劣等生と落伍者   作:hai-nas

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皆さんこんにちは、hai-nasです。
完成したので投稿いたします。
どうぞお楽しみください。


第二十五話 風紀委員会の先輩たち

 階段を下りてきた真由美は、開口一番にこう言った。

 

「‥‥‥‥ここ、風紀委員会本部よね」

 

「いきなりご挨拶だな」

 

「だってどうしちゃったのよ、摩利。リンちゃんがいくら注意しても、あーちゃんがいくらお願いしても、全然片づけようとしなかったのに」

 

 そのセリフに摩利が噛みつく。

 

「事実に反する中傷は断固抗議するぞ、真由美!片づけなかったんじゃない、片付かなかったんだ!」

 

「女の子としては、そっちの方がどうかと思うんだけど」

 

 的確過ぎる真由美の指摘に、摩利はとっさに顔を(そむ)けた。

 

「別にいいけどね‥‥‥‥ああ、さっそく役に立ってくれてる訳か」

 

 固定端末のハッチを開いて中をのぞき込んでいる達也の姿を見て、真由美は納得顔で頷いた。

 

「そういうことです」

 

 と、ハッチを閉じて達也が振り向いた。

 

「委員長、点検が終わりました。もう問題ないはずです」

 

「ご苦労だったな」

 

 毅然(きぜん)とした態度で(うなず)く摩利だったが、少しだけ冷や汗をかいているようにも見える。

 

「ふーん‥‥‥‥摩利を委員長って呼んでいるということは、スカウトに成功したのね」

 

「最初から俺に拒否権はなかったような気がしますが‥‥‥‥」

 

 人の悪い笑みを浮かべている真由美を見ようともせず、達也は投げやりな声で答える。

 その態度が気に入らなかったようで、真由美は抗議の声を上げた。

 

「達也君、おねーさんに対する態度が少しぞんざいじゃない?」

 

 言い方もそうだが、まるで子供が()ねているような態度である。

 何から何までわざとらしすぎる。

 ‥‥‥‥とりあえず達也が彼女に言いたかったのは、自分に姉はいないということだった。

 どうも摩利といい真由美といい、この二人には正面から挑んでも勝ち目は薄そうだ、と達也は思った。

 

 

 

 

 真由美が降りてきたのは、今日はもうすぐ生徒会室を閉めることを伝えるためだった。

 入学式が終わったばかりで忙しかったのが、ようやく一段落したらしい。

 彼女は手を振って、生徒会室へ引き揚げていった。

 本格的な活動は明日からということで、達也と摩利の間でもこれで切り上げよう、という話になった。

 そこにちょうどタイミング良くか悪くか、二人の男子生徒が入ってくる。

 

「ハヨーッス」

 

「おはようございます!」

 

 威勢のいい掛け声が部屋に響く。

 

「おっ、姉御(あねご)、いらしたんですかい」

 

 ここはどこでいつの時代だ、と達也は思った。

 背の高さはそれほどではないものの、やけに身体中がゴツゴツした短髪の男が、とても板についた口調で「姉御」と呼んだその相手は――

 

(渡辺先輩のことなんだろうな‥‥‥‥)

 

 当の本人を見ると、微妙に恥ずかしそうだった。

 彼女が少しでもまともな神経を持っていたことに、場違いな安堵を感じる。

 

「委員長、本日の巡回、完了しました!違反者、摘発者、ともにありません!」

 

 もう一人の方は比較的普通だが、とにかくやたら威勢がいい。

 

「‥‥‥‥もしかしてこの部屋、姉御が片づけたんで?」

 

 散々整理整頓された室内を訝し(いぶか)し気に見回していたごつい方の男が、呆気にとられた達也の方に歩いてくる。

 その行く手に摩利が立ちはだかった、と見るや――

 

「ってぇ!」

 

 スパァン!という小気味いい音とともに、男が頭を押さえてうずくまっている。

 摩利が素手で思い切り叩いたのだ。

 

「姉御って言うな!何度言ったら分かるんだ!」

 

「そんなにポンポン叩かねえでくださいよ、姉‥‥‥‥いえ、委員長。ところで、そいつは?新入りですかい?」

 

 それほど痛がっている様子もなく、男子生徒がぼやいた。しかし、凄みのある視線を向けられて慌てて肩書きを取り替える。

 

「そうだ。こいつは一年E組の司波達也。生徒会枠でウチに入ることになった」

 

「へぇ、(もん)無しですかい」

 

 男子生徒は興味深げに達也のブレザーを眺め、次に達也の身体つきを見回した。

 

辰巳(たつみ)先輩、その表現は禁止用語に抵触するおそれがあります!この場合、二科生と言うべきかと思われます!」

 

 もう一人の男子生徒も、そう言いながら値踏みするような態度を注意しようとはしない。彼自身、値踏みするような視線を達也に向けていた。

 

「お前たち、そんな単純な了見(りょうけん)だと足元をすくわれるぞ?ここだけの話だが、さっき服部がすくわれたばかりだ」

 

 だが、からかうように摩利から告げられた事実に、二人の表情は急に真剣味(しんけんみ)を増した。

 まじまじと見られて居心地悪いことこの上なかったが、相手はどうやら風紀委員会の先輩だ。ここは我慢する以外の選択肢はない。

 

「そいつは心強え」

 

「逸材ですね、委員長」

 

 拍子抜けするほど簡単に、二人は見る目を変えた。

 

「意外だろ?」

 

 あまりに端的(たんてき)過ぎて達也は何を問われたのか分からなかったが、摩利の方でも答えを期待してはいなかったようだ。

 

「この学校は、ブルームだウィードだとそんなくだらない肩書きにこだわるヤツらばかりだ。正直言ってうんざりしていたんだよ、あたしは。幸い、真由美も十文字もあたしがこんな性格だって知ってるから、比較的そういう意識の少ないヤツを選んでくれている。残念ながら、教職員枠までそんなヤツばかりとはいかなかったが、ここは君にとっても居心地の悪くない場所だと思うよ」

 

「三ーCの辰巳鋼太郎(こうたろう)だ。よろしくな、司波」

 

「二ーDの沢木(さわき)(みどり)だ。君を歓迎するよ、司波君」

 

 鋼太郎、沢木が、次々と握手を求めてくる。二人が最初値踏みしていたのは、達也の実力の有無だったのだ。

 確かに少し、意外に感じた。そして確かに、悪くない空気だった。

 挨拶を返し、沢木の手を握り返す。が、なぜか手が離れない。

 

「十文字さんというのは、課外活動連合会、通称部活連代表の十文字会頭のことだ」

 

 これを教えてくれるためだろうか?しかしそれなら、もう手を放してもよさそうなものだ。

 

「それから自分のことは、沢木と呼んでくれ。くれぐれも、名前で呼ばないでくれたまえよ」

 

 手にかかる圧力が、達也の意識を現実に引き戻す。

 この学校は魔法だけではなく、他の面でも優秀な生徒が集まっているようだ。

 そしてどうやらこれは、警告のつもりらしい。

 

「心得ました」

 

 そう言いながら右手を細かくねじり、握られた手をほどく。

 達也の見せた体術に、沢木本人よりも鋼太郎の方が驚いた顔をしていた。

 

「ほう、大したもんじゃねえか。沢木の握力は百キロ近いってのによ」

 

「‥‥‥‥魔法師の体力じゃありませんね」

 

 自分のことを棚にあげて、達也は軽口を叩いた。

 少なくともこの二人とは、うまくやっていけそうな気がしていた。


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