SAO (シールドアート・オンライン)   作:ニモ船長

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「殺人ギルド『ラフィン・コフィン』……!?」



ハルキ「マフィン?」
マソップ「パフィン」
グラント「サーフィン!」



アスナ「マフパフ?」



第十五話 カミングアウトは突然に part2

 

 

 ヘッド! 明日には攻略組の討伐隊がこっちにやって来るんだよな!?

 

 

 ああ。未だかつてない規模の殺戮ショーの始まりって訳だな。

 

 

 大丈夫、なのか、ヘッド。こっちも、そんなに、人数は、多くないぞ。

 

 

 なーに、向こうはこっちに情報が漏れている事を知らねぇんだ。それに、なるべく殺さずに俺達を捕らえようとしてくるはずだからな。

 心配すんなって。こっちはSAO唯一の殺人ギルドだ。人を殺した数が違うってもんだ。

 

 

 いよっ、ヘッドォ!! 明日もその調子で殺しまくろうぜ!!

 

 

 ククッ……イッツ・ショウ・タイムってな。

 そうだ、そういやおめぇら、このSAOでPKをした回数が最も多いプレイヤーは、間違いなく俺達だろうけどよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 じゃあ、ベータテストで、一番多く人を殺したのは誰か、知ってるか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「それにしても、またここに来ることになるとはな……」

 

 

 森の中を素早く移動しながら、ハルキは少々嘲笑じみた言葉を吐く。

 そう、よく考えればこの「迷いの森」は、ハルくんがソロに戻っていた際に、キリトに惨敗した因縁の場所なのである。最も、このダンジョン内にある巨大なモミの木というのは当時のキリトがクリスマスイベントのボスの発生場所と踏んで向かおうとしていた目的地であり、ハルくんはそこまでは到達した事はないのだが。

 とはいえ、このダンジョンの特性―――全体が碁盤目状の数百のエリアに分割されており、一つのエリアに一分以上留まってしまうと東西南北のエリア移動先がランダムに指定されてしまうというなかなか初見泣かせの特性である―――を、前回の時点で把握済みであるハルキは、目的地であるモミの木に着くのにそうかからなかった。

 とどのつまりはどのエリアも一分とかからずに走破すれば、それぞれの位置関係は変わらないのである。

 

 

 「さて、来てやったぞ!」

 

 

 だが、ハルキが遂にモミの木の手前までやって来たというのに、つい数分前に会ったあの紅白服の男は影も形もなかった。自分で場所を指定しておきながら、決闘に遅れるなんて何と失礼な奴だろうか。

 ここでイライラしちゃ、俺もコジローと一緒だぞ。いつぞやのクラインとの一戦を思い出しながら、ハルキは剣を構える。もしかすると既に奴は到着していて、どこかに潜みながら不意打ちの機会を待っているのかもしれない。

 グラント達と再び共に行動するようになり、ハルキはやはり自分に足りないものというのが多く存在する事を知った。アイテムの使用の仕方からデュエルの戦法まで、自分一人ではとても考えつかないやり方……つまりは、このデスゲームの生き方を。

 そんな日常の中で、彼女は気付いていた。彼女のリーダー、グラントの行ってきた、一見どうでもいい「ギルクエ」は、しかしグラント本人からすれば……いかに自分らしく、自分のやり方でこのゲームであっても遊びではない世界を生きるか、その模索であったのだという事に。そしてそれは、彼女らギルドメンバーに対する、生き方のスタイルの提供でもあったのだという事に。

 そんな中で、ハルキも素直にその提案を吸収して、少しずつ強くなっていった筈だった。そしてそこで得たものを、デスゲームの中で苦しんでいる多くのプレイヤーに提供したいと思い……彼女は「純傑」と呼ばれるまでに成長したのだった。

 だから、油断せず、自らのみの力に頼らず。力試しの為でなく、皆の元に帰るために、剣を振る。

 それが彼女が決めた、この世界での生き方だった。

 

 

 (……来る!!)

