すやすやと寝息をたてるボスの隣で、TAC50は静かに本のページをめくる。新月の夜らしく、サイドテーブルのランプを消してしまえば何も見えなくなるだろう。
カタリ
些細な物音であったが、TAC50は立ち上がる。ボスの寝顔をちらりと見た後、サイドテーブル上の拳銃を手に取り部屋を出る。
カチャ
弾が装填されていることを確認し、物音の方へと歩く。音の出どころは、台所の方だった。
「……何をしているの?」
「あっお姉ちゃん」
まるで悪戯がばれた子供のように、驚いた顔をした少女がいた。
「こんな時間に何をしてるの?」
「ごめんなさい……喉が乾いて」
「謝らなくていい。ほら、飲んだらすぐに寝てね」
「うん」
少女は行儀よくコップを洗ってから、部屋へと戻っていった。TAC50はとっさに隠した拳銃にセーフティをかけて、耳をすませる。少女が部屋へと戻っていったことを確認して、自分も元の部屋へと戻ろうとした。
しかし、ダイニングテーブルを見て足を止めることになった。正確に言うならば、ダイニングテーブルの上においてあった端末を見たことだった。おそらく少女が勝手に使っており、TAC50が来たことでそのままになっていたのだろう。
「これは……、明日になったらボスに報告しないと」
TAC50はそうつぶやきながら、立てこもり事件について書かれたニュース記事を閉じた。
=*=*=*=*=
「おはようございます、ボス」
「おはようケフィ」
「連れて帰るって言ったときは心配しましたよ」
「安心して。楓も一緒だったから、夜は彼女に任せっきりよ」
「それなら良いんですけど」
通勤するなり話し始める二人に割り込み、TAC50はコーヒーをボスに手渡す。
「それがそうとも言えませんよ」
「あれ、少女は?」
「入り口でアッチソンさんを見つけてついて行きました」
「えぇ……」
意外な組み合わせにケフィが思わず言葉を漏らす。
「それで楓、そうとも言えないってどういうこと?」
「昨晩なんですけど……」
TAC50が昨晩の出来事を話すと、ボスとK5の顔が険しくなる。
「ケフィ、いますぐアッチソンに連絡を。絶対に目を離すなって」
「はい」
「楓は私と来て」
「わかりました。ですがどこへ?」
「……着いてからのお、た、の、し、み」
含ませた言い方をするボスを見て、TAC50は首をかしげた。
=*=*=*=*=
「あの、ボス……?」
「どうしたの、楓」
「ここ、会議室ですよね」
「まあ、そうね」
にやりと口角があがるボスを見て、TAC50はため息をつく。またこの人はやるつもりだと、理解したのだ。
「たのもー!」
勢いよく開かれた扉の先では、各部署のトップが卓を囲んで会議をしていた。突然の乱入者に、コーヒーをこぼしている者もいる。
「……!?なんだねいきなり」
「いえいえ、捜査協力ですよ」
「……また1課か?」
情報漏えい元であろう一課の方を、司会の男が睨む。
「渡したつもりはないんだが?」
「ええ、今回は捜査資料はもらってないもの」
「……どういうことだ?」
「うちは先日の事件の重要参考人を保護している。その調書を見て、この事件と関連があると思ったのよねぇ」
そういって机に投げ捨てられたのは、保護している少女についての資料だった。
「そもそも今している会議は別の事件で——」
「とも言えないでしょう?少女が誘拐され、傷一つついていないワンピースの少女が見つかっている。今回とそっちの事件との違いは、少女が生きてるか死んでるかだけね」
「しかし、そちらの件は街のチンピラが実行犯だっただろう?」
「待ってください」
TAC50は思わず口を出す。会議室中の視線が一気に集まり、少しうろたえる。
「なんだね、話したまえ」
「えっと、実行犯は確かに街の住人でしたが、少女の証言によって電話越しにもう1人と会話したことがわかってます。さらに、少女がなつくほどに実行犯たちは少女を甘やかしていたようです」
「つまりはなんだね。あのチンピラどもが少女を確保し、誰かに売り飛ばそうとしていたと?」
「可能性は低くないかと」
「なるほど、わかった」
司会役の男は立ち上がり、TAC50たちに近づいてくる。
「捜査協力感謝するよ。だが事件のシマは譲ってもらう」
「待ちなさいよ。少女は警視総監の指示で私達が保護しているのよ?」
「なに、構わんさ。それに私達は捜査官で、子守は得意じゃないのでね」
「私達は子守でもしてろってわけね」
「お似合いだろう?見た目も親子に見えるだろうしな」
「……、わかりました。それでは失礼します」
珍しくボスが引き下がるのを眺めていて、慌ててボスの後に続いて退室する。
「あの……ボス」
「ん?何」
「どうするんですか?」
「どうするもなにも、全力で子守をするわよ」
「子守を……?」
「ええ、対象の要望に最大限則った子守をね」