記憶喪失の私は記憶喪失の養子になりました 作:TAKUMIN_T
A:小説が説明を放棄している部分をどうしろと。独自設定だよ。見逃せ(威圧
え? その割には凝ってないかって?
文字数? ……2万字超えたさ……(遠い目
2019.07.07 日刊ランキング同率12位(13位)
投稿するたびに順位が上がっていってる件について腰を据えて話し合おうじゃないか。
「ぬ……
目がキラキラしている生徒諸君。
ノエルの呟きに一部がびくっと反応し、そそくさ目を逸らす。一部にとっては寧ろご(検閲されました
「まずは魔術の二大法則についてやってると前提して復習するぞ~」
「むぅ、つまらんやつらです」
「――こっちからやるか」
グレンは見て見ぬ振りし、黒板にある単語を書く。
〈等価対応の法則〉
昔から唱えられてきた〈古典魔術理論〉の一つ。
世界が人に与える影響、人が世界に与える影響。それらが相互に相関関係にあるということ。
魔術関係にのめり込んでいる人程、狂信的なまでに信じられている理論。
「ほらノエル、出番だぞ」
「えぇー……えーと、あぁなるほど」
指されたことに文句を吐きながらも、黒板の単語をじーっと見て。
「お金と人はどっちも大事ってやつですか?」
「誰が経済をやれっつった」
金が動けば人が動く。人が動けば金が動く。
人が動くということは、何かのイベントがある。金が動くということは、何かのイベントが有る。
魔術理論が一気に現実の経済学にすり替わっていった。ノエルの脳内思考が垣間見える。
「どっちか動いたらどっちか動くじゃ無いですか。間違いじゃないですよね?」
「魔術に戻せ魔術に……」
グレンが頭を抱える。ノエルが暴走したら止められるものは居ないのだ。今がその時。
息を大きく吐きながら、話を戻そうとする。
「魔術で言えば、占星術がまんま等価対応の産物だよな。星の動きを見て、人の運命を読む。世界が人に与える影響――すっごく影響を受けているな」
「占いとかナンセンスですよ」
「ちょっと口閉じてろ」
モグモグ……
「可愛いなぁ……」
「ルミア……」
ルミアが
ハムスターのように両手で掴み、兎みたいにのんびりパクパク食べて、時折癒やしオーラをぽわぁ~と放出する――不定期に甘~い(食べ物)空気が教室を漂うのだ。
そこに追い打ちを掛けるのか、グレンがどこから出したか、バナナを一房追加。しばらくノエルは兎になっていることだろう。
静かになったところで、グレンが続きを話す。
「まあ、魔術が世界に法則に干渉するっていうんだから、占星術とは逆の関係にある訳だ」
占星術は
「なら、魔術はどうして世界に干渉できるんだ? ただの文字の羅列だぜ?
その説明はノエルに……ノエル?」
「
ほっぺを膨らませて、ハムスターらしく食べ物を溜め込んでいる。
その様子はとても微笑ましいものなのだが、グレンからすれば、目が〝もっとよこせ〟と要求している。――あ、房が半分食われてる。
だがその目は、セリカ宅にいた時に時々向けられていた視線。動じることはなく。
「さっさと食えよ……」
「はいはい……
「要するに自己暗示だ。世界を突き詰めるとかカッコいいこと言うけどな、実際は人の心を突き詰めるものが魔術だ。
魔術を唱える際、〈ルーン語〉を思い浮かべて唱えるだろ? そのルーン語が
つまり魔術ってのは、
「ちなみにルーン語は自己暗示に特化した専用言語だってことですね。昔の魔術師達が考えた、最も効率がよく、普遍的であり完成された言語でありまして、人がイメージしやすいようになっているんですよ。でも、〝インフェルノディバイダー〟とか言って〝地獄の業火に焼かれるがいいや〟とか考えるのとか、すっごく恥ずかしくないですか?」
「墓穴掘ってんぞ?」
〝口に出したくない厨二病的恥ずかしい単語〟が次々出てくるノエルを、グレンは冷静に指摘する。
「まあ、たかが言葉ごときが人の深層心理に影響を与えるほどの自己暗示ができるのかって信じられんだろうな」
言い方を変えれば、ルーン語を連想して行使する魔術は〝催眠術〟に近いのだろう。
だが、静かに話を聞いている生徒達はいまいち納得していない。ただ連想して唱えれば魔術が発動する、そう認識していたからこそこの話を聞いたところで腑に落ちないところがある。
その雰囲気を察してか。
「なら実験してやろうか――――ノエル出番だぞ」
「はいはーい。ルミアさーん」
「はい?」
人懐っこい笑みで、誰もが見惚れそうな笑顔で、一撃で心を打ち抜きそうな笑顔で。
「大好きですよ」
「はぅ――」
「ルミア!?」
天使、キューピットに心を貫かれる。その顔はとても親に見せられないほど緩んでいた。システィはルミアを抱き抱える。
だが、その後ろでは。
「「グフゥ……」」
「カッシュ!? カァーシュ!!」
「モウダメ……アトマカセタァ……」
「駄目になってしまいますわ――!」
「わ、わたし――女の子なのに――ッ!?」
どうやら不確定多数に向けられた〈拡散〉の弓だったようだ。二次被害がたくさんいる。
「……やらせなきゃ良かった」
「なんでなんでしょう?」
眼の前に広がる惨状に後悔を覚えるグレン。ノエルはしらばっくれる。
そりゃ、アイドル的扱いを受けるみんなの
ノエルが比較的
抱えている
「なあ白猫」
「だからなんですか!? 私は白猫じゃなくて、システィーナって立派な名前が」
「お前を一目見た時から惚れていた」
「……――なぁ!?」
瞬間湯沸器が学院に現れた。抱えていたルミアが床に落ちる。
「な、な、ななななな――貴方何を言って――――!?」
