生島提督の鎮守府録   作:ジルラーザ

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9月中に投稿するとか言うから…。


生島優希

帝国歴73年3月30日、長崎県何処かの港町、居酒屋「卯月」

 初めて来たときは、元艦娘の人が切り盛りしている店かと思ったものだが、実際は至って普通の居酒屋である。

 本郷孝は、その居酒屋の二階の和室のでグラス(というよりジョッキ)に注がれたビールを掲げていた。

 「ほんじゃ、優希の鎮守府着任を祝して乾杯。」

 「乾杯。」

 今回の祝賀会(といってもメンバーは、本郷を除き一人だけだが)の主役、自分の養子である生島優希と杯を交わし、そのままグラスを呷る。この喉にくる感じと、広がる苦味が本郷は何よりも好きだった。

 優希の方はというと、まだ未成年で酒は呑めないので、烏龍茶を飲んでいる。

 間もなくして、部屋に料理が運び込まれ二人だけの祝賀会が始まった。

 料理を食べながらの会話はお互いの近況報告になりがちだ。その点において今回の話題が優希のことになるのは、至極当然の流れであった。なぜなら

 「どうだ?新しい鎮守府の雰囲気は?」

 優希はこの4月から提督として鎮守府に着任し、これはその祝賀会であるからである。

 「どうって言われてもねえ…。まあ、さすがに新築の鎮守府って感じかな。綺麗だし、フローリングだし。執務室は絨毯だったけど。」

 「俺等が子供の頃は鎮守府=赤レンガ、もしくは普通のレンガだったのにな。時代は変わるねえ。その調子で海軍本部もフローリングに改装してくんねーかな。」

 ハハッと、本郷は笑い、天ぷらを頬張る。

 「そういや、本部だけそのままなんだっけ?」

 「本部だけっていうよりは、地方の中枢鎮守府もだな。舞鶴とか佐世保とか、深海棲艦に対抗するために、艦娘が生活できるよう改装したはいいが何せあのときは急いでいたからな。施設の増設とちょっと掃除するくらいしかできんかったから。住みやすさや施設の綺麗さなんて二の次さ。」

 これらの鎮守府は元々あった海軍施設を改装、あるいは増設したものが殆どで、艦娘の運用に適していない問題(工廠、港が大きすぎるなど)や、そもそも建物自体が老朽化しているといった問題があった。

 「まあ、最近の鎮守府の新設数の増加に伴って横須賀本部と地方中枢鎮守府の近々大規模な改装があるらしいから、こういう愚痴も聞かれなくなるだろうけどな。」

 「そうなんだ。」

 もう本部に行った時に天井や壁のシミを数えることもないのかあ。と優希は少々残念に思いながら、烏龍茶を飲む。ちょうど空になったので、店員を呼び新しいものを注文する。

 そこから先は、お互いのこと(といっても殆ど優希の話から入りそれを本郷が広げるというもの。)を語り合った。

 最初は、「初期艦は誰にしたんだ?」や、「資材の運用は…した方がいいぞ。」など、海軍らしいものが多かったが、だんだん酒が廻ってきたのか「彼女はいないのか?」とか「貯金は海軍になってもした方がいい。」とかになっていき、終いには「優希の成績でこんな地方の鎮守府に着任なんておかしい!」という我が子に対する贔屓目たっぷりのものになっていた。

 (それに関しては言わんでくれ。)

 優希は、なおもヒートアップする本郷を見ながら、溜め息をつきたい気分だった。

 確かに優希の海軍士官学校での成績は優秀なもので、普通であれば横須賀鎮守府管轄内に着任したりするのだろうが、実際着任したのは地方のしかも離島の鎮守府だ。子思いな養父の本郷が、納得いかないのも無理からぬことだ。

 しかし、実際のところ優希がそんな辺境の鎮守府に着任したのは、本人の希望によるところが大きい。

 理由としては、本部のギスギスした雰囲気をよく本郷から聞かされていた(愚痴られていた)ため、そういう雰囲気が苦手だったこと。

 そしてもう一つ、優希が海軍になった目的によるところだ。その目的を果たすためには、忙しいのに中央の鎮守府より、地方の比較的暇な鎮守府の方が都合がいいからである。

 そして優希はその目的のためにある組織に所属している。本部から目をつけられている組織なので、その意味でも中央からはできるだけ離れた場所の方が都合が良かった。

 もちろん、この事は養父である本郷にも伝えてない。否、横須賀鎮守府付きの軍人である本郷には伝えられないのである。

 このまま本郷をヒートアップさせたままだと、この事について結果的に探りを入れられることになりかねないので、優希は本郷を宥めることにした。

 「お義父さん、呑みすぎだよ。それに、場所なんて関係ないさ。どこであろうが自分のやることは変わらない。"奴ら"を見つけ出して叩くそれだけだよ。」

 これは優希の本心でもある。実際、鎮守府の場所は地方であればどこでも良かった。目的さえ果たせればどこでも良かった。まさか、本部から最も遠いところになるとは思わなかったが、それは嬉しい誤算というものだ。

