SAO (シールドアート・オンライン)   作:ニモ船長

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「ええっ!? リズさんが追加出演ですってぇ!?」





「DEBAN」




第十六話 少女が空から降ってきた

 

 

 「ばーか」

 

 「…………」

 

 

 面と向かって悪口を言われるのは、割かし心に刺さるものである。

 

 

 「ヘタレ」

 

 「…………むむ」

 

 「ないわー」

 

 「…………むぐぐぐ」

 

 「ノータリン。身長も足りん」

 

 「否定できない悪口はやめてよぉ」

 

 

 ハンドガン程度の微妙な弾速ではあるものの、立て続けに暴言をまくし立てるピンク髪の女鍛冶屋はいつも以上に活き活きとしている。

 アインクラッド第四十八層主街区、リンダース。そこに数多く存在する風車小屋の一つ、「リズベット武具店」の看板を下げた店の中での一幕である。商品棚の前で座り込んでいるグラントに、カウンター越しに店主のリズベットが呆れ顔と共に言葉をかけていた。

 

 

 「それで、気が付いた時にはハルキ、いなくなってたんだ」

 

 「……あい」

 

 「そりゃあんたが完璧に悪いわ」

 

 「容赦ないよお。リズ姐さん酷い」

 

 「あんたにリズ呼ばわりはされたくないわね。ずっとリズベットって言いにくい名前で呼べばいいのよ」

 

 

 アスナ以上の冷遇ぶりである。まあ無理もない、彼女の絶叫告白の音声の入った記録結晶をダシにして、今までタダで装備のメンテナンスを強要していたのだ。曲がりなりにも商売人のリズベットにとっては、そんな一銭にもならない固定客なんぞ迷惑以外の何物でもないに決まっている。

 

 

 「っていうか、なんでそんな事あたしに相談するのよ。あんたとは全くの赤の他人じゃないの」

 

 「えー、俺は少なくとも友達だと思ってたんだけどなぁ」

 

 「あんたが! それを!! いうな!!!」

 

 

 ピンと伸ばした人差し指を三度、勢いよく突き付けられては……流石のグラントもがっくりと項垂れるしかない。どうやらその落武者男も少々元気がないようである。

 

 

 「それに、リズ姐さんよくアーちゃんと一緒に、ハルくん誘って遊んでたじゃん」

 

 「じゃあ、アスナに相談すればいいじゃないのよ」

 

 「やだ。こんな事相談したら殺される」

 

 「あー……でも自業自得ね」

 

 「がーん」

 

 

 というか実際今回はグラントが最後の最後に致命的なミスを犯したせいで厄介な事になったのだから仕方がない。まあ、彼も精一杯ではあったのだけど。

 そりゃ、目覚めたら自分の倫理コードいじってるやつが真横にいてみなさい。一発アウトってレベルじゃない。

 

 

 「いや……俺だって、デスゲーム開始直後から連れ立ってきた仲間の、そんな初歩的な事にすら気付かなかったというのは……いや本当に……いややっぱしょうがなくね」

 

 「あんたにしては珍しく殊勝だと思ったら、とんだ勘違いだったわ」

 

 

 なんとまあグラントの奴、落ち込んでいるかと思えば。あまりに擁護できない現状に、逆に開き直ってしまった。ちょっと苛め過ぎたかと、リズベットも軽く頭を振った。

 それにしても、そのマスターメイスは思う。この落武者男、確か徹底的に盾しか使わない主義なのよね。途中までそのPK集団とも盾でやり合ってたって自分で言っていたし。

 だとしたら、結局どうやって、そのプー……? とかいうリーダーを追い払ったのかしら。

 

 

 (あいつの二刀流と同じで、何か隠してる気がするのよね……)

 

 

 どうやらこのグラントというプレイヤーはアインクラッド攻略にそこまで貢献している訳ではないみたいだし、そもそも攻略組でもない。立ち位置といては、明らかに中堅プレイヤーを脱していないのである。