 

 

 だからこそ、彼女の想定にない、卑劣な強襲に襲われたとしても、ハルキは極めて冷静だった。

 

 

 「それで、不意打ちのつもりか!?」

 

 

 やって来たのは例の自称kob幹部男ではなく、投擲用ピックの雨だったのだ。しかも、まるでハルキを蜂の巣にせんとするかの様に、三百六十度全方位からの一斉掃射である。

 だがハルキは両手で持った「デルフィニウム」を翻して、全てのピックを剣で断ち切り、弾いて凌いだ。視界の奥できらりと光るピックの反射光から自らのどこを狙っているかを素早く予測し、必要最低限の動きでその凶器を打ち払っていた。ちなみに、これに原理も見た目も同じような事を後のキリトがやってのけたりする。向こうのは対象が弾丸だけど。

 

 

 (向こうは、一人じゃないのか)

 

 

 ここでハルくんは、何かしらの形で自分が嵌められたという事を悟った。ハナからあの男は自分と真剣勝負をする気なんて無かったのだ。本当の目的は、自分をこの人の寄り付かないエリアに呼び寄せて、危害を加える事。

 ちょっと気付くのが遅いのが、ハルくんらしい。

 

 

 「まさか、PKか……!?」

 

 

 思考の末に行き着いた結論に、思わずハルキは左手で剣を構えながら右手でメニューウィンドウを操作し、実体化させた短剣を振りかぶる。狙いは先程ピックの光が見えたポイントだ、彼女が投げたのは「スマートタガー」という、初期装備レベルの武器なので、余程の事がない限りその一投で相手を殺める事はないだろう。

 ウッ、と小さく呻く声が聞こえ、周りは再び静かになる。向こうがぐらついた時がチャンスである。ハルくんは急いで地を蹴り、その声のした背の高い草の茂みへと突っ込む。

 

 

 「一人目!」

 

 

 唐突なハルキの突進に対処できなかった相手のオレンジプレイヤー……左腕に先程放ったナイフが刺さった、全身黒尽くめの衣服を着た男に、ハルキは走りながら拾った、敵の放って来たピックの一つを肩口に突き刺す。

 麻痺毒だ。相手がピクリと痙攣したのちに動かなくなったのを確認して、ハルキは悟る。そして、そうと分かればじっとはしている訳にはいかない、他の敵を仕留めるために、そのまま彼女は緑の森の中に身を投げ出した。

 二人目の敵にピックを突き刺し無力化したところで、再びハルキはモミの木の前へ躍り出た。もちろん十分に身構えた上で、である。流石に一度光を見ただけで敵全員の位置は把握できていない、また索敵が必要なのである。索敵スキル? なにそれおいしいの?

 

 

 「もう終わりにしよう、既に二人片づけたぞ……!?」

 

 

 そうして、自分に勝負を仕掛けてきたあの血盟騎士団員を名乗る男に向かって声を挙げたところで、ハルキは気付いた。

 相手の、名前を知らないのだ。システム的になんの情報交換もしていない為、そのルックスしか相手に関する情報がない。万一の可能性としてあの男が本当にkob幹部であるとしたら、攻略組筆頭のギルドに殺人嗜好のプレイヤーが潜んでいる事となり、大問題なのに……肝心の相手の名前が分からなくては、特定のしようがない。実に巧妙な手口である。

 

 

 (つまり、相手はプロだ。経験豊富なオレンジ……いや、レッドプレイヤーか……?)

