だから俺は彼女に恋をした   作:ユーカリの木

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三章
さり気なく、戸塚彩加はきっかけを与える 1


 それとの再会はいつだって突然で、容赦がない。

 

「はいはいみんな、比企谷くんのことが嫌いなのは分かるけど仲間外れはダメよ! 仲間外れは!」

 

「こいつの白衣カレーくせぇ」

 

「別に手を繋がなくてもいいよね」

 

「このお札は誰が取って来たんだ?」

 

「友達じゃダメかなぁ?」

 

「マジキモい、やめてくんない?」

 

「今電源切れてるんだよね、あとでこっちからメールするね」

 

「比企谷は普段しゃべらないのにマンガの話のときだけやたらしゃべるよな。ちょっと……アレだわ」

 

「一年の比企谷さんのお兄さん」

 

「引きこもりくん」

 

「マジありえないんだけどー」

 

「しゃーざーい、しゃーざーい」

 

「あんたもやれば出来る子だと思ってたんだけどねぇ……」

 

「なんで名前知ってるの……怖い……」

 

「あの、本当にやめてくれる?」

 

 過去の黒歴史は、ときに巨大な運河となって記憶の表層にあふれ出す。それは俺にとっては当たり前のことで、毎度のたうち回りたくなるほど胸をかき乱すものだった。

 

 そして味わうたび誓うのだ。

 

 二度とそんな想いはするまいと。

 

 人に期待せず孤高に生き、ぼっちを極め、世を斜に見て性根を捻くらせる。そうすれば自分は守れる。誰のためでもない、自分のためだけに生きる。目の前で起きていることはいつだって自分の出来事で、人のことなんてどうだっていい。

 

 それが比企谷八幡だ。

 

 だけどいまさらになって思うのだ。

 

 本当は痛いと叫びたかった。

 

 ひとりは嫌だと心が悲鳴を上げていた。

 

 誰かに大切にしてほしい、求めてほしいと願っていた。

 

 だから俺はあの日、あの場所に通い出したのだろう。きっと心のどこかで期待して、やさしい世界がきっとそこにあるのではないかと夢見ながら。

 

 ――そんなもの、どこにもないはずだと知っていたのに。

 

 

 

 最悪の目覚めだ。

 

 夢を見た。俺を嘲笑し罵倒し、あるいは俺の勘違いが生んだ黒歴史の夢。

 

 飛び起きた俺は頭を抱えてその場でうずくまった。

 

 頭の奥がじわじわと痛む。鼻の奥がツンとする。目が痛くてたまらない。吐き気がして思わず口元を押さえた。

 

 おいおい、こんなのいつものことだろ……。

 

 身体のあんまりな反応に思わず苦笑するも、満足に表情を作れない事実に驚愕する。

 

 息が掠れる。心臓が破れるほどに痛い。乗り越えたはずのものが、いきなり死神となって大鎌を構えながら追いかけてくる。

 

 そんなの、ただ目をそらして逃げていたに過ぎないじゃないか。

 

 胸が痛かった。息が苦しかった。

 

 温もりがほしかった。誰かに抱きしめてもらいたかった。そんなことをしてくれる人なんて、一体どこにいるというのか……?

 

「八幡?」

 

 沈んでいた思考が引き上げられる。

 

 はっとして落としていた顔を上げると、起きた沙希が俺を心配そうな表情で見つめていた。

 

「どうしたの? 嫌な夢でも見たの?」

 

 なんでもない。

 

 反射的に口に出るはずの言葉は、喉に蓋をされてしまったように発することができなかった。

 

「……抱きしめてくれ」

 

 代わりに出てきたのは、ひどく自分の科白からかけ離れた言葉だった。

 

「ん、いいよ。つらい夢見たんだね」

 

 柔らかい声音で言った沙希の両腕が俺を包み込んだ。互いの心音すら聞こえるほど密着する。俺は沙希の首筋に顔を埋める。沙希が俺の頭をゆっくりと撫でた。

 

「なにも言わなくていいよ。つらくなくなるまで、ずっとこうしてるから」

 

「……悪い」

 

「いいよ。昨日いっぱいあったから、色々溢れてきちゃったのかもね」

 

「そうだな。そうかもしれん」

 

