通常通り通勤したTAC50がオフィスにつくと、彼女の椅子をボスが占拠していた。腕を組み、すこし困ったような顔をしている。
「ボス、おはようございます」
「うん、おはよう」
そう言うも、ボスはそこからどこうとしない。TAC50は少し困った顔を浮かべる。射撃場の使用申請書は引き出しに入っている。よってそれを取るにはボスにどいてもらう必要があった。
「あの、机の引き出しを開けたいのですが」
「ん~、用があるのはコレ?」
そう言ってボスは一枚の紙をひらひらと振る。それは、TAC50が準備しておいた申請書に間違いなかった。
「それです。ありがとうございます」
疑わずに申請書を受け取ろうとするTAC50に反し、ボスはその紙を近くのシュレッダーに入れた。せっかく出すだけまで準備しておいた申請書が、細切れになっていく。
「あの……?」
TAC50の声に怒気ではなく、純粋な困惑だけが含まれていた。
「楓ちゃんさ、最近射撃場に行き過ぎよ?」
「でも、やっと私撃てそうなんです!」
「う~ん。よし、決めた」
そうボスが言うと同時に、部屋の扉が開く。
「ふあ~。ボス、おはよう」
「アッチソン、ちょうどよかった」
ボスはそう言って電話機を手に取る。
「うん、私。そうそう、それで現場に2人派遣するから。いいからいいから。えっとね、アッチソンと楓。うん、よろしく。それじゃあね~」
2人を置いてけぼりにして、受話器を置く。
「……あれ?もしかして私ルーキーの世話?」
「ええ、そうよ」
「え~まじか……」
「ボス!私も射撃訓練をしたいです」
「ダメ。これは決定事項よ」
「そんなぁ」
AA12はがっくりと肩を落とす。その様子を見てTAC50の顔も曇る。
「いいから、ほら行ってきなさい!」
無理やり背中を押されて、2人してオフィスから出される。
「はぁ、しょうがない。行こうか」
「……はい」
いまいち晴れた顔をしないコンビが、急遽結成された。
=*=*=*=*=
「ルーキー、運転は?」
「はい、一応できます」
「そう、じゃあよろしく」
そういってAA12は鍵を投げ渡す。危なげなくそれをキャッチして、TAC50は目を白黒させる。
「ん?どうしたのルーキー?」
「いえ、アッチソンさんはてっきり運転が好きな人なのだとばかり……」
「ああ……きらいじゃないよ?きらいじゃないけど、今日は眠いから」
そういってまた大きなあくびをする。目の下の隈も酷い。
「アッチソンさん……昨日いつ寝ました?」
「ん?寝てない」
「はい?」
「寝てないよ。だから移動時間くらいは寝させて……」
そういって車に乗り込むと、目を閉じてしまった。
「はあ……まったく」
TAC50は運転席の方へと回り込み、ドアをあける。乗り込めば、特に何も変わらぬ一般車の運転席がTAC50を迎え入れた。扉を閉めれば、少し重々しい音がする。
「これは普通なんですね」
「さて、どうだか」
AA12はそれだけこたえると、そのまま寝息を立て始めた。
「ああもう!せめてシートベルトだけしてください!」
「わかったわかった!だからほっぺをつねらないでくれ!」
なんとかシートベルトをつけさせたTAC50は、キーを回してエンジンをかけた。
「何か異音が聞こえる気が……」
違和感を感じたTAC50は、グローブボックスから書類を取り出す。そこには、マニュアルが入っていた。
「まあ、そうですよね。私たちが使う車が通常仕様な訳がないですよね」
マニュアルにはとんでも仕様の使い方が書かれている。
「それに……このエンジン音も改造されてますよね」
こころなしか速度メーターも他の車よりも最大メモリが大きい気もしていた。どうやら、扉も最先端の防弾性能があり、盾にもなるなどと書かれている。
「はぁ、まともな車でよかったのに」
気が抜けないドライブになりそうだと、TAC50はため息をついた。
=*=*=*=*=
現場は、1軒の古びた家だった。どうやら住居者はいないらしく、募集の看板が門の横にかけられている。
「楓捜査官です」
「ふぁ~、アッチソン捜査官です」
現場についた2人を迎えたのは屈強な男だった。盛り上がった筋肉のせいで、スーツがかわいそうなことになっている。
「話は聞いております。どうぞこちらへ」
警備ではなく、2人の迎えに来ていたらしい。家の奥へと案内される。
「それで、何があったんですか?」
「死体ですよ。肝試しで入った近所の子供が見つけたんです」
「こんなご時世に?肝試し?」
「子供はいつだってそうですよ。特にここらに住んでる子供はね」
そういって男はすこし苦い表情を浮かべる。
ここは特区だった。主に政府や企業の重役が住む、保護区内でも安全性の高い区域だ。そこに住む子供といえば、外の惨状をしらない温室育ちが多い。当然、安全性の低い地域で生まれ育った人たちに、いい目をされることはない。
「いつだって、格差社会ですね……」
「しょうがないですよ。っと自分が話すのはここまでですね。あとはボスに聞いて下さい」
男はそういうと、部屋の奥へと目配せをする。そこには、一課の優男がソファに座って待っていた。
「やあ、子猫ちゃんたち」
「うぇ、あんたかよ。私はパスだ。ルーキー、あとは頼んだ」
「え?ダメですよアッチソンさん!これはボス直々の命令ですよ」
「……はぁ、仕方ないか」
アッチソンは頬を膨らませて、飴を舐め始めた。
「よし、まずは現場から行こうか。死体はそのままにしてあるけれど大丈夫かい?」
TAC50は一度AA12の方を見ると、肩をすくめて肯定する。
「大丈夫ですよ。案内してください」
「はいはい、エスコートは紳士の嗜みだからね」
「どうせなら現場じゃなくてうまいレストランにエスコートしてほしいもんだね」
「アッチソン君がよければ今度招待しようか?」
「はは、断然お断りだね」
コロコロと音を出しながら、AA12は笑ってみせた。
「まあこの話はおいといて、ここが現場だね」
そこは散らかった一室だった。中には大きな背もたれがある椅子に、様々な機械のガラクタが置かれている。そのいくつかには、まだ電気が通っているものもあった。
「おい、ルーキー」
「はい?」
AA12がこっそりとTAC50の耳元でささやく。
「周囲の警戒しといて」
「は、はぁ」
TAC50はこっそりとドローンを動かす。車の側に置いてきたドローン――楓月が起動し、ケースから自動で飛び立つ。TAC50の左目の視界には、ここら一帯の俯瞰映像が映し出されていた。
「大丈夫かい楓ちゃん」
「え?はい、大丈夫です」
優男は、TAC50の目の前にきて、手を振ってみせる。ごくごく自然に右目でそれをおいかけたあと、
「……なにか?」
「いや、いいんだよ。それより話に入ろうか」
優男は、再びソファへと座り直した。
「遺体はそこの椅子の上だよ。死因、死亡時期は鑑定の結果まちだけど……数ヶ月は前だと見ても良い。死因は心臓発作だと推測されているよ」
「どうしてこんなところに住んでいたんですか?」
当然の疑問だった。ここはもう何年も前から居住者のいない空き家のはずだった。
「不法占拠だね。まあそれは些細なことさ。問題はこの……ガラクタだよ」
優男はそういいながら、机に転がるガラクタたちを叩いてみせた。