グラント「……一部、例外を除いて」
マソップ「いい……うふふ……もっとぉ……!!」
「まあまあまあ、ハルくんもトミィ氏も、そこになおって。これでも飲みなさいな」
グラントの手招きを受けて、ひとまず彼等の陣取るテーブルのひと席に、ハルキとトミィは腰を落ち着けた。そんな彼女達にグラントがよこしたものと言えば……やはり回復ポーションである。
「俺たち最近、無意味に回復ポーション飲み過ぎじゃないか?」
「つ、次から飲み物を持ってこようかな」
思わず突っ込んだハルキだったが、どうやらまだまだ先程受けた衝撃から立ち直っていない様である。
「……その、ぼくが子どもだってわかったら、みんなきっとえんりょしたり、どこかにあずけようとするんじゃないかって思って、だから…今までだまってました。ほんとうにごめんなさい……」
「……いや、まあ子供も子供の苦労があるんだよな、大変だったと思うんだ……ただ」
「おっ? どうしたハルキニキ」
とりあえず両手でポーションの瓶を持って一口煽り、そう告白したトミィに、こちらは瓶の中身を覗き込む様にしてトボトボと言葉を返すハルキである。ちょっとその様子が酔っ払いの様に見えて面白がったマソップが、彼女に聞き返すと。
「……トミィ、さっき十才って言ったよな」
「うん」
「って事は、出会った時は八才だよな」
「えっと……うん」
「やっぱりか……」
その場で両膝をテーブルに立てて頭を抱え込みながら、ハルキ続けた。
「俺は、八才の子供を盾で殴ろうとしてたのか……」
「あー……」
思い返せば、あの二層の荒野エリアでの一件である。
彼女の剣を崖の底に落とした正体不明のプレイヤー、トミィが、グラントに捕縛されていた時の事である。あまりの怒りに、ハルキはグラントに投げ渡された盾でトミィに制裁を加えかけていたのである。こう書き起こしてみるとハルくんマジ外道である。
っていうか、ちゃっかり盾を渡したグラントもなかなかゲスいのだけれども。
「でもまあ確かに、今考えると色々それっぽいところはあったよねぇ……」
うむ、そうなのだ。
例えば、ハルキとクラインが三層主街区のズムフトでデュエルをした際に、オーマジニッポンなオルスと一緒になってやたらはしゃいでいたり。ハルくんギルド再加入の時、彼女のベットのそばでトミィはこぶし大くらいのパンらしき物をリスの様にわざわざ両手で持って食べていたり。
それらが子供故の無邪気さによるものだとすれば、まあ……納得がいかないでもない。これが中年男性だったらちょっと気味悪いかもしれない、だから普段からやたらテンションの高い落武者男グラントはキモい。
そもそも、同年代の女性と比較しても平均的な身長のハルキよりも背が低いというのも、何となくそれっぽかったりはするよね。
え? 全部状況証拠だって? ハルキので飽き足らずまた騙したのかって? いやいや、ほら、「性別詐欺は致しません」とは言ったけど、年齢詐欺はしないとは一言も言ってないよ?
……スンマセン。
「顔を隠せってアドバイスしたのは、実は私なんです」
そんなグラント帝国のテーブルにお茶を差し出しながら、レジスタンスのリーダーの北海いくらがそう告げた。
「子供だって周囲に知られたら、色々と不都合な事も多いだろうと思って、一人でいる時は必ずって。まさか全身鎧づくめになって帰ってくるとは思いませんでしたが」
「ふむ、お主」
マソップはニヤニヤ顔で頬杖を突きながら、北海いくらに疑問を投げかける。
「うちの可愛いトミィチュワァァァンと、どんな関係なのだぜ?」
「ほっかさんは、こまってたぼくを助けてくれたんだ」
それに答えたのはトミィだった。他のテーブルの椅子を持ち寄り腰を下ろした北海いくらが照れ笑いを浮かべている。
「デスゲームが開始した直後に、はじまりの街で泣いているこの子を見つけたんです。それで、暫くは自分が借りていた宿屋の一室に泊めていたんですけれど。
暫くして、トミィは上の層に登って戦いたいって言うようになって。初めはもちろん止めたんですけど聞かなくて。私みたいになりたいって言われた日には、どう説得すれば良いのか分からなくて困ったもんです、もう私は前線から離れたって言うのに」
「それで、顔を隠す事を条件に圏外へ…?」
「もちろん、きちんと毎日連絡を取る事もきつく言い聞かせました。そうしたら……この子、あなた達のギルドに入ったって言うから」
「って事は、圏内に入れなくて彷徨っていた事は言ってないだだっ」
「おい、ここは黙ってようぜ?」
グラントのぼやきを、ハルくんがテーブルの下で彼の足を踏みつける事で遮った。せっかく無事だったんだから、まあ一々落ち度を指摘するのも野暮というものだろうか。
「そしたらトミィは、こう言ってたんですよ。
『探していた人が、見つかった』って」
「えっ? 探していた人?」
「そう。……あなただそうです。ハルキさん」
「お、俺?」
