新・銀河英雄伝説~残照編   作:盤坂万

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第8話

「きたきたきたきた! 本当に来やがったぜ」

 通信でそう叫んだのはミハエルだった。突然周辺宙域の磁場が乱れかと思ったら、目の前の空間がみるみる歪みだしたのだ。歪んだ空間の向こう側にはフェザーン宇宙港の巨体が見える。距離にして三〇キロほどか。近すぎる、とその場にいた誰もが思ったほどだ。

「連中こんなところに出てきやがった! なんて野郎どもだ」

「ピンポイントで? そんなことができるのか?!」

「新技術でも開発したと言うの?」

 みなが通信上で口々に言う中、ディスプレイに映る光景にゾフィーも目を奪われていた。こんな宇宙港の至近で亜空間跳躍をするなどとんでもない自殺行為だ。失敗すれば時空震に巻き込まれて周辺一帯が消滅しかねない。だが実際に標的は的確に座標を指定してワープアウトしてきた。出てきたのは黄金色に塗装された巡航艦が二隻。対するゾフィーの商隊は巡航艦一隻に駆逐艦が二隻だ。戦力は拮抗していると言っていいだろう。だが完全に奇襲を成功させられた。何らかの方法で急襲することは予測していたが、ここまで強引な手法をとる技術と度胸がターゲットにあるとは考えもしなかったのである。

「そうは言うものの……」

 大きな質量の存在する場所でのワープ航法は危険を伴う、それはこの時代の常識でいわばパンドラの箱のようなものである。開けるのは容易だし、開けてみなければ中に何が入っているかは判らないのだが、開ければどのような災厄が巻き起こるか全く想像ができない、と観念で脅されているのだ。だが開けて見せた者がいる。起こった事実だけの話をすれば巡航艦二隻程度の比較的小規模質量であればこのようなことができるのではないか? 事実だけを明らかにすればその通りだ。しかしその際の制約には一体どのようなものがあるのだろうか。仮説を立証するための材料は? 無事の成功を約束させるだけの条件が相当数存在するはずだ。やはりパンドラの箱はパンドラの箱のままだ。ゾフィーには開けてみようとは微塵も思うことができない。

「まったく……。これが権威主義というものかしらね」

 内心歯噛みするゾフィーに指示を請う通信が偵察艇各機から飛び交う。乱れかけた思考を纏めるとゾフィーは問題を一つずつ片づけることにした。

「ヒルデブラント、敵の識別は?」

「姫様、識別はアンノウンですが、巡航艦の塗装がゴールドだ。こんな目立つ海賊は銀河中探してもツェアシュトーラしか存在しません」

 冷静さを必死に装う様子のヒルデブラントがモニター画面いっぱいに迫る。昨今勢力を肥大化させているツェアシュトーラと呼称される宇宙海賊は、旧門閥貴族の潜在的武力に、同じく新帝国に瓦解させられた旧フェザーンの資金力とが結び付いた集団だとされている。どこを本拠にしているか現状は不明だが、いずれ旧帝国領内の遺棄された軍需施設であろうと目されていた。ただでさえ広い宇宙に、五百年もの間一部貴族によって秘匿されていた膨大な情報や財産などは途方もないほどの質と量とが存在する。ローエングラム朝の廷臣がいかに有能で人類史上において比類なく清廉であっても、何もかもを網羅するほどには宇宙は狭くも浅くもない。

「ペトラ、ツェアシュトーラの攻撃目標はわかる?」

「はい。おそらく第三宇宙港ドックに係留されている商船の模様です。既にワルキューレが出ており目下宇宙港の砲座と戦闘中。商船を連れ去るつもりではないでしょうか。お姉様、阻止しますか?」

 もっとも宇宙港に近い宙域に展開していたペトラからの通信に、ゾフィーはほんの数拍目を閉じたが、再び眠たげな目を開けるとレーダー上の光点を確認しつつ即断した。

「単独で何とかなる相手じゃないわ。一八〇で全戦闘小隊が向かいます。それまでハラスメント攻撃に徹するように。いずれ宇宙港警備隊の戦闘艇も出るはずです。うまく巻き込むことができれば……」

 ゾフィーは各戦闘艇に指示を出しながら自艦をツェアシュトーラの巡航艦に肉薄させるよう操舵手に指示をした。近接すれば敵艦は火力の大きな攻撃はできない。敵艦の背後に宇宙港を控えさせている状況では、こちらもレールガンやレーザー砲などの高火力武器は使用を控えざるを得ないから仕方がないだろう。何せ宇宙港全体には常に三〇〇万から五〇〇万の軍民合わせた人間が滞在しているのだ。敵に高火力の攻撃をさせなければいい。直接施設に損害を与えなくとも、実際に被害が出た場合は戦闘に参加していただけで罪に問われかねない。その脅迫がゾフィーを積極策に押し出させた。それに明らかな戦闘行為を演じた方が警備隊の出動は促されるだろう。彼らを巻き込めば罪に問われる可能性は格段に低下する。今回は軍関連の依頼ではなかったが、こういう時の為に軍関連の仕事をこれまでこなしてきたのだ。このコネクションは大いに利用せねばなるまい。その算段もゾフィーの決意を後押しした。

「お嬢!」今度はミハエル機からの通信だった。「狙われている商船が動き出した!!」

 報告を受けてゾフィーは眠たげな目をぐっと細めた

 


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