「だいしゅき……だいすき……えへへ……」
システィがしどろもどろに、頭が混乱している。
「ほら、言葉ってのは相当な力を持ってるだろ? ノエルが笑顔で大好きと言ったり、俺が白猫にこう言うだけで見事に顔が真っ赤になったな。言葉ごときで人の意識を容易く操れるんだよ。比較的理性による制御が
「バカバカバカバカ――ッ!!」
「やめろ投げんなっ――!?」
→00:01:02
「なぜ魔術が発動するのかの核心を言ってしまえばな、ルーン語にも文法や公式みたいのがあるんだよ。俺らがイメージしやすく、深層意識を簡単に望む形に改変できるようにな」
頬が赤いグレン、システィは不機嫌だ。ルミアはまだ夢見心地――現実には戻ってきている。
「ま、そこまで難しく考えたって仕方無いけどな」
後ろではノエルが、チョークで黒板に文字を書いている。以心伝心といったところか。
「ルーン語にもいくつか種類があってな、お前らが主にやっているのは〈簡易式ルーン語〉――〝アクティブルーン〟ってヤツだ。魔術師が使う中では一番扱いやすいオーソドックスなルーン語だな」
「かきかき~♪」
「……俺も書くか」
黒板に2人揃ってルーン語を書く。
ABCDEFG
ΑΒΧΔΕΦΓ
αβχδεφγ
ᚨᛒᚳᛞᛖᚠᚷ
HIJKLMN
ΗΙϑΚΛΜΝ
ηιςκλμν
ᚹᛁᛄᚴᛚᛗᚾ
OPQRSTU
ΟΠΘΡΣΤΥ
οπθρστψ
ᚩᛈᛩᚱᛋᛏᚢ
VWXYZ
᾽ΩΞΨΖ
ϖωξψζ
ᚣᚻᛣᚥᛉ
「これがルーン語の対応表だ」
アルファベットとルーン語が交互に書かれている黒板。今まで見たことがなかった言語対応表に、生徒達が目を丸くする。
「見た目は意外と単純なんだ。見た目はな?」
「ここからが大変なんですけどねぇ?」
ようこそ地獄へ。
そう2人の目が語ってる。ニタァーって、くちゃぁ~って。それはもう歓迎するぞ、徹底的にな!
背筋が寒くなった生徒が数名。グレンの口角が僅かに上がる。
「魔術がやっていることは説明すると単純だ。ノエルがイメージって言ってるんだ、何故起動するのかは全部自分で決められる」
「というわけで手順をカキカキ~」
ノリノリでノエルが書いていく。
1.何をやりたいかを思い浮かべます。
2.対応するルーン語とかを思い浮かべます。所謂呪文とか術式。
3.唱えます。
4.あら不思議。魔術が発動しました。
「文で表すと、こんなに単純なんです。いろいろすっ飛ばして無視することにはなりますけど、イメージが曖昧だと魔術も術式も起動しません」
ただ詠唱するのではなく、明確に何が発動するのかが判っているのかどうか。その完成形が見えなければ、魔術の効果が薄れる。
「ルーン語は2種類があるが……大文字小文字が区別され、様々な事を簡略化された〈イントルーン語〉と、簡略化されたモノを含め全てをフルで扱う〈サムルーン語〉がある」
文字の書かれた黒板を、グレンは右手に持ったチョークで叩く。
「扱いやすさだとイントルーン語のほうが色々と直感的にできますね。その分のデメリットとして、サムルーン語に比べて魔力のロスが微々たる量ですけど起きちゃいます」
「サムルーン語は強烈なまでに扱いにくい半面、本気でやり始めたら底が見えない底なし沼だ。マジな話、ここで教えられる事はバカみたいに限られている」
お手上げとグレンは片手を上げて示す。
「ま、ルーン語とかをどうのこうの話し続けるよりは、要点だけ掻い摘んじまえば――連想ゲームだわな」
「天使っていえばみなさんはルミアさんを思い浮かべたり、お兄さんが白猫っていえばシスティさんが反応したり。話を聞いて誰でも同じように連想する、文と術式の関係もこれと同じです」
「なんで白猫なのよ……」
「頭についてる耳を取ってみたらどうです?」
「……」
確かに、頭についている飾りはどう見ても猫耳にしか見えない。白寄りの銀髪に白い飾りの耳。反論できずシスティが沈黙する。
「そういえば私はなんですかね」
「妹」
唐突な疑問に即答するグレン。どこからも意見が出ない。というか大部分が頷いている。その中でもルミアが一番頷いている。
グレンが話を続ける。
「要するに、魔術を構成する〝呪文〟と〝術式〟に関する魔術則……文法の理解と公式から導き出される答えの算出方法が魔術師にとって最重要課題と言っていいわけだ」
「そのはずなのに皆さんは、理解するための重要な部分である細かいところを教えられることもなく、何より疑問にも思わないですっ飛ばして、『おっこれを覚えればもっとすごい魔術ができるぞ!』とただただ書き取りやったり~、なんだこれ共通語に翻訳してやる~とか、覚えることばっかりが優先になっていますね」
「教科書も『細かいことは何だっていい。とにかく覚えろ』と言わんばかりの論調をしているしな」
教科書でもここまで細かいことは一切書かれていなかった。なにより、小学生がやりそうな文字の書き取りをしているだけという有様。それが一般的な魔術師の常識だった。
なぜ、魔術が起動するのか。その疑問を抱くこと無く。
「案外怖いものですよ、知らないものを使うのって。今では鉄を精錬したり、明かりになったりしている炎だって、元々雷が落ちたところにあった草木が燃えていたものです。辺りを焼き尽くす可能性を持った得体の知れないものだったって、当時の人類は思っていたかもしれませんね。
でも、誰かが炎の有用性に気がついた。近づけば夜冷え込む時間に暖が取れる、小枝とかのモノを近くに置けば燃える――食料を焼くことと
