SAO (シールドアート・オンライン)   作:ニモ船長

10 / 88
「俺のレベルは78、HPは14500、さらにバトルヒーリングスキルによる自動回復が10秒で600ポイントある。
 どんなに急かしても、この小説の更新速度は速くならないよ」




ハルキ「いや良いから早くしてよ」

キリト「引っ越してやる……どっかすげえ田舎フロアの、絶対見つからないような村に……」


第八話 プリズンブレイク in 黒鉄宮

 

 

 

 アインクラッド第一層、はじまりの街。

 

 その中心にそびえたつ巨大なドーム状の宮殿、人呼んで「黒鉄宮」には、ベータテスト時は死亡したプレイヤーが再スタートを切るスポット、「蘇生者の間」が設けられていた。

 そしてデスゲームと化してしまった現在、そこにはそれの代わりに「生命の碑」……ゲームに閉じ込められた全プレイヤーの生死を記す碑があるのみであり、ベータ時代とは裏腹に知人の安否を探る等の理由でもない限りは殆どのプレイヤーはそこに訪れる機会は少なかった。

 だが例外はいる。各種犯罪、及びハラスメント行為をしたプレイヤーはこの黒鉄宮に設置されたもう一つの施設、「監獄エリア」にてゲームクリアまでの途方もない時間を過ごさねばならなくなるのだ。

 当然、環境は普通の圏内エリアに比べてもかなり劣悪である。囚人となったプレイヤーは自分の独房からはいついかなる時でも出ることを許されず、また時々やって来る看守NPCの出す食事も、第一層で振舞われた質素な料理を遥かに上回るまずさを誇っていた。

 そんな状況では、そこに閉じ込められたプレイヤーの精神状態もかなり荒んでしまっていると言っていい。言うなれば一触即発の状態である。そこには、ここがゲームの世界である事を忘れさせてしまうかのような、本当の監獄の様な空気が広がっているのであり。

 少し覗いてみよう、例えばあの部屋。中にいる茶髪のロングヘアー男は……。

 

 

「ズクダンスンブングーン、ゲスパンプンサンプーン、エスケンサン、カストンピン、ケスぺンスンカンタンクーン!」

 

 

 ……めっさ楽しんでおりましたとさ。

 

 

 「ツッチーツッチーツッチーツッチーツッチーツッチーツッチーツッチー」

 

 

 さてさて、どうやら彼……もうお分かりだろう、グラントのしている、だいぶ前にちょびっとだけ有名になってすぐに流行の波に消え去った遊び「ズクダンスンブングンゲーム」にはどうやら相手がいるようである、その落武者男を囲う独房の壁から、隣の囚人の声が聞こえてきた。

 

 

 「ズクダンスンブングーン、ゲスパンプンサンプーン、エスケンソン、カスパンセン、ケスポンスンコンタンカンクーン!」

 

 「一拍多い、さてはエアプだなオメー」

 

 「そのようなことがあろうはずがございません」

 

 

 だから言っただろう、とんでもねぇカオティックフィールドだと。え? 言ってない? というかそのゲームって、相手が見えてないとまるで意味がなくね?

 

 

 「……負けたっ!」

 

 

 いや、そのグラントの敗北宣言から察するに、決してそんな事は無かったようだ。さっき一拍多いって指摘したのは何処のどいつだよ。なんでそれで負けるんだよ。

 

 

 「ぐぶぐぶぐぶ、ワイに勝とうと思うこと自体がおこがましいってもんよ」

 

 

 壁から聞こえるその笑い声はずいぶんとまた特徴的である。「ぐぶぐぶぐぶ」ってなんだよって? 強いて言うなら、あれだ、某魔法少女の「ウェヒヒヒ」みたいな。

 

 

 「しっかし、君みたいな女性プレイヤーがこんなところに閉じ込められることがあるなんてねえ……」

 

 

 そして一個追加。その相手、どうやら声色から察するに女性である。うんまあ確かに女性にしてはいささか……いや、決してジェンダーハラスメントのつもりはないけど、ね? 一人称「ワイ」とか、ぐぶぐぶぐぶとか、ね?

