「ねえ、楓」
「なんですか、ケフィさん」
取調室に向かう間、K5がTAC50に話しかける。片手をしっかりと握って離さない少女には聞こえないように小声でだ。
「取り調べ、任せちゃだめかしら」
「どうしてです?そんなに懐いてるのに」
「私だって休憩時間がほしいわ」
K5は今日一日中ずっと少女に付きまとわれており、それは食事やトイレに行っても続いていた。子守が別に専門でもないK5には、辛い一日であることに間違いはなかった。
「それに……”占い”もしたいし」
「なるほど」
占いとやらに対する信頼性は、新人の看板を下ろし始めた頃のTAC50でも十分に理解してた。確かに少女を引き連れたまま”占い場所”である資料室に行くことは不可能である。だから少女の足止めをTAC50にお願いしたいということがK5の本音だ。
「わかりました、引き受けましょう」
任せてくださいと言わんばかりに胸をはる様子を見てK5は少し不安を覚えたが、とりあえずは快く引き受けてくれたTAC50に引き継ぐことにした。
TAC50は、その一言がどれほど重いものだったのかを知る由は、まだなかった。
=*=*=*=*=
K5の手からTAC50の手にチェンジした少女は、取調室に入ってからも忙しなく辺りを見回している。しかしそれは警戒しているというより、好奇心によるものが強いように見えた。
「さて、と」
TAC50が椅子に座ると、少女も向かい側へと腰掛ける。足をぶらんぶらんと揺らしている様子は、年相応の幼さを感じさせる。
「じゃあお話を聞かせてもらえる?」
「うん。あっでも……」
「ん、なにかな」
少女はしばらく俯いてしまった。どうしたものかとTAC50が悩んでいると、意を決したかのように少女は口を開いた。
「先に教えて。おじさんたちは大丈夫なの?」
TAC50はつい、動きを止めてしまった。相手は子どもでも、否子どもだからこそ、そういった反応には敏感なのだ。しかし、その言葉はその心構えすらも貫通してしまうほどの威力があった。
少女の言うおじさんというのが、彼女の親戚であるおじさんである確率は極めて低い。資料をめくる。やはり、おじさんと呼ばれる存在はいないようだった。ならば考えられる男性たちは一つ。
今回の立てこもり事件の犯人たちだ。
「えっと……、おじさんって?」
「倉庫みたいなところで私と一緒に居たおじさんたち。みんな優しい人だったの!」
そう語る少女の目に曇りはない。彼女は本心からそう言っている。彼女の目から感じるのは、無事であることの願いだけだ。
どういうこと?
TAC50は深く考え込む。あの犯人たちが少女たちに優しくする意味がわからない。むしろ、人質として誘拐し、かつ最後はこの少女を殺そうとしたほどだ。考えられるのは、優しくされたと少女が思っているか、それとも監禁中に何か洗脳じみたものを受けたかだった。
しかし長く沈黙をしていては何も始まらない。とりあえずはごまかすしか選択肢がなかった。
「ごめんね。その件に関しては私は知らないの。また今度お話するときに聞いてくるね」
「うん、わかった!」
後回しにするには苦しい言い訳かと思ったが、案外すんなりと少女は了承してくれた。ひとまずホッと一息つきながら、取り調べ用の録音機器をつける。
「じゃあまず、覚えている限りで一番最近のことを教えてくれる?」
「えっと……あなたと同じくらいのお姉ちゃんが瓦礫から助けてもらって、それでそのままパトカーに初めて乗ったの」
「うんうん」
「気がついたら寝ちゃってて、気がついたらここにいたの!」
「なるほどなるほど。じゃあ、その少し前のことを教えてくれるかな」
「えっとね――」
一抹の不安を抱えながらも、その後の取り調べは順調に進む。1時間もすれば少女はうつらうつらと船を漕ぎ始めた。
「とりあえず今回はこれで終わろうか」
「あ……え?終わり?」
「疲れただろうから、一旦オフィスに戻ろう、ね?」
「う……うん……」
ふらふらと立ち上がる少女を片手で抱っこして、空いているもう片方の手で資料をまとめる。扉の前にたった瞬間、突然勝手に開く。
「おっと、使用中だったか」
「ちょうど出るところですよ」
扉でかちあったのは、一課の優男だった。彼もこれから取り調べがあるらしく、両手には抱えきれないほどの資料を持っている。
「順調か?」
「ええ、まぁ」
「なんだ、随分言葉の歯切れが悪いじゃないか」
TAC50は悩んだあと、少女が完全に眠ってしまっていることを確認する。
「実は……少女が彼らの心配をしてまして」
優男は事情を聞いた瞬間、苦虫を噛み潰したように顔を歪める。
「ストックホルム症候群か?」
「とは思ったんですが」
優男の問いにTAC50は首を横に振る。医療班の診断では、少女に異常な精神疾患は見られなかったと報告されている。
「なるほど。どうしてお前たちの方にこの事件が回ったのかと思ったが」
「まあ、唯一の女性のみの部署というのもあるんでしょうけれど」
優男は急にTAC50の耳元に近づく。つい避けそうになるTAC50に、少女にも聞こえないような小声で囁く。
「その少女から目を離すなよ。特に男性職員との接触には細心の注意を払え」
「ええ、わかっています」
もとよりそのつもりだったTAC50は、しっかりと首を縦に振った。
=*=*=*=*=
「それで、ぐっすりなわけ?」
「はい……。子どもだけあって体力配分が苦手のようですね。取り調べ中は元気よく話してくれていたんですが、今はもう」
TAC50に抱っこされている少女は、多少の揺れでも起きる気配はない。しっかりとTAC50の服を握りながらすやすやと寝息を立てている。
「……、仮眠室を借りてもいいですか?」
「もちろん。楓は他に仕事は?」
「今日はだいたい終わりました」
「じゃあ今夜、私と付き合ってくれる?」
「えっ?ええ、わかりました」
「残業代も、もちろんだすわ」
TAC50は頭の上にクエスチョンマークを浮かべる。
「ああ、仕事内容は……子守よ」
その言葉で、今日は眠れない夜になりそうなことをTAC50は悟ってしまった。
「えっと……その今夜は……」
「おっと逃さないわよ」
ボスはにやりと笑いながらスマホを取り出した。画面は録音アプリが開いており、丁寧にも録音中と表示されている。
『ええ、わかりました』
ばっちりと録音されているのを確認し、TAC50はこの人はとため息をつきながら肩を落とした。
「でも着替えとかないですし」
「私のを貸すわ。すこし大きいかもだけど……着れないことはないでしょ」
「それもそうですが……」
完全敗北である。
「まったく……仕方がないですね」
「いいじゃない。残業代は私の自腹よ」
「いいですよ。お金は」
「えっほんとう?」
「ただし、晩ごはんはごちそうになりますからね」
ただでは転ばないTAC50のカウンターは、それは深く深くボスの懐の、とくに財布にダメージを与えた。