及川光成は走者である   作:水上竜華

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大変、お待たせしました。
活動報告にあるようにかなり遅めの更新になりそうですが、ついて来て下さるととっても嬉しいです。

……ああ、萌えが書きたい。





第九話 心の準備

 

 

 

 2017年7月5日

 

 あの""災害""から約二年の月日が経とうとも相変わらず侵攻の手を緩めないバーテックスとの戦いは続いていた。

 しかし、二年もの歳月は人々を再び立ち直らせていき、今では諏訪の住民たちにも活気が戻りつつあった。

 人々は本来の仕事へと戻り、完全に元通りとは言わずとも少しずつ前に進んできている。

 

 そんな日々の中、諏訪では変わった動きを見せる集団の姿があった。

 大体、十代から三十代くらいの年齢層で形成されたその集団は二列で並んで諏訪の生活区域を朝から昼の正午までずっとかなりのペースで走り続けており、彼らは皆、土砂降りの雨にあったかのように汗をかき、疲労もピークに達している。

 明らかに身体の限界スレスレの状態まで追い込まれている彼らだったが、その足を決して止めることなく視界の端に捉えたゴールまで気を保ちながら走り続けた。

 

「……午前の訓練はこれにて終了です。既定の時刻に達するまでに各自、水と食事をしっかりとって万全の状態にしておいてください。」

 

 ゴールである公園に辿り着いた彼らはあらかじめ教えられた手順でクールダウンをした後に白いジャージを着た教官の号令を受け、各々疲れを顔ににじませながらも、解散していった。

 その様子を遠目から見ていた少女たちがその場に残った彼らの教官の下へと近づいてくる。

 

「グッドアフタヌーン、光成さん。」

 

「及川さん、訓練お疲れ様です。」

 

「光成お兄さん、お弁当を持ってきました。」

 

「ああ、ありがとう、恵那。体は大丈夫か?」

 

「はい、言われた通り無理のない範囲で頑張ってます。」

 

 諏訪の鬼教官こと、及川光成の下に集まった彼女たちは公園の木陰へと移動し、昼食を共にする。

 最近の彼らの食事は諏訪湖で取れる魚や畑で取れる作物が主体となってきており、保存の効く食料は備蓄に回せるだけの余裕ができていた。

 朝のうちに水都が作った焼き魚に舌鼓を打ちながら、歌野は光成に話題を振る。

 

「光成さん、トレーニングの進行はどんな感じ?また、皆に無茶なメニューを課したりしてないでしょうね?」

 

「昨日、今日で脱落者はゼロといった感じだな。というか、俺は別に皆に無茶な特訓を強要した覚えはないぞ?」

 

「え、それ本気で言ってるんですか、及川さん?」

 

 完全に引かれている態度に光成は納得のいかない様子を見せる。

 

「お前ら、結界の外を歩かせるのに半端なスタミナで行かせるわけにはいかんことくらい分かってるだろ。俺は限られた時間の中で皆に必要なことを教えていただけだ。」

 

 先程、光成の指示に従い、死に物狂いで走っていた集団の正体は彼が四国まで送り届けることになった避難民達である。

 約二週間前、諏訪の住人達に「生活区域を狭くすることで諏訪の結界は強化され、勇者一人に掛かる負担が減ったことからある程度の余裕が確保された。しかし、依然として窮地に立たされていることに変わりはなく、事態を好転させるために四国と諏訪間の移動計画が立案されている。希望者がいれば後で名乗り出るように。」と、いった感じで計画について説明をしていた。

 生活が安定してきたとはいえ、人類が危機に貧したままであることは皆理解している。

 だから、今の状況がいい方向に変わってくれるのであればと皆考え、今回の計画について表だって反発する者はいなかったのだが、自分達を護ってくれる頼もしい勇者の一人がいなくなってしまうことに多少の戸惑いを見せていた。

 そんな空気に飲まれてか、最初のうちは希望者が出てくることはなかった。

 

 しかし、一人。四国に家族を残した男性が名乗り出ててからは、ポツリ、ポツリと人数が増え、最終的に四十人近くの希望者が集まった。

 流石にこれだけの人数を守ることは出来ない、と断言した光成は避難民の選別とともに彼らに外で必要なことを教えることにしたのだ。

 

「だからって、いきなりフルマラソン二本分の距離を走らせようとするフールがどこにいると言うのかしら。そんなことあなた以外に出来るわけないでしょ。」

 

「あれで希望者の半数以上が脱落したし、結果的には選抜の手間が省けたわけだけど……、流石に厳しすぎな気が……。」

 