 それでも、リズベットには直感があった。この男は、ある日突然この店を訪れたあの黒の剣士に迫る、何かしらのポテンシャルがある、と。そうでもなければ、こんな面倒な奴はとっとと店から叩き出してエンガチョである。

 

 

 「ちなみに、リズ姐さんはハルくんの事、いつから気付いてたっすか」

 

 「割とすぐ。あの雪山を降りてるときには」

 

 「まじっすか……」

 

 「ま、確かにあたしも不思議には思ったけどね。あんた達と堂々と渡り合ってるの見たら、なんか納得しちゃったわ」

 

 

 えー。それはそれでかなりショックなんだけど。グラントは思った。それじゃまるで、自分たちが彼を……いや、彼女を追いこんでいた事になるではないか。

 

 

 「そうじゃないわよ。あんた達限定じゃなくて、このSAOで色んな人と張り合うためって感じ」

 

 「うーむ……性別なんぞそんなに気にすることなのかなぁ。現に、リズ姐さんだってここまで堂々とやって来てんじゃん」

 

 「あのねぇ。女の子に苦労が絶えないのなんて、リアルでもここでも一緒よ。

 でも、あの子のはちょっと異常ね。何なら名前まで男らしいじゃないの」

 

 

 確かにそうである。よく考えたらグラントがハルキを女性プレイヤーだと見抜けなかった原因として、その名前「ハルキ」が圧倒的に男性的である事が挙げられないだろうか。……いや、もちろん世の「はるき」の名を持つ女性を乏しめるつもりはないです。はい。素晴らしいお名前だと思います。

 

 

 「ってことは、ハルくんはSAOに入る前からそんな感じだったって事……? 随分珍しいパターンだぞ……?」

 

 「ねぇ、脱線してるわよ。これからどうするかって話じゃないわけ?」

 

 「あ、そっか」

 

 

 そう、なによりも問題はそこである。あのクレイジー森のくまさんのせいで自身の秘密を最悪な形で暴露されてしまい、おまけに信用していた相棒に倫理コードをいじられてしまった(もちろん、それは誤解なのだが)……と浅からぬ傷を負う事になったハルくんと、どうやって仲直りするか。今のところ、グラントがギルドホームに帰らずにここ数日の間宿屋を転々としているため、どうやら彼女も再びソロになる事もなくギルドホームにいてくれているようだが。

 

 

 「帰りにくいなぁ……浮気した夫ってこんな気持ちなのかもしれぬ……」

 

 「全く……あんたらしくもない。いつものキテレツ節で何とかしなさいよ。それしかあんたにはないでしょ」

 

 「そんな事言ってもですね……その、もうちょっと、ハルくんを見てあげれば良かったかなって思うと、言葉が出てこないと言いますか」

 

 

 何だかんだ、グラントも優しい奴である。ギルマスとしてーとか、そういう周りくどい事を言わない辺り、本当に友人として悔やむところがあるのだろう。

 だが、そんな感じでほとほと困ってしまっているグラントの額を、いつの間にかカウンターからこちらに出てきていたリズベットが軽くどついて、言った。

 

 

 「いい? あんたは間が悪くて女心の分からないニブチンだけど、最低限やるべき事はやってんのよ。あんたはギルドマスターとしても、一人の友達としても、ちゃんとあの子をPK集団から守ってあげたんでしょ。

 胸を張りなさい。あの子は優しいから、ちゃんと話せば分かってくれるわよ。それに、あんたがそんな感じじゃあ向こうも謝りにくくなっちゃうでしょ」

 

 「へ? ハルくんが、謝りたい?」

 

 「そりゃそうよ。今まで隠し事をしてた挙句、その相手を気絶させて一人で勝手に逃げたんでしょ? 絶対そんなの後悔してるわよ」

 

 

 リズベットは、あくまで意気消沈しているグラントを元気付ける為にそれを言ったのである。それで少しは気つけになればと、それだけであり、あまり深い意味を込めてはいない。

 だが、聞き手がグラントである以上、事はそう上手く運ばないよね。

 

 

