沙希がいる。赤子のように泣き叫んだ俺を優しく包んでくれた沙希が隣にいる。気まずさや恥ずかしさは少しあれど、それに勝る安心感が心を支配していた。
俺が泣き止んでから、お互い無言で隣り合って座っていた。部屋は静寂が支配しているのに、寂しさはどこにもない。人の温かさがたゆたっていてそのまま眠ってしまいそうだ。だけど隣の沙希をもう少しだけ感じていたい。
さらけ出してしまった。決して人に見せまいとした姿を見せてしまった。沙希の依頼をなんにも解決していないのに、俺だけ得をしてしまったようなものだ。さすがにバツが悪かった。
左手に沙希の手が重なる。自然な動作だった。まるで家族にするようなそれ。左手にじんわりと体温が灯る。脳髄が痺れて負の思考が止まる。
「あんたがずっと無理してたのは知ってた。変わっていることもなんとなく分かっていたけど、過去の傷はずっと残るよね」
「……そうだな」
「八幡の一端を垣間見れてよかったよ。ずっと、あたしだけが寄りかかってばかりだったから。少しでも楽になれたならうれしいかな」
「そんなことないだろ。沙希の問題をなんとかしなきゃならんのに、こんなんなってすまん……」
沙希が強く首を振る。
「いままでの自分を曲げてまであたしのために動いてくれた。一年前の八幡を知っているから、それだけでうれしい」
救われたよ、と沙希が目を細めて告げ、言葉を紡ぐ。
「寂しかった?」
「そうだな。そうかもしれん」
「つらかった?」
「麻痺する程度には」
「うん、あたしもそうかも。人間関係が上手くいかなくていつもひとりだった。やっぱり、家族だけじゃ寂しかった。でも、もう大丈夫だね」
「そうだな」
「うん、あたしには八幡がいるし、八幡にはあたしがいる。なら、きっと大丈夫」
それは一体どういう意味だろう。
あれは依頼のことを言っていたのではなく、この先のことを指していたのだろうか。
沙希の言葉にもはや微塵の疑いも持てない。だから額面通りに受け取ってしまう。心の殻が粉みじんにされたぶん、疑う精神を持てないかもしれないことに、わずかばかりの恐怖を覚えた。
世の人すべてを無条件に信頼することなどできない。だから、沙希には開いたまま、他を今まで通りにすればいい。二種類の防壁を相手によって付け替える、それだけだと結論づけた。
いや、信頼できる人物なら他にもいる。その人たちも信頼の枠に入れてしまっていいはずだ。もはや、彼ら彼女らに壁を築く必要などないのだから。
「ん、朝ごはん食べないとね」
沙希が立ち上がる。確かに、小町の発言で俺の朝ごはんがご破算になっていたところだ。小町の姿を探すもいるはずの場所にいない。気を利かせて自室に戻ったのだろう。まったく、いちいち気の回る出来た妹だ。
沙希が台所に向かってエプロンをつける。
「ん、沙希が作るのか?」
「作るって言っても目玉焼きくらいだよ。大体小町が作っちゃってあるからさ」
冷蔵庫から卵を取り出しながら沙希が言った。家庭的な何気ない仕草にどきりとした。なるべく変な意識をしないようにいつも通りを心掛ける。
「客に作らせて悪いな」
「んーん。毎日作ってたし、料理するのも好きだから。ただやりたいだけだよ」
「そうか。やりたいなら仕方ないな」
「そ、仕方ないの」
料理をする沙希の後ろ姿を眺めつつ思考を飛ばす。今日は何をするか。まったくもって決まってないが、雪ノ下と由比ヶ浜が贈ってくれた指針だけはある。
「なあ、どこか行きたい場所とかやりたいことあるか?」
「んー、とりあえずまたゲーセン行きたい」
「またあれやるのか」
料理をしながらもよどみなく沙希が答える。
「今日行くとこにあればね。いままで何もしてこなかった分、色々やってみたいから」
「なるほどな。他には? 今日丸一日ゲーセンで潰すわけにもいかんだろ」