 だがそれに対するお隣さんの返答は、思ったよりはまともなものだった。

 

 

 「ここにいれば、まあ安全でしょ常考。圏外は論外だし、圏内も最近じゃ犯罪者プレイヤーがいろいろやってるっていうし」

 

 

 「まあ、確かに……ある意味では究極のマイルームだよねぇここ.

 ……って、ちょっと待った」

 

 

 

 グラントも気付いたようである。彼女のその発言が実は全然まともじゃない事に。

 

 

 「え、なに君、自分からここに入ったの?」

 

 「はじまりの街で一番のイケメンNPCの鎖骨をprprした結果ですが何か」

 

 

 グラントは両手で顔を覆った。普通の人間なら、その壁一つ向こうの女性プレイヤーの変態性に気付いて、あまり関わらない方がよさそうだと注意するようになるだろう。現に彼女のその奇行を考えても、これまでのグラントの所業を凌ぐものがある。

 だがグラントである。しかしグラントである。そう、グラントである。

 

 

 「……よし君、俺のギルドに入ろうか」

 

 「……ぱーどん?」

 

 

 やっちゃったZE☆。ソードスキルを使わない剣士に、鎧ずくめの意味不明フットワーク男に、なんか強い外人と来て、終いには鎖骨prpr女である。グラントの描くギルド像が全く、読めない。というかそんなものはないんだろうね。

 

 

 「つーかギルドリーダーがここにいる時点で、犯罪ギルドだってはっきりわかんだね」

 

 「いや違うんだってマジで。俺だってどーしてここに飛ばされたかわからんのよ」

 

 

 そうそう、よく考えたらどうしてグラントがここにいるのかという疑問が残っていたね。なんでだと思う?

 

 

 「あ……ありのまま、ついさっき起こった事を話すぜ。

 『俺はギルドルームでギルメン達と戯れてたら、いつのまにかここに来ていた』。

 な……何を言っているのかわからねーと思うが、俺も何をされたのかわからなかった……」

 

 

 つまりそういうことなのである。本人の言葉通り、グラント自身も釈然としていないんだからしょうがない。

 とりあえず、起こったことをさらにありのままに話すとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 (えーと? たしかあの時、ギルドルームには俺含めギルメンは全員……いや初めはハルくんが買い出しに行ってたっけ)

 

 

 事の始まりはハルキがズムフトの街の売店へと、ギルドの買い出し担当として今後の探索に使う回復ポーションを購入するために足を運び、特に事件もなく平和に帰ってきたその時である。例によって街の一角に立つNPCに話しかけてようやく我が家―――と呼ぶのは「グラント帝国」ギルドルームなだけにどうも癪なのだが―――に帰還した彼女が見た光景が、こちら。

 

 

 「ねぇねぇトミィ氏よ? ハルくんまだ帰ってこないし、この本ちょっとは中見てもいいじゃん?」

 

 『~(꒪꒳꒪;)~』

 

 

 外出前まで読んでいた、以前たまたま商人プレイヤーから貰ったその本。

 既存のアイテムではなくヒューマンメイドであるらしいそれは、しかし少女漫画チックな甘々プロットの小説であり。そもそもこのアインクラッドに製本系のスキルがあった事にも驚いた(アルゴ「……」)のだが、それ以上に彼女はこれまでの境遇上あまり読んでこなかった、その頭ん中お花畑な作風に不名誉ながら惹き込まれてしまっていたりしていて。

 何と言うか、怖いもの見たさというのか。やはりハルキ、意外と乙女である。

 ……いや、スイーツ(笑)だったりして?

