だから俺は彼女に恋をした   作:ユーカリの木

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さり気なく、戸塚彩加はきっかけを与える 4

「なんか分からないけど喧嘩はダメだよ!」

 

 由比ヶ浜の謎の説教により、小町と雪ノ下はしゅんとした様子で仲直り? をした後、ゲームセンター内を六人で回る。

 

 俺は隙を見て戸塚を誘い、念願叶ってふたりでダンレボを遊ぶことができた。見ているこちらの相好が崩れるほど楽し気な戸塚をみて、俺……もういま死んでもいいかも……なんて思ってしまった。

 

 思い思いにゲームに興じたところで、夕食時となりゲーセンを出る。

 

 夕焼けに照らされた千葉の街を六人でぞろぞろと歩く。

 

「ところで小町、あたしは結局夕食抜きの刑なの?」

 

 純粋な疑問といった形で沙希が訊く。ぎくっと肩を震わせた小町が歯切れの悪い口調で返した。

 

「いえ、あれはその、なんといいますか……冗談です。はい。すみません。なので夕食はお兄ちゃんが奢ります」

 

「小町ちゃん。しれっとお兄ちゃんを巻き込まないでね?」

 

 あははーと小町が空笑いで誤魔化す。

 

 もう、お兄ちゃんの財布は何気にピンチなんだからもっと労わってよね!

 

「ご飯どうしよっか? みんななにか食べたいものでもある?」

 

 先頭を歩いていた由比ヶ浜がくるりと振り返って訊いてくる。

 

「肉」俺は即答。

 

「がっつりお肉!」戸塚も俺に続く。

 

「私は魚がいいわ」雪ノ下が反論する。

 

「小町はみなさんの笑顔が見られるならなんでもいいです☆」いきなり好感度を稼ぎに来た小町。

 

「んー、ラーメン?」沙希が何かを思い出すように首を捻る。

 

「私も先輩おすすめラーメンに行きたいです☆」謎のあざとい声が届く。

 

「そうだな。俺も比企谷行きつけのラーメン屋に行ってみたい」追加でさわやかボイスが響く。

 

「おいちょっと待て。いきなりしれっと入って来やがったぞこいつら」

 

 俺が突っ込んだ先にいたのは、部活帰りと思わしきジャージ姿の一色と葉山だった。俺の姿を見止めた一色が、まるで忍者の速度で俺の隣に移動する。

 

 ほわんとした笑顔の裏に凄まじい負のオーラを宿した一色が俺に迫る。

 

「なんですか葉山先輩にチクったんですか心配してあげたのに恩を仇で返すなんてどんな畜生なんですかここで奢って貰わないと怒りが解消できないので奢ってくださいごめんなさい」

 

「なあ、最近お前の振り芸多彩になってない……?」

 

 一色はただ奢れという無言の圧力をかけてくるだけだ。

 

 ふいに、一色の隣に葉山が現れる。葉山も葉山で顔面に怒りオーラを滲ませていた。

 

「比企谷。俺をいろはの監督役かなにかと勘違いしてるのか? いい加減いろはのお守り役から解任させてくれ。こっちは部員を率いるだけでも大変なのに戸部までいるんだよ。ってことで奢りよろしく」

 

「お前……一色と戸部に謝れ」

 

 だんだんと良い性格になってきた葉山に突っ込む。一色も呆れ交じりのため息を漏らしていた。

 

「せんぱーい、最近葉山先輩がひどいんですよ。サッカー部でも私に対してだけ素ですよ素。まさかの素です。扱いの改善を希望しますよ!」

 

「俺が知るか。葉山と勝手に相談してくれ。そして帰れ」

 

「私を人身御供にして先輩たちだけ遊ぶんなんてひどいじゃないですかー! 一緒にご飯しましょうよー! 先輩の奢りでラーメン食べたいです!」

 

「いろは、君にとって素の俺はそんなにひどい男なのか……?」

 

 なぜだか葉山が落ち込んでいるがどうでもいい。至極どうでもいい。なんなら一生落ち込んでくれて構わない。

 

 ここでまあまあと割り込んできたのは由比ヶ浜だ。

 

「ふたりともやっはろー。部活お疲れー」

 

「あ、結衣先輩お疲れ様ですー」

 

「やあ結衣。ほんとにみんな勢揃いだな」

 

 葉山の視線が流れて沙希で止まる。葉山がそっと俺だけに聞こえる声で言う。

 

