『やっと無線つながった!ボス!いまどこ!』
『ホシが逃げたわ。車を出して!』
『了解!』
無線機の奥から聞こえる音を聞き流しながら、TAC50は息を吐いて内部の熱を逃がす。緊張した体を、ゆっくりと動かしてほぐす。そして右目でしっかりとスコープを覗き込み、左目で標的を捉える。
『楓、撃てる?』
無線の先から、普段とはどこか違うボスの声が聞こえる。熱でも出ているかのようなその声は、普段のTAC50なら心配していただろう。しかし、今は違った。一度高めた集中力を、逃さないといわんばかりに口を固く結んでいる。
頭の中にあるものは、引き金を引いたあの日の状況だ。狙っていた的、射撃場の空気、そして一緒にいたボスの体温までも、メモリの片隅から引っ張ってきて再現する。
ドクン、ドクン
心臓の鼓動が聞こえる。TAC50に心臓と呼ばれる器官は存在しない。その音は、あの日に聞いたボスのものだ。
一定のリズムで鳴るそれに、照準を乗せる。音に合わせて、最初はただ震えていた照準が波に乗る。
「撃ちます」
撃てます、ではない言葉が自然と口にでた。
『期待、してるわ』
かすれた声で、最後にそう聞こえた。遠くの車のスキール音が、静かな街を貫く。ポイント近くまで目標が来たことを楓月で確認し、TAC50は左目に集中する。
楓月は正常に動作し、標的の位置座標状態を正確に観測する。その送られてきた膨大な情報を、TAC50は1人で解析する。電脳が熱を持ち、排熱のための呼吸が深くなる。
とうとう、スコープ越しの右目に捉えた。
「標的、53街道を直進中。狙います」
『わかった。私は先回りしておく』
無線の先から、AA12のバイクが唸る音が聞こえる。距離が離れているから、直接は聞こえない。
「大丈夫。私は撃てる」
自分にそう言い聞かせながら、引き金に指をかける。
狙うはハンドルを握る運転手。射撃可能なタイミングはほんの一瞬。
熟練のスナイパーでも首を横に振るような距離と状況だ。それでも、TAC50という戦術人形にはそれを難なくこなすほどのスペックが搭載されている。
再び、右目のスコープで運転手を捉える。
「……っ!」
息を飲む。
そんなわけがない。そんなわけがないのに、TAC50は運転手と目があったかのような感覚に陥った。緊張で異常に発熱し、手の制御がおぼつかなくなる。
レティクルが合っても、その引き金を引ききることはできない。
『楓!』
しかし、AA12の声でハッと我に返る。コンマ数秒の中で判断し、照準をエンジン部へとずらす。射線が通るのは、もうわずかな時間のみ。
しかし、その数瞬の間で十分だった。再び脳内をあの日の光景が埋め尽くす。加速した脳内回路はあのときの五感情報全てを一瞬で再現する。
静かな街に、.50BMG弾の爆発的な射撃音が何度も反響した。
=*=*=*=*=
煙のたつ現場について、AA12はバイクから降りる。
「うわぁ……エゲツないなぁ」
AA12は新しい飴を取り出しながら、空いているもう片方の手でAA-12を持つ。
「生きてるよね?」
周りの住民がただの事故と勘違いして、救命措置をとっている。そのくらい自然で、そのくらい精確な狙撃だった。いったいこの中の何人が、未だこの現場をスコープで覗き込んでいる当事者がいると察せているのだろうか。
「はーい、こちら警察です。通してくださいねぇ」
AA12の到着にぎょっとしてすぐに道が開ける。それもそうだ。バッジとごつい銃を掲げながら少女がそんなことを言っているのだから戸惑うのもわかる。しかし銃を持っているから逆らうわけにもいかない。
「えーっと、あーだるい。権利の読みあげとかは他の人に任せよっと」
「おいおい、女刑事の次はお嬢ちゃんかよ……」
額から血を流しながら、ホシはそう疲れたように笑う。どうやら観念したようだった。それもそうである。満身創痍の中で至近距離のショットガン。死にたくなければ投降するしかない。
「なあ……いったい何が起きたんだ?」
「ん?」
「急に車の制御が効かなくなったんだ。いったい何をしたんだ」
「んー。まあ教えてやってもいいか」
AA12はガードレールに突っ込んで停止している車を指差す。
エンジン部分から煙が出ているそれは、普通の事故車のようにも見える。しかし、車の先についたエンブレムが砕けている。よく見れば、円形の穴がエンブレムの中心を穿っているのだ。
「そんな……射撃音は聞こえなかったはず……」
「まあ、耳が相当よくないと無理なんじゃないかな」
「人形の狙撃か……」
「どうだろうね~。あとは署で話をしようか」
「ちっ連れてけよ」
観念したような声で、男はそう項垂れた。
次々と応援の刑事たちが到着し、すぐに現場は規制線がしかれることになった。AA12はふうとため息を付きながら、自分のバイクにまたがる。
ふと上を見上げると、見覚えのあるドローンが未だに現場付近でホバリングしていた。TAC50の楓月である。カメラでまだ現場を見ているのか、それともスコープ越しで見ているのか、そんなことを考えながら、AA12はTAC50のいるであろう方向を眺め、そしてまたひとつため息をついてバイクのエンジンをかけた。
=*=*=*=*=
「あれ、ボスは?」
「検査入院。しばらく休むんだってさ」
「えっ……?」
オフィスに戻っても、そこにはAA12とTAC50の2人しかいなかった。
「ケフィさんは?」
「あいつは……ちょっと処理に手間取ってるみたいだ。現場で死んだらしい」
「ケフィさんがですか……」
TAC50は少し動揺する。しかし、ここにいないということはそういうことなのだろう。
「そういえば」
「はい?」
AA12はポケットから飴玉を取り出す。
「撃てたね」
「ありがとうございます」
TAC50は少しうつむきながらも、差し出された飴を貰い受けた。その表情はまだ曇っていた。
「でも……」
あの場面を思い出す。運転手と目があったようなあの感触。切羽つまった死に際の表情。そしてびくともしなくなった指先。
「アッチソンさんが名前を呼んでくれなかったら咄嗟に照準をエンジンにずらせませんでした」
「……まさかお前」
「ん?何ですか」
「あの一瞬で照準をずらして撃ったのか?」
「ええ、はい」
AA12はつい口をポカンとあけ飴を落としかけた。もしその話が本当だとしたら、フリックショットとでも言うべきような離れ業をやってのけたことになる。AA12の知り合いにもスナイパーライフルを持つ人形はいたが、そんな技量はなかった。というよりも、演算スペックと経験の問題である。
「なあ楓ってもしかして……昔は軍かどこかにいたのか?」
「えっと……まあ似たようなものです」
歯切れの悪い言葉に、AA12は首をかしげる。これほどの技量を持つくせに、引き金を引けない人形。銃を撃てない戦術人形なんて、存在価値はない。であるとするならば、ボスが拾うわけがない。
「なあいったい、過去になにが――」
AA12の言葉を、館内放送が遮る。
『〇〇地区にて強盗殺人事件が発生。手の空いている署員は全員現場に急行せよ。繰り返す――』
「アッチソンさん!」
「よし、車出そう」
急いで装備を整え、そして2人ともロッカーへと向かう。ポケットから鍵を取り出して差し込む。
それぞれ、自分の愛銃をケースごと取り出す。AA12はそのドラムマガジンを確かめ、TAC50は楓月の電源を入れる。
TAC50たちがオフィスから飛び出るように出ていき、電気の消えた部屋がしんと静まり返った。
2章、完