 「そっかぁ……そうだよ、そうに決まってる。やっぱ俺悪くないじゃん」

 

 

 おい。そうじゃねぇ。

 

 

 「俺は悪くねえっ! 俺は悪くねえっ!!」

 

 「あーはいはい言ってろ。分かったなら、ほら。早くその盾を貸しなさいよね」

 

 「え? 盾って、俺の?」

 

 「他に何があるのよ。そんな一層クラスの盾まだ使ってるおバカさん、他にいないわよ」

 

 

 もう相談時間はお終い、と言わんばかりにリズベットが右腕を差し出す。唐突な提案に面食らったグラントだが、一呼吸おいてひとまずそれに答える事にした。

 

 

 「いや、まあこの盾も気に入ってるしなぁ。今までも何とかやってこれたんだし」

 

 「あのね。あんたがそれをどんだけ上手く使って来たかなんて知らないけどね。またそのレッドプレイヤー達が襲いかかって来たとして、その盾が壊れない保証があるわけ? ちゃんとその盾でハルキや、他のギルメンを守る事が出来るの?

 みんなを大事に思うなら、今あたしに渡した方が身のためよ」

 

 

 そう言うと彼女は、落武者男の返答を待たずに彼の盾をひったくって、そのプロパティを覗き始めた。なんだか今日のリズベットさん、すごく大人である。いつのまにかグラントが彼女を、リズ「姐さん」と呼んでいるのにも納得である。

 

 

 「なぁに、あたしの手に掛かればこんなビンテージ物、すーぐにピッカピカの新品に早変わりよ! ま、素材はちょっと必要だろうけど」

 

 「ちなみに必要素材ってなに」

 

 「『第九の楽譜』と、『希望の花』だそうよ」

 

 「それ絶対にヤバいやつじゃん」

 

 

 遂にシステムまでもが著作権に触れたいと言ってきたようだ。因みに随分後にこのSAOを支配するカーディナルの備える、驚異の「クエスト自動生成機能」の詳細をキリト達から聞いて、グラントは何かを察したとかなんとか。

 

 

 「因みにあんた、それ持ってるの?」

 

 「いやぁ、まさかそんな明らかな死亡フラグアイテム、持ってるわけが………………持ってた」

 

 「じゃあ貸しなさい」

 

 「ちょっ!?」

 

 

 アイテムストレージを雑に眺めていたら、お目当てのものを発見して、思わずオブジェクト化してしまったのが運の尽き。再びそれらをリズベットにかっさらわれたグラント、お口あんぐりである。

 

 

 「何よ、踏んだり蹴ったりだと思ってんの? それとも自業自得だって?」

 

 「……いや、俺は悪くねぇ」

 

 「声が小さい!!」

 

 「俺は悪くねぇっ!! 俺は悪くねぇっっ!!!」

 

 「悪いことしたのはあんた!?」

 

 「僕じゃない! 僕じゃない!! 僕じゃない!!!(絶唱)」

 

 「いいか落武者男!! お前に出来る事って言ったら何だ!!」

 

 「殺せっ!! 殺せっっ!!! 殺せっっっ!!!!」

 

 「よし、その意気よ。 そこで待ってなさい」

 

 

 こいつら案外良いコンビである。マソップとのそれに引けを取っていない。リズベットは肩を怒らせながら、店の奥の部屋へ姿を消した……かと思えば。

 

 

 「あ、因みにお代は頂くから。きっちりミミ揃えて払いなさいよ」

 

 「はい!?」

 

 

 やはり彼女は軍曹ではなく、根っからの商売人だったようだ。今までの無銭利用の分のお金を、全て取り返さんとするかのような法外な値段が、グラントのシステムウィンドウに表示された……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……そうか。お互い、大変だったな」

 

 「ハルるんは大丈夫? 怪我とかしてない?」

 

 「リアルじゃないから怪我はしないよ。そっちも、お疲れ様」

 

 

 さて、一方でここはズムフトのギルドルームである。いつものメンバー、トミィやオルス、マソップに加え、今日は最前線を離れているというキリトとアスナが遊びに来ていた。

 