そして、落武者男の足先を踏んづけたまま、ハルキが自分を指差して驚く。思わず周りを見回すと、みんななんとも感慨深そうに頷いていて。どうやらその事に関してはハルくんがここにやって来るまでにトミィから聞き及んでいた様である。
だが、それも遅かれ早かれの問題だった。彼がその後口にした事実から考えれば、ことは彼女が想像するよりずっと前から因果付いていた様なのだから。
「ぼくがこの街をでるまえに、黒てつ宮の入り口で、ひとりの女の子に会ったんだ。
その子、たいせつな人が元気かどうか、石ひをたしかめにいくんだって言ってたんだ。
それで、ぼくが外にでるっていったら、困ったときはそのひとをたよればだいじょうぶだって。
ソードスキルをつかわない剣士のおんなのひとで、なまえはハルキって」
ハルキは思わず立ち上がって、テーブルを乗り出して向かいのトミィの両肩を掴む。
「その子は!? どこで暮らしているかとか、何か言ってなかったか!?」
「えっと……すぐに別れちゃったから、くわしいことはきいてない。なまえも聞きそびれちゃったから……。
でも、言ってたよ。はるねーちゃんとまた会うまで、ぜったいにがんばるって」
「ハルくん。……その子なのかい?」
「ああ」
目を瞑って息を長く吐くと、鷲掴みにしていたトミィの肩をポンポンと叩いて、ハルキは微笑んだ。
「あの子は生きてる。さっき確認してきた」
「さて、みんな」
お茶を必要以上にずずずらせて飲み干して、大きくごっくん。とても下品である。北海いくらさんが若干引いているが、そんなのこの残念男は知った事じゃない。ちなみに他の四人も慣れてしまった。
「ここからは、来たるはじまりの街、解放戦のための打ち合わせと行こうじゃない」
だが彼が俗にいうゲンドーポーズでそう告げると、周りもそれまでとは打って変わって真剣な面持ちになった。
「まず、状況を整理しようか。
いま、はじまりの街はアインクラッド解放軍に実質的に支配されている。彼らの統制はかなり度を越しているばかりか、一種恐喝紛いの暴挙へとなり下がっている。
上層プレイヤーはアインクラッド攻略に注力しているし、中層プレイヤーも最前線に追いつく事に精一杯だよね。だから、今までこの街を改革しようと思い立った人はいなかったし、ここの腐敗もますます酷くなったんだよね。
んで、そんな時に街の内側から蜂起したのが、北海いくらさん率いるレジスタンスってわけだ」
ちょっとゲンドーポーズに鬱屈したのか、構えをといて背中側に椅子を揺らし始めたグラント。やっぱり重苦しいのは似合わなかったね。
「さっき彼らに直接確認したけど、レベルは7~10前後。正直、軍に立ち向かうには全然足りないねぇ」
「そうだな。仮に今から本格的にレベリングをしたとしても……って」
だがここで、ハルキが一つ疑問を持ったのか、一度話すのを止める。
「……なあ、そもそもどうやって、軍の独裁体制を転覆させるつもりなんだ? 軍の幹部全員とデュエルで勝つぐらいの事をしないとあんな大きな規模の集団、動かせないんじゃないか?」
「おっ、ハルくん名案だねぇ。
だけど、そいつはちと骨が折れるし、仮にそれが出来たとしても彼らが物理的に動かなかったら、俺達にはどうしようもない訳だよね。
大事なのは、今のままでいたらひどい目に遭うって、奴ら全員に教える事だぜ」
「奴ら全員、って……」
おお、いつになくグラントが真面目発言をしている。
だが実際にそれくらいには、目標を実現する為のハードルは高いのである。直面している事態の重さに分かっていたとはいえ押し黙ってしまうハルキに代わって、マソップが話題を受け継いだ。
「つまり、パイセンが起こそうとしているのは、ワイたち少数精鋭での襲撃じゃなくて。
……街全体を揺るがす、市民戦争って訳だな」
「……な……!?」
「市民戦争って……!?」
市民戦争。それはシビル・ウォーである。
ごめんなさい、説明になっていなかった。元々は某アメリックな合衆国にて勃発した、国を大きく二分する勢力が衝突した戦争の事を指していたが、そこから転じて何かしらの共同体の中で生じた二項対立による闘争の事をそう呼ぶのである。
つまりだ。グラントの描くはじまりの街奪還作戦とは、そこに住む軍以外のプレイヤーを大勢巻き込んで、街全体で軍に反旗を翻すものだという事になる。
「そうなると、基本的には圏内戦闘としての戦いが中心になるっスね。いやマジで」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!」
ここで焦りの声を挙げたのが北海いくらである。突然スケールの大きな話になったのだ、寧ろ平然と言いだしっぺのグラントに話を合わせているオルスやマソップの方がある意味異常である。
「圏内戦闘って……確かにヒットポイントを全損する危険はありませんが、システムウィンドウの発光やノックバックは、お互いのプレイヤーのレベル差に比例して大きくなるんですよ!?
