及川光成は走者である   作:水上竜華

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お待たせしました。

今回は少し短めです。





第八話 受け入れ難き天啓

 

 2017年3月中旬 昼

 

「これより勇者通信を始めたいと思います。乃木さん、今日もよろしくお願いします。」

 

『ああ、こちらもよろしく頼む。』

 

 諏訪と香川、今では距離以上に遠く感じる二つの大地の通信機越しの交流が始まった。

 数多くの人間が命を落とすことになったあの大災害によって荒廃した世界の中でも、侵略を免れた数少ない地域である諏訪と四国。

 この二つの地域で活動している勇者達(+α)のリーダーである白鳥歌野と乃木若葉の二人がバーテックス襲来以降、何らかの理由で通信妨害になっている結界外との連絡を霊力が込められた通信機器によって諏訪、四国を代表して相互の情報交換の場になっているのがこの勇者通信である。

 

「では、まず私の方から。一昨日の夕暮れ時に敵から侵攻を受けましたが、無事に撃破。その戦闘による負傷者はなし。結界にも損傷はありません。ただ土地神の力が徐々に弱まってきているため、結界の維持を安定させるために生活区域の縮小の検討中です。」

 

 それから諏訪からの事務的な連絡を終え四国側の報告へと移り、勇者通信開始から数分が経った頃にはそれぞれ報告すべき内容を話し終えてしまう。

 しかし、ある意味ここからがこの二人にとっての本番と言っても過言ではない。

 

『……さて、連絡事項も終えたことだ。そろそろ始めるとしよう。』

 

「ええ、そうね。」

 

 

 

「『うどんとソバ、どちらが優れているのか、いざ尋常に勝負!!』」

 

 

 

 ……うどんとソバ。それぞれの麺類に対する愛をかけた論争の開幕である。

 もはや勇者通信の恒例行事と化したこの対決は通信を始めて約二年の時を経ても未だに決着がつかず、前回の対決ではヤキマンジュウ派の群馬県民である勇者代行を懐柔したソバ派がやや優勢といった状況だ。

 

「麺類最強はソバ!これは覆しようのない事実!元うどん県民の光成さんを落としたこの私が自信を持って断言します。」

 

『いや、待て。群馬ではひもかわうどんが名産と聞く。うどん好きな人間がそう簡単にソバなどに目移りするはずがない。おそらくその光成さんとやらは群馬の味を忘れることが出来なかったが、仕方なくお前の意見を飲み信州のソバで妥協しただけなのではないか?きっと、香川のうどんさえ食べればそんなことを言わなくなるはずだ!』

 

「ええ、確かにその通りかもしれません。しかし!一時的とはいえソバ派に寝返ったと言うことはソバに魅力を感じたということ!うどんを名産とする地域の人間が一度でもソバに屈したという事実、それはソバがうどんに勝る至高の麺類であると証明しているようなものなのです!!」

 

『くっ、強情な奴め。』

 

 ちなみにソバ派に寝返ったとされている勇者代行が住んでいる地域ではあまりうどんの文化は普及しておらず、あくまでもヤキマンジュウが彼にとってのソウルフードなため元々彼はうどん派ではない。

 さらに付け加えると当の本人はソバ派になったつもりはなく、戦闘で切り札を使い疲れて果てていた時にいつものメンバーでソバを食べていて、その間ずっと歌野がしつこくソバを推してきたため面倒くさくなり、話を合わせるように適当に相づちを取っていたらいつの間にかソバ派認定を受けただけなのであった。

 

 そんな事実を知らない二人の論争は白熱の一途を辿り、ついにソバ派がやや優位な状況で通信終了の時刻になる。

 

「そろそろ時間のようですね。うどんは九死に一生を得たといったところでしょうか。」

 

『ふ、その言葉そっくり返させてもらう。ソバは命拾いしたな。』

 

「決着はまたの機会に預けるとしましょう。では、通信を終えます。」

 

『ああ、また今度だ。』

 

 プツリッと回線が切れる音を聞いた歌野は機材を元に戻し、通信機が置かれた部屋から出ると外で歌野のやり取りを壁越しに聞いていた水都から労いの言葉を掛けられる。

 

「お勤めお疲れ様、うたのん。」

 

「う~ん、あと少しでソバの勝利が見えてたのに悔しいわ。」

 

「でも、うたのんとっても楽しそうだったよ。」

 

「そうかしら?」

 

 歌野自身内心では薄々気が付いていたが、歌野にとって乃木若葉との麺論争はもちろん本気でソバを推してはいるものの、楽しいと感じる気持ちがあるのだろう。

 歌野は水都の発言に対し、少しだけ考える。

 