 

 「クラディールっていう、血盟騎士団のメンバーだ。最近までアスナの護衛をしてた。こっちも色々あって、アスナが彼を謹慎処分にしてたんだけどな……」

 

 「私たちに飽き足らずに、中層のプレイヤーに手を出してたなんて……本当にどうしようもない人だったわ」

 

 「そっか。キリトも、アスナを守った事は胸を張っていいんだからな」

 

 「……ああ。そう言ってくれると助かるよ」

 

 

 ハルキを罠にかけたあの紅白服の男が本当に血盟騎士団のメンバーだったというのにも驚きだが、事はそれだけにとどまらずに、あの直後にkobに加入したキリトを迷宮区にて殺害しようと画策したというのだから許しがたい。最終的に助けに来たアスナをも手に掛けようとしたクラディールを、キリトが自らの手で始末するという後味の悪い結末を迎える事になったのだった。

 

 

 「私だって、君と一緒に罪を背負うからね。だから、これからはずっと一緒だよ……キリト君」

 

 「ああ。ありがとう。俺も絶対に君をこのデスゲームから連れ出して見せるよ。アスナ」

 

 「キリト君……」

 

 「アスナ……」

 

 「……」

 

 「……」

 

 「……………あのー」

 

 

 なんともばつが悪そうな声で、ハルキが二人を遮る。そーゆー事はよそでやろうね。

 因みに、どうしてキリトとアスナがこんなことになっているかと言えば。

 

 

 「まあ、なんだ。その、おめでとうって言わせてもらおうかな。俺も嬉しいよ」

 

 

 そう、二人はこの二年間での紆余曲折の末、お互いの想いを認識して結婚するに至ったのである。そうして今現在は二十二層に存在するログハウスにて、最前線の修羅から離れてのんびり新婚生活を送っているそう。

 つまりは、このギルドルームに来た理由を端的に言えば、見せつけというやつである。

 

 

 「え、えへへー……ありがと、ハルるん」

 

 「前線からは離脱しているけど、何か困ったことがあれば、いつでも……って。

 そうだった、今ちょうど困ってるんだったな」

 

 

 しかしこの二人も、結婚の御報告に来てみればハルキからなんとも微妙な問題を吹っ掛けられるとは思いもしなかったであろう。特にキリトはアスナより一歩前の問題である。

 

 

 「その……俺も悪かった。ハルキが女の子だったなんて、全然……いや、その魅力がないとかそういうんじゃなくてえっと」

 

 「ごめんねハルるん。うちの! キリト君が! 鈍感で!」

 

 

 グラントに劣らぬヘタレを発揮している結婚相手の足を、言葉の切れ目で軽く踏みつけているアスナ。リズベットも似たような事をしていた辺り流石親友である。

 

 

 「い、いや……騙してたのは俺だからさ……だけど」

 

 

 ハルキは額に手を添えて、座っていた椅子から立ち上がり、二人の向こうでコソコソしているギルメン達に向かって口を開いた。

 

 

 「みんな気付いてたんだったら、せめて言ってくれよ……」

 

 

 なんてこと。トミィは元々知っていたとしても、オルスもマソップも彼女の事について気付いていたというのだ。せっかく男らしく振舞っていたのが馬鹿みたいである……いや、別に彼女は無理していたわけじゃないと思うけど。

 

 

 「流石にずっと隠し通せるわけないでしょ常考」

 

 「オレはトミィから聞いたっス。いやマジで」

 

 「ト~ミ~イ~!?」

 

 『Σ(゚ロ゚;)』

 

 

 そうだった、トミィが知ってるんだから、当然出回りますわな。ただその口ぶりから察するに、マソップはちゃんと自力で気付いたっぽいけど。

 というか、トミィはどうやって他のメンバーに伝えたんだい。

 

 

 「そういや、マソップある時期から鎖骨がどうこうって言わなくなったのは……」

 

