Interlude
電話を終えてほっと息をつく。飲みかけの紅茶を口に含んで、冷めきっていることに顔をしかめた。
誰もいないマンションの部屋。由比ヶ浜さんはよく来てくれるし、最近では彼女と一緒に比企谷くんも訪れるようになって、すこしだけ賑やかになった私の居場所。
以前まで、この部屋は冷たかった。世界から隔離された場所で、たったひとりだけの私の場所だった。寒かった。いつも凍えていた。
でも、いまではひとりになっても温かい気分になれた。たぶんそれは、あの二人のお陰なのだろう。
いまでもたまに顔を出す姉との仲も良好になったし、両親とも和解した。いまの私は自らの意思で自分の道を歩むことができる。
もちろん、独り暮らしなんて贅沢をさせてもらっている以上、高校生らしく品行方正に、学力も高く保って運動も頑張って。
軽く息を吐いて、紅茶を淹れなおす。かぐわしい香りが室内に充満し、心を満たしていく。
一口紅茶を飲んでから、私は今回の依頼の件について考えを巡らせた。
比企谷くんは大丈夫だろうか。なにか酷い事態になっていないだろうか。例えば、川崎さんと喧嘩をしてしまうような、そんなことが……。
考えられる原因は先ほど電話で口にした通りだ。由比ヶ浜さんに言われるまで気づかなかった自分の愚かさを呪いたいくらいだ。
きっと彼なら大丈夫。
そう思うのだけれど、この信頼はただの責任放棄だ。明日、折を見て電話で確認する必要がある。
でも、それだけじゃない。
まだひとつ、決定的でひどく悩ましいことがあった。
私と由比ヶ浜さんは、果たしてこの依頼を受けるべきだったのか。当然、受けないという選択肢はない。比企谷くんが率先して他者を助けんとするその行為を称えることはあれど、非難することなどできようがない。
この場合の焦点は、依頼の内容ではなく、私たちの心の問題だ。
「私はこのままでも良いと思っているのだけれどね」
呟いた言葉が虚空に消える。
いまの私にとって、彼は良き友人であり、最も頼れるひとりであり、放っておけない子どものような存在。
でも、彼女は?
由比ヶ浜さんは現状を良しとしている?
それ以上を望んでいると願っていたら。私のこの行動は、どれだけ彼女の心を傷つけているのだろう。
選択するのは由比ヶ浜さんで、私ではない。それでも友人だから。親友だから。彼女の想いが通じて欲しいとも思ってしまう。
……なんて。
自分の心の在りかさえ理解できていない私が、これ以上を考えられるはずないのだけれど。
本当に人の心は複雑だ。
理解できない。
計算できない。
自分と他人はどうしようもなく違っていて、想いが一方通行になるなんてよくある話。
そんな世界で、自らの想い人を心で決めて、まっすぐに向かっていくことが、あるいは内に秘めて強く想い人の幸せを願うことが、とても素敵なことだと思えるようになった。
だから……。
「私の心の在りかはどこにあるの?」
この疑問だけが、あの日からずっと抜けてくれない。