軍のプレイヤーに比べて、圧倒的にレベルが低い私達じゃまるで太刀打ちできたもんじゃないですよ……」
「ふふーん。そう思うだろ?」
そう、ここで先程のグラントの言葉に立ち戻るわけだ。
はじまりの街プレイヤーの中では圧倒的にレベルが高いレジスタンスの構成員でさえ、そのレベルは二桁の大台にすら乗っていないのである。これでは軍相手に圏内戦闘に持ち込んだところで、手痛い返り討ちに遭うのが関の山である。
だが。どうやら彼もそこは既に把握済みであるようだ。北海いくらのその悲痛な声を聞いてもなお、その口元の笑みを絶やす事は無かった。
「……何か考えがあるみたいだな、グラント」
「うむ。流石ハルくん、分かってんじゃん」
そして、その盾男は、ハルキ達に、そして先程からこちらの会話にちらちらと目線を向けていたレジスタンスの面々にも向けて、サムズアップをする。
「圏内戦闘だからこその戦い方があるって事、教えてやろうじゃないの」
「よっ。夜は冷えるから、もう寝て明日に備えた方がいいぞ?」
「……ハルキおねえちゃん」
レジスタンスの集う例の裏路地の酒場は、なんとその上の階がコルを払うと借りることの出来る宿屋スペースとなっていた。
いや、正確には二階にいくつか存在する部屋の中にバーテンダー風の身なりのNPCが存在し、彼から受注できる幻の銘酒を手に入れるクエストをクリアする事で宿泊施設としての機能が解禁されるのだそう。
一年以上前にたまたまここの存在を知り、二層にいる酒豪という設定のトーラス型フラグMobから入手したキーアイテムのお酒によって宿屋としての使用を可能にした北海いくらだったが、そんな彼の強い勧めによってグラント帝国はそこの二部屋で来たる一晩を過ごすことになったのである。
「トミィはここの事も知ってたんだよな」
「うん。さいしょはほっかさんも、ほかのひとと同じで宿屋にとまってたんだけどね。ここを見つけて、それからぼくが出ていくまではいっしょに暮らしてたから」
「そっか」
二部屋と言ったが、その内訳はグラント、オルスで一部屋、ハルキ、マソップにトミィでもう一部屋である。トミィずるいぞと思った奴、そこに正座。彼はまだ子供ぞ。
ちなみに、ハルキとトミィは今部屋の窓際に位置取っている訳だが、その背後ではマソップが大口開けてとんでもねぇ寝相で眠っていたりする。
「……その、ハルキおねえちゃん」
「いいんだ。そんなに謝るなって」
声音でトミィが罪悪感を抱いている事を察したハルキが、その三度目になる謝罪の言葉をそっと遮った。
「その、気持ち、分かるんだよ。……俺も、みんなには自分の事、黙ってたからさ。
トミィは、俺と出会う前から、俺の話を聞いていたんだっけ」
「うん」
ハルキは右手を横にいる小さなプレイヤーの頭の上に置いて、軽くくしゃくしゃと撫でる。そうして、一日前の出来事を思い出してハッとした。
「……俺もきっと、毒されてるんだなぁ」
「え? なにが?」
思い返せば、自身の過去を洗いざらい吐露して、鬱々とした気分に囚われていたハルキを励ましたあの落武者男も、彼女の頭に手を置いてぐっしゃぐしゃに掻き回していたのだ。
力加減とか多少の違いはあれど、落ち込んでいる似た境遇の誰かにする行動として、何とも不自然に似通っている二人である。
「俺さ。初めはトミィの事、ちょっと得体の知れない奴だなって、警戒していたところがあってさ。
まあ悪い奴じゃないのは分かってたけど、顔も見せてくれないんだもんなぁ」
「……そうだよね」
「でもな? 一緒に過ごすにつれて、確かに表情は分からないけど。少しずつ、トミィが何を伝えようとしているのかとか、そういうのが分かるようになってきてさ。もちろん顔文字も送って来てくれてたからそうなる前から意思疎通はできてたけど。
なんか、きっと俺達、良いコンビになれるんじゃないかなって。最近はそう思ってたんだぜ」
