3-1
いつもどおり静寂であった街は、一瞬にしてパトカーのサイレンが鳴り響く騒がしい街へと変貌する。
『まったく、もう少しどうにかしないと耳がおかしくなりそうだ』
わざわざ耳につけているインカムの先から、AA12のボヤキが聞こえる。TAC50はその声を左から右に聞き流す。別に無視をしているわけではない。話せる状況ではないのである。
TAC50はエレベーターの中で、コントラバスケースを抱えながら高層ビルへと登っていた。有名デパートの高層階、そのホテルの部分にTAC50は向かっていた。
「あらお嬢ちゃん、楽器をやるのね」
「えっああ、はい。といってもそこまで上手ではないのですが」
同乗していたマダムから話しかけられ、TAC50は少しテンパっていた。中身がコントラバスではないコントラバスケースを大事そうに抱えながら、引きつった笑いを返していた
「もし機会があったら、ぜひ私にも聞かせてね」
そういってマダムは名刺を渡し、エレベーターを降りていく。
人類人権団体、その名刺に刻まれた役職名を見てTAC50は余計に乾いた笑いが出てしまった。
『楓、聞こえてる?』
「ああ、はい。いまフロアに到着しました」
TAC50は目的の部屋にカードキーを通す。すんなりと扉は開き、整ったホテルの一室が出迎えてくれる。しかしそんなものには見向きもせずに、TAC50はコントラバスケースをベッドの上に置く。やたら厳重な錠を外し、ケースを開く。
「アッチソンさん。現場のほうはどうですか」
『めんどくさくなってきたよ。一応は交渉芝居を続けるみたい』
TAC50は思い出したかのようにテレビをつける。どこの局かもわからないヘリコプターからの中継映像で、番組はもちきりだった。
『少女を人質として犯人グループは立てこもっており――』
そっとテレビの音量を消す。コントラバスケースの方へと目線を戻すと、自らの半身ことTAC-50が分解されて入っている。
「急がないと」
熟練された手付きで、TAC50は銃を組み立てていく。銃と同じくケースから取り出した弾を装填し、窓を開く。遠くのパトカーのサイレンが、室内灯で照らされる街の奥から聞こえてくる。
「準備……完了」
『本当に撃てるんだよね?』
「……はい」
『期待はしないでおくよ』
そう言われても仕方ない、とTAC50は狙撃の姿勢をとる。高さが合わない分は椅子やクッションでなんとかした。
そんなTAC50にも、一つ確信じみたものがあった。そして、それはここ数日の射撃練習でも実践できていたことだ。
「本番になったからといって止まらないでよね」
引き金に触れている人差し指に、そう囁く。
現場付近を飛んでいる楓月からの警告音で、一気に意識を集中させる。現場で動きがあったようだ。見れば、立てこもり犯が少女を1人歩かせている。一瞬でデータベースにアクセスし、それが人質の少女の1人であることがわかる。
「交渉に応じたんですか?」
『いや、ちがう』
AA12の声は、憎悪がまじっていた。
『見せしめだ』
楓が急いでスコープをのぞきなおすと、歩いている少女を銃で狙っている犯人グループがいた。少女は自分の結末を知ってか、血相を変えて走り、そして足をもつれさせた。
「射撃許可は」
『出てない』
「そんな!」
見殺しにするしかないということである。TAC50ならば、この距離からの狙撃はどうってことはない。しかし、殺そうと銃を構えているのが人間であることが問題だった。
『楓、一発だけは私がどうにかちょろまかしてあげる』
しかしAA12から出たのは、事実上のGOサインであった。
息を吸って、吐く。上がっていた体温を、ゆっくりと下げる。
狙っている暇はない。銃を持っているターゲットは複数。そして使える弾は一発のみ。
「……っ!上の貨物!」
『了解!そのタイミングでこっちも制圧にはいる』
楓は現場の上方、クレーンから吊り下がった貨物に目をつける。あれを落とせば、一瞬だけだが注意が引ける。あとは現場の班に任せるしかない。
「撃ちます!」
引き金は、戸惑うことなく引けた。願うように放った一発は、狙いから寸分違わず、貨物の留め具を撃ち抜いた。
現場は、一瞬で大混乱に陥る。突然大きな貨物が落ちてくるのだからそれはそうだ。そんな中、冷静にその機会を伺っていた人物がいる。もちろんAA12だ。
「まったく無茶をするんだから!」
貨物が落ちきる前にスライディングして少女の元へとたどり着き、盾を展開する。その直後に轟音。
「無事?」
「お姉ちゃんこそ、大丈夫?」
身を挺してかばった少女はどうやら無事なようだ。
「全隊、突撃!」
インカムに叫ぶ。それからしばらく、銃撃音が続く。
「ねえお姉ちゃん?」
「……、飴でも上げるからおとなしくしててよ」
「わかった」
そういって少女はぎゅっとAA12の服の裾を掴んだ。AA12はポリポリと頬をかきながら突入部隊の様子を見上げる。どうやら片付いたようで、すでに静かになっている。
「子守は得意じゃないんだけどな……。ボスとかケフィとかが早く復帰してくれないとつらいよ」
ため息をつきながら、AA12は現場とは反対側。車の多く止まっている方へと歩いていった。
そんな憂鬱そうにしていたから、気が付かなかったのであろう。
「おじさんたち、大丈夫かな」
心配そうにそう呟いた声は、少女のものだった。AA12の服の裾を掴み、確かについていっている。しかし、その目線は硝煙の漂う現場のほうへと向いていた。
=*=*=*=*=
「快挙ね!」
「ボ、ボス!苦しいです!」
ぎゅうっと抱きつくボスに、半ば諦めながらTAC50はそう言った。といっても、本当に嫌がっているわけではない。なにより……
「復帰、おめでとうございます」
「ありがとう。もう体が鈍って仕方がないわ」
今日はボスと、それからK5の復帰日だった。
「ねえ楓」
「なんですかケフィさん」
「これについてはどう説明するわけ?」
「あー、それは」
なんと説明したことかとTAC50は悩む。皆の視線の先には、先日の少女がK5のデスクで居眠りをしていた。他のデスクは資料や書類が山積みになっているので、おそらくは消去法でK5のデスクを選んだのだろう。
「他のデスクみりゃわかるでしょ」
「あはは、すみません」
AA12はさも当然かというふうに、そしてTAC50は謝罪の言葉を述べる。
「そうじゃないわよ。被害者なんでしょう?なんでうちの課で預かってるの?」
「それは……」
「まって楓。そこらへんも含めて私から説明するわね」
ボスはコホンと咳をしたあと、一度全員の顔を見回す。
「この子ですが、被害者であると同時に重要参考人にもなりました。女ばかりだからということでうちの課の受け持ちです。以上!」
「待って、ボス。この少女が重要参考人?」
「ええ、まあ話をしてみればわかるわ。……っと、起こしちゃったかしら?」
のっそりと体を起こした少女は、しばらくキョロキョロと辺りを見回したあとに立ち上がってAA12の後ろへと隠れる。どうやら、見ず知らずの女性が多くて人見知りをしたようである。
「……ほんとまったく、なんでよりにもよって私に懐くかな」
「いいじゃない。子供ができたみたいで」
「失礼な!そんなに私の外見年齢高くないわ!」
「ほら、ケフィもアッチソンも口喧嘩しないで。それより仕事開始よ」
ボスの合図で今日も仕事が始まる。
あの日以来の4人での仕事が、また今日から始まる。