「あたしもね。少しだけ嫌な夢みたから。だから……ぎゅってして」

 

 言葉の代わりに腕を回して力の限り沙希の身体を抱きしめた。

 

 沙希が震える声で鳴く。

 

 負の感情が消えていく。

 

 いつのまにか感じていたのは、沙希の存在だけだった。

 

 もう少し。あともう少しこのままで。そんな気持ちが止められない。沙希のすべてを手に入れてしまいたい。獣の欲望が胸の内に現れ、荒れ狂いそうになる。

 

 ――一度落ち着きなさい。

 

 ふと、雪ノ下の言葉が脳裏によぎった。

 

 一気に冷静になる。

 

 大きく息を吸って、長く長く吐き出す。

 

 ぽんぽんと沙希の背を叩いてから身体を離した。名残惜しそうにしていた沙希の顔を見てもう一度抱きしめそうになるが、そこはなけなしの理性で我慢した。

 

「とりあえず起きるか。いま何時?」

 

 ぽーっと俺を眺めていた沙希が、はっとしたようにスマホを取って画面を見る。

 

「もう八時だね。早く起きないと」

 

 言って、沙希が何かに気づいたように続ける。

 

「八幡のスマホ光ってるよ? なにか着信してるんじゃない?」

 

「ん、マジだ。雪ノ下か由比ヶ浜か?」

 

 どれどれ、とスマホを見てみれば、確かにメールの着信が一件。開いて驚愕する。こんな奇跡があるのかと、天を仰いで喝采したくなった。

 

「と、と、戸塚だと……?」

 

 内容はこうだ。

 

「突然ごめんね。明日一緒に遊べないかな?

 

 ちょうど部活もスクールも休みだから、八幡とゴールデンウィークに遊びたいなって思って。

 

 忙しかったらぜんぜん大丈夫だからね?

 

 返信まってます」

 

 慌てて着信時刻を見る。

 

 昨日の夜九時だった。

 

 なんたる不運。その時間は既に寝ていたじゃないか!

 

 なぜ気づかなかった比企谷八幡!

 

 お前は天使からのメールを十一時間も無視していたんだぞ!

 

 恥を知れ!

 

 などと頭の中で己を罵倒していると、肩にぱふんと温かい感触が灯る。沙希が俺の肩に顎を載せてスマホの画面を見ていた。

 

「あ、戸塚からだね。ふふ、戸塚も八幡のこと大好きなんだ」

 

 沙希が面白そうに笑う。頬に髪が触れてくすぐったい。

 

「ね、良かったら戸塚と遊ぼうよ」

 

「ん、俺は嬉しいが、沙希はいいのか?」

 

「うん、知らない仲じゃないからね」

 

 それに、と沙希が続ける。

 

「八幡の友達だから、仲良くしたい」

 

「……そうか」

 

 なにか感極まるものがあって、一瞬だけ言葉に詰まった。

 

 もう一度落ち着くために深呼吸をして、戸塚に返信をする。戸塚からの返事は電話で来た。

 

 天地万物を祝福する、天使の声が聞こえた。

 

「もしもし、八幡? おはよう」

 

 ああ、あまりの清らかさに心が浄化されるようだ。思わず昇天してしまうまである。死んじゃうのかよ。

 

「おお、おはよう戸塚。返事遅くなって悪かった。昨日は色々あってすぐ寝ててな」

 

「そうなんだ。気にしないで。返事してくれて嬉しいよ。それでなんだけど、今日大丈夫かなあ?」

 

「俺は問題ないぞ。で、相談なんだが、沙希……川崎も一緒に連れてきていいか?」

 

「もちろん! あれ、でも八幡いま……川崎さんのことを名前で……?」

 

 しまった。わずか一日で癖になった名前呼びを思わずしてしまった。

 

 動揺で背に汗を滲ませている俺の隣で、聞こえていたのか沙希がくすくすと笑う。

 

 くっ……! 他人事だと思って余裕ぶりやがって。戸塚に会えば追及されるのは沙希も同じなんだからな!

