新・銀河英雄伝説~残照編   作:盤坂万

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第5話

 それは戦闘開始間もなく、宇宙港警備隊指揮所内でのことだった。指揮所の兵らは当初突然訪れた二人の珍客をどう遇するべきか悩んだものである。しかし流暢な弁舌と確かな身分証を提示され、ひとまずこの招かれざる客をエアロックの内側に招じ入れざるを得ない事態に陥ってしまった。

 彼らは彼らが主張する限り、ごく控えめに指揮所のサブスクリーン前で宇宙海賊が跳梁跋扈する様子を督戦していた。警備隊は迫りくる金色に塗装された宇宙海賊のワルキューレに、砲台の火力で対抗していたが成果はここまでまるで出ていない。敵が破壊ではなく、商船の拿捕を目的としているらしいことから、何とか最悪の事態は免れているが、戦況は警備隊にとってまるで芳しくなく、いずれは海賊共に目的を達成させてしまうだろうことは明らかだった。

「おい、こちらは戦闘艇を出さないのか?」

「ま、間もなく発進する予定ですが……」

 傍らを行こうとした年若いオペレーターに遠慮なく質問を投げかけたのは、先程まで旅客ロビーでビールを飲んでいた優男だった。となりには渋面を顔いっぱいに張り付けた金褐色の髪色をした男も姿勢正しく立っている。苛々している様子が傍目にも明らかである。

 そこへ仮眠を取っていたらしい警備隊の司令官おぼしき男が、小太りの身体をゆすりながら指揮所へ突入してきた。

「事態はどうなっている? 敵の所属と数は?!」

 部下から報告を受けつつ司令官は指揮所内を見渡し、サブスクリーンの前で目を止めた。民間人らしき姿の男が二人。明るい褐色の髪色をした優男と、渋面だが異様に姿勢のいい金褐色の髪をした男だ。どちらも身長が高くすらりとしていて癪に障った。

「奴らはなんだ」

「は、予備役のシーフェルデッカー中佐と同じくランペルツ中佐であられます」

 司令官はそう聞いて沈黙した。予備役? 軍務省か憲兵のエージェントがよく使う口実にある。予備役の軍人が旅行と称して対象を密かに調査するという常套的な手段ではないか。まったくソリビジョンの推理ドラマや小説の読みすぎだ。

 だが部下から二人の身分を照会した資料を携帯端末で見せられ、司令官は青ざめることになった。彼が目を止めたのは二人の経歴である。今は予備役だが、直近の経歴にはノイエラント総督直属の特務部隊所属とある。つまり亡きロイエンタール元帥の手下、それも特務部隊と言うからにはただの中佐というわけにはいくまい。

 しかし、と司令官は思考を巡らせた。密命を帯びてここへ来たのであればこの経歴が抹消されたIDを所持しているのではないか。実際に予備役の士官が偶然居合わせたに過ぎないのではないだろうか。その可能性が高いように思われるし、そうであれば迂闊な反応をするのは藪蛇だろう。そう目した。だが、そうであれば事実特務部隊の経歴を持っていることには違いない。いずれにしても厄介な客だ。どうしたものか……。

 向こうから疑わしさと怪しさをないまぜにした視線を向けられているのを感じ、ランペルツを名乗る優男はひそひそと、同じくシーフェルデッカーを名乗る金褐色に耳打ちをした。

「あれ、大丈夫かな」

「さてな。何やら我々を怪しんでいることだけはわかるが、IDは無事認証されているわけだし問題なかろう」

「あの小太りの司令官がIDの人物と知己である可能性はなきにしもあらずだな」

「…………」

 それはあり得ることだと優男の言葉を飲み込みながら金褐色の髪色をした男は尖った顎に手をやった。IDはどうやら本物だったが、おそらくID自体には本来の持ち主がいると思われる。同盟との戦闘の中で捕虜になりその後死んでしまった者からIDを奪い、あたかも生きているかのようにその存在を生かし続けるというのは、情報部などではよくやる手口だった。人道的な観点からは非難されるべき仕儀だが、有効であるからには表立って禁じていても横行するものである。敵がやるならこちらもやる。残念ながら世の中はそういう様にできている。

 あのIDの人物に来歴があるならさっき連れの男が言ったようなことは充分あり得る。だがこのペテンを仕込んだ人物への信頼が男の中に大きい。そうした事態も想定した仕掛けがされているのではないか。ここは覚悟を決めて静観すべきだろう。思いを巡らせているとトロメルと言う名の司令官に、上向きに立てた人差し指でちょいちょいと手招きをされた。側に近づくと大佐の階級章が識別できた。

「両中佐は休暇か」

「しばらくハイネセンで拘束されておりまして、もともとありもしない疑義も晴れて解放されましたのでオーディンへ一時帰郷する途中であります」

 あらかじめ落とし込まれていた設定をそのまま口にした。淀みなく答えられのはこの男の日頃からの生真面目さが生んだ結果だろう。その間、連れの男は大仰に頷きながらただ相槌を打つばかりだった。

「帰投兵は後送計画が立案されていたはずだ。このような単独行動ができるのかね」

 これも想定された質問だったので、シーフェルデッカー中佐はあらかじめ用意されてい回答をやはり淀みなく答えた。もともと生粋の帝国軍人であるわけだから疑いを差し挟む余地もない。