 

 

 「……んグゥゥラントぉぉぉ…………?」

 

 「あ、やべっ、違うんだ話せば分かんどおぅぅわっっ!?」

 

 

 そんな彼女の煩悩の象徴が、今まさにグラントによって唐突に暴かれようとしていた。その事態にハルキは雷光の速さで彼の背後に駆け寄り、その首根っこを掴み力一杯後方に引き飛ばした。そして間髪入れずに、いきなり現れた彼女に驚き固まっているトミィをきつく睨んで黙らせる……なんて一見ものすごい怖い人になってるけどハルくん、内心ビックビクである。マジ危機一髪だぜ、と気を抜くとその場でへたり込みそうになる程である。

 そんなんだからハルくん、すっかり忘れているのだ。グラントがいかにしつこく粘着質なキモ男であるかという事を。

 

 

 「……すきアリィィィっ!!」

 

 

 背後で倒れていた筈のグラントは、しかしハルキが振り返った時にはもう起き上がっていた。そして今まさに彼女のすぐ横をすり抜けて、机の上のお花畑ブックに手を伸ばそうとしていたのだ。

 

 

 「なっ……こらぁぁっ!?」

 

 

 こうなってはもう緊急事態、エマージェンシーモードである。ハルキは思わず剣を抜き、刀身の腹でグラントをすれ違いざまに引っぱたこうとする……圏内ではある、たしかに圏内ではあるけれど、ハルくん。

 だがやっぱり、グラントもおかしな奴だった。彼はどうやらそんな彼女の暴挙を読み切っていたようで、既に左手にいつも使っている愛用の盾を実体化させていたのだ。そしてそれを自身に迫る剣に向けて掲げる。

 それだけではなかった。剣と盾が接触するその瞬間……彼は以前第三層ボス戦でも使ったソードスキル、「ポイズンガード」を発動させていた……毒攻撃な訳でもないのに何故かって?

 

 

 「ぐあっ……目がっ……!?」

 

 

 そう、圏内戦闘では物体同士が衝突すると、圏外で起きるようなダメージエフェクトの代わりに、アンチクリミナルコードの発動を知らせるシステムウィンドウの発光が生じる。それに盾ソードスキルのライトエフェクトを重ねることで、目くらましとしてハルキを牽制しようと考えたのだ。

 この作戦はゲームのシステムに関してとんでもなく疎いハルくんには絶大な効果をもたらした。ステータス上には何のデバフもつかないとはいえ、リアルで晒されたものなら間違いなく眼球にダメージを負ったであろうその光量に、ハルくん思わず後ろによろめいてしまう。

 

 

 (くそっ……こうなったら惜しいけどこの本……!!)

 

 

 ハルキは意を決し、視界のはっきりしないまま剣を振り上げる。もはや今の彼女の標的はグラントではなく、彼女の新たな黒歴史となりかけているその本……お花畑ブックそのものである。システム的に破壊可能なのかはこれまた微妙な気もするけど。少なくとも耐久値は減るからいいのかな。

 なぜそこが疑問形なのかというと、結局ハルくんは本を破壊できなかったからである。それも、次の瞬間背後に回り込んでいたグラントに羽交い絞めにされたからという理由で。

 

 

 「はっはっはそう来ると思ってたよハルくん~?? 残念ながらそれは今後のハルくんとの交渉材料として取っておかないとだからね?」

 

 「ちょっ……なんでこんな時だけ無駄に計算高いんだよ!?」

 

 

 全くもってその通り。その洞察力の高さをもっと他の事に使うと良いんじゃないかな。

 

 

 「という訳でトミィよ、今すぐその本をストレージに収納するんだ!」

 

 「トミィ……? それやったらあとでどうなるかわかるよな……?」

 

 

 成り行きで始まった争奪戦も終盤である。グラントはハルキを抑えながらもトミィに指示を飛ばし、ハルキはそれに対し凄みの帯びた笑顔でトミィを威圧する。というかトミィ氏残念である、本の置いてある机の前でオロオロしている。ちょっとかわいい。

 

 

 「ほらトミィ! ギルドリーダーの指示なんだから従いなさいって!」

 

 『ヾ(◎o◎,,;)ノぁゎゎ』

 

 「人のプライバシーを踏みにじるギルドリーダーだぞ!? ……あ、丁度良かった、オルスこのバカ男を何とかしてくれ!!」

 