「特になにか買いたいものがあるわけじゃないけど、ららぽかな。気兼ねなく回りたい。八幡を引きずり回しちゃうかもだけど、いい?」
「お手柔らかに頼む。だがまあ、ちゃんと付き合うわ」
「ありがと」
料理を終えた沙希が、テーブルで待っていた俺の前に配膳していく。なんだか夫になった気分で気恥ずかしい。
今日は白いご飯に焼き魚、味噌汁に目玉焼きだ。相変わらず朝から豪勢だ。小町ちゃん、いつもありがとうね。
いただきます、と手を合わせて食事を始める。沙希はエプロンを脱いで対面に座ると頬杖をついた。
「本当の八幡は、優しいんだね」
「どうだかな。まあ、身内には甘いぞ。特に小町にはダダ甘だな。甘すぎてハーゲンダッツを奢りまくるまである」
そういえばハーゲンダッツ買ってくるの忘れてたな……。今日にでも買ってくか。
「私はもう身内?」
「身内にすらあんな醜態さらしてねえぞ。察してくれ」
「ん、そっか」
なら、超えられたのかな……。
ぽつりと沙希が言葉を吐き出した。それは安堵にも聞こえたし、燻るような焦りにも感じた。
言わんとしていることは朧気に理解できた。誰かに知ってほしい、見てほしい、感情を注いでほしい。家族だけでなく、他の誰かに。
この社会は厳しい。いたるところに不幸は転がっていて、普通からはみ出せば落とし穴にはまり、無様と嘲り蔑みながら石を投げられる。だから人は、第三者に認められないと生きることがとても難しい。ひとりで生きるには、この世界は悲しみに充ち溢れすぎている。
それでも、比べるものではないのだ。不幸も幸福も個人の尺度であり、絶対的な物差しはどこにもない。個々人が感じたそれが絶対で、あとは他者による勝手な価値づけに過ぎない。
感情は難しい。理解できない。計算できない。
だから面白いのかもしれない。ひとつひとつに一喜一憂できるのかもしれない。
――計算できずに残った答え、それが人の気持ちというものだよ。
いまさらになって恩師の言葉が思い浮かぶ。
安息を知らない思考の拷問。かつて、計算できないものを思考せんとしたときに感じたうすら寒いもの。
いまはどうだろうか。思考しているのだろうか。傷つける覚悟すらもって、大切にせんと強く想っているのだろうか。
深く息を吐く。
まったく、あの人はその場にいなくてすら教師をしているのだから困る。
いますべきは、沈黙でも肯定でもなく、一言結論を出すことだ。俺なりの、いま感じたものを。
「比べるもんでもないだろ、そういうのは」
「うん、ただの自己満足」
からからと沙希が笑う。
伝わっただろうか。言葉とは時として無力であり、決定的なすれ違いを生む凶器ともなる。
言葉は何のためにある?
他者との相互理解を深めるためだ。だからもっと語ろう。勘違いさせないように。ちゃんと分かってもらえるように。
「人に対する感情なんて色々だ。そいつと過ごした過去が絡んでくるからな。だから感情の強弱なんて付けられん。好きにも種類があるし、嫌いにも種類がある。普通だって同じだ。だから……だから、なんて言えば良いか分からんけど、不安があるなら、思うことがあるなら言ってくれ。対処する」
沙希が目をぱちりと瞬く。やがて、眉をハの字にして目じりを落とした。
「うん、ありがとう」
そのまま他愛のない話をしながら朝食を終える。
今日はららぽへ行ってからゲーセンへ。他はそのとき浮かんだ沙希のやりたいことに任せることに決めた。
着替えをしようと自室へ戻ると、小町がベッドに座って待っていた。目元はうっすらと赤かった。まったく、こいつもなかなかのブラコンっぷりだ。
「今日のデートのために服を見に来てあげましたー。これって小町的にポイントたっかい~♪」
きゃぴるるん☆ とウィンクする小町の頭にぽんと手を置いた。しばらくわしゃわしゃと撫でていると、最初はされるがままだった小町の顔が渋いものに変わっていく。あれ、どうしたのかな? いつもと反応ちがくない?
