記憶喪失の私は記憶喪失の養子になりました 作:TAKUMIN_T
親友ができた。
その子は住んでいる家の娘さん。同い年で白い髪の毛がよく目立つ。
いつも本に向かい合っている。どうやら、その子のお祖父さんの影響みたい。
その子はいつも口にしていた。
――お祖父さんみたいな学者になるのが夢
夢。
その時の顔が、とても印象に残っている。頷きを返すことしかできなかった。
心が痛かった。
夢なんて、もう見る事ができないから。
SCENE 02
emomary
本日も快晴。汚れ一つないピカピカな
その光に全身を晒し、日向ぼっこで体温を高めるもよし、光は嫌だと
お手入れの施されたガラスの向こうから意識を戻すことにし、そのガラスがある〝とある一部屋〟には、今日も兄妹が仲良く正面で向かい合っている。
「これもっていっちゃダメですか?」
「駄目」
サイズをわざと合わせていないぶかぶかパジャマを着ている人物、その胸元に抱き抱えられたバッグ。その中身は色々詰まって入る。大体がお弁当とお菓子ではあるが。
つまりは、小学生の遠足でありそうな、これは〈お菓子〉に区分できるのかどうかを巡る論争のように、確認を乞う
意見が通らなかったことに、ノエルはぷくーと頬を軽く膨らませた。とても不服らしい。
「どうしてです?」
「そんなもん世の中に出してみろ?」
「……――うぅ〜〜、そうですよねぇ……」
議論の主題として取り上げられていたのは、明らかにこの時代においてオーバーテクノロジーでしかない
自分を取り囲む人々の垣根が安易に想像できてしまい、ノエルの顔が苦いものになる。さすがに自ら死地を誘うような真似をしたくないのは当然だ。
「ていうか、持っていってどうするつもりだったんだ?」
「
「やめろ、持ってくな」
止めて正解だった。
調子に乗った、というよりは、常識に囚われる事なく突き進んだ結果として生み出された、その〈
この世に一つしかない〝おんりーわん〟な代物であることには間違いないし、ノエルが何度も試行錯誤を繰り返して出来た、片手の手のひらに乗る紙一枚のサイズ感。
完成した時には、嬉しすぎて抱き枕のように抱きしめたり、体全体で感情を表現していた。
オーバーリアクションすぎるのではないかと思うだろうが、ノエルはそれでも満足出来なかった。
この気持ちを共有したいとばかり、『思い立ったが吉日』とばかり、興奮冷めやらぬうちにセリカへ見せに行った。彼女の表情が驚きに染まっていたが、昨日のように思い出せる。
同時に、家族の間で決めた約束もあった。
ノエル=アルフォネアが持ち得る技術の結晶体とも言い表せるARTPanelを、表舞台でホイホイと見せびらかすわけにはいかない。「もしかしたら」の例を考えなくとも、想像する事が容易いからだ。
これだけの為に私財を投じる者も確実にいることだろう。最悪、何かしらの強硬手段に出る可能性も否定できない――。
これは、ノエルの〈家族〉として、身を案じるが故の約束だ。
「なんか重要なこと入ってるんなら紙に書き出して、なにか本に挟んだらどうだ?」
「写真ばっかりですよ?」
「持ってかなくていい」
でも、使い道はとてもアットホームだ。
=08:50:37
会場となる競技場は、アルザーノ帝国魔術学院の敷地内に存在する。
観客席は数多くの人を収容でき、フィールドは各種競技によって地形を変えることができる魔術が仕込まれている。平面のシンプルなフィールド、フィールドが一面に水没した水上を想したステージ――バリエーションは豊かだ。
長年使われてきており、近場で注視すれば所々で細かい補修の跡があり、雨風が運ぶ様々な汚れが要所に付いている。
それでも、長年の時間、観客を迎え入れてきた事実を感じさせない隅々までに掃除の行き届いた綺麗な内部と、維持点検でできうる限りそのままの形で残そうとする、競技場維持に携わる職人の見えぬ努力。
競技場から努力を感じ取った人は、携わる人々のその熱意に頭を下げるだろう。
身近に触れられる娯楽が少ないこの世界で、このような対戦競技は年数回の行事のビックイベント。大きな盛り上がりを見せている。競技場への通行路には例年以上の人が訪れ、喧騒が人々の間を駆け抜けている。
