杯に執着していたセイバーも流石に冬木の聖杯に対して疑念を抱かざる得ない。
「まさかと思うけど、アサシンのサーヴァントじゃないよね」
色仕掛けで来られたら自分は簡単に殺されると思った士郎である。
「私はライダーのサーヴァントです」
「キャスターなら、まだ理解も出来るけど、その格好で馬や戦車に乗るのは無理があるだろう」
士郎の意見にセイバーも同意する。馬の肌と擦れる内股の部分が剥き出しなのも実際に日常的に騎乗していたセイバーから言わせれば有り得ない事である。
「私だって、こんな格好で召喚されたく有りませんでした!」
ライダーも若い女性である。士郎だけでなく同性で同じサーヴァントのセイバーからの酷評に遂には心が折れてしまった。
「ちょっと、セイバー。何も泣かす事は無いだろう」
「狡いですよ。士郎。最初にライダーの衣服を批判したのは士郎じゃないですか!」
「だって、僕は男だし人間だもん。セイバーは同性で同じサーヴァントじゃないか!」
ライダーが泣き出したのに慌てて責任を擦り付け合う主従である。
「その服もライダーみたいな美人でナイスバディのお姉さんだから似合うんだよ」
「どうせ私は大女ですから!」
士郎もサーヴァントとは言え泣かせてしまうと罪悪感を感じてしまうのである。
「ほら、遠坂先輩みたいに貧乳の女性が着たら似合わないよ。身長も今の時代ならライダーくらいの身長はモデルさんとか美人の条件だからね」
士郎も必死である。ライダーに言っている事は本心だが捉え様によればセイバーの事を酷評する事にも繋がるからである。
「士郎が謝罪するべきです。戦いの中とは言え女性に対して失礼な事を発言をしたのですから」
(自分も一緒に言った癖に!)
セイバーに文句を言いたくとも言えずに、凛とアーチャーが慎二を捉えるまで続くのであった。