 いくら農作業で体力作りをしていても、それだけではカバー仕切れないほど光成の訓練はハードだった。

 初っぱなから「取り敢えず、走ろうか。」の一言で始まった訓練は十キロ、二十キロと走り続けても休憩はなく、四十キロに達して、やっと休める、と思いきや「じゃあ、あと倍、走ろうか?」という死刑宣告を聞き、参加者の大多数がギブアップした。

 その日の訓練自体は様子を見ていた歌野とその他大勢からストップが入り、中断はしたものの光成の指導方針についていけないと判断した全体の半数の人間が避難民候補からリタイヤ。

 その後も脱落者は増え、訓練を始めて一週間経った今では十人しか走り続けていない状態である。

 

「確かにお兄さんの訓練はとっても厳しいけど、私。お兄さんの気持ちもなんとなく分かります。」

 

 今回の避難計画では、四国までの案内人として巫女の恵那が同行することになっている。

 彼女も他の避難民と同様に体を鍛えてもらっているが、年齢的に体の出来上がっていない恵那では光成のハードなトレーニングについていけないため、他の面々に比べて軽いトレーニングが組まれ、個別に訓練をしていた。

 水筒からコップに水を注ぎながら、恵那は真面目な顔になる。

 

「今、結界の外の世界はお兄さんの訓練なんか目にならないくらい理不尽で溢れていますし、いくらわたしが神託で安全なルートを指し示しても、お兄さんがバーテックスから私達を守ってくれても、自力で逃げる手段を持っていなければいずれ限界が来ます。だから、アレくらいの訓練で根をあげられては外ではやっていけませんし、他の皆さんの迷惑にもなります。」

 

 光成は最初の訓練で若干天然も入っていたが、意図的に彼らを限界まで叩きのめし、精神面で付いていけるのかを確認していた。

 一ヶ月間、結界外でサバイバル生活をしていた光成は自身の経験から、外で生き残るためには「絶対に生きるのを諦めない不屈の精神」を持つことが大前提だと考えている。

 あまりにも残酷でどうしようもない現実に打ちのめされ絶望し、足を止めた者から死んでいく。

 光成を含め、バーテックス達の猛攻から逃れてきた人々は皆、理由はどうであれ死に抗い、生にしがみ続けた意思の強い人間だった。

 もちろん、戦う(すべ)のない多くの人間の場合、生き残れたのは運の要素もあるが、最終的には生きることを渇望する意思の力が必要不可欠だと、光成は確信している。

 

 今回の計画では、戦闘要員として光成も同行することになる。

 しかし、四国までの道程は厳しく、非常に長い。

 いくら光成が同行すると言っても、全ての事態に対し光成におんぶに抱っこな状態では遅かれ早かれ光成が潰れ、全滅することになるだろう。

 だからこそ、光成は厳しいトレーニングを皆に課した。

 自分の訓練を通じて、少しでも理不尽に抗う心を育ませようとしたのだ。

 

「ですから、私も神託が出来るからと言って胡座を掻いていられません!もっともっと特訓して、皆さんのご迷惑にならないようガンバります!」

 

「ええ!恵那さん、そのいきでファイトよ!私も表立って応援してるわ!」

 

「そこは陰ながらじゃないんだね、うたのん。」

 

「やましいことなんてありませんから、影ではなく表に立ちます!その方が目立つし、なんか楽しそう!!」

 

「うたのんは相変わらずだなぁー。まあ、私も微力ながら応援するよ、恵那ちゃん。」

 

「ありがと、歌野さん、水都ちゃん!」

 

 少女達がキャッキャッウフフと騒いでいる間、光成は黙々と食事を進めながら今後のトレーニングについて考えていた。

 彼女達の言うように今のトレーニングの時点で、かなり皆を追い詰めている。

 そんな状態で更なるハードメニューを組もうとするのは流石の光成も躊躇われた。

 

 皆は自分と違って、普通の人間だ。

 継続して走り続けても成果が出るのに時間が掛かるし、目に見えて強化できるのも最初だけ。

 いくら精神面をいじめるにしても、やり過ぎは体を壊すだけでメリットはあまりない。

 

 高校の陸上部に入り、世の中の平均的な身体能力について理解した光成は自分の異常さを自覚している。

 だから、皆に自分と同じように超人的なモノを求めようとする気はない。

 ……ないのだが、どうしても焦ってしまう。

 

 

 正直に言うと、光成は自分自身のことを「かなり弱い人間である」と考えていた。

 

 

 確かに体は常人を遥かに越えて強靭だが、精神面で言えば話は別だ。

 バーテックスと始めて対峙した時は恐怖で体が動かず、自分だけでなく恵那の存在があったから彼は我に帰り、逃げ出すことができた。

 諏訪で二年近く戦い続けられたのも歌野という最高のパートナーがいたことも大きいが、戦いを放棄することで生じる周囲からの重圧や、無言のプレッシャーを想像し、それに耐えきれないかったという面もあった。

