記憶喪失の私は記憶喪失の養子になりました   作:TAKUMIN_T

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一ヶ月。とりあえずそんだけ期間をかけた分、長くなりました。実質的な執筆時間とは比例していないけど。
まあ、ロクアカ平均文字数トップの実力見せてやんよ(7話時点13,864字)
気が向いたら()()()()()()()()書くって言ってるし。


で、スクロールバー、見ましたか?




007.01-06:セカイとケンキュウシャ

 

 

 コンコン

 ガチャ――

 

「おにいさーん?」

 

 扉からひょっこり覗く少女顔。ベッドの膨らみを伺いながら、室内を流し見。

 窓は開けられて、カーテンがバサバサと風に靡いている。光を遮る役割は果たしていないだろうが、時間を察するのには丁度いいだろう。朝一番に浴びて体内時間をスッキリさせるのにもだ。

 

「ぬ。寝ていますね……」

 

 ついでに、体温を風と光が適切に調整しあい、ベッドに身を放るにも丁度いい。

 

 何が言いたいのかって?

 つまるところ、当のお兄さんは寝心地良さそうにぬくぬくしている。()()()気にすることせずに、ぬくぬくしている。夢見心地を言っていたいぐらいにぬくぬくしている。

 ……もしノエルが家に居なかったら、彼は冗談抜きで笑えない事態になっていただろう――。

 

 いつも通りのグレンの様子にノエルは「ふふっ」と微笑んで、顔を近づけた。

 そしてぷりっとした唇を、耳元で動かす。

 

「遅刻しますよー」

 

 

「――んぇ?」

 

 

 心臓に一番悪い言葉を選んで。

 

 

「――――」

「♪」

 

 

 眼の前に笑顔が視界いっぱいにあって。

 

 

「――ぁ!」

 

 

 言葉を反芻するのに時間はかからなかった。

 そして。

 

 

「ん――」

「!!?」

 

 

 Mouth to Mouth.

 グレンの脳が一瞬で醒めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

SCENE 04

セカイとケンキュウシャ

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、どうぞ」

「さんきゅー」

 

 トーストにバター。

 朝食の定番となる組み合わせをグレンは頬張りながら、ノエルが横からコーヒーをそっと置く。キッチンに戻り、自分の分を持ってくると、そのままグレンの対面に座る。

「これ以外はなかったのか?」

「文句言わないでくださいよ。これしかなかったんですから」

 (あらかじ)めバターが塗られ、トーストされたブレッド(食パン)が4枚。コップは1個。これをセットとし、一人に1セット。

 朝食としてカロリーは十分にあるが、栄養からすると偏りすぎている。

「育つのか?」

「どこ見ていってるんですか」

 グレンはコーヒー、ノエルは牛乳と、何処と無く()()()()組み合わせ。

「それ、意味が違うだろ」

「同じじゃないですか」

 ここにバナナが1本あるだけでも、栄養バランスは変わるかもしれない。ノエルが過剰に反応し、グレンが冷静に分析するのも。

「だとしても、お前が言うなよ。()()だろどう考えたって」

 ノエルの身長は案外高く、164cmの53kg。胴体より足が長く、スタイルに至っては女性でさえ嫉妬するほどにスレンダーで程よい肉付。肌も透き通るほどに白く、とても若々しい。ルミアが頬をぷにぷにと突きたくなる――もとい、夢中に突くのが良く判る。髪も目も、耳に挟むことすらない色(藍白色と薄紫色)で、町を出歩けば否応なく人々の視線を集める。それにとどめを刺すように顔はとても可愛らしく。だからといって、子供でもなく大人でもなく、絶妙なバランスで成り立っている。それらがノエルに神秘性を持たせる要因となっているのは明白。

 その事を〈家族〉としてよく判っているからこそ、ノエルの全身を舐め回すように見て。

 

「なぁーんで()()()じゃねぇんだ?」

「聞かないでください」

 

 男が告白したら玉砕するのは確定。なんと恐ろしいハニートラップ? もしくは()()()()()を全力ダッシュで蹴破るか。

 

「いや、その外見は胸を除けば誰がどう見たって女だもんな。そしてそこら辺に居る女より可愛くて、スタイル抜群とかどういうことだよ。俺だって聞きたいわ」

「神様にでも祈ってみたらいいんじゃないです?」

 祈って何のお告げが来るのか。あれか、ノエル並の美貌は諦めろということか。残酷な現実を突きつけられるだけではないか。

「結果が見え見えだろ」

「化粧すれば化けますよ、きっと」

「一切化粧をしないお前に言われたくないだろ……」

 コップを口に運ぶ。そのひと動作でさえ画題の一つになれるノエルに、一般ピーポーは土俵に上る前に靴を脱いで裸足で走り去るしかない。

 

「毛穴塞ぐじゃないですか。逆効果じゃないですか?」

「それ言ったらおしまいだろ」

 

 ※間違ってはいない。

 

「というか、化粧しないとお前と同じ場で戦えんだろ。クラスですら周り見てみろ? ノエルみたいに肌が白くて透き通ったやつなんて居ないぞ?」

 天使と言われるルミア、残念なシスティーナも十二分に可愛く、美少女としても異論は無い。だがそれでも、ノエルのような独特な()()()()*1は纏っていない。視線を集めるオーラとでも言えばいいか、仲良し組の2人が街を歩いていても彼女らを目的に振り返る人はそういない。だがノエルが街を歩けば、すれ違う人の大体が二度見する、そう断言はできる。視線で追うと気付いたら振り返っていた、なんて事態になっていてもおかしくないかも。

「探せば見つかるんじゃないですか?」

「あのなぁ」

 まあ、自覚しながらもそこらへんに疎いノエルにあれこれ訊いたところでどうしようもないのだが。

「そうだ、お兄さんのためにお守り作ったんですよ」

「お守り?」

 思い出したかのように手をポンと叩くと、ポケットから紫色のブレスレットを二つ取り出し、グレンに手渡す。

 ノエルからのプレゼントを珍しいと顔に出しながら目の前に持っていき、そのブレスレットをまじまじと見る。柔らかい材質で出来ており、ある程度自由に曲げることができる。腕に無理矢理にでも嵌めるタイプではなく、留め金を外して腕に絡ませて留めるタイプだ。若干表面が透けており、芯となる一回り小さい中心部分が見える。透けている部分にはうっすらと数本の線が走り、ところどころで中心部分に分岐している。

「……」

 軽くブレスレットを観察しただけで、グレンの顔色が苦々しく変わる。同時に、そのメリットも把握した。

 顔を上げ、ノエルに視線を向ける。

「これ、魔力タンクだよな?」

「コントロールブレスレットって名付けましたよ」

 もう既にノエルの右腕でひとつが嵌められている。

 嫌な予感は間違ってなかった。

 コントロール――間違いなく魔力に関する補助をブレスレットが行ってくれるのだろう。魔力タンクについても、ノエルは否定しなかった。つまり、魔力を貯めることもこのブレスレット単体で完結するのだろう。

 効果はとてもシンプルだが、全魔術師にとってその有用性は計り知れないものがある。頰が引き攣るのが自分でも判った。

 

「……?」

 

 笑顔のノエルはグレンのその反応に小首を傾げる。何気に破壊力は抜群だ。だが、散々されたその仕草にグレンは慣れている。

 なんとなく思ってしまった疑問をノエルに訊く。

「……これ、お守りか? 俺には有事用にしか思えないんだが――」

「だから〝お守り〟なんじゃないですか」

 ノエルの言い分はなにも違わない。もし有事が起きた時、何かの役に立つという意味ではこのブレスレットは確かに魔術師にとっては有用だ。一時的にでも自分の行使可能魔術の可能性を拡大できる、通常利用でも半端ではない。

 顔の前に掲げ、ノエルに見せびらかすように揺らすと。

「これ、いつ作った?」

「昨日のお兄さん達が寝た後ですよ」

 

 一晩で作りました(はぁと)

 

 ノエルに何かを求めた自分が馬鹿だった。

「?」

 肘をついて頭を抱えるグレンを、ノエルは不思議そうに見ていた。

 

 

 

 

「な〜んか、人が少ないですね」

 

 学院に続く道を、ノエルとグレンが並んで歩く。空は昨日と変わらずに晴天、こんな日は楽しく街に繰り出すに限る。

 だが、その繰り出している人が今日は少ない。

「――少ないなんてレベルじゃねーな。人の気配が全くしない」

 グレンも薄々勘付いていた。ちょっとした裏道ではあるが、街の中心部に近い場所でこれほどまで人が少ないと、逆に不気味に感じる。

 気になって早速出番が訪れたブレスレットを使用し、周囲を少し探ってみれば、魔術が使われたような魔力の残滓が漂っているのに気付く。

「ここら辺に人払いの何かでもやったんですかね」

「……」

 ノエルの問いかけにグレンは答えない。ノエルはのんきに辺りを見渡すが、グレンは辺りを注意深く洞察する。

 ふと思ったことをノエルは、グレンに訊いた。

「――お兄さん。アルザーノに狙われるような要素ってあります?」

「ないぞ――」

 確信めいたような言葉。しかし、思案したところで思いつく要素が見当たらない。条件に該当するとすれば、他国にとってアルザーノが魔術大国の礎を築いている確かな事実であるということ。だが、学院に他国の人間をスパイとして潜伏させるリスクを考えるとあまりにも割に合わない。仮に侵入できたとしても、魔術師を育て上げる手伝いをするだけにしか過ぎない。

 そのはずなのに。

 

「タイミングが良すぎますよね。学院には2組しか残っていませんし」

 

 2組しか残らないこのタイミングで、何かしらのアクションが間接的にでもアルザーノ(グレン)にあった。

 

「まあ、逆に考えれば――」

 その先をノエルは言わない。それでも、グレンは先を言える。言えてしまう。

 

 

 

 

 2組()()残っていない

 

 

 

 

「そういや、2組の前任者って失踪したみたいですし」

 グレンの暫定就職(ふにん)前、2年次生2組を受け持っていた前任者〈ヒューイ=ロスターム〉は一身上(いっしんじょう)の都合により退職したとなっている。

 

 表向きは。

 

 事実ヒューイ=ロスタームは〈失踪〉したと、学院の講師陣の間では通っている。理由は不明。事前連絡も無しに、忽然と姿を消している。

 つまりは、生徒に要らぬ不安を与えぬよう、学院が嘘をついた形だ。

 