 

 

 いや、思い当たる節が、一つだけあった。

 2024年の8月。つまり約三か月前のことだ。とあるギルドが、攻略組のメンバーによって編成された討伐隊と、デスゲームであってはならない凄惨な殺し合いを繰り広げた末に壊滅した。

 そのギルドは従来のアインクラッド攻略を目的とした多くのギルドと違い、現実世界の法が通用しない事を良いことに、殺人に特化し凶行を繰り返す悪魔的集団だった。何度も攻略組が対話による交渉を試みたが、全てが使者の殺害という形で決裂。やむなく送り込まれた討伐隊も殺人ギルド側の奇策によって多大な犠牲を被ってしまい、未だにあの事件はデスゲーム開始以来の大惨事としてSAO全プレイヤーの心に強く刻み込まれていた。

 今は亡き、その殺人ギルドの名は。

 

 

 「お前、まさか『ラフィン・コフィン』の残党か!?」

 

 

 相手はその返答とばかりに、再びハルキに向かって投擲を行った様だった。すかさず彼女の斜め前のモミの木の枝先が光り、それに合わせて条件反射的に剣を振り抜く。

 

 

 そう、ハルキは、剣を振り抜いてしまった。

 

 

 (これは……!?)

 

 

 最後に投げられた投擲物。それはそれまでと同じ、ピックではなかった。ハルキも自分で切り裂いたそれをはっきりと目視して初めて、その致命的な過ちを悟った。

 それは、麻痺毒の入った瓶そのものだったのだ。なのでそれを断ち切ってしまっては、中の毒が飛び散ってしまい。

 

 

 「しま……った……!?」

 

 

 「アアアア甘ぇぇぇぇぇんだよぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 

 全身に麻痺毒を浴び、その場に崩れ落ちたハルキの耳に、勝ち誇る男の怒号が突き刺さった。飲むわけでもなく触れるだけで麻痺状態になるなんて余程レベルの高い毒だったのだろう、彼女は指一つ動かすことが出来なかった。

 そうして地面に打ち付けられながらも必死の思いで眼球を動かしたハルキの視界の先には、彼女があれだけ探した紅白服男の膝下が見えて。

 

 

 「く……やっぱり……お前か……!!」

 

 

 「ヒャハッ、最近ホンットにクソ苛立つ事が多かったからなァ、スーーーーっとしたぜ!!」

 

 

 「おい、新入りのおめぇの仕事はここまでだ。とっとどこかへ消えな」

 

 

 「へへ……ボスにそう言われちゃ仕方ねえか。じゃ、退散としますかねェ」

 

 

 (……もう一人、いるのか……!?)

 

 

 そう、ハルくんがものを言うのもままならないというのに、その場では会話が成立している。それはつまり、少なくともその場にハルくんと例の自称kob幹部の他に……もう一人、ハルくんの手にかかっていない誰かがいる事を意味していた。最も、その紅白男はたった今、ハルくんを置いてその場を去ってしまったようだが。

 そして、もう一つ、その三人目のプレイヤー(いや、ハルくんが既に二人無力化しているので正確には五人目のプレイヤーである)を特定する、決定的な言葉が、つい数秒前に吐き出されているのだ。

 

 

 (今、『ボス』って言ったか……!?)

 

 

 紅白服の男が言った「ボス」と言う言葉。彼らは今のところハルくんの質問に何も答えていないが、仮に彼女の言う事が正しかったとして、つまり……彼等がラフィン・コフィンの生き残りだったとして。

 そして、そのボスがここにいるのだとすれば。

 

 

 

 「おまえ……PoH……なのか……!?」

 

 

 

 

 

 「へぇ。初対面なのに、俺の名を知ってくれているとはな。光栄ってもんだ」

 

 

 

 確定である。これでハルくんが今まで対峙していたのは、そんじょそこらの犯罪者プレイヤーではなく。このSAO内における、人殺しのプロ集団だった事が確定したのだ。

 そして、その中にはかつてのラフィン・コフィンのリーダーであり、SAOで最も人を殺めたプレイヤーの一人として名を轟かせた、PoHが混ざっている事も。

 

 

 「『純傑』のハルキだな。あの新入りは最後まで気が付かなかったみたいだけどな。

 おめぇさんが中層で燻ってるプレイヤーにはっぱかけちまうもんだから、こっちは商売あがったりなのよ」

 

 「か……壊滅した、はずじゃ……なかったのか……!?」

 

 

 そう、ハルキの言う通り、ラフィン・コフィンことラフコフは壊滅した。それによって三か月前に比べると、フィールドでのPK集団による襲撃事件は劇的に減り、またラフコフ以外の小規模殺人ギルドもそれ以降多くがなりを潜めているのである。