 「そ。ワイは薔薇も百合もイケる口だけど、どうせprprするならイケメンの鎖骨がよくってよ」

 

 

 うぅぅ……と、いつになく弱った呻き声を上げて目の前のテーブルに突っ伏す男装の女剣士に、キリトもアスナも困った表情を浮かべる。

 

 

 「って事は、やっぱりあいつだけだったのか……気づいてなかったのは……」

 

 「……その、こんなこと言って慰めにはならないと思うけど……一応俺も気付かなかったよ」

 

 「全っ然、慰めになってません!」

 

 

 呆れたようにアスナが鈍感男その二を咎めると、打って変わって優しい声で、ハルキに話しかける。

 

 「ねぇ、ハルるん? それで、ハルるん自身はどうしたいの?」

 

 「うーん……えっと」

 

 ハルキの返答も流石に歯切れ悪い。グラント帝国のメンバーも、一時は剣を交えたキリトも、こーんなに弱った彼女を見るのは初めてである。アスナはそうでもなかったりするけど。

 

 

 「……まぁ、取り敢えず最後のは別に変な事しようとしてた訳じゃなくて、多分コードをキャンセルしようとしてくれてたんだとは思うんだ。突然だったから手が先に出たけど」

 

 「うんうん、それは仕方ないよ。グラントさんが悪い」

 

 「……悪いのか?」

 

 

 キリトが一瞬理不尽さに気付いた気もするけど、スルーである。

 

 

 「ただその、うーん……さっきマソップに言われたけど、俺としては最後まで押し通すつもりだったからなぁ……なんて切り出せばいいのか」

 

 「そうだね……じゃあ、今ハルるんが思ってる事をそのまま口に出してみたら?」

 

 「あの時どういう訳か俺が女性プレイヤーだったような気がしてただろうけど、そんな事はなかったぜ」

 

 「ハルキニキがネットスラングを使っている……だと……!?」

 

 

 だめだこの人。なんというか、着実に彼女の純粋さが汚されている事がよくわかる台詞である。

 というかマソップ。女性だって分かってるのに「ニキ」はないだろ。

 

 

 「グラントも、もちろんトミィ達もキリト達も、みんな俺の事をそういうの関係なく関わってくれているって言うのは分かってるんだ。

 でも今の俺は、このデスゲームの中で助けられる人を助けたいって、その事しか考えられなくて……だから、前にアスナには言ったけど。

 誰にも媚びずに、誰にも持て囃されずにいたいんだ。ちゃんと自分の力で、誰かを支えられる様になりたいんだ」

 

 

 正直、スマンカッタ。聖人ってレベルではなかった。

 いつの間にか口調も元どおりになって、はっきりと喋るその姿は、確かに美しさや可憐さで表現するよりも、凛々しさや勇ましさで評する方が正しいだろう。その場にいた全員が、その決意のこもった言葉に一瞬、息を呑む。

 「純傑」の名に偽り無しである。こうなると素直に二つ名もかっこいいのだ。グラントも見習え。

 

 

 「良かった。なら、もう答えは出ているんじゃない? ちゃんとそこまで話せば、グラントさんも真面目に聞いてくれると思うな」

 

 「へぇ。アスナがグラントさんの事、そんな風に考えてたなんて知らなかったよ」

 

 「それは、キリト君、まあ……何考えてるのか分からないところもあるけれど。少なくとも悪い人じゃないって言うのはわかるもん」

 

 「あいつもクライン程度にまでは、信頼回復ってとこか……」

 

 

 キリトの問いに小首を傾げて答えるアスナ。そしてその返答に微妙な気持ちになるハルキであった。だが、こちらの極めてパーソナルな問題に、目の前の二人がそれだけ穏やかに親切に寄り添ってくれた事は、彼女にとってはとても心強い励みとなっていた。

 

 

 「……でも、やっぱり言い出しにくいよなぁ……」

 

 

 そう、励みは励みで大変結構なのだが、ハルキにとってはぶっちゃけ理屈じゃない。すべき事が分かっても思春期の少女にとっては中々行動に移しにくい問題である。

 