「え――ノエル君、ここにいる訳ではないんですかぁ⁉︎」
まさに想定外。
他のクラスの背中が遠くに見える中、そんな驚愕に満ちた声を上げたのは、ノエルにハートキャッチされてしまっているルミア=ティンジェル。
彼女ら二組を先導するグレンに、ノエルがいないことを疑問に思った彼女が尋ねたところ、彼が不意に呟いた一言。
「ノエルは別件があるとか言ってどっかいったぞ?」
活躍をノエルに見てもらえると思っていたルミアに、これ以上ない爆弾が放り込まれた。ルミア程では無いが、ついて来る生徒も隣と顔を見合わせて驚きを露わにしている。
「ルミアの特訓に付き合っといて、本番には居ないとはね……」
「しかし、ノエルさんは競技祭に前向きではなかったのでして?」
責任感のないヤツと苦い顔を浮かべるシスティ、何か理由があるのではと思案するウェンディは、いつもグレンの隣に引っ付くであろう妹の後ろ姿を想像する。
お祭りだ〜!と、学院に漂う雰囲気からすれば場違いであることこの上ないのをスルーし、全力で楽しもうとしていたノエルに限って、今回の競技祭を欠席するのはまずあり得ないだろう。
カッシュもそうだそうだと頷きながら、グレンに訊ねる。
「てか、先生はノエルから何か聞いていたりは――?」
「それを言ったら、あいつ『秘密です』とかほざきやがってな。――ったく、今頃何やってるんだ……」
生徒達に
お互い秘密なんて無いであろう関係性なのに、今回に至ってはノエルが秘密と言ってどっかをふらついている。
少なくとも一ヶ月、家族としての間柄である二人を間近で観て、ノエルが心の奥底からグレンを兄と慕っているのを知っているが故に、二組生徒は余計疑念を覚える。
忙しいのに……。そう愚痴を零しながらも、グレンは話を一区切り着けるように息を大きく吐き出し。
「でもな、ある程度の検討は付いている」
「そうなの?」
「セリカを追っかけに行ったんだろうさ」
「……教授を?」
身を乗り出すかのように、少し食い気味にルミアが疑問をぶつける。
「あいつは今日、競技場にいる。女王陛下のお付きとしてな」
「……それ、言っていいのかしら」
「職員全員が知っているぞ。ノエルだってその時、場にいたからモチロン判ってるはずだぜ」
それに、と前置きし。
「セリカを超えられるやつなんてまずいねぇんだぞ? 護衛としてはこれ以上ないほどに適任だろ」
確かに、セリカは帝国内で最強の魔術師と言われているし、それに異を唱える者もいない。護衛としては申し分ない。
セリカ本人の交友関係は全くと言っていいほど知られてはいないが、もしかしたら女王と何かしらの間柄という可能性だってある。それとも、ただ単に依頼を出しただけなのか。
ともかく、思案するだけなら根拠無しにいくらだってできてしまうから程々に切り上げよう。
そして数分。グレンの足が止まり、後続の生徒も足を止める。眼前を見上げれば、会場となる競技場が
生徒達も競技場に近付くにつれ、周辺の喧騒にアテられて自然と気分が高揚し始めており、気が付けば自ずと口数が増えている。
グレンがその場で振り返り、そんな二組を静めるように手を二回叩く。生徒は耳に入った破裂音にその口を閉じ、出所であるグレンへと目線を向ける。
「お前ら、スケジュールの確認は済んでるな? 把握していないとか自信がないなら周りから教えてもらえよ」
俺は知らんからな。言いたい事は言ったとぶっきらぼうに後へ付けくわえ、周囲に視線を逸らす。
競技場へ向かう路の両側には、警護用の兵士が立っている。その任を全うするように、首を左右に振り、人々の動向を注意深く観察していた。
そして競技場前の大通りに
「まったく、物好きがおおいこった」
競技場前が活気付く中、グレンは端で一人呟く。熱気に片足だけを踏み込みながらも、周囲を見渡せるような一歩離れた立ち位置だ。毒を吐くように、開催前に熱狂する客を気怠げに眺めていた。
「せ、先生。そんなこといっちゃダメですよ……」
「陛下に失礼ですわ」
聞かれたら不味いですよ。そう
そして先の言葉へ付け加えるように、
「失礼で結構だよ――っ」
嘲笑うように軽く鼻を鳴らし、投げやり気味に語尾を