 だが。

 

「でも、前任者がスパイとして考えれば案外辻褄があっちゃったりします?」

 

 洞察力が優れて()()()()()ノエルはまるで知っているかのように、どこからか生み出したパズルピースを無に繋ぎ、当てはめていく。

 

「で、2組の後釜である俺を足止めして、目的となる2組を攻めると。ノエルはそう言いたいんだな?」

「そういうことです」

 

 グレンもノエルの考えていることが読めた。

 

 2組はヒューイがいなくなったことで、他のクラスと比べ授業内容に遅れが生じた。だからその分、休日を返上し授業日とすることで他クラスとの遅れを取り戻そうとする。

 

 もしそれが、計算のうちに入っていたのなら。

 

 2組の担任をするグレン以外の講師陣は全員、魔術学会の会場となる帝国北部地方・帝都オルランドまで学院内にある転送法陣を使用し転移する手筈(てはず)になっている。なおその対象に、門番など学院の警備員はその対象に含まれてはいない。それでも警備を務めるのだから、実力も一般人と比べれば相応にある。だが、その学院を襲撃するのだ。よほど腕に自信があるのだろう――いや、警備員など毒牙にもかけないのだろう。でなかったら、アルザーノを襲撃する意味すらない。

 スケジュールも、魔術学会などいう大規模なイベントでは前々から決まるのが普通だ。その事を理解した上で失踪し、この日に2年次生2組生徒をアルザーノ魔術学院で確実に縛る。

 実質的に警備が手薄となるこのタイミング、事を起こすならタイミングとしては今しかないのだ。

 転移も、学院にある転移方陣を消してしまえばどうとでもなる。あとは学院を囲う結界に細工でもすれば。

 

 

 

 

 2年次生2組生徒しかいないアルザーノ魔術学院の出来上がりだ。

 

 

 

 

 もしヒューイが〈誰か〉を探していたとすれば、運良く入ってきた誰かに目的とし、近付く。それが2組の誰か。

 次にその準備、手筈を整えこの日に備える。それが魔術学会で講師陣が居ず、手薄となった今のタイミングだ。

 まさに都合がいい――――。

 学院地下にある、貴重な魔道書や魔導器などを欲してもおかしくはないだろうが、それなら学院から失踪する必要が無い。逆に怪しまれて、それどころの話ではなくなる。そう推察すると、可能性は必然的に消えて無くなる。

 

 ノエルの足が止まった。続いて、グレンの足も止まる。

「ずっと後ろをコソコソつけていたのはバレてんだ。お前、何の用だ」

 誰にいうとでもなく――確信を持ってグレンが()()()()()

 

「ほぅ……気付きましたか。もしかして、そのブレスレットのおかげですか?」

 

 何も無い空間から蜃気楼のように不気味に現れた茶髪で小柄な男。バレたとはいえ、妙に落ち着き払ったその態度から、この場に慣れている人間と思案できた。

「いやはや、たかが第三階位(トレデ)と訊いていたのですが、お付きの妹さんも含め、なかなかに鋭いではないですか」

「そいつはどうも。で、何の用だ?」

「いもーとですよ、お兄さん」

「ちょっと黙ってろ」

 視線を向けることなくマイペースを制し、油断無く男と相対する。コントのような掛け合いを見せつけられ、男はクツクツと笑う。

 

「いえいえ、あなたはただ目的地に向かってくれれば大丈夫です」

 

 矛盾を孕む(まと)を得ない男の言動。ここに人払いの魔術を設置したのもこの男だろう。なのに、目的地に向かえばいい――ただただ、不審でしかない。

 

「あ、このパターンはあれですね。踏み台となるパターンですね」

 

 それでも何かを察したか、ノエルが小さく呟いた。

「すいませーん。行き先に向かいたいんですけどー」

「おや、貴方も望むんですね――まあ、構いませんよ」

 ノエルが手を上げた事に驚きを隠さない男。だが直ぐに、その様子もなりを潜める。

「まさか、行き先は〝あの世〟とか言うんじゃないだろうな?」

 小馬鹿にしたようにグレンは口角を上げる。対して男はくすりと笑い。

 

 

 

 

「その通りですよ」

 

 

 

 

 グレンの目が細まる。先に男の口が動く。

 

「〈穢れよ(Λονγινγ)・――

 

 二つの魔術が組み合わさった複合呪文。必要最低限の言葉で十分な効力を発揮する。そういう切り詰めができるのは、魔術師において超一流である証拠。そして、今この場において、スピードでも、効果でも、非常に有用だ。

 

 人を亡き者にするのには。

 

 爛れよ(σορε)――

 

 グレンの顔が真剣なものになる。発動する魔術が、間違いなく致死に至るのが直ぐであるからだ。

 

「トラップカード発動!」

 

 男の詠唱に割り込んで、ノエルが()頓狂(とんきょう)な声を上げる。咄嗟にポケットに手を入れ、カードを男に面を見せるように突き出し。

 

 

「〈あ、それ使用禁止なんですよ。(せかいに)というわけでちね(そむけ)〉!」

 

 

 ――朽ち果てよ(ροτ αωαψ)〉」

 

 発動する――。

 

 

 

 

 ノエルの髪が靡いた。

 

 

 

 

「……」

 男の口が勝ち誇ったように釣り上がる。

 対してグレンは、ズボンは手で払うようにパンパンと音を出す。

 

「で、どうだ。ご自慢の魔術が無効化されたご感想は」

「!?」

 

 魔術に動じることもなく、飄々とするグレンに男が驚愕する。確かに魔術は唱えた。きっちり最後まで詠唱できていたはず――いや、出来ていた!

 だが、グレンは何一つ変わった様子を見せないではないか。今頃、あの世に行き先を変更されていたはず――。

 

「まっ、まさか……!?」

 

 ある一つの可能性に気付いた――気付きたくもなかった。

 男の視線が()に向いた

 

「ふっふーん。今更気付いたって遅いんですよ~」

 

 ノエルが不敵に微笑む。突きつけられたカードには、絵が描かれている。

 

 それは、白と黒のみで描かれた一見何が描かれているか判らないカード。良く目を凝らして見れば、それはタロットカードを真似たと思われる図柄をしており――。

 

「い、一体何を!?」

()()()()()()()()ですよ~」

 

 男にしてみれば、この女は何を言っているのか判らなかった。世界に背く? 何をバカな事を言っている? 世界の何から背くのか。男が想定外で混乱している――荒事に慣れていたが、魔術を発動できないなど遭遇した事すらない事態。

 

 否――

 

 ――できない? ()()()()()()のでは?

 

 信じ難い一つの答えにたどり着いた男の額に汗が見えた。

 

「さぁ~て――」

 

 こき、ぱき。

 グレンが拳を鳴らし、男へ詰め寄る。ノエルは手をワキワキさせ、襲いかかるように。

 

「話してもらおうか」

「ぐへへ……」

 

 底知れぬ恐怖をその身に刻まれた。

 

 

 

 

「あ、お兄さん。()()()()()にバラ咲かせましょうよ」

 

 

 

 

 グレンが身内の一言で身が震えたのは未来永劫伝えることはない。はず。

 そして小男にとって、気を失っていたことが唯一の救いかもだったのかもしれない。

 

 

 

 

 ▷▷▷

 

 

 →00:06:04

 

 

「お兄さん――学院どうなっていると思います」

「多分、既に事を起こしている」

 裏路地を並走する2人。もしかしたら刺客がまだいるかも知れないと、思案して行動だ。後ろからついて来ていたのを考えると、予定していた場所で足止めすることができなかったのだろう。咄嗟に実施場所を変更し、人避けの魔術を先回りして設置した。そう考えられる。

 とはいえ、あのような呪文を詠唱できるということは魔術師の中でも限られた者、そう多くの人材がいるわけではない。だが、たった1人の講師の為に、超一流と言える魔術師を使えるということは、その男以外に超一流と言える魔術師がまだ居ると推測できる。

 講師の足止め――暗殺を実施できるということは、事に掛かる時間が無くても問題はないのだろう。

 となれば。

「やっぱり、前任者が関わってそうですよね――」

「そうなるか――っ!」

 

 生徒の実情を把握している――それは、学院内にいた身内の人間でしかできない。情報を流出させるなど、普通学院がやるわけがない。

 

 なら、なぜ狙う?

 

 

 それは、生徒の中に目標となる人物がいる。

 

 

「――(てん)智慧(ちえ)研究会、でしたっけ」

「ああ、アルザーノを狙った理由が全部それなんだろうな……!」

 男の腕に刻まれていた、探検に絡みつく蛇の紋。グレンが忌む組織の紋章が腕に彫られていた。それが〈天の智慧研究会〉。

 魔術を崇め、極める事を目標とし、それ以外なら全てを犠牲にしても構わない――否、寧ろ推奨すべきという常人から逸脱した思考を持つ魔術師の集団だ。昔から魔術に対し相反する思想を語る帝国政府とは血みどろの抗争を続けてきた歴史があり、他国であろうと一般市民の間でもその悪名は知られている。

 その構成員である襲撃者の男は、今現在道端に放置されている。ノエルが強烈な効力を持つ睡眠魔術を掛け、ノリノリで紐を持ってきた事にグレンが震え上がっていたのは言うまでもなく。

 

 ――バラ?