そう、ハルキがトミィに胸中を語る頃には、その少年の頭に置かれた右手はまるで彼を傷つけまいとするかのように、優しげにその髪を撫でていた。
「……でも、そんなトミィは多分、気付いていたんじゃないかって思って。俺が何のために、何でこんな風に振る舞って、突然勝手にソロになってボロボロになって戻ってきたのか。分かってて、黙っててくれたんじゃないか?」
「えっとね」
一応言っておくが、ハルキの秘密についてはこの少年、ちゃっかりオルスには教えているのだから食えないやつである。だが、彼女の言う通りその理由についてまでは、彼も心に留めるのみだったのだろう。
「ハルキおねえちゃんがきっとあの子にかんけいする事でぎゅってなってるのは、分かったんだ。
じつはね、ぼくもはじめておねえちゃんとあった時は、ちょっとこわかったかな。おこった顔で、たてでぶたれたんだもん」
「……本当に、ごめんな。知ってたらあんな事しなかったんだけど……」
「うん、わかってるよ。
でも、ハルキおねえちゃんはぼくやオルくんが困ってるとき、いつも気にかけてくれて。それでね、気付いたんだ。やっぱり、あの子のいってたひとなんだって。くるしむひとを見すごせない、やさしいひとなんだって。
ぼくがどう話せばいいのかこまってた時、ハルキおねえちゃんは無理に話さなくてもいいって言ってくれたし、オルくんがことばが通じなくてこまってた時も、ハルキおねえちゃんもグラントにいちゃんも必死にほうほうをさがしてたよね」
「いや……まあ、意思疎通ができるようにって意味合いもあったんだけどな……」
「でも、ぼくが街を出たさいしょの頃はだれもぼくと、ともだちになろうとしてくれなかったよ……」
「……辛かったんだな」
まあ、せっかく同僚になったんだから会話の一つしたいというのは当然の気持ちな気もするのだが。
でも確かにトミィやオルス、そしてグラントみたいな、一風変わったプレイヤーに最後まで愛想を尽かさずに付き合っている彼女のような人間は、きっとこの非情な世界では珍しいのかもしれない。
「うん、だから、だから……。
ハルキおねえちゃんがいなくなっちゃった時、すごくさみしくて……でも、こんどはぼくががまんする番だって……こんどハルキおねえちゃんが帰ってきたときに、ちゃんとおかえりって出来るように、まっていないとって……!」
そのトミィの震える声は、最後まで続かなかった。ハルキが衝動に任せて彼をひしと抱きしめたからだ。
「……おねえ、ちゃん?」
「あの時のお返しだ。しょうがない奴め」
確かにハルキは、トミィの正体には最後まで気が付かなかった。彼が何かを隠しているという事すらてんで見抜く事が出来なかった。
だがそれは裏を返せば、ハルキにとって彼の正体などというものは、いつの間にかどうでも良くなっていたという事なのだ。そんな事を知らずとも、二人の間には確かな信頼関係が築かれていて。気付いた時には、このデスゲームの中でお互いの命を預け合う仲間として結実していたのだ。
今から思えば、その絆の強さは、まるで姉弟のようであり。
「……キミはもう、一人じゃないよ。俺も、グラントも、オルスやマソップもいる。
俺たちみんな、家族みたいなものだろ?」
「うん……うん……!!」
きゅっと目をつぶって、トミィは何度も頷いた。
そしてそんな彼の背中をさすりながら、ハルキは窓から先端だけ覗く、この広大な街の中心に聳える宮殿……今朝彼女も赴いた、プレイヤーの生死を記す神聖な場であると共に、軍が居を構える因縁の社であるその黒鉄の宮殿を見やった。
(こういう輪っかが、他のみんなとも繋がるように)
萎縮せず、畏怖せず。
自分がトミィやグラント達と結ぶ事ができた絆を、このはじまりの街の多くのプレイヤーとも繋げられる様に。
(絶対に成功させるぞ、グラント)
2024年、11月1日。はじまりの街、解放戦。
その二日前の夜のことであった。