 

 戸塚から俺と沙希の仲を訊かれる未来を想像しつつ、会話の方向を無理やり変える。

 

「そ、それじゃあ十三時千葉駅でいいか? 川崎には俺から伝えとくわ」

 

「あ、うん。分かった。楽しみにしてるね! またね、八幡」

 

「おう、またあとでな」

 

 電話が切れると同時、深い息が漏れた。相変わらず沙希は笑っていた。

 

「八幡にしては珍しい凡ミスだったね」

 

「アホ、それで困るのは俺だけじゃないんだからな」

 

「戸塚なら話しても大丈夫じゃない?」

 

「俺が良くても沙希が……っていいのかよ!」

 

 思わず突っ込んじゃう。え、いいの?

 

「だって、八幡と戸塚の間にいきなりあたしが出てくるとか不自然でしょ。それだったらちゃんと話しておいたほうがいいと思うよ。大事な友達に嘘、つきたくないでしょ?」

 

 ふっと微笑んで沙希が言った。まったく、言い分がころころ変わる困った依頼者さんだ。

 

 沙希が良いと言うなら、俺も腹をくくろう。

 

「分かった。戸塚にも事情を話すか」

 

「うん、そうしよっか」

 

 さて、顔でも洗ってくるかーと立ち上がろうとしたところでスマホが鳴る。ぼっちだった俺に連絡が連続で来たことに沙希がにやつく。

 

「八幡大人気だねー」

 

「今回はあいつらな気がするな。順番的に由比ヶ浜か?」

 

 画面を見ると、☆☆ゆい☆☆の文字が踊っていた。相変わらずどこぞのスパムみたいな名前だ。

 

「おはよーさん。俺から連絡する隙もなく連絡してくるなお前らは」

 

「おはよーヒッキー。なんか心配になっちゃって」

 

 たはは、と由比ヶ浜の笑い声。

 

「それで、ゆきのんから伝えてもらったけど、昨日は大丈夫だった?」

 

「ああ、喧嘩したわ」

 

「ええ⁉ な、仲直りは⁉」

 

 そこで横合いから沙希が声を滑り込ませてくる。せっかくだからスピーカーモードにして沙希にも聞こえるようにした。

 

「したよ。いま隣にいる」

 

「沙希の声がした⁉ なんで⁉ そうだった、沙希はヒッキーの家に泊まってるんだった!」

 

 相変わらず朝からアホの子だ。

 

「朝からセルフ突っ込みご苦労さん」

 

「ひとり漫才してる訳じゃないからね⁉」

 

 鼻息荒く突っ込む由比ヶ浜を、どうどうと慰める。

 

「わたし馬じゃないから!」

 

「じゃあ鹿か?」

 

「人だよ! ちゃんとした人だから! あ、馬に鹿って、バカって言いたかったのヒッキー⁉」

 

「よく気付いたな。留年は避けられるかもしれないな」

 

 ムキーと由比ヶ浜が唸る。沙希は俺たちのやり取りが楽しいのか腹部を押さえながら声を抑えて笑っていた。

 

「なんか沙希が笑ってる声が聞こえるー。二人してひどいよもう。折角心配してたのに……」

 

「悪い悪い。色々考えてもらってありがとな。まあ、雪ノ下から伝えられた場面を沙希に見られてバレて喧嘩したから、ちょっと遅かったけどな」

 

「助言のタイミングに駄目だしされた! でも仲直りできたみたいで良かったよ」

 

 沙希が笑いを止めて前かがみになって俺に目をやった。どうやら話したいことがあるようだ。以心伝心とでも言えば良いのか、なんとなく言いたいことが分かるようになってきたのかもしれない。

 

「色々考えてくれてありがとね」と沙希。

 

「ううん、こっちこそ沙希を傷つけてごめんなさい。もっと早くに気づけばよかったんだけど……」

 

「そこはもう気にしてないから、由比ヶ浜ももう気にしないで」

 

「うん、分かった」

 

 ねえ、と由比ヶ浜が訊きづらそうな声を出す。

 

「沙希の事情、訊いてもいいかな?」

 

「いいよ。それなら、由比ヶ浜と雪ノ下は今日暇?」

 

「え? あ、うん。今日は空いてるよ。ゆきのんは訊いてみないとだけど、どうしたの?」

 

「今日戸塚と一緒に遊ぶ約束があってね。どうせだったらふたりも呼んでぜんぶ話そうかなって」

 

「いいの? 行く! ゆきのん引っ張ってでも行くよ!」

 