 

 

 

 

 ここはとある路地裏の一角。そこには噂を耳にした人が数人集まってきていた。

「誰だ? こんな酷いことしたやつは……?」

 常軌を逸したような惨状に、思わず口を紡ぐ者が次々と人混みにつられて増えていく。

 衣服は剥かれ、側に捨てられたように落ちており、顔は痣が無数に出来るほどに腫れていた。身体中に亀甲(きっこう)縛りで紐が巻きつけられ、あられもない姿をより曝け出し――あとはご想像におまかせしよう。

 で、もう一つ言わなければいけないことはある。

 

 ――真っ赤なバラが()に刺され、燦々(さんさん)と咲いていた。

 

 

 

 

「ほんと、花瓶にしてバラを()()()()()()ですね」

「やめてくれ……」

 思い出したくないとグレンは拒絶反応を示す。()()貞操は奪われたくないもんね。あいつは後ろから血を垂れて以下略。

 話題を早々に切り上げ――よりも、マイペースにノエルは話を進める。

「でも、学院には防衛が――無いも同然ですね」

「くそっ――」

 侵入者を防ぐように学院には他の防衛として結界がある。だが、人を殺すことに躊躇いが無い超一流の魔術師の集団。結界など無いも同然だろう。ましてや内通者がいると仮定している。学院の講師を務め、結界などに精通したのなら、その結界をどうこうと細工するのは容易いことだろう。

 同意を求めるようにノエルはグレンに視線を向ける。

「どうします?」

「どうするもこうするも無いだろ――最初からやることは一つだ」

「えぇ……?」

 

 学院近くの路地。屋根だけだが、学院を覆う〝膜〟が空間を歪めて見えた。それを見て、グレンは顔を顰める。

「張られていて当然だよな――ノエルの予想通りか」

「予想通りであってほしく無いんですけど」

 ノエルが昨夜の内に作ったブレスレットのお陰で、2人とも本来は見ることすら困難である学院の結界を可視化できていた。グレンは可視化されたその結界を見据え、ノエルに視線を向ける。

「解除できるか?」

「全部じゃなくて、穴を開ければいいんですよね」

「それで頼んだ」

 言葉を交わし、互いの計画に齟齬が生じぬよう確認する。

 そして、学院前に出る。

「あっ――」

「あれは――!?」

 2人の視線の先、裏口前で男の警備員が仰向けで倒れている。グレンは急いで駆け寄り、声を掛けようとした。

「――!」

 遠くからでは見えなかった、彼の傷が見えた。動きを止まらせたグレンの後ろからノエルも駆け寄り、グレンの様子を一瞥し警備員に視線を向ける。

「胸を一撃――ですか」

 警備員の(ひだり)胸部(きょうぶ)に小さく穿(うが)たれた跡。服を貫通し、見えるはずの肌は黒色になっていた。顔は目を見開き、恐怖に怯えるように表情を引きつらせていた。彼が何を思っていたのか、その死相から読み取れた。

 彼の顔横で片膝を付き、首の付け根に手を添える。するはずの鼓動は、手に伝わらない。

 遣る瀬無い思いをグッと抑え、グレンの手が震える。

 

「こいつは――〈ライトニング・ピアス〉――」

 

 攻性魔術(アサルト・スペル)、あるいは軍用魔術に位置し、直線上に飛ぶ貫通力に優れた魔術。その貫通力ゆえに、人を簡単に殺せる。そのため、一般使用が重く禁じられている。

 

 心臓を一撃で貫き、確実に殺害する。

 死因は心臓破裂によるショック死か失血死。破裂後、それでも人は数分意識を保っている――筆舌に尽くしがたい、苦痛と恐怖が彼を襲っていただろう。

「学院の壁には――結界で弾かれましたか」

 警備員を穿ったのち、壁にある跡でその威力を推察しようとしたが痕跡がなかった。そもそもの防衛の為に効力を発揮したと言えるが、この場ではその事が仇となり、相手の実力を大まかに指し測ることができない。

 次にノエルは警備員の背中を浮かせ、地との(あいだ)を覗く。僅かにできた影の中、背中から流れる()()が見えた。

「時間はそんなに立っていませんね――」

「急いだからか……」

 血がまだ流れているということは、胸を貫かれたあとからまだ時間は経っていない。手を触れば、まだ暖かい。2人への襲撃後、学院に急いだからこその結果だった。

「くそったれ――っ」

 激情に駆られ、グレンは抑えながらも声を上げた。ノエルとのんびりしていなければ、こんな事態にはなっていなかったかもしれない。

 ノエルが後ろからグレンの肩を叩いた。

「今後悔したって仕方ないですよ――未来なんてわからないんですから」

「わかってる――」

 ノエルは達観したように、グレンの事を諭す。今この場で後悔してもどうしようもない。前々から判っているし、知っている。次にできる事は、彼を殺害した奴をこの学院から探し出す事だ。

 ノエルに手を引かれるように立ち上がり、視線を彼へ。弔いの言葉を心の中で呟く。そして門に――結界へ近付く。

 その結界を一目すると、グレンの顔が苦いものに変わる。

「設定だけ変えていやがるか……?」

「手馴れていますね、これは」

 学院への侵入者をあらかじめ防ぐ為に、そもそも特定の人物以外は結界によって弾かれるように仕組まれている。しかし、学院関係者であるグレンがその結界に手を伸ばすと、バチッ――と弾かれた。

 そのことをグレンがノエルと目を合わせ、ノエルが改めて周囲を見渡す。

「で、人払いの魔術ですか――」

 警備員の死体を一般市民が発見し騒動が起き、学院襲撃の発覚を遅らせるためか、ここにも人払いの魔術が敷設されていた。

 ここまで判明している現状から推察するに、相当に練られた計画であることが改めて伺える。そこまでして、この学院、ましてや2年次生2組に何用なのか。

 

 その瞬間だ。

 

 

 パ リ ー ン ――――

 

 

「な!?」

 グレンの視線が上がる。間違いなく窓ガラスが割れた音だ。時間が立たない内に、重力に抗うことなく地面へガラスのカケラが落下し、更に粉々になる。

 落ちた枚数はそれほどではない。現に窓を見れば残ったガラスは窓枠に嵌められており、穴が開いたことによって放射状に広がった(ひび)が後から続いたライトニング・ピアスによって押し出された形だ。落ちた枚数はそれ程では無い。

 グレンの額に冷たいものが走る。その事態が起きた中でもノエルは冷静に分析し――。

「2組の壁からあそこまで貫通したんですか――」

「!?」

 グレンへ確信を持って告げる。

「多分誰かが反抗して、そのお返しに脅しとして放ったんじゃないですか?」

「――ちょっと待て、間にどれだけ壁があると思ってるんだ?」

「全部合わせて5枚、それでも威力が保持されているんですよ。」

 攻性魔術であったとしても、ここまでの威力と貫通力だ。間違いなく術者も相応も実力を持っていることは明らかになった。あれが人溜まりに向けられたものなら、直線上にいる人々を貫くだろう。

 

 そして、既に〈目標〉に接触したのだろう。

 

 もう()()のと迷っている暇はない。タイムリミットは既に迫り始めている。

 グレンが即座に命令する。

「ノエル! やれ!」

「わかりました!」

 グレンからの命令を受諾すると、ノエルはそのまま結界に手を触れる。そして数秒、その触れた部分が赤くなっていく。そこを起点に回路(サーキット)の線が一人分潜れる程度の丸の外周を作り、内側を赤く染めていく。完全に染まるまで10秒もなかった。色が抜けると、そこには赤い線で縁取られた穴が出現する。そこだけ結界が無効化されたのだ。

 

 魔術師はこの光景を見て、こう称するだろう。

 

 

 〝神業〟と。

 

 

「お兄さん、行きましょう!」

 ノエルはその事を誇ることもせず、ただ兄を急かすのみ。非常識極まりないノエルの魔術を見慣れているグレンであっても、時折周囲の人を不憫に思うことがある。いくら追いつこうとするが、たった一手でその成果、努力を覆らせられる。

 非常識なノエルの魔術に、グレンは一瞬冷静になる。

「――あぁ、ノエルがこの場に居たことが、運の尽きだな……」

 誰に言うとでもなく、自分の幸運と、相手の不運を呟いた。

 

 

 

 

 ▷▷▷

 

 

 

 

 廊下には人が居ず、閑散としている。本来は休校日だ、人がいるのが異例ではある。

 そこを音を立てずに走る2人組――グレンとノエルだ。ノエルが足元に魔術を行使し、本来廊下に響いているはずの足音を消しているのだ。

「ノエルはどこに向かう」

「まずは2組――誰が狙われて、誰が被害にあったかの確認をします」

「なら俺は、校内散策だ」

「らじゃ〜」

 2組へ向かうための階段と、先へ続く廊下。グレンとノエルは二手に分かれ、目的を別々に校内を駆ける。

 

 グレンは校内を捜索。ノエルは2組にて学生の確認。

 

 一分一秒が惜しい。止まることなく2組に走りその場所までたどり着くと、勢いそのままに扉を開ける。

「大丈夫ですか!」

「の、ノエルさん!?」

 生徒が驚きの表情をし、ノエルが音を立てて開けた扉に振り返る。もしかしてあいつらが帰ってきたのでは、その恐怖から反射的に結果だ。ただ見えたのがノエルであって、無事を確認するような声をかけられたがゆえに、安堵の表情を次に浮かべる者が大多数だった。

 その中で、ウェンディは思わず声を上げた。今の時間まで来ず、どこをほっつき歩いているかと思ったら2組教室に直行して来たと、驚くような、またはグレン先生が来なかったことに対する驚きが出たか。

「ウェンディさん、けが人はいませんか!」

「い、いませんわ――でも、システィさんとルミアさんが――!」

 切羽詰まる顔で必死にノエルに単純に事を伝える。ノエルはシスティとルミアが連れていかれたことに、目を細くする。

「なんで2人なんですか?」

「あ、あいつら、ルミアちゃんのこと狙ってたけど……他のやつがシスティのこと連れ去ったんだ!」

「システィさんが1人に詰め寄ったんですが、ライトニング・ピアスを掠めるように撃たれて――」

 なるほど、気が強いシスティの事だ。何が目的なのか問いただそうと詰め寄ったのだろう。そしてお返しにライトニング・ピアスを使われた。後の展開は安易に想像できる。まともに死の恐怖を味わったことも触れた事もない生徒だ。そこに理解が及んだ瞬間、一瞬で混乱が駆け巡ることだろう。そしてライトニング・ピアスを再度使われて、場が沈黙する。テロリストの常套手段だ。

 そこまで思考が及んだところで、ノエルは情報を整理する。

 

「目標はルミアさんですか……」

 

 だったら、ルミアが魔術の何を握っているというのか。

 考え込むノエルに、カッシュが問いかける。

「の、ノエル……先生は無事なのか――?」

 本気で心配するような声だった。見れば他の生徒も、乗じてノエルにグレンの無事を告げてくれると懇願するような視線を向けていた。

「あんなので止められる程、お兄さんはヤワじゃありませんよ。だから私がここにいるんじゃないですか」

 根拠という根拠が存在しない、曖昧な口語(こうご)。しかし、妙に納得させられるような意味合いを含んでいた。ノエルが不敵に笑う。

「あれですか、お兄さんを確実に殺せると思って、もうこの世にはいないとか言ってたんですね?」

「そ、その通り……」

 だからこそだ。いくらグレンが相手でも、ライトニング・ピアスを連続で行使できるような魔術師が、仲間が始末したといえば、説得力は過分にある。告げられた仲間の腕も相当なものと意図せず連想できてしまうのも当然と言ったところだろう。