「む、なにさー。急に大人ぶった目しちゃって。むかつくー」
「小町ちゃん。むかつくとかお兄ちゃんに言わないの」
ふふんと大人ぶって言い返す。
「ぶえー、むかつくなー」
ぷんぷんしながらも、小町はくしゃりと笑った。
「さてさて、服決めといたからさっさと着ちゃって」
ピッとベッドの上を指差すと、小町が腰を落としていた傍に選んだであろう服が並んでいた。用意が良すぎる……。この子、一体なにを目指しているのだろう……。お兄ちゃん、妹の将来が万能過ぎて怖くなっちゃうよ……。
「んじゃ、今日も楽しんでくるんだよー」
のほほんと言って部屋を出ようとする小町を呼び止める。
「小町、ありがとな」
小町は振り返らず、その場で天井を見上げた。
「……うん。がんばってね?」
「あいよ」
「ならよし! それじゃあ小町は部屋でのんびりしてるよー。夕飯いるなら早めに連絡してねー」
ひらひらと手を振った小町が部屋を出る。
さて、さっさと着替えようかね。
温かい陽気の下、沙希とふたりで住宅街をとぼとぼ歩く。
「今日は暑さが和らいだね。いい天気」
そう言った今日の沙希は、髪を由比ヶ浜のようにお団子で纏めていた。上は白のレースガウンに淡いベージュのカットソー、下はデニムスカートに黒のサンダルだ。
「太陽も連休くらいは休みたいんだろ。働きたくないのは太陽だって同じだ。やっぱり働いたら負けだな」
「相変わらずの捻くれだね」
苦笑した沙希が俺の顔をじっと眺める。注がれる視線が熱くて顔が赤くなりそうだった。
「あんた眼鏡似合うね。学校でも付ければどう?」
沙希はふっと華やかに微笑んだ。
言われた通り俺は、珍しく伊達メガネを掛けている。昨日、親父が俺の腐り目をなんとかせんと、ガラスを通せばマシになると豪語して買ってきた代物である。でも眼鏡姿の俺を見て「俺の息子じゃないみたいだ……」は酷いんじゃないですかね……。どういう意味か今度訊いてやろう。あと、「これであの子を落とせ。いまのお前ならできる」は一言余計だ。まるでいままでの俺じゃ駄目みたいではないか。まあ、駄目なんですけどね……。
そんなこんなで、親父は大層沙希のことが気に入っているらしい。母親も同様だ。その大半は、「息子が女の子を連れ込んだ」という事実に起因しているかもしれない。なんだろう、涙が出てくるよ。主に悲しみで……。
「目立ちたくないから付けたくないな。ぼっちが目立つとかどんな拷問だよ」
「まあ気持ちは分かるよ」
今日は一緒に家を出て駅へ向かっていた。さすがにもう待ち合わせなんて無駄に待たせることはしたくないと沙希の意見を尊重した形だ。ええ子や……。
京葉線に乗って南船橋駅で降りる。最初に向かったのは、ららぽーとTOKYO-BAY。目的は沙希希望の当てのないウィンドウショッピングだ。
沙希とふたりで、ららぽの北館と南館を隔てるハーバー通りに入る。俺は一瞬左手にあるサイゼリアに目が奪われるが、川崎が逆方向に顔を向けていた。遅まきながら俺もそちらに視線を投げると、セガのゲーセンがあった。
あ、うん……ほんとゲーセンに嵌ったのね沙希さん……。
「行くか?」
「ん、んー……あとにする!」
まるで好物を我慢する幼子のような必死の形相で沙希が言った。知らず苦笑が漏れて沙希に軽く肩を叩かれた。
並ぶテナントを眺めながら最初は帽子屋に入る。沙希はなにを思ったか俺に似合う帽子を探し始める。
俺はこんなお洒落空間に縁などないので居心地が悪くて仕方がない。沙希は店内をぐるりと見渡すと、目につく帽子をぱっと取り俺の頭に乗せ、喉の奥でうーんと唸る。
モナコハンチングにプロムナード、マリンキャップ、カンカン帽に、果てはシルクハットまで被せられ、俺は完全な着せ替え人形にされていた。行っている当の本人は真剣そのもので、帽子を持ってきては被せ、少し離れてじっと眺めて首を傾げる(可愛い)を繰り返している。
あらかた沙希が選んだものを被り終えて一言、
「あんた、帽子似合わないね」
袈裟斬りにされる。サキサキ酷くない……?
