新・銀河英雄伝説~残照編   作:盤坂万

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第4話

 ドックに入港してくる輸送艦を眺めながら、際立って姿勢の良い長身の男は手持ち無沙汰に宇宙港ロビーに佇んでいた。

 同行者の元同盟人が、せっかく久々にフェザーンまで来たのだからと、帝国産かフェザーン産のビールを探してくると言い残してかれこれ二〇分程が経過している。どうせ途中で妙齢の女性を見つけてせっせと成果の種蒔きでもしているのだろう。そう想像しながら男は金褐色の短髪をかき乱しては整えるのを繰り返している。

 この五年ほど銀河の彼方此方を物見遊山していた同行人としては、フェザーンのような大都会は久しぶりとあって、生来の無分別さが自然にステップを踏み出すのに違いなく、踊り疲れるまで帰ってくる気配はなかった。

 翻ってわが身を思えば、これでいて自分にも鷹揚さがだいぶ身に付いたように思う。それにしても五年、自分自身旅に出るのにこうも時間がかかるとは思ってもみなかった。それだけに惑星ハイネセンを経つ際に感じた後ろ髪をひかれる思いは、シャトルが重力に逆らいつつ大気圏を抜き出でるあの感覚に似通っていた。

 予定では次の乗り換えまで半日あった。その予定も航路の混み具合や宇宙海賊の出没、事故などで大きく前後するのだが、そんなことはこの時代にあって一般的なことである。二日や三日旅程がずれるなどと言うことは宇宙旅行にはあまりに日常的なことだった。

 こうした情勢下にあって、彼の旅の目的である人物は無事息災でいるのだろうか。この世情不安の波の中にあって、恩人の息女たるかの人はどこにいるとも判らない。とにかく一旦オーディンへ向かい、足跡をたどるしかないだろう。不安と焦燥は、旅の出発地であるハイネセンの地表を離れるほどに募っていた。

 とめどもなく心の内を自身の手でかき回していると、不意に近くに人の立つ気配を感じ伸びていた背筋をさらに伸ばす。だがすぐにそれが連れの人物と判ってため息を漏らした。

「何を考えていたんだ、中佐?」

 明るい褐色の髪をした優男がビールのボトルを手に立っていた。自分も中佐だったろうにと思いながら、緑光を宿したような色の目を見返す。いつもどこか人を食ったようなこの人物に、男はこういう気の置けない感情を友情と呼ぶのだろうか、と自問した。

「貴官こそどこまで買いものに行っていたのだ。まあ何をしていたかは聞かずとも想像がつくが……」

「なかなかいい勘をしているな中佐。そう、投資をちょっとな」

「投資ね。芽吹くことを祈っているよ」

「あ、可愛くないね。せっかくお前さんにも分け前をやろうと思っていたのに」

 金褐色の方の男はため息を漏らすように笑うと「結構だ」と断った。

「まあ堅物の中佐に女はいらんだろうが、これは入り用だろう?」

 軽口のついでに手渡されたボトルを受け取って、金褐色は「おっ」と感想を漏らして喜色を浮かべた。

「冷えているな。ありがたい」

「あれだな。サービスが良くないと物が売れないまっとうな世の中が戻ってきたという証左だろうな」

「独創性のない感想だな」

「独創的であればいい、などと言う世迷言は……」

 優男が最後まで言い終わらないうちに、何かに目を奪われて「おや?」と呟いた。優男の意識が向いた方向に視線を飛ばしたが、金褐色には彼が何に気をとられたのかは判別できなかった。

「中佐、どうかしたか」

 問われて優男は「いやなに」と依然気をとられた様子で遮ったが、そぞろな心持のままボトルの栓を引き抜くと一口液体を口に含んだ。表情には物足りなさと期待外れの混合物が浮かぶ。

「これが本場の味なのかね?」

「中佐、こいつにはアルンハイム産とある。同盟でつくられたビールだよ」

「けっ、はるばるフェザーンまで来たってのに、なんでわざわざ同盟のビールを飲まねばならんのだ」

「貴官が持ってきたのだが……」

「フェザーンで売るならフェザーンでつくったビールを売ればいいものを、ややこしいったらないぜ」

「それは少し乱暴じゃないか」

「だが独創的ではあっただろう」

 優男はそう締めくくるとくっくと喉を鳴らして嗤って、ボトルの液体を半ばまで胃に流し込む。いまのは独創的だったろうか、と呆れた様子の金褐色の方もようやく栓を開けた。その様子を横目で流し見しながら優男は大きく伸びをした。思わずあくびが漏れる。