 今ではバーテックスとの戦いも習慣的になりつつあり、スイッチが入れば様々なことに対する恐怖心も薄らぐようにはなったが、根本的には何も変わってはいない。

 

 ふとした時に言葉にするのもおぞましい程の悪夢にうなされ眠れない時もあるし、空に浮かぶ白い雲を結界内にいるはずのないバーテックスと見間違えて、人知れず体を震わせる時だってある。

 軽い精神疾患になっていたが戦う力がある分、他の天恐患者達よりも症状はかなり軽度だ。

 しかし、何か切っ掛けがあればすぐに壊れてしまいそうになる程、光成の心は繊細でモロい。

 

 それ故に、もし守るべき避難民が目の前で死んでしまったら、と考えるだけで体の震えは止まらず、冷たい汗も全身から湧き出る。

 

 光成とて、人が食い殺される光景を見るのは始めてではない。

 ただ、経験があるからと言って人の死に鈍感になるわけでもなく、むしろ残虐に殺される人々の姿を見て、無情に振るわれる殺戮の音を聞き、漂う死臭を嗅いできた。

 それら全てを実際に知ってしまったからこそ、より一層死への恐怖心を強めていたのだ。

 だから、自分が守るべき人達を守りきれず、一人でも目の前で殺されてしまえば、確実に動揺し、駄目になる。

 どんな状況下であろうと、人一人の犠牲が自分の不手際で引き起こされたとなれば自責の念で心が折れてしまう。

 

 確信にも似た思いが光成の中にはあった。

 

 よしんば逃げ出さなくとも、精神的に負ける可能性は高い。

 そうなれば時間の問題である。

 その様な状況にならないためにも、自分は全力を尽くして己を鍛え、皆に生きる術を教えていかなければならない。

 

 決して光成は今回の避難計画を最初から失敗させる気は毛頭ないが、前世を含め生来の気質なのか、ネガティブな思考に陥っている。

 これではいかんと、特に意味はないが眉間に指を当てて物理的に思考を柔軟にさせた。

 

「ん?光成さん、また考え事?悩みがあるならこの心の広い農業王がコンサルトに乗ってあげましょう!」

 

 目敏く光成の変化に気がついた歌野が陽気にそう語りかける。

 彼女もまた大変な役割に就いているのにどうしてここまで明るく振る舞えるのかと、光成はうっすらと羨望の眼差しを歌野に向ける。

 

「……少しだけ、四国への移動が怖いと思っただけだ。」

 

 下手に誤魔化せば歌野達から怒濤の質問の嵐を受けることは想像に難くなく、別段隠すような事でもないので光成は正直に自白した。

 

「光成さん……。嫌なら今からでも断ってもいいのよ?大社の人達とか他の皆には悪いけど、皆を守る当人のハートがぶれてちゃお互いの為にならないもの。」

 

 箸を置いて、光成の正面に向き直る歌野。

 その瞳には真剣な光が宿っていた。

 

「別に『行きたくない』、て言っても誰も光成さんのことを責めたりしないわ。少なくとも私達は貴方の味方なんだから、人類の為だとか、バーテックスを殲滅してやるだとか、変なことは気にしなくてもいいの。大切なのは光成さん自身がどうしたいのかであって、神様からのお告げも行動の指針に過ぎないことを忘れちゃダメ!もし、ここに残りたいのなら残れるように皆で大社に掛け合いましょ?大切な戦力である勇者の意思は大社だって無視できないはずだし、頑張れば四国行きも取り消せるかもしれないもの。」

 

「……そうだな。それも、いいかもしれないな。」

 

「お兄さん……。」

 

 光成としては歌野からの魅力的な提案に直ぐにでも飛び付きたかった。

 しかし、弱音を吐きながらも光成は頭を振った。

 

「いや、やっぱりそれじゃ、ダメなんだ……。誰かが動かなきゃ、現状は絶対に一転することはない。今の諏訪は確かに活気づいてるが所詮一時的なモノだ。このままじゃそう遠くないうちにここは奴等に攻め落とされる。そうなってからじゃ、遅いんだ。四国の方は一向に動く気配はないし、俺達もこの期を逃せばいつ外に出られるかも解らない。」

 

 光成は申し訳なさそうに視線を下に向ける。

 

「ーーあんまりこんなことは言いたかないが、四国の連中が助けに来てくれることはないと思う。」

 

 その場にいる全員が口に出さずとも心の何処かで考えていたことを光成は吐露し、それを聞いた三人はそれぞれ違った反応を見せる。

 