 「%×○▲♭#$※☆!?」

 

 

 ただでさえコミュニケーションがろくに取れないギルメンだらけなのである。こんな状況ではまるで統制なんてとれたもんじゃない。というかリーダーのグラントでさえ真面目に仕切る気はないだろう。

 そんな中、突然ハルキは視界の中央に何やらシステムウィンドウの様なものの表示を確認して。一秒たりとも他の事を考えている余裕のない現状ではただの邪魔モノでしかなく。とにかくそれを消すために彼女は無理やり腕を振って、ウィンドウの下部にあるYESボタンを躊躇いなく押した。

 そう、押してしまったのだ。

 

 

 「……あれ、グラント?」

 

 

 その直後から、ハルキの背後にいたはずのグラントは忽然と姿を消して……。

 

 

 

 

 

 

 (んで、気付いたらここにいるんだから困ったよねぇ……俺が何したっていうんだか)

 

 

 お分かり頂けただろうか。グラントがここ、監獄エリアに飛ばされた罪状は十中八九、「ハラスメントコードへの抵触」だろう。いや女性プレイヤーを羽交い絞めにしちゃそうなるわな。問題なのは未だにグラントはハルキが女性である事に全く気付いていないところだのだが。

 

 

 「とにかくだ! 俺にはギルドもあるし、こんな不当な理由でぶち込まれた牢獄なんぞ早く抜け出さなきゃならないんであってだな……」

 

 「その牢獄なんぞは脱獄不能の絶対要塞ってベータテスターの間では散々囁かれてたらしいけどね、ぐぶぐぶぐぶ」

 

 

 はて、グラントは思う。

 このお隣さん、どうして集団に馴染まない(らしい)ベータテスターの事情について知っているんだろう。アルゴの様な情報屋と何かしらの繋がりがあるのか、もしかすると彼女自身がベータテスターなのだろうか。言葉から溢れ出るオタクオーラを察するに、おそらくハルキの様な例外とは違って重度のネットゲーマーなのだろうけど。だがひとまずそれを聞く前に、グラントはここをどうやって抜け出すかを考える為に改めて独房を見回した。

 一言で言い表すなら、三畳ほどしかない石室である。窓すら設置されていない為に今が昼なのか夜なのかも皆目見当がつかない。まあ夜なんだけれども。さっきまで外に居たんだから流石にね。

 そして、窓がないとは言ったがもちろん明かりがないわけではない。部屋の奥にファンタジーな世界観に沿ったかがり火が壁に取り付けられている。あとは部屋の中には今グラントが座っているボロボロのベッドがあるのみだ。

 

 

 「……そりゃあ、そうだよなー。犯罪者プレイヤーがそう簡単に脱獄しちゃぁたまんないよね……」

 

 

 忘れてはいけない、そもそもここは他のプレイヤーに危害を加えかねないような危険人物を収容する場所なのだ。仮に脱獄の方法があったとしても、そんな入獄して数分のグラントが簡単に見破られるようなものである筈がない。

 

 

 「あ、でも看守NPCが食事を運んでくる時に、上手いこと横をすり抜けちゃえば……」

 

 「アインクラッドに散らばる最強NPCの一人なヤーツですけどまじですか」

 

 

 ほんのちょっと前に安全圏入り口の衛兵NPCに散々な目に遭わされた身としては、とても心に刺さるご指摘である。グラントは良い案が浮かばないことに頭を抱えながら、粗末で硬いベッドに寝転がり。そして隣にそびえ立つ仄暗い鼠色の壁をぼんやりと見つめた。

 いくらフルダイブ型仮想世界とはいえ、現実世界でのそれのように凸凹や老朽の跡は一切確認できない。その辺りの再現度はこのアインクラッドの世界構築には考慮されていないのだろう、所詮壁は隣のエリアとの通行を阻む障害物なのであって……。

 そう、「ゲームの壁」。

 

 

 「……壁、か」

 

 