「しかし暇だな。半日程度ではロマンスと洒落込むわけにもいかないし、飲んで過ごすには長すぎる」

「半日で済めば僥倖さ。宇宙海賊でも現れた日には、三日四日航路が閉ざされることもある。つい先日も半月ほど航路を塞がれたことがあったらしいからな」

 真面目な口調で言う連れに、缶詰はごめんだな、と舌打ち交じりに優男は言って、とうとうベンチに寝そべってしまった。まったく気ままな男だ、と完全に呆れながらもこの優男の自由な言動を羨ましく思うのは、最近増えてきた自分でも意外な感想のひとつだった。

「宇宙海賊ごときに手を焼くとあっては、精強を誇った帝国軍も今や過去の話だな。死んだカイザーが草葉の陰で泣いているんじゃないか?」

 あのカイザー・ラインハルトが死んだからと言って、部下の不甲斐なさにめそめそするとも思えんが、と軽口を続ける。さすがに声音は小さくしているが、憲兵にでも聞き咎められたら不敬罪は免れないだろう。こんなところで拘束されて身許を暴かれるようなことになっては、送り出してくれた多くの人たちに申し訳が立たない。金褐色が自制を求めると珍しいことに優男は謝罪して見せた。決して殊勝ではなかったが。

「艦隊同士の会戦とは違って、宇宙海賊などと言っても相手はゲリラと変わりない。根拠地を見つけて叩き潰さない限り、半永久的に悩まされることになる。軍も明らかな外敵がなくなった以上、治安統制的な役割に傾かざるを得ないだろうが、内務省との折り合いの悪さもあると聞く。戦時下とはいろいろと勝手も違うわけだから……」

「お前さんこそ、ごくごく独創性のないことを言うね。よく似たやつを知ってるぜ。とっくに死んでしまったがね」

「自明のことを論じたに過ぎないが……」

 そう言い訳してようやくビールを一口含む。飲み下すとき、少し鼻腔に苦味が広がった。

「どうだい異郷の味は」

 からかう連れには答えずもう一口ビールを飲み下す。金褐色は手にしたボトルを見つめたまま、悪くないと呟いた。

「自由の味だな」

 そう答えると優男はかっかと嗤った。

「違いない。軍属や軍人なら一般旅客の入り混じるターミナルでアルコールなんぞはご法度だからな!」

 金褐色も一緒に嗤う。自分はどんな自由を手にしたと言うのだろう。戦いからの解放か、貴族社会との、旧い時代との別離か。ヤン・ウェンリーを頼って宇宙を渡った時、すでにそれを手に入れていたのではなかったろうか。しかしわだかまるものは確かにある。それに別れを告げるために今、旅をしているのだ。だが、男たちはさしあたって同じ自由を感じているようだった。

「さて、これからどうするね」

 優男が問うのに、そうだな、と相槌を打ちつつ宇宙港ロビーの壁面に設えられたディスプレイに目をやる。ガラス窓一枚を隔ててすぐそこには宇宙が広がっているように見えるが、これはディスプレイになっていてリアルタイムで外壁側の映像を流すことのできる代物だ。黒々とした真空の大海に無限の星々が散りばめられている。至近には停泊している巨大な輸送艦たち。遠くのデッキにはたった今入港してきた艦がまさに接舷しようとしていた。

 そんな折だった。突然ディスプレイの映像に乱れが生じた。最初は小さなノイズだったが、どうやら画像が乱れているわけではないと気付いたのは二人ほぼ同時だった。

「歪みが発生している……」

 先に呟いたのは金褐色の方だった。じっとディスプレイの一点を見つめる。

「おいおい、こんなところにワームホールを開ける奴があるかよ」

 距離にして三〇キロほど先だろうか。目に見えて空間に歪みが発生していた。発生する磁場で隔壁ディスプレイの映像が乱れ始めている。堅牢なはずの宇宙港がごとごとと小刻みに揺れていた。時空震が発生して何かが宇宙港至近にワープアウトしてくる。そう思った次の瞬間ディスプレイの画像が白濁した。

「くそ、肝心なところを。中佐、行こう」

 半ばまで飲んだボトルをダストロボットに投げ入れて、優男は早足で歩き出した。あたりは異変にようやく気付いて右往左往する旅客でごった返しはじめている。注意を促すアナウンスをもかき消すほどのざわめきが宇宙港ロビーにあふれだしていた。

「中佐どこへ!」

「警備隊の指揮所に決まっているだろう。ここにいても何も判らん」

 どことなく浮き立つような表情の優男に、金褐色の方の男はやれやれと呟きつつ、まだほとんど飲んでいないボトルをそっとベンチの上に置いた。あまり目立ってほしくないのだがな、と胸に去来する言葉を飲み下し、息を整えると優男を追って駆け出した。

 

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