「新人諸君。世界情勢は知ってのとおり。ここでは完全な実力主義を約束しよう」
登壇している初老の男性が、威厳を放ちながら言葉を放つ。それに対して、新しめのスーツに身を包んだ男女数名は、姿勢を崩さずに傾聴する。
それはまるで軍隊のようでもあったが、ここは軍ではなく、警察である。これは、その新人の並ぶ列にいた二人のお話。
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「総監の話、随分と長ったらしかったね」
二枚目男は、すぐ側にいた女性に話しかける。話題はなんでもよかった。男としては、隣にたつ美女に話しかける口実が欲しかっただけなのだから。
「あら?私のお祖父様にいいたいことがあるなら話を通しておくわよ?」
しかしこればっかしは男も想定外の事態だ。まさか隣に立つのがここの総監の孫だと思うわけがなかった。
「今のは言葉の綾みたいなものさ。ということは君は総監の身内枠というわけか」
「馬鹿言わないで。お祖父様は根っからの実力主義よ。むしろ身内だからといって試験内容を厳しくされたくらいよ」
「愛されてるんだね」
「おそらくね」
男は、最初こそは肝を冷やしたが、次第にこの女性とは相性が良い気がしてきていた。まるでキャッチボールをしているかのように会話が弾むからだ。
しかし、女は男にだけそういった態度というわけではなかった。その親しみやすさこそが、彼女の最も光る才能である気がしていた。
「いやはや、驚いたよ」
「銃もまともに扱えないの?」
「君が上手すぎだろ」
その考えが覆されたのは、射撃訓練をしているときだった。彼女のスコアには、彼は勝てなかった。それどころか、同期の中で彼女は一番銃の扱いに長けていた。
才能の差というよりかは、努力の差だった。先輩曰く、お忍びでよく遊びに来ては銃を触っていたらしい。そこらへんは総監の孫という特権が充分に効いていた。
「なんなら私が手とり足取り教えてあげましょうか?」
「ふっ、そんなことしなくてもすぐに追いつくさ」
有言実行。その実男は、恐ろしいスピードで成長していった。それでも彼女には追いつけなかったが、彼女の次に並べるくらいにまで続けた。
そしてそれでも追いつけないとわかるや否や、別分野の技術も極め始めた。
その御蔭か、いつしか二人は少数精鋭部隊の一課への出世争いをし始めるようになった。
男は総合力で、女は戦闘スキルと持ち前の勘で、自身の評価を固めつつあった。
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「カバー」
「クリア!」
二人は、バディとしても優秀だった。高い技量からなる突入で、幾度となく容疑者を制圧していた。どんなに足が早くとも逃げられず、どれだけ強かろうとも抑えられ、犯人たちからしたらたまったもんじゃない。二人が来たら迷わず投降する者だっていたほどだ。
その日も、普段どおりに突入の準備をしていた。
「じゃあ私がこっちから誘い出すから、あんたはこっちからね」
「また僕がかい?」
「しょうがないでしょ。さすがの私でも力の差があったら限界があるんだもの」
「ウソだ。体術訓練で君に勝てる同期はいないよ」
軽口を叩きながらも、装備を整える。大きな家への突入ではあったが、問題はなかった。
その日、人形人間問わずの違法風俗が一店潰れた。地元に根付くマフィアが思わず動きはじめるほどに、その影響は大きかった。
次の日、男が見たのは空席のデスクだった。いつもは誰よりも早くくる彼女のことだ。なにかおかしいと感じていた。
そしてその日から、彼女が来ることはなくなった。
みな、前日の風俗の事件で精神的にきているのだろうと何も言わなかった。男も報告書などの仕事に立て込んでいて、かまってる暇がなかった。
数日後、連絡を受けた男が現場に駆けつけると、毛布に身体をくるんだ彼女が、その空虚な目でどこかを眺めていた。毛布の隙間からチラリと見える身体には、暴行の跡がはっきりと残っていた。
捜査の結果、一人での帰り道で襲われて誘拐されたとのことだった。匿名の少女からの通報で場所が判明したころは、もう遅かった。美女と言って差し支えない彼女が、何もされないわけがなかったのだ。
犯行グループは先日の風俗店経営に関わっていたマフィアグループだった。
男は寝る間も惜しんで仕事をし始めた。逮捕されたマフィアと他のグループとの関係を完全に洗い出し、そのすべてを法に則って消し潰した。たとえ警察組織の内部だとしても、彼は容赦しなかった。