 グラントは考えた。ここは推定圏内であるし、眼前の格子や側壁をこちらの攻撃によって破壊できるとは思えない。一応アイテムストレージを開いて、武器を取り出す事は出来るみたいだけど……そもそも盾じゃあ攻撃もへったくれもあったもんじゃない。

 だが、である。先程も述べた通り、そこにあるのは現実世界の壁とは違う、あくまで仮想世界での遮断壁である。それはつまり既存のゲーム内なら確実に適用されるであろう「あのルール」が、ここでもまかり通るのではないか、という事を意味していて。

 

 

 「……まあ、VRMMOでそれやった人の話なんて聞いたことないし……これはやってみる価値ありだぞ」

 

 

 そう呟いたグラントは、泣く子も黙る気味悪い微笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 それから、一時間近く経過して。

 

 

 「さあ囚人ども、夕食の時間だ、食え!!」

 

 

 こういう犯罪の匂いのするエリアのNPCだけあって、口調がなんというか汚い。その言葉のトゲに若干心を抉られながらも、グラントは好機到来とベッドから腰を上げた。

 給食は一人ずつの様なので、どうやら隣の女性プレイヤーよりも先にこちらにNPCがやってきてくれた様だ。これもまた都合がいい。

 

 

 「……で? 脱獄方法は見つかったんすかパイセン」

 

 「ふふん、まあ見てなさいって」

 

 

 グラントよりもはるかに長い時間というよりデスゲーム開始早々からずっと牢獄にこもっていた彼女としては、この独房を抜け出すなんぞ如何に無茶な事かをSAO全プレイヤーの誰よりも知っていると自負している。

 なので次の瞬間、「何をする囚人! おとなしくしていろ!!」という罵声の後に響き渡ったグラントの悲鳴を聞いてもさほど驚かなかった。

 だが。二度目、三度目……と同じ様な物音と悲鳴が連続して起きているのを聞いているうちに、流石の彼女も視線を隣の独房の方に向け始めた。いくら何でもしつこ過ぎやしないだろうか。

 

 

 「ぐふぁっ!」 「んぬぉほぅあっ!?」 「いわぁぁくっっ!!」

 

 

 カウントするにあの犯罪ギルマスパイセン、もう十回以上は同じ様に看守NPCに突っかかっているようである。恐らく食事を置くために一時的に中に入った相手に向かって突撃か何かをしているのだろう。さっきNPCに敵う訳ないと言ったばかりだというのに。

 

 

 「ぐぶぐぶぐぶ、看守NPCを出し抜けるなどと、その気になっていたお前の姿はお笑いだったぜ」

 

 「なんかさっきからブロッコリーネタ多くない!? いやアスパラガスかな!?」

 

 「岩盤岩盤!! 毛布はいかがぁ……ぁぁああああっっ!!??」

 

 

 その時である。

 隣の部屋に向かって意味もなく歓声を上げていた彼女の目の前に、突然、自分の知らない人間の影が、にゅっと姿を現したのである……壁の中から。

 いや、壁を「抜け」て。

 

 

 「よっしゃぁぁぁぁ!!!!せいこうだぜぐはぁぁぁぁっ!!!」

 

 

 反射的にその場を飛びのいた彼女に代わって、それは勢いよく地面に向かって水平に吹っ飛び、終いには反対側の壁に大激突して……哀れにも頭から床にずり落ちた。

 残念だ、確かに残念な有様なのだが。

 

 

 「……パイセン?」

 

 

 「そーだ、俺がパイセンだ、じゃなくてグラントだ。えっと、ハグでもする?」

 

 

 有言実行。犯罪ギルドマスター、恐るべし。

 グラントは宣言通り、あの完全密室と化した独房から抜け出すことに成功したのである。

 

 

 

 

 

 

 

 「フレームルールって、知ってるかね?」

 

 「フレームルール……確か、ゲームの画面表示と処理に関するルールだったような」

 

 

