新・銀河英雄伝説~残照編   作:盤坂万

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第2話

 フェザーン宇宙港内は行き来する旅客でこの日も大変な賑わいを見せていた。

 ターミナルは広大の一語では語れぬほどの規模を誇り、昼夜を問わず艦船の離発艦が絶えることはない。二五〇年の長きに渡った戦乱が終息し、かつては異なる政体の狭間にあったこの惑星が帝都として文字通り銀河の中心に座した現在ではなおのことであった。

 銀河の両側からの行き来に規制が少なくなった今ではあらゆる人と物がここを目指し、ここからまた旅立つ。天井高三十メートルを超える巨大空間には、乗り継ぎに束の間の休息を取る者や見送る者に見送られる者、軍人や自由商人などなどありとあらゆる職種、人種が入り交じってさながら坩堝のごとき様相だ。

 帝都がフェザーンに遷されてからその都度拡大拡張が行われた宇宙港は、人類史上類を見ないほどの規模になっており、この宇宙港だけで通常の都市三つ分ほどのインフラ投資がされていると嘯かれるほどで、それらを支える職員の数と利用者数を合わせればメトロポリスの人口を軽く凌駕する。日に数万回を数える離発艦のため管制は雑多と至難を極め、宇宙港警備隊に至っては日に三桁に及ぶ出動があった。そうした情勢下、宇宙港における民間レベルの治安はむしろ悪化していると囁かれている。

 表向きの統制は取れてはいるが、その実犯罪行為は横行していると言って過言ではない。前時代と比べて犯罪の質も当然変化しており、社会が公平なものに向かう作用は犯罪行為にもその効力を及ぼすようで、事件は多様化と一般化と平準化の様相を呈していた。いわゆる凶悪犯罪と呼ばれる殺人や傷害、強盗などは言うに及ばなかったが、犯罪の大半は密輸、脱税、禁止薬物の輸送販売、人身臓器の売買などセンシティブなものが多く割合を占めるようになっていた。

 警察、軍、憲兵がこれの対処にあたるがそれぞれの組織の扱う犯罪は異なる。前時代であれば混迷もしようものだが、幸いなことにこれらの管理統率がウルリッヒ・ケスラー元帥ひとりに帰することが唯一の救いだったであろう。犯罪発生数は毎年史上最高を記録するが検挙率が低下することはなく、むしろ微増しておりケスラーの類まれなる辣腕ぶりが圧倒的に目立つのだが、これこそが現在帝国の抱える懊悩の顕在化したものに違いなかった。

 王朝の治世は相変わらず急速に変革している。もはや変革こそが常態であるとでも言わんばかりの激動ぶりだ。ローエングラム朝の治世は獅子帝在世の頃から革新的で目覚ましいものだったが副作用はその分激しい。パンチドランカー状態でリングに上がり続けているようなものだと評したのは、アレックス・キャゼルヌだったかダスティー・アッテンボローだったか、いずれも旧同盟軍を辞して野に下っている人材の取るに足らない雑言ではあったが……。

 そしてその後の強烈な個性の喪失、ローエングラム朝の耳目であり頭脳であり心臓であり筋力であったラインハルト・フォン・ローエングラムは永遠に喪われ、それを支える廷臣も半ばが戦乱や謀略により失われていた。オスカー・フォン・ロイエンタール、パウル・フォン・オーベルシュタイン両元帥を筆頭に、テクノクラートでは当世随一の逸材であったブルーノ・フォン・シルヴァーベルヒ元工部尚書。これら三名の喪失だけでも王朝の骨子が瓦解するに足りる。崩壊をおし留めさらに成長させているのは、ひとえに皇太后ヒルデガルド・フォン・ローエングラムや、宇宙艦隊司令長官ウォルフガング・ミッターマイヤーなど、残された人々の尽力によるものだが、それこそが王朝の孕む不安材料のほぼすべてであると言って言い過ぎはないだろう。

 つまり帝国の人材不足は相当に深刻だった。有為の人材はいまだ数多くあったが、多くの政務が属人化しているためその重責を担わせるには後進の成長を待たねばならず、強大な武力と意志によって銀河を統べた新王朝は、いつか稀代の謀略家が評したように、拡大の一方での空洞化を顕著なものにし、いまなお解決の糸口すら見つけられずにいた。

 その影響は航路の警備体制にも顕れている。これまで不正も多く不公正な法の下にありつつも、宇宙航路は門閥貴族の手によって分割的に保全されていた。良くも悪くも宇宙海賊の類は統制されていたのである。無論中には積極的にそれら賊を排除する地方領主もあったが、多くはそれらを取り込み飼い慣らすなどし、好き勝手な跳梁を結果的に食い止めていたというのが一般の事実である。その箍が外れたことも一因であるが、瓦解した貴族制度の反作用で、それまで各貴族が私してきた軍隊が宇宙海賊化するなどの問題も生じている。新王朝になり宇宙管区制が敷かれ、警備体制が整いつつあるが、中央から離れれば離れるほど悪事と官憲の癒着は進みやすく、これらの討滅に軍関係者は奔走させられていた。

 

 宇宙港をはるか上空に頂く惑星フェザーンの地表では、生き残りの元帥の一人が重々しくため息をついたところだった。

「仕事を進めれば進めるほどより厄介な問題が拡大生産されるわけだ。考えると馬鹿馬鹿しくなってくるな」

「宇宙海賊相手ではな。だが卿は責任感が強すぎるのだ。強大な敵手が存在するわけでもないのだから何も毎回自身が対処する必要はない。部下に任務を与えて自学自習させることだな」

 義手の元帥の愚痴に、半白髪のこちらもまた元帥がコーヒーの芳香に目を細めながら答える。

「そう簡単に言ってくれるがな……」

 隻腕の元帥はそれだけ言って深々としたソファにその身を沈めた。

 


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