「おい、それはさすがにちゃんと予定訊いてこい」由比ヶ浜のテンションの上りように俺が突っ込みを入れる。

 

「ヒッキーに沙希に彩ちゃんの組み合わせと遊べるなんて滅多にないんだよ⁉ 行くに決まってるよ!」

 

 俺たちはツチノコかなにかか……。

 

 微妙な言われようにどう言い返してやろうかと考えていると、いきなり自室のドアがけたたましく開いた。何事かと思って見ると、小町がにっこり笑顔で俺たちを見ていた。

 

「話はすべて聞きました! 小町も参戦します!」

 

「あ、小町ちゃんの声だ! 小町ちゃんも一緒にあそぼー!」

 

「もちろんです! ではでは、みなさん千葉駅十三時ということでよろしいですかー?」

 

 あれ、急に小町が仕切り出したぞ。おかしいな、仕切りは俺だったはずなのに。どうも、いつのまにか妹に仕切られてる千葉のお兄ちゃんです。

 

 あれよあれよという間に由比ヶ浜と雪ノ下、そして小町のメンバー追加が確定し、電話は切れた。

 

 さて、いい加減諸々朝の準備をしようか。

 

 ようやくベッドから降りた俺と沙希は、ふたりして一階に降りてそれぞれ身支度をする。着替えが終わり洗面所で濁った瞳とにらめっこしていた折、三度俺のスマホに連絡が来る。誰だろうかと見てみれば、今度は雪ノ下だった。

 

「おう、雪ノ下か。おはよーさん」

 

「ええ、おはよう。比企谷くん、早速訊きたいことがあるのだけれど。良いかしら?」

 

「なんとなく想像は付くが、いいぞ」

 

「さっき由比ヶ浜さんから電話で「十三時に集合だからゆきのんは家で待ってて。迎えに行くから」とだけ言われて電話を切られたのだけれど、私は一体どこに連れていかれるのかしら?」

 

 あいつ、事情すら説明せず本気で無理やり引っ張ってくるつもりだ。アホの子ここに極まれりだ。一応奉仕部のコミュニケーション担当なのになあ。テンションが上がるとどうもその辺のことが吹っ飛ばされるらしい。まあ、雪ノ下を信頼しているということだろう。

 

「話の流れで俺と戸塚と沙希、そして由比ヶ浜と小町とお前の六人で遊ぶことになった」

 

「よく分からないのだけれど……。とりあえず了承したわ。待ち合わせ場所は?」

 

「千葉駅だな。間違いなくその前に由比ヶ浜がそっち行くはずだから、臨機応変に対応してくれ」

 

「ええ、そうするわ。それで、懸念事項について訊いても?」

 

「あの電話を聞かれてて、ふたりに話していたのが沙希にバレて喧嘩した。小町のお陰で仲直りした。で、今日沙希がみんなに事情を話す決心をした、ってところか」

 

 雪ノ下の声音が下がる。

 

「なるほど……。ごめんなさい、タイミングが悪かったみたいね」

 

「いや、雪ノ下と由比ヶ浜に責任はない。それにもう終わった話だし、沙希も気にしてないって言ってるからもう忘れちまえ」

 

「そう言ってくれると助かるわ。じゃあ、十三時にまた会いましょう」

 

「了解だ。またな」

 

「ええ、ではまた」

 

 電話を切ってほっと息を付く。

 

 こんな大人数で遊ぶのは一体いつぶりだろうか。去年、なにかしらの打ち上げで連れられた気がするが……。

 

 それはともかく、だ。

 

 戸塚と遊べる。遊べるのだ。しかもあの天使自ら誘ってくれたのだ。心の底からひゃっほーいと叫びたい。なんならいますぐ外に出て叫びながら街を一周したって構わない。

 

 うっほほーい!

 

 拳を天へと突き上げその場でジャンプ。やっべー、無意識にやっちまった。っべーよべー。思わず戸部語になるくらいご機嫌でワクワクだ。

 

「なにやってんのお兄ちゃん……」

 

 見られていた。小町に思いっきり見られていた。まるでゴミムシでも見る濁った瞳で俺を見下していた。あの、小町ちゃん……? その目はやめて……。

 

「いいからさっさとリビングに来て。朝ごはん片付けるよ?」

 

「……了解」

 

 なんだろう。小町の中で俺の評価ってどうなってるのかな?