 

 

 「へへっ。俺達があんなんで改心でもして殺しをやめるってか? 冗談じゃねぇ。

 今でもラフコフは存在するぜ。ギルドとしての呈が立ってねえだけさ」

 

 

 何てこった。ハルキは歯を食いしばる。それでは以前より遥かに質が悪いではないか。なまじ一つのギルドとして存在していない以上、その実態のつかみどころがなくなってしまう。

 

 

 「おっと、喋りすぎちまったな。一応まだこれは非公開の情報なんだよ。

 ……もちろん、それをおめぇに教えたのは他でもねぇ、ここでおめぇを始末するからだけどな」

 

 

 しゃらんと、何かを実体化させた音を、ハルキは耳で聞き取った。間違いなく自身の得物を取り出した音だ、このままではこのSAO一危険な男になすすべなく殺されてしまう。

 

 

 (くそ……! 動けよ……!!)

 

 

 必死の思いで右手のそばに転がっていたデルフィニウムを手繰り寄せようとするが、時間経過によって少しは痺れも軽減されているはずと力を込めた右腕は、ピクリとも動かない。

 

 

 「知らないのか? レベル5以上の麻痺毒は、飲ませなくても相手に掛けるだけで効果を発揮するんだぜ。

 おまけに、まるまる十分近くは身動き一つ出来ねぇときてる……ま、レベル7まで行くと麻痺どころか意識まで飛ばしちまって、つまらないんだがな。

 運が悪かったと思って諦めるんだな。こっちもせいぜい楽しませてもらうぜ」

 

 

 狂気の男、PoHが自身の武器を振り上げるのが、ハルキには分かった。その瞬間に彼女の脳裏に浮かんだのは、これまで食事を、活動を、寝床を共にしてきた……あのへんてこギルドの、仲間たちだった。

 

 

 (みんな……ごめん……!!)

 

 

 

 

 

 

 「そーんな事、させる訳にはいかないんだよねぇ」

 

 

 がつん、と衝撃がハルキを襲う。しかし、それは刃物での切断によるものではなく、何か平たいものを打ち付けられた事によるインパクトだった。実際にハルキのヒットポイントは殆ど目減りをしていなかったのだ。

 

 

 「……何?」

 

 

 ほんの一瞬の事である。まるで空飛ぶ円盤の様にハルキの視界に飛び込んできたそれが、PoHの武器……「友切包丁」ことメイト・チョッパーとハルキの身体の間に滑り込みその攻撃を遮断すると、次の瞬間にはその場から折り返すように離れていったのである。

 突然の障害を怪訝に思ったPoHがその物体の向かう先を見やる。ライトエフェクトを纏いながら、流星の様に宙空を飛ぶそれはそのままこのエリアの入り口の一つに向かい。

 やがて、そこに立っていたプレイヤーの左手に、まるで帳尻を合わせたかのように上手く収まった。

 

 

 「まったくもう。

 喧嘩ってのは確実に勝てる相手にだけするもんだぜ、ハルくん」

 

 

 待ってました、グラントである。ちょっと登場の仕方が格好良すぎやしないかい。なんかちがう。言ってる事が絶望的にダサいので許して。

 因みにもうお分かりだと思うけど、さっきのは盾をチャクラムのソードスキルで飛ばしたものである。

 

 

 「何で、ここに……!?」

 

 「なんでも何も、ハルくんが相談に乗ってあげたっていうギルドのリーダーが教えてくれたよ。迷いの森のモミの木で決闘してるって。

 まさか……相手がPK集団だとは思わなかったけどね」

 

 

 何時もノホホンとおバカを晒しているグラントも、流石に相手がレッドプレイヤーとなると少し真面目モードである……いや。

 少々グラントが真剣な理由は、どうやらそれだけではないようだ。

 

 

 「攻略組だけに飽き足らず、うちのメンバーにまで手を出すとはねぇ、くまのPoHさん」

 

