そして数日後、妙な目線も2、3日のうちに消えていつもの日常が戻ってきた。海に行く予定も立って、本格的に夏休みも目前といったある日。先生の使いっ走りになって30分ほど、放課後の時間を費やしてから教室に荷物を取りにいった時のことだった。
「あれ、これって」
無人の教室の、机の上にはポツンと置かれた黒いカメラ。校内でこんなのを持ち歩いているのは木賊ぐらいだし、このモデルには見覚えがある。そういえば、あれからも何度か校内で写真を撮っているのを見かけたが、一体どんなのを普段撮っているのだろうか。
普段なら、ここで人のカメラを触るという選択肢は取るわけもなかったが、このときだけは好奇心が勝った。心の中の罪悪感を押し隠しつつ、電源をつけてみる。前に木賊が写真を見せてくれたときは確か……あった。ボタンを押し、写真を画面に映し出してみる。何か規定していたわけではないが、写真はほとんどが運動部の活動風景だった。一部、常盤先輩の写真があるのは、おそらく生徒会関係だろうか。
「……?」
画面に映し出されていたのは俺の写真。確かこれはあの日の、もう撮影してからそこそこ日も経っていたはずなのに、まだ残してたのか。ただ、やはりというべきか、あの日のことを思い出すと少し胸が痛むような思いがする。もう忘れかけていたことだったのに、やっぱり、あの日の木賊の表情が脳裏に残って離れない。あれが佐奈だったら、頭を撫でるなりして慰めていたのだが。今まで一人のクラスメイト程度にしか思ってなかったのに、あの日からずっと彼女のことがどうしても気がかりだ。
「いや、気にし過ぎだよな」
色々とうぬぼれた想像も湧き上がってきたが、あくまで木賊は仲のいいクラスメイトだ。気にしすぎることはない。それにあの日だって、きっと自分が怪我させたと思い込ませてしまっていただけだ。
「あっ、千歳くん……ってちょっとまってそれ!」
「ああ、ごめん」
「いや、それは良いんだけど……とりあえず早く返してもらえるかな」
教室のドアが勢いよく開くと、そこには木賊がいた。勝手にカメラを触ったことはあっさり許してもらったが、中身に触れることは厳禁、といった様子ですぐにカメラを回収された。
「千歳くん、今何してたの」
「……ごめん、勝手に写真見てた」
「はぁ……まさか千歳くんにそんな趣味があったなんて」
「本当にごめん、お詫びに何でもするから」
「それじゃ……もう一回、被写体兼見張り役になってもらえるかな。ほら、この前みたいに一人で写真撮ってると危ないからさ」
撮られるのは慣れているわけではないが、負い目もある以上断るわけにはいかなかった。こうして、明日の放課後にまた、木賊の写真撮影に付き合うことになった。
「勢いで言っちゃった……葵ちゃんや佐奈ちゃんに何て言えば良いんだろう」
家に帰り、ベッドの上で悶える。写真が好きで、そして人物をフレームに入れた構図を撮るのは好きだ。新聞部でもそういう写真を撮っているから、手近な被写体を得られたことは素直に喜ばしい。
「これだと、この前の昼休みの話をただ補強するだけだよね……」
ボクが千歳くんに深入りしたくない理由の一つは、間違いなくあの2人の存在だ。もちろん、親友として葵ちゃんも、そして佐奈ちゃんも大事にしたい。でも、あの2人が千歳くんのことを恋人として好きになっていることは間違いない。記者の感、なんてかっこつけて言ってみたいけれども、あれは2人と、あと千歳くんがあまりに鈍感すぎるだけだ。幼馴染から恋人へ、あるいは妹との禁断の恋、どちらも物語として完璧な上に、ボクから見ても完璧なカップルだと思う。
「全く、千歳くんはひどいよ」
八つ当たりなことはわかっている。それでも、あの2人のそういう気持ちに気付けない千歳くんをとりあえず責めたくなってしまった。それだけじゃない、ヒメちゃんだってあれだけ仲良さそうにしているし、あのボケとツッコミの応酬は夫婦漫才の域にすらある。もしかして、ライバルが多すぎるなぁ。
「……あれっ、ライバルって何のことだろ」
自分で自分の思考に疑問を投げかける。別にボクは千歳くんのことが好きなわけじゃないし、あの3人で彼を巡って色々駆け引きするさまを眺めていたいだけだったはずなのに。趣味の悪い遊びなことはわかっているけど、むしろ皆と仲がいいから、あまり誰かを推しすぎるわけにも行かない。否定を積み重ねて、なんとか思考を切り替えていこうとするも胸の奥に刺さったトゲは抜けそうになかった。
無茶苦茶な話ではあったが、元はといえば俺が勝手に木賊のカメラに触れたのが悪かった。それに写真が残っていたのはただ消してなかっただけ、という可能性も十二分にある。気にしすぎだと考えてなんとか納得しようとする。しかし、この前みたいに偶然出くわしたわけではなく、待ち合わせをして2人で写真撮影をする、となると意識せずには居られなかった。
「兄さん、箸が止まってますよ」
「ああ、すまん。ちょっと考え事をしてた」
「春樹よ、飯のときは眼の前の食べ物に集中しなさい。しかし、ワシも若い頃はそういう日もあった。帰り道、見かけない制服のおなごのスカートが風で舞い上がり、ちらりと見えたときの色と、その恥じらう顔」
「ちょっと待て、そんな事は考えて」
「な、な、なんてことを考えているんですか兄さんは! そんなにパンツが見たいなら私ので我慢してください! 兄さんが性犯罪者になるくらいなら私がどんな服でも着てやりますからこの変態め!」
「だからそんなことで悩んでるわけじゃないから!」
木賊の行動の真意を測りかねているだけで性犯罪者呼ばわりされたら敵わん。騒がしくした俺たちをよそに、からかうこともせず素知らぬ顔で箸を動かしている卯ノ花とルリをちらと見るも、やはり便乗する気はないらしい。特に卯ノ花にはこの前の事件を伝えていたから、なにか言われるかと思ったが。
「ハルキ、さっきからどうした。妾の顔になにかついておるか」
「いや、そういうわけじゃないんだけど後で頼み事してもいいか?」
「ほほう、溜まってるのをなんとかしてくれ、ということじゃな」
「どうしてそう如何わしい言い方になるんだ! あと佐奈は突然服を脱ごうとするな」
この前のこともあったのは卯ノ花も知っている。事情を説明して念には念を押しておきたいのは事実だ。もし、万が一、また木賊を巻き込んだら……。ただの罪悪感だけではない何かが胸のうちに去来したが、気にしないことにした。
「まぁ、お主がどう考えておるか知らぬが。少なくとも、この前の感触だとうぬぼれではなさそうじゃぞ」
「うぬぼれって、何が」
「さあ、何のことかはお主がその胸に手を当てて考えるが良い」
寝る前に天罰を吸ってもらった後に、ふと卯ノ花がそんなことを言う。うぬぼれ、と言われても正直今は思い当たる節もなく、何のことか。もしかして、天罰を吸うついでに俺の思考まで吸い取っていったのか。
「……全く、あまりに鈍感すぎて妾じゃもうお手上げかもしれぬな」
「はいはい、考えとくよ」
呆れたようなため息をついて、卯ノ花が出ていく。前回の事もあって、ただ吸い取るだけでなくお守りも渡された。さて、これでどれだけの効果があるものか。とりあえず木賊に被害さえ及ばなければ……。
書いていて、キャラが自分の思う通りに動いてくれない瞬間、楽しいですよね。2人が焦れったくて書いてる私が一番悶々としてる気がします。