「こんだけ被せて出した結論がそれか……」
「ん、素の方がいいってこと」
ぽんと肩を叩いた沙希は、外したベレー帽を元に戻すと俺の手を引いて歩き出す。手の平に体温が灯る。それだけで気分が高揚してしまうのだから、いまの俺は随分と単純になったものだ。
沙希に連れられ、彼女が興味を示す店へ片っ端から足を踏み入れていく。なにを買うでもなく、眺めたり手に取ってみたり、服飾であれば身に着けてみたりと、表情をころころと変えながら店を冷かしていく。実に経済的で女子高生的な買い物である。まあ、女子高生となんて買い物いかないから知らんけど……。
大層疲れるかと思いきや存外に沙希との買い物は早く過ぎていき、気づけば時刻は正午を過ぎた頃になっていた。
「そろそろ飯行くか」
「そうだね。確かにお腹すいたね」
「希望あるか?」
「今日は八幡の食べたいものを食べたい」
「そうか、そんなにマッカンが飲みたいか。ダースで買ってくるぞ?」
「あたしは食べ物を食べたいんだけど?」
沙希が冷ややかな目で俺を見てくる。久しぶりに見たよガンくれてくるサキサキ。ひぃぃ、怖いよぉ……。
ふわっと沙希が表情を和らげる。
「どうしてもっていうなら、それでもいいけど?」
「冗談だ。ま、ピッツァ屋でも行くか。サイゼ好きとしては気になる」
「いいね。行こっか。どこにあるか分かる?」
「ぼっちはひとりで来た時のために。目ぼしい店の位置を把握しておくもんだ」
もうぼっちじゃないくせに、と沙希がくすくす笑う。
「癖はそう簡単に治らないから癖って言うんだよ」
「相変わらず屁理屈ばっかり捏ねちゃって。そういうところは変わらないんだね」
「とりあえず行くか。南館三階な」
エスカレータに乗って三階へと昇り、目的地が見えたところで唐突に嫌な予感がした。
「あ、せ~んぱ~い。奇遇ですね~」
甘くとろけるような声が背中から強襲してきた。声の方向を見るまでもない。奴が来た。来てしまった。総武高校が誇る最強のあざと可愛い後輩。一年生から生徒会長を続け、その愛くるしさから全男子生徒のアイドルとなった存在。
無視することもできず仕方なく目を向ければ、そこには私服姿の一色いろはが小走りで来るではないか。この子、面倒事ばかり俺に頼んでくるから会うたびに身構えちゃうんだよなあ……。
「これからお食事ですか~?」
あっ、と小さく悲鳴を上げた一色が途中で躓く。お兄ちゃんスキルが勝手に発動し、一色の身体を受けとめる。あ、ヤバい。なんか罠にはまった気がする……。
耳元に唇を寄せた一色が、俺にしか聞こえない程度で、しかし妙に迫力のある声でつぶやく。
「……なんですかその女近くないですか騙されてますよ先輩貢いだりしてませんよね前話してくれた先輩のお父さんのありがたい教訓を忘れたんですか助けてあげますからさっさと離してくださいごめんなさい」
怖い、めっちゃ怖いよいろはす!
振り芸の内容を変えて声を冷たくするとめっちゃ怖いから。八幡ちびっちゃう!
