EIP―東諸国郡国際警察臨時特別捜査課―   作:畑渚

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「楓……全部わかったみたいだね」

 

 流石に帰らなくてはと荷物を纏めにオフィスに来たTAC50を、ボスは彼女の椅子に深く腰を下ろして待っていた。

 

「はい、全部……裏も取れました」

 

「そう」

 

 ボスは椅子から立ち上がると、窓のブラインドを開けた。すでに消灯されて暗いオフィスが、月明かりで照らされる。

 

「話してくれる?」

 

「はい」

 

 TAC50は抱えていた書類を机の上に置き、必要なものだけ抜き取る。

 

「それでは始めますね」

 

「うん、おねがい」

 

 ボスは再び椅子にすわりぎしりと軋ませて、それからTAC50を見つめた。

 

 

=*=*=*=*=

 

 

「お坊ちゃま!まったく、またこちらの屋敷にいらしたのですね」

 

 メイド服を着た人形は、その豊かな表情をしかめながら目の前の少年に対してそう諌める。

 

「だっておやじがうざったいからさ。ここならこないだろう?」

 

「あのですね、確かにお父様はこのお屋敷に立ち入ることはしませんが、それはここが放置されてるということに変わりないのですよ?もし床でも抜けて怪我をされたらどうするおつもりですか!」

 

「そのためにお前がいるんだろう?」

 

「私にも不可能なことはあります」

 

 そうはいいながらも、メイド人形は部屋の掃除をし始めた。

 

「なんだかんだいっていつも世話してくれるじゃないか」

 

 少年は少しうつむく。

 

「いつも……ありがとな」

 

「ん?今何かいいましたか?」

 

「いや!なんでもねえよ!」

 

 彼の中では、これが日常の一コマであった。

 

 

 

 

「お坊ちゃま、やはりここでしたか」

 

「坊ちゃま呼びはもうやめてくれよ」

 

 すっかり青年へと成長した彼は、パソコンの画面から目を離さずにそう答えた。画面上では延々と何かのシミュレーションが動いては、計算結果を繰り返し表示している。

 

「よし、許容値だ。なあ、実験を手伝ってくれよ」

 

「はあ、またですか」

 

 しぶしぶといった様子ではあるが、メイド人形は自分の首元のパネルを開いた。青年はそこへコードを差し込み、それから重々しい何かを部屋の奥から運んでくる。

 

「よし、それじゃあ動かしてみて」

 

「はい……っと今回は随分と安定してますね」

 

 メイド人形の体は、まるで蜘蛛のような足によって軽々と持ち上がる。それからしばらく動かしているのを見ながら、青年は満足そうにうなずく。

 

「よし、あとは細かな調整だけで終わりそうだな」

 

 再びパソコンの前に座ろうとする青年を、メイド人形は新たな足を器用に動かして引き止める。

 

「お坊ちゃま、お父様がお呼びです。もう支度をしなくては」

 

「……嫌だ、とは言えないんだろうな」

 

「ええ、大事な演説だそうで」

 

 青年はため息をつきながら、PCの電源を消した。椅子にかけていた上着を羽織ると、そのまま出て行こうとする。

 

「……いや、待ってください!コレ!外してください!」

 

「ああ、ごめんごめん忘れてた」

 

 青年があわてて切断し、機械の脚がごとんと大きな音を立てながら力を失う。

 

「もう少しでお坊ちゃまを呪い殺すところでした」

 

「おお、怖い怖い。蜘蛛の糸を吐き出す機構もつけようか?」

 

「お坊ちゃまは私をどうしたいのですか?」

 

「最強の人形?」

 

「また幼稚な……」

 

「いいだろう?っと急がなきゃかな」

 

 バタバタと慌ただしく屋敷を出て行く。積もった埃が、舞って光を反射していた。

 

 

 

 

「よってPMCは我々から財を奪い取り、彼らの私利私欲に費やしているのです。私たちの生活は一向に良くならないまま、彼らの腹に脂肪をつけさせているだけなのです!」

 

 青年はうんざりとした顔をしながらも、その演説をする男のマイクを調整していた。その男こそが、青年の父親であった。父親は弁が上手かった。うまく民衆の心を引きつけ、活動費として莫大な資産を得ていた。

 

 そんな男の最後は、悲惨な事故だった。収入源と先導者を失った家族は崩壊し、屋敷も正式に売り払われた。しかし、青年は不法にもそこに留まり続けた。

 

「ご主人様、ここはもう売物件ですよ」

 

「どうせ誰も買わないさ。なんたって事故物件だ」

 

 そういう青年の声はか細い。彼は食事を食べていなかった。彼には病院で診察をうけるお金も、そして受け入れてくれる場所もなかった。

 

「すみません、果物をください」

 