「まあ、お兄さんの実力を見誤りましたね。1人()()返り討ちですよ」

 兄を誇るようにノエルは微笑む。その様子を生徒は、何故グレンをここまで信頼出来ているのかが不思議でたまらない。確かに技術はあるが、身体が明らかに追いついていない。

 最低限の事を確認しを得ると、ノエルは前扉を開け、振り返る。

「皆さん、ここから出ないでくださいね」

 言われなくともそのつもり――恐怖が先行し、その場に行ける気もしない。変な気を起こさないように、忠告する形だ。

 

 廊下に出て扉を閉める。あるのは、静寂に支配されたアルザーノ学院が舞台の〈ダンジョン〉だ。

 

 

「向こうが遊戯気分というのなら――」

 

 

 

 

 

 

 わたしもあそんで差し上げますよ。

 

 

 

 

 

 

 ノエルの目が紫色に煌めいている。

 

 

 →00:09:55

 

 

 

 

「――黒魔改、【イクスティンクション・レイ】!」

 

 

 

 

 その呪文が唱えられた瞬間、目前に大量に(たむろ)していた骸骨達に破壊の本流が襲った。

 

 詠唱者は、グレン・レーダス。

 

 黒魔法最高位に位置する最高難易度の魔術を、第三階位(トレデ)であるグレンが行使した――。

 

 破壊が終わり視界が開けると、有に100を越えようかという程の骸骨の軍勢が、射線上にその破片と無残な姿を残すのみで、一匹たりとも動くモノを残すことはなかった。骸骨の背後、直線上にあった外壁――学院の廊下の壁も見るも無残としか言いようが無く、皮肉にも晴天と言わんばかりの空を大パノラマで御鑑賞できた。あとは柵を設置してしまえば、アルザーノ魔術学院の大空鑑賞テラス?の出来上がりだ。

 その大穴から、風が流れ込む。戦いで火照った肌を冷やしていく。

 

「う、ウソでしょ――」

 

 その光景を間近(まぢか)で目撃したシスティーナは、そのことが信じられなかった。

 確かにグレンは技術がある。しかしそれは、学生でも使えるような魔術に限ったこと――そう思っていた。しかし、目の前で何が起きた? 黒魔法の最高位に位置するイクスティンクション・レイを、第三階位(トレデ)の先生が発動させた……? 余りにも信じ難い――事実である。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 当のグレンも、そんな魔術を発動して本来は無事でいられるはずではなかった。だが、多少息切れしていただけで、それ以上に消耗していなかった。右腕に嵌るブレスレットを摩り、有難いように視線を向けた。

「――さっそく、お守りの効果が発揮したな……?」

 魔力タンク、その他魔術に関する事柄を補助するためのそのブレスレットは、グレンに消費させた魔力分を即座に肩代わりし、補填させていた。ざっと推察するに、あと2回は()()()()()

 未だに信じられないといった顔を見せ、システィが話しかける。

 

「せ、先生――その魔法って――」

「俺だってな、これぐらいは出来るんだ。まぁ、これしか無かったとしか言えねぇがな」

 

 顔を上げ、不敵な笑顔を浮かべるグレン。

 その横顔を見てしまったシスティは、胸の中で何かが跳ねたような気がした。顔が熱くなるのを、無意識に感じていた。

 

「とはいっても、ピンチである事に変わりはない……か」

 

 そういって体勢を元に戻し、廊下を真正面を見据える。するとその方向から、カツカツとこの場に似合わない、不気味な()()が耳に届く。壁をぶっ壊した事による埃が、廊下では少しだけ視認距離を下げている。その奥から人影が浮かび上がり、2人の前に姿を現わす。

「まさか【イクスティンクション・レイ】が使えるとはな。少々見くびっていたようだ」

「そりゃどうも。あんたらに言われたところで嬉しくないかないね」

「――!?」

 システィの顔が強張る。2組を襲った連中――2人いた魔術師のうちの1人、レイクと呼ばれていた男だ。

 その男はシスティを一瞥すると、グレンに向き直る。誤算による脅威度の違いからだろう。その男の後ろを見てみれば、剣が5本フワフワと浮いていた。――あれがあの男の魔導具なのかと、察せてしまうのは歴然としたことだった。

「〈グレン=レーダス〉――前調査では第三階位(トレデ)の三流魔術師という評価だったが……改めなければいけないようだ。仲間を2人も下すとはな、誤算だった」

「おーおーそうですか、それはなんとも気味のいいことで」

「しかも、イクスティンクション・レイを使って未だに平然としていられるとは――そのブレスレットのお陰か?」

「生憎その質問に合わす答えを持ち合わせていないもんでな――で、その後ろの剣はあんたの魔導具で合ってるのかい?」

「知れたことだ。ジンが何もできずにやられたなど普通は考えられない。なら可能性として、魔術に対しなんらかの抑制ができると考えるのが普通だろう」

「あら〜、しっかりと推察されてんの……」

「考えられる事としては、起動していない魔術に対し効果がある――違うか?」

 グレンの〈魔術〉は、起動していない魔術に効果がある。事前に発動されている魔術に対して――効果は無い。男の剣を見れば、大量の魔力が(たぎ)っているのが判る。魔力を増幅させる回路(かいろ)でも仕込まれているのだろう。思わず冷や汗が出るのは当然の事か。

 グレンがシスティに近付き、耳元で呟く。

「白猫、あの剣ディスペルできるか」

「残ってる魔力を全部使っても少し足りないかもしれない……そもそも【ディスペル・フォース】を唱えさせてくれる余裕を与えてくれなさそう……」

「――ならよし」

 

 ――え?

 

 グレンの肯定に返事が出ることはなかった。

 グレンがシスティを突き飛ばし、穴の空いた壁から落とした。

 

「きゃぁああああああああ――!?」

 

 システィの悲鳴が聞こえる。

 

 声が聞こえなくなり、男が鼻を鳴らす。

「逃したか」

「流石に庇いながらの戦闘は出来ないもんでね、これが一番の最善策よ」

 悪く言えば〝足手纏い〟。生徒の無事を第一優先とするなら、この判断が最善だった。

 そして、一対一の環境が必然的に創り出される。

「……行くぞ」

 これ以上の言葉は無い。

 戦闘が始まる。

 

 

 

 

「んー、良く出来てますねぇこれ」

 

 どこから登ったか、屋根の上でマジカルスティックをその屋根に引いて、白い線を書いているノエル。回路(サーキット)ということは何となく理解ができるが、肝心の効果は不明。ノエルの使う魔術ではいつも通りのことだ。

 真正面からぶつかっても、ここを襲った面々には間違いなく勝てるほどの実力の持ち主だ。そのはずなのに、ノエルは裏方でゴソゴソと準備している。

 書き終えると、回路(サーキット)の中心に黒い板のようなものを置いた。そしてノエルが跪いて板に手を触れると、白い線が僅かにだが煌き始めた。

 

 ――起動した証拠だ。

 

 

「きゃぁああああああああ――!?」

 

 

 ある意味平和な屋根上に小さく声が響いた。

「ん? システィさんの声――」

 悲鳴にしてはどこか疑問があったような声色。――多分お兄さんがなんかしたのかな。

 グレンに全幅の信頼を置いているノエルは、システィの悲鳴を特に気にすることなく自分の作業を続ける。

 しばらくし、とある事柄が書かれた紙を黒い板の上に置くと、そのまま立ち上がる。そして、ゆっくりと青空を仰ぎ見し、

「さてと、手のひらでワルツを踊ってくれないと――」

 

 

 

 

 ――遊びになりませんよ?

 

 

 

 

 口元が悪戯っ子のように上がった。

 

 

 

 

 →00:01:09

 

 

 

 廊下には無数の線が走っている。――全て剣筋の跡だ。剣の切っ先がグレンの横を掠め、床に新たな傷を作る。

「くっそ――はえぇ――」

 辛うじて避けれているものの、まともに一振り食らえば命はない。グレンの方にも手はあるが、いかんせん詠唱に時間がかかり、その隙に剣が飛んで詠唱を邪魔させられる。

「本当に予想外だな――まさかここまで避けられるとは」

 だが男にとって、グレンに傷を一つも負わすことが出来ていないのが心外だった。辛うじて避けていることは動きを見ればわかるが、服を多少切り裂いたというのも無い。今までの経験上、このことは無かった。

 そのことに答えるように、グレンがふっと笑う。

「こっちはこれでも精一杯避けてるんだぜ……? まあ、お守りのお陰もあるがな」

 お守り。

 その言葉に男は、グレンの右腕に嵌められているブレスレットに視線が向く。

「その紫色のブレスレットか」

「うちらの妹がたった一晩で作ったシロモノだよ。全く狂ってやがる」

 妹と聞いて、男は顔を顰める。報告にはグレンと血縁関係となる家族は存在していない。セリカ=アルフォネアのところに居候しているとあった。

 だが、今その事は関係ない、思考を直ぐに払う。

 すると、次に質問を出したのはグレンだ。

「けどその剣、ただただ剣術が入っているだけじゃないんだな」

「ご名答。手馴れの剣士の技を模していたところで、その剣は想いが籠っていない死んだ剣だ。5本でかかったところで真の達人に安易に振り払われて当然だ。かといって全てを操作するのも、私は魔術師であり、剣を扱う人間ではない。ならば、自動化された剣が3本、自分で操作する手動剣が2本。この組み合わせが最も強いと結論づけた」

「自分のことをよ〜くわかっている事。ちくしょーめ」

 自分の立場を解っていて、その上で編み出した戦法。本人にとってのベスト。一番慣れている戦法はそう簡単に破れるものではないのは判っている。弱点もよく判っていることだろう。

「だけど、手動剣の()()()が普通の魔術師とは違う。変わってるな、お前」

 しかし手動剣の動きは、経験者のような動きをしている。闇雲に振り回すことはせず、ただ一点を狙いすました熟練の剣士と似たような動き――。

「……無駄話はここまでだ」

 詮索されたくないようだ。剣先が再びグレンへ向く。グレンも体制を少しだけ崩した。

 