時代が進むと、何かのきっかけでモノが擦り続けると摩擦熱で火が起こることを見つける。それを自分達がやれるように道具を作って、自ら火を生み出すことに成功する。
他を言ってしまえば私達の食べ物だって、最初に食べた人はどうかしているとしか言いようがないモノを食べていたりしますよね。今だから食べ物と認識していますけど、当時はただ辺りに無造作に生えている
「魔術だって、下手に扱うと暴走して自分に被害の出る諸刃の剣になる。その危険性を判ってはいるだろうが、なんで暴走するのかは術式とか呪文を理解できないと一切判明しないだろうな。
魔術は便利だ、そう言って他のことを蔑ろにするやつもか? 自分のものじゃねぇのに自分のだと勘違いして増長するバカとかな。ただ
そこから先、全く進むことはできねぇがな」
「本当の高位魔術っていうのは、理解している人しか使えないものですよ。ある程度過剰に魔力を注ぎ込めば強引にでも発動できますけど、
理屈込みの理論に、生徒は誰一人
「呪文と術式を判りやすく翻訳して覚えること。これがお前らのやっていた、理解を一切せずに、ただただ
グレンは肩をすくめる。なによりそれが生徒達の事実だった。
「で、そんな事をいって引き伸ばしにした魔術文法と魔術公式なんだが、実は全部理解するのは無理だ。寿命が足りん」
「あまりにも複雑過ぎますからねぇ。今まで不具合せず動いていたものが、ひとつ変えただけで急に動かなくなるなんてザラですよ? そうなって自分が判らないものだったら、本と睨めっこしながら直すしかないですからね」
グレンが俺にはお手上げと両手を上げている。教えると言っていたのにどうしてと批難めいた視線を送る。代わって、ノエルはケロッとしている。
「お前らの気持ちは判らないでもないけどな。俺だって判らねぇんだからどうしようもねぇんだよ。
だーかーら!
お前らには
腕を組んで少しの間考えると、右手を窓に向け、こめかみに指を添えながら。
「〈
【ショック・ボルト】が起動した。
あんな変な呪文で魔術が発動したことに、生徒は目を丸くさせる。口を開けて眼前の光景が信じられないと呆けているのもいる。
そしてグレンも、違うことで驚いていた。
「あら、案外強かったな……なら次、ノエル」
「はいはーい」
次鋒ノエル。目を瞑ると、〈Magic〉と書かれている無地の木箱に向けて右手を見せる。
ん? 魔術の規模が今までと違うような……?
「〈
「はぁ――っ!?」
――ミニインパクト!」
目が開かれる――。
教室から一瞬だけまばゆい光が外にも漏れる。生徒達もそれに漏れず、光から目を背ける。
光が収まり目を開けると、木箱があった場所にはまた木箱が。マトリョーシカの如く、1段小さくなったのが同じ場所に置かれていた。。
「……ノエルなにやったよ」
「イクスティンクション・レイに
…………。
「……参考にすんな。
グレンの諭すような声に、生徒達が一斉に頷く。
なんだあの語ってくれたエピソード並にデタラメな魔術は。しかも使用魔術はイクスティンクション・レイだ。それに指向性を持たせて、ある一部分だけを消し飛ばした?
理解不能。
「あんなこと忘れて、これから基礎的な文法と法則を解説すんぞ。――今の見て寝られるなら寝てみろ――俺は尊敬するぞ?」
同意するしかない。眠気なんて欠片すら吹き飛んでいる。
「抱きつくぞぉ~☆?」
やべぇ、寝たら社会的に殺られる――ッ!?
▷▷▷
「お兄さん。なんで魔術師を目指すんですか?」
日差しが肌を刺す、晴天の日。
庭に埋められた野菜を手入れしながら、ワンピースを着る少女は隣で魔術の練習をしていた少年に疑問をぶつける。
「俺は人を救いたいんだ。正義の魔術師になって、たくさんの人を救いたいんだ」
空を見上げながら、未来を夢見て目を輝かせる少年。とても純粋な輝きを魅せていた。
「好きですね~。メルガリウスの天空城のお話」
「当たり前だろ! あの城に憧れないのは魔術師じゃねぇーよ!」
空に浮かぶ天空城を指さしながら、少女にその思いを熱弁する。
「そうなると、私は魔術師じゃないってなっちゃいますよ」
「じゃあノエルは、なんで魔術をセリカに学んでいるんだ?」
家庭菜園に精を出す少女に、少年は逆に訊く。
「面白かったのが始まりですね。そこからお母さんに見せられた色々な魔術が面白くて、そこからお母さんに頼んで教えてもらうようになったんですよ」
「なんだ、俺と一緒じゃないか」
「えへ、そうですね」
少年の指摘に少女が笑う。
少年も少女、どちらも興味を持った、面白がったのが最初で、そこから彼女に教えを請うようになった。彼女もすくすくと育つ彼らに精一杯の愛情を込めながらも、魔術を共に教えていた。
「じゃあ、お兄さんは魔術師になるためにどこに行くんですか」
「やっぱりアルザーノだろ!」
フィジテにある帝国が設立した学院。帝国に名を残す魔術師を数多く排出した名門。少年はそこに思いを膨らませていた。
「あそこに入って、たくさん勉強して、それから――」
「いま考えても仕方ないですよ、お兄さん」
「だってよぉ……」
興奮する少年を少女は諭す。
「セリカだって、常に未来を見続けろって言ってるだろ?」
「お母さんが考えている意味と少し違うような気がしますよ?」
捉え方違いでは多少意味が異なる。少年は字面通りに意味を捉えているようだ。
「未来を見続けても、見れないものは見えないですからね」
「なんでだ?」
「私が手に持っているこのスコップをお兄さんに投げます」
「おおい!?」
「もー、冗談ですよ」
クスクスと笑う少女。唐突な行動に少年は不満な顔をする。