「はぁぁぁぁぁぁ〜〜――本当に、先生は変わってますわ」
「ほぉ、俺の今までの行動でどこが
「よく自身たっっぷりに言えますわね?」
「今更だぜ? これが
「あの……誇っていいんですか……?」
グレンの常日頃変わらぬ飄々とした振る舞いに、ウェンディは諦めたように遠回しに嫌味を吐く。リンも疑問を持つような感情を顔に出している。
時間が近付くにつれ、正面に屯する訪客の姿が多くなってきた。そわそわと落ち着かない様子を窺える人が数多い。
そんな中。一声が観客に投じられる。同時に兵士が動き出し、道の中央から人を退かせてスペースを作る。
そこへ馬によって先導される、豪華な装飾が施された一台の馬車。その窓に、手を振る女性の姿を見れた。
あれが、アルザーノ帝国の女王陛下――。
街から離れているのならば、その顔は知らないかもしれない。だが、ここは地方の中心的存在の街。何処かで目にしたであろうその顔の持ち主が間近に存在している。もし知らずとも、周囲の様子から察せるのは
客は声を爆音として、馬車にその口と目を向ける。
拍手、拍手、拍手。
歓声、歓声、歓声。
我らが
ただの一般人に混じり、本気で〈アルザーノ帝国〉を讃えている人がいる。国にとっては有難い愛国者であるが故か、冷静になって思えば、その姿は盲目的である。
遠く。遠く。
この世界から一人、取り残されたかのようで。秩序と混沌。その両方が繰り広げられる沿道の雰囲気が、とても遠く見えていて。
馬車に乗る〈彼女〉から目を離せなくて。
首から
その彼女の存在は、とても希薄だった。切迫詰まるかのような気配に気付けたのは、1人――親友のシスティだけ。
握り締められたロケットに、彼女の心が見えてしまった。
「ルミア――――」
衝動的に、声をかける。
「――ん……なに……?」
「馬車をじっと見ていたから……その……」
「あ……大丈夫だよ、うん。大丈夫、システィ。心配させてごめん」
「……」
作ったような笑みを顔に貼り付けて、なんでもないように見せて。いつも過ごしていたから、彼女の素性を知ってしまったから。
その表情がとても寂しげで、痛々しくて。
取り繕っているその表情を、システィは一言も告げる事が出来なかった。
ルミア=ティンジェル。
本名。エ
アリシア七世の
寂しげな
二人の目線が、ロケットへ向いている。
→00:08:00
雲が通り過ぎ、敷き詰められた石タイルが陽光に晒される。その遠くで、軽快に、または上品に聞こえる
車輪――つまりは、馬車。
馬車を引く馬の毛並みは一目惚れするほどに美しく、とても気品溢れるのが素人目にも判る。競売に賭ければどれだけの値が付けられることだろうか。
その周囲。馬上で纏う鎧が擦れれば、静かな金属音が断続的に鳴り、馬具もまた上下に揺られて、物静かに耳障りのいい音を鳴らす。
人々の喧騒が遠くに聞こえ、その盛り上がりが暗に察せれる。目を閉じれば、記憶の中でその風景を容易に想像できる。
「陛下、到着いたしました」
確認を乞う
「ええ」
馬車の揺れが収まった。
扉の両脇に兵士が立ち、その先も一直線に両側を並ぶ。馬車の周囲にも兵士が立っており、
左の兵士が扉に手をかけ、開ける。
先に出てきたのは、アルザーノ帝国女王〈アリシア七世〉。その姿に、兵士たちの佇まいが一層引き締まる。
続いて扉から出てきたのは、女王お付きの侍女〈エレノア=シャーロット〉。アリシアの女王業務を陰で支えている。扉を開けた兵士にやんわりとお辞儀をし、そっと目立たぬようにアリシアの後ろに立つ。
そして、前。
黒いヒールに特長的な黒いドレス。自身を誇示するかのような足音が近付き。
「久しぶりだな」
馴れ馴れしく声を掛ける者が、数メートル先に立っていた。
「……こうして会うのは、久しぶりですね――」
言葉を返して下から上へ目線を上げ、その姿を改めて確認する。
「――セリカ」
セリカ=アルフォネア。彼女は笑みを見せながら、アリシアに近付く。
「ま、詳しい話はここじゃなくて競技場の中でしようじゃないか。ここだと周りが
まるで何か企んでいるかのような笑顔を見せながら、目だけで兵士を一瞥。