「確かにみーちゃんの言う通りかも。話題が何であれ友達と好きなモノについて語れるのはベリーインタレスティングなことだもの。」

 

「きっと、乃木さんもそう思ってるはずだよ。」

 

「ええ、私もそう思ってくれてると嬉しいわ。」

 

 歌野は西の空へと視線を向け、遠い地にいるまだ顔すら見たことがない友人のことを頭に浮かべた。

 

 

 

   ◇

 

 

 

 2017年 6月下旬

 

 その啓示は唐突に二人の巫女の元に下った。

 

「……つまり、土地神様は光成さんに四国へ行ってほしいってこと?みーちゃん。」

 

「そ、そういうことだと思うよ、うたのん……。」

 

 藤森さんは念のため確認するようにもう一人の巫女である恵那ちゃんに視線を向ける。

 そして、恵那ちゃんは若干混乱した様子を見せながらも頷いて肯定する。

 

 彼女達がその神託を受けたのはいつも通り皆で畑仕事をしていたときのことだった。

 あまりの内容に彼女達、特に恵那ちゃんが非常に取り乱し、はたから見ても動揺しているのが分かるほどで彼女達の異変に気がついた歌野と俺は畑仕事を中断し彼女達のもとに駆け寄った。

 そこで彼女らに特殊な神託が下ったことが分かったのだが、その内容が非常に問題だった。

 

 ""勇者代行、及川光成に避難民を連れて四国への移動を命ずる""

 

 あまりにも急で、現実味のない神託。

 いくらこれまで人類の手助けをしてきた土地神達の言うことであっても、簡単には受け入れられないお告げである。

 

 今回の神託は過去に土地神達から知らされていた「四国と諏訪からの挟撃」という作戦の前段階に位置するもので、バーテックスの襲撃の周期を利用して結界外の調査と共に、諏訪と四国の共闘が実現可能なものかを実際に証明し、神々の力の根源である信仰心を高める狙いがあるらしい。

 避難民を連れて移動するのもその一貫のようだ。

 

 これを成功させれば窮地に立たされた人類に希望の光が見えてくることに間違いはないが、賭けの要素が大きすぎる作戦だ。

 当然身内からも反論が出る。

 

「……でも、こんなの無理だよ!今、及川さんが諏訪からいなくなったら、諏訪は、うたのんはッ……。それに、避難民を連れて壁の外に出るなんて、それこそ自殺行為だよ!」

 

「みーちゃん………。」

 

 いつもは大人しく自分の意見をキッパリと言わないタイプの水都さんだが、親友の命が危険に晒されることに耐えきれず息を荒くしながら反対した。

 実際、彼女の言うことは間違ってはいない。

 過去に俺が壁の外を生き残れたのは巫女である恵那ちゃんと自分の能力のお陰でもあるが、運の要素も大きかったように思える。

 自分達だけでも精一杯だったのに、俺一人で抱えて動くことができない規模の避難民を連れて移動することなどほぼ不可能に近い。

 この約一年で俺は強くはなったが誰かを守りながら戦うことには慣れてはいない。

 むしろ、リーチの長い攻撃を得意とする歌野を護衛とした方が利にかなっていると思う。

 一番確実なのは俺と歌野の両方が移動することなのだが、諏訪には精神的にも、体力的にも壁の外を動き回ることが出来ない人達が沢山いる。

 よって、両方を諏訪の守護から外すことはできないのだ。

 

「俺が選ばれた理由は?」

 

「……体力的に、歌野さんよりも適任だから、だそうです。」

 

「そうか…。」

 

 先程から何かに怯えているのか、恵那ちゃんは不安げな様子でそう言った。

 確かに歌野と俺とで体力を競えば、俺の方に軍配が上がる。

 諏訪の防衛に加わった最初の頃は足の速さ以外ほとんどのステータスが歌野に劣っていた俺ではあるが、バトルスーツが完成して以降は徐々にその差を縮めていき、今では基礎的な戦闘能力に関しては同等になっている。

 力もあまり執着することに意識を向けなくても発揮できるようになってきたし、継続戦闘能力も死線を潜り抜けてきたおかげか、最初とは比べ物にもならないくらいほど伸びていた。

 よって、四国まで移動するだけなら俺の方が適任なことなのは理解できるが、避難民を連れていくという条件が事態をややこしくしていた。

 

「避難民をどうするか、か……。俺たちだけで決めることはできんな。」

 