「比企谷、なにかあったのか?」

 

「お前は厄介事しか持ち込んで来ないんだからこれ以上無駄に詮索するな。余計厄介になる」

 

「君は……まあいい。分かった。ラーメンで手を打つよ」

 

「本気で奢られる気満々なのかよ……」

 

「二年の最後で色々手を回してあげただろ」

 

「それ以前に結構骨を折ってやった記憶があるんだがな」

 

 ふたりして黙り込む。

 

「とりあえずお互いチャラにしよう。今回は自分で払うよ」

 

「そうしてくれ。ついでに一色連れてきたんだからあいつの分もお前が持て」

 

「いろはのお守り役だけは続けろってことだな……」

 

「サッカー部の部長だろ。それくらい我慢しろ。生徒会側はこっちが持ってやってんだからイーブンだろ」

 

「まあ、確かにそうなるか。お互い苦労するな」

 

「まったくだ。あざとい後輩を持つとろくなことがない」

 

 ふたりしてくつくつと笑うも、同時に笑みが固まる。

 

 背筋に悪寒。

 

「あのー、おふたりともー。人のことなんだと思ってるんですかねえ?」

 

 獄炎の怒りを瞳に宿らせた一色が、にこにこ笑顔で俺たちの背後に立っていた。ねえ、さっきから君、ほんとに気配消して動くの得意なんだけど、忍者なの?

 

「まあ、一色さんが面倒というのは確かなことだけれど」

 

 見かねた雪ノ下が参加してくるが、地味に言っていることがひどい。一色もさすがにうっ、と呻いた。

 

「雪乃せんぱーい……」

 

「それでも可愛い後輩なのだから、大切にしてあげましょう?」

 

 雪ノ下が可憐に微笑む。一色はあざとく目をウルウルさせながら雪ノ下にすり寄っていた。

 

「あんた、葉山と仲良かったの?」

 

 沙希が疑問を投げてくるが、俺は速攻で首を振る。

 

「んなわけあるか。ただの元クラスメートだ」

 

「つれないな」

 

 葉山が苦笑するが、そもそもこいつと連絡を取り合うことになったのも一色を押し付けようとしたのが発端だ。一色の扱い以外で葉山とやり取りすることなどない。

 

「でも考えてみると、比企谷とのやり取りは大抵いろは絡みだよな」

 

「お前が『いろはが生徒会忙しいアピールしてくるんだが』とかメールしてくるんだろうが。事前に逃げる準備できてこっちは助かるけどな」

 

「比企谷も、『一色が面倒事を押し付けてきそうだからサッカー部に縛り付けろ』とかヘルプ求めてくるだろう?」

 

「先輩がた……裏でそんなやりとりしてたんですか……」

 

 一色が本気でしゅんとした顔をする。

 

 その様子を由比ヶ浜があははーと乾いた笑みで眺めている。

 

「八幡、葉山くん。駄目だよ、一色さんは一生懸命頑張ってるんだから」

 

 戸塚がぷんぷんと頬を膨らませて俺たちを叱る。戸塚の言うことならば仕方ない。と、言いたいところだが……。

 

「聞いてくれ戸塚。一色の俺の酷使具合は本当にひどいぞ? なんで毎回行事の度に椅子やらシートやら運ばされなきゃいけないんだよ。いつの間にか職業見学の事前アポ取りまでやらされてるんだぞ? そもそも葉山と連絡取るきっかけが生徒会代表として部活の部長会連中とのやり取りに巻き込まれたからだ。あげくは、『せんぱ~い、生徒会でつまむお菓子一緒に買いに行ってくれませんか~。あ、勘違いしないでくださいね? もちろん荷物持ちです☆』とかまであるぞ。俺はこいつのパシリか」

 

 これでもかと言わんばかりにまくしたてると、この場にいる全員が顔をしかめた。

 

「一色さん……仕事しよっか」戸塚が怒気を孕ませた声で言う。

 

「いろはちゃん……そんなことまでヒッキーにやらせてたの……?」由比ヶ浜は若干引いていた。

 

「これは私の認識が甘かったわ……。ごめんなさい比企谷くん。しばらく一色さん絡みの仕事は引き受けないようにしましょう」雪ノ下が額に手を当てる。

 

「いろはさん……これは小町も庇えません。というか、あまりお兄ちゃんをこき使わないで下さい……」小町も疲れた息を吐きながら言った。

 

