EIP―東諸国郡国際警察臨時特別捜査課―   作:畑渚

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「はあ……」

 

 ついため息が漏れる。頭を冷やしてくると言ってあの場を抜け出したTAC50は、非常階段で手すりに体重を預けていた。

 

 カシュッ

 

 と缶を開く音が風に乗って消えていく。

 

「やあ、君は新人ちゃんじゃないか」

 

「あなたは一課の……」

 

「ああ、そういえばまだ名乗っていなかったね。僕は――」

 

「あっ結構です」

 

「ぐっ、君なかなか辛辣だね」

 

 そういいながら優男はTAC50の隣にくる。

 

「それで、こんなところでどうしたんだい?」

 

 優男も持ってきた缶を開けて飲みはじめる。

 

「あなたに話す必要はないです」

 

「……そうかい」

 

 話さないとTAC50がいったのに、男はそこに居座ったままだ。

 

「だから話さないと……」

 

「ん?ああ、それはいいんだよ。ただ、ここは僕も休憩によくくる場所なだけだよ」

 

「あっ、そうだったんですね。それじゃあ私は」

 

「気にしなくていいよ。別にここは僕の場所ってわけでもないからね」

 

「そ、そうですか」

 

「ほら、ここは風通しがいいだろう?熱くなった頭を冷やすには最適なんだ」

 

「そう……ですね」

 

 実際、ビルを吹き下ろす風は冷たく、TAC50は肌寒さすら感じていた。

 

「それにここなら愚痴も、不満も、後悔も……何を漏らしても聞いている人はいないからね。休憩にはちょうどいいのさ」

 

「あなたにも……そういうのが?」

 

「まったく……僕をなんだと思ってるんだい?」

 

「その……すみません」

 

「ああ、いまのは独り言だよ。そしてこれからもね」

 

 優男は電子タバコを口に咥える。TAC50より風下側にわざわざ移動したのはそのためだったようだ。

 

「13人……13人もだ。僕の指示で死んだ。僕が殺したんだ」

 

 一息ふかしてから、優男は言葉を続ける。

 

「犯人を許したくない。あの狂った人形を見たら、次は確実に殺す」

 

 瞳に宿るのは純粋な復讐の殺意だ。TAC50は寒気を感じた。それが冷たい風のせいか、それとも男のせいかはわからなかった。

 

「だが、上の連中はそれを許してくれない。もう、復讐の機会すらなく、捜査権があの女にうつっちまった」

 

 うつむくように呟いていた男は天を見上げる。

 

「すまねえ。僕……俺にはもう、おまえらの仇はとってやれねえ。すまねえ……」

 

 しばらく静寂が場を支配する。

 

 男はタバコを消して、そのまま無言で部屋に戻ろうとする。

 

「あの……」

 

「ん?どうかしたのかい?」

 

 男にさきほどまでの様子はない。初めてあったときのように戻っていた。

 

「その、休憩時間はもう終わりですか?」

 

 その時の自分の感情を、TAC50は分析できずにいた。ただ、誰かに聞いてほしかったのかもしれない。その感情を示す適切な言葉を、TAC50は持ち合わせていなかった。

 

「いや、まだ時間はあるな……」

 

 優男は腕時計で時間を確認して、それから少し携帯端末を操作した。

 

「せっかく君もいることだし、もう少しくらいここで目の保養をしていくことにするよ」

 

「……実は」

 

 ポツリポツリと話し始める。先日、引き金を引けなかったこと。そのせいで犯人を逃してしまったこと。そしてなにより、自分自身がそんな自分を嫌いなこと。言葉は思うよりも簡単に口から出ていった。次から次へと、感情に任せるままにTAC50は話していった。

 

 随分と話しても、男は黙って聞いているだけだった。ようやくTAC50が話し終わってから、その口を初めて開く。

 

「それは僕には解決できない問題だね」

 

「手とり足取り教えてあげようかって口説かれると思ってました」

 

「はは、君って意外とひどいこというよね。それも魅力的ではあるけど」

 

 男はTAC50の方へ振り返る。

 

「それに俺は落ち込んでいる子に手を出すようなゲス野郎じゃないよ」

 

「そう……ですか」

 

「そうだね……一つアドバイスをするなら、あの女……君のとこの課長の言うことを聞いてみることだ。射撃に関しては……評価に値するからね」

 

「ボスがですか?」

 

「ああ、知らないのかい?花園課なんて言っているけれど、君の課は戦闘能力ではずば抜けているからね」

 

「そう……ですよね」

 

 人形を3体に、一課の人間が評価すると言った射撃能力を持つボスである。人間だけからなるどのチームよりも戦闘能力が高いのは当たり前だ。

 

「なんたって彼女、子供の頃から銃に触れているような人間だからね」

 

「え?たしかにこのご時世、銃を持っていること自体はおかしくないですが、子供の頃からですか?」

 

「彼女は子供の頃からここの訓練所の常連だよ」

 

「なぜ?」

 

「彼女、ここEIPの幹部の1人娘なんだよ」

 

「なるほど、それで子供の頃からここに来れたわけですね」

 

「そんなんだから銃の扱いには長けているのさ。まったく自信がなくなるよ」

 

「自信……ですか?」

 

「だってここにいる限り女の子に銃の上手さで勝てないからね。彼女もそうだが、君の同僚である2人も銃の名手だろう?」

 

「たしかにそうですね」

 

「まったくせっかく人形がいないって環境だと聞いて喜んだのに。これだと僕の銃スキルが目立たないよ」

 

「お上手なんですか?」

 

「まあある程度心得てはいるさ。一課に入れるくらいにはね」

 

「……教えてくれませんか?」

 

「何をだい?」

 

「人を撃つ時、何を考えていますか?」

 

「……そりゃまた随分と難しいことだね」

 

 男はしばらく悩む様子を見せる。しばらくして、ひねり出すかのように声をだした。

 

「何も考えていないかな。こう見えて情に厚い人間でね。考えてしまうと引けなくなってしまうんだ」

 

「何も考えない……ですか」

 

「参考にしない方がいい。思考を放棄するっていうのはとても危険なことだよ」

 

「わかりました。でも参考にするかは私が決めます」

 

「ははは、そういう強気なところ、好きだよ」

 

「私を口説く気ですか?」

 

「当たり前だろう?僕は目の前に女の子がいたら、それがどんな子でも口説いてしまうんだよ」

 

「ふふふ、イメージどおりですね」

 

「それは褒め言葉……なのかい?」

 

「さて、それはどうでしょうか」

 

 なんとなく心のモヤが晴れたような、そんな気がしていた。少し、自分の中で何かが変化したようだとTAC50は感じていた。

 

「でも……」

 

「ん?なんだい?」

 

「これくらいのお礼ならできます」

 

 そういってTAC50は男に近づき、頬のキスをする。

 

「それじゃあ、ありがとうございました」

 

 TAC50が去ってからも、しばらく男は動けなかった。

 

「たまげた……」

 

ペタリと階段に座り込むと、TAC50の口が触れた部分をそっとなでる。

 

「びっくりするじゃないか……」

 

 男の鼻腔には、メープルシロップの甘い香りがまだ残っていた。

 その顔は、照れなのか恥ずかしさなのかは不明だが、真っ赤に染まっていた。

 

「こりゃもう少し休憩していくしかないな……」

 

顔のほてりが収まった頃、デスクに戻った彼を迎えたのは溜まりに溜まった仕事の山だった。

 

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