静かなオフィスで、カタカタとキーボードを叩く音がこだまのように鳴り響いていた。しかし、中にいるのはK5ただ一人である。AA12も、TAC50もいない。たった一人だけで、端末を複数操作してはなにやらメモをとっていた。
謹慎処分をうけたのはボスだけで、部下であるK5たちには何もなかった。だからといって本格的な捜査を再開できるわけではもちろんなかった。それに加え、他の課からのあたりも強くなってきている。表立って嫌がらせをうけているわけではないが、耳の利くK5は悪口をしっかりと把握していた。
「少しは休憩したらどうだ」
ツナギ姿のAA12がオフィスに戻ってくる。
「あなたこそずっと作業してるでしょう?」
「ケフィみたいにずっと座ってるわけじゃないから苦でもないさ。それに車いじりは好きな分野だ」
「まあそうね。休憩するから少し付き合いなさいよ」
「まったく、仕方がないな」
忘れものを取りに来ただけであったが、AA12も自分のデスクに座る。
「それで、進捗はどうなんだ?」
「それがもうね、まったく」
「珍しい。ケフィでも無理なんて」
「さすがの私でも情報がゼロだと厳しいわ。それにアクセス権限も剥奪されてるんだもの」
「そりゃ大変だ」
AA12は頬杖をついて飴玉を舌の上で転がす。
「アッチソンはどうなの?」
「ダメだね。前の車みたいにゴテゴテに改造するにはパーツが足りなすぎる」
「予算も今はないに等しいものね……」
「でもまあなんだ、楓のおかげで助かったよ。まだ使えるパーツがあるほうだ」
「この後も作業?」
「ああ、まだ時間がいる。その点、この謹慎期間はありがたかったかもな」
「まあ時間が必要なのは確かね。そういえば楓は?」
「あいつならいつもどおりさ」
AA12がボスの机を指差す。そこには、射撃訓練所の使用申請書が山積みにされている。そして一番上には、今日の日付のものもある。
「一発も当てられないのによく通い続けられるわね」
「まあそこらへん真面目なのも楓らしさってことかな」
二人は呆れながら、いまもきっと的とにらめっこしているであろう彼女のことを思い浮かべた。
=*=*=*=*=
自分のせいだ。
スコープで的を狙いながら、TAC50はそう思い浮かべていた。
きっとボスも、そしてK5やAA12でも否定して、そして一緒に責任を負ってくれるだろう。しかし、それはTAC50の望む答えではなかった。
TAC50は、通信が傍受を受ける可能性を忘れていたわけではなかった。むしろ最初の頃は警戒し、一定以上の距離を開けた監視を心がけていた。油断もした覚えはなかった。
しかし、敵の規模が想定以上であった。通信傍受は限定された範囲どころではなく、自治区全域だった。楓月がいくら上空にいようと、リアルタイムに見れない監視の目などあの場ではやくたたずに等しかった。
「ああもう……」
今日も、また一発も撃てずに終わりそうだった。未だに引き金に指を掛けると震える。呼吸が乱れ、照準のブレがひどくなってしまう。そして照準の先に、見えるはずのない幻影が見えてしまう。
仲間に撃たれるというのはどういう気持ちなのだろうか。と考え、TAC50おかしくなって苦笑する。人形に感情なんて存在しない。TAC50を阻む幻影、その対象は今頃、通常通りの業務に復帰していることだろう。古巣、つまりはG&Kでは、人形が大破損壊することなど日常茶飯事だった。
だからこそ、その幻影によってクビにまで追い詰められたTAC50は異常だった。
「やあ、楓ちゃん」
「一課の……、なにか用ですか?」
「僕だって射撃訓練したいときくらいあるさ」
TAC50一人だった射撃訓練所に、一課の優男がはいってきた。彼は慣れた操作で拳銃を取り出し、弾を装填する。
「なんだ……あまり見られていると撃ちにくいんだが」
「す、すみません」
「まあかわいこちゃんに見つめられるのは嫌いじゃないんだけどね」
男は的に数発撃ち込む。人形ほどではないが、腕はたしかなようだった。
「楓ちゃんは撃たないのかい?」
「えっと……銃は苦手で」
「じゃあ僕が手取り足取り教えて——」
「結構です」
「即答かい……つれないなぁ」