「……及川さん、まさか本気でやる気なの?下手したら及川さんも死んじゃうんだよ!危険すぎるよ!?」

 

「選択肢として考えているだけだ。それに、土地神達も具体的な時期は追って連絡するって、伝えてきたんだろ?なら、先にここを出たい人間がいるか周りに聞いて、それから俺達は悩めばいい。」

 

 視線を笑顔で農作業を続ける人々に向ける。

 皆、ここ数ヵ月でだいぶ笑うようになった。

 でも、中にはここでの生活に不満を持っている人間も、中にはいるのかもしれない。いや、きっといるのだろう。

 ここには元々諏訪に旅行客として来ていた人間も少なからずいる。

 その中には四国出身の人間が何人かいることを、そして、彼らが故郷を思っていることを彼らとの交流を通して俺は知った。

 それに、四国の方が生活基盤がしっかり出来ているという報告も来ているため、ここでの生活よりも四国の方へ移りたいという人間も出てくるかもしれない。

 こういうことは手遅れになる前に、早い段階で知らせておいた方がいいのだ。

 

 そんなことを考えていると、腰の辺りに「ポフンッ」と軽い音がするくらいの衝撃が走る。

 

「……お兄さん、行っちゃイヤですッ。」

 

「恵那……。」

 

 恵那ちゃんが背中に手を回すように俺に抱きついていた。

 その声には涙声が交じっており、彼女の切実な思いが感じられた。

 

「ーー行くなら私も行きますッ!お兄さんが嫌がっても絶対に、絶対にぃ……。」

 

 溜め込んだものが吐き出されるように恵那ちゃんは俺に抱きつきながら、嗚咽を交えて泣き出した。

 彼女は自分が置いていかれることを怖れてしまったのだろう。

 今、彼女には俺以外にも心の支えとなってくれる人間がたくさんいる。

 俺が前々から感じていた、彼女の俺に対する依存(・・)もだいぶ軽くなっていると高をくくっていたが、そうでもなかったらしい。

 

「……安心しろ。別に、俺だって死にたくはないさ。でも、俺のワガママの所為で皆の可能性を潰すようなことはしたくないんだ。」

 

「及川さん……。」

 

 死を意識した所為か、自然と拳を力強く握ってしまう。

 決して軽はずみに四国への移動に賛同しているわけではないと分かったのか、水都さんは少し悲しげな瞳で俺を見つめた。

 

「ヒィッグ……、でも、でもぅッ。」

 

 もし、避難民を連れずに四国へ行くことになっても巫女の存在は絶対に必要だ。

 彼女らの助けなしにバーテックスで埋め尽くされ本土を横断するのは容易ではない。

 だから、元々諏訪の外から来た恵那ちゃんが消去法で同行する巫女として選ばれても、不思議ではないし俺も行くなら彼女と一緒にいてほしい。

 ーーだが、ここで明確な答えを言ってしまうのは何か違うと、本能的にそう思った。

 

「大丈夫だ。きっと、どうにかなる。だから、今は落ち着いて考えよう。」

 

「………はぃ。」

 

 そんな、なんの解決にもなっていない言葉をかけられた恵那ちゃんは、涙を拭きながら頷いた。

 恵那ちゃんは抱きついたまま離れようとしないが、取り敢えず彼女の気持ちが落ち着くまで頭を撫でながら話を続けることにした。

 

「それじゃあ今後の話だが、……まず、どうやってこの話を皆に伝えたらいいか、だな。」

 

「とにかく、今は大社の人達と相談して、今後について話し合いましょう。私達だけで決められる話でもないし、あんまり急に話しちゃうと皆ビックリしちゃうだろうから。」

 

 歌野はいつものようなハツラツとした笑みではなく、あくまで場を和ませるように口に笑いを浮かべながらそう言った。

 確かに、この神託は受け取り方によってはもう諏訪は後がないと、土地神達が音をあげているようにも取れてしまう。

 実際、結界自体に損傷はないものの、諏訪を守る土地神達の力が弱まりつつあるのも事実だ。

 そういった意見が出ても強く反論できないのがつらい現状である。

 ようやく安定してきたこの空気を崩すようなことは絶対に避けなければならない。

 

 相変わらず年上の俺よりも冷静に状況を分析してみせた少女に感心しつつ、他の二人と同様に彼女の言うことに賛成した。

 

 

 

 この時、俺がなぜ護衛に指名されたのか、薄ぼんやりとだが理解してしまった。

 

 

 

 

 

 

 







シリアス出来てるかな?
最後、主人公は今回の神託に対し、若干的外れな解釈をしています。
早く、四国行かせたい……。


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