確かに、彼らが仕える国のトップが目の前に居たのでは適度に気を休める暇が無いだろう。身辺警護は直属の護衛を担当する親衛隊が行うが、それ以外の一般兵士達は慣れぬ緊張に気を揉まれているらしい。とても居心地が悪そうだ。
彼らの心情を察するように、アリシアは「ふふっ」と軽く笑う。
「ええ、そうしましょうか」
「決まりだな」
セリカが先導するように、アリシアの前に進み歩き始める。アリシアもその後ろを追うように歩き始め、従者、親衛隊も彼女に続いて競技場の入り口を潜る。
→00:08:05
俗に「VIP部屋」と謳われる、世界レベルでの著名人や政界における重要人物など――様々な観点から、警護のしやすさ、一般客の混乱を招かないために〈上流階級〉が待機するための専用部屋。
その内装は目に見えて豪華な部屋、という訳ではないが、部屋に施されている装飾自体は質素でありながらも、
年に一回使われるか使われないか、そのためにだけに作られた完全オーダーメイドの品なのだろう。
防音対策も万全なようで、遠くで聞こえるはずの喧騒も、この部屋の中では聞こえない。逆に
その中で、たった二人。お互い向かい合って椅子に腰をかけ、その時が来るのを待っていた。
「飲むか?」
「ええ、お願いします」
セリカの手元にある
3分の2ほどになったところでセリカは注ぐのをやめる。アリシアは特に言うこともなく、カップを自分の手元に戻す。その間にも
カップを覗き込めば、
「――どうしたんだ?」
「ああ、いえ、なんでもないですよ」
ならいいんだと、セリカは微笑む。
右手でカップを摘み、軽く回す。少し冷めたである表面が熱さを取り戻し、湯気と香りを顔に届ける。そして口元に
味わうように目を瞑り、少しの時間の後にアリシアの喉が一回鳴る。
カップを見下ろすようにしながら胸元まで下ろして一息付くと、顔を上げてセリカに微笑んだ。
「――美味しいですね」
「当たり前だろ?」
セリカは不適に笑みを浮かべていた。自分の蒸れたコーヒーが自信満々だったらしい。手元に添えていたカップを右手で摘み、アリシアと同じように口に含む。テーブルにカップを下ろし、飲み込むと、うんうんと頷いて味に納得していた。
「静かに味わうコーヒーはやはり美味しいな」
アリシアも口には出さないが同意見だった。今は二人だけしかいないこの部屋の中、〈帝国〉のしがらみから一時的とはいえ解放される時間。
お互い気軽に話し合える親友として、ここで〈女王〉としての体裁を取り繕う必要は無かった。
カップの底が露わになろうとするほどにコーヒーが少なくなるころ、アリシアはふとセリカに聞いた。
「ノエルの様子はどうですか?」
それは度々、アリシアが気になっていた事。
では何故、アリシアがノエルを気にかけているのか。
それは、セリカがノエルを引き取る際に相談した相手が、子持ちの母親であったアリシア本人であり、その後にノエルと会って面識があるからだ。
初対面はセリカに連れられて、ノエルが引き取られて数ヶ月後にアリシアの元に顔見せさせられたことがある。
初めてその容姿を見た時、アリシアは凄く驚いた。自惚れている訳ではないが、容姿が優れていると言われる事はある。しかしノエルは、
「ノエルの様子か? それなら、いつも通りだぞ。グレン――まあ、アイツにとっての兄の後ろにひっついて、いっつも学友をかき回している。私の耳にもその事が毎日のように入ってくるからな」
「――ふふっ」
ノエルの近況を聞けて嬉しく思うのと同時に、どこかおかしくて、アリシアは堪えることなく笑い声を漏らした。
「――ノエルの行動がそんなにおかしいか?」
「いえ、おかしいのではありません。――あまりにも想像通りすぎて、思わず」
「あ〜」と、
「確かにな。ノエルはお前に対してもいつもこうだったからな」
「再会して抱き付いてくるとか、当たり前でしたからね」
当時から人懐っこい性格で、セリカがふざけて「お姉さんと呼んだらどうだ」と口角を上げながら告げてみると、ノエルはそのことを間に受けて、アリシアのことを「お姉さん♪」と呼んで抱き付いてきた事があった。
もう一人の娘が出来たみたいでとても可愛かったのが、彼女にとって印象的だった。