 

 「分かったっス。ハズいんスね? いやマジで」

 

 「……言わないでくれ」

 

 「なんかハルキニキがいつになく可愛くてワロタ」

 

 「や め ろ っ て ! ! !」

 

 

 ハルくん顔が真っ赤である。さっきまでの気高さはどうした。思わずキリトもアスナもちょっと笑っている。ひどいなぁ、そんなんじゃますますハルくん萎縮してしまうじゃないか。

 だが、ここで。思わずその場で蹲ろうとしたハルキの手を、誰かがツンツンと突く。

 

 

 「なんだよ、トミィ。お前もみんなみたいに……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『今大変なのは分かるんスけど、ちょっと素材集めをどうしても手伝って欲しいクエストがあるっス。いやマジで』

 

 

 ギルメンにそう言われてしまっては、グラントも断るわけにはいかない。仕方がないので、今現在彼は待ち合わせ場所である、第一層迷宮区の出口近辺でオルスを待つべく、暇を持て余していた。因みに言語設定の都合で、実際にメールを送って来たのはマソップだったのだが。

 2024年、10月29日の黄昏時である。

 

 

 「……なーんか怪しいんだよなぁ。ここ二層だぜ……?

 こんな所に今更必要な素材とかあるのか……?」

 

 

 流石に勘のいいグラント。その洞察力をやっぱり他の事にも利用するべきだったね。

 ちなみに今彼がいる場所は風景としてはテーブルマウンテンの断崖の中腹であり。意外にそこそこ広さもあるし、今にも周囲にモンスターがポップしそうな場所ではあるのだが、その実は迷宮区の出口であるという事で親切にも圏内扱いであり、警戒をする必要がない。というか基本的にグラントは一人でモンスターは倒せない。

 でもだからって、横に崖のある狭い地べたに寝っ転がって大の字になり、星も見えない上層の天井を見上げているというのは、ちと無用心すぎやしないだろうか。

 

 

 「そういやここが、うちの初ギルクエをやった層だったなぁ……」

 

 

 懐かしい。トミィを仲間にしたのもここだったが、その後に圏内にオレンジプレイヤーのまま侵入しよう大作戦を行なったのも、この第二層のタランの街であった。その後に体術スキルを習得したのもこの層である。中々馴染みのあるステージである。

 

 

 「トミィ氏とハルくん、最初はあんなだったのに、随分仲良くなってたよなぁ……」

 

 

 そうである。そういや初めは暴走していたトミィがハルキの剣を吹っ飛ばしてしまったりして、中々険悪な出会いをしてしまった二人だったが、一緒に暮らしているうちにハルくんは随分とその鎧づくめの男を気に入ったらしく。ソロから戻ってきた彼女を看病していたのもトミィだったし、結果としてとてもいい感じのコンビになっていたと言って過言はないだろう。

 

 

 「……今も、トミィ氏が少しでもハルくんを取りなしてくれてるといいなぁ……」

 

 

 オルスと合流したら、ハルくんの様子を聞いてみるか。なんてこの期に及んで悠長な事を考えていたグラント。

 

 

 そんな彼の視界の端に、チラッと、何かが映った。

 

 

 「……ほぇ?」

 

 

 流れ星か? と、起き上がって確認しようとして、次の瞬間にはそんな訳ない、と自分で立てた仮説を否定していた。このSAOにおいてただの一度も、今までに星に関連したクエストは存在しなかった上、頭上に広がっているのは星空ではなく上層の底なのである。

 ……だとしたら、あの少なくとも人一人分くらいはある、どでかい飛行体は一体何だ?