「あたしはノーコメントにしとくよ」沙希は苦笑しながら一色の肩を叩いていた。

 

 完全に敗北の流れに一色が更に身体を小さくする。

 

「うぅ……ひどいです先輩……」

 

 恨みがましい目で一色が俺を見てくるが、葉山が追撃を加える。

 

「いろは、比企谷に頼りたくなるのも分かるが、たまには解放してやってくれ。でないと比企谷から俺に来るメールの闇が深くてたまらない」

 

 ああ、一色への愚痴をゴミ箱のようにぽいぽいと葉山へ投げてるんだよなあ。なんだかんだで可愛い後輩だから手伝っちゃうんだけどね。

 

「先輩……」

 

 ちょこちょこと寄ってきた一色が上目遣いで俺を見る。袖口に手を伸ばして、でも掴む勇気がなくて胸の前で手をぎゅっと握る。あざとい。あざといぞいろはす……!

 

「ほんとに頼っちゃ……だめですか……?」

 

 涙を滲ませた瞳で俺を見上げる。

 

 これは罠だ。

 

 分かっていても、途端に強烈な罪悪感が浮かぶ。

 

 くっ、胸が痛い……!

 

 いや、だって、ほら、一色だし。部活だって掛け持ちしてるしね? ちょっとくらい手伝うのは先輩の役目だよね?

 

「ま、まあ……ちょっとだけ、な」

 

 顔を背けてなんとか声を出すと、一色がにぱあと表情を和らげる。あざといと分かっていても甘やかしてしまう。そんなお兄ちゃん気質のどうも俺です。

 

「比企谷くん……」

 

「ヒッキー……」

 

 なんてことを考えていたら、雪ノ下と由比ヶ浜がジト目で俺を睨んでくる。

 

「比企谷、これは自業自得なんじゃないのか?」

 

 葉山がやれやれといった様子で言ってきやがった。

 

 うん、まあ、自覚はある。

 

 どうにも小町と一色の頼み事には弱いのだ。

 

「ま、とりあえずなりたけ行くか。ラーメン食いたくなってきた」

 

 ああもラーメンラーメン連呼されるとラーメン魂がうずいてしまう。やばい、炭水化物が取りたくなってきた。

 

 いいか、と目をやると全員が頷いてくれた。雪ノ下まで賛成するとは、さてはラーメンにハマったな? それはないか。修学旅行のときげんなりしてたし。

 

 由比ヶ浜も見た感じ興味はありそうだし、戸塚や小町はよく一緒に行くから問題ない。沙希もさっきラーメンってなぜか言ってたし、奇跡の満場一致だ。

 

 総勢八名となった俺たちはなりたけへ向かう。

 

 ちょうど八人とか、大勢なのになんだか気分が良い。

 

 八幡だけに八人とか、ちょっとウケるー。なんで折本が出てきちゃうんだよ。

 

 あれ、なんかひとり忘れてる気がするな……。

 

 気のせいか。

 

 

 

 なりたけを出ると、もう千葉は夜の街に変貌していた。

 

「先輩、せっかくこんなに集まったんですから、カラオケでも行きましょうよ」

 

 一色が俺の袖口をくいくい引っ張って声を上げる。

 

 カラオケと聞いた沙希が勢いよく顔を逸らした。昨日のことを思い出したのだろう。かくいう俺も同じことを瞬時に回想して顔が熱くなる。

 

「カラオケか、いいんじゃないかい? 比企谷の歌を聞いてみたいしね」

 

 葉山が乗り気な口調で一色の提案を支持する。比企谷の歌、というところで噴出した沙希には口止めしておいた方がいいのかな……?

 

「いいね、行こうよカラオケ! ゆきのんとデュエットしたい!」由比ヶ浜が雪ノ下に後ろから抱き着く。

 

「仕方ないわね……」由比ヶ浜に弱い雪ノ下は即陥落。

 

「小町も参加しますよー!」ノリの良い小町は当然参加だ。

 

「ん、あたしも大丈夫だよ」結局昨日は一曲しか歌えなかった沙希がようやく平常運転に戻る。

 

「ぼくも行きたいなー」戸塚が言ったところで、

 

「よし行くか。すぐ行くか今すぐ行こう」

 

 戸塚とカラオケ行きたい!

 

 俺……戸塚とデュエットするんだ……!