 彼女……プレイヤーネームを「Machop」ことマソップ嬢(ひらがなにしない、これ重要)の返答に補足すると、ゲームというのは一秒間に何十枚もの画像を微小等間隔で映し出すことで画面表示をスムーズな動画にしていて、そしてその画像交換の合間にシステムの処理を行うという形式を採用している。その画像一枚の事をフレームと呼び、そのフレームと合間での処理の頻度に関するルールの事をフレームルールと呼ぶのだが。

 

 

 「じゃ、そのフレーム間で行われる処理が付いていけない速さでアクションを起こしたとき、どうなると思う?」

 

 

 そう、端的に言えば、グラントが行ったのはいわゆる「壁抜け」である。うん、あの壁抜け。ケツワープとかのあの壁抜け。

 仮想世界と呼べば聞こえはいいが、このアインクラッドにこれだけのプレイヤーを閉じ込めて置ける理由はそのハードウェアたるナーブギアによる知覚操作によるものであって。そしてそのヘッドギアがプレイヤーの脳に疑似的な視覚情報を与えているのであれば、当然今自分たちが見ているこの景色も、それらが生み出した何百ものフレームの移り変わりによって成り立っている筈なのだ。

 そこを見抜いたグラントの出した結論は一つ。システムによって脱出不可とされているのなら、システムの裏をかくしかない。今回の例で言えば……ナーブギアが映し出すフレーム処理の速度よりも速い速度で壁にぶつかることが出来れば、従来のゲームのように壁抜けが出来るのではないかと考えたのだった。

 

 

 「でも、どーやってそんな速度をだしたんすかパイセン……あ」

 

 「あーゆー、あんだすたんど?」

 

 

 どぅーゆぅーでしょグラント。せっかく見せ場なんだからシャキッとしなさいな。

 

 

 「……パイセンはわざと看守NPCに吹っ飛ばされて、その速度で……」

 

 

 独房はとても狭い、なのに看守NPCの攻撃には無駄に強力なノックバックが付いていた。

 今まではここにいる他の犯罪者プレイヤーの反抗心をへし折るのに役立ってきたのだろうが、まさか運営側もそのノックバックの最高速度を壁抜けの為に使われるとは思わなかったであろう。いや、本来ならばその速度を以てしても成功する確率はかなり低かったはずなのだが、そこはグラントの謎リアルラックである。

 

 

 「し、しかし異議あり。それだと横の独房に移ることは出来ても格子の外に移る方法がないんじゃね?」

 

 「うむ。それに関してはこれから考えないとなぁ……それに壁抜けだって必ずしも安全とは限らないだろうし」

 

 

 ごもっとも。このグラント式壁抜けにも欠点がいくつか存在する。

 発生頻度の低さは仕方がないとしても、例えば看守にノックバックされるベクトルがしっかりと隣の独房に向いていなければならない。吹っ飛ぶ速度が落ちるだけならまだいいが、なまじめり込みには成功してしまっても中途半端に壁を抜けきれない、もしくは足場のない地点に……俗にいう「裏世界」に踏み込みでもしたものなら、それはもはやデスゲームと化した現在では致命的である。何せ第一層外周から冗談半分に飛び降りただけでも、この世界はそれを死と見なすのだから。

 恐らくそれは裏世界ダイブでも同様に起こるだろうし、壁を抜けきれず挟まれでもしたら、今度こそゲームクリアの日まで体勢すら変えることもままならずにその場で硬直を課せられるだろう。

 

 

 「というわけでマソップ嬢よ。新人ギルドメンバーとしてその実力をこのグラント様に見せつけておしまい!