 「あの盾男か。まさか『純傑』と知り合いだったとはな」

 

 「グラント……!? コイツを、知っているのか……!?」

 

 

 驚いたハルキが、倒れたままグランドに問いかける。まさか自分のギルドマスターが、こんな卑劣な男と知り合いであるとはにわかに信じがたい。

 

 

 「……今思い出すだけでもクソ忌々しい。

 コイツは、あのラフコフと攻略組の衝突の時、たった一人だけ俺のハイドに気付いて妨害して来やがったのさ。

 お陰であのファンタスティックな殺し合いを、最後まで見れなかったじゃねぇか」

 

 「何言ってやがる。昭和の子供は、せっかく観てたテレビのチャンネルを親に変えられて見逃したなんて事、日常茶飯事だったんだぜ?」

 

 

 せっかくグラントすごいって言ってやろうと思ったのに、なんか例えが微妙すぎて何とも言えない気持ちになってしまった。いつまでも、どこまでも残念な落武者男である。

 だけど、ハルくんにとってはかなり衝撃的な事実であった。あの時の討伐隊に、攻略組でないグラント帝国のメンバーは誰も招集されていない筈であり、実際ギルドマスターのグラントにもそのお声は掛かっていない事は、なんだかんだで近くに居たハルキもよく知っている。

 と言うことは、グラントは攻略組とは別に、PoHの思惑に勘付いて単身で戦地へ赴いたと言う方になるのだろうか。

 

 

 「いやー、だってあんなに見つからなかったラフコフのアジトが、そんなあっさり発見されるなんて絶対おかしいもんね。そんでおっかなびっくりアジトの周りを探ってみたら、ドンピシャだよ。

 あれ以来行方を眩ませてると思ったら、今度は何してんだか、ねぇ」

 

 「なーに、こっちは殺しが家業なんだ。邪魔する奴を排除して、おまけにPKが出来るんだから一石二鳥ってもんだろ」

 

 

 PoHがハルキから離れ、改めてグラントへと向き直る。メイト・チョッパーをやや上段に掲げながら、グラントへと一歩、また一歩と足を進めて。

 

 

 「さて、いい加減に無駄話はお終いにしようぜ」

 

 

 その掛け声とともに、PoHが遂にその剣を振るってくる……事はなく。

 

 

 「グラント……敵があと……二人いる……!」

 

 

 次の瞬間、PoHの背後から彼の首スレスレを通過して、ギラリと光る何かが勢いよくグラントへと投げられていた。言うまでもない、さっきはハルくんが全て弾いた、麻痺毒の塗られたピックである。

 いわゆる不意打ちというやつである、ハルくんがPoHの手下の二人を無力化してから結構時間も経ってしまっている為、麻痺が解けてしまったのだろう。

 

 

 「サンキューハルくん、今のは知らなかったらやばかったぜ」

 

 

 しかし、グラントは身体を逸らせて一本目のピックを躱すと、二本目のピックに向かって盾を構えて。

 

 

 「とうっ!」

 

 

 振り払うような動作で、ピックを迎え撃った。すると驚くなかれ、まるでバットで打ち返されたボールの様に、麻痺毒ピックが勢いを残したまま真反対の方向に、つまりそのままPoH目掛けて飛んで行ったのである。

 

 

 「こいつは傑作だな。ピックをパリィで跳ね返す奴なんて初めて見たぜ」

 

 

 だがPoHも流石である、顔色一つ変えずに武器でピックを弾くと、反対の手を挙げて二人の部下に合図を送った。直後に周囲の茂みから、そのレッドプレイヤー達が飛び出し、グラントに左右から襲い掛かった。

 

 

 「だろ~? 盾には無限の可能性が秘められてるんだぜ」

 

 

 今度はグラント、その二人の敵をものともしないようなセリフを吐きながら、右からやって来る片手直剣使いのプレイヤーに向かって突っ込み、その刃の軌道を盾で受け流すと、しゃがみ込んで相手の下に潜り込んだ。そのまま敵の腹まで盾をスライドさせると、勢いを利用して後方に投げ飛ばす。