 

 この二日でだいぶ落ちている気がするけど……大丈夫かな?

 

 盛大なため息を漏らして去っていく妹の後ろ姿を追いかけながら、俺は小町の好感度をどう上げればよいのか新たな悩みに頭を回転させていた。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 ゴールデンウィークとはかくも煌びやか日々なのだろうか。

 

 約束の十三時まであと十分。

 

 千葉駅で俺は、駆け寄ってくる天使の姿を視界に収めながら、俺は天にも昇る気持ちでいた。具体的には昇天寸前だった。

 

 立てば花が咲き乱れ、座れば後光が滲みだし、歩く姿はまさに天使のよう。

 

 戸塚あり、ゆえに世界あり。戸塚がいない世界など崩壊してしまえばいい。

 

 結論。

 

 戸塚超可愛い。

 

「はちま~ん!」

 

 ああ、呼ばれている。天使に名前を呼ばれている。なんて尊い……。

 

 世の愚民ども控えおろう。天使のご降臨であるぞ!

 

 ばちこん、と頭をはたかれる。反射的に振り返ると、腰に手を当てた小町が侮蔑の視線で俺を見上げていた。やだ、その視線やめて……。

 

 もう一度「はちま~ん」と呼んでくれた戸塚が肩で息をしながら俺の前で立ち止まる。にこぱー、と太陽すらその輝きが陰って見えるほどの笑顔で俺を見つめてくる。

 

「八幡! よっす!」

 

「おう、よっす」

 

 ああ、すさんだ心が癒される。

 

 もう成仏寸前だった俺と向き合っていた戸塚が、小町と沙希の存在に目を向ける。

 

「小町ちゃんもこんにちは!」

 

「こんにちはです戸塚さん!」

 

 軽い挨拶の応酬。そして……。

 

「川崎さんもこんにちは!」

 

「ん、こんにちは。邪魔したみたいで悪いね」

 

「そんなことないよ! 川崎さんと遊べてぼくも嬉しい。それよりも川崎さん、すごい綺麗な恰好だね。すごく似合ってるよ!」

 

「そう? ありがと」

 

 戸塚の明るさにあてられた沙希が緩やかに微笑む。

 

 今日の沙希の恰好は、白のトップスにシルバーラメのカーディガン。ひざ丈の黒のスカートに黒のサンダルというモノトーン系の服装だ。相変わらずどこの東京のOLだと言わんばかりの大人の女性コーデだ。髪はいつも通りシュシュでまとめたポニーテール。

 

 四人で話しているうちに由比ヶ浜が雪ノ下を連れてやってくる。

 

「やっはろーみんな」

 

 ネイビー色のリラックスニットに、ベージュのショートパンツ姿の由比ヶ浜が、飛び上がらんばかりに手を振って近づいてきた。

 

「こんにちは、みんな」

 

 由比ヶ浜に手を引かれる雪乃下は、袖口にファーがあしらわれた黒のトップスに、ラベンダーカラーのロングスカート。リボンが特徴的な茶色のサンダルといういで立ちだ。

 

 次々に挨拶をしていく連中を尻目に、俺はいつも通りぼけーっと突っ立っていた。元ぼっちたるもの、グループ行動をするときは存在感を消すべし。これ豆な。

 

 というか、なぜ俺はこんなところで街角ファッションチェックなんぞを繰り広げていたのだろう。

 

 とりあえず戸塚を拝んどこう。

 

 ああ、今日も尊い……。

 

 戸塚はベージュのTシャツの上にニットベストを重ね着し、下はスキニージーンズに青のスニーカーだ。うん、可愛い(語彙力喪失)。

 

 小町は妹だから割愛。でもいつも通り最強の妹です。

 

「あ、ヒッキーが眼鏡してる!」

 

 由比ヶ浜が早速絡みを入れてくる。俺が掛けているのはご存じ親父が買ってきた伊達メガネだ。目の濁りを緩和すると巷(比企谷家と沙希)で評判の便利グッズである。

 

 おー似合ってるーとかなんとか言いながらじろじろ見てくる由比ヶ浜の後ろで、雪ノ下がふぁさっと髪をかき上げ言った。

 

「あら、フィクサ谷くん。目の濁りが見えないわね? 本当に本人なの?」

 

「出会いがしらに煽ってくるなよ。目の濁り具合でしか俺を判断してないのか」

 

「いえ、たまにはやっておこうかと思って。最近は誰かさんのお陰でそんなことしている心の余裕がなかったから」

 

「それを言われるとなにも言えんな」

 

「気にしないで。冗談よ」

 

 くすくすと口元を隠して雪ノ下が笑った。俺をからかって遊ぶのはもう雪ノ下のお家芸だ。いまさら目くじら立てるものでもないし、内心楽しかったりするのだから困る。あらやだ、私調教されてる?