 あ、これ第二回ギルクエにしよーっと」

 

 「ファッ!? べ、別にギルメンになったわけじゃないんだからねっ!? 勘違いしないでよねっ!?」

 

 

 うん、分かってる。先程から色々と二人の、特にマソップ(ひらがなにしない、これ重要)のセリフには突っ込みたかったんだけど。なんかもう、いいかなって。 

 

 

 「とにかく、今この部屋にはプレイヤーが二人いるんだ。集団になって出来ることが増えたりしないかな……」

 

 「そ、そうじゃん男と女が一つの部屋にぶっ込められたらやるこたぁ一つ……ぐぶぐぶぐぶ……。

 『やめて……私に乱暴する気でしょう!? エロ同人みたいに!!』」

 

 「お、一回しか言わない辺り、さてはプロだな? ……じゃなかった。

 『しねーよ! とっとと入れ!!』」

 

 

 やっぱ言うわ。お前ら真面目に考えろよ。

 そんなやりたい放題のマソップ嬢だが、その容姿はまた何と言うか……黙っていればいくらでも男が寄って来そうと言うか。そうだ、某コピペで有名な異世界のゼロの魔法使いの髪型がポニーテールになった感じとでもいうか。

 いずれにしても、グラントの周りには色々と勿体なくて残念な女性プレイヤーしか集まらない様である。

 

 

 「次の食事は朝までお預けだ! せいぜいその寒い独房で自らの行いを反省するんだな!!」

 

 

 ほーら言わんこっちゃない。無駄口を叩いている間に、看守さんグラントの元居た部屋から出てきちゃった。抜け出すチャンスがあるとしたら、次にあのNPCがこっちの部屋に来て格子を開けるその時しかないと思うけど?

 因みにその看守NPCさん、グラントがこっちの独房に来ちゃった以上、さっきのセリフを誰もいない部屋で言っていたことになるけど……ほらそこ笑わない。

 

 

 「ほら、もうあの食事係やってきちゃうぞ!? どうするんだよ!?」

 

 「えー、いや別にワイはここにいるのが一番安全な訳であって……」

 

 「うちのギルドにいるよ、イケメン美青年。好きなだけ鎖骨prprするといいよ。

 あとギルドルームの中ならインスタントマップだし安全だとは思わない?」

 

 「パイセンマジパイセン、一生ついて行きますわ」

 

 「最終奥義手の平神速返し」

 

 

 ちょっと待て、その美少年ってハルキの事じゃねーか。まさかの裏切りに加えて、そもそもアイツは美「少年」じゃねーんだぞ?

 

 

 「そうは言ってもパイセン、この独房には見ての通り何もないわけで。冷たい石の床にぼろい木製のベッドしかないわけで」

 

 「……っ!? それだマソップ嬢!! 一人じゃ無理でも、二人でならベッドを動かせるんじゃないか!?」

 

 

 なるほど。グラント今日は真面目な意味で冴えてるなぁ、なんか面白くない。なんかちがう。

 何はともあれ、その落武者男の号令で二人は急いでベッドを力を込めて引っ張る。するとやはり推測通りにギギギと床と擦れる音を立てながらもベッドは元あった場所から確実に動いた!

 

 

 「よし、ベッドを縦にしよう! このままじゃかさばってあの格子扉を突破できねぇ!!」

 

 「だが断る! ……あっ、サーセン、いや美少年prprさせてくださいお願いです」

 

 「よし! あとはあのNPCが来たら二人でこのベッドをごと押し出すんだぜ!!」

 

 「Let me stand....next to your fire!!!」

 

 「ちょ、何してんのマソップ嬢!?」

 

 

 ……もうついていけない。というかグラントがまともに見えるレベルじゃん。

 そしてもちろんその男女のノリには……果たしてやって来た、お目当ての看守さんもさっぱりだったようだ。

 ちょっと看守視点で現在マソップ嬢の独房がどうなっているかを語ってみよう。

 まずは、どうやら二人で持ち上げたらしい、横倒しになったベッド。ちょうどそれは看守が入ってくるその外界との通行口にすっぽりはまりそうなサイズで、これを後ろの二人が押し出すことで看守は防ぐ暇もなく後方に吹っ飛ばされること必至である。

 それだけなら、良かった。まだよかった。

 

 

 「ぐぶぐぶぐぶ、ジミ変ジミ変!!!」

 

 

 何がバヤいって、そのベッド……燃えているのである。

 よく考えたらそのベッド、木製なのである。発火にはどの独房にも必ずあるかがり火を使ったのだろう。「ジミ変」って、そういうことかよ。

 わかんない人はさっきの英文をググってみよう。

 