 

 

 「こーんなことも、できちゃうんだぜ」

 

 

 投げ飛ばされたレッドプレイヤーは、もう一人の左の仲間と大激突した。そして二人して縺れ合ってグラントの目の前でウンウン唸っているので、彼はその場に落ちていた麻痺毒の小瓶……恐らく二人のどちらかが持っていたものだろうそれを、彼ら自身にドバドバ注いだ。

 ひどい。ハルくんよりびっちょびちょである。

 

 

 (グラントって、ここまで強かったのか……!?)

 

 

 まあ、ここまでなら戦績としてはハルくんと同じ、初めのピックを防いで手下二人を下したってだけなのだが。グラントは彼女と違い、攻撃手段を何一つ持っていないのだ。あの、モンスターの攻撃を嬉々として受け続けていたガードホリッカーが、大した成長である……まぁ、対人戦で油断できないっていうのも大きいだろうけど。

 だが、そんなハルキの黙考も、次の瞬間に断ち切られてしまう。

 

 

 「笑わせんなよ。盾じゃ人は殺せねぇ。腰抜けの使う武器だ」

 

 「あぐっ……!」

 

 「ハルくん!?」

 

 

 PoHはすぐそばで倒れこんでいたハルキの襟を掴み上げ、そしてその首に鈍く光る凶刃を突き付けた。ただでさえ麻痺毒で身動きの取れない上に首を圧迫され、疑似的とはいえ窒息感が彼女を支配する。

 

 

 「さあ、どうする? 腰抜けのグラント。俺を殺さないとこいつは助からねぇぜ」

 

 

 これには流石のグラントも顔色を変えた。確かに、今のPoHを止めるには武器が必要である。最も今から攻撃したところであの狂人プレイヤーがハルキの喉を掻っ切るのが先ではあるだろうが。

 

 

 「本気になれよ、腰抜け。その気にならないなら、こっちにも考えがあるぜ」

 

 「ぐっ……何を……?」

 

 

 ハルキの呻きもむなしく、PoHは次の行動に出る。器用にも襟を持った手の指に突き付けていた武器を挟み込み、自由になったもう片方の手でハルキの腕を持ち上げて。

 そして、彼女のシステムウィンドウを開き始めたのだ。

 

 

 「な……やめろよっ……やめろって……!!」

 

 「おお? なんだよ、俺はただ、お前のステータス情報をSAO中に暴露してやろうと思っただけだがなぁ、『純傑』さんよ」

 

 

 うーん。……いや、極めて真剣な場面で本当に申し訳ないのだが。ハルくん、あれから結局ステータスは全くいじってないからなぁ。ばらされたところで……何とも複雑な心境である。

 しかし、ハルキにはそれとは別に、システムウィンドウを見られることで露見してしまう、極めて致命的な要素があるのだ。彼女が必死になるのも本当に仕方のない事である。

 なんせ、少なくとも男性プレイヤーからは二年近くもの間、何とか守り続けてきた秘密なのだから。

 

 

 「なんだこいつ、急にもがきやがって……お……!?」

 

 

 そして、PoHはそれに気付いてしまうのである。

 システムウィンドウの上に覆いかぶさるかのように開かれた、それの存在に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「なんで、ハラスメントコードが出てやがるんだ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……え?」

 

 

 驚いたのはグラントも同じである。心の知れた大切なギルメンが苦しんでいるのだ、何か逆襲の一手はないかと考えを研ぎ澄ませていた時に、唐突ににっくき敵から漏れたその言葉である。

 

 

 (ハラスメントコード……?