 

「先輩……戸塚先輩のこと好きすぎですよね……」

 

 一色がドン引きしているが知ったことか。戸塚が行くところに俺は行く。これは真理だ。

 

 全員でまたぞろカラオケ屋に向かって歩き出す。俺はしれっと最後尾に陣取り前を歩く七人を眺める。八人揃うとさすがに壮観だ。この中に俺がいるのだから、人生何があるか分かったものではない。

 

 ふと、沙希が歩みを緩めて隣にやってくる。全員が俺から視線を逸らしている瞬間を見計らって、沙希が耳打ちしてきた。

 

「ね、また一緒に歌お?」

 

 沙希の声が直接耳朶を打って心臓が高鳴る。あざとさがない分、こうかはばつぐんだ。毎度毎度心臓を直撃してくるのやめてくれないかな。心不全でいつか死ぬよ俺?

 

 沙希が、あ、と続ける。

 

「プリキュア以外でね」

 

 心臓の心拍数が一気に下がる。平常心に戻るどころか一気に鬱モードだ。

 

「一言余計なんだよなあ……」

 

「あたしは良いけどみんなから顰蹙買うんじゃない?」

 

「名曲なんだがなあ……」

 

「それは認めるけど。ね、他の歌お? あたしが笑い転げちゃうから」

 

「ひでえな沙希……」

 

「だって八幡のテンションが変なんだもん。さすがに戸塚もびっくりしちゃうよ?」

 

「今後人前で絶対に歌うのやめよう」

 

「戸塚を引き合いに出せば八幡は引くんだ……」

 

 ふふっと宝箱を開いたような沙希の微笑み。

 

 おっと、沙希の八幡検定が徐々に上がっていく気がするぞ。既に小町並みの有段者でしたね……。

 

「あと小町かな?」

 

 おうふ。俺の弱点が暴かれていく。

 

 俺の反応を見て取った沙希がくすくす口元を緩める。

 

「それから、あたしも入ってる?」

 

 息が止まる。

 

「……たぶんな」

 

「ん、ありがと……」

 

 沙希が俺の指先に触れて、すぐに手を引っ込める。

 

「みんなとも楽しいけどね……?」

 

 沙希がそっと俺の袖口を掴む。立ち止まった俺に沙希が寄りかかった。灯った体温が体中を駆け巡って思考が消えそうになる。眉を下げた沙希が熱い視線を注いでくる。見ているだけで吸い込まれて心の内が焼き焦がされてしまいそうな、そんな瞳。

 

「やっぱり、ふたりがいいかな?」

 

 消えるか。

 

 そう言いそうになるのをなんとか堪えた。

 

 小町を監督しないといけないし、戸塚を守らなきゃいけない(何から? 男からに決まっている)。

 

 それでも、沙希の言葉が俺の芯を捕まえて離さない。しばらく見つめ合って、沙希がふっと笑む。可憐な微笑みを形作る綺麗な唇から目が逸らせない。

 

 俺は一体何を考えてる?

 

 ここは街中だぞ。

 

 みんなだって前にいるのに。

 

 どうして、沙希を視界から外せないんだろう。

 

「八幡」

 

 愛し気に沙希が呼ぶ。

 

 沙希の指先が頬に触れ、瞳を閉じる。

 

「みんな……きっと見てないから」

 

 心の琴線に触れた。

 

 もう、考えなくてもいいと思った。

 

 沙希だけを見て、沙希だけに触れて、沙希だけを感じていたい。

 

 腕が勝手に動く。沙希の身体を抱き寄せるように伸ばした腕が、

 

 

 

「行くわよふたりとも。遅れているわ」

 

 

 

 雪ノ下の声によって止まる。ひとり俺たちを眺めていた雪ノ下が、額を手で押さえながら首を振っていた。

 

「うぇ……! お、おう」

 

 思わず変な声で答える。沙希も慌てて俺から離れて下手な口笛を吹いていた。

 

 ため息をついた雪ノ下が背を向けて歩き出す。だが、ちらちらとこちらを見ているあたり、さっさと来いと注意されているようで気が気でない。

 

 仕方なく心を落ち着かせて足を踏み出す。沙希ももはや音すら出ていない口笛をしながら隣を歩く。

 

 ようやく動き出した俺たちを見て雪ノ下は安心した頷いた。

 

 直後。

 

「またあとで……」

 

 沙希が小さな声で請う。

 

 それはきっと、お互いに思っていたことで、きっといつかはと心の宝箱に仕舞っていた大事な気持ち。

 

 ――さっきの続きをしようね?

 

 

 

 

 


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