「ほら。私が今、どんな行動をするかなんてわからないじゃないですか」
「なるほど」
「未来を見続けるその前に、
「ほー」
未来なんて本当に判るわけもない。誰であっても突如未来が失われるのはザラにある。
「お、ここに居たか」
すると、建物の影から人が出てきた。
「あ、お母さん。どうしたんです?」
「いや、グレンがしっかりと練習しているかを確認と、ノエルが家のどこにも居ないから、もしかしたら弄っているかもしれないと考えてな」
「うへぇ……」
さらぁっと監視に来た比喩する彼女に、少年は苦い顔をする。
「なら、もっとビシバシと鍛えてみたらどうです?」
「ノエル!?」
「だってお兄さん、正義の魔術師になるんですよね?」
「――あぁ、なるほど」
少女の言いたいことを察したのか、罠に嵌めるかのような言い回しに彼女が苦笑いを浮かべる。
「そ、それはそうだけど……い、今はかんけーねーだろ!?」
「正義の魔術師って、お兄さんの歳から特訓しているんじゃないですか」
「!?」
ケースバイケースだが、幼少期の頃から目標となることを目指し一心不乱に努力をし続けた者は、案外名を残すのが多い。
「私は応援してますよ」
「う、うぉぉぉおおおおおお――――ッ!!」
少女の言葉に少年はやる気を滾らせ、また練習に取り組み始める。
「全く……口が上手いな、ノエルは」
「えへへ……」
彼女に頭を撫でられ、少女は彼女にぎゅーっと抱きつく。
「大好きですから」
▷▷▷
時間はあっという間に過ぎていった。
そこらへんにいる商売の呼び子みたいな饒舌な語りでも、カリスマ的オーラを出した無能による授業でも無く。――人心を掴まれそうな魅力的な語り口や話術、魔術に対する尊敬が先行した自分自身に酔った独壇場でもなく。
ただただ、事実を事実のまでに言うだけ。
そこには、一切の
魔術に対する正しい知識と理解を持ち、誤解を招くこと無く口頭に出せるが故の、本物の授業。
「久々に理論を文字に書きましたよぉ~」
「ショック・ボルトに使われている術式と呪文に関してはこんな所だな……何か質問あるか?」
ルーン語に共通語訳で注釈。文字に含まれる情報を図形に視覚化し、前述後述でどう意味を変化するか。単語にある詳細なパターンの数々。
それらの基礎が、ユニークに書かれていたり小奇麗に書かれていたり、ビッチリと埋め尽くされた黒板をグレンはチョークで小突く。
その隣のノエルは、チョークの粉で白くパウダーされた左手に息を吹きかけている。
質問は、どこからも出ない。誰一人文句の付けようが無い内容。質問する余地すらない。
「ないですね。つまらんやつらです」
[グレン] つ バナナ
モグモグ……
「俺とノエルが話したことを理解できたなら、3節を1節に切り詰めた呪文がいかに綱渡りな状態で発動できていたと理解できるはずだ」
「魔力を雨として呪文を川にすると、雨が振り続けたら川が洪水しちゃいますね」
「もう食ったのかよ……確かに魔術操作のセンスがあれば簡単に1節詠唱を実践することはできる。だが、3節ではあった魔力のストッパーが外れている状態で唱えていることは事実で、下手打ったら詠唱事故で死ぬぞ。1節詠唱ができたからって簡単だと軽々しく口にすんな」
「せんせー、
「ナシだ!!」
真剣に語っていたのに、それを茶化すノエル。危機感がないのか。
「まあ、1節詠唱はどうあがいても3節詠唱に速さ以外では勝てません。魔力の効率とか、アース*1の有無とか、そういった安全性とか信頼性ではどれだけ背伸びしたって無駄です」
「俺としては強く3節を勧める。俺だって1節への憧れはあるが、3節を強く勧める。お前らのことを思って言ってるからな?」
何処と無く悔しさが滲み出ている。生徒達は少し察してしまった。
「とにかくですね、いま皆さんは魔術を使うことができる『魔術使い』でしかないんです。
「『魔術師』と名乗りたいんだったら、どこが自分に足りないのかを考えてみることだな。ま、俺は魔術に人生を掛けるぐらいなら、他のことに掛けたほうが有意義だと思うがな」
覚悟を問うように、グレンの眼差しが生徒を射抜く。その雰囲気は得も言えぬ威圧感があった。
ノエルが懐から懐中時計を取り出す。
「お、時間ですよ」
「え――過ぎてるじゃねーかよ……」
見せられた盤面を見て、グレンの顔が渋くなる。授業終了時間を十分は過ぎていたからだ。
するとノエルは、グレンの腕を引っ張り。
「ほらぁ~なんか食べに行きましょ~よ~」
「判ったよ、ったく……」
残った生徒達は、その2人の様子でさえ未だ有り得ないものを見たように放心している。ノエルが手を振ってバイバイしながら、渋々としているグレンを連れて扉を閉じた。
ばたん――
その音で、現実に戻される。
視線を黒板に向ければ、今まで見たことのない、羨望する魔術のことが書かれている。聞いたことのない魔術のことが書かれている。
なにかに取り憑かれたように、生徒達は一斉に
それでもまだ、放心した状態の者が約一人。システィだ。
「やられた……」
それはどの感情から出た言葉か。今まで飄々とした態度を執っていたのは演技だったのか。誰かに見せつけるように急に態度を翻すようにしたのか。
「ノエルはともかく、あいつは……」
講師として何一つ相応しい態度を取ること無く、質問をされても嫌々とノエルに受け流していた。はけ口となったノエルはその質問の全てにアドバイスをした。だが、今の授業でやったような内容にまでは一切触っていなかった。
答えていたからいいが、ノエルも
