EIP―東諸国郡国際警察臨時特別捜査課―   作:畑渚

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他の作品とは違う書き方のせいでそろそろ頭がパンクしそうです。


2-2

「結局来ませんね……」

 

「もうそろそろ交代要員が来る頃かしら」

 

 それはボスが時刻の確認のためにスマホを取り出した瞬間だった。車に備え付けの無線機が喧しく鳴り響く。

 

「ボス!」

 

「行くよ楓」

 

 TAC50は車から飛び出ると、生け垣に沿って走る。ボスも、息を切らせながらTAC50の後に続く。

 

「ボス! 見えました!」

 

 しかし、2人がホシを補足したときには、すでに逃走中の男は生け垣でできた境界線上にいた。

 

「楓! それ以上追っちゃダメ!」

 

「……! でもボス」

 

「管轄外で捕まえても……、なんの効果もないわ」

 

 励ますようにTAC50の肩を叩きながら、ボスは車へと戻ろうとする。

 

「ああ、でもアレは飛ばしておいて」

 

「……、はい」

 

 楓はアタッシュケースのスイッチを押す。起動した楓月が男を追いかけて飛び上がるのを眺めながら、ボスのあとに続いた。

 

 

 助手席に腰を下ろしたボスは、ポケットから飴玉をとりだし口に放り込んだ。

 

「どう? 意外と上への警戒は薄いでしょ?」

 

「薄いどころか、まったく警戒されてないです……。無防備に近くのホテルに入っていきました……」

 

 TAC50は左眼に流れ込んでくる映像を分析しながら、運転席に座る。

 

「ねえ楓」

 

 キーに手をかけたところで、ボスから突然話しかけられる。

 

「はい、なんですか?」

 

「楓月とリンクしたまま運転して大丈夫なの?」

 

「……、問題ないかと」

 

「その考える時間が怖いんだけど」

 

「問題ないはずです。ここに来る前だって同じようなことをしてましたし」

 

「その時は誰か乗ってた?」

 

 TAC50は少し考えて、それから不思議そうに首を傾げながら口を開いた。

 

「いえ、なぜか皆もう一台の車の方に乗ってましたね」

 

「……、帰りの運転は私がするわ」

 

「え? どうしてですか?」

 

「ほ、ほら。私だってたまには運転したいって思うこともあるわけだし?」

 

「どうして疑問形なんですか。まあボスがそう言うなら」

 

 納得の行かなそうな顔をしながらも、運転席を譲り渡す。そして、左眼に注意しながら助手席に身を沈めた。

 

 

 =*=*=*=*=

 

 

 物静かな室内で、大きな机に座る初老の男性はため息をつく。

 

「おもちゃを与えたわけじゃないんだぞ」

 

「わかっています。お祖父様」

 

 普段はボスと慕われている彼女が、部屋の入り口で真っ直ぐに立っている。

 

「本当にわかっているのか?」

 

 男性は書類の束を机の上に投げ捨てる。そこには、彼女たちの部下の履歴と、それから配属後の成果が記載されていた。

 

「いくら不良品どもとはいえ、高性能な人形なんだ。うまく使え」

 

「使え……ですか」

 

「なんだ、人形を道具扱いするのは反対か?」

 

「いいえ。ただ、私の手にはあまるおもちゃもあるということだけ」

 

「とりあげるぞ」

 

「とりあげてどうするんですか? 少なくともここに、私以上の適任はいないでしょうに」

 

 彼女は苦笑いをしながら、そう呟いた。男性は再び、深くため息をつく。

 

「さすがに役員会の連中どもが騒ぎ始めた。もう時間の問題だと思え。私がかばってやれるのはおまえだけで、下の人形どもは無理だ」

 

「ええ、わかっています」

 

「成果を出せ」

 

 男性は書類の束を机の上に置く。

 

「次の担当の事件だ」

 

 彼女はその重苦しい書類を受け取る。それは偶然なのか、管轄外に逃げたあの男の事件だった。

 

「ウチの課を動かすような事件ですか?」

 

「わからんのか」

 

「お祖父様はいつも言葉足らずですし」

 

「……はぁ、上が既に動いていると言えばいいか?」

 

「総監のお祖父様より上の立場?」

 

「政治家だ」

 

「さすがにお祖父様の上となるとそうなりますか」

 

 彼女は呆れたようにため息をつくと、書類で自分の肩をとんとんと叩く。

 