「顔を埋めたり、手を握ったり――今と変わらないな。ノエルにとってのアレは、親愛のスキンシップと変わらないからな」
「あなたも同じような事をされていたではありませんか」
「私は
そのあともセリカに連れてこられたのを要因に顔を合わせる機会がちょくちょくあり、その度に容姿が変化する事なく成長していたのも記憶に残っている。そしてその成長が、我が子みたいに嬉しく思っていたのをセリカと話す事があった。
楽しそうに昔を話すアリシアの顔を見て、人を弄るような悪戯顔をセリカは見せる。
「――もしかして、会いたいのか?」
「えぇ、久しぶりに会ってみたいです。娘と違って、ノエルの成長報告は届いていませんからね」
家族のような関係性だから、ただの親友の養子と思っていない。少なくとも、アリシアはノエルに
「……ま、そうだな。全く血の繋がりの無い第三者だから、いちいち届ける理由もないからな」
「それでも、私にとっては二人目の子供みたいなものですし――それに私は、ノエルの
「……やっぱり、まだその意識はあるんだな」
それでもアリシア自身は、甥っ子の成長を見守るような親戚のポジションにいることを気に入ってるようだ。
「かれこれ――五年は会っていませんから」
「――五年か……時間が過ぎるのは早いものだな……」
だからこそ、背格好がどんななのかは昔のノエルの成長から容易に想像できるとして、暫く顔を合わせていないと、やはり今の容姿はどうしても気になってしまう。
「今も綺麗ですか?」
「あぁ、他が羨むくらいには綺麗だ。見た目はいい、スタイルも抜群、人懐っこい――完璧と言ってもいいな」
「セリカですら、それ程まで言うのですか……」
そして、その評判を家族であるセリカから聞かされると、アリシアは想定していたとしても驚きを隠せない。
「ノエル自身には文句の付けようが無いからな。それに、性格は無邪気な子供そのままだ。だから、逆に将来が心配ではあるんだが……ノエルなら大丈夫だろうしな」
「――そうですね」
心配な点があるのは昔から変わらないが、「ノエルなら大丈夫だろう」と不思議な信頼があった。
そして、聞きたかったことを、アリシアは口に出した。
「セリカは〝あの子〟を引き取って、後悔していますか?」
「してないしてない」
問いに、セリカは少し呆気にとられた表情を見せる。その後直ぐに身振り手振りを交えて台詞を修飾すると、手元にあるカップを両手で囲い、見えている底をどこか懐かしむような眼差しで見つめ始めた。
「最初にグレンを引き取って、その数ヶ月後。家の前に〝アイツ〟が行き倒れていた。
――知ってるだろ?」
「……はい。
アリシアは、セリカがノエルを引き取る際に友人として相談を受けた身。行き倒れていた〈
最初に話を聞いていたときはどうも疑わしかったが、正式に幼子が〈ノエル〉として養子に入ったあと暫くして顔見せがてら連れてこられた際、ノエルの容姿に思わず自分の目を疑ったほどだ。
現在の年齢が
「驚いたさ。窓の外を見てみれば、家の前で子供らしき人影があっていて、倒れたんだ。驚かない訳がない」
右手でカップを口元へ。喉が一回動き、テーブルに戻されるときには、中身は飲んだと言われるほどの少量程度が残っていた。
「後は無我夢中だった。雨が降っている中を勢いのままに駆け出て、顔を確認した。生きているようには見えなかったから、血の気が引いた。
家の中で暖炉の横で寝させて色々考えた。何らかの要因で家族の元から逃げ出した、迷子になった――当時に考えついたのも、これぐらいだったな」
昔を思い返し、浸るセリカに、アリシアは水を刺すことをせず聴きに徹する。
「アイツが起きて、私がアイツのことを尋ねたとき、わからないの一言で通した。同じ境遇に、同情もあったろうが――私と一緒なのかと、心では嬉しく思っていた。不謹慎なんだけどな、そう思わずにはいられなかった。
だってな、わからないしか言えなかったんだぞ。それ以上の情報を聞こうとしても、その次もわからないの一言だ。そのときには、これ以上聞いても何も出てこないのが嫌でもわかったさ。
たぶん、ノエルを養子にしたのも、仲間意識から来るものだったと思っている。私は親切心で動くような人間じゃないのは、私自身が一番判ってる。ほんの気まぐれもあったろうしな」