 

 =10:32:10

 

 

「あ、お母さん」

 未だ屋根上で体育座りをして待機しているノエル。ブレスレットを通話機代わりに、セリカに通話を掛けていた。セリカは突如掛かってきた通話に疑問を持っていた。

『ノエル? どうしたんだ急に』

「いま、学院が天の叡智研究会に占拠されていて」

『何!?』

 食い気味に割り込んできたセリカ。通話越しでも焦りが伝わる。ノエルは急にあげた大声に少し驚き、身を引きつかせる。

「大丈夫?」

『変な目で見られた……て、それどころじゃない! どうしたんだ、学院は!?』

「敵は4人。お兄さんの足止め用で1人、学院を襲撃したのが2人――今はお兄さんが1人と戦っていますね。あと、内通者が1人いるんじゃないかって疑っています」

 冷静沈着に状況を伝えるノエル。戦闘中のグレンを心配している様子は微塵も感じさせない。

『内通者――? 誰なんだ?』

「推測ですけど、2組の前任者ですよ」

『……』

 セリカは何も言わない。もしかしたら、この襲撃も可能性としては考えていたのだろう。

「目的はルミア=ティンジェルさん。何かしらやろうとしているんで、ちゃんとした目的の元、襲撃を起こしたんでしょうね」

『なんだって……?』

「どうしようとしても、本人達に話を聞くしかないですよ」

 襲撃犯の目標は分かっている。ただ、肝心の目的が判らない。可能性は推察すればいくつも出てくるが、理論的根拠の無い妄想で話を膨らませても意味が無い。

 すると、セリカが唐突に舌打ちをした。

『ダメだ……転移できない』

 魔術学会への行きに使った学院の転移法陣にでも転移しようとしたのだろう。ノエルは軽く鼻で笑う。

「まあ、普通は壊されてますよね」

『今すぐ構築できるか?』

 転移法陣の構築。場所と場所を繋げる術式は難易度の高い魔術だ。尤も、セリカも短距離移動では簡単に出来るが、今回の場合は転移地点が相互で行う下準備が必要となる距離だ。

 しかし、ノエルは。

「周りに誰もいないんで、見られる心配もないです」

『ならやってくれ。形はいつもので』

「あいあいさ〜」

 気軽に承諾すると、書いた回路(サーキット)の横に転移法陣をさっさと描き始めた。その手は迷いなく、緻密に法陣を詰めていく。書き終わるまで、たった2、3分の出来事だった。

 

 

「〈定められし・内なる限界を――」

 眼前で不規則に躍動する3本の剣を避け、背後に迫る致死量に迫る2本の剣をしゃがんで避ける。

「――超えて魅せよ〉!」

 そして言葉を紡ぎ、魔術を発動させる。だが、何かが起きた様子はない。その呪文を聞き、男が目を細める。

「見たことの無い魔術……誰のだ?」

「さぁ? アンタには教えてあげねーよ」

 軽口を投げ、グレンは男からの問いかけに飄々と返す。服には避ける際に床などに擦って出来た跡はあるが、皮膚まで届いているような切り傷は一切存在していない。

「だが、私に攻撃はできていないようだ。それを唱えたところで、何かが覆るのか?」

「やってみなきゃわかんねぇよ」

 グレンが男に突撃する。男は口角を引きつらせた。

「とうとう自暴自棄になったか――なら、その希望に応えようでは――」

 

「〈雷精よ・幾多の閃光を纏い――」

 

 グレンが詠唱する呪文に、男の背筋に悪寒が走る。

 

 剣を自分の前に動かし、口も動かす。

 男に向かい、曲げられた肘を伸ばし指先を向ける。

 

「――刺し穿て〉!」

「〈飛ばせ〉!」

 

 指先から青い電撃が目に追えないスピードで一瞬にして男に迫る。防御のために剣を前に出したが、少しだけ間に合わず斜めで電撃と衝突する。その瞬間衝突面がスパークし、電撃が剣から反射すると、天井や壁に幾多の雷が飛び散る。あたりが一瞬青く光っただろう。その飛び散った先には黒く焦げた跡があり、男は思わず目を開かせた。

「貴様……!?」

「――ほんっと、ノエルの発想力には手も足もでねぇな」

 諦めがついたように口元に笑みを浮かべるグレン。男はその表情を驚いたように見据える。

 だが振り回されるだけでは無い。男は言葉を続けた。

「〈刺し穿て〉!」

 一説詠唱のライトニング・ピアス。対しグレンは言葉を紡がれる前に懐に右手を入れており。

「【ウェーブ・シールド】!」

 カードを眼前に突き出すと、そのカードの表を中心に半円状に青い膜が出る。直後ライトニング・ピアスが衝突すると、吸い込まれるように一点がヘコみ、その箇所を中心に膜に波紋が広がる。一目見ても、一閃が膜を貫いた形跡は無い。

 その直後、剣がグレンに迫るが、自動剣は真正面の膜によって攻撃することが叶わず、膜に新たな波紋を生み出すだけ。手動剣はそもそもグレンが意識をそちらに集中していたがために呆気なく避けられる。

「〈猛き雷帝よ・極光(きょっこう)の閃光以て――」

 次節、グレンによる詠唱。男は速攻で魔術を唱え始めたことに危険度が振り切る。右手を引くと膜が薄くなり、左手を突き出すと。

「――刺し穿て〉」

 詠唱が完了する。瞬間、一閃が男に跳ぶ。

 指を動かして操作、手動剣を眼前で交差させ、グレンのライトニング・ピアスを間一髪で弾く。

 

「【トライ・レジスト】までエンチャント済みかよ。どれだけ用意周到なんだお前ら――」

 

 呆れたように男を見据えるグレン。次々と出した手が、尽く実を結ぶ結果に繋がらないことに、表情が苦くなる。

 対して男は、グレンの行動に驚愕を持って目を細くしていた。

「何故だ――――」

 

 あの〈ショック・ボルト〉と〈ライトニング・ピアス〉を掛け合わせた魔術は一体なんだ。しかも、剣に当たればその魔術は解除(レジスト)される筈が、されずに弾かれた。その事実は男に()()()の疑問を浮かばせた。

 二つ目はその後の魔術行使の連続だ。あんなに連続で行使していれば、魔術発動における体内の瞬間魔力消費許容キャパシティ*2――マナ・バイオリズムが完全制御状態であるLOW(ロウ)から、キャパシティ限界のCHAOS(カオス)に振り切れ、発動すらできなくなっていた筈だ。その筈が、一切の異変を来すことなく発動できていた。つまりは、自分自身のマナ・バイオリズムを完璧に把握し、なおかつ魔術行使による振れ幅を自ら管理していた。

 ――普通の魔術師がやれるような行為では無い。

 

「貴様、何者だ……」

 

 命がかかったこの一瞬における出来事に対する判断力。その後の展開と、行動の先読みに対する適切な魔術の行使。教える立場に居る講師では到底たどり着くことがないであろう修羅場を、〝引き分け〟という形で持ってきた。

 一介の学院における魔術講師という立場を凌駕している。

 

「ただの魔術講師だよ、非常勤だけどな」

 

 だが、下調べしていたこととなんら変わらない事実を――職を崩すこと無く言い切り、ただそんな人間だとしか言わない。お前のような非常勤講師がいるかと問い詰めたくなるが、今そのことをする意味も無い。

 

「でもまぁ」

 

 すると唐突に。

 

「全部手のひらの上で踊ってみるのも悪くはないな」

 そう言い捨てて、男に向かい走り出した。

 

 

《可能性無き可能性を》

 

 

 グレンの行動に、男はデジャブを感じた。しかし、此方(こちら)にとってもチャンスであることに変わりはない。そして、必然的に攻撃を仕掛けるしかない。もし仕掛けなければ――自分が()()()()()()

 

 

《信じる者達に捧げよう》

 

 

 縦横無尽に飛び回る剣がグレンを襲う。

 一振(ひとふ)り。腹を搔き切る軌道。

 右に降られたのを見て、咄嗟に切り返せないよう左に飛ぶ。

 

 

《可能性を以て壁を撃ち払い》

 

 

 二振(ふたふ)り。着地を狙った真上からの上段切り。

 場に留まらず、飛んだ勢いで床を転がり、大穴の端の壁にもたれるように立ち上がると、ぶつかった反動で1メートル戻る。

 

 

《信念によって道を創る》

 

 

 三振(みぶ)り。使い果たした手動剣の代わり、自動剣3本が前から迫ってくる。それらが全て、5メートル以内。不可避だった。

 

 ――ブースト

 

 〝人〟である限りは。

 

 

《見せて差し上げよう》

 

 

 グレンが飛び出す。剣は一つにでも切られたら行動不能に落ち入れる。狙われている場所が悪い。

 法則性が無く、ただ急所を狙った剣筋。頭、胴、足。

 

 単純だ。

 頭に飛んできた剣の柄を右手で掴み、残り2本を振り払う。

 秒にして、0.2秒未満。

 

 左手を懐に入れ、男へ走り出す。

 

 

《誰もが信じ得なかった結末は》

 

 

 男が右手を突き出す。

「〈目覚めよ刃――!」

 

 グレンは懐から手を出した。

 魔術は、発動しない。

 

 ――なっ

 

「〈力よ無に帰せ〉――!」

 そして聞こえる、解除呪文(レジスト・スペル)

 

 

《人が居て初めて成し遂げられることを》

 

 

 

 

イクスリフレクション(全てを跳ね除け)ポシビリティオーバー(可能性を超えろ)

 

 

 

 

 一点へ向かっていた4本の剣が制御を失い、地面へ金属特有の甲高い音を半壊する廊下に響かせる。

 気が付けば、そこにはずっと風が吹いていた。右手を突き出し息を切らしたシスティの髪が揺れている。再度火照る体を冷やしてくれていた。

 至近距離で向き合う足の間――床に数滴、血が滴る。

 

「――見事だ」

 

 静寂に包まれる場で、男――レイクが1人でに話し出す。彼の目前には、グレンが右手で突き出した剣を――急所の左胸部を貫いて、そのまま佇んでいた。その剣から、彼の血が滴っていた。