 まてよ、前に俺が黒鉄宮送りにされたのって)

 

 

 そうして、思わずグラントが掴み上げられたハルキの瞳を覗き込んだ時。

 ものを言う事も敵わずに歪められた瞼の奥で、微かに揺らぐ瞳孔を認めた時。

 

 

 

 「ハル……くん?」

 

 

 

 ―――そして、それがほんの少しだけ、逸らされたのを見て。

 

 

 

 「マジ、なのか」

 

 

 

 ……グラントも、気付いてしまったのだ。

 

 

 

 「ククッ。こいつは、面白れぇもんを見つけちまったなあ、その顔だと、おめぇも知らなかったみてぇだな、グラントさんよ」

 

 

 暗黙のうちに、暴かれてしまった事実にその場が静かに揺らぐなか、PoHが愉快そうに続ける。

 

 

 「そういうことなら、とことん利用してやろうじゃねぇか。何しろ、うちの連中は妙に殺気立ってていけねぇ、何か気休めが必要だって思ってたところだ。

 おい、グラント、おめぇが何もしないってんなら、俺は」

 

 

 動かない身体を必死に動かして拘束を解こうとするハルキの首を鷲掴みにして、PoHはさらに彼女のメニューを操作する。さらに締め上げられる痛みに意識を手放しそうになりながらも、ハルキは抵抗を辞めなかった。

 それは親友のアスナから、他言無用と真っ赤な顔で告げられた、一つの真実。

 

 

 『その……これを解除すると、で、できるんだって。うちのギルドの子から聞いたの』

 

 

 

 

 

 

 

 

 「俺は、この女を仲間のところに連れていって、慰み者にするぜ」

 

 

 

 

 

 

 刹那。

 ハルキの右肩に、短剣が刺さっていた。

 

 

 「……え?」

 

 

 もちろん、PoHによるものではない。

 その暗殺者は突然、目の前の人質の全身に込めていた力が一気に抜け、その体重が全てこちらにのしかかるのを感じて、隙を作るまいと瞬時に後方へと飛びのいていた。

 

 

 「グラ……ント……?」

 

 

 意識が急速に曖昧になってゆくのを感じて、ハルキはぼんやりと、先程背後のレッドプレイヤーが口にしていた事実を思い出す。

 レベル7の麻痺毒は、対象の意識をも刈り取るのだ。

 

 

 (ブルースティレット……俺が、グラントに譲った、あの)

 

 

 三層フロアボス攻略の時に、ハルキがグラントの身を案じて渡した、今は前線では性能的にも通用しない短剣である。PoHの拘束から解放され、再び地面に崩れ落ちながら、その右肩に刺さる武器を見て、彼女は当時の事を思い出した。

 そして、肩越しに見える、あの落武者男を。

 その目は、いつもの彼の穏やかな光を灯してはいなかった。激情に駆られず、されど波立たぬ凪でもなく。

 神をも堕とさんとする、死神の目。

 

 

 (グラント……お前は一体、何者なんだ)

 

 

 その疑問は思考の海から浮かぶことなく、沈んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……見事だな。グラント」

 

 

 PoHの腕ごと得物が宙を舞ったのを見て、グラントは「それ」をストレージ内にしまい、再び盾を実体化させる。

 

 

 「流石は、はじまりのレッドプレイヤーってとこか」

 

 「何それ」

 

 

 グラントの足元では、彼の放ったレベル7麻痺毒の塗られた短剣が肩に刺さったまま、ハルキが深い眠りに落ちていた。

 

 

 「誤魔化したってそうはいかねぇぜ。おめぇの噂は聞いてる。

 ……いや、まさかおめぇだとは思わなかったが、今、確信したぜ」

 

 

 片腕を失っているというのに、PoHは何とも余裕そうに肩を竦める。

 

 

 

 

 「また会おうぜ。やっぱおめぇは今でも、当時と変わっちゃいなかったようだな。

 ……『阿修羅』の、グラント」

 

 

 

 

 「悪いけどねぇ」

 

 

 瞬時に、地面に落ちていたメイト・チョッパーが消える。そして、それを一瞬グラントが目で追った隙に、PoHはモミの木の奥にある、エリアの出口から姿を消した。

 なので、最後のグラントの言葉は彼には届かなかった。

 

 

 

 

 

 「その名前はさ。もうベータ時代に捨てたんだよね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 (さてと。