「気まぐれ――」
「あぁ、気まぐれだ。アリシアだって、私と長年親友してるんだ。判っているだろ?」
「……哀しくならないですか?」
「今更、だな。――永く生きすぎて、当時の私は精神が擦れていたぞ? 死のうと思っても死ねない。今からすればオカシクなって当然だな」
視線を上げる。懐かしむような表情、その裏に哀しさが見える。
少しの間、部屋に沈黙が訪れる。セリカが一息付いた。
「記憶を喪失する前の出来事――グレンのような
でも、ノエルが
あんな目立つ容姿なんだ。絶対人目につくのに、当日も、後日も、ノエルに当てはまるような届けが一切無かった。ましてや、ここはフェジテだ。多くの人が住んで、暮らしている。それなのに、誰もノエルを知らない。
少し考えてみればおかしいじゃないか。
子供だったノエルが、たった一人でフェジテの街中を通れた訳がない。絶対街中で迷子になっていたんじゃないかと考えてる。
私の家の前で倒れていたのは、まさに〈運命〉なんじゃないかって――幼稚な考え方なんだが、そう思ってる」
そこまで言い、セリカは再度一息付いた。すると、「あっ」と気付いたようで気の抜けた音が聞こえてきた。
「――そうだった、話題は後悔だったよな」
「ええ、セリカが思ったより話しましたから、主題が行方不明になっていましたね」
アリシアは苦笑気味に手の甲で口元を押さえる。
「まあ、結局は後悔なんてしてないからな。こんな私を母親だと慕って、愛してくれているんだ。むしろ――」
私がノエルに〝ありがとう〟と言いたいさ。
部屋に、扉が開いたことを知らせるベルが響く。
=09:22:00
アルザーノ帝国、フェジテ。
変わらぬ日々が街中で繰り広げられる中、ある一つのニュースが一般人に話題として上がる。
――魔術学院の競技祭に、女王陛下が観戦の為にお越しになられる。
魔術学院といえば、先日の魔術実験の暴走による校舎の一部破損と、そことなくに近々の話題として街の主婦にあげられる。
それは自分達には関係の無い事情なのだとしても、住んでいる国のトップが、この街フェジテにやってくる。それは今年一番の目玉と言える。
そんな話題が耳に入ってくるようになっていると、使いの者を介して街中の宿に予約が入るようになる。従業員の預かり知らぬところではあるが、予約した人の職業を訊けば、
別段、この事が特別では無い。年三回、宿屋にとってビジネスチャンスとも言える時期が到来するとも受け取れる。末長く付き合える様、あまり深くは訊ねようとはしない。
しかし、今回は特別だった。
女王陛下を謁見できることだ。
開催当日、フェジテの雰囲気は違った。その顔を一瞬でもいいから見ようと、数多くの人が競技祭を観戦しようと殺到した。通常開催では目立たないくらいに席が空いていたのが、今日に至っては満員御礼。物珍しさからやって来た一般客、
「あいつまだこねぇのか……」
選手席でぶつくさと不貞腐れている、二年次生ニ組担任〈グレン=レーダス〉。右手に持った懐中時計の短針は、開会式まであと十分前を示していた。
「本当に来るんですか? こうなったら、ノエルさんは来ない気がしますけど?」
注意深くギイブルは周囲を見渡す。しかし、それらしき人物は確認できない。
「祭りだーって、あれだけ楽しみにしてたんだぞ? 今日に限ってこないなんて、アイツのことを考えればその可能性はゼロに近いだろ」
振り返りつつグレンも一緒になって見渡すが、目に付く特長的な髪が見つからない。
ギイブルの横にいたカッシュも、同調する様に見渡す。
「しっかし、なんで今日に限ってノエルは来てねぇんだ? ルミアのこと楽しみにしていたよな?」
「そうよね。ノエルの事だから、他のことを放り出してまで来そうなものよね」
「何気にひどいですわね……」
見るからに気落ちしているルミアの背中を、慰めるようにシスティは摩る。そのまた隣のウェンディはルミアの様子を伺う。
「ったく、元気出せよ。そんなんじゃ勝てる試合も勝てねぇぞ」
「先生……」
「居てもなくても――居た方がいいんだろうが、あいつに吉報を持ち帰るんだろ? ノエルがいない程度でへこたれるなよ。気持ちはわからなくはないけどな、俺だってあいつの兄としてちゃんと背中を見せるつもりではあるんだからな?」