 メイド人形ですら、民衆はゆるさなかった。

 

「誰が詐欺師のとこに売るもんか!帰りな」

 

 何十軒と回って、なんとか少ない食料を買って帰る。しかしそれをなんとか食べさせても、吐き出してしまう。

 

「お願いです、ご主人様。食べてください」

 

「あはは、どうやらここまでみたいだ。なあ、いままでありがとう。お前がいてくれたおかげで俺は楽しかったよ」

 

「そんなことを言わないでください。さすがの私でも怒りますよ!」

 

「お前はいつも怒ってばかりじゃなかったか。いつも『お坊っちゃまお坊っちゃま』ってさ」

 

 もう身体を動かすことすらままならないというのに、青年は自ら起き上がってパソコンの前へと座る。しばらくカタカタと動かすと、傍らに置かれた多脚の外骨格が動き始める。

 

「こんなことしか出来なくてごめんな」

 

 男は背もたれに体を預ける。そしてそのまま、ゆっくりと目を瞑った。

 

「ご主人様……?」

 

 メイド人形がそう呼びかけても、青年は黙ったままだった。

 

「ねえご主人様、お願いです嘘だって言ってください。ご主人様、すぐに目を開けてください」

 

 体を揺すっても、青年はまったく動かない。まったく力も入っていない。先程まで弱々しくも動いていた鼓動も、今はまったく聞こえない。

 

「ご主人……いえ、お坊ちゃま。いままでお世話になりました」

 

 メイド人形は深々と礼をする。そして顔をあげた彼女は、多脚外骨格を動かして自分の体を包み込んだ。

 

「まだ、私の役目は終わらないのですね」

 

 

 

 

「待て!やめてくれ!」

 

 その男性は足がもつれ倒れ込んでも、命乞いを続けた。オーダーメイドであろう綺麗な形をしたスーツが、路地裏の泥で汚れてしまっている。

 

「お前が、お前がウチの社員ばかり狙ってる殺人鬼だな!」

 

「ええ、そうよ。べつにあなたのところだけというわけでもないけれど」

 

 その人形はまるで蜘蛛のように壁をつたいながら、男性の目の前へと降り立つ。

 

「あなた自身には恨みはないのだけれど、あなたが生きていると不都合なの」

 

「まってくれ!俺には妻と子供が――」

 

「妻と子供が何よ。そんなの殺さない理由にならないわ」

 

 脚の一本で壁を叩き、その憤りを露わにする。

 

「家族がいたら死ななくていいの?じゃあどうして私のご主人様は死んだの!?家族がいなかったから!?違う、あんな家族がいて、それを許さない皆がいたから死んだの!」

 

「待ってくれ、おねがいだ。まだ死にたくない」

 

「知らないわ、あなたの意思なんて」

 

 脚の一本で男性の腹部へと蹴りをいれる。男性はまるでゴム毬のように跳ねた。

 

「あなたたちが悪いのよ。ご主人様は救いを求めて手を伸ばした。でもその手を払い除けた。その大切な家族という繋がりを原因にしてね」

 

「お、俺は何も!それに君のご主人様だって人も知らない!」

 

「そう……ですか」

 

 人形は男性の目の前に書類の束を落とす。

 

「これは……うちのブラックリスト?」

 

 そこには、男性の会社が持つブラックリストだった。彼の所属する保険関連の会社の、顧客として扱ってはいけないと決められた門外不出の資料のはずだった。

 

「私のご主人様はこのリストにのっている。ただ父親が反PMC団体の長だからというだけで、何の罪もないのに!」

 

「悪かった!何でもする!償わせてくれ!だから――」

 

 人形は男性の首に手を添えて、その言葉を遮る。

 

「ええ、何でもですか。それじゃあ――死んでください」

 

 的確に頸動脈を抑えられた男性は、すぐに意識を失った。そしてそのまま苦しみを感じることなく、気道を絞められて男性は命を失った。

 

「お坊ちゃま、もう9割は終わりました。あと少しです。あと少しであなたの仇がうてます。だから、それが終わるまでそっちで待っていてください。ああでも、人間と人形が同じ場所に逝けるものなんでしょうか……。なんて考えてる場合じゃないですね。もし違う場所だとしても、私は絶対にお坊ちゃまを見つけます。あなたがくれた、この脚で」

 

 数日後、有力な保険会社であったある企業が別の企業に吸収された。しかし、珍しいことでもなんでもないソレはニュース欄の隅に書かれたくらいだった。誰も、そんなニュースは気にも留めなかった。

 




ここまで読んでくださってありがとうございます。
『ファイル1 嗤う人形』、コレにて完結です。まだまだ成長途中なTAC50と愉快なメンバーたちに降りかかる次の事件は何なのか、乞うご期待

感想・批評・ご意見等、お待ちしております。
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