「ケフィ、準備はいい?」
「ええ、もちろん」
K5はホルスターにいれた拳銃の感触を確かめ、ボスの言葉にうなずく。
「占いではどう、今回の作戦は」
「吉、間違いなく成功するかと」
「そりゃなによりね」
「ただ……」
K5はトランクから、アタッシュケースをとりだす。
「あの子次第でもあるわ」
開かれたアタッシュケースから、楓月が飛び立つ。しかし、目に届く範囲にTAC50の姿は見当たらなかった。
「大丈夫よ。きっとね」
「だといいんですけど」
ため息をつきながら、K5は車へと乗り込んだ。珍しくハンドルを握っているAA12が、二人が乗り込んだことを確認してアクセルを踏んだ。
「なあボス」
「ん、なにかしら?」
顔は前を向いたまま、AA12が呟くよう言葉を続ける。
「相手は男だぞ」
「わかってるわ」
「ならいいや」
AA12は包み紙をとって飴玉を咥える。しばらくすると、街の一角で車は静かに停止した。
「それじゃあいってくるわ」
「……無理そうだったらすぐ変わる」
「大丈夫よ。これくらいならね」
AA12にそれじゃあと告げて、ボスは車から離れる。車は先にポイントへと向かっていった。
「ボス。もしものときは」
「ケフィ。何度も言わせないで。私は大丈夫」
「……わかりました」
K5の顔は晴れなかった。誰よりもずっとボスを見ていた彼女だからこそ、この作戦には反対し続けた。しかしボスがYESと言うのならば、K5にはどうすることもできなかった。
「気を引き締めて。もう奴らのテリトリーよ」
街の雰囲気が先程からガラリと変わっていた。路地では浮浪者が座り込み、入り組んだ場所では何やらこそこそと物品の取引が行われている。こんな場所に女2人だけで乗り込むのは、たとえ片方が人形であったとしても危険であることに変わりない。
「ケフィ、止まって」
「……っ、ここですか」
場末の酒場。その中へと入っていく。ところ狭しと人が押し込められている。そしてその誰もが、共通した刺青、違法一歩手前の武装。バーテンダーもただものではないことは遠目からでもわかった。
「マスター。ウォッカを」
「私も同じものを」
当たり前のように、グラスに並々とウォッカが注がれて出される。ショットグラスなんてものはこの酒場にはないようだ。
K5は酒を喉に流し込みながら、不審ではない程度に店内を見回す。柄の悪い連中とそれを接待する女たち。一昔前の映画のようである。
「なああんたら」
ほらきた、とK5は内心でほくそ笑む。話しかけてきた男は馴れ馴れしく腰に手を回してくる。
「よかったら一晩どうだい」
自分のほうで良かったと、K5は安堵の息をつく。
「あら、楽しそうな話」
ボスの返事に気をよくした男は、K5の腰に回す手の力を強めて奥の部屋へと連れて行く。ボスとK5はアイコンタクトをとってから、男の誘導にしたがって奥へと進んでいった。
=*=*=*=*=
2度ほど扉をくぐり抜けると、そこに法は存在しなかった。酒瓶を振り回しているのはまだいいほうで、泡を吹いて倒れていたり、あきらかに違法なものを売りさばく姿が見られる。ボスは内心ほくそ笑みつつも、目線も気にせず盛り合う男女から目をそらして男の後へと続く。
「ほら、そこに入りな」
廊下を進んだ先の、一室に案内される。すこし豪勢なつくりの部屋は一見目をひかれるが、すぐにそこが檻であることに気がつく。やたら重々しい扉が、音を立てて閉まる。まるで2人を逃さないと言っているかのようだった。
「随分と豪華なのね」
「そりゃそうだ。なんたってここで一番の部屋だからな」
「それで、何をして楽しませてくれるの?」
一足はやくベッドに座るボスをみながらも、K5は警戒を緩めていなかった。しかし、どうやらそれが癪に障ったらしい。男の手が、腰から肩へと上がってくる。