 そう思ったところで、通知音が聞こえて。グラントは何となく嫌な予感がして、たった今受信したメッセージを開いた訳なのだが。

 

 

 

 

 『親方! 空から女の子が!! 五秒で受け止めろ!』

 

 

 

 

 ……因みに、送り主はマソップである。

 

 

 「はい?」

 

 

 よく考えよう。

 ここにグラントを呼び出したのはオルスだ。今マソップからのメールが来ていて。

 そして、人一人くらい簡単にブン投げることの出来る、STR極振りビルドのプレイヤーを、グラントは知っている。

 じゃあ、今アイキャンフライしている、マソップのいう「女の子」が誰かと言うと。

 

 

 「……ぅぉおおおおおっっ!? 野郎オブクラッシャアアァァァァァっっ!!??」

 

 

 ようやく全てを察したグラントは、落下点を推測してその地点に向かうと、一瞬の思考の末に急いで盾を実体化させて、何を思ったか亀の甲羅のように自分の背中側に回した。そしてようやくその飛行体がやはり人間であることが判別できるくらいの近さになったところで。

 背中の盾から手を離して、両手を広げる。

 

 

 「流石にこれは、なんかちがうだろぉぐはぁぁぁぁっっ!!!」

 

 

 インパクト。

 メテオこそ隕石。クラッシュであるが故の衝突である。

 ちなみにここは圏内なので、こんなマジもんの人身事故が起きたとしてもヒットポイントはまるで損失しない。但しシステムウィンドウの発光と、とんでもねぇノックバックが発生するけど。

 なので、今降ってきたそのプレイヤーは本来、グラントとの衝突でノックバックを受けて、明後日の方向にさらにぶっ飛んでいってしまう。それだと結局大惨事なので、グラントは両手を広げて、そのプレイヤーを受け止めると同時にしっかりと拘束した。

 ゴムボールの様に一度大きく地面を跳ねたのち、ズサササと地面を滑走する。ここで背中に回していた盾が地面を擦り、いい意味でクッションとなっている。下手に盾で飛行体を受け止めなかったグラントは盾使いとしてはやはり一流である。

 やがて二、三百メートル滑ったところでようやく減速が始まり。ただでさえ横が崖の窮屈なスペースである、いよいよ勢い余って落ちるか……と思ったところで、付近に存在した石造りのテラスの柱にゴツン、とグラントが頭をぶつけた事によって、ようやく勢いがなくなった。

 改めて見ると、すごい様相である。下敷きになっているグラントは落武者的ロングヘアーが乱れに乱れて酷いことになっているし、盾があったとはいえ衣服の耐久値が減少したらしく、袖や裾に所々消滅寸前である事を伝えるボロボロエフェクトが生じている。

 だが一方で空から降ってきたプレイヤーの方は、グラントの懸命の努力が功を奏して、ほぼ無傷だった様だ。きつく瞑っていた目を恐る恐る開き、自分が乗っかっている男を認めるや否や、大きく目を見開いて、その名を呼びかける。

 

 

 「……あの、グラント」

 

 「…………」

 

 

 控えめに言って最悪の形での再会である。どの道思いをぶつける必要があるとお互いが思っていたとはいえ、誰も物理的に激突しろとは言っていない。

 とは言っても……このまま、黙っている訳にもいかなくて。

 

 

 「投げたのは、トミィ氏だよねぇ」

 

 「ああ。俺もびっくりした」

 

 

 途端に、二人から苦笑いが浮かんだ。

 そりゃそうだ。腐ってもこの二人は一層からのそれはそれは長い付き合いである。それこそキリトとアスナに一歩も譲らないほどに。それぞれが考えている事なんて、口にしなくたってわかる事だ。

 でも、だからこそ、口にしないといけない。

 

 

 「あの」

 「あのさ」

 

 

 何だこの甘酸っぱい展開。言葉が被るなんてラブコメでも下手すぎて使われなくなってきたヤツだぞ。しかもこの二人、それを受けて次の言葉を同時に言おうとしてる。

 まあでも、謝るなら一緒の方が気分は軽いかもしれない。もういいよ、こうなったらやっちまえ、青春街道まっしぐらだボーイ&ガール。

 

 

 

 

 

 

 「グラント、ごめんっ!!」

 

 「俺は、悪くねえっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「えっ」

 

 「えっ」

 

 

 

 

 知ってた。

 

 

 

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