新・銀河英雄伝説~残照編   作:盤坂万

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第9話

 やはり事前に受けていた情報は正しかったようだ。目を細めた無表情の奥でゾフィーはギリギリと歯噛みをした。

 ツェアシュトーラの付け狙っている商船は、その情報によると密輸品を満載しているはずだ。それも禁忌中の禁忌である合成麻薬、サイオキシン麻薬をである。それは一体何を意味しているのか。フェザーン宇宙港に不正の温床があるという証明になるのではないか? であれば出港を強行させられる権限を持つ者が宇宙港側にいて、悪事に与しているということになる。共闘どころか宇宙海賊もろとも屠られる可能性すらあるということだ。

「ツェアシュトーラは果たして悪の組織かしらね」

 偵察機から送られてくる映像を注視しながらゾフィーは大きなため息をついた。ドックから慌てるように出港する輸送艦の巨躯が、緩慢に彼女の視界を右から左へと流れていく。連中が付け狙う標的はいつでも不正の臭いをぷんぷんさせている。蓋を開ければ彼らは人身売買や密輸に関係する商人ばかりをターゲットにしているのだ。

 さながら自警団の如し。神出鬼没、悪事の匂いを嗅ぎつければ駆け付けこれを成敗してしまう。益のみであれば軍もこれほどまでにピリつくことはないだろうが、ツェアシュトーラは嘲笑うかのように軍にも噛み付く。殆どの場合が不正軍人の摘発に結び付くものだったが……。

 ゾフィーたちがツェアシュトーラと対峙をする際の依頼主は、巧妙に出所をカモフラージュをしているが、軍関係のものばかりだと思われた。初めのうちは気が付かなかったが、何度か受けるうちにそれと気づいたのは、彼女独特の嗅覚によるものだろう。ゾフィーの嗅ぎつけた違和感は他にもあったが、それについては確信を持つには至っていない。判断を決するにはもう少し材料が必要だった。

 彼女が憂慮する間も、宇宙空間には短距離レーザー砲の発光する軌道と、明滅する爆発光が鮮やかな光源を散りばめ続けている。ツェアシュトーラの戦闘艇は漏らさずそれを包囲し、輸送艦から抵抗の術を奪いつくしつつあった。彼らの目的はペトラが指摘した通り、密輸品を満載した輸送艦の奪取だった。ゾフィーらは善戦をするのがやっとで、次々と味方のワルキューレは戦線離脱を余儀なくされる。毎度感じることだったがすさまじい練度だ。多くの賞金稼ぎがやり合うのを避けたがるのもよくわかる話だった。

「姫様、そろそろ限界です。撤収を……!」

 ヒルデブラント機から悲痛な叫びが雑音と共にゾフィーの鼓膜を震わせたとき、輸送艦を拿捕していた戦闘艇群がにわかに崩れた。モニターには連鎖して爆発していく黄金色のワルキューレが光球と化していく様子が映し出されている。

「警備隊機の増援? なんという速さと巧さなの!」

 今度はペトラ機からの通信だった。ゾフィーの妹分を自称するペトラは、ワルキューレの操縦に関しては卓越した才能の持ち主である。もし帝国軍に女性士官の任用があればエースとして一戦場に君臨したであろうほどの腕前だった。そのペトラをして驚愕せしめるようなエース級が警備隊に存在すると言うのか。散々警備隊機がツェシェトーラ機の餌食になるのを眺めていたゾフィーには、どうして今更とばかりに不思議な光景だった。

 だが好機なのは間違いない。警備隊機が圧倒的な戦技を披露しているうちに、ゾフィーは自艦を敵戦隊から離脱させ、散開させていたワルキューレを収容する作戦に転換することにした。撃墜機を思いのほか出したが、幸いにも全員の脱出を確認している。彼らの回収に一刻も早く移行したいというのが本音だった。

 ゾフィーはしぶしぶツェアシュトーラが拿捕した輸送艦の奪還を諦め、戦闘区域からの離脱に作戦目標の転換を徹底させる。その指令をあらかじめ打ち込んでいたコンソールのコンピュータから各機各艦に送信した。輸送艦は後発の警備隊によってツェアシュトーラから取り戻すことができるだろう。多くの疑惑と禍根を残して。