「まあ見ててください。ウチには期待の新人も入りましたし」

 

「TAC50か」

 

「佐藤楓、ですよ」

 

 食い気味に、男性の言葉にかぶせてそう言う。

 

「あまり無茶はしないでくれ」

 

「大丈夫。私はまだ大丈夫だから」

 

 そういいながら出ていく孫娘を見て、男性は再びため息をついた。

 

「まったく、手間のかかる子だ」

 

 男性は葉巻を切り直し、火を着けた。

 

 

 =*=*=*=*=

 

 

「ねえケフィ」

 

「何?」

 

「飴持ってない……?」

 

「持ってるわけないでしょ」

 

 K5とAA12は、珍しく二人で給湯室へと来ていた。とくとくとコーヒーを淹れる後ろ姿を見ながら、AA12は首を傾げる。

 

「ん? コーヒーが3つ? ありがとうケフィ」

 

「なに馬鹿なこと言ってるのよ。自分の分くらい自分で淹れなさい」

 

「じゃあそれはルーキーの分ってこと?」

 

「そうだけど……なに?」

 

「いや、ケフィってルーキーに優しいなって」

 

「彼女は仕事中なんだから、持っていってあげるくらいはしてあげるわ」

 

「好みまで把握して?」

 

「おなじ課のメンバーが飲む物くらい把握してるわ」

 

「ふーん、じゃあ私の分も淹れてよ」

 

「先に戻っとくわ」

 

「もう、素直じゃないなぁ」

 

 AA12はサーバーからカップにコーヒーを淹れて、それからK5が置いていった砂糖の残りを全部淹れて後を追った。

 

 

 =*=*=*=*=

 

 

「楓、様子はどう?」

 

 TAC50は左眼から意識を戻す。そこにはK5が、コーヒーを片手に立っていた。

 

「追跡中です。今はモーテルで休んでますね」

 

「そう……、はいこれ」

 

「ありがとうございます」

 

 飲み頃になったコーヒーを受け取る。いつもTAC50が入れる量と同じだけ砂糖が入った味がする。

 

「ボスは?」

 

「一旦家に帰ると」

 

 先程まで椅子に座っていたボスは、着替えをとってくると出ていったばかりだった。

 

「ああ、そう……」

 

 ケフィはまだ湯気の立つコーヒーを、無人のデスクへと置いた。

 

「まだ待機?」

 

「はい、居場所だけは報告するようにとだけ指示を受けてます」

 

「ふーん」

 

 TAC50がプリントアウトした地図を、K5はコーヒーを啜りながら眺める。

 

「謎ね」

 

「何がですか?」

 

「この逃走経路よ。普通はウチの管轄から離れていくはずでしょ?」

 

 K5は地図を指差し、潜伏場所を線でなぞる。

 

「近づいたり遠ざかったりですか?」

 

「いや、これはまるで——」

 

 扉がガチャリと開く。

 

「逃げてるんじゃなくて一定の距離をとってるみたいだ、かな?」

 

「アッチソン……」

 

「セリフ取っちゃったかな?」

 

「まあいいけど。それよりも、次の場所当てでもしない?」

 

 K5がニヤリと笑うと、AA12も白い歯を見せた。

 

「じゃあ私はこのモーテル」

 

 AA12が指差すと、K5は無言のまま目を細めた。

 

「もしかして被ったかな? でも早いもん勝ちだ」

 

「いいわよべつに。私はここね」

 

 そう言ってケフィが指さしたのは、これまでの潜伏パターンからは考えられないほど離れたラグジュアリーホテルだった。

 

「ヤケは良くない」

 

「私の予言は必ず当たる。必ずね」

 

 そう言いながらK5は人差し指を立てた。

 

 

 

「ちょうどよかった。みんな揃ってるね!」

 

 ばんと大きな音を立てて扉が開かれる。ボスが慌てるように荷物を投げいれる。

 

「じゃあみんなで一課に殴り込みに行くよ!」

 

「ボス!? 殴り込みって一体」

 

「ああ、楓がいたんだった。殴り込みって言ってもね? ちょっと捜査資料を拝借するだけだよ」

 

「でもそれって——」

 

「待て」

 

「待ちなさい」

 

 K5とAA12が言葉を止めさせる。

 

「楓、あんたは何も聞かなかった。これは全部ボスに言われた通りにやること。オッケー?」

 

 AA12の質問に、TAC50はうなずくことしかできなかった。

 


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