 

 「粉砕ーー!玉砕----!!」

 

 

 さて、彼らの脱獄劇もフィナーレである。合図は俺が、と盛大に声を張り上げたグラントの号令に合わせてベッドは前方に打ち出され。

 

 

 

 「「大喝采ーーーーー!!!!!」」

 

 

 

 もはや炎の塊となったそれは、看守に声を上げる間も与えずにぶっ飛ばした……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ハルるん、それ多分、ハラスメントコードで監獄に送っちゃったんだと思う」

 

 「……はい?」

 

 

 さて、ここは皆の心を暖める我が家こと、「グラント帝国」のギルドルーム。

 突如として消えたグラントについて、焦りに焦ったハルキが藁にもすがる思いで連絡したのは、現在攻略組の中でもトップランクの腕前を誇る細剣プレイヤーにして、ハルキの秘密を唯一看破した(……と、少なくとも彼女は思っている)女性プレイヤー、アスナだった。

 まあ、SAOの基本ルールに関してまだ知識の浅いハルキとしては、突然消えただけでなくメッセージの返信もない、マップでモニタリングしてもどこにも映らないとなれば流石に死んでしまったのではないかと必死だったのだろう。今現在も、オルスとトミィが圏外を走り回ってグラントを捜索中である。

 そんな彼女に向かってアスナが引き攣った顔で言った言葉が、初めのである。何と言うか、妙に実感のこもった口調である。キリトさん何してんのアンタ。

 

 

 「あのね、男性プレイヤーが女性プレイヤーに変な事すると、女性プレイヤーの視界にハラスメントコードのウィンドウ……つまり、『このプレイヤーを監獄送りにしますか?』っていう表示が出る筈なんだけど……」

 

 「……あ」

 

 

 うん、ハルキには思いっきり身に覚えがあるのでした。

 羽交い絞めにされたとき、その不自由な右手で思わず目の前に表示された何かのイエスボタンを押してしまったのでした。

 

 

 「ど、どうすればいいんだそれ……アスナぁ……」

 

 「え、えっとねー……」

 

 

 野郎どもの前では滅多に見せないハルキの弱り顔に、流石のアスナさんも困っていた。

 ハルキの口ぶりからして特にグラントが下心を持って行った結果という訳ではなさそうなのだが……だが当のアスナも一度監獄送りにしたプレイヤーの呼び戻し方法なんて皆目見当が付かない。これはもう、あの黒ずくめの暫定パートナーにハルキの正体を教えて、対処法を聞くしかないか……と。

 アスナがそう思った、瞬間だった。

 

 

 

 

 

 「待  た  せ  た  な」

 

 

 

 

 

 ……「グラント帝国」皇帝(笑)グラント、堂々の復活である。

 

 

 「な……な……」

 

 

 突如としてルーム内に出現したそのロングヘアー男。直前にアスナに監獄送りになったと聞かされていたものだからハルくん、お口あんぐりしてます。

 

 

 「いやー、どういう訳か知らんけど、なんか黒鉄宮に飛ばされちゃってねー」

 

 「じゃ……じゃあ、どうやって戻ってきたんですか、グラントさん……?」

 

 

 もちろんアスナも例外ではなく。彼女の推測通りではあったはずなのに、それならばどうしてここにいるのか……思わず尋ねた彼女に、グラントは気味悪くにやりと微笑むと。

 

 

 「監獄? ああ。…………燃やしてきたぜ?」

 

 「うんまあ間違ってないけどパイセン、牢獄を盛大に爆破してきたみたいな言い方は駄目っしょ常考」

 

 

 

 

 

 後に事の顛末を聞いたハルキが、本を読まれそうになったことから始まり、せっかく心配してやったと思ったらナゾぐぶぐぶ少女と一緒になんか牢獄でも楽しんでたらしい事までに渡って全ての鬱憤を晴らすべく……朝までグラントに剣を振り回していたのはまた、別の話。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。