「別にあっちの勇者達のことを悪く言うつもりはないんだ。ただ歌野が連絡を取ってる乃木さんとかは人格者でも、上層部がそうともかぎらないだろ?」

 

 四国では基本的に勇者の活動は大社の管理下にあり、彼女達の行動はある程度制限されている。

 大事な勇者を不用意に危険に晒させないようにするための処置ではあるのだが、大社は色々と肝心な部分を隠蔽している節があり、光成個人としてはあまり信用できない組織なのだ。

 

 なぜこの事態を予測できたのか?、いつ結成したのか?、一体何がバーテックスを呼び寄せるきっかけになったのか?などなど、彼らが秘密にしていることは多い。

 諏訪にいる大社職員のほとんどは重要な機密について知らされていない末端の者ばかりで、言ってしまえば消えても問題のない人間しか割り振られていない。

 かなりひねくれた考え方ではあるが、諏訪は大社にとってそこまで重要な拠点ではないのではないか?と考察することもできる。

 例えそれがただの妄想だったとしても、この2年間、四国にある大社本部から現状の打開策について具体的な話がほとんど来なかったことは事実だし、唯一神託で下された四国と諏訪の共同反攻作戦も実際に実行することはなく、流されている。

 

 四国側はこれから自分達の元にやって来るであろうバーテックスに備え、守りに入っていると考えた方がいいだろう。

 

「もう、誰かに頼るだけじゃ生き残れない域にまで来てる。俺達が動き出さなきゃ、きっと四国も動かない。だから、俺は行かなきゃならないんだ。義務とか、使命とかは関係ない。俺が、俺達が生き残るために、例え地獄の中だろうと俺はッ‼️ーー。」

 

「ーーストップよ。光成さん。」

 

 歌野の制止により、言葉を飲み込む光成。

 その表情に変化は無いものの、瞳に宿る光は何処か歪に輝いている。

 マトモな精神状態にあるとは言えなかった。

 

「ハートを熱くするのはいいけど、頭はクールにしないと本当の実力も出せないわよ?」

 

 うりうり、と歌野は人差し指でシワのより始めた光成のコメカミをほぐすように突っつく。

 何処か思い詰めた空気のまま、光成は成すがままにされている。

 

「別にやりたいなら止めはしないけど、やるならやるでシャキッとなさい。今更、光成さんがビビりな事なんて皆知ってるんだから、変に取り繕わなくていいの。怖かったら逃げてもいい。だから、無理はしちゃダメよ!」

 

「……ああ。すまない、ちょっと冷静さを欠いた。」

 

 若干ディスられて心は傷付きはしたものの、歌野による叱咤で幾分か落ち着いた光成は間を置いて、そう言った。

 

「及川さんが謝ることじゃありませんよ。怖いって思うのは当然のことですから。……私だったらもっと取り乱してたかもしれないし。」

 

 会話に入り込むタイミングを計っていたのか、少し遠慮がちに水都がフォローを入れる。

 ふと、気が付くと光成の右手に小さくて白い華奢な手が添えられていた。

 

「私も一緒です。お外に出るのが怖くて、気が付くと手の震えが止まらなくて、今更ビクビクしてる自分が嫌になる時もあります。だから、お兄さんも一緒に悩みましよ?どんなに怖いことでも二人で共有すれば半分ことまではいかなくても、きっと恐怖も和らぎます。」

 

 小さく笑みを浮かべる恵那だったが、光成の右手に重ねられたその両手は小刻みに震えていた。

 けど、そこには温かい思いと力強い意思が籠っていることを光成は感じとり、不器用な笑みをこぼす。

 

「……お前達にはかなわんな。」

 

 ふぅ、と息を吐いた光成の瞳にはうっすらと光が戻ってきていた。

 共に悩み合える人間とはここまで頼もしいモノだったのかと、光成は前世の自分になかった絆の力の偉大さを思い知る。

 

「さて、避難のプランについてはまた今度話し合うことにするとして、今日は予定通り、午後も皆でガンバりましょう!!」

 

 やっと士気の上がってきた避難民候補達にわざわざ光成の不安な気持ちを教えても、百害あって一利なし、ということでいつも通り通常運転で過ごすことになった光成達はそれぞれの仕事を果たすために、残った昼食を片付けると各々の持ち場に戻るのであった。

 

 

 

 

 







豆腐メンタルな主人公。
体は鋼でも、心は夏祭りの出店のカタドリに使われるガラス並みに脆いのです。

多分、しばらくは暗いムードが続きそう。


あと、全く関係ありませんがSSRの結城さん家の友奈ちゃんが全く当たらないのどうにかしてほしい(

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