 そして、"奴ら"見つけ出して叩く。これも本心だ。本郷は"奴ら"を深海棲艦と捉えるだろうが、優希は心のなかで別のものを指していた。

 優希が海軍になった理由。なんとしても"奴ら"を見つけ出し、雪辱を果たさねばならない。なんとしても。

 そこまで考え、優希は本郷を宥める手に力が入っていることに気づく。

 まったく、常に冷静でなければならない軍人にあるまじきことだなと、優希が自嘲の笑みを浮かべたときだった。

 「それは…。その"奴ら"ってのは深海棲艦のことか?」

 そう言って振り向いた本郷の顔は嫌に真面目だった。

 その顔をみて優希は硬直してしまった。

 悟られたのか、それとも偶然きいてきたのか優希にはわからなかった。

 わからなかったが、このまま黙って固まっていては余計に怪しまれる。

 「ああ、そうだよ。」

 だから、できるだけ自然に、でも間髪いれずに答えた。

 本郷は「そうか。」とだけ言って、そのまま机に視線を戻す。しばらく沈黙が流れ、優希は冷や汗が出てきそうな、そんな心情でいた。

 と、突然

 「よし、もうこんな時間だしお開きにするか。」

 手を叩き唐突に明るい声で言うものだから、優希はまたまた硬直してしまった(さっきとは違う意味で)。

 あわてて時計を確認してみると、針は10時を過ぎていた。開始が7時だったのでたっぷり3時間いたことになる。

 さすがに長居しすぎたな。そう思い畳んでおいていたコートを着て腰をあげる。本郷はもうすでに会計の支度を済ませていた。

 二人は会計に行き、そのまま店を後にした。今回の食事代は本郷が奢ってくれた。礼を言うと。

 「これで最後だからな。」

 と、言われた。これからは養子としてではなく、一人の大人として扱うという意思表示だろう。それがわかったので優希は、

 「わかってるよ。」

 と、返しただけだった。

 本郷はその後特に何も話しかける訳でもなく、

 「じゃあな。頑張れよ、優希。」

 とだけ言って、帰路についた。今日中に横須賀まで戻るのは恐らく無理なので、どこかに泊まるのだろう。

 優希も「お休みなさい。」とだけ言うと。帰路についた。

 

 居酒屋から5分ほど歩くと、いま優希が暮らしている部屋のあるアパートが見えてくる。この近辺の鎮守府に新しく着任する提督のために二部屋だけ借りられている3階立てのアパートで、他の部屋には普通の住人が住んでいる。夜遅くなってしまったので、あまり足音をたてないように階段を昇っていく。

 用意されている部屋は3階の一番階段から遠い部屋だ。そのとなりの部屋には誰も住んでいない。機密が少しでも漏れないようにするためのものだ。

 そんな回りくどいことをするくらいなら、海軍で宿舎を用意しろとも思うだろうが、生憎日本全国+東南アジアの全てに新しく着任する提督のための宿舎を作るほどの予算はないのだ。

 逆にそんなことしなくても、ある程度信用できる付近のアパートを確保した方が都合が良いのだ。

 しかし、いくら機密漏洩を防ぐためとはいえ、毎回階段を3階分昇ってそこからさらに廊下を歩いていかなければならないのは(逆もまたしかりである。)、正直、もう少しどうにかならなかったのだろうか。

 ようやく部屋の前にたどり着いたとき、優希はハァと溜め息をついた。ついたところでドアノブをこれまた大きな音がたたないように開けて、部屋の中に入り、そーっとドアを閉める。

 「ただいま。」

 どうせ返事は返ってこないだろうと思っていた。ただいま。といったのは、言うなれば癖だ。長年の生活で(といっても彼は18歳だが。)身に付いた癖。そのため返事を期待していなかった。が、

 「お帰りなさい。遅かったのね。」

 落ち着いた女性の声が返ってきた。そして部屋の奥から、その声に不釣り合いなあどけない顔をした少女が出てきた。

 「なんだ。起きてたのか。」

 優希は少し驚きながらも、笑みを浮かべて、出てきた少女-黒井碧音を見つめる。

 「なんだとは何よ。部屋の明かりはついていてはずでしょ。」

 碧音は、呆れ声でそういい、すぐに振り返ってリビングへ入って行った。

 優希は靴を脱ぎ、碧音の後を追う形でリビングへはいる。

 このアパートには部屋が3つあり、優希たちは玄関から一番近い部屋をリビング、残り二つの部屋をそれぞれで分けて暮らしている。決して広いとは言えないが、2週間滞在するだけの部屋なので、十分であると言えよう。

 優希が何の気なしに机の上をみてみると、何やら空になったボトルとコップが置いてあり、その横には、干し肉の写真が印刷されたパッケージの袋が置いてある。まあ、いわゆる酒とつまみである。