 こりゃまた、ずいぶん困ったことになっちゃったワケなんですけど)

 

 

 PoHの逃走から五分近くが経った。

 その間、油断せずに身構えていたグラントだったが、流石に人気もなく何事もないので、近くで呻いているPoHの手下二人を回廊結晶で黒鉄宮へ送り。

 ようやく盾を放り出してその場にどてっと座り込んだ。盾はもっと大事にしようよ。

 最後のあれはクイックチェンジだな。まずグラントはそう思った。何かって、PoHの武器が突然消えたあれである。あらかじめ設定をしておくことで、システムウィンドウのショートカットアイコンを押すだけで武器を変更できるという便利機能である。

 正直かなりの強敵だったのだ。それは、SAOで最悪の人殺しが相手なのだから当たり前なのだが、彼らの襲撃が今回限りで終わるかと言えば……何とも言えないというのが実情である。特にハルくんが人助けをする限りは。

 もちろん、それをやめろというつもりはないのだが。

 

 

 「……いや、マジですか……マジなんですか……?」

 

 

 最初に言っておく。おせーんだよ。流石に二年近く知り合っているのに気付かないってのはグラント、鈍感すぎるってレベルじゃないだろ。

 恐る恐る、その落武者男は横で未だに眠っているパートナーを見やった。確かに、その睫毛は男のそれと比べると些か長いような気もしないではないし、胸は……いや、胸に関しては仕方ないと思う。何がとは言わないが、ない。

 

 

 (でも、どうしてなんだろうなぁ)

 

 

 SAOに閉じ込められた人々は、大半が男性プレイヤーである。その様な意味では、少数派の女性プレイヤーは周囲から重宝されやすい一方で、何かしらの差別や偏見の対象になってしまう可能性を含むというデメリットを確かに抱えてはいる。

 しかしだ。実際のところ、アスナを始めとして、何だかんだ逞しく強かにこの世界を生き抜いている女性プレイヤーは少なくはない。中層のアイドルともてはやされながらも相棒のピナと着実に実力を上げている(らしい)シリカや、その気前良い性格で最前線のプレイヤー相手にも臆さず鎚を振るって彼らのサポートをするリズベットもそのいい例である。

 別に、この世界において女性プレイヤーである事を引け目に思う必要性なんて、まずないのである。

 

 

 (あのソロだった時期と、何か関係があるのかもしれないねぇ)

 

 

 何はともあれ、それは本人の口から聞かなくてはどうしようもないことである。実はハルくんに短剣を投げつけた時点で、グラントのカーソルはオレンジになっており、彼の独力では圏内にすら帰れない状況なのである。加えて、こんな事のあった現場にギルメンを迎えに来させるのも気が引けるし。

 という訳で、今のグラントはハルキが目覚めるのを待つしかなくなっているのだ。少し経てば、彼女の麻痺も完全に引いて、あとは起こせば意識も戻る筈……と、再度ハルキに視線を移したグラントは、よく見ると地面にめり込んでいる、彼女の眼前のシステムウィンドウを見て、ゾッとしてあわててハルキの腕を持つ。

 

 

 「あいつ……ほんとどうかしてんだろ……」

 

 

 「倫理コード解除設定」。

 システムウィンドウの奥深くに存在する、案外認知度は低いオプションである。これを外すと、いわゆる各種ハラスメント行為をされた際に一切のシステム的保護を受けられなくなってしまうのだ。これが今表示されているという事は、PoHは本気で、彼女を。

 こんなもの、解除していて良い事なんて何一つない、ハルくんが女性だとすればなおさらである。そう思って、グラントは彼女の指を使ってそのウインドウを閉じようとした。

 

 

 

 「……グラント?」

 

 

 

 そして、自分の過ちを悟った。

 

 

 

 「待ってハルくんこれには訳がぐふおあぁぁぁぁっ」

 

 

 

 そして、いつぞやと同じ展開になった事を、何とも因果に感じながら、今度はグラントが意識を手放すことになった……。

 

 

 

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