 

「なんだか賑やかで楽しいね、八幡」

 

 俺の隣に来ていた戸塚がこっそりと耳打ちしてくる。はっとして見ると戸塚がにっこりと笑っていた。

 

「いきなり人数増えて悪かったな」

 

「ううん、大勢の方が楽しいもん。それに、八幡も友達が増えたなーって思ってぼくとしても嬉しいかな、うん。ふたりきりでもよかったんだけど……ね」

 

 戸塚が胸の前で恥ずかしそうに手を組んで、すぐにえへーと照れ隠しの眩い笑顔。

 

 なんだろう、この神々しい人物は。戸塚ルートってないのかな?

 

「ほら八幡、顔がおかしいことになってるよ」

 

 呆れ顔の沙希に後頭部をぽんと叩かれる。

 

「おい沙希、いまの俺は頭はおかしいが顔はおかしくない。これでも目を除けばそこそこイケメンなんだぞ?」

 

「まあ確かにそうなんだけど、自分で頭がおかしいっていうのはどうなの?」

 

「戸塚が目の前にいればそうなる」

 

「えっと、ごめんなさい?」と戸塚が首を傾げる(超可愛い)。

 

 そんなやりとりをしていると、後ろで何やら変な声が聞こえ始める。

 

「聞きましたか結衣さんや。お兄ちゃんと沙希さん、お互いを名前で呼んでるんですよ。あらやだまあまあ、若いっていいですねえ」

 

 小町だった。俺の妹だった。どこの井戸端会議中のおばちゃんだよ。

 

「ほんとだ! なんで⁉ なにがあったの⁉」由比ヶ浜が目を丸くして小町へ疑問を投げ飛ばす。

 

「ひとつ屋根の下で家族はいれどふたりで過ごす。だんだんとお互いの距離は縮んでいき、最後には……きゃー‼」と小町が騒ぎ出した。

 

 うん、あいつらうるさいですねえ。

 

 渦中の人物のひとりである沙希は、雪ノ下とのほほんと談笑していた。あれ、この人たち初対面のときはあんなに険悪だったのに、いまでは仲良しさんに見えるんだけど。

 

「そういえば八幡。一色さんは呼ばなかったの?」

 

 戸塚が疑問に思っていたのか聞いてくる。

 

「あいつは部活だ。そう何度もサボってたら葉山も怒るだろ」

 

 そもそも昨日の段階で隙を見てメールで葉山にチクったのだ。今ごろ一色は地獄を見ているだろう。心配してくれたのはありがたいし申し訳なく思うが、それとこれとは別だ。精々青春の汗でも流すといい。

 

 くつくつと笑っていると、近づいてくる人影が二人。

 

「ヒッキー! それに沙希! もういい加減聞かせてもらうからね⁉」

 

 沙希を引っ張ってきた由比ヶ浜が、俺の前で仁王立ちをしながらよく分からない宣言をした。

 

「そうね、私としても確認はしておきたいわ。いいかしら?」

 

 雪ノ下もひょっこりと現れては由比ヶ浜側に着く。

 

 戸塚は何も知らないのできょとんと首を傾げるだけだ(可愛くて死ぬ)。

 

 俺と沙希は顔を見合わせる。そもそも沙希から話すと決めたのだ。俺がいまさらそれを反故にする必要もない。あとは沙希の意思次第だ。

 

 沙希はひとつ頷く。

 

「ん、話すよ。ひとまず、みんなが入れるカフェにでも行こうか」

 

 沙希の提案を受け、俺たちは千葉駅周辺にあるカフェへ向かうことになった。

 

 沙希が決意したのなら、俺はもう何も言うまい。

 

 

 

 

 


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