だがそれでも腑に落ちない部分がある。
「なんで急に真面目に授業をする気になったのかしら――」
昨日と打って変わり、なぜ真面目に魔術の
「ふふっ……」
「ルミア……? 戻ってきた?」
「んぇ……あっ!?」
……また空想に花開かせていた親友の明日が心配だ。
未だ頬が緩んでいるルミアの目を覗く。
「ルミア、話聞いていたの?」
「き、聞いていたよ……?」
戸惑っている。なんか怪しい。
真面目な顔をするシスティを見て、ルミアは笑う。
「……?」
「あははっ」
何故笑うのか、いまいち要領を掴めなかった。
後日。
――ダメ講師グレン=レーダス、覚醒。
数日で学院のマスコットとなったノエル=アルフォネアがお兄さんと慕っている、2組の後任講師。マスコットに抱きつかれて様々な視線を向けられていたり、授業に対する態度から悪評が耐えなかったが、その
その噂に釣られて、ある生徒が興味本位で2組教室に紛れ込んで受けると、帰ってきたときには興奮した様子で他の生徒にも受けたほうがいいと熱弁していた。
あまりの変わりように怪しんだが、そこまで勧めるならと2組に紛れ込んでその授業を受けてみると。
――魔術っていうのは、人の心理を突き詰めるもの。
他の講師とは違う、圧倒的なまで違いを見せる、レベルの高い授業を行っていた。
グレンが口頭で様々なことを言い、その後ろでぴょんぴょんとノエルが黒板に楽しげに書いている。その様子を眺めるだけでも癒やされるのだが、時折ノエルが雑談に混ざると、教室の雰囲気がカオスになる。魔術に対する態度は兄と同じようなものだが、魔術というものの色眼鏡無しで真正面から見ているからだ。その語りがあまりの暴走具合に陥ると、グレンから食べ物を渡されて
だが内容は間違いなく真面目で高度なものであり、ここを巣立った学院生ですら聞いたことのない質の高い授業が執り行われていた。
それこそ学院に籍を置く講師陣にとっては、位階の高さこそが魔術師の絶対的なステータスであった。
それが、この授業では一切が否定される。
位階が高いから? だからどうした。
なら何故、自分に行使できても可笑しくない魔術を行使できていない? それは魔術の文法と公式を理解せず、自分自身に合わせる最適化を行っていないから。
時折ノエルが見せる魔術は初心者向けなのだが、いざノエルが呪文を唱えて発動すると、今まで自分達が使っていた同魔術と思いたくないほどの完成度があった。
力強く、とても綺麗で完璧なまでに最適化された魔力、それも必要最低限の消費で。
魔術師を志す者はノエルの使った初心者用魔術を見て、まだ自分達が知らない魔術に対する勉強がここではできる。
そう思ったのだ。
学院に居た位階重視の講師にとっては、今までのプライドを根底から叩き壊されたその日を忘れることはできないだろう。
通称にして『悪夢の日』と。
「いや~、グレン君やってくれたじゃないか~」
「そうだろ? 私とノエルが推したんだ、ハズレな訳ないだろ?」
「それもそうか!」
学院長室から響き渡る2人の笑い声。学院長リックと、ノエルの義母セリカ=アルフォネア。リックはグレンの授業内容に頷いて、セリカはニヤニヤと、グレンのことを誇らしく思う半面、認められた事に対する嬉しさが顔に滲み出ている。
「最初の十日間はグレン君がノエル君に全部任せっきりで、なおかつ評判が悪くてどうなることかとハラハラしていたが、杞憂に終わって良かったよ」
「ノエルは予想済みだったみたいだがな」
「いやぁ、ノエル君には全く叶わないなぁ~」
セリカが推薦していたというのもあるが、グレンとは今回学院で会うまでは初対面だった。その人柄、経歴はセリカからある程度聞いており、彼に思うところがあって迎え入れたということも事実だ。
「そういえば、ハーレイ君から自分の授業の出席率が微妙に減少したと聞いておるな。その生徒達を辿ると、全員が2組に入っていったそうだよ?」
「はっはっは!! それはそれは、ハーレイは大層気に入らないんじゃないか?」
「少し顔を見ると、2組の事を親の仇を見るような雰囲気をしとるよ」
「自分がその態度と内容を直せばいいのに、人のせいにするとはな」
ハーレイ=アストレイも位階を重視する講師の一人。
「ハーレイ君のような魔術師がこの世界では一般的だからのぉ。見下さない魔術師を探すほうが大変じゃないかね」
「それもそうか」
何かと古典的な風潮の強い世界に、セリカは肩を竦める。
「それはそうと、セリカ君は弟子を取らないのではなかったのかね?」
「それはそうなんだが……私もグレンには思うところがあるからな……」
視線を窓の外に向け、慈愛に満ちた顔をする。傍から見たら、親の顔だ。珍しいものを見るように、リックの目が丸くなる。
「――珍しい。セリカ君がそんな顔をするとは」
「そんなに珍しいか? グレンのことは息子のように思ってるぞ?」
「じゃあ、ノエル君は?」
「娘だろ」
「だよね」
「そうだ、せっかくだからグレン君の昔話を聞かせてくれないか?」
「おっ、聞きたいか? 聞きたいんだな? いいぞ~?」
学院長室からリックの笑い声が時々漏れたそうな。
黒板にチョークが線を自由に描きながら、当たる際に毎度鳴る聞き心地いい音を環境音にしながら、生徒達は黒板の内容を板書に書き写す。
その間に、ノエルが何かを書きながらグレンに言われたことを実践していたりする。
2年次生2組の教室は、他クラスの生徒達の羨望を集めた。内容はさることながら、聞いていて判りやすいことも話題となった要因だ。