「……、そういうことかよ」
ほぼノーモーション。故にK5は反応が遅れた。伝わってきた衝撃は想像を超えており、頭に入った大事な部分をぐらりと揺らす。
揺れる世界の中、K5は拳銃を引き抜いた。しかし、その手は男の手で止められる。
「まさかあんたらがヤツの言ってたサツかよ」
「その出力、違法よ」
「ああ、そうかもな」
銃声が部屋に響く。ゴトリと力を失ったK5の倒れる音がする。
「あんたは人形か?」
「私は人間よ」
「そりゃよかった。そうだな ……」
男は銃を向けたまま、近くの引き出しから錠剤ケースを取り出す。
「2粒……いや、3粒飲むか、ここで風穴あけられて死ぬかだ」
「何の薬……いやわかった、飲むわ」
引き金に指をかけた男をみて、ボスはあわててケースをあける。明らかに違法薬物。口に入れてしまえばどうなるかはわからない。しかし、無線も届かないこの部屋では、従うほかなかった。
「ほら、飲んだわ。これでいいんでしょう?」
男は無言で近づくと、ボスの口を明らかに人を超えた力でこじ開ける。そして舌をつかむと、本当に飲んだのかギョロリとした目で口内を見回した。
「よし、そんでなんだったか」
「部下を殺しておいて、何をするつもりよ」
「そりゃ男女がベッドの上ですることなんて一つだろ」
のしかかってくる男に、ボスは息が荒れそうになる。ガチャガチャとベルトを外している男の様子から目をそらして、耐える。その時がくるまで。
「親分!まずいですぜ!」
「なんだ!いまからいいとこだってのに!」
突然部屋に飛び込んできた者が、男に耳打ちする。
「ちきしょう」
男は耳打ちした内容を聞くと、ボスの腰を掴んで持ち上げる。
「あら、乱暴ね」
「その減らず口に咥えさせたかったぜ」
そういうと縄を噛ませてくる。抵抗する間もなく、ボスは口を封印されてクローゼットに放り込まれる。ついでにと言わんばかりに、K5の死体も投げ入れてきた。
「死にたくなかったらそこで黙って耳と目とを閉じてな」
そういって閉じられたクローゼットは、真っ暗だった。しかし、音は筒抜けだった。K5が使い物にならなくなったが、それも含めて想定内だった。
部屋に別の男が入ってくる。計画通りだ。そして、動くなら今だ。
K5の身体に仕込まれたもう一つの拳銃を手に、クローゼットから飛び出る。口に回された縄は、先に外しておいた。
「警察よ。手を頭の後ろに回しなさい」
出た瞬間に目のあった男を、的確に撃ち抜く。手と足を撃ち抜けば、さすがに立てないほどには傷ついたようだ。
しかし、入ってきたばかりの男はすぐに扉を開けて出ていこうとする。廊下だと一般人もいる。ここで撃つわけにはいかなかった。
「ケフィ……、ごめんね」
ボスはケフィの身体にふれる。胸を弄り、パネルをスライドさせる。そして、奥のスイッチを一定間隔で落ち込んだ。
「消滅シークエンス、開始」
K5の声で、しかし抑揚のない機械の声で、そう告げる。
扉をしっかりとしめて、男の後を追う。器用に人を避けていく男と違って、ボスは廊下にはびこる人間の壁に邪魔をされる。しかし、あの部屋から出てしまえばかまわなかった。
「やっと無線つながった!ボス!いまどこ!」
「ホシが逃げたわ。車を出して!」
「了解!」
AA12の声を聞いてボスは少し安心したかのような息を吐く。ここまでは想定内。しかしこの後はイレギュラーが多すぎる。
「あの子がうまくやれるといいんだけど」
律儀に待機しているであろう部下に思いを馳せる。しかし、その思考は別のものに侵食されつつあった。
「やっぱり違法薬物でしょあれ……せめて逮捕まで持ってくれるといいんだけど」
そのつぶやきは、酒場の騒がしい喧騒にかき消された。