新・銀河英雄伝説~残照編   作:盤坂万

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第7話

 射出場は整備士やパイロットでごった返していた。トロメル大佐は当初敵戦力をみくびったのか、自戦力の逐次投入の愚を冒していたのだ。重ねて飛び込んでくる発進指示に射出場の整備士たちは抗議を口にしながら右往左往させられていた。

 そもそもここは発進させるだけなので、ひとたび空戦隊が出ていくと今度は帰ってくるそれを迎え入れる収容場の方へ移動せねばならない。整備士の人数は戦後繰り返し削減されており、戦時下のような作業分担ができなくなっている。社会システムの維持のため働き盛りの整備士が不足し、一度引退した老整備士や若い見習いが増えているため効率も非常に悪い。

 シーフェルデッカーらはパイロットスーツに着替えると指定された区画の整備士詰め所へ向かった。周囲は走りまわる整備士たちでせわしない。詰め所には老整備士が一人、慣れない書類仕事を端末に向かって格闘しているところだったが、ランペルツが端末の指示書を整備士の詰め所に提出すると、この区画では一番端のドックを指示してくれた。パイロットを認識するためのチップを支給され、二人は不案内ながらも探り探りその場へ辿り着いた。

「ところで貴官、ワルキューレは動かせるのか?」

 シーフェルデッカー中佐が連れの男に尋ねたのは、ランペルツ中佐の正体が元同盟人だからである。彼がいかに撃墜記録を三桁に乗せているとは言え、駆る戦闘艇がスパルタニアンでなければその辣腕も振るえないのではないかと心配したのだが、優男は自信満々に軽く言ってのけた。

「以前拿捕したものを試したことがある。破壊力はスパルタニアンには及ばないが、取り回しの良さはこっちの方が上のようだ」

「貴官が思う以上に脆いぞ」

「当たらねば問題あるまい。それに小官の本領は撃たせてから撃つことだ」

「先手必勝、ではないのか」

「そいつはあれだな。相手の実力次第だがいまだ俺を上回る技術の持ち主とは、幸か不幸か戦場では出遭ったことがない」

 にやりと嗤って片目を瞑ってみせてから「ところで」とランペルツはフルフェイスを調整しながらシーフェルデッカーを振り返った。

「お前さんこそ実戦の方はどうなんだ。艦橋の人というイメージしかないが」

 ランペルツの疑問はもっともなことだ。彼は長年にわたって艦隊司令官付きの副官兼作戦参謀として従軍してきた。自らが分艦隊を指揮することもあったくらいで、一局所戦闘に従事する機会があろうとも思えない。シーフェルデッカーも別段拘る様子もなく正直なところを口にする。

「空戦も白兵戦も一通り経験しているが戦果は凡庸でね。撃墜数は一〇そこそこだ」

「謙遜だな。専門でもないのに一〇機ばかりも墜としていれば充分エース候補だぜ。背中を預けるには充分さ」

 太鼓判を押されてシーフェルデッカーは自嘲気味な表情を隠すためにフルフェイスをかぶった。七年程度ブランクがあるが何とかなるだろう。

 コクピットに落ち着くと計器類の調整を行いつつ発進許可を申請する。転送されて来た情報によると、敵戦力は巡航艦が二隻、ワルキューレが四個中隊出て係留中の商船を拿捕しようとしているとのことだった。その後の追加情報で件の宇宙海賊と敵対する勢力の作戦宙域への侵入も確認されているとのことだ。

「賞金稼ぎらしいぜ。警備隊は宇宙海賊を追い掃うために賞金稼ぎを見過ごすハラのようだが面倒だな。いっそ十把一絡げといくか」

「しかし宇宙港周辺は戦闘禁止区画のはずだろう。賞金稼ぎの方もただでは済まないだろうに何か事情でもあるのかな。それとも軍関係の依頼か何かか……」

 シーフェルデッカーが疑問を口にしたが、ランペルツは軽く鼻息であしらって、事情など知るものかと言い捨てた。

「いまは銀河中どこもかしこも戦闘禁止エリアだがね。まあここはひとつ、全キャストに主役の格の違いというものを見せつけてやろう。ちなみに貴官は準主役だ。撃ったりせんからご安心召され」

 同僚の軽口に呆れるのはこれで何度目か。

「せいぜい仰せつかった引き立て役に徹するよ」

「俺もそこまで傲慢ではないさ。貴官にも出番がきっと用意されているだろうよ。その時は助攻についてやるから心配なさんな」

 僚機との通信を切ったシーフェルデッカーは、管制に促されるまま発進指示に受領の信号を送ると、操縦桿を握った左右の手に順番に視線を配った。計器類に異常は見られない。視界が拡張映像に切り替わってカウントダウンが始まった。

 戦場は五年ぶりだ。実機を駆っての戦闘となれば七年振りだった。イゼルローン回廊での最後の会戦以降、それまで身近にあった死の気配がここには充満している。もっとも生を感じる場所に彼は戻ってきたことを実感していた。

 


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