「そうか、ならば大人しく休暇を満喫することだ。他人のロッカーを覗き込むようなことは控えたまえ」

 捨て台詞を口にするとトロメルはひらひらと手のひらを振って二人に下がるように指示した。

「な、うまくいったろう」

「別段、貴官が誇らしげにすることではなかろう。これはキャゼルヌ中将の功績だ」

 確かにそうだが、とランペルツ中佐は口をつぐむ。実際ここへ入るまでランペルツはまったくの無策だったのである。ハイネセンを発つにあたって二人が付与されたIDは実名のものではなく帝国軍士官のものだった。ただし偽造IDではなく本物であることには先にも語った通りだ。そのIDを持って、ランペルツは指揮所のエアロックをノックしたのである。

「しかしちゃんとしたIDで良かったな。もし適当な中身だったら放り出されるだけでは済まなかっただろうぜ」

「そう思うのなら、軽々な行動は以後慎んでもらいたい」

「堅いことは言いっこなしだぜ。だがまあ、以後があるのならそうするとしよう」

 シーフェルデッカー中佐は同僚の言い分にため息をつく以外の選択肢があるなら、誰でもいいからぜひご教示願いたいと心中願ったものである。

「それで、だいたいの状況がわかったところだが、どうするつもりだ貴官。私としては早いうちにここを立ち去りたい」

「まあまあ中佐。俺にひとつ考えがある」

 にんまりと笑うランペルツ中佐に、シーフェルデッカーは既に嫌な予感を感じていたが、おし留める暇もなく、エメラルド色の瞳を輝かせてランペルツは指揮所を振り返った。

「司令官!」溌溂とした声で言い放つ。「相談がある」

 シーフェルデッカーはこの男が次に何を言い出すか完璧に予測することができた。

「空いているワルキューレはあるかね?」

 一字一句予測と違えることのない同僚の発言に、シーフェルデッカー中佐は両手で顔を覆って束の間天井を仰いだ。何とか姿勢を正し、痛み出したこめかみを固めた拳で二度三度と叩く。

 ランペルツの声に顔をあげた司令官は、たいそうな迷惑顔を顔面に展開している。

「ランペルツ中佐、まさかと思うが出るつもりか」

「無論だ」偽名の中佐は自信満々に右手の親指で自身の胸元を指した。「俺は元撃墜王でね」

 大佐である司令官に対して随分と大きな態度である。二回りほど年長である相手に、特務出身であることをかさに着るような振る舞いは演技であれば大したものだが、この無節操さは彼の生まれ持った性質に違いない。それでも不思議といつもこの男のペースにいつの間にか周りは巻き込まれていくのだ。イゼルローンに居た頃はそれほど感じなかったが、ごく常識的な世界に二人で放り込まれると、彼がいかに特異であるか思い知らされる。同時に普通に過ぎる自分をも痛感させられるのだが、なぜか残念な気持ちになるのはやはり彼自身も毒されてしまっているからなのだろう。

「俺とこの……」

 と言いつつ優男は金褐色を振り返ったが、どうやらランペルツ中佐は連れの偽名を思い出せないらしかった。こういう迂闊さがたまに顔を覗かせるから巻き込まれる方としてはいちいち肝を冷やさねばならない。

「ええと……、シーフェルデッカー中佐もかね」

 司令官はランペルツの迂闊さには気付かぬ様子で、携帯端末をのぞきながら発音しにくいもう一人の闖入者の名を読み上げた。

「そうそう、シーフェルデッカー中佐と俺と、二機融通してもらいたい」

 司令官は渋面を作った。ランペルツの不遜な態度に対してか、撃墜王と言う大言に対してか不明だったが、不愉快さを増大させていることだけは間違いなかった。

「さきほども言ったが、他人の領分を侵すような真似はよしてほしいものだ。いくら貴官らが特務出身であってもだ」

「まあまあ大佐、特務は伊達じゃないぜ。必ずや役に立ってみせよう」

「念のため聞くが、貴官らの撃墜スコアは?」

「まあ軽く三桁を超えている。もう少し戦争が続いていれば、歴代撃墜王トップの座は間違いなく俺のものだったろうな」

 ランペルツの雄弁に指揮所内は様々な理由でどよめいた。素直に驚嘆する者、失笑するもの様々だったが、司令官のトロメル大佐はどちらでもなく静かな声で身近にいるクルーに尋ねた。

「IDに戦果データはあったか?」

 そう問われてすぐに確認しますとクルーは答えたが、コンソールでデータをはじき出すと「これは……」と驚愕の表情を浮かべた。

「どうした? データを転送しろ」

 訝し気な司令官にクルーは無言で頷き言われるがままに転送する。手元の端末を注視していたトロメルは、しばらくデータを追いかけていたが、ふと顔を上げると驚きを浮かべた様子で二人を交互に見やった。

「わかっていただけたかな」

 ランペルツが勢いづいたが、ここは乗っかって大丈夫だろうか、とシーフェルデッカーはまだ様子を見ている。だがトロメル大佐は小さく何度か頷いて「よかろう」と呟いた。

「現役において全銀河の五指に数えられるランペルツ中佐のお手並みを拝見するとしよう」

 冷ややかに、しかし品定めをするような嫌な目つきと口調でトロメルは言った。

「二人に予備のワルキューレを回せ。中佐、射出所まで部下に案内させよう。武運を祈る」

「承知した。大船に乗った気分で見ていてくれ」

 そう答えると、ランペルツは案内のクルーについて指揮所を出た。シーフェルデッカーもトロメルに敬礼を送りつつそれに続く。

 戦果を挙げるもよし、海賊に落とされて抹殺されるもよし。何なら誤射と称して宇宙港の砲座で墜としてしまってもよいのだ。トロメルの胸中には黒々としたものが渦巻いていた。

 


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