グレンが真面目に魔術に対し教鞭を執りながらも、妹分のノエルが清涼剤となり、半ば暴走気味にグレンにちょっかいを掛ける。その度にグレンから果物を出されて兎のようになる。
そのことが暗黙の了解として許されているのも、グレンが題材を大まかに解説し、ノエルが現実の一般常識に判りやすく例えてくれるという、文句のつけようがない授業を行っているからだ。
その評判が生徒達の間で広がり、日を追うごとに教室への飛び入り参加が増えていく。後ろの席がその生徒で埋まる頃には、いよいよ立ち見席が自然と出来ていた。
生徒に釣られるように興味本位で授業を受けてみた講師達は、自分達とはあまりにも違う授業に最初は驚き、時間が進むほどに青天の霹靂とばかりの内容に開いた口が塞がらない。
生徒が夢中になっていくグレンとノエルの授業に、自分達が教鞭を執る『位階を上げるために覚えている呪文数を増加させるだけの授業』に疑問を持ち始めるのは当然と言えた。
まだ古典的な風潮に侵されていない熱心な若者講師にとっては、魔術師を極めるための道筋の
徐々に増えていき、教室にまで入らなくなった
ちなみに、ノエルが先生側に回っていることに関して、リック学院長の見解。
「問題ないぞ。そもそも、ノエル君が学校に居たいのが第一目的だからねぇ。わしもその事をわかって上で編入させた。
……ノエル君がこの学院で学ぶことがない? 今更じゃないかの?」
誰も文句を言えなかった。
で、本日の授業内容は。
〈固有魔術〉
〝オリジナル〟と呼ばれることが大半だが、これは他の人も含め幅広く使われている〈
その授業は、終盤に差し掛かっている。
「さて、ここまで話を聞いていれば〈
「一概には言えませんけど、発動現象の洗練さ、必要最低限の呪文に込められた安全性の確保などが汎用魔術に軍配が上がります。誰もが扱えるから意味がない――ではなく、
この授業の当初、
「
「その場合、汎用魔術以上に有用性があり、なおかつ既存のものと被らないことが絶対条件です。それ以上に大変なのは、術式を一人で組み上げなくてはいけないというところですね。でなければ、
「たかがショック・ボルトの呪文など馬鹿にするが、お前らよりも優秀な魔術師が数百人も、何百年もかけて創り上げた、本当の意味で完成された魔術なんだ。そんな偉大な魔術を、やれ古臭いだの独創性がないだの、何も知らない馬鹿が無知を曝け出すんだ。そういうお前が馬鹿なんだってな」
「大抵の
「ま、ノエルが使っている
「どういうことですか?」
「判るだろ? あの意味不明な線さえ理解しちまえば、誰だって魔術を使えるようになるんだからな? 自作の道具に組み込んじまえば、詠唱を必要とせずに一回ボタンを押すだけで起動するんだからな?」
「ただし魔力は自分で用意してください」
「そこは常識として、誰もが関係なく同じ魔術を出せるっていうのはな、汎用魔術以上に汎用性があるんだ。魔術師にすれば邪道のような存在だが、間違いなく俺らの生活にとんでもない影響を与えかねないものだぞ? あのセリカでさえ、目を輝かせたんだからな」
その事に教室がざわめいた。あの
マスコットとしてのノエルに向けられる好奇の視線が羨望に変わっていく。
グレンが懐から懐中時計を取り出す。
「……さて、時間だな」
「おー、おやつー」
「……バナナ食ったろ?」
真面目――ではなかったが、張り詰めた空気が一気に緩和する。2人の雰囲気で授業終了を生徒は察する。
「各自消してくださいね~」
ノエルがそう言いながらグレンを教室から引っ張り出す。
空が薄水色から橙色へと変わりゆく時間。街では子供がバイバイと友達に手を振り、親に連れられていく。商店は夫婦同士で他愛ない話をしながら、妻が一日の勘定を採算していると、店先から声がかかり、気づいた夫が返事をしながら客の対応に足を弾ませる。
一時的ではあるが、別れが到るところで起こる。
街を学院の屋上、鉄柵に手を添えながら眺め続けるノエル。グレンは左隣で寄りかかっている。
「堕ちないですかねぇ~、あの天空城」
「物騒なこと言うなよ」
メルガリウスの天空城が堕ちるなんてそれはそれで大ニュースにはなるのだが、ずっと昔から浮いている存在が今にも堕ちるなんて考えることも出来ない。なぜ浮いているのかは不明ではあるが、それでも浮いているということがもはや常識となっている。
別問題として、堕ちたとしてもフィジテのどこに堕ちるのかが問題だ。街に堕ちるなんて言ったら、フィジテ
「どうやっても手が届かないんですもん。あんなに近いのに手が届かないのがすっごくもどかしいんですよぉ」
「だからこそ〝メルガリウスの天空城〟なんだろうが」
「えぇー、謎は解き明かそうとするからこそ謎なんですよぉ?」
ノエルの言い分も理解はできるが、その以前に解き明かす為にあの城に人の手を届くようにしなくてはいけない。
「じゃあ、どうやってあの城に人を送るんだ?」
「人間大砲」
聞かなきゃ良かった。
「嘘です冗談です」
ノエルが言うと如何せん冗談に聞こえない。現実主義者ではあっても、時折ぶっ飛んでいるからこその信憑性がある。今度は真剣に考える。
「現実的には……人を飛ばす乗り物とかですよね」
「乗り物? そんなの、今の技術で作れるものなのか?」
「たぶん作れると思いますよ? 空は遮るものがないですし、直線的に移動できますからね。もし魔術がなかったら、空を飛ぶ乗り物が誰かが作ろうと努力して完成させて、遠い未来で遠距離移動に使われるようになるんじゃないですか?」
「魔術がないとか、今のこの世の中では考えられないな……」