 「随分呑んだんだな。」

 優希が机の上にあったボトルを拾い上げ、しげしげとそれを眺める。ラベルからしてウイスキーだろうか。

 「別に今日全部呑んだわけじゃないわよ。この二週間の間に少しずつね。明後日着任だからちょうど良かったわね。」

 碧音は、あどけない顔をしているが、年齢は優希の4つ上、つまり22歳である。

 「で、どうするの。お風呂にする?」

 「そうだな。そうさせてもらうよ。」

 優希はそういうと、着替えを取りに自室に向かった。

 

 

 本郷は、居酒屋付近の宿屋の部屋の窓を開け、タバコを吸っていた。列車はまだ走っているが、どうせ今日中に横須賀には帰れないので、今日の寝床を探すことを優先したのだ。ふうっと煙草の煙を吐き出す。今夜は港町には珍しく無風状態だった。まっすぐ昇る煙を眺めながら。今日のことを思い出す。

 優希が例の組織に入っていることは実は知っていた。

 その組織は、確かに本部から要注意組織として目をつけられている。が、それは彼らの目的が、本部の意向にそぐわないという理由によるものだ。実際本郷も、彼らの目的には賛同している方の人間だ。そのため度々彼らから誘いを受けていた。とはいっても、本郷は一応本部の人間なので体制を重んじ、丁重に断ってきたのだ。優希が彼らの仲間になったのを知ったのは、その断りの連絡をした時だった。相手はいかにも残念そうに言った。

 「生島君も、我々の考えに賛同してくれたんだがねぇ。」

 今にして思えば、あれは一種の脅しだったのかも知れない。だがそれは、彼には意味のないことだ。確かに本郷は優希のことをとても可愛がっていたが、だからといって彼の人生にまで干渉するつもりはなかった。彼には彼の人生がある。そう本郷は考えている。だから彼がどんなことをしても余程の事でなければとやかく言うつもりはなかった。だから優希には黙っているのだ。

 そして今日、優希の力の入った手の平、表情をみて確信した。彼は自分の信念に基づいて行動しているのだと、どうあってもそれを変えるつもりはないと。

 "奴ら"に対する復讐を望んでいるのだと。

 だが、それがどんな結果を招くにしろ、優希がその事に関して本気であることが確認できた今、本郷にそれを止めるつもりは無かった。

 (好きなだけやれ。優希。)

 そう心のなかでエールを送りながら、本郷はもう一度タバコを吸って虚空へと吹き掛けた。

 

 

 優希は部屋のリビングで風呂上がりのお茶を飲んで体の火照りを冷ましていた。

 テーブルの上には、一つの冊子が置いてある。1cmほどの厚さのそれは提督のために配られるマニュアルのようなものである。といっても、艦隊の運営や、鎮守府の運営方法等は、海軍学校で事前に勉強しているし、着任してからも初期艦の子が色々教えてくれるので、特に必要ないのだが、例えば単純に建造の資材の配分を忘れたとか、初期艦との間に運営方法の認識について差異が出たときなどの確認用に用意されているのだ。着任は明後日。明日は荷物の運び込みなどで忙しいので、今のうちに確認しとけ、という碧音の言葉が聞こえてくる。

 当の本人はというと、もう寝床についているようだった。彼女はあまり夜遅くまで起きれる人間ではない。今日はなぜ起きていたのかは優希には分からなかったが。

 おもむろに卓上にあるマニュアルを広げてみる。マニュアルは艦隊や鎮守府の運営方法の簡単な説明から始まり、装備の種類やその開発資材配分、そして全艦娘のプロフィールとその建造資材配分が載っている。

 プロフィールは、簡単な性格や艦だった頃の戦績、接し方に関しての注意事項などが書かれている。ここまで聞くと普通に聞こえるかもしれないが、内容をよく見てみると、ヤンデレになりやすいので接し方に注意とか、ダークマターを生成することがあるので厨房には立たせないこととか、挙げ句の果てには、よくパンツを見せてきますが本人は無自覚なので優しく見守ってあげましょうとか、なんというかこれを書いた人は随分とユーモラスなんだなあ、と逃避したくなるような、このマニュアルを作った本部に不安を抱くようなそんな内容なのだ。

 さらに優希を不安にさせることが、先ほどの最後の説明がなされた艦娘、それこそが、明後日顔を合わせる予定の初期艦の吹雪のものなのだ。

 訓練学校では、優しく真面目でよく尽くしてくれるとてもいい子です。みたいな説明がなされていたが、これはどういうことだろう。

 今になってマニュアルの表紙に赤字でマル秘とかかれていたか分かった。分かりたくなかったが。

 (これは艦娘には見せられないな。)

 他者の書いた自分のプロフィールを見るだけでも恥ずかしいのに内容がこれだともうどうしていいのか分からなくなるだろう。

 ハアッと優希は息をつき、マニュアルを閉じて自分の位置から手の届く範囲で一番遠い位置に置く。

 残っていたお茶を飲み干し、食洗機に入れてスイッチを押し、歯を磨いて寝床につく。

 明後日には提督服に身を包み、鎮守府の門をくぐるのだ。

 (ここまで長かった。)

 あの日から4年。ようやく目的を果たせるときが来た。

 高ぶる胸を押さえるように優希は目を閉じた。

 




もうなん月中にとか言わない…。

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