男はマガジンを替え、再び銃を構える。先程より遠い的へと照準をあわせ、何度も引き金を引く。的の頭部と胸部に着弾跡が密集していた。
「TAC50」
「えっはい?」
突然、男から本来の名前を呼ばれてTAC50は慌てて返事をする。
「その狙撃銃、TAC-50だろう?」
「え、ええ」
男は名前を呼んだわけでなく、TAC50の銃の名前を言っただけのようだった。
「すこし撃たせてくれないかい?」
「ええ、構いませんが……」
TAC50が銃から離れると、男は触って確かめる。
「いい銃だ。しっかり手入れもされている」
「私の半身ですから」
「銃が半身か。いいことを言う」
ストックに手を当て高さを調整し、頬を当てる。最も離れた的へと照準をあわせつつ、男は弾を装填する。
今日一番の轟音が、響く。しばらく反響して収まった頃、男は的を確認する。
「やはりいい銃だ。ありがとう」
TAC50も、的を確認する。綺麗に頭の部分を吹き飛ばしており、TAC-50の威力と精度の高さを存分に発揮していた。
「射撃、お上手なんですね」
「なに、昔とった杵柄ってやつだよ。それよりどうだい?今夜あたり食事でも」
「いえ、今夜は用事があるので」
「残念だ。じゃあまた次の機会に誘うことにするよ」
男は軽口を叩きながら、射撃場から出ていってしまった。再び、場に銃声一つ鳴らない静寂が訪れる。
TAC50は黙ったまま、再び銃を構える。震える指を無理やり押さえつけ、そして引き金を引く力を強める。
しかしその日中に、二度目の轟音が響き渡ることはなかった。
=*=*=*=*=
「ええ、ありがとう。たすかるわ。それじゃあ」
いつもボスと慕われる彼女は、安堵の息をつきながら受話器を置く。電話は彼女の部下からで、本日も変わらぬ一日を送ったという内容だった。
「しかし暇ね……」
謹慎処分を受けても、彼女は暇なだけであった。仕事人間というわけではないつもりでいた彼女だったが、いつの間にか仕事が一番の暇つぶしになってしまっていた。
酒でも開けようかと立ち上がったところで、インターホンがなる。カメラの映像を覗いてみれば、TAC50だった。彼女は申し訳無さそうな顔をしながらも、なにか意思のある瞳でこちらを見ている。
「楓、どうかした?」
「突然押しかけてすみません。実はボスにお話がありまして」
「全然いいんだけど。とりあえず入って」
数分後には、彼女とTAC50は机を挟んで対面していた。机の上には、退職願と達筆な字で書かれた封筒がおいてある。
「ねえ楓、これはどういうこと?」
「今回の件で私なりに考えた結果です」
「そう……」
彼女はそれだけ答えると、立ち上がって戸棚の方へと行く。
「お酒、少しだけ付き合ってくれない?」
「ええ、構いませんが……」
「ありがと」
彼女はウイスキーの栓を抜くと、氷を入れたグラスに注ぐ。そして再び机の方へ戻ってきて、TAC50の前にそれを置く。
「おいしい……」
「そりゃ良かった」
笑いかける彼女を見て、TAC50は言いしれぬ罪悪感が胸の中に沸き起こる。
「これはね、楓が来る直前に買ったものなの。事件の区切りとしてね」
「解決祝いですか?」
「いいえ、違うわ」
ボスは何食わぬ顔で否定した。
「私たちが解決できた事件なんて1件もないわ。楓も私が、そして私たちの課が他からどう言われているか知っているでしょう?」
「花園課……」
「当たり前よね。見てくれのいい人形を集めた実績のない課だもの。他の実力主義の課から妬まれても仕方がないわ」
彼女は再び立ち上がって、戸棚の方へと戻る。グラスを満たしきれば、瓶の中身がカラになる。
「解決ができない事件がある度、いつも同じ用なことをするの」
彼女は戸棚を開く。そこには、空になった瓶がずらりと並んでいた。開けた日付がラベルに荒々しく書かれている様は、まるで刻んでいるかのようだった。
「……、一番端のそれは?」
見えづらい場所に隠されるかのように置かれたその瓶は、割れて上の部分しかなかった。それでも丁寧に保管されている。
「知りたい?なら昔話をしましょうか」
彼女はつぶやくように言うと、グラスのウイスキーをぐいと飲み干した。