飛びのくようにして一色から離れる。沙希は一色の顔を見て誰であるか分かったのか苦笑していた。
うん、その笑いの意味が分かるのがなんか嫌ですねえ。
昨今の総武高における比企谷八幡の立ち位置は、ぼっちであると同時に奉仕部の一員、そして一色いろはの下僕である。
繰り返そう。
一色いろはの下僕である。
一色は以前ほど厄介事を持ち込む回数は少なくなったものの、それでも面倒事は容易く持ってきては俺にぽいぽいと投げるのだ。あげく、奉仕部の中でも一色は俺の担当となってしまってからは、徐々に学校内でこう囁かれるようになったのだ。
「あの生徒会長にこき使われてる冴えない男子って誰?」
「三年のヒキタニってやつらしいよ」
「ああ、あの子の可愛さにやられちゃったんだ。かわいそ(笑)」
「ああなっちゃ男もおしまいだよね(哀)」
……俺の平和なぼっち生活を返して!
こいつのせいで主に下級生の女子生徒に影で哀れまれているのだ。夜中に布団の中で思い出して泣きたくなったこともあるくらいだ。
そんな一色いろはがゴールデンウィークに俺の眼前に立っているのである。しかも妙に怖い雰囲気をまとわせて。どうしよう、いますぐ無かったことにして逃げられないかな……?
きゃぴるるん☆ と完璧な作り笑顔を作った一色が沙希へ身体を向ける。
「あ、初めまして。私、「八幡先輩」の後輩やってます一色いろはっていいます」
「知ってるよ。生徒会長でしょ。いつも八幡を引きずり回してるじゃん」
一色の顔面にヒビが入った……気がした。微妙に唇端を震わせた一色が、小首を傾げながら顎に指を添える。
「えっとー、どこかでお会いしたことありましたっけ?」
「去年度のバレンタインイベントに参加してたよ。妹連れてね」
「ああ、あの可愛い女の子……って、先輩この人先輩ですか⁉」
沙希のときとは打って変わって、ものすごい剣幕で俺の袖口を掴んでくる。えっとー、仕草は可愛いのに今日の一色は顔面力が怖すぎですねえ。
「お前がなにをどう勘違いしてるのか知らんが、こいつはクラスメートの川崎沙希だ」
「つまりは、まさか、まさかとは思いますが……」
衝撃を受けたらしい一色が、声を震わせて続けた。
「先輩に、友達ができたんですか……?」
「お前一回俺に謝れ」
なんでこの子は俺を落とさなきゃ気が済まないのかね。
俺の心など知らない一色は目をくわっと開いて畳みかけてくる。
「だって先輩ですよ? 友達ひとりできるかなを地で行く孤高のぼっちですよ? これは奇跡です! 相手が女子なのは気がかりですが、世界が作り替わったに等しいほどの神業ですよ⁉」
「ねえ、一色さん? 君さっきから俺の心を抉ってることに気づいてる? もうそろそろ泣いていい?」
最近涙もろいから悲しくても泣いちゃいそうで怖い。
ひとまず落ち着いた一色は、ちらちらと沙希を見つつ会話を重ねてくる。
「それにしても先輩に友達ですか。中二先輩と戸塚先輩以外にもちゃんといたんですね友達。しかも女子友達ですか。良かったですね先輩。念願叶いましたね。初めての女の子の友達じゃないですか」
あの、お願い。そんなにこの人友達いなかったアピールするのやめて……‼
よかったですね~と一色は俺の肘をバシバシ叩いてくる。痛い、地味にそれ痛いから!
ひとしきり叩いて満足したか、一色が胸の前でぱちんと手を叩いて俺たちを見上げる。潤んだ瞳は小動物のようで思わずなんでも言うことを聞きたくなってしまう。意図が透けているのに相変わらずあざとい。あざといぞいろはす!
「せっかくなので記念に一緒にお昼しましょう! もちろんいいですよね、先輩?」
断ったら分かってんだろうな、という副音声が聞こえたのは間違ってはいないだろう。