「胸糞悪いことさせやがって……」

「――――愚者か……そうか、なるほど」

 床に落ちたタロットカードの〈愚者〉を一瞥し、納得、してやられたとグレンを再度見る。

 

「つい最近まで帝国宮廷魔導師団に、凄腕の魔導師殺しがいたそうだ」

 

 思い出しかのように、ぽつり。

「如何なる術理を用いていたのかは知らぬが、魔術を封殺できる魔術を持って、外道魔術師を一方的に刈って廻った帝国子飼いの魔術師」

 グレンは表情を変えること無く、聞き入っている。

「活動期間はおよそ3年。その僅かな期間で殺した外道魔術師の人数は明らかになっているだけで24人。そこに名を連ねたのは敗れるとは想像もつかなかった凄腕ばかり。裏の魔術師の誰もが恐れた魔術師殺し……」

 

 

 コードネーム――【愚者】

 

 

 レイクの話が終わる。小声のようで、僅かに廊下で響いていた。

 聞きに徹していたグレンが口を開く。

「なにが言いたい」

「さぁな……」

 はぐらかすレイク。グレンはそれ以上に追求することもない。そして、レイクの首が力無くカクンと動く。

 彼を貫いていた剣から手を離すと、レイクの亡骸が仰向けに倒れる。一生の最後に、悔い無き戦いを出来たからなのだろう。死相にテロリストのような面影は無かった。寿命によって死んでいく、老人のように達観した、安らかな死に顔だった。

「先生……」

 グレンの後ろから声がする。その光景を見ていたシスティだ。肩越しで振り返ると、不敵に笑う。システィは思わず頰を赤らめた。

 

「は――ぁ――」

 

 そして、

 

 

 ごぼぅ――

 

 グレンは血を吐いた。

 

 

 な――

 突然の出来事にシスティは声を上げることもできなかった。グレンが壁にもたれかかりながら崩れ落ちていく。

「先生っ!?」

 変わった様子を見せなかったグレンの体調の急変。慌ててグレンの元に近付いていく。

「案外大したことないと思ってたが……こりゃ、まずったなぁ――――ぅぉ!?」

「喋らないでくださいっ!」

 サイド吐血するグレン。急な変化に、これ以上喋ったら危険とシスティは直感で察していた。全身から汗をかいているグレンに、システィが手に触れた。とても冷たかった。

「これは――マナ欠乏症!?」

 魔術の連続行使により、体内のマナ保有量が急激に下がった状態――――マナは生体エネルギーそのもの、魔術というのは、保有するマナが生み出した魔力を使用して行使できている。保有する魔力を超えて、身の丈に合わない魔術を発動させてしまうと、マナを不足した魔力分消費してしまう。

「予想より多かった、な――」

 使ったことのない魔術を合間に織り込んだ事で、保有する魔力の管理を見誤ってしまった。そのため予想以上に魔力を消費し、不足分をマナで補ってしまった。

「しっかりしてください、先生――っ!」

 しかし原因は、それだけではない。

 人間が動ける限界――グレンが動ける限界を超えて体を動かした結果、筋肉の損傷により体内で内出血を起こした。身体が追いつかなかったのだ。この体調で剣を振り回した瞬間――それがトドメとなった。

 それとノエル考案の魔術が、予想以上の速さで魔力を食らっていった事。ブレスレットへの貯蓄分もすっからかんになっている。だからこそ、マナ欠乏症に陥り、吐血したのだ。

「眠っちゃダメです!」

 悲痛な表情を浮かべ、システィはグレンを揺さぶる。すると。

 

「あと、任せる――」

 

 

「もう、分が悪すぎますよお兄さん」

 

 

 後ろ。システィは思わず振り返った。

「ほら。お兄さんを運びますよ、システィさん」

 昨日とその態度を変える事なく――この場ではそれがなんとも頼もしく感じる、ノエルが背後で見下ろすように立っていた。

「ノエル――」

「早く運んで処置しないと、お兄さん天国()()()()()

 システィの横を抜け、既に気を失ったグレンの脇を抱えて立ち上がる。システィも慌ててふくらはぎを抱え、保健室へと連れて行く。

 

 

 

 

――全ての勇ましき心よ 安らぎに満ちた世界へ 安寧を経て永く眠れ

 

 

 

 

 

 →00:12:59

 

 

「……一先(ひとま)ずは命の危険からは脱しました」

 

 グレンが横たわるベッドの横で、座りながら手を触診しているノエル。診察結果を告げ、その後ろで告知を待っていたシスティは安堵の溜息を吐いた。

 当のグレンは、すっかりと顔色が生気を取り戻し、健やかな寝息を立てていた。あの圧倒的不利な状況の極限状態から勝利をもぎ取ったのだ。マナ欠乏症に陥ったのを含め、相当に疲労が溜まっているに決まっている。

 その傍らには、謎のキラキラしている宝石らしき正四角形のモノが置かれている。多分、グレンに何かをしてくれているのだろう。

「先生……」

 システィは、グレンを心配していた。穴から放り投げられ、咄嗟に着地するために魔術を使わせる。先頭の場に登場させ、不意を突いて【ディスペル・フォース】を詠唱させる。心外だが、グレンの思考をトレース出来ていたから自分で行動できた。

 雌雄が決した時、グレンの体を見て安心できていた。それが終わった後、急に吐血し倒れた。心中穏やかなものではない。

 彼女の様子を傍目に、ノエルが口を動かす。

 

 

「システィさんは、お兄さんについて知りたいですか?」

 

 

「え――?」

 思わぬ声が出た。

 先生について、一体何を?

 ノエルはシスティの肯定を待たずとして、1人語り出した。

 

 

 

 

 当時、帝国宮廷魔導師団に所属していたお母さんが、ある事件で家族を失った幼い男児を気まぐれで拾ったんです。その男児が、今のお兄さん――私がお母さんに養子として引き取られる少しだけ前の出来事です。

 

 そのあと、生きるための手段としてお兄さんに魔術の手解きを始めたんです。お兄さんもその不思議な世界に惹かれて、魔術のことに勤勉になり、お母さんに自主的に教えを請い始めました。

 魔術師として抜き出た才能が無かったのは、そのときに隣で見ていた私も判っていました。でもお母さんは、家族同然に愛情を注いでいました。

 

 月日が経つと、お兄さんはここの学院に、異例の12歳で入学しました。

 

 

 

 

「システィさんとお兄さんって、似てるんですよ」

「どこが――?」

「お兄さんも、魔術が好きなんです」

 その一言が信じられなかった。

「メルガリウスの魔法使いを見て、お兄さんも魔術に興味を持ちましたから――システィさんも大体同じような境遇じゃないですか?」

 どこか親近感をグレンに感じた。あんなに口と態度では嫌だ嫌だと言ってるのが、まるで子供のようだと。

「研究者になるほどではないですけど、正義の魔術師になりたいと決意させたほどに、お兄さんにとって大事な物語です」

 

 

 

 

 その時期から、お兄さんの魔力特徴(パーソナリティ)も判ってきました。変化の停滞、停止に関しての術式に親和性があったんです。でも、魔術は変化を促すモノ――必要の無い物だったんです。

 

 卒場が迫ったとき卒業論文に何を書こうか迷っていたお兄さんは、自分の魔力特性を利用してある論文を発表しました。一定の範囲で魔術の行使を完全に無効化する魔術――固有魔法の【愚者の世界】です。

 

 でも、

 

 世の中の魔術師達はこぞって馬鹿にしたんです。魔術を無効化するなんて、魔術に対し喧嘩を売っていると思ったんでしょうね。誰もその論文を取り合わなかった。挙げ句の果てに、その論文は火に焚べられました。

 公にはお兄さんが術を作ったとはされていません。名目としては卒業しましたけど、実質的には退学になりました。

 

 ですけど、その論文に目をつけたのがいたんです。

 

 それが、帝国宮廷魔導師団。お母さんが所属していた組織です。

 

 愚者の世界の唯一無二の有用性を見出した女帝の懐刀の組織は、お兄さんを密かにスカウトしたんです。

 

 お母さんが泣いて喜んでいたのを今でも覚えてます。お兄さんが頭を撫でられて照れ臭そうに俯いていましたね。

 

 でも、あそこに入って、お兄さんは魔術が嫌いになったんです。

 

 やることは、外に下った魔術師を無力化し、暗殺すること。またはその手伝い。最初は正義を掲げて活動して、お兄さんもやりがいを感じていたんです。

 

 順風満帆でした。任務を終えて帰ってくると、褒めてくれる人がいる。人を救っていると実感があった。それがお兄さんにとって何よりの喜びだった。

 

 3年経って、後ろを振り返りました。

 

 あったのは、魔術師の死体だけ。

 正義を貫いていたのに、何より自分が、一番人を殺している。

 

 気付いてしまったんです。そして、大事な人を(うしな)って。

 

 そしてお兄さんは、人と――魔術と関わることを辞めたんです。

 

 

 

 

「そして今、お兄さんはここにいます」

 そうノエルは締めくくった。

 システィの口から掛ける言葉が見付からない。

「こんな事って――」

 自然と拳が握られて、震えていた。

「お兄さん、悩んでました。大事な人すら護れなかった自分が、ここに立っていていいのか、悩んでました」

 自分の悩みが、なんと些細なことだったのだろうか。目の前で寝ているグレンと比べたら、ちっぽけでしかない。人の生き死にを間近で見続け、自分がなりたかった魔術師との剥離に気が付いて、心が折れてしまった。余りにも残酷だ。魔術が好きだと自他共に豪語できるシスティも、思わず動揺を隠せない。

 そのことを訊いた上で赴任初日を振り返ってみれば、あの態度も納得できてしまう。側から見れば、ただサボりたいだけのダメ講師と言われても文句の一つも言われない。だが事情を知ってしまうと、どうしても魔術との関わりと断ちたいという態度に見えてしまう。

 

「さてと」

 

 ノエルが椅子から立ち上がり、出入り口に歩き出す。

「私はちょっと行って来ます」

 すると、扉の開く音がする。

「システィさん。お兄さんのこと、見守っててください」

 システィは静かに、振り返ることなく頷いた。

 

 

 

 

 ▷▷▷

 

 

 

 

不気味なまでに静かな廊下。既に鎮圧したと言ってもいいのだろうが、テロ騒ぎがあってからではこの静けさもどこか恐怖を感じてもおかしくない。

 静寂が空気に漂うその中を、ただ普通に靴音を鳴らしノエルは歩いている。

 