「……」
あんまり見せれてないけどな。バツが悪そうに後へ付け加えて、見渡すのを程々にして切り上げた。
確かなことだ。グレンはノエルの兄として学院で教員を務めてはいるが、肝心のノエルに見せ場を削られる、またはぶち壊されるのが実情。二組の授業を受けたい他学級生徒も、半数がノエルを目的として見に来たりしている。
「――そうですよね。……そうですね、うん」
「ルミア?」
システィが声を掛けると、俯向き気味だった顔を、気持ちと共に振り払うように上げ、両手で頬をパンと叩いた。
「私、頑張る!」
気分を変えて気合を入れ直したのを、動作で実行したようだ。やる気十分といい表情をしている。
「そうですわ。ノエルさんの期待を裏切るようなこと、このわたくしが許しませんわ!」
そして、なぜウェンディが意気揚々と場を仕切ろうとしているのか。その気持ちはあくまでも、ノエルに期待された自分のプライドというものではないか。
「……ま、僕は期待されるまでもありませんけどね」
「またまたぁ〜。ギイブル、少し素直になってみたらどうだ?」
彼女らの様子とは反対に、ギイブルは昂ってもおかしくない状況で気を落ち着けている。そんな彼を、
ギイブルは一瞥することもせず。
「そういう君は緊張を隠しているんだね」
「ナゼバレタ――ッ‼︎」
反撃で言い当て、カッシュの身が氷のように硬直する。巫山戯ることで保っていた一本の糸のような平常心がギイブルの
「うぅ〜〜……! お腹が痛い……!」
「あらあら。大丈夫、リン?」
「だ、大丈夫じゃないですぅっ――……」
違う場所では、腹を抑えて体調が優れないらしいリンを、紫ストレート髪のおっとり系〈テレサ=レイディ〉が気遣っている。返事は弱々しく、どんどん小さくなっていた。
……本番前なのに、こんな調子で大丈夫だろうか。
「大丈夫なんだよな?」
「……」
ルミアを焚き付けた
とはいえ、裏を返せば、それだけ士気が高いとも言えた。
グレンとノエルで〈レール〉は敷いたが、その上を走るかは二組に任せていた。しかし、二組は文句を
――グレン? 実践的なアドバイスはしていたね? うん。
グレンは仲間外れ――なんてことはもちろんなかった。なかったが、彼らの指導を受けた上で、生徒たちは、今、ここに立っている。
立って
なんとも虚勢を張ったように感じてしまっている、悲しい第三者視点である。
「だ、大丈夫っ!」
「ルミアさん、一人だけ言っても仕方ないですわよ……」
→00:15:41
競技場はたった一人の声が響いていた。開会式の進行役だ。その一人以外の声は、何処からも聞こえない。全員が、その口を閉ざしていた。
女王陛下による激励の御言葉と魔術競技祭開催の宣言。
彼女が立ち、姿を見せるように一歩を踏み出す。同時、観客か来賓か、もはやそのどちらか判らないほどの歓声が競技場に響き渡る。
一度会釈をすると、湧いていた観客が徐々に歓声を静まる。
競技場での注目を一点に集め、彼女は〈女王〉として話し始める。
本日、天候に恵まれ、この良い日にこのアルザーノ帝国魔術学院の競技祭が開催できること、まずはお祝いします。また、
ここアルザーノ帝国魔術学院は、時の女王アリシア三世が設立した学院で、アルザーノ帝国の名だたる魔術師を排出してきた名のある学院です。
今ここにいる生徒の皆さんも、何かのキッカケで魔術に興味を持ち、何かしらの志を持ったが故に、名門と
意味がある事なのかと訊かれることがあると思いますが、1つのことに直向きになって取り組む、その姿勢はとても称賛に値します。そして、とても若々しく、大人からすればとても眩しいとも思います。
皆さんは魔術師の道を歩み出して、まだ1年と少しです。魔術師と言われるような
この言葉を以て2年次生への激励とし、わたくしからの魔術競技祭の開催宣言をさせていただきます。
Q:続きマダー?
A:月を跨ぐ用事があったり、モチベがブラブラしているのでこれまた不定期です。
ノエル=アルフォネアは。
-
男子
-
女子
-
男の娘
-
ノエル=アルフォネア
-
性別なんて関係ない