その結果、いつの間にか彼は一課のボスへと成り上がっていた。部下には、彼を信頼し、そして彼の期待に応える技術を持った精鋭たちが集う。EIP創立から最も優秀と言われた、彼の時代の始まりである。しかし、そこに彼の最も信頼するバディはいなかった。
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「俺だ」
扉越しにそう言うと、鍵が開く音がする。おそらく許されたのだろうと、男はドアノブに手をかける。
随分と掃除の行き届いた家だった。奥へと進めば、リビングのソファにうずくまっている影がある。
「ひさしぶりだな」
もう何週間も彼女の顔を見ていなかった。ゆっくりと顔を上げた彼女は、それはもう酷い顔をしていた。
「そんなにジロジロみないで。化粧もなにもしてないから」
「充分綺麗な顔してるだろ。それよりほら」
男は手土産にお菓子を買ってきていた。しかし、近寄ろうと一歩踏み出した瞬間に、彼女ははっきりと震えた。
「おまえ……まさか」
「情けないでしょ。もうこれじゃあ仕事も続けらんないわ」
「総監には話したのか?」
「ええ。私のためのポストも用意するから戻ってこいって」
「良いじゃないか」
「無理よ。それより昇進したんでしょう?おめでとう」
「ああ……」
「そうだ、せっかくだしお祝いでも。お酒でいい?」
女はいそいそと棚から瓶を取り出す。しかし、手が滑って瓶が落下する。
運が悪いとしか言いようがなかった。落下した瓶は机にあたり割れ、その破片が女の肌を傷つける。
「痛っ」
「おい、大丈夫か?」
何気なく、いままでのように男は彼女に近寄ろうとした。
「こないで!」
返ってきたのは拒絶の言葉だった。
「ごめん……」
「いや、いいんだ。お土産はここにおいておく」
「あっ待って」
「傷口はちゃんと消毒しとけよ」
静止の言葉を聞かずに、男はそのまま玄関へと向かう。
「ねえ待って!お願い!」
バタバタと慌てて追ってくる彼女を、閉じかけた扉越しに見つめる。
「そんなおまえ、見たくなかった」
バタンと大きな音を立てて、扉が閉まる。
「どうしろっていうのよ……」
扉では遮れないほどの声が、向こう側から聞こえる。
「……、くそっ」
男は夜道を歩き始める。財が集中しているこの都心部は、夜でも明るかった。だから目立ってしまうのも仕方がなかった。
「おいそこの兄さんや」
「ちょっと面貸せや」
傷心気味にフラフラと歩く男は、チンピラからしたら格好の的だったかもしれない。
「あん?今虫の居所が悪いんだ、帰れ」
しかし、チンピラの運が悪かったのは、相手がこの男だったころだろう。
路地裏に追い詰められるように男が入っていた数分後。無傷な男だけが本通りへと戻ってくる。
「もしもし、俺だ。ああ、頼むよ。いつもすまないね」
男は電話で連絡をすると、血のついた拳をシャツで拭う。
「厄日だね、今日は」
男はそう呟いて、胸ポケットからタバコの箱を取り出した。
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「おはよー諸君!」
次の日、出勤した男は唖然としていた。
「やあやあ、一課のボスは随分と重役出勤なんだね」
「どうしておまえがここにいるんだ」
昨夜とはまるで別人のような彼女が、前までのように笑顔で男を迎え入れた。
「なに、私も決心しただけだよ」
女の身体は震えていた。昨日の拒絶が夢ではなかったのだと、はっきりと認識する。
「じゃあ一課に?」
男はそう問いかける。しかし、その言葉を遮る者がいた。
「ボス!もうどこ行ってるんですか!オフィスはこっちですよ!」
見覚えのない少女だった。一課の部下たちも、目を白黒とさせていた。
「彼女は?」
「ああ、新しい部署ができたの」
「その部下で、おまえがボスってことか」
「ただの窓際部署だけどね」
苦笑している彼女であったが、目の光は灯っていた。まるで一課の事件すらも喰ってやると言わんばかりの瞳に、男は軽く笑った。
「事件が回ってくるといいな。まあ一線級の事件は俺たちが解決するから、せいぜい干されないようにほそぼそとやるんだな」
「何言ってるの。すぐに成果を上げて一課の連中全員クビにしてやるわ」
二人は軽口を言い合って笑う。いままでのように。しかし、それが表面上であることなんて、お互いに理解していた。
「ボス、早くいきましょ」
「待ってよケフィ!それじゃあね、一課のボスさん」
「まったく……」
少女に手を引かれて女がオフィスから出ていく。その後姿をみながら、男はため息をついた。
「あれがボスのコレですか?」
「ばかいえ」
小指を立てながらそう言う部下の頭を軽くはたいてから、男は今日の仕事を始めた。