「全く、面倒くさいですね〜」

 

 だが、今のノエルに緊張という二文字が存在していない。マイペース故に成せる技か、何も知らないだけの無知なのか。誰も答えることはできないし、ノエルにしか答えは出せない。

「転移とか、多分そういうことなんですね。大体の検討はつきますけど」

 しかし、計画を知るくらいの時間はノエルにあった。今迄(いままで)どれだけぶっ飛んだ理論で魔術を扱って来たとでも? そう考えれば、ノエルにしか見えていない〝魔術〟が理解できるだろう。『なんだこのキチガイ(まじゅつ)』とだけは。

 

 屋根の上で描いていた回路(サーキット)込みの魔術。答えから言ってしまえば、()()()()()()()()()()()()()()()()モノ。

 使用者のマナと魔術特性から、その使用魔術の種類。敷設されている術式の全てを覗き見できてしまう。挙げ句の果て、隙間を縫うように干渉し、根底から書き換えてしまえるという魔術師にとって悪夢のようなモノ――ノエルオリジナル魔術【マナメーター】を描いていた。

 セリカでさえ、理解するのに時間がかかる程にシンプルに簡略化され、描く時間が比例して少なくなるというおまけ付き。そこに何処からもってきたのか黒い板を設置すれば、あら完成。

 ――という、ふざけたシロモノ。

 範囲を学園全体に指定していただけあって、場所の目星――ではなく、()()()も判っている。

 

 目的地は、転移法陣が敷設してある、通称〈転移塔〉。

 

 覗き見してみれば、あら不思議。転移法陣の転移場所が変えられているではありませんか。更に見てみれば、生体マナ反応が2人。1人は転移法陣の上に、1人は少し離れた片隅に。転移法陣の上にいるのはルミアで間違い無いだろう。誘拐という目的からすれば、なんとも理にかなっている。

 ただしもう1人、転移法陣から伸びた先にある法陣の上で立っているというちょっとおかしな状態。気になってその足元のヤツを解析してみれば。

 

 白魔義(しろまぎ)【サクリファイス】

 

 別名、換魂(かんこん)の儀式。魂を喰らい、莫大な魔力を生み出す術式。

 釣られるようにその人のマナを調べてみれば、一定時間で生み出される魔力の量から逆算して、この()()()()()()()()()()だけの威力が出るという算出が☆PONG☆(ポン)*3と出る始末。何故そんな威力が出るのかは話を聞かなければ判らないものだが、これはメインとは外れたサブターゲットなのだろう。

 そしてその塔を守護するかのように、本来は学院の風景にバラバラと散らばって擬態し、緊急時に石片が集まって構成される人型の〈ガーディアンゴーレム〉が不自然と集まっている。

 疑惑は確信に変わった。

 

 

 

 

 まあ要するに、ルミャーをサラダバーしたい(ドヤ顔)

 

 

 

 

 笑えよ。

 

 

 →00:09:59

 

 

 物事を知ってさえのんびりと廊下を歩き、目的地である転移塔に近付いてくると、なにやら重そういな足音が聞こえてきた。もしかしてもなく察せてしまうだけの材料をノエルは持っているゆえ、特に反応することも無し。

 塔が一望できる場所に着くと、やっぱりといっていいか、ゴーレムがわんさか闊歩していた。これだから機械管理は(検閲されました

「重要な場所には門番がいるのはお約束だけど……多すぎませんか……」

 創作の冒険譚にも、重要な場所の手前では強敵となる門番がいるのが当たり前であってですね。ただしかしまぁ、いかんせん数が多い。過剰ではないかと叫びたくなるが、場所が場所(アルザーノ魔術学院)だから、重要性もわからんではない。むしろ帝国を帝国足らしめるその心臓部である学院の警護はこれぐらいあって妥当だと納得してしまう。

 とりあえず塔が視認できる付近にまで来たのはいいが、一歩進めばゴーレムによる☆鉄拳制裁パンチ☆が飛んで来るのは目に見えている。もし当たったら()()()()()()()()()()()()してしまう。それはなんとしても避けなくてはいけない。 

 

 けど、それ以上に。

 

「ぶっ壊して進むのも、なんか気がすすまない――」

 ゲーム感覚で事を運んでいるノエルではあるが、本人の実力からしてもゴーレムを蹴散らすのはいとも容易い事。ゴーレムを伝家の宝刀イクスティンクション・レイすれば、道は開かれるだろう。余波で塔に根元に当てなければの話ではあるが、そんなミスをするノエルではない。壊したら壊したで、学院からなにを言われるかわかったものでもない。緊急事態だったからと言ったら納得してもらえるだろうが、そのあとのゴーレムの復旧作業を考えると、なんか申し訳が立たない。

 それ以前に、それだけで進めるのは芸がない。なにか違った方法を――。

「そうだ! ()()()()()動けなくすれば予想外になる!」

 ――取ったほうが面白いんじゃ無いのかね?

 ノエルの中にある天使でも悪魔でもない自分自身の囁きに手段を委ね、勢い任せに突き進み実行した。

 

 「THE WORLD(ザ・ワールド)――!」

 

 

 そう唱えた瞬間、ゴーレムの動きが徐々(ジョジョ)に鈍くなっていき、十数秒経つ頃には一体残らず機能を停止した。魔術で動いているようなものに対し、その供給の一切を遮断、妨害したからであり、人に効果があるものではない。決して世界が止まっているわけではないので悪しからず。もっと言ってしまえば、この魔術は(トラップ)ではなく妨害(ジャミング)系。「わな」という文字にすら掠っていない。

 そんなことは気にする以前にどっかに放り投げて『最後に殺すと言ったな。あれは嘘だ』『ウワァ――!!』しているノエル。我が道を往くと言わんばかりに、ど真ん中(王道)を塔までの最短距離で歩いていく。ゴーレムは動きを止めたままだった。

 

 ギィィ――

 立て付けは悪く無いくせに音だけは一丁前に鳴らす扉を開けると、中には2人程度が一段に並んで登れそうな螺旋階段。広いところで細長く一本だけ建っていた塔だから判りきっていたが、こうして目にすると、なんとも面倒くさいことで。

 で、目的地はこの階段を上らなくてはたどり着けない。ノエルは再度その事実を確認して溜息を吐いた。

 

 

 →00:08:47

 

 

 ギィ〜↑

「お邪魔しまーす」

 

 ――邪魔するなら帰って〜

 

「お邪魔しましたー」

 ギィ〜↓

 

 パタン

 

 

 …………

 

 

 ギィ〜↑

「ぬ、誰も言葉を返してくれませんね……」

 暫定ラスボスの間で繰り出す一人芝居。空気が読めていない。戸を全開にし、微かに入る光を中に取り込む。

 

「ノエル君……なの?」

 

 すると、ルミアの声が聞こえた。姿が見えないことから、光が届かない暗闇にいるのだろう。迷いなく足を運ぶと、床に座り込むルミアの姿が見えた。一見したところでは、外傷はない。

 ルミアもノエルの姿を見つけ、驚いたように目を見開いている。

「の、ノエル君……」

「昨日ぶりですね、ルミアさん」

 そう人懐っこい笑顔を向け、ルミアを自然と安心させた。――完堕ちとか言ってはいけない。

「足元にある不自然なものがなければ、元気なようで何よりですよ」

 床を注視してみれば、薄っすら何かが引かれている。まあ、ノエルからすれば正体も判っているから遠回しに言う必要もないが。

 

「で、もう1人居るはずなんですけどねぇ。何処ですかー」

「……バレているみたいでしたね」

 

 そう、ルミアの奥の暗闇から男の声が聞こえた。足音が近づいて、その顔が見える。二十代ぐらいの優男。柔らかい金髪で涼やかに整った顔立ちに青い瞳。好青年と言っていい。 

 

「……ヒューイ=ロスタームさん?」

「――そこまでわかってるんですね」

 

 彼――ヒューイは、ノエルの問いに少し驚いている。

 

「なら、私が来た理由って判ってます?」

「ええ、判っています。

 しかし意外なのは、僕の後任でなく、君のような可愛らしい娘さんが来たことですかね?」

「――あはは……」

 あぁ、やっぱりこの人も目破れなかった。現の身の立場がありながらも、ルミアは苦笑いを浮かべるしかない。

「それと、僕はあなたの名前を判らない。事前に聞いていませんからね」

「まあそうでしょうねぇ〜」

 ヒューイはノエルを警戒していない。真っ先に攻撃を仕掛けてくる気はないと判断していた。ノエルもそれに答えるように攻撃するそぶりを見せない。代わりといってはアレだが、床にうっすらと引かれている線を見て。

 

「サクリファイス、魔力変換からの学院爆破、ルミアさんの転送――これで合ってます?」

 

 ノエルの口から出た事柄に目を見開かせる。

「――それをどうやって? ここに来ていませんよね?」

「ちょっと調べました。私からすればここのセキュリティーも抜けちゃいますからね」

 あっけらかんと言うノエル。普通の人にもできると言わないだけまだマシ。

「ヒューイさんの役割って、どんなのです?」

「この学院に、王族、もしくは政府要人の身内。その方がもし、入学された時にこの学院とともに自爆テロで死亡させる。僕はその爆弾の役目です」

「――!?」

 ルミアが息を飲んだ。

「どうして!? どうしてですか先生!?」

「すいませんルミアさん――僕は最初からこの目的のために、十年以上前からこの学院に在籍していたのですから」

 嘘では無いのだろう。そして、嘘を言うつもりもないのかもしれない。

「で、なんでルミアさんは転移法陣の上にいるんですか?」

「ルミアさんは少々特殊な立場なんですが、上層部が大変な興味を持っているんです。学院を爆破するのも、長期的に見て帝国に損害を与えると見積もっての腹積もりでしょう」

 まったく、狂っている。

 常人からすればそう理解せざるを得ない。何を目的とし国と対立するのか。その理由が魔術に対する価値観の相違によるもの。帝国に打撃を与えられるなら、自ら命を捧げても構わない。

 それが魔術の発展につながり、我らの存在に繋がっている――。

 でもノエルは、改めて聞いた闇に対して動揺することもせず、ただ聞いていただけ。ヒューイはその態度を少し疑問を抱いた。

「もしかして、何か手を打っていたんですか?」

「いえいえ。だーれも気付いていませんでしたよ?」

 そこに関しては間違いない。結界の設定が変更されているのも、誰一人として気が付いていなかった。判っていたら2組を休校日に授業を設定していない。

 だが。

 

 

「でも――みーんな、気が付かない内に私の手のひらの上で踊っていたんですよ」

 

 

 

 

 学院で発動していた魔術。全部少しだけ変化させていたんです。

 

 

 

 

「私が糸で操れるかのように、全部操作できるようにしていましたからね。万が一の危険も起こりませんよ」

 

 グレンは何故一振りも貰わなかった?