「今回の依頼は失敗ね……。燃料食料、破損した艦艇の修繕費にみんなのお給金、考えることが多すぎる。ほんと経営者なんてやるものではないわね」

 ゾフィーは孤独な苦悩をひとしきり口にしてからどっと指揮卓の座台に腰をおろした。それにしても警備隊が新規投入したワルキューレの空戦技術は圧倒的だ。モニターに送られてくる映像を注視しながらゾフィーはしかしそのエース機ではなく、エース機に影のように付き従うもう一機へと意識を奪われていた。

 理想的な支援……。いまだ一対一のドッグファイトが主流の空戦において支援に重きをおく支援機の存在に気付いた時から、彼女はずっと戦慄していた。おそらくそれぞれ一機が一機を墜とすよりも格段に高い戦果を虚空の戦場に築いているに違いない。圧倒的に有利だったツェアシュトーラの黄金色の機体は、いまや動く的と化して次々に屠られていく。

 これならあるいは、とゾフィーが光明を見出した時だった。ひび割れたような通信がジャミングの嵐を突き抜けて艦橋に響く。通信の主はミハエルだった。

「お嬢、だめだ! 警備隊が見逃してくれん! 奴ら海賊と俺たち両方を的にしてやがる!」

 普段は飄々としている家臣の声が完全に青ざめていた。それは充分想定されることだったが、ゾフィーは珍しく指揮卓の前で舌打ちをした。元とは言え貴族令嬢にあるまじきことであるが、幸いに聞き咎めるものはいなかった。

 そうだ、こちらは賞金稼ぎだ。もとより警備隊とは共闘しているわけでもないし、依頼も表立ったものではないから、先方からすれば宇宙海賊とひとまとめに所属不明機として対処するのは当然だろう。だだ昨今の事なかれ主義の宇宙警備隊風情では、敵の敵は味方とばかりに、今回のような場合は暗黙的にこちらに協力する、もとい彼らから言わせれば協力させるといったところだ。しかし技量の高い警備隊のエースは事なかれを良しとせず、警備隊の正道をいくことを選択したらしい。堂々たるもので称賛に値するが同時に腹立たしくもある。

「ミハエル、警備隊機に話をつけます。敵対しない旨を伝えれば無茶なことはしないでしょう。あなたがたは随時帰投するように」

「……了解!!」

 ミハエルは一旦絶句したが、すぐに意識を切り替えて命令に従う様子を見せた。別段主君を敵前に曝すわけではなかったが、それでも仕えるべき主人に庇われるのは、彼からすると大きく矜持を傷つけられたも同然だった。無論、ゾフィーにではなく警備隊のエースパイロットに対してだ。

 ゾフィーは回線がオープンになったのを確認するとマイクロフォンに向けて静かに言葉を発した。

「フェザーン警備隊【エース機】のパイロットに告ぐ。こちらは民間協力部隊です。警備隊に敵対行動をとる意思はありません。今すぐ我々への攻撃を中止してください」

 先方へは音声だけを届けモニターは切った状態で回線を開く。最悪の事態を想定しつつ時間稼ぎ程度のつもりで送った通信だったがすぐに返電が入った。想像に反して快活な声音にゾフィーは軽い驚きを感じた。

『女か、あんたが司令官?』

「……そうですが、女だと何か問題がおありかしら」

 むっとしたようなゾフィーからの返答だったが、通信の相手はからからと軽妙に嗤うとOKと答えた。

『美人からの最初の頼み事は聞くことにしているんだ。顔が見られないのは残念だがあんたおそらく美人だろう? それにきっと初対面だ。いいぜ、あんたらへの手出しは控えさせる。識別信号をこちらへ送ってくれ』

 驚くほどあっさりと交渉は結実した。あまりの気軽さにゾフィーはほんの半拍ぼんやりしてしまったくらいである。

「さあみんな、話はついたわ。ワルキューレの脱出ポッドの回収を急いで。健在なワルキューレも随時撤収後速やかに戦域を離脱します。ポッドは残り幾つかしら?」

 手近なオペレーターが、二機分を回収すれば撃墜された七機分のパイロットの回収が完了するという。ここ半年の損耗と比較すると今日の損害率は七〇〇パーセントにのぼる。ねぐらにはあと何機ワルキューレが残っていただろうか。文字通りの頭痛の種にゾフィーは憂いの皺を眉間に深々と刻んだ。

 


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