「魔術に頼り切っている生活を送っているからですよ。一般人なら影響はないでしょうし」
世の中の生活に魔術は浸透していない。それ以前に、魔術を奇異の目で見ているのが多いのだ。生活に及ぼす影響はまず無いだろう。
ふと、グレンがポツリと呟く。
「なんつーか……俺にとっては
ノエルの顔がグレンに向く。足元から伸びる影を、一点じっと見つめている。
「純粋に魔術師を志している人達が多いんですから、そうじゃないですか」
「そういうことじゃないんだよ」
表情は暗かった。
「なんて言えばいいんだ? そのな……」
頭を掻きながら、次に出す言葉を思案するグレン。それでも視線は、影を見つめている。
「彼奴等は、今の今まで魔術の事を知らなかった。夢を壊さないって言ったら聞こえはいいんだ。だけど俺らは、壊すようなことをした。それでも、俺のことを先生と言ってくれて、こんな俺の授業を真剣にまで聞いてくれるんだ……」
思い返せば、真面目に授業をやってと注意してくるシスティーナ。あの日以降、グレンを手伝おうとちょこちょこ寄ってくるルミア。一言チャチを入れようとして舌戦に負けるギイブル。無謀な舌戦に乱入し、
微笑ましい光景だが、もしかしたら自分は、この光景を崩していたのかもしれない。
魔術に対し純粋な想いを持っている生徒達に、突きつけるのは早かったのではないのか。
ただただ自分のエゴを、あいつらに判ってほしかったのではないか。
「まだ判んねぇんだよ……ノエルが居てくれたから、今の俺がいるのは判っているんだ。居なかったら、間違いなくもっと荒れてた」
空を鳥が群れて飛ぶ。その後方に一匹、はぐれが後を追っている。
「魔術なんて見たくない、ここの学院の講師になりたくない――色々といちゃもんを付けてどうにかして防ごうとしただろうな……まあ、セリカがいたから結果は変わらないかもな。
魔術師からすれば、俺なんてただのちっぽけな一個人だ。」
あの
「俺は、ここに居てもいいのか? 大事なのすら守れない、俺が――」
口が詰まる。手に触れる人肌の感触。見れば、グレンの手をノエルが握っていた。
心配げに、グレンの目を見つめていた。
「一人で抱え込まないでくださいよ」
「……ごめんな」
そう言うしかなかった。いつだって隣にノエルが居た。話す機会は何時だって有った。
ノエルが言葉を繋ぐ。
「血は繋がっていませんけど、私にとってのお兄さん――家族は、私の目の前にいるグレン=レーダスとセリカ=アルフォネアだけです。そこだけは絶対に譲れません。
お兄さんだって、お母さんに拾われたから今ここにいるし、後に拾われた私とも出会うこともなかったんです」
自信を持って、ノエルがグレンにぶつける。
セリカに拾われていたから、今の
それは紛れもない事実で、ノエルにとって大切な存在で――。
「家族なら、助けあうのが普通です」
――
日頃全く見ないノエルの真剣な顔に、グレンの頬が緩む。釣られてノエルも緩む。
「私からしたら、お前らの方がよっぽど眩しいな」
すると、屋上の入り口から声が聞こえた。
「あ、お母さん」
「セリカ――」
セリカはコツコツ靴音を鳴らしながら、その髪を風に靡かせて近づいてくる。表情は2人を羨ましげに見ている。
「全く。青春してるな、グレン」
「茶化すなよ、これでも悩んでるんだ」
イラズラっ子のような表情で、セリカはグレンを弄る。グレンは不機嫌に言葉を返す。
「で、何しに来たんだ? 明日の学会の準備で忙しいんじゃなかったのか?」
「まあそれは――ノエルに一部手伝ってもらうさ」
「うわ……ひどくねぇか?」
「なんて面倒な……」
思わず2人の顔が苦くなる。抜け出してこうも負担を押し付けられるとは。
セリカは気に留めず、グレンとノエルを親のような顔をしながらうんうんと見比べている。
「ノエルは昔から変わらないが、グレンは相当変わったよな」
「ほっとけ」
素っ気無しにグレンは心意気を振る。その事を意に介さず、セリカはグレンの左隣でノエルと同じ、街の向こう側を眺め始めた。
「あんなに小さかったのに、気づけばこんなに大きいんだ。誰でも私からすれば皆子供だよ」
「じゃあお母さんは、
「……ノエルも口が回るようになったしな」
「それは俺に聞かれてもな……」
もう既に手遅れとセリカは首を振る。グレンだって、なぜノエルがこんなにも現実主義者になったのか、根本の理由は判らない。
「でも、こう思うとフシギですよね」
唐突にノエルが話を切り出す。セリカとグレンはノエルの方を向く。
「私達3人、全く血の繋がりがない赤の他人なのに、こうやって寄り添ってるんです。
一人は、見た目が全く変わらない魔女。
一人は、魔術を嫌っている青年。
一人は、マイペースに場をかき乱す性別不詳の
共通するところは、出自からある期間の記憶を失っている。なんか、こうやって集まっているのが奇跡ですよね」
「――そうだな」
セリカは自分が何者なのか判らない。グレンは自分という存在を認めてほしかった。ノエルはそんな事お構いなしに自由にしている。
そんな3人。性格も全く違うのに、学院の屋上で本音での話し合いをしている。
「親の顔も知らないのに、こうやって家族として寄り添って――」
全員あまり歳が離れていないようにしか見えず、
「――自分勝手で、いつも問題ばっかり起こしている」
「……俺のことか?」
「私も思い当たる節はあるな」
――それでも全員、どこかしら共通点がある。
「フシギですよね」
そう言って、空を見る。