 あの〝電撃の閃光〟は、何故解除(レジスト)されなかった?

 ゴーレムは何故一言でその動きを止めた?

 

 判らない汗が出るのをヒューイは感じていた。ルミアも、何を言っているんだろうとノエルを見て目をパチパチさせていた。

 

 二人の視線を集めていたのを気にすることなくポケットに手を入れると、一枚の白いカードを取り出して表面を見せた。

 

「お母さんから一人で名乗ってもいいって言われてるんでこれくらいはできないといけないですからね」

 

 

 

 

 白と黒だけで表記された、タロットカードの21番目の図柄――〈世界(THE WORLD)〉。*4

 意味の一つを、()()

 

 無駄な色は付かない、白と黒を有す中立の立場で有り続ける。

 

 

 

 

 つまりは、セリカ=アルフォネアが〈()()()()()()として、ノエルを推していたということ。そして、それを()()()()()()()だけの実力を持っているということ。

 

 ヒューイの顔が少し俯いた。口を見れば、若干笑っていた。再度顔を上げれば、清々しい表情をしていた。今までにあった事を彼は知る由もないが、察してしまったのだろう。

 

 このまま法陣が発動しても、()()()()()ということを。

 

「いつからですか?」

()()()()()()()()()です」

 

 穴を開けたそのタイミング。その時に手を触れていた。穴を開ける僅かな時間で結界を既に掌握していた。そして屋根上に敷設したマナメーターの範囲は、()()()()()だ。

 

「さて、茶番劇の終わりです」

 

 そう告げて、ルミアが中央に座る法陣に手を触れる。すると、引かれた線が淡く輝き出す。外周から内側へ、侵食するように。たった十数秒間だった。ルミアとヒューイの下に光が届き完全に線が書き換えられると、光が周囲に砕け散った。

 それは、見たことの無い光景。空に漂う淡く光っているガラスのようなカケラ。全部線が砕けて出来たもの。法陣の解除でこれ以上無くシンプルで、何とも言い難い現実感の無い、空想的光景。

 そして、小さく砕けるように霧散した。

 

 

 

 

 呆気なく、この事件が終わりを告げた瞬間だった。

 

 

 

 

 空に浮かんでいた光を、ヒューイは悲しそうに見ていた。

 光が消え、部屋が暗闇に包まれる。

 

「ふふふ――」

 

 突然、彼は笑い出した。優しい声で、狂気は感じられない。彼の目はどこか遠くを見つめていた。

「こんなに呆気なく、終わってしまうものなんですね。僕でも解除するのに十分は掛かるのに、たった十秒で終わらせてしまう――世界とは、広いものです」

 諦め。やはり本物の天才には敵わない。そんな意を感じた。

「急な話で、準備不足が否めなかった今回の件でも、もう少しのところまで来ていて、成功していたかもしれない」

 誰も気が付いていない。計画としては完遂出来ていておかしくなかった。だがそれを、たった2人が覆していった。

 ノエルは近くまで歩み寄り、話し掛ける。

「ヒューイさん――あなたはどうしたかったんです?」

「わかりません。でも、――どこかホッとしている自分がいます。受け持っていた生徒達を、自分の手で亡き者としなくて安心しているんだと思います」

 心に残っていた良心の呵責――どこかでヒューイは助けを求めていた。ただ一つの目的のためだけに生かされていた己の存在を、誰かに止めて欲しかった。だが、組織と繋がってしまった限り、抜け出すことは絶対に出来なかった。それが自分の人生だと、人に決めつけられていた。

 ルミアはヒューイを同情するように見つめていた。自分の担任を務めていた人が、こんな重い枷を背負って今まで学院にいたと知り得なかった。

「先生……」

「どっちにしても、僕はもう此処にはいられません」

 至極当然と言える。危うくこの学院にいる命を散らせ、爆破しようとする計画に手を貸す。幼き小人(しょうにん)に事を教える教育者としてあるまじき事態を起こしたのだ。再度この学院に講師として復職しようとしても、誰も手を取らないだろう。

 認めたくないが、ルミアも頭では判っていた。どう転んでもヒューイには法の裁きを受けさせなくてはいけない。強制されていたとはいえ、手を貸していたことは紛れも無い事実なのだから。

 

 

「お前は運が無かったな、ヒューイ?」

 

 

 すると、女の声が聞こえた。

「アルフォネア教授……」

 顔を上げていたヒューイが扉を向いていた。そこには、背を扉の横で凭れて様子を見ていたセリカがいた。

 ヒューイが気づいたのを切っ掛けに、セリカが歩み寄る。ヒューイとルミアは顔を驚きを隠せない。転移法陣は未だに復旧していないし、転移しようにも魔術学会の会場から学院までの場所が遠すぎる。下準備がなければ転移のしようがない。

「いつからここに……」

「ほんのさっきだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だな」

「え……?」

 セリカの出す答えに、ヒューイは思わず声を上げてしまった。

()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。ノエルはさっさと書いて、()()()転移可能にしてしまったぞ?」

 汎用性ではなく、ただ特化させただけ。お互いを常に何かで結び、片方が引っ張るようにすれば引っ張られた方は引き寄せられる。ノエルが敷設した転移法陣とは、そのお互いが結ばれた〝糸〟を〈引っ張る〉役目を担ったモノ。対してセリカも、〈引っ張られる〉役目の法陣を敷設し、その効果が発揮されると自動で消えるようにしたモノ。

 2人が考えついた、オリジナルといっても過言ではない魔術。

「……すごいですね。私なんて手も足も及ばないじゃ無いですか」

 他人として結界のことにはエキスパートと言われている自分ではあるが、ここまでの領域には到達していない。その技術力は計り知れないものがあった。

 セリカは少し笑い自慢するようにノエルを抱き寄せた。

「あぁ、なんていったって私の養子だからな」

「――!?」

 ヒューイは驚いた顔をし、視線を咄嗟にノエルへ向けた、ノエルは笑顔を浮かべて。

 

 

 

 

「ノエル=()()()()()()、以後お見知り置きを♪」

 

 

 

 

 アルフォネア。そのネームブランドは魔術界隈で世界に轟く。

 そしてその名がついているということは――。

 

 見上げて息を大きく吐き、再度諦めたように呟いた。

 

「最初から、計画なんて頓挫しているようなものじゃないですか……ははっ」

 

 そもそもケンカを売る相手が悪すぎた。一流と言われる魔術師でさえまともな勝負にもならないような相手だった。この程度で済んで良かったのかもしれない。

 セリカはそんなヒューイを、ただ見守っている。

 

 ノエルはノエルでヒューイの様子を一瞥すると、未だ座り込んでいるルミアの元に近付く。

 不思議に思うルミアの態度を余所目に、突然、腕をめいいっぱいに広げた。

 

 

「ルミアさん。ほら、どーんと飛び込んでください!」

 

 

 なんだろう。妙に締まらないこの感じ。

 ほらほらと催促するノエル。たしかに飛び込んだら飛び込んだで安心感が得られそうではあるが、いかんせん飛びつく相手が自他共に妹として見られているノエルだ。ついでに言えば性別が違う――が、ノエルからすれば些細な事以前に一切気にしていないみたいだし、ルミアもあんまり気にしてはいないのだが。

 なんか抱きつかないと終わらなさそう――そう感じたルミア、思い切ってノエルに抱きつく――。

 

 

 ――力一杯抱きつかれたであろう、自分の身体。不思議な安心感があった。それこそ母親のような安心感――

 

 

 

 

 ――無事で良かったです

 

 

 

 

「えぇ!? ちょっと泣かないでくださいよ!?」

「ごめんねっ――ノエルくん――っ」

 何故だろう。

 耳元で囁かれた言葉一つなのに――何故、自分は肩を震わせて泣いているのだろう。なんで――

 

 

 

 

「ちょ、思いっきりぎゅーってしないでくださいぃ!!」

 

 

 

 

 ――こんなに離れたく無いんだろう。

 

 

 

 

「あ〜あ、ノエルの無自覚さが出たか……」

 その光景を呆れるように眺めているセリカ。成長しているというべきなのか、単に自覚していない――まあ、そっちが正しいんだけど。

「全く、こんな時になにやってるんだか……」

 思わず軽く笑ってしまうほどに、相反した感情がお互いを包んでいた。

 

 2人を微笑ましく眺め、ヒューイはポツリと呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 僕も、この光景を見ていたかったな。

 

 

 

 

 

 

 

*1
もしかして:ふ()()

*2
0を制御状態とし、100をカオスと仮定。魔術行使時に0から100のその範囲内で限界に到達しなければ魔術が行使できる。

*3
決してテニスゲームの「PONG」でも、「コマンドー」でもない

*4
〈https://taroturanai.com/img/20f.jpg〉無いだろうと思ってたら、マジで白黒だけの奴があった。何故だ




Q1:分割してあげればいいのに
A1:なにそれおいしいの?
Q2:チート持ち?
A2:回路とか色々言ってるけど、全部()()。ノエルの実力。

ふと思ったことがある。
他の小説でAnother Viewとか書くの、なんかエロゲみたい。

ノエルの外見がなんだかんだ定まってきた。
エピローグの時に画像付で公開予定。
カスタムキャスト? 知らない子ですね……(PCを弄りながら

アンケート:
自由にやりたまえが一番多かったね。まあ、基本1万字をベースにやります。(必ずとは言っていない)


12:00
ライトニング・()()()→ピアス
自然すぎて意味が普通に通じそうなのが。現に自分が。

7:50
事前に見直してたから重大すぎたところは修正済み。
ヤベェ見落としあったけど。天の叡智(えいち)智慧(ちえ)

2019.08.11
投稿時点での文字数。31,038字。
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