見えるのは、蒼くなり始めた空。どこまでも広く、変わり映えのしないヘンテコな空。キラキラと光る星がたくさんある、不思議な空間。
「確かに、不思議だよな……」
考えれば考えるほど、蒼い空に吸い込まれていく。そんなちっぽけな考え、どうだっていいと。誰もが自由なんだと。
すると、溜息が聞こえた。
「私も、ずっと一人だと思っていたしな」
セリカがどこか
「――めっずらし。セリカがそんな顔をするのか」
「するさ。私だってこれでも人だぞ?」
ふっと
「一人で居ることは、
グレンは私とは
――急に考える時があるんだ。グレンとノエルが居なくなったら、私はどうしているのか――考えてしまう」
400年。常人には判らない時間の感覚。
とても恐ろしいだろう。周りが少しずつ変化していくのに、自分だけは変わらない。死のうと思っても、死ぬことすら許されない身体。
奇異の目、嫌悪の視線を避けるように一人で居ても、時間が動いたように思えず孤独が容赦無く襲いかかる。
「せめて、このときだけでも母親ずらさせてくれ」
たった一人の、独白だった。
いつしか、今のこの家族は居なくなってしまう。また自分を残して、手の届かないところに。
怖い。
考えたくないほどに怖い。
グレンは掛ける言葉が見つからない。こんな真面目なセリカを見たことがなかった。いつも気を強そうな態度を見せる。何があっても気にすること無く、家族の事を大事にする。
そんな彼女がグレンの前で吐いた弱音。いくらグレンが想像したところで、寄り添えることしかできない。
「お兄さんの財布を握っているという意味でも
「今ここでいうか!?」
――シリアスがどっか吹っ飛んだ。
あぁ、ノエルは首を傾げている。マイペースとは怖いものだ……。
セリカが俯いて肩を震わせる。わずかに見える口角が釣り上がると、急に顔を上げた。
「あっははははは!!!!」
学院中に響き渡りそうに高笑い。グレンが変なモノ見たようにセリカを見る。
ひと仕切り笑い2人に向くと、顔には笑い泣きの後が目尻にあった。
「あ~あ、やっぱり私達にはシリアスな空気は似合わんな!」
「吹っ切れるなよ!」
「あははっ」
笑いながらセリカは、ノエルを胸元に抱きかかえる。ノエルは嬉しそうな表情をしている。これが本当の母娘d(検閲されました
「未来を見るより、今を見なくてはな」
「そうですよぉ、お母さん。私達全員、一人で居ることが嫌なんですから」
全員、本当なら一人ぼっちになっていたはずだった。何よりこの家族はそれを嫌う。そんな事はとっくに判っていた。
なら、一人ぼっちにならないように今を努力するべきだ。未来なんて、いま考えていたって仕方ない。
「なんだよ……心配して損したわ……」
「ふふっ、ありがとう」
素直に謝るセリカ。グレンは面食らう。
「ずっと一緒ですよ~」
こんな時、マイペースなノエルが有難い存在だ……。
「あぁ、そうだな」
「あ、先生――」
「アルフォネア教授……」
「って、ノエル君!?」
すると、また屋上の入り口から声が聞こえた。居たのはルミアとシスティ。セリカが居たことに驚いているが、抱き抱えられている事にルミアが思わず声を張り上げる。
セリカがグレンに訊く。
「ん? グレンの担当の生徒か?」
「あぁ、そうだよ――お前ら、まだ帰ってないのか?」
「はい。図書室で今日の授業の復習をシスティと2人でしていたんですけど、どうしても先生に聞きたいことがあ
親友2人で真面目に復習。なんとも魔術にひたむきに向き合っていること。で、ルミアがシスティに視線を向けると。
「――システィが」
「ちょ!? ルミア、それは言わない約束でしょ!?」
バラされてシスティの顔が真っ赤に染まる。
「素直じゃないですよね~、システィさん」
「~~~~!」
悪意の無い満面の笑み。如何せん隠そうとしたのは事実な為、言い訳のしようがない……。
「ノエルに聞けば教えてくれるだろ」
「そうですね」
「ほら、ノエル行って来い」
「あいあいさ~」
少し膝を落としノエルを開放する。そのままシスティとルミアの輪に入ると、質問がシスティの口から出る。その内容を聞くと、ノエルはスラスラとアドバイスを言う。
「すっかり馴染んでいるな」
「ノエルだからな」
少し離れたところで鉄柵に手を掛けて、その光景を尻目にするセリカとグレン。
「なあ、グレン」
唐突にセリカがグレンに問いかけた。
「私は、お前の家族でいられているか?」
答えなんて、決まっていた。
「……家族だよ、とっくの昔に」
「――ありがとう」
セリカの声が、心なしか震えていたような気がした。
ルーン語:小説仕様
詠唱:アニメ仕様
=ルーン語を呪文のローマ字にすればいいんだよ(適当
ここまでの展開で次回が察せた人には設定資料集のパスワードをプレゼントしようでは以下略
2019.07.14(15 00:30)
完成。
総文字数は20,352文字。休ませて。
(2019.07.11)文字数はどれくらいがちょうどいい?
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もっと投稿はよ!
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モチベ維持しやすい1万字
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2万字?いいやつだったよ
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自由にやりたまえ